目を落とせば、自分の両手が目についた。皺もなく、染みもなく、傷のほとんどない小さな手のひら。
かつてカグヤやキンシキ、モモシキと命懸けで戦い勝利を掴んだ手ではない。
振るえる筈の力は使えず、誰かを頼ることもできない、ただの名もない子供の手だ。
大切な奴らを守りたかった。
苦しむ奴らを救いたかった。
けれど。このちっぽけな両手では、全てを守ることなんかできなくて。
それなのに、大切なもの、助けたいものばかりが増えていく。いつかは溢れると知りながら、それでも見捨てることができなかった。
全てを守れる力があればいいのに。
そう夢現に、願っていた。
「……落ち着いたか?」
大きな木の根元に空いた洞の中。
トラップをかけ終わり戻ってきた男に小さくこくりと頷きながら、うちは内心で悲鳴をあげた。
副音声をつけるなら、『キャー』とか可愛らしいものじゃない。とどめを刺される時の『ギャー!!』だ。
男には何とか頷いたけど、実を言えばうちの心臓は全く落ち着いてなかった。
洞は狭くはないけど、広くもなくて。そんな空間に男と二人っきりになるなんて初めてで、さっきから熊に襲われた時とは違う動悸で死にそうなくらい胸が苦しい。
だからさ?
うちの答えにホッとしたように微笑むのはやめて。心臓が壊れそうなんだよ。
心の中で訴えるけど当然相手に届くはずもなく。隣に座り込んだ男から食うか?と魚の干物を渡されて、受け取る手がぶるぶる震えたのが伝わってないことを願うばかりだ。
「お前、名は?」
意識しないように黙々と魚を囓っていると、ふとそう尋ねられ、名すら名乗っていなかったことに気がついてハッと頭を上げた。
「う、ウチは、香燐。ささ、さ、さっきは助けてくれて……あ、ありがと」
「香燐か……。偶然通りかかっただけだ、気にするな」
頭を上げればそこにはイケメン。直視出来なくて若干目を逸らしながらの言葉だったが、しっかり噛みまくった。それも恥ずかしかったけど、それよりも、その呼ばれた名に心臓が一際大きくはねるのが分かった。
今、『香燐』って。うちを呼んだ。うちの名前を。
火照っていた顔が更に赤くなるのを感じて、耐えきれず顔を覆った。
(あああもう、何やってるんだよ。しっかりしろよ変な奴って思われちゃうじゃん……!)
脳内で自分を罵倒しても、何故か身体が言うことを聞いてくれない。
ぐるぐる巡る思考で泣きそうになりながら、それを誤魔化すように眼鏡を押し上げてちらっと横目で男を見やれば───平然と魚を食っていた。
変に思われてないのはいいけど、それはそれで悔しい。意識しているのはうちだけで、一人舞い上がっていた自分が虚しくなってくる。
こんなにも簡単に翻弄する無自覚男がほんの少し恨めしくって、ジトリと横顔をガン見した。
流石はイケメン。横顔も素晴らしく整っていて、見てるだけで保養になる。
髪の毛もつやつや、女子顔負けなほど睫毛は長いし綺麗に上を向いてる。羨ましい。肌も白くて、きっと触ったらすべすべしてるんだろうな……。
あ、歯並びもいい。真っ白な歯と歯の間から覗く舌も、綺麗な赤色。白と赤………エロい。ヤバい。魚で頬が膨らむ。もぐもぐと咀嚼する様子は可愛くて、美味しそうだ。
ああ、何だかよだれが……。
「香燐」
「はっ!うあああああああ!!!!ち、違う、そんなのこれっぽっちも思ってない!違うからっっ!!」
「………香燐?」
「そんな変態みたいなこと思ってない!思ってないんだからな……!?ただちょっと、ちょっぴり思い浮かんだだけで……!!言葉の綾って奴!?」
「……何の話だ」
「あああ嘘ごめんなさい思っちゃったんだもん!!だって、だってぇ……!!」
「はぁ……落ち着け、香燐」
「………!!?」
戸惑ったようなイケメンに顔をのぞき込まれて、暴走していた思考が停止した。
