SASUKE逆行伝   作:koko22

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4.小さな星

 

 一年最後の夜、大晦日。

 大人の背丈程もある門松が飾られた玄関は、続々とやってきた一族達が出入りをし、常とは比べ物にならない程の活気に満ち溢れている。

 

 訪れた男連は酒を片手にそのまま広間へ。そして女連も男連に続いて広間へ行く者もいたが、中にはちらほらと台所へと立ち寄る者もいた。

 

 

「ミコトさん、これつまらないものだけど」

「まあ、いつもありがとう。綺麗なだし巻き卵ね、みんな喜ぶわ」

 

 

 夕方からザル数杯分に及ぶ大量の蕎麦を茹でていたミコトは、一息つく間もなく、そんな持ち寄りの副菜を丁寧に皿に盛り付けていく。

 裏方をほぼ一人で捌く手際の良さに感心しつつ、台所を覗き込んでいたサスケも自身の名を呼ばれ小走りで駆け寄った。

 

 

「サスケ。このお料理、お父さん達の所へ持っていってくれないかしら」

「うん」

 

 

 母から受け取った頭よりも大きな皿を、普段は使われていない広間へとそろりそろりと運ぶ。

 すれ違う者達に時々撫でられ、気を遣って開いてくれた広間に続く襖。その奥では数十名に及ぶ一族が思い思いに箸を伸ばし、酒を飲み、そこかしこから笑い声が聞こえてくる。

 

 うちは一族は血継限界の保持のため、一族内での婚姻が主流である。いわば、一族全員が親族、どこかしらに血の繋がりがあった。

 そのため、年の暮れには本家に集まり皆で年を越す。それが恒例だったが、サスケがそれらを見るのは初めてのことだった。

 時刻は真夜中。参加自体は許されていたものの、幼いサスケは睡魔に抗えず、いつも寝てしまっていたからだ。

 そんな光景を物珍しく伺っていると、広間の一角で酒を酌み交わす父を見つけ、サスケはそちらへ足を運んだ。

 

 

「父さん、これ母さんが」

「ああ、そこのテーブルへ置いておいてくれ」

 

 

 フガクはやってきた息子へ、常には無い満面の笑みを浮かべる。

 これは大分酔っているのだろうな、と思いながら頷くと、父と酒を酌み交わしていた夫婦の視線を感じた。

 

 

「サスケ君じゃないか、大きくなったなあ!」

「お母さんのお手伝いかい?いい子だねえ、うちの息子も見習ってほしいものだよ。全く、図体ばっかり大きくなっちゃってねぇ」

 

 

 のんびりと穏やかそうな顔付きの男性と、快活に笑う女性。この夫婦は父の幼馴染だった人達だ。名前こそ思い出せないが、よくかわいがってもらった事を覚えている。

 確か一人息子がいた筈。

 その人物の名前を思い浮かべた所で、突然背後から声がかかった。

 

 

「図体ばっかって。お袋、そりゃ酷いだろ」

 

 

 振り向いた先にいた本人に気をとられ、手にあった皿が一瞬ぐらりと傾く。しかし、バランスを取り戻そうとするより先、彼はさっと皿を受け取りテーブルへと置いた。

 至極自然な、素早いその動作。目の前の夫婦も父も、恐らくサスケが皿を落としそうになったことすら気がついていない。

 その身のこなしは、彼の実力を示すには十分なものだった。

 

 

「実際服一つ満足に畳めないじゃないか。お前のアパートに行ってみたら何だい、あのグチャグチャな服は!親の手伝いをしないから畳み方さえ分からないんだろう?」

「うぐ……ふ、服は着れりゃいいだろ!」

「こらこら、フガクやサスケ君の前だぞ」

「お前さんもだよ、二人揃ってだらしないったら……!」

 

 

 やはり、どこの家庭でも母は強いらしい。早々に負けを認め、とばっちりを受けた父親と共に大人しく説教を食らう青年を眺める。

 少し跳ねた癖毛。父親に似たのか温和そうな顔立ちだが、目はやや釣り気味で勝気な母親譲りのようだ。

 だがまだ若いにも関わらず、隙が伺えない。流石暗部といった所か。

 そんな分析をしていると、母親の説教を早く終わらせたいと雄弁に語る目がこちらへと向けられた。

 

 

「お~!久しぶりだなぁ、サスケちゃん!」

 

 

 さも今気づきました、と言わんばかりの白々しい態度だったが、先程料理を台無しにせずに済んだという借りがあったので黙っておく。

 彼の母親も溜息を一つついて酒を煽った。いい呑みっぷりだ。

 父フガクと飲み比べを始めていたが、彼女が勝つ未来しか思い浮かばない。

 

