SASUKE逆行伝   作:koko22

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58.四叉路

 

 うちはシスイは二十歳からかれこれ三年以上に渡り暗部総隊長を勤めあげている。

 暗部総隊長に最年少で就任してからというもの、里外部への工作や密偵といった、暗部の任務らしい任務からは遠ざかっていた。

 かわりに増えたのは上層部との厭味ったらしい会話と、書面に残せないような任務の指示、暗部の顔としての他部との折衝。いわゆるデスクワークというやつに最初は苦戦していたが、頭の痛くなるそんな仕事もいつしか慣れていった。

 

 

(……つっても、修行は欠かしてない筈だが。さっきはサスケちゃんにもバレたし……やっぱ実戦なくて勘が鈍ったか?)

 

 

 先程イタチと話をしていた時、ほんの僅かに気配を感じた気がした。すぐさまイタチに合図し切り上げたものの、そこには誰の姿もなく。

 影分身とはいえど、チャクラ量はともかく本体の力量に劣る訳ではない。とすれば、シスイ自身の戦闘能力そのものが落ちているのかもしれなかった。

 

 

(目だけではなく勘まで鈍ったか……それも見越して三代目は俺を任命したのかもしれないな)

 

 

 近頃、かなり衰え始めた視力、取れぬ倦怠感と節々の痛み───万華鏡写輪眼を開眼した代償だ。

 

 別天神自体は能力の制限条件故に多用できない。だが、両眼の万華鏡に宿った須佐之男は精神的、身体的負荷は大きいものの使い勝手が非常によかった。

 そのため、戦闘中には落ちた視力や体力を補おうとしてつい須佐之男を発動させ、更に損なってしまう、そんな負のスパイラルに陥っていたのだ。

 それを思えば、実戦から遠ざかるようにした三代目には感謝するばかりだ。

 

 

「シスイ……?」

「……何でもないさ。ほら、早く行こうぜ。俺もサスケちゃんに挨拶したらさっさと消えるからさ!」

「ああ……」

 

 

 影分身にも関わらず歪み始めた視界に、軽く苛立ちながら目を擦る。光を失う日はそう遠くない。いつしか全てが暗闇に覆われるだろう。

 どこか心配そうに眉を潜めるイタチを笑って誤魔化しながら、シスイはこの親友が同じ苦しみを味わう日が来ないことを願っていた。

 

 

「サスケが……?」

「はい。荷物を持って先に帰りました」

「若頭達によろしく伝えてくれ、と」

 

 

 ハヤテの護衛を続けていた警務部隊、うちは一族の幼馴染であるイナビとテッカ、叔父のヤシロ。そこに一緒にいたはずのサスケはどこにも見当たらなかった。

 話していた時間は十分にも満たないが、サスケにとっては試験後に続いての入院だった筈だ。早く帰りたかったのかもしれないなと微笑ましく思いつつ、口を尖らせる。

 

 

「帰っちまったのか~。あーあ、もうちょっと話したかったんだけどなぁ」

「シスイ、お前は何をしてる?頭領の所に行った筈だろう?」

「俺は気楽な影分身!今頃本体が頑張ってるさ、お気の毒さま〜」

「それもお前自身だろうに………」

「まあ、気持ちは分からんでもない」

「用が済んだなら早く戻れよ。暗部総隊長様がこんな所で油売ってちゃ示しがつかないぞ」

「ハイハイ。それじゃ、……イタチ?」

 

 

 サスケと碌に話ができなかったことを残念に思いながらも、真面目なテッカに渋々術を解こうとして。ふと、イタチの眉間に微かに皺が寄っていることに気がついた。

 それを不思議に思いながらも軽く肘で小突けば、イタチはハッと我に返り、彼らへ人好きのする穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 

「警備ご苦労。重要な任務だからな、頼んだぞ。後で差し入れを持ってこさせよう」

 

 

 喜ぶ三人を軽くあしらい、イタチは踵を返し───途端に、笑顔を消した。

 シスイは術を解こうとしていた指を下ろす。警務部隊への挨拶もそこそこに、足早に歩き出すイタチの背を追いかけその肩を掴んだ。

 

