61.蛙鳴く
「何もねぇな……」
サスケは肩を落としつつ、空っぽの冷蔵庫をパタリと閉める。
それもそのはず。サバイバル演習によって数日間家を空けることになると分かっていたため、家を出る前に全て綺麗に片付けてしまっていた。
水の一本すらない状況にため息をつき、窓越しに空を見上げた。天高く伸びていた入道雲は少しづつこちらへ近づいていて、遠くに黒々とした影とちらつく光が見える。今頃あちらは土砂降りに違いない。
ぽちっとつけたテレビの天気予報によれば、このあたりは夕立ちになるそうだ。今の時刻は15時、予報通りであればまだ時間はある。
「おい、晩飯は──」
ゴン、と隣の薄い壁を叩きながらそう言いかけて、ハッと口を噤む。ついつい癖になってしまっていたが、今、隣の部屋には誰の気配もなかった。
『今、すんげー師匠に修行つけて貰ってんだってばよ!』
エビスに引きずられていったナルトは、その翌日、面会時間ぎりぎりに病室に駆け込んでくるとそう言ってニシシと笑った。
あれ以降、ナルトは病院を訪れることはなく。きっとあのウスラトンカチのことだから、修行に打ち込んでいて、今日が退院日ということもさっぱり忘れているに違いない。
(………確か、温泉街で修行していると言っていたか)
少し驚かせてやろう。そう決めたサスケは、折りたたみ傘を二つ手に取った。
「じ、ら、い、や、さ、ま♡これでいーい?」
「むふふ……ええのうええのう、ただあともちっと屈んでの」
「こう……?」
「そうそう、その角度じゃ!!」
「自来也様のエッチ♡」
「ぬほほー!!」
金髪美女がセクシーポーズらしきもので投げキッスを送る。それをデレデレと顔を赤くして、その胸元をジーッと凝視している中年男。
(何してんだ、ウスラトンカチ……)
訪れた温泉街近く、川辺でのあまりなやり取りにサスケは目を覆った。真面目に修行しているのだろうから今日は一楽でも、とか考えていたのがアホらしく感じる光景である。
サスケが若干本気で帰るかと考え始めた時、その金髪美女こと、お色気ナルトがサスケの姿に気がつき顔を輝かせた。
「サスケェ!退院したんだな!」
「ああ。じゃあな」
「ええっ!?待ってよ~サスケく〜ん♡」
「寄るな、バカが移る!」
「ひっど〜い!こーんなナイスバディなねーちゃんに冷たいってばよ!」
お色気の術も解かぬまま駆け寄ってきたナルトは、サスケをその豊満な胸で押しつぶすようにガバリと抱きついた。
引っ剥がそうと顔を押しのけようとするサスケと、剥がされまいとしがみつくナルト。それを羨ましげに見つめていた自来也は、ぽつりと呟く。
「ナルトよ、ワシの胸なら空いておるぞ」
「誰が行くかァ!!俺ってば、お色気の術の修行してんじゃねーんだぞエロ仙人!!」
「だったら術を解けドベ!!」
「それができねーんだってばよぉ……!」
ナルトはビシッと自来也を指差しキッと睨みつけると、もう一方で拳を握りしめて切々と語った。
「聞いてくれってばよ!このエロ仙人、ぜーんぜん俺の修行見てくんねーの!んでさ、お色気の術15分で1分だけ見てやるっていうんだぜ……!」
よく見れば自来也の背後には時計が置かれている。随分と放任主義らしく、どうやらナルトも苦労をしているようだ。つい修行と称して趣味追求に走ったかと思ってしまったが誤解だったらしい。
早合点にすまん、と内心で謝っていればちょうど時間がきたのかジリリと時計が鳴る。
ぽんと解かれたお色気の術に自来也はあからさまにがっかりし、興味をさっぱり失ったのか茂みから水着の女性達を盗み見し始めた。
「やっと鳴ったってばよ……おいエロ仙人!修行見るって約束だろ、何ねーちゃん見てんのさ!!!」
「こら、静かにしろ!ったく、しゃーねえのぅ」
渋々ながらも修行を見る気になったのか、自来也はやってみろと顎をしゃくる。
