「次の方どうぞ〜」
「○○号室の………」
「ママー、絵本よんで!」
「だめよ、病院なんだから静かにしないと」
「今日も暑いわねえ……」
「でも、どうやら夕立が来るそうよ」
「あらやだ。洗濯物早めに取り込んでおかなくちゃ」
「───!」
木ノ葉病院。
朝方の静まりかえった院内とはうって変わり、受付のあるロビーには患者やその家族が集まり人の雑多な気配が満ちていた。
受け付け嬢のテキパキとした案内、順番待ちに飽きた子供とそれを嗜める母親、老人方の井戸端会議───そして、そこに異質に交じる微かな喧騒を拾い上げ、サスケとイタチはちらりと曇る顔を見合わせた。
「どういうことだ!この件はうちはに任された、お前達が出しゃばる幕はないぞ!」
「おい、落ち着け。まずは頭領に………」
案の定というべきか。背をつけた壁からイタチとそっと顔を覗かせれば、人気の少ない廊下の先、集中治療室の前には数人の人影と共に只事ならぬ空気が漂っていた。
特にヒートアップしているのは朝方フガクと共にいた警務部隊の若い男で、暗部装束の男に掴みかかるのを残る二人の警務部隊が押し留めている。
「おや、火影様のご命令に逆らうつもりで?警務部隊も随分と偉くなったものですね。……ま、自分達で考える脳もないようですし、底が知れているというものですけどね」
「貴様ァ……!!」
その当の暗部の男といえば、仮面の下、くぐもった声で激昂する彼をせせら笑っている。毒舌さで言えばサイといい勝負だが、そこにはあいつにはない黒々とした悪意が滲んでいた。
「ねえあれ……止めたほうが……」
「シッ!奴らは暗部と警務部隊だぞ」
「でも……」
「あんたね。下手に首突っ込んで睨まれてみなさいよ、只じゃ済まないわよ!」
明らかに剣呑な様子に、背後を通りがかろうとした医療忍者達がそう小さな声で話しながら足早に去っていくのを横目に追いかける。
医療忍者達の邪魔となっていることは勿論だが、暗部と警務部隊の対立の噂はあっという間に院内に広まるだろうことは容易く予想ができる。院内だけに留まればまだ良いが、それが人づてに里に広まる可能性もある……そう思えば自然と顔が強ばった。
「─────?」
「っ!!もう我慢ならん!!」
今後への憂いに気を取られていれば、その合間にも奴が更に何事か耳打ちする。ついに静止する仲間をも振り切った男が、暗部の襟首を掴み上げ拳を握った。
まずいと飛び出そうとしたサスケだったが、それは片手で制された。イタチの顔を見上げようとした時には、既にその姿はその場になかった。
「何をしている?」
「っ!?」
パシリ、とその拳が受け止められたかと思えば、そのうちはの男はあっという間に床に押さえつけられていた。
取り押さえられた彼は、腕を絞めるイタチの姿を認めると同時にさっと顔を青ざめさせ、残る二人はあからさまに安堵の表情を浮かべている。
「さぁて?それでお前は、いったい何をしてるんだ?」
「……怖いなぁ。そんなに怒らないでくださいよ総隊長。少しからかっただけですよ」
そして。一方の挑発していた暗部の男はといえば、いつの間にか現れたもう一人の暗部に背後から肩を組まれていた。
軽い口調ながらも、もしその手がクナイを握っていれば、確実に喉元に刃が突きつけられていただろう。総隊長というのも頷ける身のこなしで、肩を組まれた奴も実力差を自覚しているのか先程の達者な口も言葉少なに閉ざされた。
イタチは男を解放し立ち上がると、その現れた暗部総隊長と仮面越しに視線を交わした。
「悪かったな。こいつがどういったかはわからんが、火影様の命は“警務部隊と暗部の協力”だ。あなた方がこの件を任されていることはわかっているが、共に木ノ葉を守る為、協力をさせてほしい」
「いえ……こちらも一族の者が失礼を。申し出感謝します──が、警務部隊の長は父フガク。まずはそちらに話を通すのが筋というものでしょう?」
「……そのつもりだった。だが、フガク隊長が不在とは思わず、な」
「父は別件で警務部隊詰所に戻ったようですよ。行くならそちらへ」
フガクが不在だったのはサスケの事情聴取をしていた為だ。しかしそれを一切伝えることなく冷たく返すイタチに、総隊長は苦笑しながらも受け入れたようで、その部下の暗部を連れ立って姿を消した。
(………?)
