めんどくせー試合が終わったと思いきや、更にめんどくせー展開になりやがった。
咄嗟に幻術返しをしてしまったシカマルは、眠ったフリをしながら、そんなぼやきを内心でこぼしていた。
『おい、どこ行くつもりだよ!』
『カカシ先生のとこ行くってばよ!この試合を止める!!』
『待てって!この馬鹿!』
『え、シカマルまで行っちゃうの?んー、だったら僕も行こうかな……』
そもそもは、試合中に狸の化物になった我愛羅を見た瞬間、控室を飛び出したナルトに付いていったのが運の尽きだったのだろう。俺らしくもなく、おせっかいが過ぎた気もする。
チョウジと一緒にナルトの後を追いかけ、避難誘導中だとかで散々足止めを食らった挙げ句にカカシ先生やいの、サクラ、それから何故か激眉の師弟、彼らの所にやっと辿り着いた時には試合は既に終盤で。
通路から出てきた瞬間に俺達が目にしたのは、巨大な黒いチャクラに呑まれゆくサスケの姿だった。
その消えた姿に俺もチョウジも、ナルト達も。ただポカンと口を開けてその何もなくなった空間をただ見つめていた。
その直後、幻術がかけられた訳だが……ナルトはどういう訳だか幻術にかかった様子すらなく、カカシ先生の制止も聞かず結界の解かれた会場内に飛び降りていった。
「ナルトの奴……砂の我愛羅達を追いかけたか」
「カカシ先生、サスケくんが……!」
「ん?アイツは……ま、そう簡単にやられる奴じゃないよ。それよりも、問題はナルトだ」
目を瞑ったまま聞き耳を立てる。その会話やあちこちから聞こえてくる戦闘音を考えるに、どこかの里が襲撃をしてきたのだろう。
状況や戦力を考えれば、最有力は砂隠れか。
だが、控室にいた砂隠れのテマリが相当焦っていた様子だったことを考えれば、あの砂の化物は敵にとってもイレギュラー。逃げたってことは、それ相応のダメージを負っている筈だ。
それでも『我愛羅達』ってことは敵は複数、ナルトの馬鹿が一人で行って敵うような相手じゃねぇだろう。
だからといって準戦時下にあるこの状況で、上忍達が大名や観客達をほっぽり出せるかといえば、否。
こうなると、後は読めたようなもんだ。
本当にめんどくせー展開である。
「サクラ!お前は、シカマルとチョウジの幻術を解いてナルトの後を追跡しろ。ナルトを止めるんだ」
やっぱりか。そんな予想してた通りの言葉に、そして出された自分の名前にギクリと額に汗が流れる。
いのも起こせばと言うサクラに、敵から身を隠すには基本小隊であるフォーマンセルが最適だろうと諭すカカシ先生の言葉を聞きながら、梃子でも起きるものかと目を瞑り続けた。
……が、そんな努力も虚しく。
ガブリと音を立てて忍犬の牙が足に食い込み、俺は激痛に悲鳴を上げて飛び起きた。
「シカマル!アンタ、幻術返しできたのね!?何で寝たフリなんかしてんのよ!!」
「フン、巻き添えなんざごめんだ。俺はやだぜ、ナルトなんて知ったこっちゃな、い゛ってェ!!」
「まったくアンタって……シカマル!後ろ!!」
噛みついてくる忍犬の首根っこを抑えながら遠ざけようとしていると、背後に濃密な殺気を感じて振り返る。そうして見たのは、額当てのない忍が俺にクナイを振り下ろそうとしている所だった。
(避けられねェ……!)
