SASUKE逆行伝   作:koko22

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「ヘヘッ、よゆーよゆー!見たか、オレ様の勇姿!」
「ナルト、スゴイじゃない!あんたのこと見直したわ!」
「ま、頑張ったね。いい試合だったよ……おめでとう」


 第四回戦はナルトの勝利で幕を閉じた。
 途中ヒナタから薬を受け取り、意気揚々と戻ってきたナルトへサクラとカカシが祝いを告げる。サスケは当然とばかりに鼻を鳴らしつつも、口元には隠せぬ笑みが浮かんでいた。


「七班はこれで全員終わったね。みんなお疲れさま」
「はーい、カカシ先生!オレ一楽のラーメン大盛り、トッピングは全乗せだってばよ!」
「私は焼肉ね!」
「んじゃ、今日の夜はラーメンで明日の昼は焼肉にしようぜ、サクラちゃん」
「いいわね賛成!サスケ君は?」
「高い寿司」
「ハハ……一応聞くけど、俺の奢り確定、だよね?」
「「「当然!」」」


 息ぴったりな三人へカカシはわざとらしいため息をつきながらも、満更でもなさそうにヘラリと笑う。
 班員全員の試合が終わり解けた緊張にわいわいと騒いでいた第七班だったが、大番狂わせとなった結末にざわめいていた場内の空気が、ふと凍りついたことに気が付き口を閉ざした。


『ヒュウガ ヒナタ』VS『ヒュウガ ネジ』


 見上げた電光掲示板には、いつの間にやら第五回戦の対戦者が映し出されていた。



44.一族

 

 

「まさかあなたと戦うことになるとはね……ヒナタ様」

「ネジ兄さん……」

 

 

 向かい合った二人は、同じ姓もさることながら艷やかな黒髪も色素の薄い瞳もよく似ている。

 しかし、ネジの刺々しい視線と、それを避けるように目を伏せるヒナタ。纏う空気は対極的なものだった。

 

 

「兄さんって……」

「えっ、あの二人兄妹なのか!?」

「あいつらは木の葉で最も古い流れを汲む名門、日向一族だ。だが兄妹じゃないよ」

 

 

 驚くサクラとナルトへ事情を知るカカシが答える。

 同じ姓、似た相貌。そう取られてもおかしくないが、けれどそれは真実ではない。

 その関係性を問うサクラへ、カカシは二人を見下ろして慎重に言葉を撰ぶ。

 

 

「うーん……ま、日向家の宗家と分家の関係、っていやいいのかな」

「宗家と分家?」

「一族の長となる家と、それ以外の家のことですよ」

 

 

 聞き慣れない語句に首を傾げるナルトに、隣で観戦していたリーが説明を継いだ。

 

 

「ヒナタさんは日向流の宗家、つまり本家に当たる人で、ネジはその流れを汲む分家の人間です」

「つまり、親戚同士の戦いってことね……やりにくいわね、あの二人」

「はい、でも……」

 

 

 仄暗い事情には疎そうなリーだが、流石に同班のライバルとなると違うのか、言い淀み、同じ姓を背負う二人をジッと見つめながら複雑そうに続ける。

 

 

「……宗家と分家の間には昔から色々あったらしく、今はあまり仲の良い間柄ではありません」

「ふーん、なんで?」

「僕も詳しくは知りません。ただ、うちはや日向など、名門と呼ばれる古い忍の家には、一族特有の技や能力があります。その技を伝えていくために、日向家では掟を定めているらしいんですが、宗家に有利な掟が多いそうで。その掟のせいで分家の人間は肩身の狭い思いをしてきたらしいんです」

「因縁対決ってやつね……」

「うちはって、じゃあイタチの兄ちゃんのとこも?」

「ああ。イタチもいうなれば、ヒナタと同じ立場──名門うちは本家の長子で、次代の族長だ。多かれ少なかれ、そういうお家問題は抱えてるだろうな」

 

 

 かつてナルトから伝え聞いた、ネジの父の話を思い返しながら黙って耳を傾けていたサスケは、会話の流れに乗って現れた名にピクリと口端を動かした。

 

 

(“うちは”のお家問題か……縁がなかったな)

 

 

 カカシの言うようにしがらみというのは名家について回るものだが、本家も分家も関係なく絶たれた過去を思い返し、サスケは内心で苦く笑った。

 

