放送日に合わせて連投してくので、よろしくお願いします!
火影邸や木ノ葉病院のある大通りから、幾ばくか道を外れた先。
そこには他里の忍らが滞在する迎賓館がある。
監視の目が光っていることは里民の誰もが察しており、普段ならば近寄りがたい空気に一般人らは避けて通る───その筈が、今朝は早くから野次馬で通りは溢れかえっていた。
「昨日の晩にあった抜き打ちの避難訓練、ありゃあ嘘だったみたいだな」
「今いるのは……砂隠れの代表者達だろ?」
「どうやら殺害容疑で一人しょっぴかれたって話だよ」
「そう言えば、近頃門の出入りもやけに厳しくなったよなぁ……」
「噂じゃ結界が破壊されたそうよ。徹夜で修復に当たってるって」
「そんな……また戦が……」
「シッ!滅多なことを言うんじゃないよ!」
立ち入り禁止と書かれたテープが通りを横切り、その外側ではヒソヒソと小声が交わされる。
その様子を眺めていたサスケは、迎賓館の門の両脇に立つ警務部隊らへと視線を移した。
ジッと佇む二人は外野の視線に顔色一つ変えないが、その一角の空気は随分と張り詰めている。敵の尻尾を掴み、里の脅威を除いたというにはあまりに険しい顔つきだ。
もしや取り逃がしたか。或いは、捕縛にあたって戦闘にでもなったのだろうか。
(いや……たとえ証言や証拠が出揃った所で、他里の代表者をそう簡単には裁けない)
加えて、元上層部ダンゾウの関与という木ノ葉の落ち度も大きい。
砂隠れの上忍もそれを重々承知の筈、ダンゾウに全ての罪を着せて計画を中止すればそれで仕舞いだ。あえて事を荒立てる必要はない。
そうなると、事情聴取などの名目で一時的な捕縛はしても、里としては穏便に事を収めるだろうと考えていた。
だが万一、戦闘になっていたとしたら───?
サスケは沈黙したままの館を見上げ、よぎる胸騒ぎに急かされるように雑踏から抜け出した。
気配を消しながら館を囲む塀に沿って外周を回れば、ある程度館の内部構造が予想できる。
出入り口は南の門戸一つ、そこから東棟と西棟に客室が分けられている。宿泊者の少ない今は東棟は封鎖でもしているのか人気がほぼなく、気配は全て西棟に集まっていた。
監視役は門前二人に加え、姿を隠して四方に一人づつの計六名。それぞれが場所を移動し巡回している。
それなりに広い敷地を考えれば些か少ない気もするが、計画が発覚した以上は砂隠れも迂闊に動くことはないと踏んでのことだろう。
監視役が場所を移動したタイミングを見計らい、塀に軽く両手を付けてみれば、ビリビリと拒絶の気配が掌に伝わった。
入るも出るも、相当に困難だろう強固な結界が張り巡らされている。まるで目に見えぬ檻のようだ。
(素直に会わせてくれる筈もない、か)
苛立った様子の警務部隊を見れば、たとえサスケを知っていたとしても通してくれる可能性は低い。
だからといって、忍びこむことも結界に阻まれ、その結界を壊すなどという暴挙は監視役である一族らの面子を潰すようなもの。
ならばと小さく息を吐いたサスケは、コツリと堀に額をつけ目を閉じた。
───集中しろ。修行を思い出せ。
結界を巡るチャクラに微弱な雷遁を少しづつ流し込んでいく。壊すためじゃない、探るためのそれは、弾かれることなく結界のチャクラに乗って館全体へと巡った。
閉じた視界の裏側にチャクラが形を作り、小さな四つの人影が見えた。
「無事だったか……」
我愛羅、テマリ、カンクロウ、香燐。
彼らの欠けない気配に胸を撫で下ろす。
安定したチャクラを見るに、杞憂だったのか戦闘沙汰にはならなかったらしいことが知れる。
だが一歩間違えていれば我愛羅達の、或いは木ノ葉の忍達の命はなかっただろう。
その犠牲者の一人となる筈だったハヤテの青白い顔とその恋人の泣き縋る姿が蘇り、胸を締め付けるような痛みに思わず額を離せば、四つのシルエットは途端に形を崩して消えた。
『同盟は終わった。次に会うときは───敵だ。それを忘れるな』
死の森での別れ。そしてナルトから伝え聞いた予選試合。
そこから考えられるのは、我愛羅達は既に木ノ葉崩しの計画を知っていたという事だ。
あの砂隠れの上忍だけでなく、我愛羅達の誰かがハヤテの暗殺に加担していた可能性だって否定できない。
敵である砂隠れの忍の無事を喜ぶ、それは木ノ葉への裏切りではないのか?
