シン、と静まり返った川の中心にナルトは立っていた。
水面歩行も慣れたもので、流れていく幅広い川の流れにピクリとも揺らぐことなく、ナルトはジッと目を瞑り意識を澄ませる。
聞こえるのはせせらぎだけ。だが───ターゲットはそこに潜んでいる。
ナルトはカッと目を見開くと、チャクラを瞬時に練り上げた。
「影分身の術!!」
ナルトが印を結ぶと同時、五体の影分身が姿を表す。
影分身達はすぐさま獲物目がけて水面を駆け出し、思い切り息を吸い込むと、派手な水飛沫を上げて水中へ飛び込んだ。
「うわっ!おい、もっと静かに暴れろってばよ!」
飛沫を浴びたナルトは、飛び上がってきた魚をクナイで縫い止めつつ、水中で藻掻く分身体へと理不尽な文句を飛ばす。
それを聞いた分身体達は、怒りも顕にザバリと水面から顔を出した。
「これってば、スッゲーしんでーんだぞ、本体のオレ!」
「つーか、代われ!本体だけズリーぞ!」
「ん?だけどよ、代わってもオレじゃねぇ?」
「本体だし、結局全員濡れておんなじか……。くっそー、仕方ねぇってばよぅ……」
「よーし、行くか!たくさん獲って、サスケ達を驚かせてやろうぜ!」
「「「「 おう!! 」」」」
分身体達は本体抜きに自己完結したのか、一斉に再び水中へと消えた。
それを眺めていた本体ナルトは『さすがオレ、賢いな』と一人頷いて再び作業へと戻る。
やがて両手いっぱいに魚が捕れた頃、川岸で手を振るサクラに気が付き、ナルト達の腹がぐうと鳴った。
「ナルトーー、火の用意出来たわよーー!」
「「「「「今行くってばよーーー!」」」」」
薄暗い森の中で唯一、光の差す川の上で。ナルト達はキラキラと蒼い瞳を輝かせた。
「んーうまぁ!」
焚き火を皆で囲み、じっくりと炙ること30分。
熾火による遠赤外線効果で焼きあがった魚は中までしっかりと火が通り、香ばしい匂いが嗅覚を擽る。歯を立てればジュワっと溢れた油が顎を滴たった。
一仕事の後の飯はカクベツだってばよ、と消えた影分身達が聞けば怒り出しそうなことを思いつつ、ナルトは魚本来の味を噛み締める。
少しばかり舌を火傷したが、それを上回る空腹が満たされていく幸福にぺろりと一匹目をたいらげ、二匹目へと手を伸ばした。
「あんたね、もう少し落ち着いて食べなさいよ。喉つまらせるわよ?」
「はいほーふはいほー……ぐっ!?」
「ちょっとナルト!?」
「ったく……ほら、水飲め」
サスケに渡された水筒を急いで受け取り、喉に詰まっていた魚を水で何とか胃に流し込んだ。
「はあ……死ぬかと思ったってばよ……」
「馬鹿ね、だから言ったじゃないの」
背中を擦ってくれていたサクラちゃんが、どこかホッとしたようにため息をついた。
サスケは呆れ顔を隠さない。まあ、中忍試験中に窒息死とか洒落にならない話だ。
若干バツが悪くなって頬をポリポリ掻いていると、サスケが空になった水筒を手に立ち上がった。
「水を汲んでくる」
「あ、なら俺が……」
「いい。それより、保存食にしておきたいからな、もう何本か焼いておけ」
そう言って、サスケは川の方へと歩き出す。
その足取りも、表情も、普段と何一つ変わらない。それでも、顔色が悪いのは誤魔化せない。
それでも、俺が行くってばよ、といいかけた言葉は遮られ飲み込むしかなかった。
もっと頼れって言いたかったけど、でも心配しているオレに気づいたら、きっとサスケはもっと強がってもっと無理するに決まっている。そのくらい簡単に予想できるくらいには、長く一緒に過ごしてきた。
「───意地っ張り」
「ナルト、何か言った?」
「……や、何でもねぇってばよサクラちゃん」
新しく魚を焼き始めながら不思議そうに首を傾げるサクラちゃんを誤魔化して、視線をチラリと離れた場所で黙々と兵糧丸を食べている元凶に向けた。
中忍試験は今日で三日目。
一日目は巻物を狙って戦ったけど、全部ハズレ。二日目はこいつら、砂の奴らを拾ってその看病に追われていた。
オレとサクラちゃんも少しは手伝ったけど、サスケはほとんど寝ていない。疲れるのも当たり前だ。
