「おい、チョウジ。俺たちやべーぞ、残っちまった」
やべー奴らの戦いが終わって、ズタボロになった会場を試験官らが総出で片付けるのを眺めながら、ため息混じりにちらりと横を見やる。
同じタイミングでこちらへ視線をよこしたチョウジと顔を見合わせながら、めんどくせぇ、とシカマルはもう一度大きなため息を吐き出した。
ここまでで終わった試合は6組。
第一回戦からはサスケ、第二回戦は引き分け、第三回戦はテマリ、第四回戦はナルト、第五回戦はネジ、第六回戦から我愛羅。概ね予想通りというべきか、めぼしい奴らが予選を勝ち上がった。
残るは2組、四人の受験者だ。
同期のシノ、丸メガネに口元を隠したおっさん、そして俺とチョウジだ。強そうな奴らは既に終わっていてラッキーではあるが、俺と一緒にチョウジも残っている。
詰まる所、同じ班員同士で戦うことになる可能性が33.333……%、おおよそ三つに一つっつぅことで。
いくらランダムでも、これでもしチョウジと組まされようものなら、これまで散々協力しあえだのと言ってただろうよ、とブーイング必須だ。
しかし『めんどくせぇ』とぼやくシカマルとは対照的に、チョウジはのんびりとポテチを頬張りながら首を傾げる。
「えー。でも僕、シカマルとがいいなぁ」
「はぁ?」
期待するかのような声音は本心からのものとわかって、穏健派筆頭のチョウジの予想外の言葉に耳を疑った。
だが、続けられたその理由はまさにチョウジらしいものだ。
「シカマルとなら怪我しないもんね」
「おい。喧嘩売ってんのか」
「だってもしそうなったらシカマル棄権するでしょ?だから僕もシカマルも怪我しない、それで僕は焼肉食べ放題!!」
「………」
猪鹿蝶の一族は術の特性上交流が深く、当然三人共に幼い頃から面識がある、いわゆる幼なじみって奴になる。それ故に、相手の術はもちろん、癖も弱点も思考回路も知り尽くしていた。
もしここでやり合うことになって勝ち上がったとしても、後味悪ぃだろう。
ナルトやらサスケやらは血気盛んに戦い合うことが出来るだろうが、こちとら平和主義なんだ。仲間を傷つけるなんざ御免こうむる。
昔からめんどくせぇことは嫌いだった。
そんなめんどくせぇことになるくらいなら棄権するし、それはそれでいい───という、シカマルの雑な考えすらも見抜かれていたらしく、言い返せずに黙り込む。これだから幼なじみというのは厄介だ。
「まったく、お前らな……棄権だけは勘弁してくれよ……」
やる気ゼロの俺と、のんきなチョウジ。そんな俺たちに流石に危機感を感じたらしい担当上忍のアスマは苦々しげにそう呟いていたが、ふと何か思いついたかのようにチョウジの肩に手を置いた。
「……よーし。もし全力で戦って勝ったら、勝った方に特上カルビってのはどうだ?」
「!」
「木ノ葉黒毛、バキバキに霜降りが入っていてなぁ。したたる脂さえも甘くて濃厚、肉なんてトロットロに舌で溶けちまう……」
「シカマル、僕は君であっても手は抜かない。棄権なんかしちゃだめだ、僕は正々堂々君に勝つ!!」
特上カルビの為に!!
