SASUKE逆行伝   作:koko22

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カカシ先生視点。



75.狼煙

 

 

『捕まえた、と』

 

 

 月明かりのない新月の夜、黒々とした闇に紛れて森を蠢く影があった。地を這っていたその尻尾をつかみ上げたカカシは、キイキイと鳴くソレを物珍しげにしげしげと眺める。

 どこをどう見ても黒い鼠だが生物の気配は一切しない。口寄せの類ではなく、おそらくは何らかの術によって作られたものだろう。これが情報体であるとすれば随分と便利な忍術だ。

 

 

(暗部のリストにはなかった術だね……砂隠れか、或いは他にも協力者がいるのか)

 

 

 鼠に軽い幻術をかけて大人しくさせつつ思案にふけっていると、鼠の這い出てきた洞窟の奥から小さな足音がしてそちらへ目を移した。

 岩肌から顔を覗かせたのは鼠の痕跡を辿らせていたパックンだった。その耳は気落ちしたように垂れている。

 

 

『カカシ、こっちは駄目だ。湯隠れとの国境あたりで匂いが途切れておる。空を移動したか、時空間忍術の類だろうな』

『ま、そんなに簡単にはいかないか……こいつを見つけただけでも十分お手柄だよ。お疲れさま』

『褒美は骨付き肉で頼むぞ』

『はいはい』

 

 

 どろんと煙と共にパックンの姿が消える。

 戻った静けさを感じ取ったか、やがて梟の声や虫の音が再び夜闇を震わせ始めた。

 

 

『さて……どうしたもんかね』

 

 

 くたりと力の抜けた鼠を軽く揺らす。幻術にかけられたところを見ると、それなりの思考力があるようだ。下手に情報を抜こうとすれば術そのものが解けかねないし、おそらくは術者にバレてしまうだろう。

 洞窟の奥、先の見えぬ暗闇を見つめる。

 パックンが足取りを見失ったという湯隠れとの国境。確か、数日前に届いた自来也からの知らせによれば、湯隠れの祭りで綱手の情報を集めていた筈だ。それが偶然の一致とは考えにくい。

 もしかすると───。

 

 カカシは踵を返して暗い森を駆けぬけた。

 自来也から綱手の発見を知らせる報が届いたのは、カカシが里に帰還した僅か半日後のことだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 目を覚ましたハヤテの証言により、事態は大きく動いた。

 懸案事項は多岐にわたるが、まずは砂隠れの上忍、志村ダンゾウ、薬師カブト。木ノ葉崩しに大きく携わっているとされるこの三人の捕縛と住民保護が最優先される。

 まだ内部にスパイが残っている可能性も鑑みて暗部、警務部隊、芽は合同で人員が配置され、砂隠れの上忍は警務部隊長のフガク、志村ダンゾウは芽の総隊長イタチが指揮を取った。

 そして暗部総隊長であるシスイと共にカカシが配置されたのは、ダンゾウに代わって砂や大蛇丸とのパイプ役をしていたと目される“薬師カブト”だ。

 

 

(まだ成人してなかったっけ……哀れな子供だ)

 

 

 カチリ、カチリと、秒針を刻む音に時折混じる呼吸を聞きながら、天井裏から青年の寝顔に目を落とす。

 自ら煽った毒により一時は生死を彷徨ったカブトだが、同席していた綱手様の迅速な処置によって一命を取り留めていた。しかし寝台に眠ったまま一向に目覚める気配がない。

 

 綱手曰く、生きる気力がないのだから医療忍術の効きも悪い、毒抜きのダメージも大きいだろうから休ませろとのことだ。

 カブトのことばかりに構ってもいられず、シスイは他のダンゾウやカブトの居宅捜査に向かった。

 後を任されたカカシは残る部下、警務部隊、芽、暗部ら各二人の計六人と共にそんなカブトの監視の任に当たっていた。

 

 

───根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。

───僕に残っているのは任務だけ。それ以外は、どうだっていいんです。

 