思い返していれば、黒い血の色、金臭い血の臭いが蘇ってくる。
初めて、人の死を目前にした。顔色は真っ青で、夜の闇にぽっかり浮かんでるみたいで、血は黒くてそこだけ欠けてるみたいだった。黒いのに、触った両手は血の赤色に染まって。
ああやって人は死ぬのだと思ったら、酷く怖くなったんだ。
オレたち忍は死と隣り合わせとよく教えられていたけれど、それが急に現実になって一歩も動けなくなった。
だから。その後、サスケが助けると言い出してホッとしたんだ。
同じ里のライバルならともかく、相手は他里の敵。見捨てて当然………だけど。自分が殺して、誰かが死んで。そんな人の死を背負えるだけの覚悟はまだなかったから、反対しなかった。
自分のために、オレはこいつらを助けたいと思った。
でも、サスケは違ったんだ。
『同盟を結びたい』
昨夜のことだ。黒服は一命を取りとめ、そのまま別れるかと思ってたら、サスケから提案された同盟。
メリットは大きい。だって、もう後はゴールするだけでいい。
でも、巻物を実際に見せられたって、こいつらが本当に約束を守るのか。裏切られるんじゃないか、そんな思いもあった。
だけど。
『同盟かぁ……なんか、カッコイイってばよ!』
サスケを信じていたから。こいつらを信じてみようと思ったんだ。
『ちょっと、そういう問題じゃないわよナルト!』
『いいじゃん、いいじゃん!てきじょーしさつって奴?』
『違うわ!もうちょっとよく考えなさいよ!』
『えー?だって、サスケが考えたんだろ?なら、大丈夫だって!』
『そ、そりゃそうだけど……』
少し考え込んでいたけど、結局サクラちゃんも頷いた。
『……ウスラトンカチ』
その時のサスケの顔は忘れられない。驚きと、嬉しさと。それから安堵。
サスケは試験のためだけにこの同盟を結んだ訳じゃない。
聞いてはいないけど、答えくらい予想できる。予想できるからこそ、何だか今の状況が気に食わない。
ナルトは無言で串を三つ地面から引き抜くと、『ちょっとナルト!?』と困惑するサクラを置いて、彼らへと近づいた。
途端に警戒する二人。一人は眠ったままだ。
「あ、あのさぁ。俺いっぱい取りすぎたからさ、残っちまってももったいねーし?………分けてやってもいいってばよ」
魚をずずい、と差し出す。
共に行動するようになって丸一日たったが、未だに距離は遠かった。横目で伺うだけで、最初の自己紹介以来、話すこともない。誰が言い出したことでもないが、食事も別々で、サスケだけが行ったり来たりしてこいつらを気遣っている。
それに胸の辺りがモヤモヤした。何でかはわからないけど。
ちなみに、この三人組は料理のりの字もなく、三食兵糧丸。兵糧丸は非常食で、美味しくはないし、栄養もとれるか怪しい。
『倒れられたら同盟組んでる俺らがめーわくするし……』と内心で言い訳しつつ、内心ドキドキと答えを待った。
「はっ!そんな得体の知れないものなんざ、食える筈がないだろ」
「っ!!」
砂の女の冷たい声に言葉が詰まった。
ドキドキと打っていた胸が、冷水をかけられたみたいに静かになっていく。
差し出した魚の黒い焦げ目に目を落とせば、さっきまであんなに美味そうだったものが、急に貧相に見えてくる。
悲しい。けど、それ以上に腹の奥から怒りが込み上げた。
その向けられる背中が。
その冷たい目が。
その切り捨てる言葉が。
その距離を置く心が。
気に食わない───それが、サスケを傷つけるから。
なんで、こんな奴らを。
なんで、“友”だなんて。
「っお前……!人がせっかく……!」
女を睨みつけたその時、不意に手から魚が引き抜かれた。
「ほう……なかなか美味いな」
赤髪の男がムシャムシャと魚を頬張っていた。
無表情の中に、小さな驚きと笑みをのせて。
「我愛羅!?おい、そんなよく分かりもしないものを食うんじゃ……っっ!?」
「うるさい」
赤髪は女の口に問答無用で魚を突っ込んだ。
女はえづいたけどオレの手前吐き出せないのか、苦渋の顔でゆっくりと魚を咀嚼している。
(大丈夫か?骨刺さったんじゃねえの……?つうか、そんなに魚嫌いだったのかよ……?)
