めちゃくちゃ楽しみです!(≧▽≦)
お祝いの気持ちを込めて、支部版を大幅加筆してお届けします。カブトさんばかりの超ヘビー&シリアス&オリジナル展開なのでご注意下さい。
お祝いの気持ちはあるんだよ……ほんとだよ……!
カブトさんの真心は捨てられていない。最後の最後に希望が残っているかも?
月明かりに照らされた木ノ葉の慰霊碑。英雄達の名が刻まれたそこへ、カブトはそっと一輪の花を添えた。
小さな笠のような花弁が夜風に乗ってゆらゆらと揺れる。
いったい何度その花を手向けただろう。もう思い出せない程度には通い詰めた道だったが、それでもその花弁をみればいつだって懐かしい記憶が蘇った。
『マザー、これ……』
『あら鈴蘭ね。こんな時期に珍しいわ』
『カブト!お前な、仕事サボって花摘みなんてくだらねーことしてやがったのかよ!』
『ご、ごめん……』
『そろそろ休憩時間にしましょうか。それにウルシ、救護院で使ってる薬は全部、草や花から作られているの。人を助ける大切なものだもの、くだらなくなんてないわ。そうねぇ、ちょうど薬も足りないし、明日は薬草摘みを手伝ってもらおうかしら』
『うげ〜こんなあっついのに!ちぇっ……』
『これ……マザーに摘んできたんだ。真っ白で、マザーのベールみたいだから』
『私に?嬉しいわ、ありがとう』
そう言って微笑んだマザーのどこか切なげに細められた眼差しを、僕はメガネ越しに見上げていた。
その花は孤児院に飾られることはなかった。きっと捨てられたのだろう。
鈴蘭は確かに薬になる。だが、その美しいベールの下には、薬効をも上回る程に強い毒性があるということを今の僕はよく知っていた。
「マザー……この花を贈るのも最後になるね」
そっと無数に刻まれた文字の一つ、【薬師ノノウ】の名を指先でなぞる。
あの日から月日が流れ、はじめは滑らかだったその窪みは経年劣化にざらついていた。夏夜の空気は生温いのに、その冷たさだけは嘗てと変わらず温もりなんて欠片もくれやしなかった。
命が宿る訳でもないモノに話しかけるなんて滑稽だと思っていた僕が、それでも、そんな唯の石に面影を探して縋っている。
その為だけに命を捨てたのだとマザーが知ったら、こんな馬鹿な僕を叱ってくれるだろうか。
「……いや。マザーはきっと天国だから、もう会えないか」
それで良かったのかもしれないと自嘲が溢れる。マザーはもう僕だと分からないかもしれないから。
根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。
あるのは任務、今の僕はただそれだけの操り人形だ。
(さようなら、マザー)
石碑に背を向けて夜闇を駆け出した。
行く先を照らす三日月は刃の形をしている。振り下ろすその瞬間を待ち構えているかのように、その月光は冴え冴えと輝いていた。
◆ ◆ ◆
「交代の時間です。何か変わりは?」
「特には……夕顔が眠ってしまった位かな」
「任務中に?まったく、暗部に辞表を出したのは正解でしたね」
「そういうな。そもそも彼女は本来非番の筈だし、四六時中付き添っていれば無理もないさ」
「任務を請け負った以上はそんな事は関係ないでしょ。自分の体調管理すらできないようなら暗部は務まりませんよ」
数時間前に遅効性の睡眠薬を盛った事は露ほども匂わせず、室内を一瞥したカブトは仮面の裏で冷笑を浮かべた。