 だが、日向程の拘りはないが、うちはにも確かに本家、分家の括りは存在する。その理由の最たるものが族長の選出であり、本家筋のみがその資格を有している。   

 血継限界を身に宿す以上、最も血の濃い者をという所は日向一族とそう変わらないのは仕方がないのだろう。

 

 とはいえ、マダラの里抜けの際に正当な本家筋は一度絶たれており、分家が本家に移り変わったためその垣根は非常に低いものだった。

 分家も元を辿れば本家の血を引いているのだから、もし本家に何かあれば分家が成り代わるだけのことだ。

 

 それに、族長の選出も生まれの順ではなく、力の強さで決められる点も日向一族とは異なる。聞くところによれば、ヒナタとネジの父親は双子だったそうだ。

 もしうちはだったなら、父親の実力の方が優れていれば、ネジが本家筋となっていたかもしれない。

 

 うちはの次の族長はイタチであり、一族で最も優秀なイタチに反対する者も、資格のある者もいない。名実共に本家を継ぐことが決まっていた。

 だが、先日のイタチの言葉がふと脳裏に響いてサスケは眉を潜めた。

 

 

『俺も火影を目指している』

 

 

 イタチが火影になる。

 それはとてもしっくり胸に落ちた。その志も、その力量も、里への想いも、火影として申し分ないばかりかお釣りが来る。歴代火影なんぞ目じゃないだろう。

 

 だが、一族の長と火影の兼任はできない。それは己の一族を贔屓しかねないと、初代火影が決めたことらしい。

 後々、一族の境界が曖昧になりサラダが廃止するに至った訳だが、現状として火影になるためには、例え族長であっても別の者へ地位を譲る必要があった。

 

 その点、もしもイタチが長になったならば、そしてそこから火影を目指すとするならば───まずは後釜が必要だ。子が生まれ一族を背負える年頃まで育つのを待つとなれば、何とも気の長い話になる。

 それに、たとえ他者へその地位を譲れたとしても、うちはの進出を恐れる上層部は、よほどの功績や一族との距離を空けない限り、決してうちはの元族長を火影にはさせないだろう。

 

 可能性があるとすれば、長であるフガクが健在の今しかない。だが、それもまた困難な道のりだ。上層部の信用を得るには、一族の未来の長の座は捨て、場合によっては一族そのものを出ることになる。

 次代族長という地位を捨てるにもうちはの長老方が煩い。例え上手く説得しようとも、代わりの次代を探す必要も出てくる。

 

 そう考えれば、皮肉にもネジとは異なり、本家というのはイタチにとって煩わしい足枷以外の何物でもなかった。

 そして唯一その枷を外せたであろう『うちはサスケ』はもういない。

 

 スペアでよかった。イタチの力になれるのならば、しがらみだって喜んで受け入れられた。

 でももう、それはかなわない。もうスペアにすらなれやしない、ただの役立たずだ。

 

 

「サスケ?どうかしたのかってばよ?」

「……何でもない」

 

 

 沈んだ思考をナルトの声が現実へ引き上げる。

 サスケはそれに緩く首を振り、物思いに耽ったためかズキリと痛んだ蟀谷を軽く抑えながら、暗い思考を振り払った。

 

 

「では、試合を始めてください!」

 

 

 階下へと視線を戻すと、タイミングよく審判が試合開始を宣言する。

 だが、開始後もどちらも動かず。ネジはヒナタへ棄権を勧め始めた。

 

 

「あなたは優しすぎる。調和を望み、葛藤を避け、他人の考えに合わせることに抵抗がない」

「そして、自分に自信がない……いつも劣等感を感じている。だから下忍のままでいいと思っていた」

「しかし、中忍試験は3人でなければ登録できない。同チームのキバたちの誘いを断れず……この試験を嫌々受験しているのが事実だ。───違うか?」

 

 

 怯えるヒナタを洗脳するかのように、ネジは淡々とそう続けた。

 審判は止めない。これは立派な精神的攻撃。言葉で相手の心を折ろうとしているのだ。心が折られてしまえば、どんなに技が優れていようとも負ける。

 

 だが───その考えは甘い。

 なにせ、あのナルトを追いかけたヒナタなのだから。

 

 

「ち…違う、違うよ。私はただ……そんな自分を変えたくて自分から……」

 

 

 おどおどとか細い声ながら、ヒナタはその言葉を否定した。

 

 

「ヒナタ様…アナタはやっぱり宗家の甘ちゃんだ。人は決して変わることなど出来ない!落ちこぼれは落ちこぼれだ……その性格も力も変わりはしない」

 

