闇の中に一人佇む男がいた。足元に広がる黒い水が両足を絡め取り、彼の歩みを妨げている。
たとえ動かせたにせよ、どこまでも続くこの闇に果てなどなく、行きつく宛もない。
途方も無い年月をただただ立ち竦み、終わらぬ因果を眺めていた。
───たったの一石が、そこに波紋を描くまでは。
【……あと少しか】
ちりりとひりついた左腕を見下ろした彼は、動きを確かめるようにその掌を開き、握った。久方ぶりに感じる痛みにその薄い唇が弧を描く。
黒い水面に浮かぶ赤い瞳が、さざ波に消えていった。
【もう手遅れだ】
「……ケ、サスケ!おい、サスケってば、起きろよ!」
「サスケ君、ただの夢よ。ねえ起きて!」
身体が、視界が揺れる。その振動に膜がかったような意識がおぼろげに浮き上がり、揺れる視界の中で覗き込む心配そうな碧眼と翠眼をぼんやり見詰めた。
「サスケェ!」
「サスケ君!」
名を呼ばれ急速に思考が覚醒し、身体を跳ね起こす。両肩に触れている手に一瞬固まった身体だったが、それが誰のものか認識して力を抜いた。
「…………なんだ、お前らか」
あの冷たい死人のような手ではなく、温もりのある小さな掌に安堵して、知らず固く握り込んでいた拳をゆるりと開く。
感じた違和感に目を落とすと、左腕のみならず右腕までもが白い包帯で覆われていた。室内の惨状が脳裏をよぎり、医療忍者達には迷惑をかけたろうなと小さなため息を吐き出す。
しかし、そんなサスケの反応が気に食わなかったのだろうナルトは、その泣きそうに歪んだ目を吊り上げた。
「なんだってなんだってばよ!こっちはなあ、お前がまた倒れたって聞いてすっげー心配したんだぞ!昨日は治療中だから面会できねーって追い返されて、そんで今日ようやく入れたかと思ったらお前すっげー魘されてるし……!」
ナルトは怒鳴りながらもぐずぐずと鼻をすすっている。目元にはうっすら隈が浮かんでいた。
反対側を見れば、嗚咽を堪え唇を噛みしめるサクラの頬に、ほろりと流れ落ちた透明な涙がじわじわとその量を増していく。
随分と心配をかけたのだろう。たかだか半日のことではあるが、波の国任務もなく実戦経験は“前”より格段に乏しい。それに俺がここまでの怪我、それも入院となると初めてのことだった。
不安になるのも仕方がないか、と二人に甘い自覚をしつつ、包帯で覆われた両腕を持ち上げる。ぐい、と二人の首に引っ掛けて、ベッドへボフリと沈めば二人もバランスを崩して俺の上に伸し掛かってくる。
重いし、両腕は酷く痛む。それでも、潤みながらもきょとんと丸くなった翠と碧をまっすぐ見つめると、自然と口元が緩んでいた。
「泣くんじゃねェよ、ウスラトンカチ」
回した腕からどくり、どくり、と一定に刻む二つの心音を感じる。ナルトもサクラも同じように聞こえている筈だ。
ずれ、重なり、溶けていくその音にしばし耳を傾けていたが、小さなベッドに三人で折り重なっている現状に、なんだかふと可笑しくなってふは、と吹き出すと二人もつられたようにクスクス笑い出した。
───生きている。
その実感にささくれだっていた心が凪いでいくのを感じていれば、不意にからりと病室の扉が開かれた。
「やー諸君、オハヨウ。……サスケもようやく目覚めたか」
そう言ってどこか疲れたような気だるい足取りで部屋へ入ってきたカカシは、静かにベッドに近づいてくる。
唯一覗く右眼の奥に、冷たい怒りが見えて頬が引き攣った。身体をもう一度起こし居住まいを正せば、両隣の二人も何か察したのか一歩下がる。
ふと、こいつらしくもない、余裕のない焦った声が耳に木霊した。
『サスケ!』
記憶を辿れば意識を失う前に見たのは二度ともカカシの焦った顔だ。
ナルトとサクラ以上に心配させた自覚はあったから、振り上げられた拳を避けず頭上に受け入れた。加減されてはいたものの、それなりの衝撃と鈍痛が頭に走る。
「ってェ!」
「これはみんなを心配させた罰。それでこれは───」
