「これにて第三の試験、予選全て終わります」
審判ハヤテの宣言をもって予選は終了した。合格者が呼ばれ、ナルト、テマリ、ネジ、我愛羅、チョウジ、シカマルが階下へぞろぞろ降りていく。この場にいない、たった一人を除いて。
複雑な心境に歪みそうになる口元をマスクで覆い隠したカカシだったが、不意にくい、と引かれた隊服へ目をちらりと落とした。
「先生……私、聞きたいことが……」
「……サスケのことか」
躊躇いがちにかけられた言葉にあたりをつけてみればコクリと頷かれる。合格者達と並んで本戦の説明を受けているナルトも、きっとその胸中には同じ人物の姿があるのだろう。
「あの時は俺の誤解だった。俺の判断ミスだ。それ以上のことは……悪いが、俺にもまだよく分からん」
眉を下げて俯くサクラの頭をクシャリと撫でながら、『ま、あまり心配するな』と気休めでしかない慰めを口にする。
だが、何より、誰よりも。予選中でさえも気がかりにしていたのは、当の己自身だと気がついていた。
『何してるサスケ!!お前、ヒナタを殺す気か!!?』
あの閃光の中、雷遁に慣れ親しんだカカシだけはサスケのその動きを誰よりも捉えていた。
その光がヒナタの胸に振り降ろされ、瞬間的にリンを貫いた自分の姿が重なってしまったのだ。咄嗟にサスケを乱暴に取り押さえたものの、真実はといえばヒナタの救助で。あの苦痛に満ちた、噛み殺された悲鳴が耳に残って消えない。
会場ではハヤテに続いて三代目の本戦説明が始まっている。だがその言葉もなかなか頭に入ってこない。何故か、先程から言いしれぬ不安が胸を占めていた。
「……サクラ。俺はちょっと席を外すから、本選の内容を聞いといてくれ 」
パッと顔を上げたサクラにヘラリと笑い、カカシは手をひらひら振って背を向ける。
杞憂であればいいが、忍の直感は馬鹿にできないものだ。
カカシはサスケの運ばれた木ノ葉病院を目指し、死の森を駆けぬけた。
「サスケ君。また会えたわね」
その声はとても嬉しげなものだったが、そこに滲むのは好意とはとても言えないような代物だ。狂気にも似た欲望、或いは執着か。かつてよりも尚濃い泥のような視線に吐き気を覚える。
大蛇丸から決して目を離さず、すぐに攻撃できる体勢を崩さずに、サスケは大蛇丸を睨みつけた。
「……何をしにきた。目的を言え」
「フフ……そんなに怯えなくても取って喰いやしないわ。ただ君が運ばれたって聞いてね、お見舞いに来ただけよ」
「ハッ!そんな目ェしてねーだろ、アンタ」
「酷いわねェ、ちゃんとお見舞いの花も持ってきたのに。こんな雑草よりずっと綺麗よ」
善意なんぞ欠片もない顔ではぐらかす大蛇丸は、あの弟から受け取った小さな花を興味を失ったかのように手放す。
床に舞う白い花弁にサスケの眉間に皺が寄るが、それでも動かずじっと耐えた。
どくりどくりと己の心音が聞こえる位には身振り一つ見逃せぬようなプレッシャーはあったが、今の所奴は攻撃を加えるような素振りは見せていない。しかし、里の中心にあるこの病院にわざわざ現れたのだ、唯のお見舞いが目的とは到底思えなかった。
再度問おうと口を開こうとしたその時、背後の扉の外、廊下を通る二つの靴音に身を強張らせた。
『ママー、ねえまだ退院できないのかな?もう元気になったのに!』
『そうねえ……先生がもういいよって言ってからだから。きっともうちょっとの辛抱よ』
足音を立てるその時点で、民間人であることが伺い知れる。まさかこの病室にS級犯罪者がいるとも思わず、薄い扉から漏れ聞こえる親子の会話。やがて声は遠のくが、緊張感は張り詰めたままだった。
一方の大蛇丸といえば、サスケの反応をニヤニヤと面白そうに眺めているばかりだ。
「あら、どうしたの?前みたいに一目散に逃げてもいいわよ」
逃げられない。それどころか、戦えない。
それを分かっていながらそう宣う大蛇丸に、無表情を装いながら内心で舌打ちする。
まだ夕方にもなってやしない頃合いで、ここは隔離された個室でさえなく、ごく普通の大部屋だ。幸いにも他のベッドは空いていたが、扉のすぐ向こうにも大蛇丸のすぐ側の窓の外にも、雑多な人の気配がしている。そのうちの一つ、あの子供のチャクラを感じて握る拳に力がこもった。
もしもここで戦闘などあれば、巻き込まれるのは戦闘経験のない民間人や子供、逃げる力のない病人だ。被害は相当なものになるだろう。
しかもこちらはヒナタの蘇生によってチャクラは尽き片手が使えない、奴の出方を伺うしかできない不利な状況だった。