その刹那───仮面の奥の瞳がこちらを見た。そんな気がした。
「若頭!助かりました!」
「すみません……つい頭に血が……」
「聞いてくださいよ、奴ら───!」
二人が去ると同時にその場の空気が緩み、途端に一族の者達はイタチに駆け寄って口々に話しかけている。
そのやり取りにイタチの一族での立ち位置も変わり、次代頭目として認められているのだと感じ頬を緩める───間もなく、サスケは背後を振り返った。
気配を消して背後に現れた彼は、まさか下忍に気取られるとは思ってもいなかったのだろう。触れる寸前でピタリと止められた手がうろうろと彷徨う。先程イタチとやり取りしていた威厳は影も形もない。
その様子はどこかのいたずら好きなウスラトンカチを彷彿とさせ、サスケはため息を一つ吐き出しジトリと睨みあげた。
「ったく。何してるんだ、シスイさん」
「………ちぇ、バレちゃったかー」
観念したように仮面をずらした暗部総隊長───うちはシスイの影分身は、ウインクを一つ飛ばして爽やかに笑った。
「久しぶりだな、サスケちゃん」
◆
「どういうつもりだ」
一族と話し終えて戻ってきたイタチだったが、どうやら示し合わせていたのかシスイの姿に驚くことはなかった。
少し待っていろと言いおいて───そんな言いつけを守れるはずもなく、警務部隊に先に帰ると誤魔化したサスケはその後を追った。
人気のない更に奥の小さな通路。イタチは声を潜めつつ、怒りの滲む低い声で口火を切った。
「……さっきも言ったが。暗部もこの件に協力することになったんだよ」
「具体的には?」
「……容疑者の探索、現場調査、ハヤテの護衛に身辺調査」
「要は全てということだろう、協力とは笑わせる。あいつらが激昂する訳だ」
「まぁ、な」
気配を消して覗き込めば、怒気も顕に迫るイタチに、シスイがフッと皮肉げに笑うのが見えた。
……要は、うちはに一任された任務が暗部に奪われるということだ。一族の高いプライドを傷つけたいのか。
暗部総隊長であるシスイといえど、上の命令に逆らうことはできないのだろう。そして同胞である一族へそれを突きつけるという汚れ役まで背負わせられた、そう思えば不憫でならない。
「……なぜ火影様は心変わりを?」
「上層部が騒いだのさ。祭りで他里の商人達を招いただろう?内、一人が消息を断った。どうやら元忍で、風遁使いだったらしいな」
その言葉に、端午の節句に開かれた祭りを思い出す。うちはの伝手を使い、他里から呼び寄せた、そう聞いた。
そこまでの信頼を得たと当時は喜ばしく思ったが、消息を断ったとなるときな臭いものを感じる。罠という可能性も考えられるだろう。
「風遁使いなどいくらでもいる。それに彼らが確実に各国に戻っていることは確認した……消息を断ったのはその後だろう」
「昨夜さ」
「フン……タイミングの良いことだ」
馬鹿馬鹿しい、とイタチは鼻白む。その元忍とやらも、今やこの世にいないに違いない。
それがハヤテがやられる前なら罠だったろうし、その後であれば罪を着せようとしているのか。どちらにせよ、うちはに嫌疑をかけられる謂れはない。
「ならば何故、警務部隊はハヤテを助けた……!!」
ピ、ピピ、と不規則な電子音を思い出す。死人のような顔色を。泣き縋る暗部のくノ一を。
あと数分遅ければ手遅れだったという。それを懸命に助けたのは紛れもなく先程の警務部隊達であり、それを容疑者の如く悪し様に言われては、彼らの怒りも最もだった。
「わかってるさ、いつもの嫌がらせだ。後ろ暗い所が無いなら問題なかろうってな」
「……まだそんなことを」
シスイのその苦い口調だけで、これが初めてのことではないとありありとわかる。
その立場を誰より理解しているだろうイタチも悔しげに拳を握っていた。
(……上層部、か)
うちはと木ノ葉の確執は埋まりつつあるのは確かだ。しかし、歩み寄ろうとする一族とは裏腹に、未だ上層部はうちはを嫌っているらしい。芽という組織を考えるに、うちはの地位向上への反発ややっかみもありそうだ。
以前は意固地な一族へ怒りを見せたイタチだったが、今また、頑迷な上層部へ憤っている。その心労はいかばかりかと思えば、胸が重苦しく締め付けられる。
上層部と聞いて咄嗟に浮かぶ姿は三人。うたたねコハル、水戸門ホムラ、そして───志村ダンゾウ。
(だが………本当に、ただの嫌がらせか?)