簡易的な医療器具の揃えられた部屋の中央には、眠り続けるハヤテの姿がある。その顔色は相変わらず白いが、峠はとうに越えたのか心臓の波形は規則正しく呼吸も穏やかだ。傍目にも目覚めるのは時間の問題とわかる。
そんな彼の枕元で眠っているのは、ハヤテの恋人であり、暗部の同僚でもある夕顔だった。警務部隊との合同調査に真っ先に手を挙げた彼女は、もはや任務であることも忘れているのか、交代時間になっても一時も離れず献身的な世話をしている。
それに苦言を呈した者もいたが、ハヤテの生存を知る者は少ない方が良い、世話人を呼ぶくらいなら彼女が適任だろうと火影が許可したのだ。
(護衛はスリーマンセルが基本。彼女がその一席を掴んでくれたおかげで随分とやりやすくなった。問題は……)
出入り口の右手に佇む眼鏡をかけた警務部隊の男へチラリと視線を向ける。カブトと同年代程だが、一部の隙もない佇まいにその力量が垣間見える。
交代の暗部が立ち去って護衛はカブト、夕顔、その警務部隊の男の三人だ。夕顔が眠っている今は一対一。同じ護衛と油断しているなら勝機は十分にある……と言いたい所だが。
この暗殺計画の最大の問題は戦力ではなく、その後の脱出ルートが確保できていないことにあった。
暗部と警務部隊の合同調査についてはかなり揉めたようだが、その結果として護衛の人員を減らすことには成功したものの、かわりに今いるのは警務部隊詰所の地下にあるこの医務室。上の階には一人二人なんてものじゃなく、十数人に及ぶうちは一族が常駐している。
例え運良くそこを突破できたとしてもすぐ隣は“芽”の本署までもが睨みを利かせており、直接の護衛は減らせても敵陣真っ只中といった具合だ。
(おまけに地区の結界術で血族以外の侵入者はすぐにバレる。火影邸以上に忍び込むことも逃れることも困難……まさか合同調査を受け入れる条件に、移送先をここに指定されるとはね)
この半月、脱出ルートを模索していたが突破口はどうにも見つからなかった。
建物ごとハヤテを葬るような広範囲術、或いは毒殺を考えていたところで、綱手が発見されたことを知らされたのが数時間前。時間稼ぎは全く役に立たなかったらしい。
湯隠れにいる彼らが里に戻るまで多く見積もっても二日、早ければ今日にでも帰還するだろう。そして護衛役のスパンは三日に一度。大掛かりな術も毒も準備している時間はなかった。
───やるならば、今しかない。
ギラリと仮面の奥でカブトの瞳が光る。
勝負は一瞬だ。唯ならぬ殺気に警務部隊の男がこちらに目を向けるより早く、カブトは閃光弾を投げつけた。
(一対一なら後ろを───つまりうちは一族の弱点は、その優れた瞳術故の視力!)
薄暗い地下室を閃光が満たした。眩い光に目を瞑った男を尻目に、仮面で光を遮ったカブトはハヤテの元に駆け出した。夕顔もハッと目を醒ますが、もう遅い。
背後から飛んできたクナイを紙一重で避けながら、カブトはハヤテの首に刃を振り下ろした。
血飛沫が舞う。
誰の邪魔もされなかった。脱出は難しいとはいえ、あっけないほど簡単に任務は達成された。捕らえられようとも呪印によって情報は漏れることはないし、自害でもすれば完遂だ。
勝利を確信して口角を上げた時───ハヤテの瞳が、僕を写した。
「なッ!?」
クナイは受け止められていた。それも、他でもないハヤテ自身の手によって。
(まさか……自力で覚醒していたというのか!?)