そんな自問に罪悪感を感じながらも、それでも憎むことができなかった。その痛みを知るからこそ、助けたい、そう願ってしまう。
(まさか……今になって、あいつの心を知ろうとはな)
嘗て世界の敵となった自分を、必死になって止めようとした友を思い出して自嘲が溢れる。
ナルトはおくびにも出さずに笑っていたが、過去にはサスケの預かり知らぬ所で苦しんでいたのかもしれない。
里か友か、一族か。ナルトのように天秤そのものを壊せる強さはなく。
それでも無情にはなりきれぬ中途半端さに、己の弱さ、無力さが突きつけられる。
苛立ちのまま拳を壁に叩きつけようとした瞬間───振り上げた左手が、誰かに強く押さえつけられた。
「君、何をしているのかな」
掴まれている手からその先を辿れば、暗部の面をした男がすぐ隣に立っていた。
監視役は警務部隊だけかと思っていたが、どうやら暗部も一枚噛んでいたらしい。結界内を探っている間に間を詰められたのだろう。
「……離せ」
「君が話してくれるならね。こんな所でいったい何をしていたんだい?」
「……」
「だんまりか……答えないなら仕方がない。ボクと一緒に来てもらおうか」
男はくぐもった声でそう言うと、サスケの腕を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。
砂隠れとのスパイを疑われているのだろう。このままではまずい、そう抵抗しようと身構えた時、背後から聞き覚えのある声がした。
「サスケ?……と、テンゾウじゃない。二人とも何してるの?」
暗部の男と共に声の方向へと振り返れば、曲がり角からのんびりと歩いてくるカカシの姿があった。
テンゾウという名には聞き覚えがある。カカシの代わりに七班を連れて音里へとやってきた男、ゆくゆくは大蛇丸の監視役として時折顔を合わせていた彼のことだ。暗部時代の既知らしくカカシはそいつをそう呼んでいた。
暗部の面の男───テンゾウことヤマトは、カカシの登場に動揺したのか声を揺らした。
「カカシ先輩?どうしてこちらに……あの青年の監視役についてた筈では?」
「んー、色々あってね。俺はお役御免だって。それで、そいつを迎えにきたってワケ」
ちらりとカカシの視線がサスケを捉え、次いで掴まれた腕に流れる。
それに気が付いたヤマトが手を緩めた隙に、拘束を逃れカカシの背後へと隠れれば、その様子を眺めていたカカシの目がすっと細められた。
「それで、うちの子がどうかしたの」
「子……子供!?カカシ先輩に……!?」
「そうそう。俺の担当の子」
「ゲホッ、ゴホン、ああそうでしたか……。何やら結界に手を出そうとしていたようですので少し話を聞かせてもらおうかと」
「結界?ああ、ここって砂隠れの忍が泊まってるんだっけ。中忍試験の本戦、コイツは砂隠れの子とだからね。敵情視察ってやつじゃない?」
カカシからの目配せを受けて黙ったままコクリと頷くと、『可愛い所もあるじゃないの』と軽口が叩かれる。睨みあげてもどこ吹く風だ。
そんなやり取りを眺めていたヤマトの肩から力が抜ける。
「ま、そういうわけなんでね。こいつは見逃してもらえない?ほら、本戦の出場とかに影響しちゃったら困るし。本戦に向けての修行もつけなきゃならないし忙しいんだよね、どこかの誰かにこき使われたせいで本戦まであと半月しかなくなっちゃってさ〜」
「はぁ……はいはい、分かりましたよ。報告書にはあげないでおきます。君、ここにはもう近づかないようにね」
カカシに軽く会釈したヤマトはそう言うと踵を返し、そのまま姿を消した。監視任務に戻ったのだろう。
正直なところ助かった。カカシがいなければ暗部に捕らえられて尋問を受けていただろう。