ナルトはそれにはしゃぐと、意気揚々と印と共にチャクラを練り上げた。
「見てろよサスケェ!───口寄せの術!」
親指をかり、と噛んだナルトは滲む血を大地に叩きつけた。
ボン、と白い煙がたつ。
「「「……………」」」
ぴちち、と跳ねるおたまじゃくしに一同は沈黙した。
「ちがーうっ!!何度言ったら解る、このドアホウ!死ぬつもりで全身のチャクラを捻り出してみろってェのォ!!」
「るっせぇなもう!!こっちは本気でやってんだってばよ!つーかホントに俺に二種類のチャクラなんてあんのかよ!!?」
「…………わしは仙人だぞ!そんなことくらいお見通しだってぇの!」
「仙人は仙人でもエロ仙人じゃねーか!!」
「ちがーうっ!エロ仙人エロ仙人って呼ぶんじゃねぇ。ワシこそはァ、妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称・ガマ仙人!」
「自称だってばよ!このエロエロエロ仙人!」
「何だとォ!」
喧々囂々と頭に響く大声にサスケは顔を顰めた。
だが、言い合う話を聞くに、どうやら自来也はナルトの二種類目のチャクラ、九尾の力をコントロールさせたい様子が伺い知れた。
ただナルトはそれにピンと来ていないようだ。DやCランクばかりをこなしていたため、これまで任務中に危険な状況に陥るようなことはなかった。
あってもカカシやサスケで対処しており、ナルトが九尾のチャクラを使う機会は今まで目にしたことがない。せいぜいが封印の巻物を盗んだ折に多重影分身を使った時、わずかに九尾のチャクラが混じった程度だろうか。
(寧ろ、使わないようにさせていたからな……)
九尾のチャクラは確かに強力だ。その強すぎる力故に毒ともなり得て術者の寿命を削っていくため、できれば使わせたくはなかった。
だが、と暁としてナルトを狙った大蛇丸を思い出す。弱くては身を守ることもできやしない。今後を考えれば、ナルトが強くなるためには、その力の扱いを知る必要があった。
「おい、ナルト」
「なんだってばよ、俺ってば修行で───」
振り返ったナルトは、目を大きく見開いた。いつの間にか、あたりは全てが暗闇に覆われていた。空もなく、大地もなく、光の一筋もない。
そんな光景には見覚えがあった。
(幻術……?サスケのヤロー、いきなり何だってば……っ!?)
背後でぴしゃり、と何かが滴る音がして肩が跳ねる。
何度か幻術耐性を上げるためにと仕掛けられたことがあったから、これが幻術とは分かっている。だが、分かっていても暗闇は恐怖を助長させるもので、ナルトはゴクリと唾を飲み込んだ。
(俺ってば火影になる男だぞ!こんなんで怖がってる訳にいかねーんだってばよ!)
覚悟を決めて振り返る。闇に沈むような黒い塊があった。震えそうになる足を叱咤し恐る恐る近づいていく。
見下ろしたそこには───。
「サ、スケ……?」
(こんなものか。しかし……傷は治ったっていうのに、経絡系の損傷は厄介極まりないな……)
ナルトに幻術をかけた途端、激痛と共に痺れた左腕をちらりと見下ろす。指先はかじかんだように強張って曲げることもままならない。
それほど強い幻術ではなかったのに、しばらくは使い物にならないだろう。
「ほう、幻術か。一瞬とは見事なもんじゃのう」
「こいつの幻術耐性は紙っぺらだからな……出たか」
俯いていたナルトが顔を上げた瞬間、赤く禍々しいチャクラがその身体から迸る。その空のように蒼い瞳は紅に染まり、瞳孔が鋭く縦に割れ始めている。
サスケは幻術をすぐに解くと、ナルトのひよこ頭を正気に戻すべく右手でベシリと叩いた。
「……サスケ?」
「戻ったかよ、ウスラトンカチ。分かったか?今のが、お前の二種類目のチャクラで───」
「サスケ………サスケぇぇぇ!!」
