居酒屋の賑わいがどこか遠くに聞こえる程、その一角だけが静まり返っていた。
目を見開いて固まった綱手とサスケ、それから熟睡しているナルト、最後にうつ伏せになっているシズネへと視線を流した自来也は、一つため息を付きながら密書を懐に戻した。
「綱手、少しワシと飲み直さないか。久しぶりの再会だしのォ……おいシズネ、とっくに起きておるんだろう?お前はガキ二人を連れて今晩の宿でも探してくれ」
「……はい」
顔を上げるタイミングを失っていたらしいシズネが肩を揺らしてのろのろと顔を起こすと、自来也は財布から無造作に金を取り出してシズネへと手渡した。
三忍同士、積もる話があるのか、それとも暗に下忍達には聞かせられないような話があるのか。
呆然としていたサスケも、その厄介払いに我に返ると自来也を睨みつけた。
「待て!アンタ、いったいどういう事だ!?三代目から……最初から全部……!!」
うちはの件が知られているのだから、ハヤテの事だって知らぬ筈はない。責める資格はないと分かっていても、道中の思わせぶりな言葉、焦りの一つもない様子を思い返せば怒りも込み上げるというものだ。
そんな眼尻を吊り上げるサスケを、自来也は茶化すこともなく静かに見つめていた。
「そうだのォ……悪いが、お前さんを試させて貰った」
「試す……?」
「飛び抜けた術のセンス、子供らしくない胆力、誰も頼らず何を考えておるかも読めん性格、そしてその眼の危うさ……お前は、道を外れ里抜けした、ワシの友によく似ておった」
自来也の友。その言葉に一瞬首を傾げるも、綱手の強張った顔を見れば思い当たる人物が浮かぶ。残る三忍の一人、今尚転生体として狙ってくる大蛇丸のことだろう。
道中を思い返せば、ゴロツキに危害を加えようとしたり一人でふらりと消えたりと、疑わしい行動をしたのは確かにサスケ自身。この道中は何故だか気分が沈み気が立っていた、そんな所に大蛇丸の影を重ねられたのかもしれなかった。
だが、変態と似ていると言われては到底喜べない。渋面を作ったサスケに、自来也はプッと吹き出すとガシガシとサスケの頭をかき混ぜた。
「と、思ったがのォ?お前さんは見かけによらず、友のため崖に飛び込む向こう見ずで、顔にすぐに出る癖に口下手で、どこまでもまっすぐな───ワシの弟子だ!あ奴とは全く違うのォ!」
目を見開いたサスケは、ぐしゃぐしゃに乱された髪を直すフリで顔を俯けた。きっと顔も耳も赤くなっているだろうからだ。
自来也はそんなサスケに笑いながら、酒を飲み干してひらひらと手を振った。
「ほれ、後は大人の会話だ。ナルト、お前も起きろ!」
「うーん……一楽のおっちゃん、もう一杯……」
「ナルト君、起きてください。この町で一番いい宿を取っちゃいましょう、そうすれば朝ご飯も豪華ですよ〜」
「え、朝飯!?」
「程々にしてくれのォ……」
顔を引き攣らせる自来也にいい笑顔を向けたシズネと共に、サスケは夢半ばのナルトを連れ居酒屋を出た。
扉を閉める刹那に振り返れば、酒を交わす三忍の二人。垣間見えたその横顔は、どこか寂しげな気配がした。
◆
「火影なんてクソよ。馬鹿以外やりゃしない」
翌朝になって自来也と共に宿へやってきた綱手は、一言で言えばやさぐれていた。
昨晩、道すがらシズネから聞いた綱手の過去。それを思えば、『火影』は綱手にとって聞きたくもない名なのだろう。
トラウマも癒えぬままの強制帰還には同情ができたし、その態度も仕方がないのかもしれない。
……が、同情はできても受け入れられない、そんな火影馬鹿がここに一人いた。
「おい、落ち着けナルト!」
「離せってばよサスケェ!!オレの前で爺ちゃんや四代目をバカにするような奴、女だからって関係ねェ!過去なんて知るかってばよ!このオレが力いっぱいぶん殴ってやる!」
「へえ、いい度胸じゃないかガキ。この私に向かって……」
挑発する綱手に飛びかかろうとするナルト。そんなナルトを羽交い締めにして抑えるサスケ。何とか険悪な空気を取り持とうとするシズネとトントン。我関せずと先を歩く自来也。
そんな騒がしい一行が歩き続けること二日、日が沈みきった頃。およそ10日間に渡る捜索を終えて、サスケ達は木ノ葉の里へと帰還した。