ついでに、身体も。息が止まった。
「顔が赤いな。熱があるのか?」
「え、あ」
「休んでろ、今……」
「ち、違うから!!平気だから!!」
洞を出て行こうとする男を必死に引き留めれば、怪訝そうにしながらも座り直すのを見て胸をなで下ろす。
助けてもらったうえに、看病まがいのことをさせる訳にはいかない。あ、でも、こいつに看てもらえるならずっと病気でも………。
「香燐」
「はいっ!?」
「これからのことなんだが、お前はどうする」
「え……」
一人ニヤニヤとよこしまな思いを抱いていたのが申し訳なくなるほど、真摯な黒い瞳がうちを映していた。
それに沸き立っていた感情が静まりかえっていく。
……そうだ。ずっとこのままなんて、無理なんだ。
今は中忍試験の真っ只中、周りは敵だらけ、さっきなんて死にかけたじゃないか。試験終了までうちは一人で生き延びなきゃいけない。
心細さに掌を重ねて握り混むと、サスケは大丈夫だ、とうちの頭を撫でて、選択肢を示した。どちらを選んでも、うちを守ってくれる。そんな選択肢だった。
「お前はどうしたい」
どうしたい、なんて。うちに決めさせてくれる奴は初めてで、初めてだからこそ言葉に窮して俯く。
示された選択肢は二つ。
一つ、幻術で守られたこの洞で救助を待つ。
二つ、この男に塔まで送ってもらう。
一つ目は試験終了まで怯えて隠れていないといけない。二つ目は敵に襲われる危険がある。
───けど。
迷ったのは一瞬で、答えはすぐに出た。
「一緒に、いたい。……駄目か?」
断られるのが怖くて、ギュ、と手を握った。
恐る恐る男を見上げれば、男はパチパチと大きな目を瞬くと、分かった、と照れくさそうに笑った。
それは紛れもなく、うちだけに向けられたもの。
初めて貰ったその笑顔で、空っぽだったうちの中がいっぱいになっていく。顔も、心も、熱くて熱くて仕方なかった。
「あのさ………名前、聞いてもいい?」
「ああ……言ってなかったか。俺の名は、サスケだ」
「サスケ、君?」
「………サスケでいい」
君付けに眉を顰めて本当に嫌そうな顔をするから、つい笑ってサスケ、と口の中で復唱した。
そうか、こいつは『サスケ』って言うんだ。すんなりと頭に入ってきた名前に嬉しくなって、刻みつけるように何度も何度も心の中で呼びかけた。
日が沈んだら動くというサスケとうちは、ぽつぽつと話をした。
うちのことも少し喋って、代わりにサスケのことも少し知った。隠してることがあるのはお互い様で、当たり障りがないけれど、それでもサスケの話は何よりも宝物のように思えた。
サスケは木の葉隠れの下忍だ。
親はいなくて、兄弟のような親友と暮らしているらしい。
メンバーはそいつと、あと同期の女、それから胡散臭い担当上忍。そいつらのことを話すサスケの顔は本当に優しくて、そんなにサスケに想われているメンバーが羨ましいと思った。
二次試験では他のチームと合流したという話には驚かされた。でも、別にルールを破っている訳じゃないし、ゴールできる確率も上がる。
木の葉のような参加者の多い大国ならともかく、草隠れみたいに小さな国は特に取り入れた方がいいんじゃないか?……絶対、教えないけど。
その後、敵に襲われ、仲間とはぐれて塔で待ち合わせをしている途中でうちを見つけたんだそうだ。
助けてくれた礼に巻物を渡そうとしたけど、もう揃っているらしくて断られた。貰うばかりで、何か返したかったから残念だ。
そんな会話をしている間にいつの間にか日は傾いていて、そろそろ出発しようと準備をしていた時。うちは近づいてくるチャクラに眉をひそめた。
チャクラが二つ。
一つは少し朧気で、もう一つは無機質さを感じる。
(このチャクラ……まさか昨日の?)
