一歩、また一歩。誰かに背負われているのか、規則正しい歩調が腹に伝わってくる。うっすらと瞼を開けば、青々と茂った木々と乾いた地面、揺れる影が視界に映った。
どうやら山道を登っているらしい。そうぼんやり認識したサスケが預けていた身体を起こした瞬間、腕も、指先も、肩も、頭も、どこもかしこもが悲鳴を上げた。
痛みに反射的に身体を強張らせれば、サスケを背負っていた自来也がちらりと首だけで振り返る。
「ん、目が覚めたか。お前さん、見かけによらず無茶する奴じゃのォ」
「サスケ……!」
呆れたように自来也がため息をついていると、サスケの荷を重ねて運んでいたナルトが慌ただしく駆け寄ってくる。
ナルトは心配そうに眉をヘの字に曲げて、その潤んだ目はどこか後ろめたそうに歪んでいる。そのあからさまにしょげた姿にサスケは首を傾げた。
(ああ……そういや、橋から落ちたんだったな)
見上げられた視線があの空中でのやり取りと重なる。そうして気を失うまでの一連の状況を思い出したサスケは、自身を背負う人物に目を据わらせた。
「まったく、あ奴に知れたら何と言われるか……だっ!」
「フン、自業自得だ」
身体はどこもかしこも痛んだが、歩けない程ではない。
そう判断したサスケはブツブツと何やら呟いていた自来也に思いきり頭突きを食らわせて、ふらつきながらもその背から飛び降りた。
ナルトを橋から突き落とした人物は他でもないこの自来也だった。自来也は九尾のチャクラを一向に練れないナルトに業を煮やし、あえて命の危機に晒すことでその力を引き出そうとしたのだ。
その結果として、ナルトは大蝦蟇の召喚に成功した。自来也の思惑通りではあったが、一歩間違えば大惨事になっていただろうその行動を許せるかといえば否である。
再び包帯でぐるぐる巻きになった両腕の恨みも込めた一撃に、地面に沈んだ自来也へ冷たい一瞥を投げていれば、ナルトが恐る恐るといったように近寄ってきた。
「手……大丈夫かってばよ……?」
じいっとナルトが見つめているのは、今や感覚すら乏しい左手だった。
心配ないと手でも握ってやりたいものの、二人分の重力に食い込んだワイヤーで神経が傷ついたのか、指先さえピクリとも動かない。元々の経絡系の損傷も加えて、果たして本戦までに治せるかどうかと言ったところだ。
しかし、確かに後遺症が残ってもおかしくない深手ではあったが、過去にはナルトは文字通り片腕を失ってまでサスケを救った。それを思えば安いものだろう。
「気にするな。俺が勝手にやったことだ」
「でもっ……なんで……!」
「ほっとけるわけねーだろ。お前は……昔から、俺の最も親しい友だ」
「………!」
目を見開くナルトにどこか気恥ずかしい気持ちがして、既に歩き出していた自来也の後に続いて先を進む。
少しして追いついてきたナルトが横に並んだ。
ヘヘっと鼻をかくナルトのいつも通りの晴れやかな笑顔に、サスケはフッと口角を上げた。
「サスケ、俺さ俺さ!ガマオヤビンを口寄せできたんだぜ!」
「ああ、知ってる」
「ガマオヤビンって里一番につえーの!そんで、俺とサスケにもちょっとチャクラ分けてくれたんだってばよ」
「何?……カエルになったりしねぇだろうな」
「まっさか〜、人間がカエルになるわけねーってばよ!」
「…………」
「え……?ならねーよな、エロ仙人!?」
「どうかのぅ?ああそういや、蝦蟇の里にはカエルの像が山程並んでおってな、修行者の成れの果てという話も───」
「「!?」」
悲鳴を上げるナルトと共に自来也を問い詰め、冗談だとわかった時には心底ホッとした。自然エネルギーの取り込み方によってはそうした副作用が現れるらしいが。
仙術に興味津々なナルトを中心に、わいわいと賑やかな会話が交わしながら一向は歩き続け、ようやく山道を抜けた先には青空が広がっていた。
「なーエロ仙人!口寄せも習得できたんだし、早く新術教えてくれってばよ!その仙術っての俺もやってみたい!」
「まあ、そう焦るなっての。仙術なんぞ、それこそ今のお前じゃカエルになるだけだわい」
「げ……そ、それはノーサンキュー……」
「心配せんでもお前にピッタリの術を考えてある、そう言った筈だ。だが、綱手の情報収集をしながらの修行になるからのォ……」
「ツナデ?誰だってばよ?」
「ワシの知る最も腕のいい医療忍者、ワシと同じ三忍の一人だ。医療スペシャリストの奴ならば、サスケの怪我も一瞬で治せるだろうからのォ───ついたぞ」
地中をぽっかりくり抜いたような盆地を三人で覗き込み、そこに広がる町並みを見下ろせば思わず感嘆の息が漏れる。
