チャクラとは人のもつ精神・身体エネルギーの掛け合わせである。色が、波長が、強さが、温度があり、人それぞれ微妙に異なっている。
同じチャクラを持つものは誰一人いない。けれど、血族での特徴というのも確かにあった。血縁関係が深い程、その傾向は如実に現れる。
(あれ?)
香燐は窓の外に感じとった、サスケとよく似通ったチャクラに目を瞬かせた。
そうして間近にやってきたのは、長い髪を緩く結わえた穏やかな顔つきの美青年で。予想通りサスケ達の捜し人だったらしい。
サスケと並ぶとよく似ていることがわかる。その二人の整った顔立ちに見惚れ、香燐はほんのりと頬を染めた。
「うわ、イケメン……さすがサスケの兄貴だな!」
そんな何気なく放った一言が。まさか自身やサスケを含め数多の人々の、里の運命を大きく左右することになろうとは。
香燐は露ほども思っていなかったのである。
(………何故、それを香燐が?いや、今の問題はそこじゃない)
一瞬にして凍りついた空気だったが、一早く我に返ったサスケは内心で舌を打つ。
記憶があることを悟られる訳にはいかない。シスイとイタチの視線がこちらへ向く前にと、強張っていた表情を消して軽く首を傾げた。
「……何の話だ」
「え?サスケの兄貴かっこいいなぁって……あ、もちろんサスケには負けるけど!!」
そんなことを聞いたわけじゃない、とサスケは眉を潜める。
イタチが里一番に優秀で、外見のみならず内面も素晴らしいことは認める。だが、今はそんなことを話している場合では無かった。
「それ以前の問題だ───イタチは俺の兄じゃない」
吐き出した言葉は苦く、ズキリと胸が痛む。
けれど、ここで認める訳にはいかなかった。窓から入ってきたイタチの姿は目立ったのか、通り過ぎる奴らの目がチラチラとこちらに向いているのを先程からずっと感じていた。その中には、サスケのように怪我をして入院中の忍の姿もある。
イタチとシスイの背に染め抜かれた家紋も話題を呼ぶには十分すぎるほどで、何気ない風を装いながら聞き耳を立てられている。彼らが面白おかしく口にした噂が、どこにどう伝わるかと思えば、ここで火種は消しておくべきだろう。
誰かが否定しなければならない。信憑性を増すには、当事者であるイタチかサスケのどちらかだ。
そして、記憶のない筈のサスケより本来ならイタチが適任だと、そう分かっていた。
(だが……イタチに否定させては駄目だ)
どちらにしても傷つける。それでもサスケの嘘以上に、イタチを自責で苦しめることになると分かっていた。それだけは避けたかった。
そう思えば、この息のしにくくなるような、潰れるような胸の痛みも耐えられる。
「俺はイタチの弟じゃない。ただの、他人だ」
傍らから痛いほどの視線を受けながらも、そちらをあえて無視して嘘を重ねた。
香燐は怪訝そうにイタチとサスケを交互に見比べている。その目に写っているのが顔かたちならば、他人の空似で誤魔化せるだろう。
しかし───。
「え?でもさ、二人のチャクラ……っ!!」
「っ、香燐!」
続いた言葉に嫌な予感が的中したことを感じ取りながらも、突然ふらりと揺れた身体に手をのばす。だが、サスケが支えるよりも先、香燐の背後に現れたイタチがその華奢な肩に手を置いた。
「彼女はどうやら気分が悪いようだ。俺が送っていこう。君もそれでいいかい?」
「うん……」
先程の柔らかな視線が幻だったかのように、香燐へ向けられた瞳には温度が無い。
そして当の香燐はといえば、イタチの幻術にかけられたのかその視点はぐらぐらと揺れて定まらず、イタチの促しにぼんやりと頷いている。そんな人形のような姿にゾクリと肌が泡立った。
絶句するサスケの隣を二人が通り過ぎようとして、慌ててイタチの腕を掴んだ。
「待て、イタチ!……香燐をどうするつもりだ」
かろうじて声は抑えたが、この後もしも香燐が拷問にでもかけられでもしたらと思うと、籠もる緊迫感は隠せなかった。
焦るサスケをイタチは一瞥すると、ふいと顔を背けた。
「お前には関係のない話だ。下忍が口を挟むな」
「っ!」
腕を解かれ、突き離すような冷たい声音に顔が歪む。
