少し時は遡り、本戦終了間際から始まります。どうぞお楽しみいただければ幸いです(*´ω`*)
『報告致します。一班、避難完了しました!』
『二班、問題発生!子供が一人倒れ心停止、応急処置で対応が遅れます!』
『分かった、救命を優先しろ。第三班は先に避難を始めてくれ』
『三班、誘導を開始します!』
『至急報告!八班、誘導人員を補填しましたが結界が保ちません……!』
『九班は至急援護に───』
一尾の暴走によって緊迫した空気を割り裂くように、通信機からは怒号のような部下達の報告が飛びかっていた。
会場の民らは大名達を含めて数万に及ぶ。三代目の一声でひとまずの落ち着きをみせたものの、続発するトラブルに避難誘導は遅々として進んでいない。
そんな突発的なトラブルに対し、暗部総隊長であるうちはシスイと共に指揮を取っていたのは、芽の総隊長であるうちはイタチだ。
冷静に指示を出すその姿は泰然としており、動揺の欠片すらもが見受けられない。
だが、その内心では、今にも結界を壊してしまいたい程の激情が駆け巡っていた。
(まだ、終わらないのか……!!)
結界の中は縦横無尽に舞う砂によって視界が悪いが、その合間から覗くのは、唯一無二の弟の姿だった。
サスケは無事に千鳥を習得できたのか、空間を断ち切るような光の一閃が迸る。下忍とは思えぬ程の立ち回りではあったが、あの巨体相手の大技がない以上、その勝敗がつくのは時間の問題だろう。
募る焦燥感を封じ込めて固く拳を握りしめる。
避難を進めるべく追加の指示を出そうとした時、不意にぴたりと動きを止めた尾獣にイタチはハッと口を噤んだ。
地響きを上げてその巨体が崩れ落ちた瞬間、胸に歓喜が渦巻いた。
『尾獣が!尾獣が、倒れました!』
部下たちの、そして観客達の興奮したような歓声が湧き上がる。
これでやっと───そう、そんな淡い希望に縋りたかったのだ。
『いや……ちょっと待て!結界を解くな、何かおかしいぞ!』
結界を解くよう指示しようとした時、シスイが発した警告からコンマ数秒で放たれた巨大な尾獣玉。
火影達を庇ったシスイのスサノオに胸を撫で下ろす間もなく、その尾獣玉の前に飛び出した小さな影を見た。
その横顔を、見間違う筈もない。
咄嗟に飛び出そうとした身体は結界に阻まれる。叫び声すらも届くことなく、その二つはぶつかり合い、閃光と共に消え失せた。
『───』
キン、と響く耳鳴りに思考がぼやける。部下の声もどこか遠く聞こえる。
ほんの一瞬の出来事だった。情報を瞬時に把握しようとする頭が、その理解を拒んでいるかのように鈍く感じた。
状況を飲み下せぬまま、縋るように相方へと目をやったイタチが次いで見たものは、血飛沫と共に観覧席から落ちていくシスイの姿だった。
『シスイ!!!』
思考が止まっていたことが幸いし、すぐさまこの足は動いた。
いや、もし思考が働いていたならば、きっとシスイを助けることはなく火影の元へと向かっていただろうか。
宙で受け止めた衝撃に、貫かれたらしき傷が響いたかシスイが呻く。命があることを安堵するよりも先、その落ち窪んだ片眼窩に息を飲んだ。
まさかとシスイのいた観覧席を見上げる。
そこにいた人物は三人。
喉元にクナイを突き付けられる三代目、突き付ける風影。そして、血の滴るシスイの眼を手にしたダンゾウ。
彼らを囲むように禍々しい気配を宿した結界が張られていく刹那、三代目と視線が交差した。
『イタチよ、分かっておるな…… 』
結界が完全に閉ざされる。
三代目の言葉は途中で途切れたが、その唇の動きが読めぬイタチではない。
(余計なことは考えるな。今、すべきことは何だ?)
