蠢動【しゅんどう】
①虫が蠢くこと。また、物がむくむくと動くこと。生きとし生けるものすべての意でも用いることがある。
②つまらないもの、無知な者などが蠢き騒ぐこと。
③反乱が計画・準備されること。
中央通りを抜けた先、猫と犬の二つの文字がきれいに二つに分かれて立ち並ぶ宿屋の一室。
唸り声を上げ水風船にチャクラを込めるナルトを、朝っぱらから修行を見てくれと叩き起こされたサスケは眉間にシワを寄せながら眺めていた。
「見たやつをよく思い出せ。お前のみたいに平べったくなってたのか?」
「うーん、平べったいっつーか。何か、ボコボコってしてたような……?」
「学ぶにはまず真似ることだ。形が違うってことはやり方がそもそも間違ってるんだろ、同じ形になるよう意識してみろ」
期待にキラキラ輝く瞳に負け、あくび混じりに助言してやれば、ナルトは少し考えていた後に再度チャクラを練りだした。
先程までは同一方向に流れていたチャクラが乱れ、ボコボコと泡立つように乱回転している。まだチャクラコントロールが甘いが、この調子ならすぐに水風船を割れるだろう。
そんなことを思いながら、包帯だらけの手の上で水風船を軽く転がす。チャポチャポと揺れる水音に耳を傾けて、サスケはそっとため息を落とした。
(全く……何をしてるんだかな)
里を出てから早くも三日目。綱手捜索の期限のおおよそ半分がすぎるのに、情報収集をすると昨夜出ていった自来也はそれきり一晩帰ってこなかった。おおよそ碌でもない店に足を運んでいるだろうことは想像に難くない。
そして飛雷神の術も、昨日の怪我で修行禁止が言い渡された。これ以上無理をすれば本当に後に響くため、サスケ自身もしばらくは控えるつもりだ。
しかし、忍術書も隅から隅まで何度も読み覚えてしまった今、こうしてナルトの修行を見るくらいしかやれることがなかった。
そうして無為に時間を潰している間にも、木ノ葉崩しの計画が進んでいる。イタチやシスイら、警務部隊もハヤテの調査や里内防衛についての話し合いを進めている筈だ。
つい握りしめた水風船がグニャリと歪む。やがて、ナルトの水風船がパンと弾けたと同時、サスケの中でも何かがプツリと切れる音がした。
「やったってばよ!な、サス───サスケさん……?顔がこえーってばよ……?」
「……ナルト、俺は出かけてくる。留守は任せるぞ」
「へ?どこに?つぅか、エロ仙人は待ってろって……!」
慌てて引き留めるナルトを横目に、自来也の置いていった荷物を背負ったサスケは、立て付けの悪い扉をギイと開いた。
大蛇丸に狙われていることは分かっている。ターゲットが一人でふらふら出歩くなど論外、そうよくよく分かっている。
だが、修行やら自分の身などよりも、優先させなければならないことがあった。
「綱手を探し、連れ帰る。その為に俺はここに来たんだ」
猫犬祭り、或いは犬猫祭り。将来的にはネヌ様祭りと呼ばれるこの祭りも、今夜が前夜祭だ。
数十件並ぶ屋台の間を縫うように、誰も彼もが忙しそうに準備に追われている。昨日、自来也が壊した水風船屋も既に建て直され、新しい水風船が水桶にプカプカ浮かんでいた。
「豚を連れた女二人?ここらじゃ見かけないわねぇ」
「さあな。ほらそこに立ってると危ねえぞ坊主」
「忙しいんだから邪魔をしないでおくれ」
「知らないなぁ……でも、この祭りには火の国、湯の国、他国からも色んな人らが集まってくる。もしかすると君の探し人もそのうち来るかもしれないよ」
人波の中を自来也の荷物に入っていた写真を見せながら尋ねて歩くも、子供の人探しにそんな多忙な中でまともに取り合ってくれる奴など少なく。その親切に答えてくれた人達にも、綱手達一行の手がかりを持つものは一人もおらず、そうして気付けば既に日が傾き始めていた。
徐々に賑やかさを増していく人通りを避けたサスケは、点々と続く提灯の明かりを道外れからぼんやりと眺めた。
(やはり、そう簡単には見つからないか……)
何せ探している相手は、姿さえ変えて金貸しから身を隠す三忍の一人だ。そう運良く居所を知るやつに出会えるとは思っていなかったものの、丸一日を棒に振ったと思うとため息すら出やしない。
