SASUKE逆行伝   作:koko22

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『……サスケだ』
『……はじめまして。うちはイタチだ』


 成長したサスケは、記憶がなくとも幸せそうに笑っていた。
 ナルトとはまるで実の兄弟のようで、サクラには素直に自分の弱みを見せていて、カカシはサスケの保護者的立場にあって。
 人に囲まれたサスケの姿に安堵すると同時に、もう俺の居場所はないのだと、そう突きつけられた気がした。


───うちはに戻る。それがサスケにとって最善なのか?


 そう考えてしまえば、答えは自ずと出ていた。
 里との仲は改善されたとはいえ、血継限界を持つ一族の末路はいずれも碌なものではない。このまま、うちはとは関係のない、木ノ葉の忍として生きるほうが良いのだろう。

 そう、分かっている。分かっているんだ。
 お前の幸せを願っている、そのはずなのに。それでも、どうしても心が叫ぶ。


───繋がりを断ちたくない。もう一度、兄と、そう呼んでほしい。


 諦められず、しかし決断もできないままでいる。
 そんな迷う心を置き去りに、時だけが進んでいた。


52.末路

 

 サスケが木ノ葉病院に入院した。命に別状はないが、安静のため三日の入院となるという。

 その知らせは試験終了後、予選中判明した大蛇丸の密偵の件で呼ばれた折に三代目から伝えられた。

 

 イタチはその後すぐ尋問に向かうことになり、密偵と顔を合わせるや否や同時に息絶えた二人の調査に加わった為、詳しい話を聞ける余裕もなく。

 目まぐるしく部下へ指示を出しながら、ただ胸の内、心のどこかは常にそのことを考えていたような気がする。

 

 命に別状はないと言われても、一抹の不安があったイタチは、仕事終わりのその足で木ノ葉中央病院へと向かった。

 その頃にはもう夜も更けていて、面会時間はとうに過ぎていた。無理に入るつもりもなく、ただそのチャクラを感じられたら、そう思っていただけだったのだが。

 

 

「あれ、イタチじゃないの。今帰り?」

 

 

 大通りを歩いていると、その病院からちょうど出てきた嘗ての同僚であるカカシと偶然行き合った。

 サスケの担当上忍であるカカシは仮の保護者と見なされているからか、時間外にも関わらず面会を許されており、それに追従する形でイタチも病室に入る事ができた。

 

 

「病院で目を醒ました後、また倒れちゃってね」

 

 

 潜めた、けれどどこか物憂げな声が囁く。

 サスケは昔から努力家で、転んでも痛みを耐えて無理に動こうとするような、そんな無茶をすることがよくあった。

 問題はそれを本人が自覚していない所だ。耐えて耐えて、いつしか本人すら気づかぬまま限界を越え、プツリと糸が切れたように倒れる。そうやって修行から帰ってこないサスケをイタチやミコトが迎えに行った回数は、両手の数では足りない。

 

 良くも悪くも、きっとそういう所は変わっていないのだろう。その癖のある柔らかな黒髪に手を伸ばそうとして、けれど、起こしてしまうかもしれないと思い到り、結局触れることなく行き場のない手を握り下ろした。

 余り長居をするのも良くないかと病院を出た時、ふと何か思いついたように前を歩いていたカカシが振り返った。

 

 

「お前、明日は?」

「……非番ですが」

「じゃあさ、一杯やらない?お前ももう飲める年でしょ」

「忍の三禁はご存知ですか?」

「まーまー、かたいこと言わないの」

 

 

 イタチは先月の誕生日で十八歳になり、飲酒可能年齢は問題ない。仕事も詰めていたため、いまだ酒を飲んだことはなく多少の興味は持っていた。

 それに、あの大蛇丸の手の者達の最後が頭にチラついて消えなかった。二人も捕らえていながら聞き出せた情報は僅かなもの。更に大蛇丸と接触した可能性のある同班の少年は行方知れずだ。

