「……ッ?」
「どうしたんじゃん、テマリ」
「いや……何だか寒気がしてな」
訝しげに眉を上げたカンクロウへ歯切れ悪くそう答えながら、テマリはあたりを見回した。
木ノ葉の外壁を越えた先、鬱蒼と広がる森の中を我愛羅を抱えて駆けている。緑と茶色ばかりの景色はどこも代わり映えなく、光をも遮る森は延々と続いていた。
耳を澄ましてみても、木を蹴る音、息遣い、それは全て自分たちのものだけ……そう考えて、その違和感にゾッとした。
(生き物の気配が、ない)
あの死の森でさえ鳥や虫の鳴き声に満ちていたというのに、今や羽ばたきの音ひとつ聞こえてこなかった。
まるで何かを気取ったかのように、森全体が沈黙している。
嫌な汗が背中を伝う。肌がひりついている。何かが、おかしい。
無意識に我愛羅を支える腕に力をいれたとき、テマリの耳が僅かな音を捉え、ハッと背後を振り返った。
「誰───」
三人の頭上を、影が通り過ぎた。
「え……?」
視線を上げるのと、カンクロウが崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。
ガクンと我愛羅の身体の重みが急に増して、よろめいた体勢を戻そうと木の上で足を止める。
そしてテマリは、落ちていったカンクロウの安否を確認する余裕もなく、ただソレから目を離すことができなくなった。
ソレは、獣だった。
こちらを睨む両眼は怒りと憎しみに赤く染まり、瞳孔は縦に割れている。指先からは鋭い爪が伸び、唸り声を上げる口元には牙が覗く。身体を覆う禍々しいチャクラは、ぐつぐつと煮えたぎるマグマの如く熱気を放っていた。
ゆらりと揺れる尾の数は、三本。
(聞いたことがある……砂の老僧と同じく、木ノ葉にも古くから封じられてきた化物がいると……確か、名は)
───九尾の妖狐。
その化物の名が頭に浮かんだけれど、口には出せなかった。
【……セ……エ、セ……カエセ!!!】
咆哮と共にその両眼からボロボロ落ちていくのは、透明な涙で。
『あ、あのさぁ。俺いっぱい取りすぎたからさ、残っちまってももったいねーし?………分けてやってもいいってばよ』
『お前っ……!仲間が、兄弟が死にかけてんだぞ!!試験がどうのなんて言ってる場合かよ!!!』
『わかんねぇよ……そんなのが、命より大切なのかよ……!!!』
『俺たちってば敵かもしんねェ───けど、友達だ』
その空より澄んだ蒼を知っている。陽光を浴びて輝く金髪も、底抜けに明るく眩しい笑顔も。
自分たちとは違う、恵まれた奴なんだろうと羨んでいた程だった。
なのに、これは何だ?
「……ナルト」
茫然と友の名を呼んだ。
それに答えるのは、獣の唸り声だけだった。
ジトリと額に滲んだ汗が顎から滴り落ちていく。
対峙してどれほど経ったのだろう。数秒だった気もするし、もう数分が経っていたような気もする。
我愛羅を容易く凌駕する程の禍々しいチャクラに、足が震えて逃げることすらできやしない。
目を離せば、食われる。ただそれだけを本能的に察していた。
「ぅ……」
その膠着状態を崩したのは、腕の中で身じろぎした我愛羅だった。九尾のチャクラに当てられたショック故か、光の無かった瞳が瞬いてテマリを写している。
けれど、それを喜べるような状況じゃなかった。
(しまった……!)
ナルトに視線を戻した時には、既に膨大なチャクラの込められた爪が振り上げられていた。
自身の血の気が引く音に我に返って、咄嗟に我愛羅を木の上から押し出した。
「テマリ……!?」
落ちながらも目を見開いて、手を伸ばす我愛羅を振り払う。
視界の端ではカンクロウが必死に何かを叫んでいる。肩から切り裂かれた傷跡が痛々しいが、致命傷には到らなかったようだ。
弟達二人の無事に、場違いにも微笑みが浮かんでいた。
(……すまない)
不甲斐ない姉として、そして友を裏切った忍として。
そう心の中で呟き───突然、身体が横に突き飛ばされ、気づけば地面へと転がっていた。
何事かと起き上がる暇もなく、先ほどまで立っていた木が倒れていくのを茫然と見送った。
そうして、アタシに覆いかぶさるようにしている重みにようやく気がつく。
「テマリさん……大丈夫、ですか……?」
桜色の髪が揺れ、長い睫毛に縁取られた瞼が持ち上がる。そうして現れた翠緑の瞳に目を見開いた。
「アンタ……どうして……」
サスケやナルトと同じく死の森で言葉を交わし、行動を共にした木ノ葉の忍───春野サクラがそこにいた。
サクラは焦点の合わぬ瞳でアタシを見ると、安堵したかのようにその身体がグラリと傾いていく。とっさに抱き留めれば、その掌にべたりと濡れた感触がした。