最悪の予想にクナイをハヤテの手に突き刺したまま、その場を飛び退いて部屋の隅へと身を屈める。
攻撃は来ない。ただ、その入口には既に人影が立ちはだかっていた。
暗部総隊長、うちはシスイ。その後ろには警務部隊、暗部がずらりと控えている。
仮面を外しても動揺する様子なんて微塵もない彼に、すぐに嵌められたのだと気がついた。
「なるほど、最初から僕は泳がされていたようですね。いつからです?」
「中忍試験の予選中……大蛇丸のスパイについて情報を渡すことができた人間は、スパイの移送に関わった者か、途中で受験者二人の救助及び搬送に当たった奴らだけだ。運ばれた受験者二人の行き先を知っていたのは後者だけ。そこからは消去法だ」
「全く、あの方には困ったものですよ。おかげで計画がことごとく狂ってしまった」
「ほー?誰が、誰と、どんな計画をした?」
「もう粗方そこの彼から聞いてるのでは?あなたの片割れも、火影様も、責任者である警務部隊隊長すらいない……ということは、既に他の大ネズミを狩りに行っているんでしょうし」
この部屋は最初からネズミ捕りの罠だった。この周到さは恐らく切れ者と名高いうちはイタチの策だ。今頃、砂隠れも、ダンゾウ様も、追い詰められているに違いない。
そんな手遅れな状況も知らずに、ハヤテという餌につられノコノコと罠に自ら飛び込んだのかと思うとなんだか笑える。
狂ったようにクツクツと笑う僕に、仮にも現上司である彼が、何故だか痛ましげに眉を顰める。憐れむようなその眼がなんだか気に食わなくて、笑い声もぷつりと途絶えた。
「薬師カブト、ハヤテの暗殺未遂及び反逆罪容疑でお前を拘束する」
「ふうん……“未遂”ね。それはどうかな?」
「う゛ッ……い、きが……!」
「ハヤテ、どうしたの!?」
「特製の神経毒さ。毒性は青酸カリの15倍……たっぷりクナイに塗り込めておいたんだ。腹痛に嘔気嘔吐、呼吸ができなくなり、そのうち身体が痙攣を始める」
「ハヤテ!!」
クナイに塗り込めた毒は、傷口から血管に入り、肺に、そして心臓に達していることだろう。
ベットの上で苦しみだしたハヤテにほくそ笑んでいると、いつの間にか僕に近づいてきていたシスイに襟首を掴み上げられた。
「カブト、解毒剤をよこせ!」
「そんなもの、最初から作っていませんよ。それにそんなに焦らなくたって、もう彼から情報は聞き出したんでしょう?だったらいいじゃないですか」
「この馬鹿野郎……!罪を重ねる必要なんてもうないだろう!?」
「───罪?違いますよ、これは僕の任務だ」
根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。
何度も何度も、呪詛のように綴った言葉をなぞれば、彼も聞き覚えがあるのかくしゃりと顔を歪めた。
「僕に残っているのは任務だけ。それ以外は、どうだっていいんです。あの方が勝とうがあなた達が勝とうが、両者共に里もろとも朽ち果てようが。僕には、どうだっていい」
「カブト、お前……ッ!」
絶句したシスイを突き飛ばす。懐から取り出した小瓶のコルクを指先ではね上げ、中にたっぷりと入っていた透明な液体を一息に呷った。苦味と痺れるような酸味が舌を焦がす。ハヤテに使ったものと同じ、その鈴蘭から抽出した猛毒だ。
最後に与えられた任務。
それは、全てが明るみに出た場合の“僕の死”だ。
(もう……とっくに、寝る時間だったんだ)
手足が痺れぐしゃりと膝を折る。取り押さえられながらもふと壁がけの時計を見上げれば、その針は21時をとうに過ぎていた。
走馬灯というやつなのか、温もりと痛みに溢れた記憶が巡る。