日向一族による白眼でのチャクラ確認に荷物検査、そうした里を出たときよりも更に厳重なチェックを通過して阿吽の門を潜る。
月明かりに照らされた火影邸では、あいも変わらず煌々と電灯の光が点り、忙しなく行き交う影が窓に写っている。
その一番上、里を一望できるほどに大きなはめ殺しの窓から、火影のシルエットが見えた。恐らくは自来也が先に帰還を知らせていたのだろう。
「ナルト、サスケ。お前らはもう帰れ、こっからは子供の出る幕じゃねェ」
「断る。綱手の捜索を依頼したのは俺だ。最後まで、見届けたい」
「オレもこのまま帰れねーってばよ!よく分かんねーけどさ、サスケの腕治してもらわねーとじゃん!」
「全く……好きにしろ、つまみ出されても知らんぞ。行くぞ綱手、三代目がお前を待っておる」
「……」
「綱手様……」
綱手は自来也に答えることなく、固く拳を握りしめ俯いている。
震えるその体にチリリと胸の片隅が擦れるように痛み、サスケは口を引き結んだ。
「……あたしが今まで、幻術を試したことがないと思うのかい」
「………」
自来也は一瞬歩みを止めたが、振り返ることなく火影邸に入っていった。できる、できないではなく、綱手を連れ帰ることこそが彼の任務だからだろう。
「医療忍者にとって致命的な、血液恐怖症なんて!乗り越えようとしたさ!けどね、そんなもの一時しのぎだ……幻術が解けた時、あたしの手も、身体もっ……全部、血塗れだった!!」
一度トラウマは改善したように見えても、所詮は偽り。幻術が解けた後のフラッシュバックは、綱手を更に苦しめたことだろう。
だが、その血を吐くような慟哭に、下手な慰めはできなかった。
無理せずともいいと、そう言えるほどの優しさを向けるには、現状の里の危機が重すぎる。個人の感情なんてものはその大義の前には余りに無力だ。
自来也は既に扉に消えていた。やるせなさに一度目を瞑ったサスケも、その後に続いて歩き出す。
ナルトもその隣をついてくる。シズネも躊躇っていたが、やがて諦念が勝ったのか、砂利を踏む足音が聞こえた。
「嫌だ……あたしは弱い……あたしには、克服なんてできやしな───」
置き去りにされた綱手のか細い声が聞こえた時、ふと隣を歩いていたナルトがキッと彼女を振り返った。
「オレってば、火影を馬鹿にする奴は、オレの夢を笑う奴は誰であっても許せねぇ。ここに来るまでずっと、本気で殴ろうとしてた」
ナルトにつられてサスケも、シズネも立ち止まる。
道中のナルトといえば、確かにことあるごとに綱手に突っかかっていた。サスケも次第に止めることはしなくなったが、それでも例え精神的に弱っていようと三忍の一人、下忍に遅れを取るはずもなく軽くあしらわれていたことを思い出す。
「……けど、拳一発も入れられなかった!婆ちゃん、すんげー強いじゃん!そんな婆ちゃんが、そんなつまらねー過去なんかに負けねぇってばよ!」
その自信に満ちた言葉に、揺るぎのない瞳に、綱手の目が見開かれていく。
そこには理屈もへったくれもありゃしない。
けれど、未来を信じるナルトの言葉は人の心を動かすのだと、サスケは身をもって知っていた。きっと過去の綱手も、そんな馬鹿に救われたのだろう。
「婆ちゃんは克服できる!オレは螺旋丸をマスターする!そんでもって、オレはぜってーに火影になる!───オレの命を賭けてやる」
「何で、そこまで……」
「火影はオレの夢だから!」
そういって笑ったナルトは、くるりと綱手に背を向けて火影邸に入っていった。扉の向こうに黄色頭が消えて、サスケもフッと微笑むとその後を追った。
扉を閉める前に、呆然と立ちすくむ綱手を横目で伺う。
「アンタは、賭けないのか?」
「何?」
「勝敗が決まりきっているなんだと、勝負師のアンタが賭けに乗らないとは……ハッ、伝説のカモの名が泣くな」
「ガキ……調子に乗るんじゃないよ」
「そんなガキとの勝負に、アンタは負けるからって逃げるのか?」
「そんな訳ないだろう……!いいさ、アイツがさっきの内一つでも叶ったら、この首飾りをくれてやる。もしアイツが負ければ……命を賭けたんだ、それ相応の報いは覚悟してもらうよ!」
いつしか震えも止まり、普段の不敵な眼に戻った綱手に笑みを深めたサスケは、光の溢れる隙間から見えた先に目を細めた。