旅を終えて間もなく、昨夜も眠れなかった事に加えて病院での検査の数々に疲れていた。それに一族に迷惑をかけるようなことにもならずに済んだのは幸いだ。
「カカシ、助かっ───」
素直に礼を言おうとしたサスケは、振り返ったカカシの暗黒微笑に言葉を失う。
咄嗟に後ずさろうとするも、それより先にガシリと両肩を掴まれていた。
「ちょっと先生と一緒に来てくれるかな、サスケくん?」
一難去ってまた一難。
いやむしろ、万事休すというやつか。
有無を言わせぬその笑みに抗う術はなく、サスケは諦めと共に大人しく連行されるしかなかった。
◆ ◆ ◆
場所を変えるというカカシに連れてこられたのは、拍子抜けにも勝手知ったるカカシのアパートだった。
同じ賃貸アパートでもサスケやナルトのボロ屋とは全く異なり、真新しい壁や透き通った窓から差し込む光が眩しい築数年の人気アパートだ。
七班が発足されてからは月一で開かれる食事会ももっぱらここが会場となっている。
お邪魔します、と小さく呟いて靴を脱いでいれば、パシャンと跳ねた水音がした。出窓から少し遠ざけられた小棚の上、スイスイと気持ちよさげに泳いでいる黒とオレンジの金魚に目を細めた。
中忍試験中はカカシに預かってもらっていたが、買った覚えのない空気ポンプやら水草、高そうな餌が揃っているあたり随分と可愛がられているらしい。
そんな玄関で立ち止まっているサスケに構わず、カカシは扇風機をパチリとつけると冷蔵庫を開けて中を確認していた。
「ラムネしかないんだけど、いい?」
「いらねェ。俺は甘いもんは駄目だ……アンタもだろ」
「まあ夏だしね、たまにはいいかなってさ」
甘味の好きなナルトやサクラなら喜んで受け取っていただろうな、とぼんやり思いながらも軽く頭をふって思考を切り替える。
慣れた空間につい緊張感が緩んでしまったが、カカシが団欒のためにサスケを招いたわけではないことは明白だ。
「カカシ……アンタ、どこまで知ってる?」
パタンと冷蔵庫の扉を閉めたカカシへ、サスケは鋭い眼光を隠そうともせずにそう切り出した。
『カカシ先輩?どうしてこちらに……あの青年の監視役についてた筈では?』
『んー、色々あってね。俺はお役御免だって。それで、そいつを迎えにきたってワケ』
『どこかの誰かにこき使われたせいで本戦まであと半月しかなくなっちゃってさ〜』
先程のヤマトとカカシの会話を思い返す。サスケが綱手の捜索をしている間、カカシは何をしていたというのか。
それにヤマトはカカシの登場に驚いてはいたものの、久しぶりに会う既知との再会という様子ではなかった。暗部として働く彼とそう頻繁に会える筈もない。
それらが指し示すものに、サスケはゴクリと唾を飲み込んだ。
「アンタは───暗部に戻ったのか?」
「……そうだって言ったら?」
その答えに唇が震えた。堪えるようにポケットの鈴を握りしめれば、その冷たさに指先から温度が消えていくような気がした。
ダンゾウの裏切りや砂隠れとの交渉等、木ノ葉の裏では問題が山積みとなっている。
暗部や芽、警務部隊らの人手は足りていない筈で、カカシは暗部を退いたとはいえその実力は折り紙付きだ。七班の担当上忍から外れて暗部に復帰する、そう告げられたらサスケに止める手立てはない。
チームの再編など忍にとってはよくあることだ。
それでも代わりの人材を宛てがわれたとしても、一人でも欠けては第七班とは言えない。
班分け、鈴取り、食事会、任務。
“前”の空白を埋めるように、その一コマ一コマを目に焼き付けていた。
あと少し。もう少し。そう、ほんの一瞬でも長く。いつかは終わると知りながら、あの微睡みに浸っていたかった。