 

 疲れたように微笑んだカブトの言葉が蘇る。

 呪印によって止むなく従っていた、それも確かにあるかもしれない。

 だが、暗部時代にカブトと同じ目をしていた者、心を失って脱落していった者達を何度も見送ってきた。木ノ葉を裏切った折にはこの手に掛けたこともある。

 

 里の為だ。仕方がない。

 そう割り切ってきた筈なのに、救う術が本当に無かったのかと苦い思いが胸を占めている。

 この世の不条理は変わらない。変わったのは俺自身なのだと、自分が一番よく分かっていた。

 

 

(イタチに知れたら……らしくないって笑われるだろうね)

 

 

 自嘲というには痛みを宿した瞳でカブトを見詰めていた、その時。背に走った悪寒に、カカシは瞬時に階下へと降り立ち額当てをずらした。

 着地と同時にぐにゃりと空間が歪む。そこから伸びた手がカブトに触れる刹那、カカシの放ったクナイが掠めてその動きが止まった。

 

 

『雷切!!』

 

 

 カブトを後ろに庇いながら雷遁を右手に纏わせ、手に続いて現れたその胸を貫く。

 雷切は確かにその身体を貫通した。だが、全くと言っていいほどに手応えがない。

 

 カブトをつかもうとしていた手が、カカシの腕へとターゲットを変えた。こいつに触られてはまずい。そんな忍の勘に従って、舌打ちしながらカブトを抱えて後ろへと下がる。

 一拍遅れて暗部や警務部隊達がカカシ達を守るように身構え、そうしてやっと襲撃犯をまじまじと眺めた。

 

 

『あっちゃ〜、惜しい!逃げられちゃったか〜!』

 

 

 場にそぐわないひょうきんな物言いで、『ガーン!』とわざとらしく頭を抱える男に眉を潜める。

 黒いゆったりとした服。背負った芭蕉扇と鎖で繋がった首切り鎌。ぐるりと渦を巻く仮面と、その中央にぽっかりと空いた一つ穴。

 

 ざっと記憶内のビンゴブックを捲るが、こんな道化のような男に見覚えは無かった。額当てすらもしていない。他に何か特徴はないかと視線を走らせていると、芽と警務部隊ら……うちは一族の者達が、何かに気付いた様子で互いに耳打ちをしていた。

 

 

『なあ、おい……あの扇……』

『は?嘘だろ!?』

『馬鹿言うな、アレが持ち去られたのは八十年以上も前のことだぞ!あの方、が……』

『……まさか……』

 

 

(扇……?)

 

 

 彼らの会話に襲撃犯の背負う芭蕉扇へと目を向ける。瓢箪のような形をしたそれは、繋がった鎌と共にあまり見かけるような代物ではない。左目を凝らせばそこに宿るチャクラも膨大なものだ。一級品の忍具だろう。

 見定めようとするカカシ達ヘまるでひけらかすかのように、仮面の男が身体の角度を変えた。

 

 

『えへへ~、かっこいいでしょ。ボクのとっておきの忍具なんですよ~久しぶりなんで特別に持ってきちゃいました!』

 

 

 背負われた芭蕉扇の表面には朱色の三つ巴が刻印されていた。

 それを目にしたうちは一族が顔色を失っていく。

 “うちは一族”、“持ち去られた”、“八十年以上前”、“あの方”。その言葉一つ一つを頭に反芻する。

 

 

『クソッ……!貴様、それを離せ!』

『やめろ、迂闊な動きはするな。まずは様子見だ。数では圧倒的にこちらが有利なんだからな』

『あらら……なめちゃってます?ボクのこと?』

 

 

 額に青筋を立てる若い警務部隊の男を諌めながら、先程投げたクナイを、この手で貫いた雷切を思い浮かべる。

 

 