朝も昼も抜かした腹がくうと鳴って、そろそろ宿に一度戻るかと考えた時、ふと足元にすり寄る温もりを感じた。
視線を落とせば闇を溶かしたような毛並みの黒猫が足に尾を絡ませていた。遠くで犬の吠え声がしており、そいつはどうやら逃げてきたらしい。
抱き上げてやればゴロゴロと喉を鳴らすそいつに、小さく笑いながらその背を撫でた。
「お前は……知る筈もないよな」
「何をだフニィ?」
「何って、綱手の居場所───ッ!」
背後からかけられた特徴的なその声音に、思わず黒猫を取り落としかけた。
まさか、そう思いながら振り返ると、タタッと身軽に走り寄ってくる忍猫二匹。
思いもよらぬ邂逅に目を瞬いたサスケを見上げ、やってきた彼らは嬉しそうに声を弾ませた。
「やっぱりサスケのボーヤか!」
「生きてたんだフニィ?」
うちは一族や里上層部以外に、唯一サスケの出自を知る者がいる。それが、幼少期から両親のお使いで連れて行かれた空区に住む、猫バアの一族とその契約下にあった忍猫達。
特に世話になっていたのが、猫バアの片腕として猫達をまとめる忍猫、このデンカとヒナだった。
対外的には、『うちはサスケ』は死亡とされている。だが、すっとぼけるにも忍猫の鼻を誤魔化せるとも思えず黙り込んでいると、商売柄そんな空気を感じ取ったらしいデンカとヒナは首を傾げた。
「フム……色々と事情がありそうだな?」
「探しものをしてるなら、猫バアにあわせてやってもいいいフニィ。でも、その蛙臭い荷物は置いてくフニィ」
ついておいで、と尾を揺らす二匹にほんの一瞬躊躇い、ちらりとナルトのいる宿屋の方向に目を向ける。
だが、偶然舞い込んだこの好機を逃すわけにもいかないだろう。
サスケは迷いを断ち切るように頭を一つふって物陰に荷を下ろすと、裏通りへと先導する忍猫達の後を追った。
「毎年この祭りには、町長から賓客として猫バアが招待されてるんだフニィ。確か犬塚一族も招かれてるらしいフニィ」
「いつもは来ないんだが、今年はタマキがどうしてもとごねてなぁ」
細い路地をいくつも抜けた先、やがて“猫の湯”とでかでかと暖簾の掲げられた旅館の前に辿り着く。
ナルト達と泊まっている宿とは比べ物にならないほどに大きく、上品な雰囲気の漂う佇まいだ。ヒナ曰く、この町で一二を争う高級旅館というのも頷ける。
突然入ってきたサスケにも出迎えた女将は微笑み一つ崩さず、デンカと目配せをして離れの間へと通された。
「猫バア、懐かしいお客がきたフニィ」
「んん?せっかくの旅行だってのに何だい、営業はして───」
開かれた襖の奥。猫を撫でながら寛いでいた老婆が顔をあげた。サスケの姿に、その細目が信じがたいというように見開かれる。
空区を束ねる頭目にして、うちは一族が代々懇意にしている質の良い忍具と情報を扱う闇商人、猫バアだ。
物心がつくより前に顔通しがされていたのだ、六年で成長したとはいえ一目でサスケとわかったのだろう。
(知らぬ存ぜぬ……は、もう通じないな)
付いてきた時点で自ら正体を明かしたようなものだが、綱手の手がかりをこの短時間で捜し出すには、情報屋である彼らに頼る以外に道はない。
しかし、猫バアは商売人、何の対価もなく依頼を引き受けはしないだろうし、その対価自体も有り金全て叩いた所で到底足りないだろう。
だとすれば、取れる手段は限られる。サスケは内心の葛藤を押し殺して座敷へと足を踏み入れた。
「久しぶりだな、猫バア」
「まさか、サスケかい!?お前さんは死んだって……!」
「その事だが───俺と取引をしてほしい」
その一言で、一瞬で動揺を消した猫バアは流石の商売人と言えるだろう。
そんな警戒する猫バアの前に座り込み、サスケは口角をあげた。
「探してほしい奴がいる。その対価として、アンタの知りたいことを全て教えてやる……俺が誰か、知りたいんだろう?」
嘗ての面影を残しながらも、まるで知らぬ者のような顔で笑うサスケに。猫バアは身体を強張らせ、デンカとヒナはゾワリと毛を逆立てた。