怒りもどこかに吹き飛び、呆気に取られていたナルトだが、何だかハラハラとした気分でそれを見詰めた。
しかし、段々と女の顔が『おや?』と驚きの表情に変わっていった。
「……美味い……」
思わず、といったように零れた言葉に知らずナルトの口角が上がっていく。
それにハッとした女は頬を赤く染め、ふい、とそっぽを向いた。
「食えないことも、ない……」
ボソリと呟かれた言葉に、ナルトはパッと顔を輝かせた。
◆
(少し、手間取ったな……)
水の並々入った水筒を片手に、そして先程捕らえた獲物をもう片手に抱え、森の中をサスケは引き返していた。
サスケを狙った不運な獲物は一撃に沈み、その巨体はなかなか食いでがありそうだ。
負傷者なのだから、精をつけなくては。
そう思いながら足を早め、木々から顔を出したサスケはぱちりと目を瞬いた。
「へぇー、砂隠れは砂漠の中心にあんのかぁ。砂の海ってどんなんだろうな」
「私、海だって見たことないわ。任務もこの周辺ばかりだし、テマリさん達羨ましい…!!」
「そんないいものでもないさ。それより、こんなに木や水があるところは私らも初めて見たよ」
「……砂漠は雨がなかなか降らないからな」
小さくなった火を囲むのは、ナルトとサクラ、そして砂の姉弟である。
何があったのだろうかと頭を捻っていると、サスケに気づいた我愛羅と目が合う。それに続いてナルトがあっと声を上げて駆け寄ってきた。
「サスケ、遅かっ……」
「ああ、ちょっと食料を調達していてな」
ナルトの声が不自然に途切れる。
それに気付かず、サスケはほら、とナルトの腕に獲物を渡した。
「随分と大物だな」
「食べごたえがありそうじゃないか」
嬉しげに声を弾ませる砂の姉弟だが、手渡されたナルトはもちろん、サクラも固まっていた。
ナルトの腕から地面まで垂れる尾。毒々しい鮮やかな色。鋭い牙が残る、恨みつらみの篭っていそうな頭。
「今日の晩飯は蛇鍋だ」
その夜、サスケ達が蛇鍋に舌鼓を打っている隣──否、少し離れた所で。
ナルトとサクラは、保存食になった固い魚を黙々と齧っていたそうな。
副題はカルチャーショック(笑)
※風の国では魚を一般的には食べないという設定。
というか、そもそも川がほとんどなく、あっても生活排水で汚れているため、その魚を食べるのはごく貧困層。
将来的には輸送技術が発達して風の国でも食べられるようになるが、現在はあまり普及しておらず、我愛羅やテマリは見たこともないという。……我愛羅つよい。
実際に、アフリカの内陸部では魚を見たことがない部族もいるようです。文化の違いですね。