もう一発くるかと身構えたが、ふと暖かな手が拳骨を食らったその場所にそっと乗せられる。予想打にしなかった温もりに目を瞬かせると、カカシの冷たい眼差しがゆるりと溶けた。
「ヒナタを助けた、そのご褒美ってトコロかな。お前が何の術を使ったかは分からないが───おかげで助かったよ、あの子」
カカシは目元を和らげて、サスケのはねた黒髪をそっと撫でた。
あの兄弟の真実や突然の大蛇丸の来訪に強張っていた何かが解かれ、じわりと胸に温かな何かが染みていった。
「心配かけて……悪かった」
いつものように変な意地を張ることもなく、すんなり謝罪の言葉が口をついて出てきて、途端に左右から抱きついてきた二人分の体重を支えた。
その温もりと重みに、二次試験から続いていた吐き気のするような緊張が和らいで、ようやく息が吸えたような気がした。
◆
中忍選抜試験、第三次試験───通称、本戦。
最後まで観戦していたサクラによれば、その本戦に進出を決めたのは俺を含め七人。テマリ、ナルト、ネジ、我愛羅、シカマル、そして何とチョウジの奴が勝ち上がったらしい。何があったか気になるところだが、未来を変えてしまった身とすれば、シノには詫びるしかないだろう。
本戦は一ヶ月後。記憶通りくじ引きで決められたトーナメントでは俺は第二回戦───対戦者は我愛羅だ。
次こそは遅刻しないようにしねぇとな、と修行をねだるナルトをのらりくらりと躱しているカカシへちらりと目を向ける。
『待っていなさい、もうすぐ木ノ葉で面白いことが起きるから』
ねっとりした不気味な声が暗示したのは、ほぼ間違いなく木ノ葉崩しだろう。
砂と大蛇丸は繋がっていないが、ここにきて大蛇丸とダンゾウの繋がりが判明した。その狙いが分からない所だが、里の警備体制も結界情報も全てを握っているだろうダンゾウが加担したとなると、砂の関与よりも事は深刻だ。
大蛇丸との対峙でなおさら現状の己の力量を思い知らされた。力がなくては守りたいものも守れやしない。
(せめて、千鳥は使えるようにしておきたい所だが……)
片手でさえ使い慣れた千鳥はもはや印も結ぶことなく発動できるが、それでもカカシの固有忍術であり公に使えなければ意味がない。
だからこそ、カカシからの伝授を受けた、その事実が必要だった。
「あーー!お前はぁ───むっつりスケベ!!」
「失敬な……!」
何やら言い合っていたカカシとナルトだったが、規則正しいノック3回と共に病室に入ってきたエビスに皆目を向ける。どうやらカカシがナルトの修行を見てもらうよう頼んだらしい。
ハーレムの術がどうたらと言いかけたナルトの口を押さえ、エビスはズルズルとナルトを引きずって出ていった。
存在感も声も賑やかな黄色がドアの向こうから遠ざかる。やがて完全にその気配がなくなると、病室の静けさが身にしみた。
ドタバタ忍者の名はだてではない。ため息まじりにサクラと苦笑していると、ふとカカシがパタリとイチャイチャパラダイスを閉じてサクラへと視線を流した。
「……サクラ。悪いが、サスケと二人で話したいことがある」
───来たか。
カカシと視線を合わせれば読めない瞳が細められる。同時に胸中に湧いたのは諦念にも似た思いだった。
「ああ……俺もアンタに話がある」
「え?う、うん……じゃあまた来るね、サスケ君!」
名残惜しそうに手を振って、サクラも病室を出ていった。
残されたサスケとカカシは暫し無言で見つめ合う。最初に口火を切ったのは、カカシだった。
「さて。お前のことだから、先生が何言いたいか分かってるでしょ?」
「………あの時、使った忍術のことか」
そう答えれば頷きが返される。
なにせ火影も同席するあの場で雷遁も医療忍術も使ってしまったのだ。後悔はないものの、担当上忍としてカカシには報告義務があるため聞かれることは覚悟していた。
バカ正直に全て話してしまいたかったが、それは口に出せないし伝える術がない。黙り込んで邪推されても困る。だからこそ、最初から答えは用意していた。