火の国と湯の国の国境を跨ぐこの町は観光地としても名高く、昨晩泊まった宿場町よりも更に大きく活気づいていた。人通りもそれなりで、人が集まるからこそ得られる情報も多い、情報収集にはうってつけの町だった。
「サスケの怪我治せんのか!?そのツナデってどんな人?」
「そうだのォ……一言でいうと嫌な奴じゃ。あと賭け事が死ぬほど好きで、顔は国々に知れ渡っとる」
「じゃあすぐ見つかるってばよ、そんな有名人ならさ!」
「確かにアイツは有名だのォ。なんせ、伝説の──カモだ」
「カモ???」
「賭け事に死ぬ程弱いってことだ」
「綱手はガキの頃から何よりもギャンブルが好きでの。けど、運も実力も最悪でのォ……」
その話は里を抜けた後、どこぞからサスケの耳にも入ってきた程に有名だ。
色狂いの自来也、金遣いの荒い綱手、悦楽に生きる大蛇丸。忍の三禁をことごとく破っている三忍達である。後にはナルト、サクラと共に新三忍と呼ばれたが同じにはしてほしくない所だ。
「ま、情報収集をする間はこの町で泊まる。修行もここでやるぞ」
「……んでも、なんかこの町慌ただしいってばよ?」
「あと数日で祭りだ。その準備に追われてるんだろ」
「祭り?」
無言で顎でしゃくった先には、街角にちょうど一枚一枚貼り付けられていくポスター。
そこには“祭”とでかでかと書かれ、その隣に猫と犬のロゴマークが記されている。町中に入ってみれば、中央通りでは屋台の組み立て作業に勤しむ作業者達の姿がちらほら伺えた。
遥か先の未来では、『ネヌ様祭り』として名高いこの祭りへ五大国から猫好き犬好きの人々が殺到している中継を毎年眺めたものだ。どこかで見たような眉の太い濃ゆい男の像に、何故か猫耳と犬の尻尾が生えていたのが衝撃的で記憶に残っていた。
(まだあの像は建ってないようだが………ッ!!)
遠い記憶に遠い目をしつつ像のあった中央通りを見つめていると、前方から酒を片手に千鳥足で歩いてきた男が左手にぶつかって痛みに呻く。
激痛にギロリと中年の小太り男を睨みつければ、そいつもぶつかった拍子で落ち割れた酒瓶に青筋を立てていた。
「俺の酒が……!何してくれとんじゃ、ガキィ!!この酒がいくらするか知っとんのか!弁償じゃ、10万両出さんかい!!」
「お前がぶつかって来たんだろう。俺が謝る道理はないし、金も出すつもりはない」
というか、酒一つで10万両とはぼったくりもいいところだ。面倒な酔っ払いに絡まれたな、とため息をつきながら襟首を掴もうとする手を軽く避けた。
続く拳も突進してくる巨体も、ひらりひらりと交わし続け、終いには勢い余って地面に転がった男をただ静かに見下ろす。
両腕が使えないどころか、チャクラも練れない。それでもゴロツキ程度では到底サスケの相手にはならなかった。
「おい、何してる?」
その声と共に飛んできたクナイ。牽制するようなそれが足元に刺さった。
目を上げればそこそこチャクラ量のあるガタイのいい男が立っていた。額当てはしていないがその立ち振舞いからして恐らく忍だろう。抜け忍がこうして闇社会に身を堕とすことはそう珍しくもない。
「兄貴……!へっ、観念するんだな!兄貴は元岩隠れの中忍で、伝説の暗忍と恐れられたスゴ腕忍者だぜェ!」
「ほう、このチビ……ボロボロだが綺麗な顔をしてるじゃねぇか。良い値で売れそうだな」
頭から足先まで値踏みする視線が絡みついてくる。その嫌悪感に『下衆が』と低く吐き捨てた。
どうやらこの忍崩れは人身売買に手を染めているらしい。この時代でも人身売買は忌避されているが、それでも裏世界では肥え太った大名を中心に市場が作り上げられていることをサスケは知っていた。
(忍五大国は見て見ぬふり……飼い主の大名が黒幕では、それも当然か)
道行く人々はサスケから目を逸らして去っていく。誰しも自らがかわいいものだ、余所者の子供を身を挺してまで庇おうとする者などいなかった。
そうして攫われた子供は、これまで一体何人いたのだろうか。
無知は罪だと人は言う。
だが、知っていながら何もしないことは───それ以上の罪だ。
そう思った瞬間、痺れていた筈の指先がピクリと動き、全身をじくじくと蝕んでいた痛みが薄れて消えた。
【 、 】
霞がかった頭に響く声があった。聞き取れずとも、その意図はわかる。
己の心の底にあった本音でもあったからだ。
【 】
ああ、それもいいか。
唇が吊り上がる。伸びてくる腕を映す黒い瞳が、どろりと渦巻き赤く染まろうとした瞬間。サスケを捕らえようとしていた二人が、回転とともに吹っ飛んでいく。
その見覚えのありすぎる術、高圧縮された蒼いチャクラが乱回転する塊───螺旋丸。
それを瞳に映した瞬間、サスケはハッと我に返った。
(俺は、何をしようとした?)