◆
「なるほどねぇ……事情はわかったよ、情報を集めてみよう。少し時間をおくれ。何かつかめ次第、使いをやろう」
「ああ。それから、情報源は明かさないでくれ」
「記憶があると知られると厄介ということかい。安心おし、私らは客の個人情報は決して口外しない……お前の家族にもね」
「恩に着るよ、猫バア」
猫バアとの取り引きを終えたサスケは、忍猫達の見送りを断って元の通りへと戻っていた。
既に日はとっぷり沈みきり、提灯の赤い光があたりを煌々と照らしている。その逆光により黒く浮かび上がるシルエットにサスケは立ち止まった。
「随分と遅かったのォ」
片目を開いてジロリと見つめる、鋭い視線に唾を飲み込む。その足元には隠してあった自来也の荷があった。
デンカとヒナに指示され荷物を下ろした、それはすなわち自来也の追跡を撒いたということに他ならない。
自来也はサスケの監視兼護衛。うちはとの契約についても知られているだろうことには昨日気がついた。この三忍は、姿を消したサスケに何を思っただろう。
影分身でも使えればそいつに預けて誤魔化しようもあったが、今の腕では術なんて使える筈もなく、こうして疑われることは予想していた。
「……アンタの荷物を探してる間に迷ったんだ」
「ほー?偶然落としたにしちゃあ、随分うまく隠されてたがのォ……」
言い訳をするもまったく信じていない自来也に内心で舌を打つ。だが、里の機密を一部とはいえ漏らしているのだから、馬鹿正直に話せる内容でもない。
黙り込んだサスケに、自来也が壁から背を離して近づいてくる。ポンと肩に手が置かれると同時に、重い殺気が肌を刺した。
それでも逃げることも身じろぎもせず、顔色を変えることさえなく留まるサスケの耳元に、自来也は低い声で囁いた。
「もし木ノ葉の里を裏切るようなマネをしてみろ……その時、お前を殺すのはワシじゃねぇ───イタチらだぞ」
「………!!」
予想だにしなかった言葉に息を呑む。監視と制約、そして抱える秘密に、どこか辟易していた胸中を言い当てられたような気がした。いっそのこと……そう胸の片隅にあった思いを気取られ、釘を差されたのだろう。
里とうちはの関係が改善された今、サスケに人質価値はない。だからといって無関係とは言えず、サスケが問題を起こせば一族に責任が問われる。
万一、過去のようにサスケが里抜けなんてしようものなら、ナルト達のように里に連れ帰るなんて甘いことはしない。血の繋がりがあるからこそ、その対応は一層厳しいものとなる筈だ。
(里を抜けた俺を、イタチが殺しに追いかけてくる、か………過去と反対だな)
それを想像すると何とも皮肉に思える。
だが、愛憎に囚われ道を踏み外した愚かなサスケとは違って、きっと賢いイタチは間違えない。里の為に、一族の為に、己の心と共にサスケを殺す。殺せる筈だ。
もしもイタチがやらなければ、フガクが、シスイが、他の一族がその手を下すことになる。ならば苦しまぬようにと、優しい兄はきっとそう考えるだろうから。
(……だが、それだけは駄目だ)
その愛も、その苦しみもよく知っていた。兄弟殺しの荷を負わせ、イタチを生涯苦しめることになる、それは嫌だった。
唇を噛みしめ項垂れたサスケに、自来也が目を細めたその時、バタバタと慌ただしい足音が路地裏に駆け込んできた。
「エロ仙人!こんなとこに……って、サスケェ!お前どこ行ってたんだってばよ!」
やってきたのは提灯の赤色にも、薄闇の黒さにも負けずに輝く金髪馬鹿だった。
心配してたんだぞと喚いているものの、その頭には狐のお面、両手にはりんご飴やらイカ焼きやら。心配とは口先だけで、屋台を随分と満喫していたらしいことは明白である。
「あっちにさ、金魚すくいあんだって!お前得意じゃん!」
「もう家にいるだろ。カカシに預けてきたのを忘れたのか?」
「だーかーらー、寂しくねーようにもっと仲間をさ〜〜?」
「駄目だ。お前水槽の掃除もサボってばかりだろ」
「べー、サスケのケチんぼ!!」
「ちゃんと面倒見てから言え、このウスラトンカチ!」