 ただ、余りに早い失踪に、暗部にも内通者がいる可能性が浮上したことが一番の収穫だったかもしれない。

 

 一刻も早く調べ上げたい所だったが、そんな肝心な時に限って、三代目からは数日間の欲しくもない休暇を与えられていた。

 “芽”では忍の待遇改善、業務内容の見直しも看板に掲げている。休暇中の総隊長である自身が表立って捜査に加わることはできず、一度決まった休暇の取り消しは手続きも時間がかかる。

 指示を出し終え、不承不承に明後日までの休暇を受け入れた訳だがやりたいこともなく。密かにできるのは書類仕事くらいだ。

 

 好奇心と、苛立ちと、鬱憤と。

 酒で曇る心が晴れるはずもないが紛らわせる事くらいならできるだろうか、そんな思いでついて行き───翌日、イタチはカカシのアパートで目を醒ました。

 

 

「お前とはもう当分飲まないよ……」

 

 

 先に起きて散らかった空き缶等の片付けをしていたカカシは、何故か随分とげんなりしていて首を傾げる。

 どうやらイタチは父に似て酒には弱いようだが、幸い記憶は飛ぶことはなかった。それを辿るに、機密を漏らすリスクを減らす為、某24時間営業の店で酒と甘味を買い込み宅飲みをしただけだ。

 

 

『カカシさん糖分は脳の働きに欠かせませんよ人間一日に使用するエネルギーの60%は糖分からなるんです甘味が嫌いなんて人生の半分を損していますさあこれをどうぞこのロールケーキは起源を渦の国建国当初に遡り───』

『わかった、わかったから息継ぎして。はぁ……ぅぇぇ、あっま……』

『さあ次はこちらですつい先日木ノ葉に新しくオープンした甘味処は大福の中に苺を入れるという画期的な発明を───』

『………勘弁してちょうだい……』

 

 

 ……とまあ、終盤にはそんな具合だったか。

 多少強引だったかもしれないが、飲み始めのさほど酒の回っていない頃には、カカシから予選中の話を聞いていた。その際、自身の対応への後悔を非常に遠回しに聞かされていたのだからおあいこと言える。

 

 

『俺、担当上忍って向いてないのかもね』

『……危険な術を使おうとしたんですし、止めたこと自体は間違っていなかったのでは?』

『そうかなぁ……でもさ、もっと他にやりようがなかったかなって、さ』

『少なくとも怪我は自分の限界を超えた術を使おうとした反動で、貴方は取り押さえただけだ。貴方が傷つけた訳じゃない、サスケも気にしてないと思います。何も気に留めることもないでしょう』

『まぁ、そりゃ正論なんだけど……』

『ええ、客観的な事実です。……貴方らしくもないですね』

『……そうだね。らしくないことしてるって自覚はあるよ』

『……嘗ての貴方が担当上忍に向いていないというなら、今のらしくない貴方は案外向いているのかもしれませんよ』

 

 

 素直に思ったことを伝えると、カカシは目を彷徨わせ、目元をほんのり赤く染めた。本当にらしくない、そう思った。それはきっと変わったという事なんだろう。

 そんな昨晩の記憶を引っ張り出したイタチは、片付けも終えた去り際、『あー胸焼けが』と青い顔で口元を押さえているカカシに問いかける。

 

 

「気は晴れましたか?」 

「ん……まぁ、俺なりの“先生”をやってみるよ」

 

 

 担当上忍の経験もなく、我ながら相談役は身に余る。しかし、幸いにもカカシは何やら吹っ切れたようだった。

 なんだかんだ言って、この人も正式に担当上忍を務めるのは初めての経験だった筈だ。そうやって悩むだけ、それだけ真剣に向き合おうとしているのだろう。

 

 

(変わった貴方になら……サスケを任せられる)

 

 