ぴしりと足元が崩れるような心地がする。過去には己自身で壊しておきながら、『第七班』は自身が考える以上に、未来の記憶により孤立した心の拠り所となっていたのだと気付かされた気がした。
「そんな顔、しないでよ」
頭上に温もりを感じ、見上げればいつものようにヘラリと笑うカカシがいた。
その手がチリンと揺らしているのは、サスケの手にあるものと同じ銀の鈴だ。
ナルトもサクラも一つずつ持っているそれは、鈴取り合戦の後に皆で分けたもの。
“前”にはなかった、新たな『第七班』の絆の形だった。
「暗部には一時出張してただけ。俺は第七班だからね」
「ウスラトンカチ……!思わせぶりなこと言うんじゃねェ!!」
「いやーお前がこんな純粋だったなんてねぇ。サクラに言ったら感激で泣いちゃうだろうなー」
「っっ……!!」
『サクラに言っちゃおうかな?☆』という副音声が聞こえてきて、サスケは罵詈雑言をあびせようとしていた口を噤んだ。
幻術で記憶を……と物騒な事を考え始めていれば、ふとカカシが微笑みを消してサスケの顔を覗き込んだ。
「お前が欠けたって第七班は第七班じゃなくなる……それを忘れるなよ、サスケ」
ハッと顔を上げれば、カカシの歪んだ眼差しには悲哀が宿っていた。
ああ、と思い至る。担当上忍であり、現在の保護者でもあるカカシに綱手が伝えぬ筈もない。
目を逸らしたサスケに、カカシは黙ったまま肩を握る力を強めるだけだった。その沈黙が、何故だか耐えがたかった。
「アンタも、忍を辞めろって言うのか」
「……言わないよ。お前はお前が選んだ道を行けばいい。それを後押ししてやるのが先生ってもんでしょ」
予想だにしなかった言葉に目を見張る。
そろりと逸した視線を戻せば、『なんて、本の受け売りなんだけど』とカカシは笑っていた。
そんな笑顔に隠されたカカシの迷いと葛藤に、幼き日のサスケは気がつくことができなかった。
『型通りの、一般論なんかがお前に響かないのも当たり前だ。師匠として、お前に向き合っていればと……今になって思うよ』
『あの時、俺はお前に……なんて伝えてやればよかったんだろうね』
苦しげな呼吸の合間に告げられた言葉を思い出して、歯を食いしばる。
そうしなければ、何かが溢れてしまいそうだった。
「どんなに苦しくたって、最後まで生きることを諦めるな。そうだね、ガイ風に言うなら──お前は、愛すべき俺の部下で、何があっても第七班の一人なんだから」
「……アンタに似合わないクサイ台詞だな」
「あ、やっぱり?」
「フン───」
サスケが早口でボソリと呟いた言葉に、カカシがうん?と首を傾げる。
何でもない、と誤魔化しがてらカカシの口止めをしていると、いつの間にやら日は頂点に達していた。
熱気の籠り始めた部屋に音を上げて、軽口を言い合いながら冷えたラムネを煽る。
シュワリと口に広がる甘さはやはり好きにはなれないけれど、茹だるような熱を冷ましてくれたその温度は酷く心地よかった。
「ねー、サスケ何か作ってよ」
「冷蔵庫ラムネしかないだろうが」
「スーパーすぐ向かいにあるじゃない。お金は出すからさ」
「アンタが買ってこい」
「えー、俺じゃ何が安いかとか分からないし。それに外、炎天下だよ?見てよ気温40度だって」
「……行くならアンタも道連れだ」
何のかんのと言い合いながら、結局二人で買い出しに行くことになったのだが。
トマトを厳選していたサスケの隣、カートを押していたカカシがふと思い出したように『あ』と声を上げた。
「そうそう。言い忘れてたんだけど、帰ったらお前の呪印を封じるからね」
「……!?」
思わず熟したトマトを取り落とす。
それを危なげなくキャッチしたカカシは、『先生、冷たい茄子のお味噌汁も飲みたいなぁ』とへらりと笑った。