ぎゃーぎゃーと言い合うナルトとのいつものやり取りに、強張っていた口元が緩むのを自覚する。
そんな二人にため息を吐き出した自来也は、しゃーねえのォ、と頭をボリボリかいて路地を抜け出した。
ナルトにぐいぐい手を引かれてその後に続き、人で溢れ返る本通りに出れば、うちはの祭りとはまるで規模が違う眩いばかりの綺羅びやかさが目を刺した。祭囃子の笛の音がひゅるりと風に乗るようにして耳に届く。
「ほら、早く行こうぜサスケ!」
それでも、そんな光に囲まれて前を進む金色が、何故だか一番に輝いて見えた。
◆
「あっ!あれ、でっけー猫と犬の神輿!」
「神輿じゃねェ、人が乗ってるのは山車だ」
「え、違うの??」
「神輿は神様を乗せる乗り物、山車はてっぺんの神様をもてなす為に人が乗ってるもんだ」
「ふうん?じゃー、あそこに神様ってのがいるのか?」
「さあな」
「神様ーー!!オレってば、絶対火影になるからなーーー!!!」
「宣言してどうすんだ、馬鹿!」
山車の上の神様とやらに手をふって、祈るでもなく宣言したナルトの耳を軽くひっぱる。
幸いにも祭りの喧騒にかき消されたのか、周囲の奴らには聞こえなかったようでホッとしていると、ふらりと消えていた自来也がいつの間にか目の前に立っていた。
「まさか、たった一日でナルトが水風船を割るとは思わなかった。サスケ、お前がアドバイスしてやったそうだな?」
「……別に。大したことは言ってない」
「この修行は自力でどうにかする他ない……が、サスケ、お前の存在がナルトを急成長させとるんだろうのォ」
「………」
「人間っつうのは、一人でできることなんぞたかが知れとる───あまり抱え込むな」
木ノ葉でも定番のパキリと二つに折られた氷菓が、ほれ、とナルトとサスケにそれぞれ差し出された。
ニッと笑う自来也に先程の鋭い眼差しはない。もしかすると鎌をかけられたのか、そう思い至って半眼になりつつ首を振った。
「……俺は甘いもんは駄目だ。アンタが食え」
「ん?そうか、そりゃ悪かったのォ」
笑って手を引っ込める自来也は、遠慮なくサスケの代わりにそれを頬張る。
美味そうに食べる自来也に、朝から何も食べていない腹が思い出したようにくうと鳴った。
「なー、サスケ」
「何……ッ!」
「ヘヘ、ちょっとくらいならお前だって食べれんの、オレってば知ってるんだもんね〜」
いたずらっぽく笑うナルトに、渋い顔をしつつ半ばむりやり口に突っ込まれた氷菓を咀嚼した。
甘ったるいそれは一口で十分で、残りをナルトに返すも、水分を欲していた身体には普段よりも美味い、そう思えるのが不思議だ。
「お、始まったぞ」
「すっげー!でっけー花火だってばよ……!!あ、木ノ葉マーク!あ、あれってば何?」
「雲隠れだろ。あっちは湯隠れか」
遠くで腹に響くような、ドン、という音が次々に上がって、見上げた黒い空に綺麗な花火が咲いていく。
各隠れ里の形を模したそれは未来でも変わらない。中立国として五大国の平和を願う、そんな意味が込められているそうだ。
「あんなにでっかいならさ、サクラちゃんとかカカシ先生とかにも見えてるかな?」
「さすがに遠いから無理だのォ」
「えー、そっかぁ……」
「……また来年があるだろ。次はあいつらも連れてくればいい」
百年以上も前から続き、百年以上先も続く伝統ある祭りだ。今年はだめでも来年がある。来年がだめでもその次が。
しょぼくれたナルトにそう言ってやれば、そうだな、と笑顔が戻る。それにフッと微笑んで、再び色鮮やかな空を見上げた。
そんな他愛のない約束を叶えられると。
この時は未来があるのだと、そう信じていた。
◆ ◆ ◆ ◆
降りしきる雨が水面を叩く。
季節は夏だというのに、分厚い雲で遮られた陽光は大地へと届くことはなく。ただ、常よりも高い気温はフードの下に汗を滲ませ、道行く人々の肌をジトリと湿らせる。
余所者には不快に思えるそれも、長年を過ごせば日常の一部と化すものだ。人々は常と変わらず、喜び、怒り、悲しみ、笑い、そして神へと祈りを捧げる。
『今日も我らをお守りください』