激痛と共に急激に遠のいていく意識の片隅で、マザーの優しい声がどこか遠く聞こえた気がした。
◆ ◆ ◆ ◆
里の中央部から随分と離れた雑木林の中に、一軒の家屋がひっそりと建っている。
朝日に照らされたその変わらぬ光景に目を細めていれば、頭上を掠めるように飛んできた小鳥がその戸口へと吸い込まれるようにして消えていった。
その後を追ってよくよく見ると、木の梁に隠れるようにして小鳥の雛が親鳥から餌を啄んでいる所だった。
『早く起きなさい!!何時だと思っているの!?』
そんなピイピイと鳴く囀りよりも更に甲高い声が扉の外まで漏れてきて、小鳥が驚いて飛び去っていった。
それからドタバタと駆ける足音、言い返す減らず口が続く。
まだ早朝であるにもかかわらず賑やかなその空気に、フハ、と漏れそうになる笑みをかみ殺しながら、木造のドアを手の甲で二度叩いた。
『ハイハイ、今出ますよ!全く、こんな忙しい朝っぱらから……!』
文句を言いながら扉から顔を出したシスターは、不機嫌な顔から一転、目を丸くして僕の顔をまじまじと見詰めている。
『お前さんは……』
『シスターお腹すいたよ〜早く〜』
『誰かきたの?』
『こら、お前らお客さんだぞ。先に食べてろって』
『はーい!』
シスターの後ろ、開いた扉の奥から子供達が顔を覗かせる。そんなチビ達を抑えて出てきたのは随分と成長した兄貴分で。
気づけば二人に抱きしめられていた。張り詰めていた何かが、その途端に解けていく、そんな心地がした。
『……ただいま、みんな』
院を出て五年。長期任務を終えた僕は、懐かしい我が家へと帰った。
お互いに涙を浮かべながらの再会をはたし、チビ達を交えて食事をし、一息ついてからそれまでのことを報告し合った。
任務のことは話せないにしても、他里で見た珍しい食べ物、動物、景色。その場に溶け込む為に必死に覚えた知識は豊富で、語れることは山程ある。チビ達はそんな話を目を輝かせて聞いていた。
院の話もあの時いた、そして今いる子供達の数だけあった。昔の仲間はほとんどが養子に引き取られ、残った子供は忍となって院を支えているらしい。
そう話すウルシも中忍、今は上忍昇格試験の勉強をしているそうだ。“ウルシ兄ちゃん、もう何度も落ちちゃってるんだぜ”とは、いたずら好きな院のガキ大将にこっそり聞いた。
不貞腐れたウルシの顔は昔マザーに叱られた時と同じで、つい声を出して笑ってしまった。
作りものではなく、心から笑って笑って、子供達が寝静まった頃。
『マザーは……あれから何か知らせは?』
ずっと聞きたかった言葉がポツリと零れる。けれど、同じように任務に付いていた僕には、問いかけながらもその答えが分かっていた。
任務の内容も、その場所も、名前も、生死さえも。潜入任務につく忍にはどうしたって明かせない。
暗い顔で首を横に振るシスターに気落ちしながら、それでも訃報が届いていないだけ救いがあった。
『マザーなら大丈夫だって。だって俺達のマザーだぜ?絶対に帰ってくるさ!』
『うん……そうだね』
ウルシの言葉にぎこちなく頷きながら、胸に渦巻く不安に蓋をして微笑んだ。
長期任務の骨休めにと長期休暇が与えられていた為、暫く孤児院に滞在した。
命のやり取りのないその生活は確かに心穏やかでいられたけれど。マザーはあの時こうしてたっけ、とチビ達の世話をしながら思い出すのはマザーの姿ばかりだった。
ぬるま湯のような日常に浸っていたある日、夢を見た。
マザーが血だらけで倒れている。僕はマザーを必死に呼びながら医療忍術を使っていた。
“誰、なの……?”