 

「おい、どうしたんだよ。いくらサスケちゃんと一緒に帰りたかったってさ……」

 

 

 無表情ながら、その瞳には隠しきれぬ焦燥が滲んでいる。

 止めるシスイを苛立たしげに払ったイタチは、しかし諦めの悪いシスイの性格はよくわかっている為かそのまま去ろうとはしなかった。

 説明しろと更に無言の圧力を目に込めれば、ようやく観念したのか口を開いた。

 

 

「………サスケは大蛇丸に狙われている」

「は?」

「サスケがうちは一族というのも知られた。第二試験と入院時に接触されたらしい、まだ里内にいるかもしれない。暗部にもスパイがいる可能性が高い」

「は???」

 

 

 その言葉に一瞬思考が止まった。

 それを理解すると同時。コンマ3秒で思考が駆け巡り、現状の危うさに顔がザッと音をたてて青褪めていくのが分かった。

 

 

「おま、そういうことは先に言え!!」

「三代目に報告してから言うつもりだった」

「火影様も知らないのか!?」

「朝から上層部と会議中だ。午後、時間を取ってもらった。………奴らに、悟られる訳にはいかないだろう」

「う……まぁ、そりゃ分かるけどさ……!」

 

 

 声を落とし、唇を動かさぬままイタチと言葉を交わす。急いで暗部装束を変化で目立たぬ服へと変え、その隣を同じく早足で歩きつつあたりを見回した。

 すれ違う患者、面会人、医療忍者。眼を左右上下に動かして探すが目当ての姿はない。受け付け嬢に尋ねるも、黒髪の少年が病院を出ていく所は見ていないという。

 

 

(院内にいればいいが……)

 

 

 もしいなかったら───。

 最悪の想像がよぎり舌を打つ。ハヤテの護衛であるテッカ達の手は借りられない。イタチはともかく、影分身である自分は術を多用すればすぐに消えてしまう身だ。

 もし見つからなければ、上層部がどうのと四の五の言っている場合ではなかった。影分身を解き、本体に伝えて捜索隊を組ませなければ。

 

 サスケを大蛇丸に渡すことは何としても阻止せねばならない。名を捨てた所で、その身に流れるのはうちはの正当血統だ。例え上層部に知られ、未来が闇に閉ざされると知っていても、それが暗部総隊長としての判断だった。

 

 

「俺は1階を探す。イタチ、お前は2階だ。一時間以内に見つからない場合……いいな?」

「………わかっている」

 

 

 そう言ってイタチと頷き合い別れる。人目を忍びながら広い院内を隈なく探し………そうして間もなく、小さな通路に艶めく黒髪を見つけた時には、がっくりと力が抜けへたり込みたくなった。

 

 

「サスケちゃん……!」

「シスイさん?そんなに慌てて……何かあったのか?」

 

 

 こちらの心情を露ほども知らず、不思議そうな様子についデコピンを食らわせる。

 本当は拳骨と共に説教もしたいくらいだが、それをするには、里の事情を優先させたシスイにその権利はない。ないけれども。このくらいは許せよ、イタチ。

 何すんだと額を抑えるサスケの両肩を掴んで、はーと長い安堵の息を吐き出した。

 

 

「先に帰っちゃうなんて冷たいデショ〜お兄さんともうちょっとお話しましょ!」

「キメぇ」

「酷い!」

 

 

 カカシの口調を真似てみたが、不評だったのかバッサリ切り捨てられた。

 カカシに懐いているという噂は眉唾だったか?おのれカカシめ、イチャパラ返せ。

 少しばかり年上の元同僚へ内心で八つ当たりしつつ、それで、とサスケの背に隠れている少女を覗き込む。

 真っ先に目についた赤い髪。赤枠のメガネ。蟀谷に添えられた、小さな赤い薔薇。額当てはしていないが、先日特別滞在が受理された草隠れの下忍の写真と符合した。

 

 

「こちらのお嬢さんは?」

 

 

 その怯えて俯く頬に涙の跡が残っていた。

 背にしがみつく様子からしてサスケが泣かせたという訳ではないだろうが、草隠れからの客人だ。国交に響く事態は避けたい。

 