神はその願いを聞き届け───その手を敵の血で染め上げた。
魂を抜き取られ倒れ伏す忍達。その四本線の刻まれた額当てに、濡れそぼる己の分身の姿が映った。
「やはりな……半蔵は木ノ葉に支援を求めていたようだ」
瞬きと共に共有する視界を戻せば、常と変わらぬ曇天と雨粒を遮る屋根。そしてその言葉に、傍らにいた小南が鼻を鳴らした。
雨隠れの里長としてのプライドをも捨て、他里に内情を明かしてまで保身に走る姿。もはや彼らの憧れた忍はそこにはいない。
「無駄な足掻きね。もうアジトの場所は突き止めたわ。木ノ葉の出張る前に片が付く」
「とはいえ、ここで奴らに出てこられては厄介だ……早めに動く必要があるだろう」
「───それが、どうやら向こうも随分面白いことになっているようだよ」
ピクリ、と感知したチャクラに振り返れば、床から生えるように上半身を現した人物がいた。
真っ白に塗り込められたような肌を持つ左半身が、楽しげに語りだす。
「その助けを求めたダンゾウは既に三年前に失脚。半蔵の最後の頼みの綱はとっくに切れてる」
「ソレモ知ラズニトハ……滑稽ダナ」
「まあでも、木ノ葉もよくここまで隠していたよ。なかなかやるねぇ?」
嘲る黒い右半身に白い左半身がケラケラと笑った。ハエトリソウのようなその殻に包まれた一つの身体に二つの人格を持つ男、暁のメンバーであるゼツだ。そんな異形のような彼に驚くこともなく、ただその齎された情報に目を細めた。
「ダンゾウ……確か、大蛇丸と鬼鮫らが接触していた男だったな」
「そうそう。あの後もう一度報告が来てさ───」
ぺらぺらと饒舌に語られた話に、薄紫の瞳が徐々に見開かれていく。
「ね?面白そうでしょ?」
「オ前達ハ、ドウオモウ」
ゼツからは軽く告げられたものの、内容が内容だ。その提案に暫し目を閉じ、瞼の裏で思考を巡らせた。
「……私は反対よ。半蔵の始末まであと少し、ようやくここまで追い詰めたのにそんなことをしている暇はないわ。第一、まだ時期尚早でしょう?」
小南の言い分は尤もだ。メリットはある、だがそれ以上のリスクを孕んでいる。
計画まであと三年。それを短いと見るか、長いと見るか。現状に、そのリスクを背負う程の切迫性があるのか。
「今、我らが優先すべきは欠員の補充。よって───」
「そうか?俺は賛成だ」
遮った声にハッと瞼を上げた。気取ることもできなかった気配が、空間を歪ませてそこに降り立った。
ぐるりと渦巻く仮面に一つ穴。その断固とした言葉には、譲る心など欠片も混じっていない。尋ねておきながらも結論は既にこの男が握っていたのだろう。
「………決めていたならば、何故問う?」
「“俺は”この話に乗るが、大蛇丸の奴も欲しいモノができたようでな。お前の意に反したとしても行くだろうさ」
「了承済みみたいだよ。きっと今頃、もう動いてるんじゃない?」
「勝手ナコトヲスル奴ダ……」
その言葉を吟味する。暁のリーダー、ペインの命令に反する……それはメンバーの離反を意味していた。
元より大蛇丸は組織への帰属意識も薄い奴だった。そしてメンバーの誰よりも己の欲に忠実だ。今留まっているのも、ただこの目の前にいる男が欠員の一時的な穴埋めをし、その眼に興味が引かれた。一重にそれだけだろう。
メンバーの脱退は死を意味するが、奴ならばメンバー全員に命を狙われることになったとしても、己の欲を優先させることは容易く予想ができる。
「枇杷十蔵がやられて数年。どうやら岩隠れの小僧にも逃げられたらしいな?空席はまだ埋まらないまま、ここで大蛇丸の脱退は痛手……そうだろう?」
ぽっかり空いた穴。その闇の中に、心の内を見透かすような赤い瞳が光る。
口を噤んでいた小南が眉根を寄せ、ペインを庇うように一歩前に進み出た。
「……それは認めるわ。でも、本当に大丈夫なの?成功する確証がある?」
「確証、か。それはまだ分からんが……仕込みは既に終えた。うまくいけば近々席も埋まるだろうさ」
「……いったい、誰のこと?」
「それはお楽しみだ。行き場がなくなれば奴は自らここに来る。それを、うまく利用することだ」