九尾のチャクラを説明する間もなくボロボロと泣き出したナルトが飛びついてきて、流石のサスケもたじろぐ。
左腕は酷く痛んだものの、必死な程しがみついてくるナルトに振り払うことは躊躇われた。その頭を仕方なく撫でていれば、自来也から若干引いた眼差しが向けられていた。
「いったいどんな幻術を見せたんだ……?」
「……一番手っ取り早い方法だ」
九尾のチャクラのトリガーは、ナルトの感情の高ぶりや身の危険、そういった状況だろう。
“前”の波の国任務で死にかけたサスケにより、ナルトは初めて九尾の力を自覚したと聞いたことがあった。だからあの状況を再現してみるかとやってみた訳だが、思ったよりも効果が大きかったらしい。
「もういい加減泣き止め、ただの幻覚だ。今夜は一楽連れてってやるから」
「……ハンバーグ」
「あ?」
「サスケの作ったハンバーグが食べたいってばよ……」
「……仕方ねぇな。お前も手伝えよ」
ぐずぐずと鼻を啜りながらも、やっと泣き止んだナルトにサスケは胸を撫で下ろした。
何はともあれ、ナルトは九尾の力を自覚できたようだ。感覚を掴むため、もう一度幻術をかけられてみるかとからかう自来也にはブンブン顔を横に振っていたが。
「いくってばよ……口寄せの術!!」
涙のうっすら残る目で必死に練り上げたチャクラに、一筋の赤色が交じった。
口寄せの白煙と共に現れた、手のひら程のカエルがゲコリと鳴いた。
「カエルだ……尻尾がないってばよ!ねね、見た見た??俺のカエルちゃん!」
「……小さいな」
「うっせー!カエル呼び出すのって大変なんだぞ!」
「ちっせえが……ま、三日でこれなら及第点ってとこかのぅ」
自来也が顎を撫でつつ告げた言葉に、ナルトはパァッと顔を明るくし、満面の笑みを浮かべた。
◆
「……それで、お前さんは?」
浮かれ調子で延々と蛙を呼んでは戻し、戻しては呼びを繰り返すナルトを眺めつつ、川辺に座って欠伸を零していれば、ふいに近づいてきた自来也がそう話しかけてきた。
水遊びをしていた水着姿の女達は、ワイワイと帰り支度を始めていた。雲行きが怪しくなってきたことに気がついたのだろう。
そうしてようやくこちらに意識が向いたらしい自来也は、隣に座ったかと思えばしげしげと眺めてくる。そういえば自己紹介もしていなかったな、と思い至った。
「サスケだ。ナルトと同じ、下忍第七班に所属している」
「サスケか……お前ねーちゃんとかいるか?」
「いねェ」
「なーんじゃ。お前のねーちゃんなら別嬪だったろうにの〜」
軽口をたたきながらも、左腕に、肩の呪印に、素早く視線が流される。それに素知らぬフリをしつつ、サスケもまたそんな自来也に改めて目を走らせた。
長い白髪。油と書かれた額当て。目尻から顎まで伸びる赤い隈取り。若草色の甚平に、忍ぶことを忘れたかのような真っ赤な羽織り。
大蛇丸と同じ三忍の一人にして、ナルトの師匠。嘗てイタチを追いかけた時、薄れる意識の中ちらりと見たのが最後で、直接話をする機会もなく大戦の折には既に命を落としていた男だ。
(まさかとは思ったが、やはり来ていたか)
ナルトは“前”にも我愛羅との戦いで大蝦蟇を口寄せしていたため、ナルトの言う新しい師匠がこの男というのは半ば予想できていた。
この男を本戦まで留め置きたい所だが、そうはいっても風来坊。作家と称して諸国漫遊をしている自来也は一所に留まることを良しとしない。きっとナルトが九尾のチャクラを使っての口寄せに成功すれば、さっさと去ってしまうだろう。
だったら───、とサスケは目を伏せる。
今は時間がない。断られると予想はできたが、ここで遠回しに駆け引きしている暇はなかった。
「自来也と言ったが……あの?」
「ほう、ワシを知っているとは感心じゃが……あの、というとこっちかの?」
懐から取りだした18禁本に首を振れば、三忍のほうかとつまらなそうに鼻を鳴らす。それにああ、と頷いて自来也をまっすぐ見詰めた。