 胸中でそう呟く。ふと感じた空虚さには蓋をして、部屋を出た。

 扉が閉まる前に聞こえた『またね』という声には返事をしなかった。

 

 

 

 

 持て余す心境を誤魔化すように、部下に休暇中であることを暗黙に示す伊達眼鏡をかけながら、本署から持ち込めるだけ持ち込んだ仕事を捌き続け───イタチはドアをノックする音に顔を上げた。

 

 

「もう、やっぱりここにいたのねイタチ。あなた、いったい今何時か分かってる?」

 

 

 ドアを開けて入ってきたのは母、ミコトだった。ため息混じりのその言葉に時計を見れば、既に時計の針は日付けをまたぐどころか、翌朝となる時刻を示している。

 

 『いつか倒れちゃうわよ』と呆れながら渡された弁当をありがたく受け取った。休暇中にも関わらず、出かけたきり帰ってこないイタチを見兼ね、こうしてミコトがやってくるのは初めてのことではない。

 だが、その服は普段着ているワンピースではなく余所行きの軽装をしていた。

 

 

「ああ、これ?これから父さんの代理で空区に行くのよ」

 

 

 イタチの物言いたげな視線を察し、お弁当とは別に持っていたバスケットを軽く振ってミコトは答える。きっと中身は手土産のマタタビだろう。

 空区はうちは御用達の闇商人、猫バアが頭目を務める一族が住む国や里に属さない廃墟群だ。彼らの扱う物はいずれも質が良く、イタチ自身任務で必要なものがあれば密かにそこで仕入れている。

 情報屋でもある彼らには、最近砂隠れの動きが気がかりで、武器の流れを調べてほしいと個人的にも依頼をしてあった。

 

 父の代理ということは何か急を要する仕事が入ったのだろうか。尋ねてみれば『そのうちあなたにも報告があるでしょうけど』と前置きして、ミコトは話し出した。

 曰く、昨夜遅く、木ノ葉の忍が襲われた所を警務部隊が発見したという。襲われた忍は特別上忍の月光ハヤテ。影が薄いながら、その実力は暗部にも引けを取らない。

 

 発見した隊員は危篤となった彼を病院に運び込むとフガクに報告し、フガクから上に報告した結果、警務部隊にこの件を任されることになったらしい。

 風遁使いとなると、今訪れている砂隠れの者が咄嗟に思い浮かぶ。しかし、大蛇丸の手の者や、恨みを買いやすい職務のため個人的怨恨の線も捨てきれない。

 

 他里の絡む可能性のある案件をうちはが任せられた事は今までなく、ようやくそれだけの信頼を勝ち得たと言える。それだけに父の張り切りようが容易に想像できた。

 しかし、他里が絡むとなると“芽”の協力も必要不可欠、早い内に話し合っておくべきだろう。

 

 

(どの道、敵はあのハヤテ以上……気を引き締めねばな)

 

 

 ミコトが去り、書類を捲りながら思案をしていると再度ノックがあった。

 力強い音と断りを入れる聞き慣れた声に当たりをつけつつ入室を促す。

 

 

「父さん?ああ、ちょうどよかった。そちらに行こうと思っていた所です。ハヤテの件ですが、何か進展、は………」

 

 

 書類から目を上げた先。想定通りにいたフガクの背後から室内を覗き込んでいたのは、思いもよらぬサスケだった。

 何故サスケがここに、しかもフガクと共にいるのか。驚愕に思考が一瞬停止しかけたが、ぐらりと揺れたそのまだ小さな体躯に、勝手に身体が動いていた。

 支えたサスケは照れたように頬を染め、それに和むより先に腕の包帯に目が留まる。まだ入院していた筈……いや、今日が退院だったか。しかし、まだ日は昇ったばかり。元凶をじろりと睨みつけ問い詰めていたが、サスケから話があると止められた。

 

 

「……二次試験中に、大蛇丸と名乗る忍に追われた」

 

 