治療をする手が止まる。心音が消えたその瞬間、布団の上でハッと目が醒めた。
夢というにはあまりにリアルで。それはまるで、何かの前兆のように思えた。
『マザーが……死ぬ……?』
岩隠れの潜入任務についているマザーは、その正体がバレればすぐにでも命を落とす。
マザーがいるはずのこの家に、僕だけが戻ってきていて。僕がこうして笑っている間にも、マザーは一人で任務をこなしている。
そう思ってしまえば顔が強張った。子供達に心配されてしまわないように、慣れた笑顔の仮面を貼り付けながら、日に日に罪悪感のようなその思いは強くなっていった。
『カブト……本当に行くのか?』
『うん。次の任務があるからね』
『ええ〜カブトの兄ちゃん、行っちゃうの?』
『……皆、院でのルールを忘れたのかい?』
もうとっくに、寝る時間だよ。
そう笑顔で孤児院のみんなに嘘をついて再び院を出た。嘗てと同じ道を辿った先は、志村ダンゾウの手中だ。マザーの情報と引き換えに、僕は暗い根の下に戻った。
『ノノウは一年後に潜入任務を終え、部下の手引きで脱出予定となっておる……が、ワシの地位も今や危うい。そうなればノノウの帰る術は無くなろう』
うちは一族と上層部、そしてダンゾウの確執を知ったのはその時だ。正直どうでもよかった。ただ、ダンゾウの失脚がマザーの生存率を下げることになる、そう考えればうちは一族は敵でしかない。
僕は根として働き続けた。同じ木ノ葉の忍を手に掛けることだって、その眼を抉ることだって躊躇わなかった。全てはマザーの為。その為ならなんだって出来た。
そうして一年が経ち、待ちに待った日。ダンゾウに志願し、根の者達と共にマザーを迎えに行った。
合流地点は土の国と雨の国境だ。元々紛争が多い地域だったが、近年は雨隠れの里の内乱が激しくなり、忍同士の戦争に巻き込まれた人々が土の国へと押し寄せている。難民達を抑える為に岩隠れの忍も駆り出され、そんな混乱に乗じて落ち合う手筈となっていた。
フードを目深に被って避難民に混じり、野営をすること三日。その合流地点にマザーは現れなかった。
『やむを得ん。刻限は過ぎた、撤退するぞ』
『そんな……!』
『我々木ノ葉の忍がここにいることが悟られれば、里に不利益となることくらいお前も分かっている筈だ。掟に従え』
『お願いします……あと一日、一日だけ待って下さい!僕が必ず、マザーを探し出して来ます!』
『……一日だ。俺の蟲をつける。それが条件だぞ』
リーダーの言葉に一も二も無く頷き、土砂降りの中を駆け回る。
行き倒れている者達の中にマザーに似た姿がないかと目を凝らし、物陰で雨を凌ぐガリガリに痩せ細った人々の顔を覗き込み、時には今にも息絶えそうな子供に偽善と知りながら医療忍術を施した。
雨は時間の感覚を鈍らせる。探し始めてまだ数時間だったかもしれないし、既に半日以上が経っていたかもしれない。ただ息がきれ始めたそんな頃に、幾つめかの小さな村に行き着いた。
村の入口で物乞いをしていた子供に孤児院の皆が重なって、最後になった乾飯をあげながら、何気なく医療忍術で傷だらけの両手を治してやろうとした。
その途端、驚いたように子供は目を見開いて逃げていった。子供ばかりではない、村人達もが後退る。僕が医療忍術を使おうとしたその瞬間に、はっきりと村全体の空気が変わったのを感じ取った。
医療忍者が避けられることはそうあることじゃない。ここには何かがある。敵襲かと警戒しながらぐるりと注意深く辺りを見回して、ふと吸い込まれるように道の片隅に光った何かを見つけた。
『これ……!』
それはヒビの入った黒縁の眼鏡だった。マザーにあげたものとよく似たそれを、震える手で拾い上げる。
汚れ具合からして捨てられて数日。雨と泥で分かりにくくはあったが、その歪んだフレームに乾いた血痕が僅かにこびり付いていた。
ただ、似ているだけかもしれない。眼鏡なんてどこにでもあるもので、これがマザーのいた証拠になんてならない。
『マザー……!助けに来たんだ!僕だ、カブトだよ!マザー!!』
