視点がころころ変わります。ご了承ください。
火の国大名領、大大名邸。
豪奢な椅子に腰掛ける大名らを前に、ヒルゼンは表情を変えぬまま内心で嘆息していた。
「木ノ葉で左様な動きがあったとは……しかし、あのダンゾウがなぁ」
「だが中止というのは些か性急ではないか?なにせ木ノ葉主催の3年ぶりの大規模中忍試験だ、既に大名中でも話題になっておる。観戦席もとうに埋まったと聞くぞ」
「そもそも、生き残りも幻術にかけられ『うちはマダラ』が本物かどうかも定かではないのだろう?ならば、中忍試験を中止させることで、他国との軋轢を生むことこそが敵の狙いという可能性もある」
「砂隠れの上忍も捕らえたのだし、計画が露呈しながらあえて事を進めるとも考えにくい。砂隠れとの戦力差も考えれば奴らがこれでも尚動くという可能性は低いのではないか?」
「本戦にのぞむ下忍達は昇進の機会を逃すことになろう。今後を思えばこそ、次世代の若人を育てねばなるまい」
「やはり中忍試験は継続として───」
口々に示される難色は、木ノ葉中忍試験の中止を求める嘆願への答えである。
ダンゾウの里抜けに、砂隠れの裏切り、クーデター計画の露呈、『うちはマダラ』と目される忍、大蛇丸の関与。現に死者も多数出ている中で中忍試験を続けるにはリスクが高すぎる、そう強く訴えたものの予想通り芳しくない結果となった。
(しかし、誰一人ことを重く見る者がいないとはのぅ……)
第四次忍界大戦の終結から十数年あまり、平和への慣れとは恐ろしいものだ。
とはいえど、中忍試験の開催には会場準備から人員配置まで莫大な費用がかかっており、そのスポンサーとなっているのが彼ら大名連である。
中忍試験中止の違約金は相当な額になる。大名連の理解が得られない現状、火影とはいえど強硬な姿勢を取ることはできない。
最終決定権をもつ大大名様がパチリと扇を閉じ、口々に反対意見を述べていた大名達も口を閉ざした。
「うむ、皆もこう言っていることだえ。中忍試験は続行とすることにするかえ」
「……わかりました」
半ば予想できていたその結論に頷くも、失望の声音は隠せなかった。
そう、最初から分かっていたのだ。既に木ノ葉に滞在する大名もいれば、賭けられたトーナメントの賭け金は里の予算に匹敵する。
本戦まであと半月足らず、今さら中止などできないだろうことは里を出る前から分かっていた。
平和な世に浸っていたのは儂自身に他ならず。大蛇丸の痕跡に目を瞑り、中忍試験の中止を先送りにした。そのツケが回ってきたのであろう。
「ただ、万一ということも考えられましょう───この場をかり、次代火影の推挙をさせて頂きたいが如何か?」
だが、過ぎた後悔に立ち止まる訳にはいかない。木ノ葉を離れてまでここに来たのは、決して無駄な足掻きをするためなどではなく。
五代目火影の推挙、それこそがこの訪問の本当の目的だ。
大名連がざわつく中で、大大名様の目が僅かに瞠られ面白そうにきらりと光る。
「ほほう!次代火影とな?今度こそ自来也で決まりじゃないのかえ」
「儂もそう思うのですがのぅ、残念ながら自来也には前回同様に断固拒否され……」
「なんじゃ、残念だえ。余はあ奴が好きなのじゃが……して、他に誰かおるのかぇ?」
「本人の了承はまだ得られておりませんが、一人、適役がおります」
警戒すべきは砂隠れのみに非ず。里の混乱に乗じて、隣国のいずれかが大胆な行動に出るかも分からない状況だ。
さらなる危機を想定した準備が必要というのは、うちは一族も相談役も、共々一致した意見であった。
この窮状において最も重視すべきは、里を守れる力量と皆を纏める求心力に名声。
様々な点を踏まえ最有力として挙がった名、それは奇しくも証人たるハヤテの治癒の為には欠かせぬ人材だった。
「自来也と同じく三忍の一人にして初代火影の孫───綱手を次代火影として推薦致したい」
「ほう、綱手かえ。確かに賭け事狂いはあるが、あの乳……ゴホン、血筋も申し分ないの。しかし行方を眩ませておると聞いておったが?」