『俺の雷切は当たっていたハズ……それを、すり抜けた。分身か、それとも映像や幻影を見せる幻術の類か……』

『私もそう思い周囲のチャクラを感知していましたが、あの男のチャクラは一つです』

『なら、あれは奴だけの何か特別な術だろう。こうなると厄介だが……』

 

 

 感知タイプである芽の男の言葉に軽く頷き、その隣の暗部へ目配せする。カカシの指示を読み取って、全身から数十万の寄壊蟲を纏わせた。

 

 

『うわぁ、君、油女一族かぁ。うじゃうじゃキモいなぁもう!』

 

 

 夥しい数の蟲が仮面の男に群がる。寄壊蟲が仮面の男のチャクラを吸い取っていく様子が左目に写っていた。

 やったか、そう思ったのも束の間、人形に集まっていた蟲がぐしゃりと形を崩した。

 

 

『何!?』

『瞬身の術か!?』

『いや、瞬身なら蟲達も奴が飛んだ方向に反応して動く。見失ったということは、その場から消えたということ……時空間忍術だろう』

 

 

 時空間忍術───あの状態から印も結ばず、マーキングも口寄せもなしに空間を飛んだ?

 

 

『ありえない……それじゃ、四代目以上の……ッ!』

 

 

 カブトを掴む腕に力を込める。飛び退ったと同時に、ズズ、と空間が再び歪んだ。

 ひょっこりと何もない筈の空間から現れた仮面の男は、ダメージ一つ負うことなくそこに立っていた。

 

 

『いやー、危なかったぁ───なんてね』

 

 

 ゾッと背筋が寒くなる程に、仮面の男の纏う空気が一変した。

 空いた風穴の奥。カカシの左目と同じ、赤い瞳がそこにあった。

 

 

『俺にはお前達の攻撃は効かない。お遊びはこのくらいにしよう……さあ、ソイツを渡してもらおうか』

『そんなにカンタンにカブトは渡さないよ───“うちはマダラ”!』

 

 

 その名にざわりと動揺の波がたつ。

 うちはマダラ。かつてのうちは一族の長であり、木ノ葉隠れの里の創始者の一人。その名は今なお、畏怖と共に記憶されていた。

 万が一その予想が当たっていれば、そんな男相手に誰かを庇いながら戦うなんて不可能だ。ましてや写輪眼なしに相対すれば幻術にはめられるのが落ちだろう。

 

 暗部達に下がれと命じてカブトを預けると、カカシはうちは一族と共に仮面の男マダラと対峙した。

 その腕でパチリと弾ける雷光にマダラはすっと目を細める。

 

 

『さっきの俺のセリフを聞いただろう。この“うちはマダラ”には、一切の攻撃は通用しないとな』

『やはり……うちはマダラか……!?』

『今更何をしにきた、この裏切り者が!!』

『ハッ、裏切ったのは千手であり、そして貴様ら一族だ。歴史というのは時の主権者によって都合よく改変される。お前達世代にはどう伝わっているかは知らんが、俺の予見した通りにうちはは里の隅へと追いやられた……俺に従わなかったことを後悔した筈だ』

『……』

『全く、嘆かわしい。かの誇り高きうちは一族が、千手の犬へと成り下がったとはな』

『千手もうちはも関係ありませんよ。千手の血は薄れ、うちは一族の垣根もあなたの時代より低くなっている。私達は里に忠誠を誓った、木ノ葉の忍というだけです』

『フン、欺瞞だな……子供を犠牲にして得た仮初めの平和がそれほど楽しいか?』

『ッ!!』

 

 

 何かが逆鱗に触れたか、うちは一族らがせせら笑うマダラに殺気立つ。

 怒りに燃える写輪眼が並ぶ様子は圧巻の一言に尽きる。元は一族の長とはいえど、その様子を見る限りうちはが彼に靡く事はないだろう。

 “犠牲”という言葉に引っかかるものがあったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 

『一族、一族って、うるさいのよオマエ』

 

 

 背後から芭蕉扇ごとマダラを貫いた。やはり手応えはなくすり抜けたまま、肩越しに片目の写輪眼と睨み合う。

 