今やそれぞれ別々の道を歩む三忍だ。自来也にとっての三忍がどういう意味を持っているのかは分からないが、良いとは言い難い、複雑な心境を抱いていることはその反応からも見えた。
しかし、大蛇丸が関わっている以上は同じ三忍であるこの男、そしてそれ以上に、かの女傑の力が必要だった。
「三忍であるアンタに頼みがある───アンタの知る、一番腕利きの医療忍者を紹介してほしい」
ぴくりと自来也の眉が動く。わざわざ三忍を強調し、そして一番腕利きのと念押しした。
自来也の頭によぎったのは間違いなく、かの三忍の一人、嘗ての五代目火影の姿だろう。
「ほう、“一番腕利き”とは……そりゃあ難しいのぅ」
「心当たりがないとでもいうのか?」
「ま……あるにせよ、いったいどこにいるのやら、のぅ。ワシには皆目見当もつかんわい」
すっとぼけようとする自来也に、そう簡単にはいかないと覚悟していたサスケは食い下がる。諦める訳にはいかなかった。
今、木ノ葉崩しの証人となれるのはハヤテのみだ。そのハヤテもこのままでは本戦までに目を覚ますどころか、いまだ余談を許さない状況で、いつ容態が変わるかしれない。それにハヤテが生き残ったことも、もう既に敵に知られている事だろう。命を狙われる可能性も非常に高かった。
香燐を頼れない現状、助けられるのは唯一人。そしてそのくノ一を見つけられるのは、この男を置いて他にない。
「見つけられる筈だ。他でもない───同じ三忍である自来也、アンタにならな」
「…………」
自来也は無表情にサスケを見つめていたかと思うと、不意ににやりと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「タダで、とはいかんのう……それで?お前は何を出す?」
その言葉に目を瞬いた。確かに、ただ頼むだけというのは虫が良すぎる。対価か、としばし考え込んだ。
一般的に忍の任務の対価は金。しかし、自来也は元々三忍で数多くの高難易度任務をこなしてきている。本の印税でも儲けているらしい。対して下忍の給料などたかが知れたもので、この男からすれば雀の涙程にもならないだろう。
他に何を?
そう考えて、何もないことに気がついた。
「───命以外なら」
そうして口にした答えは酷く曖昧で、けれどその一線だけはどうしても譲れなかった。
うちはの権利と引き換えにこの命は捧げられた。今こそ自由が許されてはいるものの、写輪眼を開眼させるさせないに関わらず、いずれはこの里のために費やされる駒の一つにすぎない。
最終的な決定権は里にあり、生死さえ今や己のものではない。偶発的なものならばともかく、自死やら他殺やらではうちはと里に軋轢をうみかねないだろう。
(それに……泣かせることになるからな)
ナルト、サクラ、カカシ、それにイタチやシスイ、両親に一族。
残される悲しみなら百年で嫌という程経験している。彼らに同じ苦しみを与えたくはなかった。
「フン、いきがりおって。命は惜しむか」
「そうじゃない。ただ、この命は既に木ノ葉にやった。だから悪いがアンタにはやれない」
「何……?」
「だからそれ以外で頼む」
淡々と告げる。それに自来也は眉間に皺を寄せて黙り込んだかと思えば、やがてよっこいせとかけていた岩から腰を上げ、腕を組みつつ天を仰いだ。
「なぜ探す必要がある?木ノ葉の医療忍者も他里と比べりゃ腕がいい。お前さんの左腕だって数日もすりゃ良くなろう。あいつに頼む程じゃあねェのぅ」
「腕?……俺じゃない。助けたい奴がいる、いつ命を落とすか知れない。猶予は遅くとも一ヶ月だ」
「……ふん、あ奴は
「それでいい。会わせてくれれば、自分で交渉する」
「しかしの〜」
う~むとわざとらしく唸る自来也は、乗り気がない表れなのか口元を手で抑えて目を合わせない。