「書で読んだ。アンタの術を真似た。以上だ」
「ちょっと待って、簡潔すぎでしょ」
カカシの突っ込みにも何がだ、としらばっくれる。
本当のことが言えないなら、この嘘を突き通すしかない。いつから、何の術か、どの書か等々、色々と聞かれたが適当に返しておく。
それがたとえ嘘八百とバレようと、サスケの監視をしていた上層部としてもそれ以外の説明がつかないのだし納得せざるを得ない。もしも更に追求しようとするなら、自分達の無能さを噛みしめることになるだろう。
一貫した主張に疑いの目を向けつつも、カカシは諦めたようにわざとらしいため息を吐き出した。
「はぁ……ま、上にはうまく言っておくよ。………それで、本当の所どうなの?」
「想像に任せる」
「まったく。かわいくないねー、お前は」
やれやれと首を振るカカシだったがとりあえずは終いにすることにしたんだろう。それでお前の話は?と真面目に話す気がなくなったようにイチャイチャパラダイスを取り出した。
ムカつかない訳ではないが、それでもそのページが捲られることがないのを知っている。だからサスケもそんなカカシに頓着せず、要件をまっすぐ伝えることにした。
「アンタの千鳥、俺に寄こせ」
その言葉にちらりとカカシが目を上げる。頼む態度じゃあないでしょー、と言いながらもその表情は柔らかい。これはいけるか、そう思っていた矢先。
「無理」
同じく端的にバッサリと切られ、断られると想定していなかったサスケは大きく目を見開いた。
“前”は俺に雷遁の適正があるとわかった時点で、自分から勧めてきただろアンタ。そう詰め寄りたくなったサスケを制すかのように、カカシは淡々と続けた。
「修行は見てやる。だが、あの術───千鳥は教えられない」
「……何故だ」
「千鳥ってのは、目に見える程の膨大なチャクラを片腕に溜め、肉体活性による超スピードをもって対象を貫く“ただの突き”。早い分、相手のカウンターを見切れずに終わる……俺は写輪眼があるからこそ使えるが、お前には無理だ。だから、やめておけ」
「わからねーだろ、動体視力を上げれば……!」
「駄目だ。動体視力云々でどうにかなるものじゃない。後先考えず突っ込んでカウンターの拳を自分からくらうほど、お前は馬鹿じゃないでしょ」
その言葉に、ふとあの終末の谷でナルトからくらったアッパーを思い出す。確かにあのときも千鳥を使って、チャクラ切れで写輪眼が一瞬途絶えた隙を刺された。
写輪眼が使えないのだから、千鳥も使えない。その現実に愕然と息を呑む。
そうは言っても、百年以上に及ぶ戦闘スタイルを変えるというのは一ヶ月でどうこうできるようなものではなく、それこそ現実的とは言えなかった。
反論できず眉を顰め黙り込んでいると、イチャパラを持ちつつポンと頭を撫でられる。まだカカシの腰程度にしかならない身長が恨めしく感じ、じとりと睨み上げればカカシは苦笑した。
「ま、雷遁の術は千鳥だけじゃない。基本忍術は教えてやれるよ。まだ先がある、そんなに焦らないでいいでしょ」
───俺の修行はキツいぞ。火傷が治るまで療養専念、10日後里外れの渓谷に来い。
そう言い残して、カカシも部屋を去った。
一人取り残された室内でサスケは俯き、震える唇を噛みしめた。
焦るな、なんて無理だった。本戦はあと僅か一ヶ月後に迫る。中忍に上がることは最早どうだっていい。
木ノ葉崩しが起きるのだと、大蛇丸が、ダンゾウが関与しているのだと。全てを打ち明けられたならどんなによかっただろう。
だが告げられなかった。未来は伝えられない。それはおろか、昨日のことさえも。
もし話せば、カカシをうちはの根深い確執に巻き込みかねない。名の件を伏せるにしても、何故俺に執着しているのかその原因を問われる。上層部に知れ記憶を覗かれ、記憶が消えてないことがバレれば今度こそ消されてしまう危険がある。あの鎌かけにしても、里抜けの危険があるとして警戒される可能性もあった。
言いたかった。もう時間がないのだと。それでも、言えなかった。