 

『言ったはずだ。俺には一切の攻撃は……!!』

 

 

 仮面の奥の瞳がようやく気付いたのか目を見張る。

 貫くマダラが指先からどろどろに溶けていくのと同じように、マダラにも俺の姿が溶けているように見えるのだろう。

 

 

『あなたが何者であろうが、写輪眼は左右が揃って本来の力を発揮する。片目のあなたに幻術をかけることなど造作もない』

 

 

 電光の光が遠のき、暗闇に染まった世界で幾対もの写輪眼がカカシ達を取り囲んでいた。天から降ってくるような声が頭に反響して、割れるように頭が痛んだ。

 俺ごと幻術をかけろと命じたのはカカシだが、優男のような形をしてながら仲間にもこの容赦のなさ。イタチの血縁者であることは間違いない。

 

 

『“うちはマダラ”……お前を捕縛する。洗いざらい吐いてもらうぞ』

 

 

 あとはもう一人の暗部、山中一族の彼が心転身をすれば終わる。手ごたえの無かった腕が徐々に実感を伴っていった。指先へと伝う血の感触にマスクの下、口角を上げた時。

 俯いていたマダラが顔を擡げた。

 半分溶けた仮面の下、覗いた素顔に記憶が揺さぶられるよりも先、形を変えていく写輪眼に目を見開いた。

 

 

『時とは記憶を風化させる……お前達は忘れているようだが───ただの写輪眼しか持っていない奴が、この万華鏡写輪眼に勝てる筈がないのさ』

 

 

 指先から伝った血が地面に触れると、そこから全てが赤く染め上げられていく。

 周りを囲っていた暗闇も写輪眼も、溶けていた俺の身体も。全てが赤く染まり、残っていたのは赤色に囲まれたその男ただ一人。

 俺の雷切が貫いていた胸だけが、黒々とした風穴を空けている。三枚刃の手裏剣のように変化した写輪眼が、俺をジッと見下ろしていた。

 

 

『見てみろ。オレの心には何もありやしない。今はもう、痛みさえも感じやしないのさ。オレ達は、地獄にいる。カカシ……それをお前にも教えてやろう』

 

 

 水底から沈んでいた意識が浮上していくような感覚がした。酸欠で鈍っていた頭が、上がった悲鳴にハッと鮮明さを取り戻した時、俺は血に染まった床に倒れていた。

 四肢は指先一つ動かせない。まだ幻術の中にいるのか。そんな錯覚、いや現実逃避が胸を掠めた。

 

 

『どうして……』

 

 

 俺が目にしたのは、暗部の男が次々と仲間であるうちは一族へ刃を突き立てている、そんな地獄のような光景だった。

 ぐちゃりと死体から眼球を抉ったマダラは、意識を取り戻した俺に気がつくと一歩づつ近づいてくる。ピシャリピシャリと歩調と共に波紋を描くその赤に、写輪眼を宿したその眼球から滴るその赤に。呼吸が浅く早くなっていくのを自覚した。

 

 

『お前は何も知らない……この里の真なる歴史も、お前の部下の正体も、木ノ葉のとうに腐りきった根のこともな』

『……何が、言いたい』

『俺はカブトだけじゃない、コイツも迎えに来た───ダンゾウからの依頼でな』

 

 

 そう言って示したのは、返り血に染まった仮面を外した暗部、油女一族の男だった。

 出身は孤児だが、アカデミーを経て下忍へ、数年前に暗部に配属されたと聞く。彼が根のスパイだとすれば、いったいいつから。暗部だけじゃない、上忍や中忍の中にもその手が伸びていたならば。

 最悪の想像に青ざめるカカシを覗き込み、マダラは笑った。

 

 

『教えてやる……木ノ葉の闇に葬られた“真実の歴史”を、な』

 

 