「数日前、自来也が見つけ出しました。現在は借金の肩代わりを条件に木ノ葉に留め置いております」
「綱手姫は血液恐怖症を患っていると耳にしたが、大丈夫なのか?」
「……既に病は克服しております。ご安心くだされ」
大名の指摘ににこやかに返しながらも、代償として左目の光を失ったシスイを思う。
シスイは木ノ葉で五指に入る実力の持ち主だ。その力を失わせるには惜しく、命令を躊躇っていた折にシスイの父が写輪眼の提供に名乗りを上げた。
移植により万華鏡が使えなくなるにしても光は取り戻せる。シスイは随分と迷っていたが、里の為だと父親に諭されその話を受け入れた。
そう、そうなる筈だったのだ。
(まさか……あんなことになるとはのぅ)
苦々しい記憶を噛みしめる。
ダンゾウが里抜けした夜。シスイの父は『マダラ』と目される人物により身罷り、その両眼をも奪われ、計画は白紙に返った。
うちはの誇りである瞳の提供者自体がほぼいないことに加え、相性によっては適合できない事、写輪眼が使えなくなる可能性もあり、提供者探しは随分と難航していると聞く。
シスイという大きな戦力を失う事も視野に入れなければならない現状に、尚の事先行きが思いやられるばかりだった。
そんな事情を知らぬ大名連は、綱手の病の克服に歓声を上げる。先程とはうって変わり、概ね好意的な意見が続いた。
「うむ、決めた。綱手を次代火影として認める!」
決定付けられた大大名様の言葉に胸を撫で下ろす。
綱手の説得は骨が折れそうだが、それでも懸念事項が一つばかり減ったようだ。
(これで心置きなく───命をかけられるというもの。初代様、二代目様、ミナト……どうか見守っていてくだされ)
来るべき決戦をどこかで予感している。
大名方へ深々と頭を下げながら、三代目火影は己亡き後の木ノ葉の未来を願った。
◆ ◆ ◆
砂隠れの里、風影邸。
一人の忍がその頭を上げ、御簾越しの影を見つめていた。
「風影様……今、何と……」
砂隠れの担当上忍であるバキは、唇を震わせ呆然とそう呟いた。
ハヤテの証言により一時拘束されたバキではあったが、砂隠れからの抗議によりその身は釈放された。他里の忍の傷害の罪は重いが、相談役であるダンゾウの指示であったと訴えれば落ち度のある木ノ葉はそれ以上に責められない。ましてや死亡することもなく現在は完治しているとなれば尚更である。
そして火影よりの書簡を携えて戻った自里の長、風影へと経緯を報告したのが数分前のこと。
ダンゾウの逃亡もあり当然ながら計画は頓挫。クーデターは白紙に戻る、そう疑わなかったバキの思考は風影のその一言によって否定された。
「聞こえなかったのか?───計画の変更はない、そう言ったのだ」
聞き間違いであってほしいと願ったが、無常にもそんな願望はあっさりと潰える。
だが、木ノ葉との戦力差は歴然としている。失脚しながらも里に根を張るダンゾウの手引きがあってこその木ノ葉崩し、木ノ葉の隙をつくからこそ可能な計画だった。
それをクーデターがほぼ明るみに出ていながら、敵の激しい警戒の中で続けるというのだ。
待ち受けるのは計画の失敗。すなわち己や部下、そして数多くの同胞達の犬死である。
「お待ち下さい!書簡に目を通して頂いた筈、火影は中忍試験の際に砂隠れとの話し合いを望むと……砂の困窮に対する支援及び同盟内容の見直しを約束している!ならば、我らが木ノ葉崩しをするメリットは何一つ……!」
「口を慎め。お前達は、私の決定に従えばよい」
「ですが……!」
「そもそも、木ノ葉に借りを作る現状を生み出したのはどこぞの無能が敵を仕留め損なった為……この場で斬り殺してもよいのだ。里に命をかける、その機会を与えてやるというのに何を拒む?」
冷徹な眼光に見据えられ、身に覚えのある負い目に口籠る。
しかし、バキとて無駄にこの上忍という地位に就いている訳では無い。
(クッ……!私は、確かに奴を殺した!)