記憶の件でダンゾウと大蛇丸がこの数日以内に接触したのは間違いなく、その大蛇丸は木ノ葉崩しを示唆した。その大蛇丸はまだ暁に属しており、尾獣を狙っている。
ハヤテに傷を負わせた風遁だが、風遁と聞いてまず思い浮かぶのは砂隠れ。しかし、その砂隠れである我愛羅達は大蛇丸により瀕死の重傷を負っており、風遁使いというだけではハヤテを殺そうとした証拠にはならない。
ハヤテを助けた警務部隊に、彼らに任せられた件に口出しする上層部と両者の確執。大蛇丸のスパイ二人と同班にいたサイ、代わりに消えたカブト。
繋がりがあるのか、ないのか。見えそうで見えない真実に頭が痛い。
(伝えられることは伝えた。現状は……ハヤテの目が醒めるのを待つしかないか)
もどかしさに歯を噛み締めつつ、二人に気取られる前にとサスケはその場を去った。
◆
(やれやれ………任務失敗、かな)
上官と共に木々の合間を駆ける彼は、他里で広く伝わる言葉を苦くなぞる。
(“一対一なら必ず逃げろ、二対一なら後ろを取れ”でしたっけ。流石に三対一ともなると分が悪すぎる……まあ、面白い余興ではあったけどね)
あのまま殴ってくれていたならそれを口実に厄介払いできたが、止められてしまっては仕方がない。他の手を考えるまでだ。
しかし、先程のうちはの男を思い出せば、全くの無駄とも思わなかった。
『可哀想に。無駄な努力でしょう?』
そう囁いた時の彼の表情は見物だった。ハヤテの生存は予想外ではあったが、今後もしばらく彼らと顔を合わせることを思えば退屈はしなさそうだ。
それに───彼も来てくれるなら、尚のこと良いのだが。
先程ちらりと目を合わせた子供を思い出し、ついクスリと笑みが零れれば、途端に警戒していたのだろう上官の視線を感じた。
「……やけに機嫌がいいな?」
「いえ?ただ、土砂降りになりそうだなって」
「へぇ、お前が雨が好きとは知らなかった」
「好きな訳じゃないんですけどね。ただ───」
走る足は止めないまま、鈍色の空を見上げる。
「徐々に黒く染まり……いつ耐えきれずに降り出すかと眺めているのは、中々面白いものですよ」
「ハッ……いい性格をしているな」
「それはどうも」
舌打ちする上官に、カブトは仮面の下で歪に唇をつり上げる。
一族を捨てきれず、さりとて里への忠義も尽くすこの男。どちらかを選ばなければならない時、彼はどんな顔を浮かべるだろうか。
その結末に興味はないが、その時揺れる心を思えば小さな楽しみが増えたようなものだった。
(……ま、任務を終わらせてから、ですけどね。さて───“彼”にはどう近づこうか)
下された任務を思い返しながら、カブトの瞳が鋭さを増した。
『どんな手を使っても構わん。───月光ハヤテを、殺せ』