確かに芽の総隊長に対して、一介の下忍は口出しできる立場じゃない。それでも引けないと、拳を固く握りしめる。
香燐に罪はない。罪があるとすれば、それは過去を変えた自身に他ならなかった。
キッとイタチを睨みつけ声を荒らげようとした唇を、間に割入ってきた人差し指がむに、と軽く押し潰した。
「こらこら。二人とも、落ち着けって」
困ったように眉を下げて、はあ~とわざとらしいため息をつくシスイ。
やれやれ、なんて首を振る仕草がどこかの担当上忍を彷彿とさせ、その飄々とした態度を思い出せば更に苛立ちが増した。イタチへの怒りは途端にシスイへと矛先を変え、その指をベシリとはたき落とす。
そんなサスケに苦笑しながら、シスイはそっとサスケの耳元に口を寄せた。
「……大丈夫だよ、サスケちゃん。彼女は草隠れからの客人、危害を加えることはあり得ない。少し話を聞くだけだからさ」
囁かれた言葉に目を瞠る。
それでも、強制的に幻術をかけた様子を目にしては、完全に信用はできなかった。探るようにそのニコニコと屈託のない笑みを浮かべる顔を伺う。
「………本当か?」
「勿論。木ノ葉にかけて誓うよ。な、イタチ?」
「………ああ」
「ま〜、こういうのは俺らの仕事さ。サスケちゃんは中忍試験に集中しろってイタチは言いたかったんだろ」
「………そう言った」
「言ってないからな?」
「言った」
「言ってない!言葉足らずにも程があるだろ!」
今でこそ漫才みたいなやり取りをする二人だが、過去は里のために文字通り命を捨てたシスイ、そして里のために大罪人という汚名を被ったイタチだ。その二人の言葉だからこそその重みが分かって、小さくこくりと頷いた。
それに満足そうに笑ったシスイは、続いてぼんやりしたままそのやり取りを眺めていた香燐を覗き込む。
シスイは少しばかり悲しげに目を伏せて、その赤い髪を軽く撫でた。
「このお嬢さんはサスケちゃんがイタチと兄弟みたいに仲がいいって言いたかったんじゃないか?……な、サスケちゃんはさ、イタチと兄弟みたいって言われて嫌かい?」
「そんな訳ないだろ!そりゃ……嬉しい、けど……」
「だってさ。イタチ、よかったなぁ?」
「…………」
イタチは何も答えない。
けれど無表情な横顔から、ちらりと赤く染まった耳が見えて目を瞬かせた。
───二人とも、そんな所ばっかり父さんに似るんだから。
懐かしい声が聞こえた気がした。
こんな些細なことで心がすれ違ってしまう。イタチもサスケも、本当に誰かに似て不器用だった。
何だか可笑しくなってしまって、プッと吹き出すと、無表情だったイタチの顔もついに和らいだ。
「俺は彼女を送っていく。シスイ、サスケを任せたぞ」
「おう、任された!影分身だが、本体よりしっかり守ってやるからさ!」
ぐっと親指を立てるシスイにイタチは苦々しげにしつつ、次いでちらりとサスケを振り向く。
「……またな。サスケ」
「ああ。香燐を頼む。……また明日」
その眼差しは暖かい。
明日を約束できるその奇跡を噛み締めながら、廊下の先へと消えていく二人の背を見送った。
◆
(やれやれ。一件落着、かな)
先程の香燐の言葉に肝を冷やし、更に続いたサスケの言葉に嫌な汗が流れ、イタチの顔は恐ろしくて見れなかった。
どうなることかと思ったが、なんとか丸く収まったと言えるだろうか。
(まさか、草隠れの彼女にいきなり幻術をかけるとは思わなかったが……きっと、あれ以上は耐えられなかったんだろうな)
香燐の言葉に、シスイは咄嗟にその情報の出処を思案した。最も懸念したのは、“うちはサスケ”を知る大蛇丸との関連性。しかし、どう情報を引き出そうかと考えるよりも先に、サスケがそれを否定していた。
“他人”はイタチの禁句、トラウマと言ってもいい。それを当のサスケに言われたのだ、親友の心境を思えば仕方がない。
だが、却ってよかったのかもしれないな、とシスイは独りごちる。
先程の発言から予想するに、うずまき香燐は初代火影である柱間の妻、うずまきミト様と同じ感知タイプ。それもチャクラ性質だけで血筋が分かるというのだから、その能力は非常に高いと予想できる。