そう頭では分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
そして門の外、あばら家の中から視線を感じて振り返ると、みすぼらしい服装の老婆がジッと底光りする瞳で僕を見詰めていた。
『そいつの持ち主なら───もういないよ』
嗄れた声が鼓膜を叩く。降りしきる雨音すらも遠のいて、その言葉だけが世界に落ちた。
考えるよりも先にその老婆に掴みかかっていた。引き倒したあばら家の中は、湿り腐った木の臭いがした。
『いないって……どういうことだ』
『……』
『言え!何を見た!?』
『……死んだんだよ。それを持ってた女は殺されたのさ、村人達にね』
震えた手から力が抜けていく。
そんな筈がない。マザーは強い人だった。忍である彼女が、こんな骨と皮しかないような村人達に負ける筈がない。それに眼鏡だって、マザーのものかどうかもわからないじゃないか。
そう自分に言い聞かせるのに、老婆は勝手に話を続けた。
一週間前、榛色の髪の毛に緑の瞳をした医者がふらりとやってきた。死にかけの子供に、枝のようになった老人に、優しく言葉をかけては励まし、お前のように自らの食料を分け与え医療忍術で人々を助けた。
そんな彼女を殺したのは、村一番の破落戸だった。忍崩れであったその男は病を患っており、彼女に余命を宣告され激昂のまま彼女を刺した。息絶えた彼女を川へと流し、そして数日後に男もまた病によりこの世を去った。
嘘だ。反射的にそう思った。
けれど、眼鏡は今僕の手の中にあって。榛色の髪も、緑の瞳も、ありありとその色を思い出せる。それに加えて医療忍術。否定できるだけの要素はなかった。
『逆怨みじゃないか……どうして……どうして、誰も助けない!マザーに助けられたんだろ!?』
『ハッ……あんたらみたいな忍に、あたしら凡人が適うはずがない。誰だって我が身が一番───』
もう何も、聞きたくなかった。
そこからの記憶は朧げだ。いつまでも戻ってこない僕を探しに来た根の者達に取り押さえられ、血だらけのまま木ノ葉の牢獄に収監された自分をどこか他人事のように眺めていた。
茫洋と両手に嵌められた枷を見つめていると、カツン、カツン、と聞き慣れた音が近づいてくる。
『復讐とは、愚かな選択をしたものだ。お前はそんな男ではないと思っていたが』
『ダンゾウ……!お前が……お前が、マザーを潜入任務に付けなければ……!!』
『村人達の次はワシ、ワシの次は木ノ葉か?フン……ノノウが里に命をかけたというのに、お前はそれを無にするというのか』
『孤児院を人質に、お前がそうさせた!!』
ガシャンと柵を揺らし叫ぶ僕を、ダンゾウは冷たく一瞥した。
『そのノノウが何より大切に思っていた院が、今も成り立っているのは、里の、そしてワシの支援があってこそ……お前は恨みをぶつける相手を履き違えている』
ノノウを殺した男は、元は雨隠れの忍だった。
里の為に命をかけた忍が、何故身を落とし、まともな医療を受けることもなく死に体となり、己を助けてくれないノノウを、世界を憎んだのか?
『全ては里の弱体化、内戦による混乱が招いたこと。うちは一族ののさばるこの木ノ葉も、いずれは二の舞いとなろう。そうなった時……最初に切り捨てられるのは身寄りのない孤児達だ』
『……』
里外れの我が家が脳裏に過ぎる。“カブト”、“カブトちゃん”、“カブト兄ちゃん”───そう呼ぶ声が聞こえた気がした。
だけど、もう今の僕には、その名前すらもがただの記号にしか思えないんだ。
マザーからもらった全てが、マザーと一緒に壊れてしまったみたいだった。
『もう……僕には何もない。最初から、何もなかったんだ』
怒りも憎しみも冷めてしまえば、ただ絶望的に空虚な心の穴に気がついてしまう。
静かに涙を流す僕に、ダンゾウが柵の合間から差し出したのはマザーの眼鏡だった。
『お前に任務を与えてやる。ノノウのこれまでの功績が、今の木ノ葉の平和と繁栄に繋がり、それがお前たち孤児院の子供の命を繋いだのだ。ノノウの意志を継ぐことこそが、お前にできる最後の恩返しとなろう』