 そうして滔々と語られた話は、俄には信じがたいものだった。

 千手一族にうちは一族。里の成り立ちとその因縁。俺の心を動揺させる、それだけのために作ったにしてはやけに具体的で、言い知れない忍の無情さがそこにあった。

 

 

『そして……うちは一族は、クーデターを目論んだ』

『やめろ!嘘だ、そんなもの、全て……!』

『嘘?違うな、分かっているんだろう。お前は真実から目を背けているだけだ』

 

 

 口では否定しながら、過去のうちは地区の監視任務を思い出していた。

 その役について間もなく暗部に入隊した、うちはイタチの何かを決意したような昏い瞳も。

 

 

『……結局の所、クーデターは実現しなかった。それどころか、うちは一族の待遇は良くなり、先程あのうちはの男が言ったように一族よりも里を優先する、そんな奴らも増えた。それが何故か、分かるか?』

『“犠牲”って、まさか……』

『ああ。里はうちは一族から人質を取った。謂わば、和解の為の人身御供さ。そしてそれを対価として、うちはの待遇は改善されクーデターは有耶無耶にされた』

『……』

『そして三年前、うちは一族は“芽”という組織を作りダンゾウら千手派を追い込んだ。そして今や、ダンゾウ達こそがクーデターを計画した大罪人となった!素晴らしい、見事な逆転劇だ!』

 

 

 マダラは声高に嘲笑する。

 この里をか、この忍の世をか。或いは、地獄のような世界で無知のまま生きる、俺のようなちっぽけな人間をか。

 

 里の為。仕方がない。そう思い込んで手を汚してきた。それは本当に正しかったのだろうかと、そんな疑念が胸の奥底に生まれている。

 何が正義なのか。里の為なのか。里とはいったい何か。答えは闇の中に沈んだまま見えない、けれど。

 

 

 やっと動かせるようになった指先が腰を掠め、チリンと小さな音をたてた。その音にナルトの、サクラの、サスケの顔が過ぎった。

 血溜まりに震える手をつく。歯を食いしばり、重い鉛のような身体を起こした。

 

 

『……言った筈だ。一族、一族って、うるさいんだよ。血なんて関係ない。里がどんなに闇や矛盾を抱えていたって構わない。俺には守りたいものがある、それだけだ!』

『ッ!!』

 

 

 目の前の仮面へ思い切り頭突きをかました。

 ぴしりとマダラの仮面にヒビが入る。

 

 

『さらにもう一発!』

 

 

 思いきり入れた拳がその割れ目を広げる。

 ヒビ割れは仮面から広がって、空間全体を崩していった。

 

 呼んでいた増援がこんなにも遅い筈がない。そしてこの男は焦る様子一つ見せやしない。

 そして何より、壁にかけられた時計の針は止まったまま動きを見せなかった。

 

 

『これは幻術……そうだろう?』

『気がついたか。まあ、いいさ。目的は果たしたからな』

 

 

 視界が拓ける。

 荒くなった息を整えながら状況を確認する。部下達の亡骸は皆足元に転がっていた。遺体は五人。そこにあの油女一族の男はいない。

 幻術の中とそう大差はなかった。寝ても覚めても最悪な状況下に気が狂いそうだ。

 ただズキズキと痛む目が、鼻につく金臭さが、これが現実なのだと教えてくれた。

 

 

『里が……仲間が、お前の大切なものを壊す時───カカシ、お前もこの地獄に絶望するだろう』

 

 

 左目を抑えて立ち尽くすカカシを嗤いながら、彼は渦の中に消えていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 その後はただ怒涛のように時が過ぎた。

 駆けつけたシスイへ全てを話して他隊の状況を聞いてみれば、この夜には最悪な状況しかなかった。

 

 ダンゾウもカブトも取り逃がし、有能な部下達を複数失った。油女一族の暗部に関しては、幻術か現実かさえ判断がつかない。あの男が本当にうちはマダラである確証もない。

 