まるで白昼夢でも見ていたかのようだった。上げようとしていた手が痛みを訴えていて、その感覚に安堵する。
何をしようとしていたのか、そう思いを巡らせると同時に首筋の呪印がズキリとうずく。まるで、思い出すなというかのように。
───思い出す……?一体、何を?
巡る思考に頭痛がして、つう、と額に汗が伝っていった。
それでも、何か。大切なことを忘れている。そんな怖気が背を走り抜けた。
「す……すっげー!」
「かなりセーブしたんだがのォ……お前ら弱いのォ」
「お、お前さん、まさか伝説の……」
「悪いのォ、屋台を滅茶苦茶にして。オヤジ、ついでに水風船と風船全部もらってくがいいか?」
「別に構わんが……」
男二人が吹っ飛ばされた先、水風船屋の主人が札束を受け取ってぎこちなく頷く。水風船の浮かんでいた桶は駄目になったようだが、屋台は立て直せば祭りにも間に合うだろう。
そんな現実を認識すると同時に、身体の痛みも浮かんでいた筈の疑惑さえもが薄れて消えていく。
そしてサスケの胸に残ったのはただただ、虚ろな喪失感だけだった。
「ナルト!ついてこい、修行だ!」
「お、オッス!」
「サスケ、お前は適当に宿を取って先に休んでおれ。ワシの荷物を持ってけ、追跡用の口寄せ蝦蟇がその臭いを辿ってくれる」
「………わかった」
言い返す気力もなく、むしろありがたいとさえ思い目を伏せて頷いた。
自来也が水風船を軽く投げる。放物線をかいたそれに咄嗟に掌で受け止めると、中で揺れた水がパシャリと音を鳴らした。ひんやりとした冷たさが伝わってきて、熱の上がった手に心地よかった。
「その眼───お前はどこまで見えている?」
自来也の探るような瞳に、ああ、と理解した。この男は三代目の、上層部らの信頼する里の英雄だ。あの時、火影邸から出てきた時には既に、全てが聞かされていたのだろう。
雲ひとつない青空を仰げば、強い夏日に視界は白く染まった。あの日の暗闇はない筈なのに、逃げ場のない空間に囲まれている、そんな錯覚を覚えて目を瞑った。
「……分からない」
苦しみも絶望も痛みも、全て飲み込み、過去を受け入れた未来の死。
それなのに戻った俺は、過去を変えるという禁忌を犯した。そして人質やしがらみという過去に、親しい者達との今に、苦酸の末に得た平和な未来に、縛られて身動き一つ取れやしない。
───俺は、何のために生きている?
「………何も、見えない」
そう言って誤魔化せるのは、もうあと僅かなのだと。
心の底で、誰かが嘲笑ったような気がした。
湯煙忍法帖が好きなので、ついネタを入れちゃいました(*ノω・*)
でもでも、カカシ&ガイ&ミライはイチャパラ聖地巡礼とか言ってましたし、ナルト&自来也様が旅した道中を知らず辿ってたとかいいなって思うんですよねぇ。
何せイチャパラ作者ですしその旅路で筆をすすめたと。
そして今、ナルト&サスケ&自来也様でその道を……って思うと何だか嬉しいというか。
原作でもお祭りありましたし、想像するのは自由ってことで(笑)