身長差故にその表情を伺うこともできず、チッと舌打ちして更に言葉を重ねようとしたとき。
「サスケ、そーんな頼み方じゃ駄目だってばよ」
いつの間にか修行を中断していたナルトが、肩口からひょっこり顔を出した。
ニシシと笑いながらこしょこしょと耳打ちされたその内容に、サスケはカッと耳まで赤く染め上げた。
「バッ、んなことできるか!!」
「命以外なら何でもって言ってたろ」
「それは!そう、だが……」
「……そういうとこ、危機感ねえっつうかチョロいよなお前。だからからかわれるんだってばよ」
「あ?どういう意味だ」
「べっつにぃ〜。それで、どうすんだよ?」
───やるか、やらないか。
答えは決まっていた。
「「お色気の術!!」」
ぼふん、とナルトとサスケが白煙に包まれる。
薄れる煙から現れたツインテールの二人を自来也は凝視した。
「お願い、自来也様……あなたしかいないの……!」
「いいでしょ?……ね?じ・ら・い・や・さ・ま……?」
黒髪黒目の美女が、うるうると大きな目に涙を浮かべつつ自来也の左腕に縋る。
金髪碧眼の美女が、その弾力ある胸を右腕に押し付けつつ自来也の耳元にフウっと息を吹きかける。
「任せろぃ!必ずワシが見つけてやるからのぅ!!」
鼻血を噴き出しながら、グッと両手の親指をたてて快諾した三忍。それでいいのか三忍。
結果オーライではあるがどこか釈然としない思いに渋面を作るサスケに、ナルトは自来也に見えない位置でニッと自信満々に笑いかけた。
「やったな、サスケ!エロ仙人にはやっぱしこの術だってばよ!」
『お前ってば頭いいのかもしんねぇけど、色々考えすぎなの!案外さ、何とかなるもんだって!』
ふと重なった、瞬きと共に消えたその面影に、サスケはフッ、と表情を緩める。
「……そうかもな」
「だろ!?ふふーん、サスケもついにお色気の術の素晴らしさに気付いたかってばよ。今俺ってば新・お色気の術に取り組んでてさ、サスケも一緒に」
「やるわけねーだろ。修行しろドベ」
「これもちゃんとした修行だってばよ!」
「んな訳あるか!」
口喧嘩から次第に取っ組み合いを始めた美女二人に、自来也は眼福とばかりにデレデレと相好を崩していたそうな。
◆
「しゃあねぇ、一週間だ。一週間あいつを探してやる。もしそれで見つからんかったら諦めるんだのぅ」
何はともあれ。無事に約束を取り付けた訳だが、流石に期限なしにという訳にはいかなかった。
最初は三日というのを引き伸ばした結果、一週間に落ち着いた。些か短いとも感じたが、碌な対価もないままおねだりに屈しただけにしては破格の対応と言える。
戻ってきたらきたで、色じかけでもして引き止めればいいか、等と考えるサスケは既にウスラトンカチ共に毒されていることに気付いていない。
「出発は明日だ。準備しておけよ」
「出発……?」
「えっ、エロ仙人!俺は!?俺はどうすんのさ!?修行見てくれるって言ったじゃねーか!!」
「うっせえのぅ。……そんなに言うなら、ついてくりゃえーだろうが。探しながらでも修行くらい見れるわい」
「おい待て!俺は……!」
「どうせお前さんの腕はあと一週間は術を使えんだろう。だったら探すのくらい手伝わんか」
「え、じゃあさじゃあさ!俺たち里の外出られんの!?やったってばよ!」
自来也の言い分は尤もで言葉に詰まる。しかし、人質であることに加え、今は大蛇丸に狙われている状況に里の許可がおりるだろうかと一抹の不安もあった。
しかし無邪気に喜び、肩に腕を回してくるナルトを見ていると、不思議とそんな悩みが馬鹿馬鹿しく思えてくるのは今に始まったことじゃない。
「何持ってけばいいんだってばよ?おやつとー、カップラーメンとー、着替えとー……あ、カップラーメン作んのに湯が必要だし、鍋もだよな!あとは───」