言葉だけならキリッと、けれど最後の最後で本音がだだ漏れなチョウジはあっさり掌を返したようにそう宣言した。
「食いものなんかでつるなよ……」
つられる方もつられる方だが。呆れた目で『行くぞ焼肉ーー!食うぞ特上ーー!』と拳を上げるチョウジを見やる。つーか食ってやるぞコノヤロウ。
その意気よ!とイノがバシバシとチョウジの背を叩きながら激を入れていると、アスマが不意にニヤリと笑った。
「ま、物事そう思い通りにはいかねえのさ」
『アキミチ・チョウジ』 VS 『アブラメ・シノ』
良かったのか悪かったのか、表示された電光掲示板に俺の名前はなかった。つまり、俺はトリって訳だ。それもそれでめんどくせぇ気がする。
一方肩を落とすチョウジだったが、行って来い焼肉食べ放題が待ってるぞとアスマがその背を押した途端、目が燃えだし意気揚々と階段を降りていった。
「頑張れよー、デブーー!」
「いっけー、デブーー!」
あえてチョウジの禁句で声援を送る俺とイノに、チョウジの目が吊り上がる。
そんなチョウジに対し、シノは黙って何を考えているかわからねえ、いつも通りのツラでチョウジの前に立つ。
「両者前へ。……それでは、第七回戦を始めます」
さて………結論から言おう。
チョウジは焼肉を勝ち取った。まじかよ。
「うおぉぉぉ!焼肉ーーとったどーー!!」
「コノハ、コグレ、ココノカ、コノエ、コメコ……俺の虫達が……」
拳を掲げるチョウジの隣では、膝をついたシノが押しつぶされた虫達ヘ震えながら手を伸ばしている。
その悲壮な様子からはもはや戦意が感じられず、審判は勝負ありとしたのだ。
シノは強い。あのチャクラを吸う寄壊蟲とかいう虫は性能を聞くにもはや反則みたいなもんだったが、しかし今回は相性が悪すぎたとしか言いようがない。
チョウジの忍術は身体の組織を倍化させるという単純な技で、その質量や重量にはしっかりとした実体がある。肉弾戦車の前に、群がろうとした虫達はすぐさま蹴散らされ、押し潰された。
大切に飼っていた虫達が無惨に散っていくことに耐えられなかったのだろう。半分以上が散った所でついにシノは崩れ落ちたのだ。
つうか、あいつ虫に名前つけてんのかよ。何万もいるだろうに、どうやって見分けているのか謎だ。
「まさかチョウジが勝ちあがるとはな……こりゃあ負けてらんねぇなぁ、シカマル?」
「チッ……うっせーな」
「さて。次が最後……お前の相手は、奴だな」
『ツルギ・ミスミ』VS『ナラ・シカマル』
電光掲示板には俺の名前と、聞き覚えの無い名前が既に上がっていた。
ちらりと二人共に横目で丸メガネを見やる。アスマは笑みを消しスッと目を細めた。瞬間変わったひりつくような空気に身体が固まる。
低く、俺だけに聞こえる声でアスマが耳打ちした。
「……いいか、シカマル。棄権だけはするなよ」
「はぁ?」
「最終第八回戦、両者前へお願いします」
どういう意味だと聞くより先に、審判に呼び出される。後ろ髪を引かれるような思いはしたが、それでも既に相手は階下で待ち構えており、行って来い、と背を押されてしまえばそれ以上尋ねることもできず。
シカマルはけだるげに頭をかきながら、階段を一段一段降りていった。
「なーに勿体ぶってんだってばよシカマル!最後なんだからビシッと決めろってばよ!」
ナルトの野次にうるせーとだけ適当に返す。
その頭の中ではアスマの言葉が回り続けていた。
(棄権“だけは”?まるで、勝ち負けなんてどうでもいいみてえな言い口じゃねえか。それでも担当上忍かっつうの)
ちくりと嫌味を思いつつ、そっと相手を伺いながらゆっくりと足を進める。
じっとこちらを見る奴は、腕を組み指をトントン動かしている。どこか苛立つような様子。まるで急げとでもいいたげだ。
ようやく審判の前についた俺に、遅い、と唸られるが、コホンと咳払いした審判にそれ以上は言い募らなかった。
「えー……では最終第八回戦、始めてください!」
開始の合図にその場を飛び退き、一度距離を取った。しかしミスミはその場を動かず、じろりとシカマルを睨みつけた。
「チッ、やはりトリになったか。……始めに言っておく。俺が技をかけたら最後、必ずギブアップしろ。速攻でケリをつけてやる」
丸メガネこと、剣ミスミ。