恐怖も動揺も後悔も、弟のことも親友のことも。感情の一切を凍りつかせてそう己に言い聞かせた。
一呼吸で耳鳴りが止まり、思考が晴れていく。
イタチは傍らの部下へシスイの身を預けると、通信機へ声を張り上げた。
『砂隠れの離反が認められた。三代目からの最後の命令だ───里を守れ!!』
◆ ◆ ◆
開戦から数時間、いったい幾度切り結んだだろうか。
民や大名達を守りながらの戦いは、圧倒的な数の有利を以てしても決して容易なものではなかった。
それでもイタチの指揮の元、隊を組んでの戦闘により犠牲を抑えながら敵勢力を削いでいく。確実に戦況は木ノ葉へ傾いていたが、投降を呼びかけようとも応じる忍は誰一人いない。
そんな決死の覚悟で襲い来る忍達を、一人また一人と、的確に急所を仕留め行動不能へと追いやった。
血塗れになったクナイを払い、その返す刃で再び骨と肉を断ち切る。鉄錆の匂いに募った嫌悪感すらもが、疾うの昔に麻痺していた。
いったい、あと幾度繰り返せばよいのだろう。
転がる死体をどこか遠く見つめながら、イタチは滑るクナイを握り直した。
「……?」
背後から襲撃してきた何人めかの忍を切り伏せると同時、ふと陰った地面に空を振り仰いだ。
空から墜ちてくる赤みがかった巨体に、イタチは目を見開いた。
「総員、退避しろ!!」
反射的にそう叫び後方へと下がる。落下地点から飛び退いた瞬間、地響きと衝撃が里を揺らした。
敵味方共に動きを止め、忍たちの目がただ一点へと注がれる。
赤い巨躯の大蝦蟇、その上に仁王立ちする伝説の三忍が一人自来也へと。
「木ノ葉の衆、砂隠れの衆よ、双方聞け───この戦いに意味はない!!砂隠れは大蛇丸の奴に騙されておったのだ。結界の中を見てみろ、ジジイと戦っている奴を!大蛇丸は風影を殺し、其奴に成り済ましていたのだ!」
朗々と声を張り上げる自来也の言葉が、静まり返った会場に響き渡る。
忍たちはその言葉を咀嚼し飲み込むと、動揺と共にざわめきが広がった。
木ノ葉の忍はまだ半信半疑ながらも、自来也の言ということもあり無意識にかクナイの切っ先を僅かに下げる。
「嘘だ!風影様が殺される訳が無いだろう!」
「皆、騙されるんじゃない。罠に違いないぞ!」
だが、砂隠れの忍が敵である自来也を信じられる訳もなく、警戒心も露わに再度身構える。
濁った結界の中はここからでは見えず、たとえそこに大蛇丸がいるからといって風影の死と直結はしない。それが例え真実だとしても、既に始まった戦闘を止められる筈もなかった。
「───その証拠は?」
そんな砂隠れの忍達の中、そう問う男がいた。砂隠れの担当上忍、確か名をバキと言っただろうか。
ハヤテを害したと目される彼は、砂隠れの中でも上位の実力者と予想される。砂隠れの忍達が黙り込む所を見るに、地位や人望もあるようだった。
「それは……」
「証拠は、ある」
立ち上がった何者かが自来也を遮り、その隣へと進み出る。
一尾の人柱力と目される、我愛羅という少年だ。
本戦での暴走が、そして消えたサスケの姿が頭によぎってクナイを握る手に力が籠もった。
だが、己の手を見つめる静謐な翠の瞳に、どうしてか憎しみが抱けなかった。
「砂隠れの忍達……俺のことは皆よく知っているだろう。母親の命を糧として生み出された殺す為の兵器であり、里の最高傑作、忌み疎まれる化物……そう作られた。俺は、俺以外の全ての人間を殺すために存在している。それが俺の生きる理由だった」
フッと顔が上げられ、バキを、砂隠れの民を、木ノ葉の民を順に見回した。
まっすぐな、強い眼をしている。それはまるで、あの別離の日に見たサスケと同じ───覚悟を秘めた、忍の瞳だった。
「そんな俺が、人を救えるのだと教えてくれた友らがいた。こんな俺が、助けられる命があると知った。奪った命への償いじゃない。ただ、俺がそう在りたいと……そう生きたいと思った」
「我愛羅……」
「もう、やめにしよう。この戦争の行く末に待つものは、数多の死と滅びのみ……俺は、皆に生きてほしい」
我愛羅は掌を握りしめると高く天へと掲げる。
これが、生まれ持った器というべきものなのだろうか。
夕日に照らされた嘘偽りのない眼差しが、敵味方の心を捉えたのが分かった。
「里を何よりも大切に思っていた我が父が、こんな命令を下す筈がない。証拠は必ず見つかる。だがもしも万一、証拠がなければ───俺の首をはね、木ノ葉に差し出して始末をつけよう。俺は砂隠れの我愛羅、風影になる男だ。俺を、信じろ!!!」
高らかにそう言い放った我愛羅に、その場がしんと静まり返る。
小声一つない会場内に、カラン、と硬質な音が落ちた。
クナイを地面に投げ捨て投降の構えを見せるバキの姿に、他の砂隠れの忍達もそれに続いた。木ノ葉の忍達すらもが各々その手にあった武器をしまった。
日の暮れに橙色に染まった陽光が、落ちた刃を照らしている。
吹いた一筋の涼やかな風に目を細め、イタチもまた、クナイから手を離す。
次代の風影が生まれた瞬間だった。
◆ ◆ ◆
蝦蟇の姿が煙と共に消え、イタチは降り立った人影に目を凝らした。
感じ取った気配は七つ。