既に事は動き出しているのだと、そう男は仄めかした。
ならば反対するだけ無駄なのだろうとため息を吐き出して迷いを振り切った。
「わかった、好きにしろ。ただし、大蛇丸には“木ノ葉の抜け忍”として動いてもらう。大名連中に睨まれては動きにくくなる。こちらはこちらで計画を進める……その邪魔はするな」
既に動き出した歯車を止めることは労力を要する。
半蔵の息の根を止め、その残党を根絶やしにし、この雨隠れを統一する。一仕事が待ち受けているのだから、無駄なことに時間を費やす暇はない。
「それでいい……元よりお前達の力を借りるつもりは毛頭ない。こちらはこちらで、お前達はお前達で動けばいい」
読めぬ仮面の奥の男は、満足そうにそう言って身を挺した。
来たときと同じく、空間に吸い込まれるかのようにその姿が薄れていく。
「待て、最後に一つ聞く……何が目的だ?」
その背に投げかけた疑問は最初から頭に浮かんでいたものだった。常に偽りの仮面に身を潜め、表立って動くことのない男。その彼が、何故、この計画に乗るつもりになったのか。
大切なのは結論であり、理由を求めることに意味はない。ただ、長年の接触を持ちながら未だその素顔も真意も晒さぬ彼だ、それにほんの少し興味がわいた。
ジッと見つめる先、消えゆく真紅の視線が重なった。
「大蛇丸と同じさ。あの里には───俺の欲しいモノがある」
そう言い置いて、ゼツ共々仮面の男は消え失せる。虚ろな答えに思考をやめた。所詮、人は決して理解し合うことの出来ない生き物、考えるだけ無駄なことだった。
「ほしいモノ……いったい何かしら」
「さあな……だが、そんな事はどうでもいい。俺達の最終的なゴールは同じだ」
誰もいなくなった空間から目を逸らせば、いつの間にか雨が上がっていた。
まだ天を支配しきれていない。この地さえも。
……だが、いずれは全てを手に入れる。
神と呼ばれたその男は、緩やかに曇天へと手を伸ばし、輪廻を宿す瞳で世界を見つめた。
───世界に、
山椒魚の半蔵に関する補足&雑考察
・雨隠れの里長。若き日の自来也、綱手、大蛇丸以上の力を持ち、忍で知らぬ者はいないと恐れられた実力者。三忍の名は彼がつけた。
・半蔵はその実力もさることながら、とても用心深く その側に近づくことすら困難を極めた。二十四時間交替で身辺に護衛を付け、近付く者には子供であっても身体検査を行う徹底ぶり。
・元々は弥彦や長門、小南からも尊敬されていた人物。しかし終わりのない戦いにすり減り、やがて自己保身や主権を守ることに固執するようになった。
・暁の勢力拡大に危機感を覚えた彼は、ダンゾウと組んで暁を陥れる。三大国への平和交渉のためにと騙して弥彦と長門を誘き出す。小南を人質に取り長門に弥彦を殺害するよう命令する。弥彦は長門が構えたクナイに自ら飛び込んで自決、それをきっかけに長門は輪廻眼を覚醒させた。
※アニナルでは当初は暁の理想に共感していた。しかし、雨隠れを騙って暁を襲撃する、半蔵の部下を暗殺した上でその罪を暁に擦り付ける等の志村ダンゾウの暗躍があったとされている。
・ナルト達が16歳の時に長門・小南は35歳。現在はナルト達が12歳なので長門・小南は31歳となる。弥彦の享年は15歳であり16年が経過。九尾事件の数年前にこの半蔵との仲違いがあったとされる。
⇨中忍試験では、原作では我愛羅に殺されたシグレ、バイウ、ミダレ、また七班を襲撃したアンラッキーの朧、夢火、篝が雨隠れの忍として登場している。
その額当ては四本線。ペインを神と崇める者達は四本線に横線を引いている為、彼らは半蔵の部下 ≒ 中忍試験時点ではまだ半蔵は死んでいない、内戦時期。
暁が本格的に動き出した時期がNARUTO第一部終盤であり、恐らくはその辺りで統一を成し遂げたと考えられる。
まあ確かに雨隠れが内部分裂したほうが、木ノ葉としては良いのでしょうけどもねぇ……。
ダンゾウ様の悪役っぷりに脱帽!((((;゚Д゚))))
ここまで読んでくださってありがとうございました!m(_ _)m