 隠し部屋で語られた情報は、この数ヶ月で得た情報量を遥かに凌駕していた。

 大蛇丸の実際の目撃証言、その手の指輪、狙いとなる尾獣、同じく襲われた砂隠れの下忍、再度病院に現れた大蛇丸、握られていた情報、ダンゾウの影、本戦での波乱の予告、そして新たに狙われた『うちはサスケ』。

 

 どれもこれも、機密に触れるような案件ばかり。

 そしてその最後の名に動揺を隠すことができなかった。

 

 サスケの正体がよりによって大蛇丸にバレ、狙われている。いや、大蛇丸と対面し今ここに生きて立っていることさえ奇跡的だ。それを自覚していないのか、落ち着き払ったサスケになんて馬鹿なことをと叱りつけたかったが、その権利はもうない。

 

 言葉を飲み込み、現在その情報を知る人物を探れば、幸い他には伝えていないようでホッと安堵する。そしてその情報を渡したであろう内通者へ殺意を抱いた。

 もしもカカシを通して上層部にその話が伝わっていたなら、身元がバレたサスケは現時点で暗部配属となっていただろう。本当に危うい所だった。

 

 それにうちはのクーデターもたち消え人質が不要となった現状、上層部にとっては写輪眼を開眼していないサスケの価値はほぼないに等しい。サスケと尾獣、あるいはサスケと大蛇丸を天秤にすれば圧倒的に尾獣や大蛇丸に傾く筈だ。

 

 サスケが狙われているとしれた時点で奴をおびき寄せる餌とされるか、写輪眼を開眼しないよう封じ取引の道具にされるか、最悪奴に取られる前に密かに始末するか……いずれにしてもその末路に先はない。ナルトとサクラにも口止めは必要となるだろう。

 

 

(しかし……砂隠れもその情報を得ているとはな)

 

 

 何故か狙われた砂隠れの下忍達。大蛇丸が現在ある犯罪組織に入っていることは情報を得ていたが、奴らの狙いが尾獣ならば、まさかその下忍達のいずれかが人柱力ということか?

 ただの偶然ならばいいが、もし人柱力を送り込んでいたとしたら、それに何か意味があるとしたら、大蛇丸の言う『面白いこと』と何か関連があるとしたなら。

 得た情報を次々と処理、推測し、その対策を練りあげる。

 

 

「もし奴が、何かことを起こすとすれば……」

「大名達が一同に会す、本戦中が最も木ノ葉の守りが手薄になる。狙われるとしたらそこだ」

「………それなら、警務部隊の巡回を増やそう。里民を害させはしない」

 

 

 サスケの言葉に頷き言葉を継げば、フガクもその後に続いた。

 ちらりと鋭く視線を交わせば、想いは通じる。

 

 

(分かっています。この情報は火影以外には話さない)

(ああ、この事情聴取は存在しなかった)

(だがある程度の工作は必要だろう)

(ええ、協力しましょう)

 

 

 調書は取らなかった。火影邸での尋問も避けた。

 情報源は決して明かしてはならない───サスケを守る為に。

 

 その後、時間帯やその前後での接触人物等、詳しい内容も聞き終える。たった一つ聞けなかったことを残して、事情聴取は終了とした。

 隣を歩くサスケに密かに歩調を合わせながら、その薄暗い中でもどこか晴れたような横顔を隠し見る。

 

 

(サスケ……お前は何を思った?)

 

 

 サスケには記憶がない。ここで自分がうちは一族の可能性を明かされ、取り戻せる可能性を知って、記憶のないお前はどう思った?