秘密ばかりが、抱えるものばかりが増えていく。その重さに押し潰されそうだった。
湿り気を帯びた夏風が白いカーテンをどこか重く揺らしている。
窓辺の小さな花瓶にいつの間にか飾られていた黒薔薇を見つめ、やるせのない思いにサスケは包帯に覆われた拳を固く握りしめた。
◆
『少し、外に出て息抜きをしたらどう?』
診察に回ってきた医療班のくノ一は、俺の表情が暗いことに気がついたのか、そう言って朗らかに微笑んだ。
その言葉に素直に従い、サスケは病院の外壁を沿うようにをぶらぶらと目的もなく歩いていた。
一人静かな病室にいては、要らぬことまで考えてしまう。それよりは、暑いとはいえ外の空気を吸ったほうが冷静になれた。
流石に里一番の病院というべきか、病室数も多くその敷地は広大だ。
外壁と共に続く花壇をぼんやり見ながら歩いているだけでも、強い陽光と高い湿度に額には汗が滲む。少し休憩しようかとあたりを見回せば、ちょうど良さそうな木陰とお誂え向きなベンチが遠く目に入った。
そちらへ急ぎ足で進んでいくと、ふと小さなチャクラを感じ近づこうとした歩みを止めた。ベンチにはどうやら先客がいるようだ。
その気配には覚えがある。どこか目を逸したいような、逃げ出したいような、そんな逃避する内心を叱咤しその足を再び動かした。
木漏れ日が照らすその黒髪は、光に透かされると少し茶色がかって艷やかに光る。あの母親と似た色あいに目を細め、何やら書を読み耽っていた子供を背後から覗き込んだ。
「随分と熱心だな」
「っ!?」
突然かけられた声に文字通りに跳び上がった子供は、慌てて書を胸に抱きしめて振り返る。
昨日ぶりか、と微笑むサスケの姿に目を丸くしていたが、ハッと我にかえるとその頬をほのかに赤く染め上げた。
「隣、邪魔するぞ」
「えっ……は、はい!どうぞ……!」
慌てて立ち上がろうとする肩を抑えて、その空いたスペースに腰掛ける。漂う湿度は変わりないが、直射日光が遮られるだけでも随分涼しく感じる。
背もたれに身を預け伸びる木の枝を見上げれば、ジジ、と一つ鳴いた蝉が飛び立つのが見えた。
「弟や母親はどうした。来ていないのか?」
「は、はい……今日はお父さんに用事があって、警務部の詰所に行ってからくるって」
「木ノ葉警務部隊か」
「お父さんは部隊長なんです。とっても強いんですよ!」
その名に目を輝かせる子供は、嘗ての己自身と重なってどこか懐かしい心地がした。イタチにおぶわれて警務部隊本部の前を通った俺も、何も知らず無邪気に夢を語ったものだったが、その言葉を否定することなく兄は微笑んだ。
『昔からうちは一族はこの里の治安をずっと預かり守ってきた。うちはの家紋は、その誇り高き一族の証でもあるんだよ』
里とうちはの間で板挟みとなり苦しんでいたイタチは、どんな思いでそう語ったのだろう。思い返す度に憎しみが、やがては痛みが募ったが、ずっとわからないままだった。しかし、今こうしてこの子供の澄んだ瞳を見ていると、ほんの少し答えが見えた気がした。
「ああ……凄いな。忍の起こす犯罪を取り締まれるのは、更に優秀な忍だけだ」
「うん!だから俺も、いつか………いつか……」
ふと尻すぼみに消えていった言葉。俯く顔を覗き込めば、暗く沈んだその表情に目を瞬かせた。何か落ち込ませるようなことを言ったか、と自分の言葉を反芻するが思い至らない。
黙り込んだ子供に、待っていても埒があかないと悟り、そっとその頭を撫でればようやく顔を上げた。
「………サスケさんは……俺が生まれた時、会っているって母から聞きました」
その言葉にああと頷く。生まれた時はもちろんだが、腹の中にいる時も知っていたしその力強い胎動だって覚えている。
それがどうかしたのかと首を捻りつつ言葉を待っていれば、意を決したように揺れる黒い瞳がサスケに向けられた。
「じゃあ……俺が、うちはの血を引いていないことも知っていますよね」
その言葉に息を呑んだ。