朧気な方は影分身。昨日から五体くらいがバラバラに動いているのを感じていた。チャクラ性質は同じで同一人物によるものだ。それから半日以上経つ中、消えたものもあったにせよまだ残っている者がいたとは。
その途方もないチャクラ量に感心しながらも、トラップを解除していたサスケに慌てて声をかけた。
「サスケ。敵が二人、こっちに近づいてる。一人は影分身だ」
サスケは少し驚いたようにその手を止めて森の奥に顔を向けた。その真剣な眼差しがかっこいい……じゃなくて。
サスケも感知タイプなのかな、と思いながらその横顔を見つめていると、その気配に気づいたのか、ハッと目を見開いた。
「俺の仲間だ。先に合流するぞ」
その言葉にドキリとした。仲間………決して、うちにはなれないもの。うちは他里の忍でしかないんだから。
でも、サスケのことを考えれば、試験終了時間が迫る中、早めに合流したほうがいいことは明白だった。
頷きながらも少し俯く。それはサスケといられる時間が短くなるということで、せめてサスケがゴールするまで一緒にいたかった。
そんなうちの不安を感じ取られたのか、ジッと見つめられていることに気がついた。
大丈夫、と笑顔を見せればサスケは安心したように息を吐いて、無理をするなと言いつつもトラップの解除を急いで進めていった。
当たり前だけど、早く合流したいのが本音なんだろう。うちはついででしかない。だって、これは試験なんだから。
それでも寂しいと思ってしまう、そんな我が儘な自分に自嘲しながら解除を手伝った。
「こっちだ」
少しでも役に立ちたくて、サスケの手を引いてなるべくトラップや野生動物と合わないよう道を示す。
サスケも気配は気づいているから道案内なんて本当はいらないだろうに、少し遠回りしても何も言わずついてきてくれる。その信頼が心地よかった。
あと少し。
木々の間から黄色が見えて、サスケは敵と誤解され逃げられないようにだろう、ぱっと足を早めた。
「ナルト!」
ナルト、というのが一緒に暮らしているという親友の名前らしい。
でも……どっちなんだろう。
そこにいたのは男が二人。一人は金髪に蒼い目をしている影分身、もう一人は黒い髪と目の男。
金髪の服は森の中でも目立つオレンジ色で、忍ぶ気なんて更々なさそうな奴だ。でも、うちを上回る途方もないチャクラ量にぶるりと肌が粟立った。
黒髪はちょっぴりサスケに似ていて、笑顔を貼り付けてる。まあ、サスケの方がイケメンだけど。
どっちがナルトなんだろうとサスケをちらりと伺う。でも、サスケは目を見開いて驚愕したような顔をしていた。
視線の先は黒髪だ。つまり、黒髪はイレギュラーだってことだろう。
ならこっちか、と思って派手な金髪を見たが……何故か臨戦状態に入っていて困惑した。
あれ?と首を傾げて双方を見比べる。
「あ、サスケ君。久しぶりだね。流石、もう女の子を引っかけるなんて手が早いな」
「はっ、二度も同じ手食らうかよバーカ!かかってこいってばよォ!」
……何だコイツら。
そう思ってしまったうちは悪くないと思う。
どちらかがサスケの親友かと思うと何だか複雑だ。
サスケの背中に隠れて見上げるも、サスケは二人を凝視するばかり。そっとサスケの服の裾を握ってみたけど、気付かれなくて口元が緩む。
「いざ、尋常に勝負だってばよ、偽者野郎!」
「……待て、ナルト。俺は偽者じゃねぇ」
「偽者はみんなそう言うんだってばよ。もう騙されねえかんな!」
「ふふ、ナルトはチョロいよね。兄さんとよく似てる。……あ、さっき雨隠れの忍がサスケ君に化けててさ。ナルトが捕まってたから助けたんだ。でも、復讐とか言ってたけど馬鹿だよね。ただの影分身なのに」
「おい、サイ!ただのとか言ってんじゃねぇよ!影分身だってなぁ、本体にこき使われて大変なんだぞ!」
「フン、我愛羅が怖くて分身を狙ったか。なるほどな」
静かに話を聞いていれば、三人の会話からちょっと話が見えてきた。
金髪がナルト、黒髪がサイって奴らしい。
つまり、ナルトがサスケに化けた奴に騙されて捕まった所をサイって黒髪が助けた。だから、うちらも敵の変化だと思って、ナルトはこっちを威嚇してるんだろう。
サスケも納得したみたいで、でもどうやって説明すべきかって悩んでるみたいだ。
ナルトがクナイを構えて今にも飛びかかってきそうで、うちがぎゅうと裾を握る手の力を強めたら、サスケがちらりとこっちを見て、また戻される視線に少しがっかりした。
「分身だって馬鹿にしてると痛い目みるってばよ。ほら、かかってこいよ!」
「………ナルト。本当に、分からねぇのか?」
「え……?」
サスケのちょっとだけ低くなった声に、ナルトが狼狽えて視線が彷徨う。だけど、ぶんぶんと頭を振って、騙されねぇ、なら証明してみろって叫んだ。
「サスケの口癖は何だってばよ?」
何だそれ。
合言葉を決めてると思ってたのに出てきたのはクイズ。拍子抜けで、がっくり肩の力が抜けた。いやでも、確かに共通して知ってることほど信憑性が高いから、いいのか……?