大蛇丸との関係がなかったにせよ、あれ以上話を続ければ、更にボロが出ていたかもしれない。見たところ幻術に長けているという訳でもない、記憶も問題なく消すことができるだろう。
(それにしても……何だ?何かが、引っかかる)
イタチと香燐の背をじっと見つめ続けるサスケに目をやる。
正直、助かった。周囲の目を誤魔化せ、親友自身が否定するような事態にもならなかった。
だが、生じた問題に対し、うまく行き過ぎた、そんな思いがよぎる。ざわめく忍としての直感は無視できなかった。
『ったく。何してるんだ、シスイさん』
『それ以前の問題だ。───イタチは俺の兄じゃない』
『俺はイタチの弟じゃない。ただの、他人だ』
『待て、イタチ!香燐をどうするつもりだ』
『そんな訳ないだろ!そりゃ……嬉しい、けど……』
言葉、表情、仕草を一つ一つ振り返りながら、ちりりとした違和感をどこに感じているのかと思いを巡らす。
そもそも、何故サスケは否定できたのだろう。記憶のない状態、生い立ちを知らない子供。ならば過去を知りたいと多少なりとも思う筈だ。
だが、サスケは一切の迷いなく断言した。まるで周囲に言い聞かせるように、はっきりと。
その瞬間の翳った顔。対して嬉しい、と言った時の、苦しげな、後ろめたさの滲む瞳。昔と同じ大人びた悲しげな微笑み。嘗てと変わらぬ兄弟の空気。
それらを順々に脳裏に浮かべていれば、どこか既視感を感じた。そう、その口振りも、どこか悲しげな眼差しも、微笑む時のイタチによく似た目尻も。見たことがあった。
『シスイさん、水もってきたぞ』
『何で俺に聞くんだよ。まあ、少なくとも……おばさん達と話している時は楽しそうだったぜ、アンタ』
『俺は行くから。人質になる』
『俺はみんなを守りたい。兄さんや母さん、父さん、それに一族も……この里も。だから父さんの息子として、うちは本家の次男として───行かせてください』
『シスイさん……ごめんって、伝えてくれ』
『兄さんが、これからどんな道を歩んだとしても……俺も、兄さんを愛している』
『いってきます』
全てを背負ったその小さな姿を覚えていた。忘れられる筈がなかった。
それが重なって───ふと浮かんだ考えに、シスイの息が止まった。
欠けたピースがぱちりと嵌る、そんな感覚を覚えた。
「サスケちゃん。聞きたいことがある」
「……何だ、急に改まって」
訝しむサスケと膝をついて視線を合わせる。
肩に添えた手からとくりとくりと流れる拍動を感じながら、シスイはゴクリと唾を飲みこむ。震えそうになる喉を御し、告げた。
「記憶、あるだろ」
鎌をかけたその瞬間、サスケから表情が抜け落ちた。否定にしろ肯定にしろ、多少なりとも揺れる筈の心音は一定を保っている。心を制する術を知っている。
それが答えだった。
喜ばしい筈なのに、目の前が暗くなる。これまで全てを知りながら、知らぬふりをしていたなら。
「どうして……!」
何故、記憶がある。何故、言わなかった。何故、苦しいのだろう。何故、こんなに悲しいのだろう。
何故、何故、何故、何故……。
湧き上がる思いを、周囲の目に気づき、かろうじてその一言に閉じ込めた。サスケの黒い瞳に、泣きそうに歪んだ顔の自分が映っていた。
「………あったとしたら、何かが変わるのか?」
「……それは、」
淡々とした言葉に反論はできなかった。
どの道隠さねばならない。或いは、火影に告げ再度の封印か。人質という契約は生きており、それを解決しない限り“うちはサスケ”と再会できる日は来ない。
「今のままでいい。これ以上を求めるつもりはない」
「サスケちゃん……」
「………頼む。イタチには言わないでくれ」
その秘められた嘆願に、シスイはただ頷くしかできなかった。
見て見ぬふりをすることが、今できる全てだった。暗部総隊長という立場にまで登りつめながら、守りたいもの一つ守れぬ無力さを呪うばかりだ。
「ありがとう、シスイさん」
それでも、そんなちっぽけなことで嬉しそうに笑う子供に。
必ず“うちはサスケ”を取り戻すと、シスイは新たに心に誓った。
※次話で定時投稿ラストです。
※シスイさんの中で、里>サスケ→里≦サスケになった瞬間。