こんなに年端のいかない子供にまさか知らされていたとは思わず、動揺に答えに窮したサスケへ子供はやっぱり、と小さく笑った。
「物心ついて間もない頃……弟が生まれる前に、母から聞きました。血は隠せないからって……そう言って」
「………」
「いいんです。隠されて辛い思いをするより、ずっとよかった。……そのほうがまだ諦めもつくでしょう」
そう言って、抱えた本───火遁の忍術書へ目を落とす。
「この前お父さんが豪火球の術を教えてくれたんです。でも、何度やってもうまくできなかった」
うちはでは豪火球の術が使えて初めて一人前と認められる。大抵はアカデミー入学後、忍としての自立を促す為に教えられるらしい。
この子も年齢からしてアカデミーに入学して間もない頃だ。うちはの因習に則ったのだろう。だが、その年でできる奴は限られる、落ち込むことでもない筈だった。
「あれはチャクラを球状に形態変化させ、火遁の性質変化も必要とする。難易度は中忍クラス以上の術だぞ?」
「……父さんもそう言ってくれました。できなくて当たり前だって。でも……弟は、俺の真似をしただけで小さな火を噴けた。蝋燭みたいな火でも、完全ではなかったとしても、何回練習しても何も出なかった俺とは違う。………チャクラ切れで倒れて風邪を引いて、挙げ句にこうやって入院したんです。バカみたいでしょう?」
もう諦めたくて。でも、中々できなくて。
そう締めくくる言葉と共に、再び下を向こうとした頭をぐりぐり強くかき混ぜた。
「……ウスラトンカチが。豪火球の術は元はうちは一族が編み出したものだ。それを教えられたんだから、お前も一族と認められてるってことだろ。それに───」
言葉を切って地面に落ちていた礫を拾い上げ、頭上へと投げる。枝先を掠めるとハラハラと数枚の葉が舞い落ちてきて、それを掌へと受け止めた。
「よく見てろ」
チャクラを流せば、その葉は縮れ、やがて炎に包まれ塵となり消えた。雷遁と火遁、その適正がサスケにはあった。
その小さな手をとり、もう一枚の葉を乗せる。そっと手を添えてチャクラを足してやりながら、お前もやってみろ、と促せばゴクリと唾を飲み込んだ。
チャクラが流れると同時に、その木の葉からじわりと露が滲み、やがて茶色の枯れ葉へと変わると崩れていく。水と土のチャクラ適正だ。あの母親は千手一族の血を薄く引いているとそう聞いたのを思い出す。
その子供の額をトン、と軽く小突いた。
「適正ってのは人によって違う。お前には、お前の才能がある」
きょとんと目を瞬かせ額を抑える子供に、娘の、孫の、曾孫の顔が重なった。
血は繋がらない。それでも愛しいと、そう思えた。
「それにな、適正が低いからといって術が使えないとは限らないぞ。時間はかかるだろうが、努力次第でお前も火遁を使えるようになる」
「……本当に?俺にも、できる?」
「ああ。お前も頑張れば、いつかうちはの一人前として認められる。警務部隊にだって入れるさ」
「……ッ、……俺、頑張ります!頑張って、いつか警務部隊に入ります!お父さんみたいな……あなたみたいな、強い忍者になりたい!」
憧れを隠さないキラキラとした眼差しが戻る。面映いながら、その輝きに目を細めてサスケは微笑んだ。
「そうか……いい夢だ」
うちはのしがらみを知らぬ純真さ。
それは無知とも言えた。その無知を愚かと断じた。罪であるとさえ、思っていた。
『やっぱり父さんはすごいや!ねえ、兄さんも警務部隊に入るの?』
『さぁ、どうかな……』
『そうしなよ、大きくなったら俺も警務部隊に入るからさ!』
ずっと、後悔していたんだ。無邪気な言葉が、知らず兄を傷つけていたのではないかと。
だけど、もしかすると違ったのかもしれない。この世界では存在しない筈の記憶だから、もう聞くことはできないし、唯の都合の良い思い込みかもしれないが。
それでも嘗ての幼い己を少しだけ許せた、そんな気がした。
「兄ちゃんみっけ!……あっ、祭りのお兄ちゃんもいる!」