 そしてこの一連の事案、特にダンゾウとカブトの里抜けに対する責任を負ったのは、警務部隊隊長のうちはフガクだった。

 上層部の“うちはマダラ”に対する恐怖は相当なもので、その溜飲を下げる為にと自ら名乗り出たそうだ。おそらくは、三代目やイタチ、シスイを慮ってのことだろうと予想ができた。

 

 しかしその謹慎処分にうちは一族らが反発したことは言うべくもなく。一族数名を失ったことも加え、彼らの怒号は室外で待機していたカカシの耳にも届いた程だ。

 当のフガクが彼らを抑えて何とか場は収まったそうだが、これにより上層部とうちはの溝は浮き彫りとなった。

 

 

『今は内輪で揉めてる場合じゃないってのに……』

 

 

 暗部の待機室へ戻ってきたシスイは、備え付けのベンチに腰掛けると“臭いがつく”といつも避けてるタバコなんて吸い始めた。

 随分と憔悴しているが、ここ数日の不眠不休、そしてその結果を思えば仕方ないだろう。

 そんな項垂れるシスイを横目に、隣の壁に背をつけて天井のシミを意味もなく見上げた。

 

 

『ま……不安の裏返しでしょ。身内に裏切り者がいるかもしれない、そう考えたくないからこそ他者を攻撃しようとするんだよ』

『全く慰めになってないぞ』

『慰めてないから。ただの現状把握……きっと俺を生かしたのは、互いへの猜疑心を抱かせる為だ。まんまと敵の術中に嵌ってるってワケ』

『……抜け出す術があるか?』

『んー、中忍試験を中止して内部を徹底的に洗い出すとか』

『洗い出しはもうやってる……が、本戦はあと半月だ。火影様が大大名様に直談判に行ったが、難しいだろうな。違約金も相当な額になる』

『世知辛いねぇ。それで、俺は何すればいいの』

『いや……お前は担当上忍に戻れ』

『うちは一族の……死んだあいつらの親族から、睨まれないようにって?』

『……すまない』

『何でお前が謝るのよ。部下達を守れなかったのは俺の責任でしょ』

 

 

 何故、俺が生かされたのだろう。

 胸に潜めていたやる瀬のない思いが再び浮かび上がる。友の、仲間の死を経るたびに、そんな疑問を何度も抱いている。

 忍犬使いにはご法度のソレを俺も一本もらおうかと思案していると、シスイがふとタバコを灰皿に押し付けた。火の潰える音がした。それでも揺蕩う臭いは消えないままで、血の臭いが染み込んだ鼻腔を焦がしてくれた。

 

 

『カカシ……最後に頼みを聞いてくれるか』

 

 

 ちらりと見下ろしたシスイは、何やら思い詰めたような顔でまっすぐ俺を見詰めていた。

 その目尻に涙の痕が残っている事に気がついてしまう。もしかすると、亡くなった彼らの中にシスイに親しい人間がいたのだろうか、そんな事を考えてしまって目を背ける。

 

 だが、いくらシスイの心からの頼みでも、内容も聞かずには頷けないのが忍の性だ。

 無言で先を促せば、躊躇いがちにシスイは続けた。

 

 

『サスケちゃんの呪印を、封じてくれ』

 

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。意味を咀嚼するごとに理解ができなかった。

 呪印と聞けば、咄嗟に思いつくのは根の奴らを縛っていたというダンゾウの術だ。しかし、サスケと呪印、その二つが結びつかない。何故ここでサスケの名が出るのか。

 そう考えようとして、吐き気のするような重苦しさを喉元に感じた。それを誤魔化すように深呼吸をしたけれど、絞り出した声は自分でも驚くほどに低く聞こえた。

 

 

『どういうこと?』

『それは……言えない』

『ハ……馬鹿にしてるの?』

『していない。ただ、俺の口からは言えない』

 

 

 カッと頭に血が登り、気づけばシスイの襟首をつかみ上げていた。

 問い詰めようとシスイの苦しげな顔を覗き込んで、そしてその焦点の合わぬ濁った眼に気がついてしまった。左目に至っては、もう俺の影すら映らない。

 