自分の立場はよく分かっている。だが、勝敗が分かりきった賭けに使うこと位は許してほしい。
「なら俺も───“うずまきナルト”に、この命を賭ける」
綱手の答えを待つことなく、サスケは扉を潜り抜けた。
エントランスを進んでゆけば、そこで待ち構えていたのは「おせーってばよ」と口を尖らすナルト、壁に背をつけ腕組みする自来也。サスケもその二人の隣に並んでジッと扉を見つめていた。
シズネに引きづられるようにして綱手がやってくるまで、そう時間はかからなかった。
◆
火影邸執務室で五人を待ち受けていたのは、山のような書類に囲まれた三代目とうちはシスイだった。
二人の目の下にくっきり浮かんだ隈を見るに、どうやら自来也の知らせで待機していた訳ではなかったらしい。
恐らくは防衛体制の見直しや中忍試験の確認事項、大名の観戦に対する護衛配置、加えて普段の依頼受付も重なって地獄の如く多忙を極めているだろうことが予想できる。
書類を捲くり筆を走らせる音だけが延々と続く、異様な空気に自来也さえも声をかけあぐねる。
幸いにもそんな一行にすぐ気がついた三代目は、ふうと一息つくと目元を軽く揉みほぐした。
「おお自来也、ご苦労じゃった。……よく戻ってきたのぅ、綱手よ」
「よく言うわ。火影命令じゃ逆らいようがないっていうのに」
「まあそう言うな。正式な火影からの個人依頼じゃからの、報酬は弾むぞ」
そんなトゲのある嫌味を気にするでもなく、三代目は綱手の弱味をさらりと告げる。つい数日前に借金を倍増させている綱手は痛い所を突かれたのか押し黙った。
どうやら三代目の狸ジジイぶりには磨きがかかっているらしい、そんなことを思いながらサスケはシスイへと視線を流した。
(てっきりイタチが呼ばれるものと思っていたが……シスイ、か)
室内にイタチの気配はなく、身を潜めているという線は薄い。とすれば、幻術による綱手のトラウマ克服を任されたのはシスイだろう。
予想はできていた。シスイの幻術練度がどの程度なのかは分からないが、少なくとも彼はイタチにない眼を持っているからだ。
(だが、まさか───アレを使う気か?)
通常の幻術を容易く凌駕する写輪眼。更にその上位に位置する瞳の開眼者は、その力故に大きな代償を伴う。
欠伸を噛み殺すフリをしながら焦点の定まらぬ瞳を擦るシスイに、サスケは一抹の不安を感じた。
「幻術をかける前に……綱手、お主に決めてもらわねばならんことがある」
互いの挨拶もそこそこに本題が切り出される。
幻術は術式や術者の力量、発想力等に左右され千差万別と言っていい。今回は特に記憶や精神といった内面的な部分に対する幻術で、慎重に事を進めていくようだ。
提案された方法は二つ。
一つ目───血液への恐怖心を忘れる幻術。
二つ目───心の傷を消す幻術。
その提案をされた直後、正確には二つ目の提案に。医療忍術のエキスパートである綱手は、さっと顔を青褪めさせた。
サスケもその意味する所に気が付くと同時、こみ上げた苦々しさに顔を顰めた。自来也、シズネも遅れて気がついたのか表情に沈痛な影がうまれる。
両者は似ているようで、その内容といえば全く異なるものだ。
重苦しい空気の中、今ひとつ理解が出来なかったらしいナルトだけが首を傾げた。
「え?どんな違いがあるんだってばよ?」
「一つ目の恐怖心だけを抑える方法を取った場合、医療忍術で手が震える、身体が動かなくなる、そういったことはなくなる筈だ。ただし、血液恐怖症というのは綱手様の心の傷をもとしたもの……心の傷は、消すか、癒えるか。そのどちらかしかないんだよ」
「根本的な心の傷がそのままだ。血への恐怖心が消えても、次は別の形で……血やそれ以外の恐怖症として再発するリスクがある、ということだ。その場合は今より更に悪化する可能性がある」
「……じゃあ二つ目は?」
シスイの言葉を継いで補足してやれば、ナルトは分かったような分かってないような顔で頷いた。そして当然ながら二つ目を尋ねられるが、隣で顔色がどんどん悪くなっている綱手に言葉にすることが憚られる。
だが術者となるシスイは既に覚悟を決めていたのか、無表情のまま淡々とそれに答えた。
