「「口寄せの術!」」
ヒルゼンとダンゾウ、二人の印と声が重なり合う。
煙と共に口寄せた老猿・猿魔は、呼び出されるなり顔を合わせたダンゾウの姿に目を剥いた。
「猿飛!いったいどうなっておるのだ!?大蛇丸はともかく、何故ダンゾウまで……」
猿魔は口寄せの中でも付き合いが最も長い奴だった。ダンゾウとも声を交わしたこともある程で、その敵対への困惑がありありと伝わってくる。
だが、それを悠長に説明している暇もなく。ダンゾウの傍らには、やはり見覚えのある口寄せの巨体が屋根瓦を押し潰していた。
「詳しい話は後にせい、来るぞ!金剛如意じゃ!」
「チッ……分かった、変化!」
猿魔の変化した金剛如意を掴み、屋根へと力の限り叩きつける。深々と刺さるか刺さらぬか、そこで暴風が結界内を吹き荒れた。
見ずとも分かる。ダンゾウの口寄せ、悪夢を喰らうという獏の仕業だ。
獏の口へと空気が吸い込まれていく。その吸引力に逆らうように如意を掴む手に力を込めながら、ヒルゼンは目を眇め過去の記憶を反芻した。
(コレを使うということは……次は、あの術か!)
数十年前の戦闘を思い返し、ヒルゼンの額に汗が浮かぶ。
獏の吸引力を利用し、その速度と威力を増したダンゾウの真空連波。戦場で都度都度目にしていたその力は、容易く森を更地にするほどの殺傷力を備えている。
もしかすれば、それを利用し結界すらも断ち切れる可能性はある。だが、その刃が観客らへと向かえば一溜まりもないだろう。
となれば、必ず防がねばならぬ。そう決断したヒルゼンは、如意を引き抜いた。
瞬間、身体が宙に浮く。獏の底なしの口中へと吸い込まれながら虎の印を結んだ。
「火遁・灰積焼!」
火薬を孕んだ鈍色の灰が吹き出され、ザアッと音をたてながら吸い込まれていった。
獏は吸い込んだものに気づいてか息を止め、刹那の凪が生まれる。すぐにその吸引力の支配から逃れて獏の後手に身を潜めた。
次の瞬間には、予想通りダンゾウの放った真空烈波が空気を切り裂いて飛んでくる。それと同時、獏は吸った空気全てを吐き出す勢いで激しく噎せ始める。
逆風に勢いを弱めた、その一瞬をヒルゼンは見逃しはしなかった。
「今じゃ───喝!!」
漂う灰に火の粉が煌めき、爆炎となって風の大太刀とぶつかり合った。
その衝撃に方向を変えた刃は、火炎と共にダンゾウへと降り注いだ。
「チッ!」
舌打ちしながら獏を消し、同じ風遁の刃で相殺したダンゾウ。その隙に煙幕に紛れたヒルゼンは一呼吸で距離を詰め、印を結びながら空中で反転する。
着地と同時に突き出された金剛如意がダンゾウの鳩尾を捉え───スッと空気に溶けるように消えたダンゾウに、ヒルゼンと猿魔は目を見開いた。
「何!?影分身か……!?」
「いや、確かに手応えがあった筈……何かおかしいぞ、ヒルゼ……ッ!」
直後、煙を切り裂いて現れたダンゾウの掌底が動揺するヒルゼンに襲いかかった。
咄嗟に如意を盾に防いだが、その勢いを殺しきれずに地面へと吹き飛ばされた。
「っぐ……!」
続くダンゾウの追撃を地面を転がり避けたヒルゼンは、体勢もそのままに印を結んだ。
「影分身の術!」
「!?」
「フッ……焦りで自らの寿命を縮めようとは。やはりアナタは老いた……」
警戒するダンゾウ、鼻で笑う大蛇丸に答えることはなく。
隣に現れた影分身と並び、彼らを静かに見据えた。
「ヒルゼン……まさか、お前……!!」
何か勘づいたらしい猿魔に、僅かに口角を上げることで答える。
既に術は終えていた。その証拠に、背後に現れた般若がジッとヒルゼンを見下ろしている。
それはこの術と契約した者のみが見えるという死神の姿だった。
「ダンゾウ、大蛇丸。これからお前達の知らぬ、とっておきの術を披露してやる───くらえ、封印術・屍鬼封尽!!」
死神の手が振り下ろされる。