 

『お前……その眼』

 

 

 シスイはそれには答えないまま、襟首を掴む俺の手にその傷だらけの手を添えた。

 

 

『カカシ……“言えない”んだ。俺にはその権限がない。それには、火影様、上層部、それからうちはの族長の承認がいる』

『何が……』

『こう言えばいいか?お前が幻術の中で聞いた話は───全て真実だ』

 

 

 脳を揺さぶられるような、そんな衝撃に手から力が抜けた。

 

 

『俺もイタチも……“うちは一族”である俺達は動けない。今、上層部を刺激すれば人質の身が危うい。だからといって、呪印を放置することもできない』

 

 

 “犠牲”、“和解の為の人身御供”、“うちは一族”、“人質”、“呪印”。

 切れ切れの断片を脳は繋ぎ合わせようとする。それを必死に否定しながら、記憶は七班の結成時へと遡っていた。“要注意人物”、そう記された報告書を思い出した。

 

 

『お前が仮面の男から聞いた話は、上には報告していない。これは、俺の独断だ。全ての責任は俺が取る。だから……何も聞かないでくれ。頼めるのは、友人であるお前だけなんだ』

 

 

 その人懐っこい笑みを描いた両目から、血の涙が流れている、そんな幻影が重なった。

 言いたい言葉を全て飲み込んで、すう、と息を吸った。タバコの煙たい臭いが混じっていた。

 

 

『……いつから友達になんてなったのよ』

『ん?イチャパラ仲間の友人』

『安い友人だね』

『ほー。こいつをやろうと思ったが、いらないなら……』

『!!』

 

 

 先日、泣く泣くシスイに返したプレミア版イチャパラに反射的に手が伸びる。

 こいつは最後まで読めたのだろうか、なんて、ふと胸を刺した痛みには蓋をした。大の男相手に、それも曲がりなりにも18禁本の読み聞かせなんて真っ平御免だ。

 本を片手に踵を返す。呼び止める不安げな声に、振り返らぬままひらひらと片手を振った。

 

 

『分かってるよ……俺は何も知らない。詮索しない。俺は、俺の守りたいものを守る、それだけだ。だって俺は───先生だからね』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「おい。おい、カカシ!」

 

 

 んん、と本の下で閉じていた瞼を上げる。長い長い、悪夢を見ていたようだった。

 本をずらせば、木陰から覗き込むようにして可愛くないようで可愛い子供が目を吊り上げている。『アンタ本当に修行を見る気があるのか』なんて怒る子供は、やっぱり可愛くないかもしれない。

 

 

「見てる見てる。それで……あー、どこまで出来たんだっけ」

「見てねーじゃねぇか、ウスラトンカチ!」

 

 

 訂正。そうむくれながらももう一度やってくれるのだから、やっぱり可愛いものである。

 あの後すぐに受け取った綱手様からの書簡に何もかもが頭から抜けて、里中サスケを探し回った。迎賓館の前で見つけてホッとしながら、自分らしくもなく熱くなった気がする。そしてようやく呪印の事を思い出し、シスイの頼み通り無事に封じる事に成功したのだったか。

 

 あの夜から既に三日、木ノ葉が一望できる里外れの渓谷へと連れてきたサスケは、飛雷神の術の習得に励んでいた。

 印を結ぶと同時にその姿がかき消え、マーキングした場所から一歩外れた場所にサスケが現れる。

 

 

「座標がズレてる。これじゃ、ターゲットに当たらないよ」

「……さっきは上手くいった」

「百回やって、たまたま一回できなかったとして……任務じゃその一回で命を落とす。言い訳なんてしてるようじゃ千鳥なんて教えられないね」

「くっ……」

「ま、それもこれまで術を使えなかったことを考えれば、よくやってるよ」

 

 

 本当を言えば、たった数日でここまでとは予想だにしなかった。欲目を抜いても、よくやってるどころか天才と言うのも生温い。だが、まだまだ飛距離は短く、実践で使えるレベルじゃないのは事実だ。

 舌打ちをしながらも、先程よりマーキングの距離を縮めて反復練習へと戻るサスケ。炎天下の中で汗だくになったその首筋からは、ちらりと封邪法印の施された呪印が覗いていた。今まではあえて襟を詰めて隠していたようだが、それももう辞めたらしい。

 

 

『カカシ……アンタ、どこまで知ってる?』

(サスケ……お前は、どこまで知っている?)