その額当てには同じ木ノ葉の紋様が刻まれている。
ふと、そいつと同じ格好をした同班の男───最初の試合を思い出した。
考えろ。『大蛇丸様』───同じ額当てをした奴の反応を。
考えろ。『調査協力』───予選に乱入した上忍達の目的を。
考えろ。『棄権だけは』───俺にかけられたアスマの言葉を。
考えろ。『やはり』───奴が最後の対戦となった意味を。
脳内を映像が、思考が駆け巡った。
幾通りかの推論は立てたが、その中で、最も濃い可能性に舌打ちする。
もしそうなら、めんどくせぇ。本当にめんどくせぇが、そうも言ってらんねぇ事態だった。
近接タイプなのだろう、奴が駆け出してくる。先程の『術』ではなく『技』という言葉を考えるに、体術使いなのかクナイを構えることもない。畜生、相性もバッチリだ。
考えれば考える程に、そこに浮かぶ作為の疑惑に舌打ちしながら印を組んだ。
「忍法、影真似の術!」
「何……!?身体が……!」
自分から近づいてくるんなら、術にはめるのに訳はない。特に奴にとってこの術は初見のもの、一発でその影を捉えることができた。
問題はここからだ。
一歩、また一歩と奴へ近づく。その足もまた同じように一歩、また一歩と俺に向かって動き出す。近づけば近づくほど、影は濃くなり術の強度も増す。
ぎりぎり、奴の手が俺に届かない程度の距離で足を止めた。
「クソ……!」
悔しげに呻く奴だが、その抵抗は形ばかりだ。本気で振りほどこうという気概はさほど感じなかった。
しばらく身体のコントロールを戻そうと藻掻いていたが、やがて力尽きたかのように、その形ばかりの抵抗さえもなくなり、わざとらしいため息を吐き出した。
「油断したか。術にかけられては仕方があるまい……俺は棄───」
「影首縛りの術!」
「っ!」
影の手がミスミの身体を這い上がり、その首ではなく、口を塞いだ。
窒息させるためじゃない、ただ何も言えないよう口を塞いだだけだ。
「棄権なんかさせねーよ。そんじゃ、ま……俺と我慢比べといこうや」
───たっぷり、時間をかけてな。
その言葉に、丸メガネの奥の瞳が見開かれる。
先程とはうって変わり激しい抵抗が影に伝わるが、この近距離、そしてチャクラも大して消費していない状態だ、ちょっとやそっとじゃ綻ぶことはない。
長丁場になるだろうな、と覚悟を決めて腰を下ろす。二人して座禅を組み向き合う姿は、対戦とは到底呼べないものだ。
だが、審判は止めない。片目を開けて見上げたアスマはにんまりと笑っていて、選択が誤っていなかったことを理解すると同時に利用されている不快感に舌打ちを落とす。
だが、始まってしまったことをとやかく言った所で、何か状況が変わるわけもねぇ。早々に諦めて、術に専念するべく目を閉ざした。
「なんだぁ?二人して座ってるだけじゃねえか」
「くぅん…」
「シカマルーー!何やってんのよ!そんな奴ボコボコにしちゃいなさいよ!」
「モグモグ……きっと何か、シカマルの考えがあるんだよ」
「もー、ホント二人してマイペースなんだから……!」
「なーアイツら、何やってんだってばよ?腹でも痛ぇのかな?」
「ま、“時間がきたら”術も解けるでしょ、黙って見てなさいよ」
奴の死ぬ物狂いな抵抗を押さえつけ続けて、体感的には数十分間経ったような気がする。
その頃になると流石にチャクラもだいぶ削られ、ギャラリーのざわめきや野次にうるせーと返す余裕さえ無かった。
(クソ、そろそろ限界か……)
やがて影の手がじわじわと口から首へと引き始め、にんまりと奴の目が弧を描く。
だがまだだと歯を噛み締め、残り僅かなチャクラを振り絞る。たらりと垂れた汗が頬を伝って床へぽたりと一粒落ちた、その瞬間だった。
ポン、と白煙がミスミの背後に立ち上り、低くドスの利いた声が響いた。
「そこまでだ。剣ミスミ、残念だが時間切れだ。貴様の片割れが吐いたぞ。証拠は上がってる、観念するんだな」
煙の中から現れたのは、一次試験の試験官───森野イビキ。
待ち望んだタイムリミットにホッと気が緩み、糸が切れたように術が解けたものの、ミスミはすぐ背後の鋭い視線に震え指先一つ動かさなかった。
ゴキゴキと指を鳴らしながらニヤリと獰猛な笑みを浮かべる試験官に、そしてその見せつけるような黒い染みのある手袋に。