 

「まあ、つっても覚えてねえよな。最後にあったのなんて赤ん坊の頃だったし」

 

 

 続けられた言葉に再び青年へ顔を向ける。どうやらサスケのことを知っているらしい。

 そしてサスケもまた、この青年のことを知っていた。

 

 遠い昔、幻術の中一度だけ彼を見た。

 兄イタチの親友で、里と一族の軋轢に苦しみ、そして里の為、うちはの為に自ら死を選んだ忍を。

 

 

「じゃ、改めて自己紹介しとくか。俺の名はうちはシスイ。よろしくな、サスケちゃん」

 

 

 母親そっくりの闊達な笑顔を見せながら、遠慮なく頭をぐしゃぐしゃと撫でるその手は、兄よりも大きかった。

 

 

 

 

「シスイさん、水持ってきたぞ」

「ひっく、うん~?おう、ありがとなあイタチィ!」

 

 

 今の木の葉では飲酒・喫煙は十六歳から。それが次第に十七・十八と上がり、ゆくゆくは二十歳からと定められた。

 シスイは今年十六になったばかり。つい最近一人暮らしを始めたという彼は、もう飲める歳なのだと少々自慢げに語っていたが、どうやら酒に弱かったのか早々に酔っ払いと化した。その頬は真っ赤に染まり、頭はふらふらと揺れている。

 自身がこういったタイプに弱いという自覚はある。言うなれば『ウスラトンカチ』なタイプだ。

 結局放っておけなかったサスケは、シスイを縁側に連れてきて冷たい夜風に当たらせながら水を飲ませていた。

 

 

「兄さんは任務だって言っただろ。俺はサスケだ」

「サスケちゃん?おお、大きくなったなあ!前見た時はまだよちよち歩きだったのに。あ、オシメ換えたことも」

「黙れ、この酔っ払い……!」

 

 

 サスケの手に握られていた空のコップがみし、と悲鳴を上げた。

 最初こそ尊敬の念も込めた態度を心がけていたサスケだが、だんだんとそれらは剥がれ落ちていき、今やせめてもさん付けする位のものとなっている。だが、本人は全く気にしていないようで、『やっぱイタチにそっくりだなあ』とケラケラ笑っていた。

 母に続きイメージがガラガラと崩れ去っていく。思い出はどうやら美化されるものらしい。

 それでも憎めないのは、どこか親友に似ているからだろうか、なんて考えながら、その笑顔に毒気を抜かれたサスケはため息を溢して彼の隣に座った。

 

 シスイと二人並んで、雲ひとつ流れていない、黒く澄んだ夜空を見上げる。月もとうに沈んでおり星の瞬きの一つ一つが美しい。 

 将来の木の葉では星の輝きはいつしか人工の光の前に霞んでしまう。そう思うとこの空がとても貴重なものに思え、ついジッと眺めていた。

 冬の夜空でつい目が行くのは、過去も未来も変わらず空を飾っている、砂時計のような形のオリオン座だ。

 だが、見えなくなるのは小さな星だった。だからそんなオリオン座の中で微かに光る、小さな光に目を凝らした。

 

 そうして幾許か。それなりに時間が経っていたのか、広間の方から歓声が響いてきて、新たな年を迎えたのだと知った。

 『乾杯!』と音頭を取る母の大きな声が聞こえた。そこは父じゃないかと思ったが、そういえば父は酔い潰れているだろうことを思い出しクスリと微笑む。

 サスケは今でこそ年齢的に飲めないが、嘗てはかなり酔いにくい体質だった。大蛇丸の元にいた頃の投薬による影響かもしれないが、もしかすると母に似たのかもしれない。

 先日中期任務に旅立った兄はどうだろう。案外父に似たかもな、なんて考えていると、ふいにシスイが躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「な……サスケちゃんはさあ、みんなが……うちは一族が好きかい?」

 

 

 チラリと横を見れば、シスイは夜空をどこか苦しげに見上げていた。

 新年の挨拶が来るかと思っていたのにとんだ拍子抜けだ。しかし、その横顔に迷いを感じ取り、何も言わずに再び小さな淡い光へ目を戻した。

 この果てしない夜空の中。何千億もの星の内、一つの小さな光が潰えたとして、それを気に止める者など数少ないことだろう。

 それでもその光は美しく、今尚懸命に瞬き続けていた。サスケは、まだあるそれにほんの少しだけ口角を上げた。

 

 

「好きだよ」

 

 