 

 語りながら、睨むネジの眉間の皺は深くなっていく。

 

 

「人は変わりようがないからこそ差が生れ、エリートや落ちこぼれなどといった表現が生れる。誰でも顔や頭、能力や体型、性格の善し悪しで価値を判断し判断される。変えようのない要素によって人は差別し差別され、分相応にその中で苦しみ生きる。

オレが分家で……アナタが宗家の人間であることは変えようがないようにね」

 

 そう続けるネジは気づいていない。

 落ちこぼれとエリート、本家と分家。

 似て非なるものへ投影している己の言葉に、感情が、弱さが、苦しみが、滲んでいることに。

 

 

「うちは一族も元をたどれば、日向一族にその源流があると言われている。『白眼』ってのは日向家の受け継いできた血継限界の一つで、写輪眼に似た瞳術だが……洞察眼の能力だけなら写輪眼をもしのぐ代物だ」

 

 

 カカシが発動された白眼をそう評価する。

 確かに『白眼』を持つカグヤから『写輪眼』を持つうちはの祖が生まれているのは事実で、その伝承はある意味正しいと言える。

 しかし、洞察眼の能力の高さという点では同意はできない。『白眼』も『写輪眼』も、所詮は道具だ。

 

 

「つまり、アナタは…本当は気付いてるんじゃないのか?『自分を変えるなんてこと絶対に出来……』」

「出来る!!!人のこと勝手に決めつけんなバーーーーカ!!!───ンな奴、やってやれヒナタァ!!」

 

 

 ネジを遮ったナルトの声が会場中に響き渡り、サスケはニヤリと口角を上げた。

 あれこれと言動へ難癖をつけようと、いくら心理論を並び立てようとも。先入観に目の眩んでいる奴に、人の本質を見抜くことなどできやしないのだ。

 

 そんなナルトの声援にヒナタの顔つきが変わった。

 

 

「私はもう……逃げたくない!」

 

 

 ヒナタの瞳に力が宿る。そこにはもう怯えはなく、しっかりとネジの姿を映し出している。そんなヒナタにネジも何かしらの変化を感じ取ったのだろう、視線は一層厳しいものになった。

 ついに日向一族の血継限界、『白眼』と『白眼』が睨み合った。

 

 

「ネジ兄さん、勝負です!」

「……いいだろう」

 

 

 二人は鏡合わせのように同じ構えを取ると、どちらともなく動き出した。

 チャクラを纏わせた掌底と掌底がぶつかり合う。日向に伝わる特異体術、柔拳だ。体内に流れるチャクラの経絡系にダメージを与え、内面を壊す拳法。かすっただけでもダメージは蓄積され、まともに喰らえば致命傷を与える。

 互いに譲らぬ応酬に、一撃が勝負を分ける緊張感に、ゴクリと観衆は息を呑む。常の内気さをかき消すように攻めるヒナタは、ネジを押しているように見えた───が。

 

 

「やはりこの程度か……宗家の力は」

 

 

 互いの胸に致命傷となる一撃が入った……そう見えた。

 しかし、口から血を流したのはヒナタだけ。共に柔拳を受けたはずのネジの表情は変わらず、嘲るようにそうつぶやくと、追撃しようと動いたヒナタの腕へとどめを刺すかのように指を突き刺した。

 

 

「な、何でだってばよ!?ヒナタの攻撃だってカンペキ入ったのに!」

「『点穴』だ。経絡系上にはチャクラ穴と言われる361のツボ───点穴がある。そのツボを正確に突くと、相手のチャクラの流れを止めたり増幅させたり……思いのままコントロールできるとされている」

 

 

 騒ぐナルトへサスケは静かに答えた。

 戦闘中にも関わらず、点穴を見極め、的確に突く。それは相当な集中力、そして紛れもなく両者の圧倒的な力量の差を現していた。

 

 

「ヒナタ様。これが変えようのない力の差、エリートと落ちこぼれを分ける差だ。これが変えようのない現実……『逃げたくない』と言った時点でアナタは後悔することになっていたんだ。今アナタは絶望しているハズだ」

 

 

 棄権しろ、とネジは再度冷たく告げた。

 だが、負けを認めさせたい、その思いの源にネジは気づいていない。

 それは、ヒナタと同じ。変えたいと、そう思っているからだ。

 

 