あの月光ハヤテという忍の息の根は、完全に止まっていた。敵陣の只中、死亡の確認を怠るようなミスをする筈がない。
だというのに、木ノ葉の取調室で現れたのは、確かにとどめを刺した筈の奴だった。
亡霊かと疑うもそれは確かに生きた人間の息遣いであり、もはや死人が生き返ったとしか思えない。木ノ葉の禁術には死者を蘇らせるという術があると聞いたことはあったが、あれ程完全な形で蘇るものなのかと心底慄いたのは記憶に新しい。
だが、いずれにせよ自身の落ち度であることは間違いなく、処刑も覚悟で里に戻ったのだ。
既に里に命を捧げている身、どんな処罰が降ろうと甘んじて受けるつもりだった。
(だが、これは違う……!里を潰すおつもりか!?)
砂隠れは軍縮により国力の維持が難しく、量の確保ができない分、質を高めるしか道がなかった。
そして木ノ葉崩しで投入される予定の戦力は、我愛羅や風影を含め里の戦力のおよそ八割。それもダンゾウによる脱出経路の確保があってこその計画であった。
木ノ葉崩しを知りながら何も対策を取らないほど木ノ葉は馬鹿ではない。厳戒態勢が敷かれる中で半分以上の戦力を投入し、もしも全滅などという事態にでもなれば───砂隠れは木ノ葉ないしは隣国に蹂躙され、五大国の末席から消えることになるだろう。
そんな火の海になる里の未来を想像し、額に嫌な汗が流れた。
「命は惜しくありません!しかし里の未来のため、どうか……どうか、お考え直しを……!」
「くどい!決定は覆らぬ。木ノ葉へ戻りその時を待て───里のため、命を捨てよ」
頭を床に擦り付けるバキに目もくれず、風影はそう一喝し去っていった。
その体勢のまま、バキは流れる汗もそのままに唇を噛み締めた。
砂隠れの忍の一人として、風影の決定した命令に背くという選択肢はない。それでも、胸を覆う迷いと底知れぬ不安に噛み締めた唇から血が滴った。
それでも、思い返すのは乏しい里を支え続けたかの方。強引な所もあれど、家族を犠牲にしてまで里のために尽力してきたその姿を思い浮かべる。
(いや……あの風影様が何の考えもなしにこんな決断をする訳がない。私に教えてくださらないのは信用を失ったからか……何か勝算があるのだろう)
そう無理矢理に自分を納得させて顔を上げる。
もう誰もいない御簾の向かいを暫し見つめていたバキは、やがて傀儡の如くふらりと立ち上がる。
───これが、本当に砂隠れのためなのか?
そう悩む心には蓋を閉じ、バキは覚悟を決めた瞳を敵国木ノ葉へと向けた。
◆ ◆
「フフ……馬鹿な男。忠誠心に命をかけるなんて……そんなモノ、何の役にもたたないっていうのにねェ。そうは思わない?」
その一方。砂埃の舞う道、木ノ葉へと戻っていくバキの後ろ姿を丸窓から眺めていた風影は、そう嗤って背後に控えた部下を振り返る。
呼びかけられたその部下は、にこりと作りものめいた笑みを浮かべた。
「さあ、僕にはそういう心は分からないので。ただ、忠誠心は人の思考を止め愚かさを生む。権力者にとってこれほど扱いやすい事はない……本にはそう書いてありました」
「言い得て妙ね。盲目に従う愚かさは罪───お前はどちらかしら」
「僕は、視力はいい方ですが」
「そう?私からすれば、他者に固執しそのためなら何でもする……愛も忠誠心も似たようなものよ」
「愛?───違います。きっと兄さんはこんなこと望まない。これは僕の初めての自由……ただのエゴイズムなんです」
「あら、私は『シン』のことだなんて一言も言ってないけれど。でもまあ……お前がそう言うなら、そういう事にしておいてあげる」
常日頃、表情の変わらぬ彼だが、たった一つその仮面が崩れる瞬間がある。