とたとたとした足音に振り返ると、小さな手をいっぱいに振って、あの弟が駆け寄ってくる。
短い足で急いだからだろう。途中石ころに躓いて転びかけたその小さな身体を、サスケは瞬身の術を使って支えた。
慌てて追いかけてきた兄が腕から弟を奪う。心配そうに下がった眉は、先程泣き出しそうに歪んでいたことを露ほども感じさせない、兄のものだった。
「大丈夫か!?怪我は……!」
「大丈夫だよ、祭りのお兄ちゃんが助けてくれたもん!」
「……ったく、気をつけろ」
「ヘヘ……あっ、祭りのお兄ちゃんにね、これもってきたの!」
そう言って、振っていた手とは反対の手を差し出される。
昨日と同じ、白い花が何本も握られていた。
「一本じゃさみしいでしょ?だから、たくさん持ってきたんだ!」
にぱっと陰り一つない笑顔と共に差し出された花束をそっと受け取る。
林檎に似た甘さと、鼻に抜けるようなハーブ特有の精悍な香りに自然と顔が綻んだ。
「そうか……ありがとう」
「うん!」
照れたようにはにかむ弟の頭を撫でていれば、兄弟の名を呼ぶ声が遠く聞こえた。あの母親のものだろう。また何も言わずに飛び出して来たらしい。
こら、と叱ろうとするとスルリと逃げ出して、先程転びかけたことはもう頭にないのかキャアキャア笑いながら母親の元へと駆けていった。
弟がすみません、そう言いおいてその後に続こうとする兄を引き止める。
ずっと、どうしても、聞きたいことがあった。
「一つだけ聞かせてくれ。お前は……うちはにいて、辛くはないか?」
俺は運命を変えた。この子供は、うちはの名を背負わざるを得なくなった。その名の重みを知っていたからこそ、ただただ気がかりだった。
その問いへ暫し考えこんでいたが、やがて揺らがぬ黒い瞳がまっすぐサスケに向けられた。
「……確かに辛い時はあります。血は変えられないし、俺はどんなに憧れたって写輪眼を絶対に開眼できない。一人、疎外感を感じることだってある。でも……」
その子供。その兄は、あの弟とよく似た太陽のような笑顔を浮かべた。
「かわいい弟が生まれて、強くて優しいお父さんもできた───だから、俺は幸せです」
うちはの家紋と共に駆けていく小さな背を止めることなく見送ると、サスケは踵を返す。
その足取りは軽くなっていた。励ましたつもりが、励まされたのはこちらの方だったようだ。
「……まだまだ、頑張らねェとな」
あの子供に言った癖に、自分がやらずにどうする。
きっと何度も悩み、迷うだろう。立ち止まってしまうことだってあるかもしれない。
それでも足掻いてみせる。たとえそこに希望がなかったとしても、諦めたりはしない、そう心に誓った。
日も高く昇り、うだるような熱は更に増している。
それでも、夏の青空は深く染まり、一時暑さを忘れるほどに美しく澄んでいた。
カモミール(加密列)/開花時期:ジャーマンカモミール3〜5月、ローマンカモミール6〜7月、ダイヤーズカモミール5〜10月
「清楚」「仲直り」「親交」「生命力」「精神力」「逆境で生まれる力」「苦難に耐える」「希望」「あなたを癒す」
※カモミール(Chamomile)は「khamai(大地の)」と「melo(リンゴ)」というギリシャ語が由来。和名「加密列(カミツレ)」 という名前は、オランダ語名のカーミレ(kamille)のあて字。
※抗炎症作用のあるアズレンという成分が含まれ、4千年以上前の古代バビロニアから民間薬として重宝されていた。安眠、疲労回復、腹痛、痙攣、婦人病、肌荒れ、花粉症などに効果的とされる。花を摘んで乾燥させて利用する。
※花を摘めば摘むほど、枝分かれして次々と多くの花を咲かせる。花が枯れてもこぼれた種が自然実生でまた生えてくる。踏まれても立ち上がる。生命力がとても強い。
【本戦トーナメント表】
第一試合:うずまきナルト VS 日向ネジ
第二試合:我愛羅 VS サスケ
第三試合:テマリ VS 奈良シカマル
第四試合:第三試合勝者 VS 秋道チョウジ