修復された眼鏡を受け取る。その透明なレンズには血塗れの僕が映っていた。
かけてみれば度数は合わずに視界が歪んで見えた。そんな世界が、今の僕には似合いだと思った。
マザーの名が英雄の慰霊碑に刻まれた日、ダンゾウ様の呪印を受け入れた。
ダンゾウ様の手足となって働くも、その翌年、うちは一族の次期頭領が設立した“芽”によって、ダンゾウ様は失脚することになる。
孤児院はダンゾウ様の横領等の汚職に関与していた罪を問われ閉鎖された。シスター達、そして一部関わっていたらしいウルシも罪を認めた。マザーがいなくなった院を守ろうとした彼らの苦渋の決断だったそうだ。
子供達は里親に引き取られ、そうして静まり返った孤児院には、今やもう誰の姿もない。
失脚しながらもうちはが里を滅ぼす、己こそが真の火影となるべきだと息巻くダンゾウ様も。
不正を一切許さず、何かに焦るかのように性急に事を進めるうちは一族も。
火影の顔色を伺い、罪を着せあって保身に走る上層部達も。
根を解体し、謝罪によってそれまでの全ての功績を否定した火影も。
身を売った挙げ句に、全てを壊した愚かな自分自身さえも。
嫌悪感と共に、更に世界は歪んでいく。
根には名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。
失うと分かっているなら、最初から何もいらない。
あるのは任務、ただそれだけでよかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「───フン、残念だったね。アタシがいるからには、自殺だろうが暗殺だろうが、未遂になるしかないのさ」
「ハヤテ……!」
「大丈夫ですよ、夕顔。もう何ともありません……心配をかけましたね」
「お熱いことだねぇ。安心おし、毒はもう綺麗さっぱり抜き終えたよ。ほら、そのガキもさっさと毒を吐かせるんだ!毒抜きは時間との勝負、ボサッとしてるんじゃないよ!」
「ったく、カブト、死ぬんじゃねぇぞ!!あのジジイを追い詰めるには、お前の証言が必要なんだ!それに、お前の義母は───!」
おまけ①カブト年表ダイジェスト
【4〜6歳頃】一部時点で19歳のため13〜15年前
・戦時中に薬師ノノウ(マザー)に助けられる。
・記憶を全て失っており、孤児院で育つ。「カブト」という名は同じ孤児院の兄貴分であるウルシが被せた紙兜よりノノウが名付けた。
・元はよい出身だったのか文字や時計も簡単に読めている。その際眼鏡をマザーから譲られ、後にマザーへ眼鏡を贈っている。
・ノノウから医療忍術を学び、野戦病院などで手伝いをして孤児院の資金繰りに貢献していた。その折に大蛇丸と接触している。
【7〜9歳頃】10〜12年前
・孤児院にきて3年後、ダンゾウがやってくる。
・ダンゾウから子供達や資金面での脅しを受け、元木ノ葉のスパイ「歩き巫女・薬師ノノウ」として岩隠れの里へ長期派遣されることに。孤児院から一人根の人員補填として差し出すようにという話を隠れ聞き、カブトは自ら志願する。
【12〜14歳頃】5〜7年前
・孤児院を出て5年後に桔梗峠でマザーを殺す………予定だったがここで逆行バタフライ効果発生。◀
・この頃、サスケが人質となり、うちは一族は中枢捜査権を手に入れた。うちは一族がやたらと嗅ぎ回っていることを知り、ダンゾウは証拠をもみ消す等で奔走。根の育成に制限がかかり、人手が不足した。
・人手不足からダンゾウはノノウかカブト、どちらかを里に呼び戻すことに。大蛇丸がカブトに目をつけていることを知り、カブトが選ばれる。
【14歳】5年前
・カブトは里に帰還し孤児院に戻る。しかしノノウは帰ってこない。“根”として再び働くことを条件に、ダンゾウに情報を要求。
・他里に潜入しているノノウは、一年後にダンゾウの手引きで脱出予定となっていた。その時間、場所を知るのはダンゾウのみ。
・ダンゾウの言葉を信じたわけではなくとも、マザーを助けるため情報を集めるにはダンゾウの部下として里内で働き続けるしか道はない。ダンゾウの手足として後ろ暗い仕事を請け負う。その任務の中にはうちは一族の殺害及び眼の奪取もあった。