晴れていく煙の中から現れた自来也。カカシの所へと去る忍犬。砂隠れの上忍らに駆け寄っていく我愛羅と金髪の少女。そして意識を失っているらしいナルトにサクラ、黒衣の少年へと順に視線を流す。
そこに期待した姿はなかった。
(サスケ……)
体の奥が軋むような焦燥と恐怖がじわじわと胸を占める。
過去の傷をなぞるかのようなその感情を伏せた瞼の下に押し隠し、イタチは自来也の元へと歩み寄った。
「自来也様」
「イタチか。今の状況はどうなっている?」
「砂隠れの総戦力の内、およそ五割がこの会場に集中していました。彼らが投降した以上、木ノ葉の勝利と言えるでしょう……が、戦いはまだ終わっていない」
木ノ葉の会場外、主要部の防衛は警務部隊らが担っていた。各地に戦力が分散されている分、数の利は敵にこそある。
既に暗部を援護に行かせてはいるが、通信機から入る報告を聞けば犠牲者の数は決して少なくなかった。
そして、続いている戦いはもう一つ。イタチは禍々しいチャクラを放つ結界を鋭く睨み据えた。
「三代目が結界に閉じ込められています。……ダンゾウと大蛇丸も、その中に」
「!!」
自来也の顔つきが一気に険しさを増した。
伝説の三忍が一人、大蛇丸。その強さを同じ三忍である自来也こそが知っている。
そして、三代目と長きに渡り張り合ってきたダンゾウもまた、表立たずとも紛うことなき実力者だ。
或いは、もう既に……その最悪な可能性すらもが、イタチと自来也の頭を掠めた。
沈黙が場を満たした、そんな時、うめき声が耳に届いた。
「ッ……サスケ!!行くなってばよ!!!」
目を醒ましたナルトは、起き上がるなり必死な顔つきでイタチの腕を掴んだ。
その余りの強さに骨が軋む。だが、そんな痛みすら感じる余裕もない。
「サスケはッ……サスケは、生きているのか!?」
ナルトの両肩を揺するイタチの手には、ナルト以上の力が込められていた。その余りに必死な声音に自来也が眉を跳ね上げる。
だが、そんな外聞も衆目も、今のイタチには心底どうだってよかった。
「イ、イタチ兄ちゃ……!?ま、待ってくれってばよ!」
「イタチ、落ち着け。サスケは生きておるわい」
「……!そうか……そうか」
青ざめたナルトを見かねた自来也の言葉に、安堵のあまりイタチの手から力が抜ける。
俯くイタチに首を傾げながらも、辺りをキョロキョロと見回してたナルトはその青い瞳をふと曇らせた。
「エロ仙人。サスケの奴……」
「行っちまったようだのォ。ワシが見つけたのはお前だけだ……あんの馬鹿弟子が」
「……どういうことですか?」
サスケが生きているという事実に浮かれたのも束の間、その二人のやり取りに一気に疑念と不安がイタチの胸に湧き上がる。
顔をあげてみれば、目の前のナルトの蒼い瞳は潤み、自来也は酷く苦々しい表情をしていた。
「サスケは大蛇丸の元に向かった。それから……どうやら、写輪眼を開眼したようだ」
淡々とした自来也の返答に、イタチの呼吸が止まった。ドクドクと鼓動が早鐘を打つ音がやけに大きく耳に聞こえる。
「待て!イタチ……お前がやるべきことは、何だ」
ほとんど無意識のうちに身を翻していたイタチは、自来也の制止に足を止めた。
やるべきこと。成すべきこと。
それは、今サスケを追いかけることではなく。
それは、この木ノ葉を守るために戦うことだ。
シスイも三代目もいない今、うちはイタチが指揮を取らねばならない。戦禍にあるこの里を離れる訳にはいかない。
───だが、俺は、何の為に?
張り裂けそうな心臓の痛みが、叫び出したくなる衝動が。それを訴え続けている。
一度綻んでしまえば、その全てを投げ出したくなるような仄暗い感情を、もう自覚せざるを得なかった。
「……追いかけるにしても、どこを探すつもりだ?すぐ目の前に手がかりがあるだろう」
震える拳を握り締めて立ち尽くすイタチに、自来也はその肩を叩いてまっすぐ指差した。
「大蛇丸は、あそこにおる」
その言葉にイタチは目を瞬いた。
サスケが大蛇丸の元に向かったというのであれば、その居場所を知るのは。
瞬時に赤く染め上がったイタチの瞳に、自来也は満足げに口角を上げた。
「ようやくやる気になったようだのォ。……ナルト!お前は、綱手をここに連れてこい」
「へ?婆ちゃんを……?」
「そうだ、木ノ葉病院にいるだろう。サクラ達がここまで目覚めんのは、恐らく九尾の毒が体内に巡っておるからだ。毒抜きができる医療忍者はこの里に一人だけ……早くせんと取り返しのつかん事態になるぞ。引きずってでも連れてこい!」
「お、オッス!」
ナルトが慌てて駆け出していく。
その背を見送る自来也は、にやりと悪どい笑みを浮かべていた。
「意地の悪いことを……」
「なに、嘘も方便だろう。こと、今の状況に於いてはのォ……それよりも問題は、どうあの結界を破るかだ。行くぞ!」
自来也に続いて屋根から屋根へと飛び移りながら、高くそびえる結界を見上げた。
チャクラの流れで、里に張られた結界の数倍の強度だろうことがわかる。術者は四人、相当な使い手だろう。
しかし、どんな強者であれ、どんな術であれ。
弱点となる穴は必ずある。
「この術の弱点とリスクは───自来也様、貴方の存在だ」
兄さんの弱点は今も昔もサスケだったんだろうなぁ……。