 迷いは無かった。この気持ちは、真実だと胸を張って言えた。

 サスケが一族について知っていることは少ない。それというのも、一族が死んだ後に残されたものはサスケの手にはほとんど渡らなかった為だ。

 病院から家に帰って、あったものといえば家具や玩具だけ。里が調査の名目で巻物や文書、果ては写真までも持ち去っていた。

 代わりに門を塞ぐ立入禁止と書かれたテープの黄色が、今でも記憶に残っている。

 旅を終えて暫く後、巻物の類は返してもらえたが、他のものは既に行方知れず。つまりは抹消された後だった。

 

 そこには誰にもクーデター計画を知られぬように、という意図があったのだろう。

 大戦の終結、九尾襲来、四代目の死、大蛇丸の里抜け、日向誘拐未遂。今の木ノ葉は水面下で揺らいでいた。

 様々な不安要素がある中、防いだとはいえうちはのクーデターまで加われば、里は混乱しゆくゆくは上層部への不信に繋がる。

 それだけではない。他里がこれを機に攻め込んできてもおかしくない世の中なのだから、仕方のないことだ。

 そんな理由からサスケが一族について詳しく知る方法もなく、子供の記憶では名前さえうろ覚えの者ばかりだった。顔は知ってはいても、一言も会話したことのない奴がほとんどだ。

 

 それでも。

 広間で笑い合っていた一族が。父の背負ううちはの家紋が。

 

 

―――好きだった。

 

 

 消えて欲しくない、宝物だった。

 

 

「そっか、そうだよなぁ…」

「シスイさんは……嫌いなのか?」

「俺?ん~、どうだろう。サスケちゃんはどう思う?」

「何で俺に聞くんだよ。まあ、少なくとも…おばさん達と話している時は楽しそうだったぜ、アンタ」

「そりゃまあ、家族だからな」

 

 

 くくく、と密やかな笑い声が聞こえた。

 そんな笑い方は父親に似たのだろう。目尻を垂らす所は、かつての師にも少し似ていた。

 

 

「あ~あ、イタチが羨ましいよ。お前みたいな弟がいたらもっと毎日楽しいのに。……な、シスイお兄ちゃんって呼んでみないか?」

「絶対嫌だ」

「えー、ケチ!」

 

 

 そんなやり取りは何だか楽しかったけれど、その明るい笑顔の裏に隠されたものをサスケは知っている。

 この男が死ぬのは、確かアカデミーに入った頃。あと四ヶ月しかない。

 ダンゾウに眼を奪われ、兄にもう片眼を託して、一族の士気を削ぐために自害した。それでも結局はあの夜に繋がった。

 過去へ戻ってから一ヶ月余り、それらを食い止める方法をずっと考えていた。

 

 

───ここで、全てを話せたのなら。

 

 

 そんな思いに駆られて口を開く。途端に痺れたように舌が強張って、やはり駄目かと気が沈んだ。

 シスイばかりではない。兄も、父も、母も。誰に対しても、まるで未来を変えることを拒んでいるかのように、この口は声を出せなかった。

 ならばと文字で書き記そうとしても腕は動かなかったし、幻術で見せようとしてもチャクラが練れなかった。

 色々検証した結果、未来の知識を他者へ伝えることは『何か』に邪魔されているという結論に達した。それが何かなど知るすべもない。

 

 しかし、もし例え話せたとしても、状況を変えることは現状として難しかっただろう。

 あの夜の会話から父の背負うものを知ってしまった。父フガクはサスケの父であると同時に、一族をまとめ、導くべき族長だ。息子だから、とその意見を聞き入れてくれるような人ではない。

 説得しなくてはならないのはうちは一族全員の意思。

 そもそも戦闘力に長けたうちは一族を欲する里なんて他に山ほどいるのだ。監視を置き、中枢から排除し、差別をしながらもうちはが他里の戦力となれば脅威でしかないと分かっている為、それを決して許さないこの里は彼らにとって檻に等しい。

 里の待遇を変えなければ説得出来たとしても結局一時的なもの。プライドの高い一族が、そんな飼い殺しの状況に耐え続けられないことは明らかだった。

 

 そして、今のサスケは何の力もないただの子供だ。

 写輪眼こそ使えるようになったものの、輪廻写輪眼も万華鏡写輪眼もない。更にこの体はまだ未熟で、最近ようやく扱いに慣れてきたばかり。忍術、幻術はチャクラが足りれば使えるものの、体術や手裏剣術なんて以ての外である。

 イタチやシスイですら出来なかったというのに、そんな弱い子供が声を上げたとして、誰が耳を傾けるだろう。

 