気が抜けていただとか、油断していただとかは言い訳にならない。ただ、圧倒的に相手の力が勝っていて、俺はサクラの警告がなけりゃやられたことも気づかないまま死んでいただろう。
そう、今は戦時。
弱肉強食、それが戦争のルールだ。
目を瞑ることもできずに迫る刃を見つめていた。
だが、その次の瞬間にはその忍が吹っ飛んで会場の壁に叩きつけられる。その力に耐えきれなかったらしい壁に穴が空いていた。
傍らを見上げれば信じられない程のスピードでそれを成した、激眉の師匠マイト・ガイがキランと白い歯で親指を立てている。
次いで、カカシ先生が俺達に飛んできたクナイを弾きながら背に庇った。
「では任務を言い渡す!聞き次第、その穴から行け───ナルトの後を追い、合流してナルトを止めろ!そして別命があるまで安全な所で待機!」
そこまで言われれば、もう分かった。俺達はこの戦場で足手まといだ。
広範囲にかけられた幻術は敵の振るいで、奴らの目的は水準以上の忍を消すこと。サクラが、俺が、幻術返しをしなければきっとそのままにされていた。
だが一人でも起きてしまった以上は、守りながらなんて戦えない。少しでも生存率を上げる為にフォーマンセルを組ませてフル活用する、確かに状況に応じた最善策だった。
『お前たちのような次世代がいることを、誇りに思う』
何で俺がと、そんな文句を言いたいのは山々だったのに。
その先生達の額当てに、予選で触れた傷跡を思い出して掌を握りしめた。
「チッ!仕方ねェ……チョウジ、起きろ!」
「むにゃ……んん、何があったの?」
「理由は行きながら話すわ!行くわよ!」
「あ!僕のポテチがぁぁぁぁ!!」
「んなこと言ってる場合かよ!」
暴れるチョウジの奴をサクラと両脇から抱えて、壁の穴から外へと出る。
パックンとかいう忍犬の鼻だよりに、俺達は任務の名の下にナルトを追いかけた。
「お前ら、もっとスピードを上げろ!後ろから2小隊、8人……いや、もう一人、9人が追ってきとる」
「チッ、もうかよ!冗談じゃねえぞ……!」
「まだワシらの正確な位置までは掴んでいないようだが、待ち伏せを警戒しながらも確実に迫ってきておるな」
走りながら告げられたパックンの警告に歯噛みして、駆けるスピードを上げた。
いずれは追手がくるとわかっていたが、まだ会場を出て数分だってのに早すぎる。
会場にいた奴らのスピード、気配、チャクラ。おそらくは中忍以上の忍ばかりだ。追いつかれたら、まず全滅だろう。
(クソ……どうする……!?)
戦力差がある以上、正面切っての戦闘は不可能。
次なる策は、基本戦術に則れば待ち伏せだ。しかしながら、それにも欠かせない必要条件がある。
一、逃げ手は決して音を立てずに行動し、先に敵を発見する。
二、追手の不意を狙え、確実なダメージを与えられる場所と位置を獲得してすばやく潜伏する。
一は忍犬の鼻があれば問題はないが、二に関しては不確定要素が多すぎる。
第一、あの額当てのない忍が他里の奴らである保証すらなかった。数週間前に親父が溢していた愚痴から察するに、上層部に近い奴が里抜けしたって話だ。
詳しくは知らないが、この木ノ葉崩しにそいつが加担している可能性だって否定できない以上、地の利は無きに等しいと考えるべきだろう。
それに加えて、とチラと隣を見やる。
ここにいるのは、デブに、大した取り柄のないくノ一に、犬一匹、そして逃げ腰ナンバーワンの俺。
サスケやネジみたいに、状況をひっくり返せるような天才がいればまた話は変わっただろうが、この状況じゃどう考えたって戦力差、人数差がありすぎる。
「ねえ、シカマル。どうするの?」
説明はしたはずなのに、状況を理解しているのかしていないのか。どこかに隠し持っていたらしいポテチを頬張りながら、チョウジはのんびりとそう俺に問いかけた。
「お前な……いい加減食うのをやめろ、臭いでバレるだろうが!だいたい、もうちょっと緊張感を───」
「だってシカマルがいるし。何とかできる、そうでしょ?」
「……!」
苛立つ俺に、チョウジは全く疑ってすらいない眼で俺を見ていた。
幼馴染みの欲目というには余りに揺るぎないその眼差しに、俺は言葉を失った。
「オレは分かってんだ……サスケやネジって人なんかより、シカマルはずっとずっとスゴい奴だってね」
そんな訳あるかよ、とは声にならない。
ただ、いつもの逃げ腰な思考が、その時どこか切り替わる音を聞いた気がした。
「何ですって!サスケくんのほうが、ずっとずっとずっと凄いんだから!」
「……そんなの考えたことねェな、俺は俺だかんな」
聞き捨てならないと目を吊り上げるサクラに、めんどくせえと曖昧に返しながらも、シカマルの頭の中では幾通りもの戦術が練り上げられていく。
任務の放棄も不可。全滅は却下。被害を最低限に抑える為に、今の俺達が打てる最善手はただ一つ。
陽動、すなわち───囮である。
◆ ◆ ◆
「ほう。二手に別れたか」
方や、忍犬の足跡と共に左へ。方や、菓子の臭いと共に右へと進んだ痕跡がある。左へ進んだのは数名に対して、右へと進んだのは一人だけのようだ。
仲間割れか、それとも戦力の分散を図ったか、囮役か。
立ち止まったリーダーに、部下である追跡者達は無言でその顔を伺った。
「フン、小賢しい」
確かに忍犬は厄介で、まず優先して追跡すべきはそちらだ。
しかし、万一に右に別れた奴が大切な情報を握っていたら。同盟国への応援要請や、里外の忍───それこそ、伝説の三忍でも呼ばれたならば?