苛立つサスケとは裏腹に、逃れられぬ獲物を嬲るかの如く大蛇丸は笑みを深めた。
「賢明ね。まあ、外野なんて気にする必要はないわ───私の目的は貴方だもの」
ひたりと視点を合わせ、ゆっくりとその影が動けぬサスケへと伸びてくる。
「貴方のこと調べさせて貰ったわ。あの死の森で“偶然”木ノ葉の忍に拾われた迷い子……それもそれまでの記憶を一切無くして、ね」
大蛇丸は一歩一歩近づいてくる足を止めることなく、つらつらと俺の経歴を諳んじる。その詳細すぎる情報は、アカデミーから始まり任務内容から使用忍術、ナルトとの暮らしぶりにさえ及び、眉間の皺が深まるのを感じた。
「フフ……驚いたようねェ」
「どうやって……」
「木ノ葉上層部に上げられた、貴方の報告書を読ませてもらったのよ。わかったでしょう?貴方は最初から木ノ葉に監視されていたのよ、危険人物としてね」
大蛇丸の影がサスケを覆う。何を勘違いしたのか、大蛇丸は勝ち誇ったようにそう続けた。
しかし確かに悍ましさは感じたが、その内容そのものには驚きはなかった。何せ人質という身の上だ。アカデミー卒業あたりには暗部の監視も解けていたものの、当時は私生活などあってないようなものだったし、その視線も常に把握していた。だからこそ下手な術は扱えず、アカデミーをサボり体術を磨くのが関の山だった訳だが。
サスケの内心を知ることもない大蛇丸は、その冷たい指先でサスケの首筋───六年前に刻まれた呪印を撫でる。
「ねえ、サスケ君。貴方、自分が本当は何者か知りたくはない?」
甘く、どす黒い悪意が身に纏わりつくような心地がして背筋が寒くなる。
嫌悪感のままその手を跳ね除けることは容易い。だが、動けぬ理由があることも然ることながら、その頭に渦巻く疑惑にその手を振り切ることができなかった。
───いったい、“誰が” “その情報”を大蛇丸に与えたのか。
報告書だけなら暗部も盗み出せるかもしれない。人質のこともうちは一族なら知っている。しかし、この呪印のことまで知り得るのは、火影と上層部のみだ。
そう考えた時、脳裏によぎった姿があった。
「……俺の記憶を戻せるのか?」
それは一種の賭けだった。
六年もの歳月、身を巣食った呪印だ。記憶を損なうことなくその解呪ができるとすれば───それは唯一人。
ニタリと笑った大蛇丸は、それに答えた。
「できるわ」
どくんと一際大きく鼓動が跳ね、目を見開く。何分長い付き合いだ、その声音に確信する。大蛇丸は嘘を吐いていない、そうわかった。
所々で潜むその影を感じていた。ここに来て伝えられた決定打に、血の気の引いた唇が震えた。
「ふふ、興味が湧いたようね。………待っていなさい、もうすぐ木ノ葉で面白いことが起きるから」
呪印に触れていた手が首に、頬に、そしてその両眼へと伝う。
その青白い掌の下、血走った瞳を睨み上げた。
「『うちはサスケ君』───貴方は必ず私を求める」
◆
「お邪魔するよー」
靴音もノックもなく、唐突にガラリと病室の扉が開かれた。
ひょっこりと横開きの扉から顔を覗かせたカカシは、教え子の姿を探してぐるりと室内を見渡し、夕焼けの差し込む窓辺に立ち尽くす背中を見つけて、よっと片手をあげる。
「もう起きてたか、サス……ッ!?」
ヘラリと笑って近づいたまではいい。だが、開け放たれた窓から吹き込む生暖かな夏風にのって、ふと鼻をついた血臭にカカシは目を見張った。
サスケの影に隠れた足元をよくよく見やれば、倒れた点滴台と、引きちぎられたその管、細い腕から伝った血溜まり、そして今まさにその指先からぽたりとこぼれ落ちた赤黒い小さな花。
慌てて駆け寄りその肩を掴む。触れた瞬間にぐらりと揺れた小さな身体を、カカシは咄嗟に両腕で支え顔を覗きこんだ。
「おい、サスケ!?サスケ、おい、返事をしろ!クソッ、誰か!誰か来てくれ!」
固く閉じられた双眸は、その日、カカシの呼びかけに開かれることはなかった。
慌ただしく集まりはじめる医療忍者達の隣。
ベッドの上には、歪な花弁を持つ黒薔薇が一輪横たわっている。
黒薔薇/開花時期:5月〜6月、10月〜11月・四季咲き・返り咲き6月~7月
「愛情」「情熱」「美貌」「憎しみ」「恨み」「永遠」「貴方はあくまで私のもの」
※返り咲き(狂い咲き)……季節外れで咲く花。薔薇は基本夏場は咲かないが、春に咲いた花がら切りを行い人為的に夏場に咲かせること。必ず咲くという保証はない。
※黒薔薇は実在しない。正確には濃い赤色であり、黒みがかって見えるのものを黒薔薇と呼んでいる。しかし青薔薇のように今後遺伝子操作により生まれる可能性はある。