その禍々しい手はまっすぐにヒルゼンの背を抉った。
口端から流れた血を手甲で拭っていれば、結界の向こう側に大蝦蟇が地響きと共に降り立った。その上に、白髪を垂らした教え子の背が遠く見える。
死の間際にありながらも、ヒルゼンの口元には自然と微笑みが浮かんでいた。
(自来也か、これで戦いは終わるのぅ。綱手からは了承は得られなんだが、あ奴も木ノ葉の忍。里の窮状に見て見ぬふりはできんだろう……儂も、決着をつける時が来た)
自来也へとダンゾウらの気が取られている隙を付き、ヒルゼンは影分身と共に駆け出した。
距離を狭め二人の肩を捉える。腹から伸びた禍々しい腕が二人の魂を引き掴んだ。
すぐさま大蛇丸が口から吐き出した草薙の剣が胸を貫くが、避けることはしない。痛みさえも既に麻痺し、全身が凍るような寒気を感じるばかりだ。
「くっ……何故、避けない……!」
「この術はのぅ……術の効力と引き換えに己の魂を死神に引き渡す。命を代償とする封印術じゃ、避ける必要はない」
「まさか、四代目火影の……!」
「知っておったか、ダンゾウ。そうじゃ……この術によって魂を封印された者は、永劫成仏することなく死神の腹の中で苦しみ続ける。封印した者とされた者、互いの魂が絡み合い憎しみ合って永遠に戦い続ける。……儂らの最後に似合いの術だろう?」
ダンゾウと大蛇丸、二人の魂がジリジリと引き出されていく。
どうやら死神の姿も見えるようになったか、その表情に怯えの色が走った。
「木ノ葉崩し、ここに破れ……ッ!!」
「───全ての事はその終わりまで分からぬ。そう教わった筈だ、ヒルゼン」
笑みを含んだ声に振り返るよりも先、大蛇丸の、ダンゾウの姿がかき消えた。
怨嗟にも似た咆哮を上げて消えゆく死神の手に、捉えていた魂は無く。その代わりに、風遁を纏った刃がこの胸に生えている。
痛覚が戻ったか、激痛に遠のく意識を必死に繋ぎ止めながら、刃を手にした背後のダンゾウをヒルゼンは血走った目で睨みつけた。
「どういう事だ……!?術は確かに発動した筈じゃ……!」
魂は既に引き出していた。それがまるで霞のようにこの手から一瞬で消え失せた。
九尾さえも封じたこの術を解くとは、いったい何をしたのか。ダンゾウがこのような術を使った試しもなかった。
理解の追いつかぬヒルゼンをせせら笑い、ダンゾウは刀をさらに深く突き立てた。
「お前が知る必要はない───死ね、ヒルゼン!!」
刃が振り切られ、胸から腹にかけて裂かれた身体から血飛沫が舞うのが掠れて見えた。
(ここまでか……後は頼むぞ)
無念はあれども暗転していく世界の中でさえ、そこには恐怖も不安も一切ない。
慣れ親しんだチャクラを間近に感じていたからだろう。
そんなヒルゼンの心に応えるかのように、烏が鳴いた。
◆ ◆ ◆
(フン……犬死になんて、アナタらしい最後ですね)
ダンゾウさえも倒せずに血溜まりの中に膝をつき、倒れていく三代目火影。
かつてはプロフェッサーとまで呼ばれ褒め称えられた、その最後の哀れな姿を笑いたい筈なのに。かつては尊敬していた師の横顔が。両親の墓前、頭を撫でたその手が大蛇丸の頭を掠めていく。
(───)
動かぬ亡骸を足元に、何とも言えぬ静寂が胸を満たす。ダンゾウもまた何か思う所があったのか、勝利に浸るというにはその俯く顔はどこか翳っている。
そんな沈黙を破ったのは、カア、と鳴く鋭い烏の声だった。
「これは……!?」
その声を聞いた瞬間、世界が赤く反転した。
三代目の遺体と血溜まりが黒く蠢いたかと思えば、バサバサと飛び立っていく烏へと変化する。身体が僅かたりとも動かせず、我が身に目を落とせば何本もの杭が深々と体に突き刺さっていた。
幻術とすぐさま悟るが、それでもなお抜け出せない。
(まさか、この私が金縛りの幻術に……ッ!)