 誰かを頼ることはできない。

 一族を動かす程の発言力はない。

 嘗ての力も失ってしまった。

 

 出来ることは僅かな、ちっぽけな子供だった。

 それでも、諦める訳にはいかない。必ず変えてみせると誓った。

 行動や思考には制限がなかったため、未来を変える事はできるのだから。

 

 

―――“前”は無かったはずの、この邂逅のように。

 

 

 ふと柔らかいものが体を覆って、サスケはつい眠り込んでいた事を知った。

 らしくない失態だと、ぼんやりする頭で思う。“前”は二日三日寝ないことなんて、ざらにあったというのに。

 この体に引きずられているのか、平和ボケしたのか、と考えながら重い目蓋を開いた。

 

 

「あ、起こしちまったか?部屋まで連れてってやるから寝てていいぞ」

 

 

 もう少しだけその心地よいまどろみに浸っていたかったが、やらねばならないことがあった。

 睡魔を押さえ込み、かけられた上着ごと抱き上げようとする腕から逃れて、しっかりと自分の足で立ち上がる。

 冷気を肺いっぱいに吸い込んで脳の覚醒を促せば、次第に眠気は去っていった。

 

 空に瞬いていた星は随分と数を減らしていた。

 サスケの指先はすっかり冷え、シスイの顔も赤みはさっぱり消えていて、二人してかなりの時間寝てしまっていたようだった。厚着をしていて助かったな、と口煩く着込ませた母に感謝した。

 まだ薄暗いが、もうすぐ夜が明ける。

 

 

「言い忘れてたけど……あけましておめでとう」

「あれ、言ってなかったっけ」

「アンタが変な質問なんかするから言いそびれたんだろ」

「あ~、ごめんごめん。酔ってたからさ。ま、兎に角あけましておめでとう。そうそう、お年玉を……やべ、財布家に置いてきちまった!」

「いいよ、いらない」

「そんな訳にはいかねえよ、年上としての面子ってもんがな……」

 

 

 ポケットを探る姿を欠伸を噛み殺しながら眺めていると、リン、と涼やかな音がして、そちらに眼を向ける。

 小さな影が床に転がっていた。

 

 

「鈴?」

「ん?ああ、これか。南賀ノ神社の巫女さん、親父の姉でさ。お守りだからっていくつか持ってきたんだ」

 

 

 シスイが拾い上げたのは赤い紐がついた、一対のシンプルな鈴。

 それはあの師が持っていた鈴によく似ていて、まじまじと見ていたら何故かほれ、と手渡された。

 

 

「欲しけりゃやるよ」

「いいのか?」

「つうか、毎年持ってくるから家に余っててな。お袋も捨てる訳にもいかねえから困ってるし、貰ってくれたほうが助かる。お年玉はまた今度ってことで!」

 

 

 ニカッと笑ったその顔は、やはり母親にもアイツにも似ていて。グシャグシャ頭を撫でるその大きな手は、どこか兄にも似ていた。

 手をヒラヒラ振りながら去っていく姿を確認し、サスケは自身も靴を履いて一つの印を結んだ。

 

 あれ程賑やかだった玄関先は、一夜を越えて静まり返っていた。

 昨日はかなり騒いでいたようだしまだ皆眠っているのだろう。

 サスケは静かにうちは地区の門をくぐり、張られていた結界をすり抜けた。ただ真っ直ぐに進むその足を、阻むものは何一つない。

 

 東の空が白み始めていく。

 ちょうどいい時間だ。あの男も、直にあそこへやってくるだろう。

 

 小さな鈴がリンと涼やかな音を奏で、たった数時間の邂逅を思い返す。

 それだけの時間で兄の親友・うちは一族ということを抜きにしても守りたいと思うようになったのは、彼が兄やアイツといった親しい者達に似ていたからかと考えた時。

 愛に理由なんていらないのよ、と笑う妻の声が聞こえた。

 

 夜が終わり、星の消えた空を見上げる。

 星の代わりに姿を現した眩しい朝日が、柔らかく頬を緩めた横顔を照らし出した。

 

 雲一つない青空がどこまでも続いている。

 今夜もまた、あの星が見れそうだ。




サスケさんの逆行人生はハードモードです。
単独逆行、未来は話せず。現状は誰も頼れないので、自力でどうにかするしかありません。
ちなみに、精神エネルギー過多で身体エネルギーが押し負けており、虚弱という訳ではないが怪我や風邪、心労によるダメージが大きくだいぶ弱体化している。成長すればチャクラ量はかなり増えるものの、今は原作+α程度。
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