「鍋なんざ持っていける筈ねェだろ」
「気合い入りすぎだのォ、お前……山に籠もって修行するんじゃねーんだぞ」
「だってさだってさ!なんかあった時に………あ、雨?そうだ、傘も持ってかねーと!」
ぽつりと頭上に当たる雫。三人ともに見上げた空はいつの間にやらどす黒い雲で覆われていた。どうやら天気予報が当たったらしい。
ゴロゴロと雷鳴が微かに聞こえたと思えば、途端に雨足は強まって木の下に退避した。静かだった川の流れも勢いを増し、その表面は波立っている。このまま川辺にいるのは危険だろう。
「うっわぁ、土砂降りだってばよ……」
「天気予報くらい見ておけ」
「おお!傘じゃん、さっすがサスケェ!」
「フン……」
パン、と青い傘を開いたサスケは、感覚の戻ってきた左手でもう一つの黄色い傘を背後に放る。
そこにいた自来也は危なげなくそれを受け止めた。
「エロ仙人、俺のカエルちゃん傘絶対返してくれよ!お気に入りなんだってばよ!」
ナルトは自来也に手を振ると、サスケの傘に身体を割り込ませ傘の柄を掴んだ。
「急ぐぞナルト、夕方のセールが始まる」
「ハンバーグ!牛肉たっぷりな!」
「味の違いも碌に分からねぇのに贅沢言うな。おい、もっとこっち傾けろ。肩が濡れるだろ」
「これ以上やったら俺が濡れるってばよ!」
「おい、引っつくな!」
「こうすりゃ二人とも濡れねーじゃん!」
押し合いながら帰っていくその後ろ姿を見送っていた自来也は、手にある小さな傘を見下ろした。ぽん、と開いてみればなるほど、カエルらしい目が二つ、まるで耳のようにちょこんとくっついている。
傘を雨雲に翳してみれば子供用の傘は自来也にはどうにも小さすぎて、両肩が濡れそぼっていった。それに苦笑しながらも、カツンカツンと下駄を鳴らし雨道を歩き出す。
(ちっせぇのぅ。まだまだガキンチョだってのに……)
二人と一緒に消えた複数の気配を思う。
今朝からナルトについていた気配と、サスケとともにやってきた気配。害意はなかったため放置したものの、何かがあったと悟るには十分だった。
(やはり、大蛇丸が動いていたか……)
大蛇丸が里を抜けてから奴をずっと監視してきた。奴がいずれこの里に戻ってくるのは明白だったからだ。初めは大蛇丸だけを警戒していたが、奴がある組織に入ったことでその考えも変わる。
“暁”という名の小組織。最近まで大して派手な動きはなく諜報活動のようなことをしていたが、問題はその面子。そいつらのほとんどが手配書に載っている、一癖も二癖もあるS級犯罪者ばかり。
そんな奴らが集ってボランティアもないだろう。何か目的があって動いている。最近組織の奴らがツーマンセルで各地へ動き出し、術やら何やら集め始めていた。そんな中、大蛇丸の足取りを追いかけ、そして今回この中忍試験の開催されている木ノ葉に辿り着いたのだ。
その目的は、恐らく───。
そこまで考え、自来也は小さな路地へ入り込むとその歩みをぴたりと止めた。
「お久しぶりですね、自来也様。里に戻ってこられたのは何年ぶりです?」
雨に紛れ軒先にひっそりと姿を見せた男を見やる。
口元を隠したマスクに白い髪。
「久しいのぅ、カカシ。ちょうどいい、話をしたかった所でな」
はたけカカシはそんな自来也の言葉に驚くこともなく笑った。
「それはよかった。ところで可愛らしい傘ですね」
「これか。借り物でな」
「似合いますよ」
「フン、御託はいい。本題に入るとするかのぅ……」
自来也はカカシと同じ軒先に入ると、傘をくるりと回しぱちりと閉じようとして───その手をカカシに止められた。
「俺もあなたと個人的に話をしたいところではありますが……まずは、火影邸へ。三代目があなたをお呼びです」
サスケ烈伝に感謝!( ;∀;)
ちなみに、ナルト君のハンバーグだけ牛肉100%だったそうな。案の定気づかなかったナルト君です。