目を見開く大蛇丸の首に、冷たい鋼が押し当てられた。
三代目とのやり取りを彷彿とさせるかのような状況に緩く背後を振り返り、懐かしい顔に目を細めた。
「……久しぶりね、自来也」
「おーおー、お前は相変わらず目付きが悪いのォ大蛇丸」
「あら。あなたは少し見ない間に、随分と不細工が増したようね」
口調は軽くとも彼の眼差しには色濃い殺気が込められている。
大蛇丸と同じ三忍が一人、自来也だ。
その瞳孔は横長に伸び、団子鼻には幾つものイボ。まるで蛙のようなその姿に、自然エネルギーを取り入れているのだろうと思い至る。
(これが仙術……まさか、こんな盲点があったとはね)
この四方結界は、外界全てを遮断している訳では無い。そんな事をしようものなら、大規模な火遁を使うだけで内部の者は窒息し息絶える。
故に遮るのはチャクラ、すなわち精神エネルギーと肉体エネルギーに限っていた。自然エネルギーを用いる仙術は対象に入らず、彼は仙術を纏ったまま結界をすり抜けたのだろう。
周りを見回してみれば、三代目の倒れ伏していた場所には人一人が通れる程の穴が空いている。三代目は既に逃がしたか、そのチャクラはどこにも感じられなかった。
だが、大蛇丸を厳しく見詰める視線はもう一つ。
「自来也、お前がこんな手を考えつく筈もないでしょうし。貴方でしょう?ねェ───イタチ」
「……」
視線の先、黒い烏がより集まって人型を作る。
現れたのはやはり、うちはイタチ。ダンゾウの背にクナイを突きつける彼の両肩には、仙術エネルギーの源だろう小さな口寄せ蝦蟇が乗っていた。
「砂隠れは降伏したぞ。お前達が黒幕だと知れ渡るのももはや時間の問題……お前達の負けだ、観念し縄につくんだのォ」
「黒幕、ねェ……それはどうかしら」
三代目に逃げられたのは誤算だったが、うちは一族に三忍の自来也、そこに更に綱手まで。
砂と木ノ葉の戦力差は歴然のものだった。あわよくば相討ちを狙ってはいたものの、砂隠れの敗北は最初から目に見えていた。
それが途中で降伏しようと、最後の一人まで戦い抜いて全滅しようと一向に構いはしない。
どう足掻いた所で、結末はただ一つ。
私たちは欲するモノを手に入れる。
「私が欲しいモノはもう知っているでしょう───“うちはサスケ君”よ」
赤く睨みつけていた写輪眼がその名に揺れる。
彼とよく似た相貌に、滲み出る怒りと焦燥。計画は滞りなく進んでいることを察してクツクツと笑いが抑えきれなかった。
途端に掻き切られた喉笛から、ヒュウと音が鳴る。
それでも尚、狂ったような嘲笑を止める事なく、大蛇丸は血を吐き出しながらも言葉を続けた。
「フフ……サスケ君の、居場所が知りたいなら……教えてあげる」
「……!」
「彼のいるべき場所……うちは一族の元に向かっている頃よ」
血飛沫が、幻のように消えていく。
身体の動きを取り戻した大蛇丸は、怪我一つないままに自来也の手を逃れ結界の外に立っていた。
隣に立つダンゾウの腕に埋め込まれた写輪眼が、光を失い瞼を閉ざしていく。
うちはの中でも禁術とされていた瞳術、『イザナギ』。術者にとって不利な事象を夢に書き換え、有利になるものは現実とすることができる、幻と現実の狭間をコントロールできる究極幻術だという。
死をも覆すその術は、一度使ってしまえば魅せられてしまうのに、その効果時間はたったの数分。永遠には程遠かった。
だからこそ、彼は求めているのだろう。
世界を終わりなき夢へと変える、その力を。
「作戦はここまでよ。私たちは陽動……もう役目は終えた」
彼らが駆け出すよりも早く、大蛇丸は指をパチリと鳴らした。途端に大蛇丸もダンゾウも、四忍衆も。炎に包まれた身体が風に乗って散っていく。
「……イタチ。餞別だ、お前達の悲願を叶えてやろう」
消えゆく間際、ダンゾウの指が形作った印にイタチの顔が青褪める。
大蛇丸は弱った獲物を甚振るかの如く、残忍な笑みを深めた。
「さあ───記憶を取り戻した彼は、現実に耐えきれるかしら」
◆ ◆ ◆
森を駆け抜け、うちは地区までもう幾許か。
そんな時にどこか聞き覚えのある低い声が、不意にサスケの脳裏に響き渡った。
【解】
その首筋の呪印が、血よりも赤く輝く。
誰の声なのか、何の意味があるのか、そんなことを考える間もなく。コポリと胸から迫り上がる嘔吐感に口元へと手を当てる。
掌に溢れかえったドス黒い血を認めると同時に、咄嗟に抑えた手を這うように、熱が、痛みが、恐怖が、一瞬にして全身を駆け抜けた。
「───ぐ、あああぁぁああっっ!!!!」
何かが、壊れ、焼き切れていく。
崩れた均衡はもう二度と戻ることはない。
苦しみ藻掻く中で、ただそれだけを理解していた。
火遁・灰積焼の術は猿飛アスマが飛段との戦闘で使用した術。イメージのわかない方は原作36巻(アニナル297話)をご参照。
後には木ノ葉丸も使用していたので猿飛一族が好んで使用していた術のようですね。アスマ先生もきっと三代目から伝授されたんだろうな……と思いながら書きました。
そして次話より、ダークシリアスどん底です。主要人物の死ネタが含まれます。
心のご準備をしてお待ちくださいませ。