 

 でも、それを聞いてもしも『俺はうちは一族か、大蛇丸の言っていた話は事実なのか』と尋ねられてしまったら。否と言うしかない。元よりそういう契約だった。

 しかし、もしも自身の口で否定したならば、それが現実になってしまう気がした。

 

 

(いや……その方が、いいのかもしれない)

 

 

 情報が漏れた以上、サスケを人質から一刻も早く開放させる必要があった。

 もう答えを出さなくてはならない。決めろ。その先を考えろ。サスケの幸せを願え。自分の願望など、ここで消してしまえばいい。そんな暗い考えにとらわれる。

 

 

「イタチ?どうしたんだ、遅れるぞ」

 

 

 気がつけば足が止まっていた。

 俯いたまま、薄暗い空間に溶け込むような自分の影を見つめていた。

 

 

「お前は……お前が、もしも『うちは』だったとしたら───」

 

 

 目を上げれば、黒い瞳がまっすぐイタチを写していた。

 こちらを気遣うようなその目は酷く柔らかい。同じ目を、そう、あの日も見た。

 

 

『兄さん、今までありがとう……俺は幸せだったよ』

『だからさ、今度は……兄さん達が、幸せになってくれ』

『自由に生きろよ、兄さん』

『兄さんが、これからどんな道を歩んだとしても……俺も、兄さんを愛している』

『いってきます』

 

 

 兄さん、兄さんといつも後を追ってきていたサスケが唯一見せた背。

 さよならなんて言わなかった。まだ、おかえりとさえ言えていない。

 

 

───無理だ。俺は弟を、『うちはサスケ』を殺せない。

 

 

 それを悟って、溢れそうな感情を押し殺し言葉を切る。

 お前を否定したら、きっと自分は自分でいられなくなるだろう。守ると誓っておきながら、俺の心を支えていたのはいつもお前だったのだから。

 

 

「………ただの戯言だ。忘れてくれ」

 

 

 目を逸して、足早にサスケの横を通り過ぎようとした瞬間。

 手が、つかまれた。

 

 

「もしも俺が『うちはサスケ』だったら───里を守る一族を……あんた達を、誇りに思う」

 

 

 六年前よりも大きく、しかし未だイタチよりも薄い掌。それでも繋いだ手と手は幼い頃と変わらず暖かいままで、あの日感じた仄かな温もりがそこに残っていた。

 

 あの日も今も。短い言葉に込められた想いは、まるで祈りのように深く、真綿のように柔らかい。

 だから、自分の我がままを赦された、そんな都合のよい解釈をしてしまった。

 

 フガクが隠し扉を開けたのだろう。降ってきた光が、薄暗かった通路を淡く照らし出していく。まっすぐ俺を見上げる弟の顔がよく見えて、その眩しさに目を細めた。

 

 

「早く行こう。遅くなると叱られる」

「ああ。……まぁでも、母さんよりは怖くはないな」

「聞こえてるぞイタチ。母さんにはちゃんと伝えておいてやる」

「……チッ」

 

 

 引かれる小さな手を離し難くて、渋るふりをしながらゆっくりと、それでも出口へと二人で進んだ。

 

 

───サスケ。お前は、今も昔も俺にとっての光だ。

 

 

 今は離さなければならないとしても、いつか必ず、繋ぎ直そう。お前を決して諦めない。それがお前が望んだ、俺の幸せだからだ。

 その行く末が、お前にとっても幸せであることを願っている。

 

 

 

 

 隠し扉を出てみれば、すっかり日も昇り、朝食の時間もとうに過ぎる頃だった。

 クウ、と腹の虫が鳴る。その虫のいるらしいサスケは気まずげにそっぽを向いていて、クスリと笑いながら母の置いていった弁当を差し出した。

 

 

「食べていいぞ。母さんが作ってくれたんだ」

「……アンタは」

「俺は大丈夫だ。気にするな」

 

 

 しかし眉を潜めて一向に手を付けようとしないものだから、二つ入っていたおにぎりの内の一つもらうとようやく食べ始めた。

 それに頬を緩め、自身も一口かぶりつく。中身はもちろん昆布だ。もう一つにはおかかが入っているだろう。自分でも握ったことはあるが、母の握ったおにぎりは何故か優しい味がした。