頭を捻りつつ、それでも純粋にサスケの口癖は気になって答えを待っていたけど、サスケは難しい顔で唸っていた。まあ、口癖っていうのは自覚してないことも多い。心当たりがないみたいだった。
「やっぱ、お前偽者だろ!」
「待て。別のにしろ」
「え-……。仕方ねえ、あと一回だかんな」
「ねえ、ナルト。ちなみに答えは何なんだい?」
グッジョブだ黒髪。
変わらぬ笑みを浮かべながら他意なく尋ねた黒髪に、内心サムズアップを送った。
「そりゃ、ウスラトンカチに決まってるってばよ!」
「ウスラトンカチ?変な口癖だね」
「……黙れ。早く二問目を言え」
ウスラトンカチ……どんな意味だろうと思いつつ、心のノートに書き記す。
サスケの耳が赤く染まってるのが見えるのは、背中に隠れるうちだけの特権だ。
「第二問!サスケがこの前食事会で作ったのは───」
「お好み焼き。お前が焦がして真っ黒になった。木ノ葉丸はマズいって泣きながら食べて……」
「サスケぇぇぇ!!生きてたってば!!!お前、俺ってば滅茶苦茶心配したんだかんな!?サクラちゃんだって泣かせやがってこのやろー!!後で試験終わったら一楽のラーメン大盛りだかんな!!!」
「分かったから、耳元で喚くなウスラトンカチ……」
現金にもがばっとサスケに抱きついてきたナルトに、サスケは例の口癖を言って、呆れながらも笑みを見せた。
ウスラトンカチは呆れを意味してるんだろうか、何て思いながらそっとサスケの裾を離して一歩下がった。感動の再会って奴に水を差したくはなかったから。
お好み焼きかぁ……うちの好物だ。
サスケの作ったお好み焼き、食べてみたいなあ、と思いながらそれを眺めていると、ふと肩越しに蒼い目とぶつかった。
「サスケ、誰だってばよ?」
「ああ……途中で会ってな。塔に向かってたから一緒に行くことにしたんだ」
「へえ、そっか。……俺ってば、うずまきナルト。サスケの親友で、いつか火影になる男だ!よろしくな!」
金髪男ことうずまきナルトは、ニッと爽やかに笑った。
底抜けの明るさが眩しい。さっきの馬鹿発言は許してやろうと思うほどに。
だけど、その名前にひっかかりを覚える。
うずまきナルト………うずまき?
まさか、と金髪男を上から下までジッと見た。一族の赤髪は受け継いでいない、と言うことは片親がうずまきの混血だ。
躊躇いつつも差し出された手をそっと握ると、肉厚な掌に相当な努力の跡を感じて、きっとコイツなら火影になれるだろうと目を細めた。
夢を追いかけるコイツがとても羨ましかった。
だって、うちには夢なんてない。今を生きるだけで、乗り切るだけで精一杯なんだ。この試験が終わったら、あの空っぽの部屋に帰るだけ。
同じうずまきの血を引いているのに、何故こんなに違うんだろう。生まれた里が違うだけなのに、どうして。
溢れそうになる嫉妬心に蓋をして、歯形だらけの腕でその手を握り返した。
うずまきの血は今、関係ない。ここにいるのはただの香燐だ。
「ウチは、香燐。よろしく」
「その赤髪とチャクラ……君、うずまき一族だよね。よかったね、ナルト。同族に会えたみたいだよ」
こ・の・野・郎………!!
一瞬であっさりバラした黒髪に顔が引き攣った。殴ってやろうかと拳を握り締めようとしたが、動かない。何だと思ったらぐっと強い力で手が握られていた。
離して、と言おうとしたけど……そのキラキラと輝きを増した蒼い双眸に射すくめられ身動き出来なかった。
「うずまき………俺と同じだってば」
本当に?と確認するナルトの青い目に、見抜かれるような心地がして嘘がつけない。
パアッと明るさを増したナルトの笑顔が、チャクラが眩しすぎて辛かった。
でもそいつの手は───サスケと同じで、暖かかった。
やっぱりHENTAIな香燐ちゃんが好き(笑)
子供だからまだツンデレ度が低いね!
ナルトとも親戚なんだから絡んじゃえよ〜仲良くわちゃわちゃしちゃえよ~と常々思ってたので満足(*´艸`*)
【烈伝記念投稿】
①9/15
②10/10