 

(草隠れか……そういや有耶無耶になってしまったが、死の森付近で殺された忍も………)

 

 

 そんな記憶も重なりスッと目を細め、にっこりと笑って少女に手を差し出した。

 

 

「はじめまして。俺はうちはシスイだ。君の名前は?」

「……香燐」

「そうか。香燐、よろしくな」

 

 

 恐る恐る取られた手に素早く目を走らせる。

 手には傷や武器の扱いによるタコもなく滑らかだ。その手足は細く、くノ一ということを差し引いても戦う筋力が足りていない。

 ただ裾から覗いた腕に赤く滲んだ大きな歯型が見えた。その下にも、その下にも、大小様々な歯型がいくつも重なっている。

 申請書類には手裏剣術を扱うとあったが出鱈目だろう。恐らくは腕を噛むことで相手に何らかの術をかけることができるサポーター。

 

 

(うずまき一族は封印術に長けていたが、この子もその系統か?生命力も強い……戦闘経験も少なそうだ、医療忍者かもしれないな)

 

 

 そんなあたりをつけつつ、それを少しも顔に出さずに手を離す。警戒は緩めないものの、戦闘能力が低いのであればサスケの側にいても大丈夫だろうと判断したのだ。

 再度サスケの背に隠れてしまった香燐から、シスイはサスケへ視線を移す。読めぬ表情で向けられる黒い瞳は、少し翳りを帯びながらも嘗てと変わらずまっすぐで、あの時のように心まで見通されるような気分がした。

 その双眸に目線を合わせて、ぴっと二階を指さす。

 

 

「取り敢えずイタチを探しに行こう。今頃、血眼でサスケちゃんを探してるぞ」

「イタチが?」

「ああ。すご~〜く、心配していたよ。あーあ、あいつが泣きそうになってる所なんて久しぶりに見たな〜。や、今頃ホントに泣いちゃってるかも……?」

「嘘をつくな、イタチがそんなことで泣くわけねェだろ」

「……さてね。どうかなぁ」

 

 

 目を吊り上げるサスケの頭にぽんと手を乗せる。完璧な親友の、唯一の泣き所だ。

 何はともあれ、見つかってよかった。そう心から思った。

 

 

 

 

(やってしまったな……)

 

 

 スパイやらハヤテの暗殺未遂、砂隠れの動き、芽の存在……様々な事案に埋もれ、自分が大蛇丸から狙われていることはすっかり頭から抜け落ちていた。

 

 ターゲットがふらふらと一人で行動するなど、危機意識が足りないにも程がある。

 だが、過去百年に渡り単独行動が身にしみており、常に唯一の忍として民を守る立場にあった為か、守られることに慣れていないのだ。

 とはいえど、今やひよっこに逆戻りしている身。嘗ての戦闘能力を失っている以上、大蛇丸に抵抗する為には誰かからの庇護が必要な状況だった。

 

 

(以前はカカシがいたが………修行は七日後と言われている。それまでは暗部の監視がつけられるだろう)

 

 

 香燐や嘗てのナルトの仙術には遠く及ばずとも、旅を続けるうちに並の忍よりも気配には敏くなったと自負している。今後の煩わしさを思えば気分も沈むというものだ。

 深くため息を吐き出すと、何故かついてきた香燐が心配そうに覗き込んでくる。

 

 

「……大丈夫か?」

「いや。何でもない」

 

 

 ゆるく首を振れば、ホッとしたように香燐は顔を緩めた。その目の縁は赤い。

 

 

(草隠れに戻るよりもいいかと思ったが……却って、巻き込んでしまったか)

 

 

 先程少し落ち着いてから香燐に話を聞いた所、無事に木ノ葉の滞在許可を得たものの、その身柄は砂隠れ預かりになったという。

 嫌な予感がしてその腕をそれとなく確認してみれば、真新しい大きな歯型が一つくっきりと跡を残していた。その歯型のことを尋ねようかとも思ったが、慌ててその腕を隠し、震えだす香燐を見れば追及はできず。