その細い左腕には、無惨な爪痕が残っている。
「どうして、敵なんか庇うんだ……!」
罪悪感なんてものじゃない。心臓が軋む。
アタシが傷を受けた訳でもないのに、ただ痛い。
声を上げて泣き出したくなるくらいに、自分が傷を受ける方がマシだったと思うくらいに。
そんな裂けるような胸の苦しみを堪えて、唇を噛み締めて立ち上がった。
敵だの味方だのは、もうどうだっていい。ただ絶対に、ナルトにサクラを殺させる訳にはいかない。気を失ったサクラを抱え、漠然とそう決意していた。
一方のナルトは、自身の血の付いた爪をジッと見つめていたが、やがてその頬からペリペリと皮膚が剥がれだす。
咆哮と共に尾が膨れ上がり、その数を増やそうとしていた。
その瞳に涙の痕はもうない。ただ底しれぬ怒りと憎悪が満ちていた。
アタシ達のことも、サクラのことすら、きっともう分かっていない。
「砂の!こっちだ、ボサッとするな!」
いつの間にか足元にいた忍犬の言葉に、考える間もなくサクラを背負ってその後を追いかける。
木の裏へ身を潜めて一息つき、ようやく忍犬を眺めてみればその頭上には木ノ葉の額当てが光っていた。
「お前は……木ノ葉の忍犬か。アタシ達を追ってきたんじゃないのか?」
「お前達ではない、ワシらはナルトを止めにきたのだ。まぁ……時既に遅し、じゃったが」
忍犬が枝葉の合間から鼻先で示した先を見て、息をのむ。
赤黒い身体がナルトの半分を覆っていた。尾は四本目が伸びかけている。
ナルトの面影など一つも残っていない姿に悲鳴を上げそうになって、震える手で口もとを抑えた。
「アレを前に敵もヘチマもありゃせんだろう。ワシには小娘を背負えんからな……不本意だが、今は協力するしか生き延びる道はない」
「……分かった」
「それで、お前さんだけか?あと二人の臭いがあった筈だが」
「ああ、弟達だ。アイツらもきっとこの辺りに身を潜めて───」
小声でそう言い交わしながら、弟達の姿がないかと視線を巡らせようとして。
ナルトへとまっすぐに飛び出していく、我愛羅の姿を見た。
「我愛羅、やめろ!!」
「馬鹿もん!行くな、死ぬぞ!」
「離せッ!我愛羅が……ッ!!」
追いかけようとしたアタシの服を忍犬がガブリと噛んで引き止める。
そんな忍犬を振り切る前に、何かがはげしくぶつかり合う音と共に爆風が生じた。
「我愛羅……」
森に響き渡る咆哮が重なる。
殺意に溢れ、赤いチャクラの衣を纏うナルト。
本戦の暴走を彷彿とさせる、砂を纏う我愛羅。
化狐と化狸、獣の殺し合いが始まった。
オマケ:ナルトの暴走段階と身体的特徴
0本 ※暴走というよりもチャクラを引き出した状態
・赤いチャクラが身体を覆う。描写によっては背後に九尾の顔や尾が描かれることもある。
・瞳が赤く染まり瞳孔が獣のように縦に割れる。
・三本髭が濃くなり、爪や牙が伸びる。
原作での初登場は4巻、白vsサスケ戦。サスケがナルトを庇い死にかけた際に覚醒した。
1本
・九尾のチャクラがボコボコと溢れ出し、衣のように纏い始める。
・尾が生える。
・爪や牙が更に伸びる。
・二足+四足歩行が見られる。
・少年編のナルトvsサスケ戦で初使用(26巻)良く生きてたなサスケ……。
2〜3本
・尾が増える。
・爪や牙が更に伸び、目と口のラインが太くなる。
・虹彩が大きくなり白目が少なくなる。
・四足歩行になる。
・九尾のチャクラに耐えきれず、皮膚が爛れ血が滲み出す。
・意思が希薄になり、人語をほぼ話さない。
・ナルトvs大蛇丸戦で使用(33巻)。それ以前にも自来也との修行の中で発現したとされる。
4本
・ここから人から大きく解離。
・赤黒い皮膚に覆われ、瞳は瞳孔を失って白く光る。
・口はギザギザに裂け口腔内は白く光る。
・洋服はチャクラに覆われて消える。
・ナルトの意識がなくなり、破壊衝動に支配される。
・戦い方も肩から腕が映えたり伸びたりと自由自在。人外感溢れる。
・ナルトvs大蛇丸戦で使用。アニナル疾風伝262話を見よ。
6本目
・九尾の形状がより濃くなる。
・骨格が形成され始める。
・ナルトvsペイン戦で初使用(47巻)
8本目
・眼球、筋肉、血管など九尾の肉体が形成される。
・ほぼ九尾そのもの。
・ナルトvsペイン戦で初使用。
・八本目が解放されると、ミナトパパが召喚される。
9本目
・九尾復活か。ただし、陰と陽のチャクラに分割されてる筈なので、完全復活とはならないと予想される。ちなみに、陰のチャクラはミナトパパと共に屍鬼封尽の中にいる。