 

 

 きっとお互いに聞きたいことが沢山ある筈なのに、口に出せずにいる。

 闇なんて知らないままでいてほしい、そんなささやかな願望だった。知れば無関係ではいられない。きっとシスイも、俺を巻き込まないが為に詮索をさせなかったのだろう。

 

 

(詮索はしないとは言ったけど……一度知ってしまえば、無関係でなんていられる筈ないよ)

 

 

 イチャパラを一枚捲る。ぽとりと落ちてきた潰れた一本のタバコに、そんな思考さえ見透かされているような気がして苦く笑った。

 ライターなんて持っていないから雷遁で火をつけて、慣れない呼吸に息が苦しくなってむせ返った。

 

 

「……?アンタが吸うなんて珍し───」

 

 

 首を傾げたサスケの言葉が不自然に途切れる。

 そのサスケの視線を辿って、青い空を切り裂くように立ち昇る一筋の狼煙を目にした。南加ノ区の方向だった。

 

 

「あれは……うちはの火葬だね。うちはは火を扱うからこそ、火をもって天へと送るそうだよ」

 

 

 そんな話をしていたのは、確か本当に可愛くない後輩だった気がする。血継限界を継ぐ一族で火葬はそう珍しくはない。身体の細胞一つ、髪の毛一筋たりとも敵の手には渡せない為だ。

 アイツに似合わず、子供らしい綺麗事だとそう思っていた。けれど今はそんな綺麗事を信じたい、そう思って受け売り通りに言葉を紡いだ。

 

 

「───」

 

 

 サスケの静かな横顔からは何を考えているのかなんて分かりやしないけれど、何故だか一瞬ひどく大人びて見えた。

 そんな事を思った自分を誤魔化すようにもう一度息を吸って、その苦さに再びむせ返れば『大丈夫かよ』なんて眉を潜める見慣れたサスケに『大丈夫』なんていつものようにへらりと返す。

 背にそっと当たる小さな手の温もりがジワリと広がって、息苦しさが和らいだ気がした。

 

 それから二人並んで、虚空に流れていく白煙を眺めていた。

 

 

「……先生、お腹すいちゃったな~」

「アンタは寝てただけだろ」

「そりゃあ生きてるからね。寝てたって、生きてりゃ自然と腹は減るでしょ」

「だったら自分で作れ、ウスラトンカチ」

「えーでもさ?お前のご飯美味しいから。何だかんだ……生きててよかったって、そう思っちゃったのよ。何でだろうね?」

「フン……食い意地が張ってるんだろ」

「本当に可愛くないね、お前は」

 

 

 俺が生きているから、第七班が、第七班でいられるのだと。

 そう思えば、俺にも生きる意味があった。そんならしくないことを思ったなんて、どうにも言えなかった。

 

 素直じゃないのはお互い様だ。

 言い合いながら帰路につく頃には、手にしていた煙草はとうに消えていたけれど。代わりにその火が燃え移ったかのように赤く染まる夕焼け空があった。

 

 血の臭いは、もう感じなかった。

 





ちなみに、砂隠れに一度やられたハヤテさんを生き返らせたのはあの方だったりして……|д゚)

油女スガルさんはイタチ真伝の小説版のみご登場。
シスイさんを殺してイタチ兄さんに殺された方です。原作やアニナルではいなかったことも踏まえ、いたかもしれない忍ということで、幻術か現実かは皆様にお任せします。
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