 

 それでもその反応に凡その状況は把握できた。

 タイミングを考えるに、ハヤテを襲ったのは砂隠れで間違いない。しかし、その証拠となりえる傷は香燐が消してしまった。他里の忍相手に、証拠もないまま捜査はできないだろう。

 気は進まずともハヤテを目覚めさせるため香燐の力を借りれないかとも思っていたが、それも香燐の身柄が砂隠れに抑えられていては無理だ。万一、それが砂隠れに伝わった場合、香燐の身が危うくなる。

 

 

(そうなると、ハヤテが自力で目覚めるのを待つか、或いは───)

 

 

 不敵に笑う女傑の姿を思い返すもその居所はしれず。捜し出すには相応の労力と時間がかかる。サスケ一人でどうにか見つけられる訳もなく、更に今後監視がつけられることを思えば不可能と言えた。

 

 

「サスケちゃん」

「………」

「おーい、サスケちゃんってば」

「………、なんだ?」 

「なぁ、本当に大丈夫なのか?サスケ、さっきから生返事しかしてないぞ」

「……少し考え事をしていただけだ」

 

 

 シスイばかりか、後ろを歩いていた香燐までが怪訝そうにしているあたり、相当様子がおかしかったらしい。これではいけないと緩く首を振り、サスケはぐるりと二階のフロアを見回した。

 二階は入院病棟になっている為、包帯や点滴台と共に白い病着を着た入院患者ばかり。サスケ自身も今朝まではここの住人だったため見慣れた光景だった。そんな中イタチの黒髪黒服は目立つ筈だが、サスケやシスイ以外にそうした姿はない。

 

 それにしても……こうしてイタチを探す、という状況はどうにも落ち着かなかった。ちょうど同じ年、時期としても過去に重なるからだろう。

 

 

───愚かなる弟よ。

 

 

 よぎった苦い記憶に頭を振り、サスケはシスイを見上げた。

 

 

「イタチは本当に俺を捜しているのか?諦めて先に……」

「それはあり得ない。だけど……うーん、行き違いになったか?」

 

 

 ポリポリと頬をかくシスイがちらりと壁にかけられた時計に目を向ける。イタチを捜し始めてから、かれこれ30分が経過していた。

 シスイは護衛も兼ねている為、サスケから離れる訳にもいかず、香燐はイタチの顔を知らない。手分けして探すにも探せない状況だ。

 

 

「頼むから早まった真似するなよ、イタチ………」

「もしかして、捜してるのってあいつじゃないか?」

 

 

 シスイが祈るように呟いた時、ジッと窓の外を見つめていた香燐が、ほらあいつ、と中庭を指差した。

 シスイと共に急いで窓から顔を出せば、かくしてそこにいたイタチもこちらに気がついて、木を足がかりに窓まで一足跳びに上がってきた。

 

 

「………よかった、サスケ、ここにいたのか」

 

 

 らしくもなく、軽く息を乱していたイタチは、サスケの姿を認めると、ホッと胸を撫で下ろし微笑んだ。怒ればいいものを、そんな素振り一つ見せないイタチにサスケの胸にちくちくと罪悪感が募る。

 

 

「その……悪かった」

 

 

 口籠りつつ謝れば、イタチは窓枠に足をかけ入ってくると、とん、と額を突いた。

 

 

「お前が無事ならいい」

 

 

 開いた窓から吹き込んだ一筋の風に、イタチの長い髪がたなびく。

 見上げた視線はあの時と同じ高さで。けれどもその額当てに傷はなく、羽織っていた暁装束の代わりに、昔と同じうちはの紋が染め抜かれた黒い衣を纏っている。

 

 見下ろす冷たい視線を、陽だまりのように暖かな眼差しが上書きしていく。

 ずっと一方通行に、イタチを捜し追いかけていた嘗ての心がようやく交われた。そんな心地がした。

 







「うわ、イケメン……さすがサスケの兄貴だな!」


 イタチの姿に目を輝かせた香燐がそう無邪気に呟いた瞬間。
 それまで和やかに流れていた空気が、ピシリと凍りついた。
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