「……仕方あるまい。奴に追わせるか」
暫しの思案の後、後ろから来ているだろう9人目に右に進むように指示を出したリーダーは、残る部下達を連れて左へと進んだ。
木々を駆け抜け、僅かな痕跡に五感を凝らし。徐々に不規則になる歩幅に焦りと疲労を見て取って、男はほくそ笑んだ。
「足跡が途切れたか……探せ!この辺りに潜んでいる筈だ!」
忍犬と忍達の足跡を追いかけて幾許か。
切り立った岩壁の近くで途切れた痕跡に、彼はそう部下達へ声を張り上げた。
その時だった。カサリと揺れた木陰から───9人目が出てきたのは。
「何ッ……!?」
「隊長!?」
「これは───罠だ!」
それを悟るより先に、9人目を含む全員の身体の動きが止まった。
眼球だけで足元を見下ろせば、地面を這うように黒い影が蠢いている。
「わりーな。逃げ腰ナンバーワンの筈だったんだけどなァ……ちっとキャラ変わったみたいでね」
「貴様……!」
木の上から、ニイと口角を上げながら見下ろす子供に男の額に青筋が立つ。
だが、ふと思い直したのか余裕げにニヤリと笑う。
「これが噂に聞く、木ノ葉の影縛りの術か。俺達全員……まさか9人目まで捕まえるとは」
「言い方が古いぜ、それ。時代は流れてんだ。今は影真似って言うんだよ、オッサン!つーか、その言い方するってことは、アンタらやっぱり木ノ葉の忍じゃねェ……砂隠れか?」
「ハッ、我らがあの愚かな砂隠れの忍だと?笑わせるな!」
「悪かったな、額当てもしてねーからよ。だったらどこのモンか教えてくれるかい?」
「貴様に教える義理はない……が、どうやら限界のようだな。この影真似とやらもすぐに解ける、冥土の土産に教えてやろう。我らは国や里などという小さな枠組みの中になどいない」
「何……?だったら……何で、木ノ葉を襲う?」
「こんな古ぼけた里など興味はない。だが、ここには我らの欲するものがある」
チャクラの限界か。術が弱まるのを感じ取り、男はざり、と一歩を踏み出した。
「話は終わりだ───死ね!」
小生意気なガキを甚振り殺してやろうとクナイを取り出そうとした瞬間だ。
その拘束が、一段と強まったのは。
「教えてくれてありがとよ。……チョウジ、もういいぞ!」
「!?」
「情報の礼だ、上を見せてやるよ」
そう言ってシカマルが上空へと首を傾けた。
崖の上から地響きと共に転がり落ちてくる巨大な塊を、彼らは見た。
「囮が待ち伏せしちゃいけねェ
「肉弾戦車!!!」
重力により超速と化したチョウジの術が、男達に襲い掛かった。
圧死寸前に白目を向いてピクリとも動かない彼らに、術を解いたシカマルとチョウジはニッと顔を見合わせる。
手と手を叩くパシリと軽い音が、森の中に響き渡った。
◆ ◆
「もぐもぐ……ねぇシカマル。サクラ達、大丈夫かな」
「さあな……まぁ、俺達にできることはここまでだ」
再びポテチを貪り食うチョウジを横目に、シカマルはチャクラが尽きて気怠い身体をどさりと地面に横たえ、ぼんやりと空を仰ぐ。
本戦の時には晴天だった筈の空に、ぽつぽつと雲が浮かび始めている。その流れは随分と早い。
ずっと空を見上げていた。だから知っている、こんな日は天気が崩れやすいのだと。
(ナルト……早まった真似、するんじゃねェぞ)
願うようにそう内心で呟きながら、会場へ飛び出していった横顔を思い返した。
見間違いだろうか。
怒りに染まったその瞳が───獣のように尖り、赤く光って見えたのは。