 そんなサスケとイタチの傍ら、何とも言えない顔で腕を組む父をちらりと見やる。

 

 

「母さんが台所に作り置きしてくれていますよ」

「む……」

「これからもっと暑くなりますし、早く食べないと悪くなってしまいますね」

「………わかった。サスケのことは頼んだぞ、イタチ」

 

 

 そう言い置いたフガクは、『流石───木ノ葉の立派な忍だ』とサスケの頭を一度撫でてうちは邸に帰っていった。頼まれなくても、と心の内で呟きながら見送る。

 サスケといえば、撫でられた頭を押さえて固まっていて、食べないのか、と促せばハッと我に返る。照れ隠しか、慌てて弁当をかき込むサスケの頬はほんのり赤みを帯びていて、そんな姿に苦笑しながらイタチもおにぎりをもう一口頬張った。

 

 朝食を食べ終えたサスケとイタチは再度並んでうちはの通りを歩いていた。

 サスケの向かう先は木ノ葉病院。何でもハヤテを護衛している警務部隊員に入院時の荷物を預けたらしく、それを取りに戻るそうだ。非番であることを心から三代目に感謝しつつ、火影邸に行くから一緒に、と誘えばサスケも素直に頷いた。

 

 遠巻きに、けれどヒソヒソと囁きあう通行人はいつもより多く、既に一族中に話が伝わっているようだ。きっと唯一不在の母ミコトは心の底から悔しがるだろう。

 母が帰ってきた時にどう機嫌を直してもらおうかと考えながらも、周囲の視線を遮るように道端を歩き影を作ってやるとサスケはあからさまにほっとしたような顔をしていた。

 サスケに甘い自覚はある。ちなみに直す気は更々ない。

 

 もうすぐ門が見えるという頃。

 サスケとイタチの足元に、突然白い小さな影が飛び込んできた。

 

 

「お前は……」

 

 

 サスケの足元に絡みつく小さな白い猫には見覚えがあった。

 戦時中に父が拾い、猫バアの元に預けていた忍猫だ。その後旅をしていたと聞くが父の元に戻ってきたらしく、南賀ノ区どころか里内のちょっとした美猫アイドルだ。

 

 何が目的か知らないがチャクラは自分で封じたようで、服も着ておらず仕草までも完璧に普通の猫と化している。その正体を知るのはフガク、ミコト、イタチの三人だけで、『好きにやらせてやれ』という父の言葉通り、まさに里内を自由に闊歩し野良猫を纏め上げていた。

 そう、確か名は──。

 

 

「アナゴ」

 

 

 名前を呼んでやれば、嬉しげにニャア、と答える。

 不思議そうな顔をしたサスケはそんなイタチとアナゴを交互に見ていた。

 

 

「イタチ、こいつを知っているのか?」

「ああ。昔、野良だったのを父さんが拾ってな。一時は猫バア……知人に預けていたんだが、最近戻ってきたらしい。名前はアナゴだ」

「……そうか、アナゴか」

 

 

 アナゴはフガクの好物。適当な、と思わないでもないが、当のアナゴ自身が父が大好きなので不満はないらしい。現に今も、誇らしげに尾をピンとさせている。

 アナゴは暫しサスケに頭を撫でさせていたが、髭をピクリと揺らし門を見つめた。

 

 

「あっ、祭りのお兄ちゃん!イタチさまもいる!」

 

 

 数匹の色とりどりな猫達が門から飛び込んできたかと思えば、その後ろからアカデミーにも満たない小さな幼子が手を振って猫達を追いかけて来る。

 サスケの後にようやく生まれた、うちはの最年少の子供であり、イタチとも多少面識はあった。

 

 一方猫たちはといえば、アナゴに縋るようにわらわら集まって何やらニャーニャーにゃんにゃんと話し合っている。流石に猫語はマスターしていないから内容は不明だ。猫バアの持つ猫耳翻訳機があればわかっただろう。

 アナゴを撫でていたため、必然的に猫達に囲まれることになったサスケはじっと彼らを見つめていた………が、真顔で『にゃあ』と猫談義に参加しはじめて凍りつく。

 アナゴがぱかっと口を開けて呆けている姿を見るに、ちゃんと意志が通わっているようだった。

 

 

───サスケ、お前猫語を……!?