それは五年前に根からパイプ役として遣わされ、今はかろうじて病と戦いながら命を永らえている『シン』の存在だった。
数年前から根との連絡が取れなくなり、里に戻ることもできずにいた彼を助けたのはただの気まぐれに過ぎない。
だが、そんな義兄弟である彼に一目会いたい、その執念をもってサイは根の解体後に下忍班を転々とし、大蛇丸の部下であるヨロイ達を突き止めた。
そして、彼の安全の保証と引き換えに自ら配下に下ったのがつい半年前のことである。
(何の利もないそれが『自己利益』だとは、随分と歪んだ子……自覚なんて無いんでしょうけれど)
実力はカブトとは比べるべくもないが、なかなかに面白い子供だ。
気にでも触ったか眉根を潜めた彼の姿にほくそ笑んでいると、二人の間の空間がぐにゃりと黒く渦巻いた。
「首尾はどうだ、大蛇丸」
空中から現れた人物に驚くこともなく、風影───扮する大蛇丸は、ニイと口角を上げた。
「上々ってところかしら。そっちはどう?」
「こちらも順調だ。俺のシナリオ通りに事が運んだ。近々組織から呼び出しがかかるだろう」
「そう」
「元は部下だったお前は驚くかと思ったが。そうでもないようだな」
「人は変わるもの、それかその前に死ぬかの二つ……ダンゾウは変わった、それだけのこと。まあ正確には変えられたんでしょうけれど……アナタでしょ?月光ハヤテを生き返らせたのは。わざわざ警務部隊をおびき寄せてまで、ねェ」
「フン……俺は後押ししてやっただけさ。お前の部下の情報も奴らを嵌めるのに役立った。お前の術か?潜入にはお誂え向きのいい術だ」
「ありがとうございます」
「それにしても……死者の蘇生もできるなんてね。やはり素晴らしい眼……!」
陶然と見つめる大蛇丸の眼差しに、仮面の奥の赤い瞳が不機嫌そうに細められる。
けれどそんな空気などものともせず、大蛇丸は暁の指輪をつけた左手を伸ばす。
「もう少し待て。お前が欲しいのは、俺の瞳じゃないだろう?」
「……ええ、そうね」
仮面に触れる寸前、その言葉に手を止めた。
死の森、間近で覗き込んだ子供の黒眼。あの双眸が真紅に染まる瞬間を思うだけで唾が溢れる。
それもあと少し。あと少しで、この手に入る。
ペロリと赤い舌で唇を舐め、欲望を握り堪えた大蛇丸はその手を引き戻した。
「フフ、私の手でできないのは残念だけれど……綺麗に染めてあげてちょうだい」
「計画の遂行次第だ。しっかりやれ、『風影』」
「分かっている」
ガラリと声音を変えた大蛇丸に満足そうに頷き、仮面の男は渦に吸い込まれるようにして姿を消した。
窓の外へと目をやれば、遠く駆けていたバキの姿が砂埃に包まれ消えていく。
舞う砂は次第に量を増し、やがて砂嵐となって窓に映る世界全てを覆い隠した。
◆
『封印術は成功したよ。けど覚えておけ、この術はお前の意思の力を礎にしたものだ。己の力を信じずその意志が揺らぐようなことがあれば、その封じの効力は無くなる』
そう白髪の忍から告げられた忠告に、『彼』はフンと鼻を鳴らす。
【無駄なことだ……が、 】
チャクラの流れが堰き止められて数日。ついに限界を迎えたのか、音のない声が溶けて消え視界が狭まり始めた。
自分が手を握っているのか、開いているのかさえももう分からない。そんな慣れ親しんだ感覚のない世界に目を閉ざせば、変わらぬ黒い視界が広がっている。
【うちはサスケ─── 、 】
名と想いだけが反響する中、薄れゆく意識に身を委ねて底なしの微睡みに沈んでいく。
いずれ目覚めるその刻限を待ちながら、『彼』は静寂の中へと消えていった。
それぞれが想いを抱えながら時は進み続け───そして、ついに本戦の日を迎える。