「私は、まっすぐ……自分の言葉は曲げない!私も、それが忍道だから……!」

 

 

 ふらふらと立ち上がったヒナタは、血を吐きながらも再び構える。ネジの攻撃はヒナタのチャクラの流れを完全に止めてしまった。柔拳は使えず、その身体も限界だ。やがて白眼すら、保つことができなくなった。

 勝ち目はもはや一筋もないことは誰の目にも明らかだというのに───その瞳から光は消えていない。

 

 

「ヒナタァ!ガンバレーー!!!」

 

 

 ヒナタの攻撃は一撃どころか掠りすらしないというのに、柵から身を乗り出して応援するナルトへ微笑みすら浮かべ、ヒナタは再度ネジへと立ち向かう。

 

 

「アナタも分からない人だ……最初からアナタの攻撃など効いていない!」

 

 

 決して諦めないヒナタに苛立ったネジは、その腕を軽く躱し、その心臓へ決定打を打ち込んだ。

 がくりと倒れたヒナタにサクラが小さな悲鳴を上げる。それに目を向けることなく、ネジは終わりだと身を翻す。審判のハヤテもこれまでと考えたのか、試合を止めようと手を上げた。

 

 

「これ以上の試合は不可能と見なし───」

「止めるな!!」

 

 

 それを遮ったのは、ナルトだった。

 明らかに、もう戦えない。それでも、ナルトはヒナタから受け取った傷薬を固く握りしめて、止めるなと重ねて叫ぶ。

 

 

「ちょっとナルト!何言ってんのよバカ、もう限界よ!気絶して………っ!?」

 

 

 批難しようとしたサクラも、サスケも、ネジも。全員が、ハッと目を見開いた。

 振り返ったネジの目の前で、ヒナタが立ち上がった。

 

 

「何故立ってくる……無理をすれば本当に死ぬぞ……!?」

 

 

 ネジは信じられないとばかりに呆然と呟く。それは見ている者全員にとっての代弁だっただろう。

 ……否、ナルトだけは驚くこともなく、ジッとボロボロになっても立ち上がったヒナタを見つめていた。

 

 

───やっと私を見てくれてる、憧れの人の目の前で……格好悪いところは、見せられないもの……!!

 

 そんなナルトを見上げて、傷だらけで微笑むヒナタ。

 よろめきながら辛うじて構えたくノ一を睨みつけ、ネジは浮かべた白眼を歪める。

 

 

「強がっても無駄だ、立っているのがやっとだろう……この眼でわかる。──アナタは生まれながらに日向宗家という宿命を背負った。力の無い自分を呪い責め続けた。……けれど人は変わることなど出来ない、これが運命だ!もう苦しむ必要は無い、楽になれ!!」

 

 

 声を荒らげるネジは、悲鳴を上げているかのようだった。優勢なのはネジの筈なのに、まるで追い詰められているかのように。

 色味の薄い透明な瞳のまま、ヒナタは息を切らしながらも穏やかとさえ言える口調で語る。

 

 

「それは違うわ、ネジ兄さん。だって私には見えるもの……私なんかよりずっと、宗家と分家という運命の中で……迷い苦しんでるのは、あなたの方」

「っ!!」

「ネジくん、もう試合は終了です!!」

 

 

 そのヒナタの言葉は的確にネジの心を突いたのだろう。ネジは憎々しげに唸り、焦った審判の静止の声も聞かず駆け出した。激情に駆られたその眼には、もはや殺意が宿っていた。

 ネジの柔拳がヒナタへ届く寸前、四つの腕───ハヤテと共に担当上忍らがガシリと掴み止めた。

 

 

「ネジ、いい加減にしろ!宗家のことで揉めるなと、私と熱い約束をしたはずだ!」

「………なんで他の上忍たちまで出しゃばる!宗家は特別扱いか……!」

 

 

 ネジを止めたのは審判のハヤテ、担当上忍の紅、ガイ、そしてカカシ。

 上忍らの姿に気が緩んだのか、ヒナタの膝が崩れ落ちる。床に打ち付けられる寸前で、瞬時に現れたサスケがその身体を支えた。

 

 

「ヒナタ!」

「やばいわよ、この顔色…!」

「分かってる。医療班を早く呼べ!」

 

 

 心配するナルトやサクラ、リーもサスケを追いかけ階下へ飛び降りてくる。ヒナタをそっと横たえる間にも、その顔からは徐々に色が抜け落ちていった。

 その胸へ手を置き、サスケは拙い医療忍術を使うが弱った心臓には慰め程度にしかならない。だが、サスケに重ねるように手をおいて共にチャクラを送り始めた紅に、やらないよりはマシかと頷きあう。