「二つ目の心の傷を消す、その方法を取った場合はもう恐怖症を繰り返すことはなくなる。忍界大戦の時のように、三忍の一人として胸を張って医療忍者に復帰できるでしょう」
「え、じゃあそのほうがいいんじゃねーの?」
「……心の傷。そのきっかけが何かは綱手様、あなたが最もよくご存知の筈だ」
そういったシスイはまっすぐに綱手を見据えた。
ビクリと揺れた肩に、俯いた顔に。我慢できなくなったらしいシズネが綱手を背に庇うように前に出ると、歯を噛み締めて火影の執務机に両手を叩きつけた。
「ナルト君。彼らは心の傷───すなわち、綱手様から弟と恋人の記憶を奪うと言っているんです!!」
「え!!?」
「大切な人の記憶を奪うなんてあんまりです!人でなしがすることでしょう!?」
「……確かにのぅ。じゃが、そうやってこの木ノ葉はこれまで成り立ってきたのだ。里を守る、その為であれば儂は躊躇わん」
目深に被さった笠の下から、鋭く光る視線がちらりと覗く。
一瞬だけその目がサスケに向けられた。その瞳が痛みを堪えるようにふと歪んで、ため息と共に再び笠の下に沈んだ。
「……だからこその選択肢じゃ。トラウマを繰り返すリスクを取り、血への恐怖心のみを消すか。それとも、心の傷を消し去り、過去に怯えることなく生きるか」
「綱手様!あなたの弟を、私の叔父を……消すなんて、しませんよね!?」
「シズネよ、よく考えるのじゃ。このまま綱手が過去に囚われ、苦しみ続けることが本当に綱手のためになるか?お主も分かっておろう……綱手が完全に医療忍者として復帰すれば、どれ程の命が救えることか。それに全ての記憶を消すとは言っておらん」
「二人の死に付随する記憶は消えますが、それも全てではないかと。ただし、どこまで残るかは分かりません」
「……」
「シズネ、お前の気持ちもわかる。だが、決めるのは綱手だ。口を挟むな」
今までずっと沈黙していた自来也がシズネを制する。そのピシャリとした厳しい物言いに、シズネは何か言い募ろうとするも、暫しの躊躇いの後にやがて口を噤んだ。
十年以上にわたり苦しんできた心の傷が今後癒える保証はあるか。酒にひたり、ギャンブルに溺れ、傷を忘れようと藻掻く綱手は、果たしてこのままでよいのか。
このまま死ぬまで苦しみ続けるのではないのか。辛い記憶を消してしまった方が、楽になれるのではないか。
その泣きそうに歪んだ表情からはありありと葛藤が伝わってきた。
最も近くで綱手を支えていたシズネだ、その葛藤はそのまま綱手の葛藤でもあるのだろう。だからこそ、選択権がありながら綱手は即答ができないのだ。
何が正しい答えなのか。きっと誰にも分からなかった。
「……解術はできるのか?」
「強い術ですので……少なくとも俺はその方法を知りません。もとより多用できる代物ではないし、過去にその術をかけた敵は既に殺されていて試しようもない。使えるチャンスは一度きり、重ねがければ脳が耐えきれず発狂することになる……よく考えて決めてください」
涙をうっすら浮かべたシズネの背後、俯いていた綱手はペンダントを握りしめると顔を上げた。
その顔色はまだ青い。けれど、その薄茶の瞳はどこか覚悟を決めたようだった。
「あたしは───」
◆
シスイの両眼が形を変えていく。虹彩が赤く染まり三つ巴が浮かび上がったかと思えば、更にその写輪眼が歪んだ。
この世界でははじめて見るその目は、写輪眼の上位形態である万華鏡写輪眼。そこに浮かぶ模様も、そこに宿る能力も、全ては千差万別だ。
だが、数多の強力な瞳術の中でも抜きん出たその術の名は───最強幻術『別天神』。
その術は穢土転生の呪縛からさえもイタチを開放したという程に強力だ。ただしその使用は年単位でのクールタイムが生じるもので、今片目を使えば残るはあと一回。木ノ葉崩し、ひいては忍界大戦が引き起こされる可能性のある今使うには、些か性急な気もする。
(いや……シスイさんもイタチも三代目も、そんなことは分っている筈だ。となると……ハヤテの治療の為だけに呼び出した訳ではなさそうだな)
つうっと滴る血の涙にサスケは邪推をやめて術を見守った。何れにせよ、サスケが口を挟めることではない。
幻術というのは傍から見れば非常に静かなものだ。覗き込まれた綱手が一瞬ふらついてたたらを踏み、再びまっすぐに立った時には全てが終わっていた。