【15歳】4年前
・ダンゾウの元で働き一年後、合流地点にカブトは赴くがマザーは現れなかった。周囲を探し歩き、雨隠れの村にたどり着く。
・マザーの眼鏡を見つけ、老婆からマザーの死を知る。
その日マザーを見殺しにした村人を全員殺し、カブトは取り押さえられ投獄。雨隠れは木ノ葉の同盟国であり真相はダンゾウによって揉み消され解放される。
・公にはできない潜入任務をしていたノノウは、同盟国の草隠れの元忍に殺された等とは公表はできず。遺体もないため失踪扱いで処理される予定だった。だが、カブトはノノウの名を英雄の碑に刻むことを条件に、命を縛る呪印を舌に刻まれダンゾウの部下として働き続ける。
【16歳】3年前
・ダンゾウが摘発され根が解体。ダンゾウの支援を受けていた孤児院も、これまでのダンゾウとの共謀が疑われ閉鎖。(実際にやむなく横領等に協力していた)子供達は里親に引き取られバラバラになる。
・失脚しながらもうちはが里を滅ぼす、己こそが真の火影となるべきだと息巻くダンゾウ。不正を一切許さず、何かに焦るかのように性急に事を進めるうちは。火影の顔色を伺い、罪を着せあって保身に走る上層部。根を解体し、謝罪によってそれまでの全ての功績を否定した火影。身を売った挙げ句に全てを失った愚かな自分自身。全てに嫌悪感を抱いたカブトの心は歪んでいく。
・名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。あるのは任務、ただそれだけになった空虚な青年がそうして生まれた。
※ちなみにダンゾウ様はカブトの偽写真をノノウさんに渡していたので、最初から二人を会わせるつもりはなかった。カブトさんの悪夢、老婆の証言、追跡の蟲。最初から全て仕組まれていたのかもしれない。
おまけ②花言葉
鈴蘭(谷間の姫百合、君影草)/開花時期:5月〜6月
「謙虚」「純粋」「希望」「再び幸せが訪れる」
おまけ③一欠片の救済
「くしゅん!」
「あら、アンタが夏風邪とはねぇ。薬膳料理の腕はピカ一だっていうのに。医者の不養生とはよく言ったものさ。まあ、大方夜遅くまで本を読み耽っていたんだろ?」
「えっと、その……ちょっと素敵な本を見つけてしまって……」
「何で背中に隠す?………“毒草のレシピ”!?アンタ、何考えているんだい!?」
「個人的な興味です!本当です!毒のある草や花をどうにか食用にできないかという本で……!」
「やれやれ。変な子だとは思っていたけど、頭を打った拍子に記憶もネジもどこかに落としちまったのかねぇ」
「ハハハ……」
「ん?栞が落ちたよ。ふうん、鈴蘭の押し花とは洒落てるじゃないか」
「ありがとうございます。思い出せないんですけど……大切な人から貰ったものだった気がするんです」
「ほー……さては恋人だね?」
「ち、違いますよ女将さん!」
「まぁ、夜更かしも程々におし。明日から町を挙げての祭りだ、大忙しだよ!なんたって空区の太客も来る。あんたももう立派な若女将だ、どんどん働いてもらうからね!」
「若女将なんて早すぎますよ。それに私は、そんな資格なんて……」
「ハッ、このアタシが死んだ娘にそっくりっていうだけで、大切な旅館の跡を継がせるとでも思うのかい?あたしの目は誤魔化せないよ。飲み込みは早すぎる位だし、それにアンタの胆力は並外れてる。うちには訳ありの客も多いからね、それくらいじゃなきゃ務まらないのさ」
「女将さん……」
「ほら、もう寝る時間だ。旅館の顔の若女将が寝坊なんてしたらはっ倒してやるからね!」
「は、はい!」
榛色の長髪をさらりと流し名残り惜しそうに鈴蘭の花弁を撫でた彼女は、新緑を思わせる翠眼を柔らかく細めてそっと書を閉じた。
「いらっしゃいませ、ご予約は……あら、デンカ様、ヒナ様」
「こいつは猫バアの客だ。通してくれ」
「猫バア様の……わかりました。こちらへどうぞ」
湯隠れの里、“猫の湯”と暖簾の掲げられた由緒正しき旅館に働く若女将は、今日も訪れた小さな客人に微笑みかけている。