 上忍らを振り払ったネジは、忌々しげにヒナタを見下ろしていたが、その傍にいたナルトに気がつくと『そこの落ちこぼれ』と呼びかけた。

 

 

「お前に二つほど注意しておく。忍なら見苦しい他人の応援などやめろ!そしてもう一つ………しょせん落ちこぼれは落ちこぼれだ、変われなど───」

「変われるさ」

「っ!」

「変われる」

 

 

 ライバルであるナルトを落ちこぼれ呼ばわりされ、もはや黙っていられなかった。

 そう断言したサスケは、ヒナタへチャクラを流す手を止めることなく、ちらりと横目をネジへと流す。

 ネジは横槍をさした人物が華々しい初戦の勝利を飾ったサスケであると認めると、少しの困惑を滲ませつつ不機嫌そうに眉を顰めた。

 

 

「ハッ、第七班は出しゃばりばかりか。まあいい……サスケと言ったな、何故そう言い切れる?情けのつもりならやめておけ、お前も俺と同じくエリート……庇ったところで偽善でしかない」

「───俺がエリート?笑わせる」

 

 

 その言葉に、顔を上げたサスケは暗く嗤う。

 確かにそう呼ばれた時もあったかもしれない。だが、それは遠い過去のことだ。

 人は変わる───いい方向にも、悪い方向にも。

 

 

「俺はお前と違って姓のない里の孤児。まともに授業を受けた試しもない、アカデミー1の問題児だった。それにな、俺は変化を恐れ迷ってばかりの臆病者だ……ナルトやヒナタの方が俺の何倍も強い」

「何……?」

「驚くことなんて何もないだろう。お前は、俺のことを何も知らない」

 

 

 うちはの生き残り、ナンバーワンルーキー、抜け忍、復讐者、大逆人、英雄、放浪者、最後の忍、里の孤児、問題児………サスケにはかつて様々な名がつけられた。いいものもあれば悪いものもあった。

 だが、それは全て紛れもない自分自身だ。

 

 

「『人は誰もが己の知識や認識に頼り、縛られ生きている。しかし知識や認識とは曖昧なモノ、その現実は幻かもしれない………人は皆、思い込みの中で生きている』」

 

 

 サスケは淡々と言葉をなぞる。その抽象的な言葉を当時は理解できなかった。

 でも今なら、その言葉の意味が分かる気がした。

 

 

「エリートや落ちこぼれなんて肩書き、所詮は他者が思い込みでつけた評価にすぎない。認識が変われば、良くも悪くもいくらでも変わる───要はソイツの言動次第だ」

 

 

 サスケはヒナタに目を戻す。

 血を吐いて、ボロボロの身体を引きずって、適うはずもないと分かっていながら、それでもヒナタは立ち上がった。自分自身を変えたいと立ち向かった。

 かつてとは違うその姿に、見ていた誰もがヒナタへの認識を改めただろう。

 

 

「血筋のように変えようのないものは確かにある。だが全てを変えられる筈がないと、『運命』だからと諦める───それはただの逃げだ。自分を変えようと立ち向かったヒナタは………俺やお前より、ずっと強い心を持っている」

 

 

 サスケはかつて、憎しみに囚われ盲目となった。悪い方向へと歩み続け、その挙げ句取り返しのつかない過ちを犯した。だからこそ、今尚己の選択を信じることができず、“前”との変化を恐れ迷ってばかりだ。良くも悪くも、そう変わった。

 サスケはきっと、これからもそうあり続ける。自問自答を繰り返し、悩み迷いながら選んでいくだろう。もう、無謀に進める時期はとうに過ぎていた。

 

 だからこそ、自分を真っ直ぐ信じ立ち向かえる姿は純粋で。これまでの道の正しさを現している。揺るぎないそれは眩しくて、羨ましくて。

 憧れていた。もう持つことのできない、その強さに。

 

 

「ネジ、俺もお前に一つ問う。───何故お前は戦った?」

 

 

 言葉の意味を咀嚼し沈黙するネジへ、サスケは静かに問いかける。

 落ちこぼれは落ちこぼれ、エリートはエリート。変えられないと言いながら、分家のネジが宗家であるヒナタを屈服させようと躍起になった。それは矛盾だ。

 