自分に向けられているわけではないとわかっていながらも、背筋に先程とは異なる冷たい汗が伝う。
イビキは一瞬でミスミを昏倒させ縛り上げると、未だ荒く息をついて座り込むシカマルを見下ろした。
「確か、奈良シカマルと言ったな。……お前、こいつの正体にいつ気がついた?」
探るような目には先程までの鋭さはなく、どこか面白そうに細められている。
大きな息を吐き出し、身体から力を抜いてバタリと床へ背をつければ、疲労感が一気に押し寄せた。
剣ミスミ──その正体が、“間諜だったとしたら”。
そんな疑惑ともいえないような憶測だったが、どうやら当たってしまったらしい。
「いつって言われても………正体なんざ知るわけねえッスよ。ほんの数時間前に初めて顔を合わせたばかりですし。───ただ、アスマの忠告をきっかけに、第一回戦のあんた達の乱入、同班の奴の言葉、こいつの反応………あとはただの勘で、もしかしたらって思っただけッス」
もしかしたら。
そんな薄っぺらい不確かさでも、もしその可能性があるならば、まだ下忍といえど木ノ葉の忍として放って置くわけにいかなかった。
ここで最悪のパターンは、棄権なり何なりして奴が大したダメージのないまま野放しになり、おそらくまだいる他の仲間に危機を知らせ、他の奴らと一緒になって情報を持って逃げられることだ。
疑いのある時点でさっさと連れていけばよかっただろうにとは思うものの、上からすりゃ砂隠れの奴らの手前、同班というだけでの試験中断は避けたかったんだろう。
そんでもって、次点で死なれることもやべぇ。
気を失うなり、ダメージを受けるなりしたならば多少時間は稼げるが、もしもあの瓢箪みてえなやべー奴と組んで万一戦闘で死んじまったら、自死でもされたら、それもそれで情報源が一つ潰れる。片割れが知っている情報とのすり合わせだって必要だった。
だからこそ、俺を選んだんだろうな、とシカマルは己の術を思い起こす。
影真似の術は使い方にもよるっちゃよるが、基本的には戦闘向きの術じゃねぇし、もともと足止めが目的として作られたもんだ。お誂え向きってやつだったろう。
まあ外傷を与えないって点じゃイノの心転身も可能性があったろうが、乗っ取って棄権されたら元も子もない。
組み合わせはランダムというが、電光掲示板なんて裏で操作した所で分かりやしねぇ。少なくとも、ミスミを最後に回したのは恣意的なもんがあった筈だ。
「ほほう?では、もしこれがスカで、奴が無関係、俺が現れなかったらどうした?」
「別にどうもしませんよ。チャクラ切れで俺が降参するだけだ。ま、同じ木ノ葉の忍で、本戦に俺が出ようが奴が出ようが、観戦する大名達からすりゃ大して変わりゃしないでしょ」
「フッ……自分が試験に落ちても、か。ほぼ情報のない中、まさかそこまで考えていたとは恐れ入る」
イビキはニッと笑って手袋をとると、シカマルへ片手を差し伸ばした。
素肌に残る、酷い拷問の傷跡にハッとする。この男もまた、どこかの間諜だったんだろう。しかし、イビキはそれにも堪え忍び、そして今ここにいた。
その手を大人しく取れば、力強い腕に引かれて立ち上がる。
「ご苦労だった。お前たちのような次世代がいることを誇りに思う。………本戦も楽しみにしているぞ」
そう言って手を離したイビキは、床に転がされていたミスミを担ぎ上げ姿を消した。
静まり返った会場に、コホンと審判が咳払いした。
「審判権限により……最終第八回戦、勝者───奈良シカマル!」
シカマルはけだるげに頭をかきながら、階段を一段一段登っていく。
よくわからないながら歓声を上げるいの、ニコニコ笑うチョウジ、満足げなアスマ、駆け寄ってくる同期。
そのどれもを、どこか遠くに感じていた。
『勝者』
その華々しい言葉はどうにも今の俺には不似合で、何とも言い難い気分になる。
木ノ葉の忍として、するべきことをした。それだけだ。
同期の祝いの言葉や質問に曖昧に返しながらすり抜ける。アスマ達の待つ元の観戦席ヘ歩いていると、その道途中、ここにいない筈のサスケの姿を見て目を見開いた。
一歩、また一歩と近づく。近づけば近づくほどに奴の幻影は確かな形を取っていく。
すれ違いざま、その手と手を叩いた。
当たり前だが俺の手は空をかく。
それでも、パシリと軽い音が確かに響いた気がした。