 

 

 いつの間に……まるで猫博士だ。

 まさか、あの肉球集めの時か?いや記憶はないはず。ならばいったいどこで……?

 唖然と見守っていると猫達と話終えたらしいサスケが、子供に軽くデコピンした。

 

 

「ったく……お前、こいつらを虐めるのはやめてやれ」

「僕、虐めてないもん!抱っこしたかっただけだもん!」

「だったらそう頼め。尻尾は猫の弱点だ、強く握るな」

「え……そうなの?」

 

 

 サスケの言葉に子供の目が不安げに潤みだす。『ごめんね、痛かった?』と猫達に謝る子供の言葉が通じているのかいないのか、猫達はめいめい残る奴も、好きな方向へと去っていく奴もいた。最後にその場にいたのはアナゴと黒猫、三毛猫の三匹だ。もしかすると先程の猫談義でサスケが交渉したのかもしれない。

 

 

「抱かせてくれるらしいぞ」

「いいの!?」

「ああ……アンタも、ほら」

「え……」

 

 

 足元を撫でていく、ふわりとした尻尾に目を瞬く。目をおろしてみると黒猫のつぶらな瞳がじっとイタチを見上げていた。

 手に染み込んだ血が臭うのか、威嚇されるか逃げられるかで、生き物には今まで余り好かれてこなかった。こんな風に自分から触れてくるのは、言葉を交わせる忍獣くらいだったから、若干驚きながらも決して悪い気はしなかった。

 

 片膝をついてそっと手を差し出せば、すんすんと鼻を動かしていた黒猫が、ぺろりとピンク色の舌で指先を舐める。手も、そして何故か胸の奥も、まるでふわふわの尻尾でなぞられたような擽ったい心地がした。

 

 慣れない手付きで猫を抱きしめる三人の姿を、通りがかったうちは一族はほのぼのと見守っていたそうな。

 

 

 後日、この時密かに撮られていた写真が高額で取引され、“芽”によって不正取引として回収されたのだが───最終的にとあるくノ一の手に一枚渡ったのは余談である。




百年も生きてれば猫語の一つや二つ覚えられるよね!(無茶振り)

ついでのおまけ小話


「二人ともずるいわ!」


 うちは一族内ではサスケの話題がそこかしこで囁かれており、当然ながら日が暮れて帰宅したミコトの耳にもしっかりと届いていた。
 口を尖らせるミコトの姿はサスケとよく似ている。いや、サスケがミコトに似たのだろう。消えない面影にイタチは頬を緩めたが、笑っていられたのもその時だけだった。

 その日の夜。うちは本家の食卓には、イタチの苦手な肉とフガクの苦手なきのこを中心にした料理が並んでいた。


「召し上がれ?」
「「いただきます……」」


 顔を引き攣らせた二人は、にっこりと綺麗に微笑んだミコトに何か言えよう筈もなく両手を合わせる。
 箸を持つ寸前、父と子は任務さながらに鬼気迫った鋭い視線を交わした。


(肉を差し上げます。代わりに……)
(わかった。きのこはやろう)
「あらあら、何をこそこそ話しているの?……ちゃんとお肉もきのこも、両方食べなきゃだめですからね?」
「「………!」」


 父と子は視線を交わしただけで通じ合う。
 しかし、それさえ内容含め見抜いたミコトは、驚愕に顔を染めるよく似た二人へ微笑みながら、小皿に添えられていた小さなトマトを摘んだ。
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