 本当は、ネジだって変えたいと足掻いているのだろう。

 だが、罪のないヒナタに宗家を映し、傷つけることに正しさはない。

 

 

(……ネジ、お前ならできるさ。だから、間違えるな)

 

 

 確かに血筋は変えられない。だが、それに対する自分の認識は変えられる。

 ネジの父が、宗家を守るために殺されたのではなく、ネジや兄弟、家族、そして里を守るために自らの意志で身代わりになったように。

 

 

「俺は……」

 

 

 何かを言おうとしたネジだったが、サスケはそれを聞く前にハッと表情険しくヒナタへと目を戻した。

 

 

「ガハッ……ぅ…ッ…」

 

 

 ヒナタが血を大きく吐き出した。溢れるように吐き出される血は鮮やかな赤色で。苦しげに呻いていたヒナタの身からかくりと力が抜ける。

 サスケは送るチャクラの甲斐もなく、やがて小さな心臓が痙攣しだすのを掌に感じた。

 

 

「まずいな……心室細動を起こしている」

 

 

 痙攣とはいえど、それは心停止に他ならない。やがて喘ぐような呼吸音すら消え、もはや猶予もない状況にサスケは舌を打つ。

 紅もそれを知り、ネジを険しい形相で睨みあげた。

 

 

「……オレを睨む間があったら、彼女を見たほうがいい」

「チッ……!医療班は何をしてる!?」

 

 

 紅はそう宣うネジから目を離し、まだ姿のない医療班へ悪態をつく。

 そもそもこの予選はイレギュラー。人数調整のために突発的に始められたのだから、ただでさえ数の少ない医療忍者を確保することは大変だったことだろう。その人員も僅かな筈だ。

 死の森の中、塔の地下深くのこの演習場にまともな医療設備は望めない。今から急いで里の病院に運ぶとしても、1分ごとに生存率は10%下がる。猶予はあっても10分。

 

 それを越えれば、生存率はほぼ0───二度と心臓は動かない。

 

 “前”は死ななかった。

 だが、“今”はどうなるか分からない。

 心臓が止まっている。

 息を吹き返す保証はどこにもなかった。

 

 

(……いや。可能性はある)

 

 

 ふと頭を過った思考に逡巡する。理論的には可能だろう。だが、危険な賭けだ。助けられるという確信がある訳でもない。

 迷いと共に、土気色の顔に目を落とす。

 

 

『私は、まっすぐ……自分の言葉は曲げない!私も、それが忍道だから…!』

 

 

 ヒナタの言葉が蘇る。

 ヒナタは強い。きっとどうあっても、生きることを諦めない。

 迷いも覚悟も、その逡巡は瞬きと共に終えた。一秒だって無駄にできない中、小さく息を吐き出したサスケは、その紅の手をヒナタから無理矢理剥がし、強く押しのけた。

 

 

「少し離れてろ」

 

 

 驚く紅を余所に、サスケはすぐさま左手に雷遁のチャクラを練り上げた。

 高い電圧を帯びたチャクラに、経絡系も皮膚も焼き焦げるのを感じながら一瞬で手のひらに集める。バチバチと火花が散ったそれを、痛みを感じるより早く、躊躇いなくヒナタの胸へ振り落とした。

 

 眩いばかりの雷光に包まれ、ヒナタの身体が魚のように跳ねる。

 その輝きが霧散しないうちに、担当上忍の腕によってサスケはヒナタから引き剥がされ、床上に押さえつけられていた。

 

 

「何してるサスケ!!お前、ヒナタを殺す気か!!?」

 

 

 誤解だと言いたかったサスケだが、術の反動で左腕は燃えるように熱く、押さえつけられた場所を中心に激痛が全体に走り、悲鳴を堪え呻くことしかできなかった。

 そんなサスケに混乱しながらカカシが更に言葉を重ねようとした時、ヒナタの様子を確認していた紅が『待って!』と叫んだ。

 

 

「ヒナタの心臓が……動いてる……」

 

 

 トクリ、トクリと本来の拍動を取り戻した心臓の鼓動が、呆然とする紅の手に伝わっていた。青褪めていたヒナタの顔色は、流れ出した血の循環にほんの少し色づき始める。か細いが、穏やかな呼吸音が空気を揺らしていた。

 

 小さく上下する胸にホッと息をつく間もなく、サスケの意識は暗闇に呑まれた。

 




人間AEDになったサスケェ……。
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