「終わったのか?幻術にかかったような気配はないが……」
「ええ、間違いなく。自分では決して自覚できませんから」
「ふうん?何にも変わらないように感じるけどねぇ」
シスイが血の涙の跡が残る写輪眼でチャクラの流れを見ながら答える。自覚はできずとも、他者から見れば多少は判別が可能なのかもしれない。
不思議そうな顔で自分の掌をみつめる綱手に、自来也がゴホンとわざとらしい咳払いをした。
「さて?重要参考人とやらに試す前に、まずは実験が必要だが……ん?ここにちょうどよい実験体がおるのォ!」
「おい、手ェ離せ!!」
「あ!そうだ婆ちゃん、サスケの手治してくれってばよ!約束だろ!」
自来也に遠慮なく掴み上げられた手を引き戻すと、傷口が開いたのかじわりと包帯に血が滲んでいた。
そんなやり取りを、その腕を、その血を見つめた綱手は。面倒くさそうな顔をしながらもサスケの腕に手を当てた。じんわりとした温もりが腕を包んでいく。経絡系が繋ぎ直され、指先までチャクラが流れていくのが感じられた。
瞬く間に治療が終わり、礼を言おうとサスケは綱手を見上げたが───綱手は難しい顔でジッと考え込んでいた。
「どうかしたか?」
「……いや……まだ確証は……しかし、これは」
ブツブツ呟く綱手に首を傾げるも、ようやく自由に動くようになった腕に口元が緩む。
これで飛雷神の術の修行ができる。あとはどうにかカカシを説得して千鳥を伝授して貰えば。
そこまで考えて、サスケははたと思い至った。
『俺の修行はキツいぞ。火傷が治るまで療養専念、10日後里外れの渓谷に来い』
(そういや……カカシの修行……)
入院3日、捜索に10日。本戦まであと僅か半月だ。
大幅な遅刻の言い訳を考えているサスケの後ろでは、三代目とシスイにサスケの怪我の原因を尋ねられた自来也が「取材に行く!」と言い残し、煙とともに姿を消していた。
「螺旋丸の修行どうすんだってばよーー!エロ仙人!!待てってばよーー!!」
「おい待て!ナルト、お前の家の鍵は俺が預かって……!」
ドタバタと自来也を追って部屋を出ていくナルトを引き留めようとすると、肩を強く掴まれた。
これでも怪力の彼女にしては加減してるのだろうと思いつつ、止める綱手を見上げると綱手は酷く深刻そうな顔でサスケに耳打ちした。
「……サスケ。お前、後で必ず木ノ葉病院においで」
「は……?」
「綱手様、術も問題ないようですのでこちらへ。……サスケちゃんはもう帰るんだ。ここからは俺たちが引き継ぐよ」
「もう子供は寝る時間じゃ。ほれ、ナルトも野宿になってしまうぞ?」
「俺たちを信じてくれって。絶対に、命に替えたってこの里を守るからさ!な?」
「……後で必ず、どうなったか教えてくれるか」
「ふむ……よかろう。全てが終わったら、のぅ」
綱手に理由を問う前に執務室を押し出される。
ハヤテの治療やその証言を見届けたい半面、駆け出していったナルトも気がかりだった。そして何より、これ以上は下忍に情報を漏らすことができないのか、シスイも三代目も譲る様子は全く無かった。
それも仕方がないかと肩を落としたサスケは、アパートに戻ろうと踵を返そうとしてふと立ち止まる。
「綱手、アンタは……どうして第一の選択肢を選んだ?」
綱手が選択したのは、第一の選択肢───根本的な解決とはならない、血液への恐怖心を忘れる幻術だった。
いつ恐怖心が別の形で現れるか分からない。そんな不安に晒されて尚、辛い過去を抱えて生きることを選んだのだ。
その疑問に綱手はフッと悲しい微笑みを浮かべると、二人の姿を思い浮かべるかのように瞼を閉ざす。
「確かに……苦しい。思い出すだけで息ができなくなる、そんな記憶だ。何度も夢に見て、消えてくれと何度も思ったものだよ。でも……そんな記憶でもね、あたしの大切な二人の一部だ。消せるわけがない」
そう言った綱手は、首にかけられたペンダントを握りしめてニッと笑った。
強く美しく。凛と戦場に立っていた、嘗ての女傑───五代目火影がそこにいた。
「あたしも、あの子に賭けてみたくなった。自分の力で過去を乗り越えたい───そうできるって、自分を信じてみたくなったのさ」