死ネタありのダークシリアスです。
サスケの逆行人生は、ある意味ここから始まる。
炎が辺りを取り巻く中、暑さを感じないままにただ足が動く。
どうやって、どんな道で、ここまで来たのだろう。居場所すらも見失っているのに、色を無くした世界に血濡れた足跡だけが転々と残っていた。
『あなた達をずっと……愛してるわ』
『生きなさい、サスケ』
頭をよぎっては、虚ろに消えていく微笑みが。
過去のイタチと否応なく重なるその眼差しが、この胸に新たな傷を刻み付ける。
いつだって生きることを望まれていた。その愛を、その犠牲を分かっていたからこそ、捨てる訳にはいかなくて。
彼らの命を背負ってどうにか生き抜いた先に、苦難を上回るほどの幸福を得た。続く未来に俺の存在が必要だったと思えば、その人生を無駄だったとは言えない。
だが、俺の人生は既に幕を閉じた。その生き様を、運命を、死を、受け入れていた。
もう一度を望んでいた訳じゃなかった。
だから、今度はアンタ達が───そう思って、二度目を生きてきたんだ。
(その結末が、これか)
戦闘に巻き込まれて粉々に砕かれたうちはの家紋、 天高く昇り揺らめく黒煙の焦げた臭い。視界全てを火が舐めるように覆い尽くし、全てが煤となって消えていく。
燃え朽ちる家屋と絶たれて揺れる電線がやけに目に付く。晒される素肌は熱く、カラカラに乾いた口は苦くて苦くて吐きそうになる。
全てが、壊れていく音が反響している。
五感全てに生涯消えぬ痛みが焼き付いて。
その惨状に、ようやく夢から目醒めたような心地がした。
(過去を変えた、その先は未来の変容……最初から、分かっていただろう)
目を背けていた現実が突きつけられる。
この木ノ葉崩しにより、一歩間違えば第四次忍界大戦が勃発していた。だが、回避できたとはいえ、かつての第四次忍界大戦も、その先の平和も脅かされたままだ。
第四次忍界大戦とは、オビトとマダラ、そして黒幕たるカグヤ。彼らを相手に、五大国が手を取り共に戦った大戦を指す。それがあの未来の平和へと繋がったのは言うまでもない。
その過程には、数多の犠牲と苦しみがある。各々の忍達が、手向ける花を重ねるごとに飲み下せぬ思いを噛み砕き、そして未来へと進んだ結果だった。
奇跡のようなそれが、もう一度成されるという保証はない。第四次忍界大戦も、まるで中身の違うものになりかねない。カグヤに負ければ、実質この世界の終わりとなるだろう。
───ならば、いっそ何も変えなければ。このまま、俺が死ねば全て元に戻るというのならば。
【それでいいのか?】
そんな思い詰めた思考がよぎった瞬間、フッと薄い膜が剥がれるかのように視界が色づいた。
パチパチと爆ぜる火花の中───声が、聞こえた。
か細くも高く響く、子供の悲鳴だった。
たすけて。
そんな掠れた声を捉えると同時、考えるより早く燃え盛る炎の中へ駆け出していた。
母のかけた幻術が、跡形もなく消え去ったことにも気づかぬまま。
【さあ……足掻いてみせろ、うちはサスケ】
◆ ◆ ◆
熱気と火とが身体をチリチリと焦がしていく。視界は煙に覆われ、息をする度に吸い込む煙に喉が焼ける。
それに構わず、ただ走った。
進むごとにはっきり聞こえてくる、すすり泣く声。それを頼りに。
焼き焦げた木の残骸を掻い潜れば、周辺一帯が破壊され瓦礫ばかりが広がっていた。
戦闘の跡が色濃く残るその地は、恐らくは戦闘の中心部だったのだろう。地面に幾つも空いた大穴や散乱するクナイ、そして幾つも折り重なった遺体の数が、その戦闘の激しさを物語っている。
それもその筈だ。瓦礫に埋もれるように落ちた、うちわと写輪眼を模したマーク───芽と警務部隊の詰所、その跡地だった。
そのすぐ傍に、震える小さな影を見つけた。
それは祭りの時に出会い、そして俺をここへ誘き寄せる餌とされた、あのうちはの兄弟だった。
「兄ちゃ、兄ちゃん……っ!!」
「早く、逃げ、ろ……!兄ちゃんは後から、行くから……」
「ケホッ……やだっ……兄ちゃんも、一緒に行かないとやだぁ………!」
柱の下敷きとなった兄と、その隣で泣きじゃくる弟。
兄を押しつぶす柱には炎が舞っている。すぐに兄に届くだろう。いや、それとも周りを囲む瓦礫が崩れるのが先か。そうなれば弟も無事では済まない。
そんな一刻を争う事態に血の気が引いて、駆け寄るなり弟を引き剥がした。
「そこをどけッ!!」
「「!!?」」
皮膚の焼ける痛みに耐えながら柱を押し上げ、兄を力尽くで引きずり出す。うめき声がしたがこの際構ってはいられない。
だが、兄を引き出した時だ。その小さな手が、誰かの手を握っているのがわかった。
砕けた瓦礫の下、細い白い腕が浮いて見えた。
散らばる薄茶の髪。見覚えのあるその女性の双眸は見開かれ、光は消え失せている。
母さん、とポツリと呟く声がした。
緩やかにその手と手が離れていく。引き剥がしたのは、俺だった。
俺は決して被害者なんかじゃない。
彼女の運命を狂わせ殺した、加害者でしかなかった。
「あなた、は……」
「祭りの兄ちゃん……?」
「……よく頑張った、もう大丈夫だ」
不安げに見上げる兄弟の視線に、無理矢理に形ばかりの笑みを作る。二人の頭を軽く撫でてやれば、限界だったのか兄はフッと瞼を閉ざした。
呼吸は穏やかだが、その足には木の破片が刺さりドクドクと血が流れている。
チャクラの尽きた今、できることはただ簡単な止血を施すのみで。早く医療忍者に見せなくては、と兄を背負い上げた。
「話は後だ。行くぞ、背を屈めて歩け」
弟の歩調に合わせながら、嘗てイタチと歩いた道なき道を辿って出口を探した。
火に奪われて辺りの酸素は異様に薄く、身体が酷く重い。
熱に炙られた皮膚がジクジクと痛む。流れ落ちる汗を首を振って払いながら、ずり落ちそうになる子供の身体を抱え直し、そして歩き続けた。
だがそんなふらつく歩調を嘲笑うように、ようやく門が小さく見えた頃には、どこもかしこも炎、炎、炎………周りは既に火に囲まれていた。
「……っ、おい!どうした!?」
舌を打ちながらどこか抜け道がないかと視線を巡らせていると、不意に咳き込みながら弟が膝をついた。
咳の狭間に、ヒュウヒュウと嫌な呼吸をしている。煙の充満する中で泣きじゃくっていたのだ、気道が焼かれたのだろう。
(クソッ、どうすれば……!)
立つことの出来ない子供が二人。俺自身も目は霞み、意識は既に薄れてきている。
俺一人ならば逃げられる。だが、子供達を見捨てては行けなかった。
子供を連れて行くにしても、背負えるのは一人だ。行って戻ってくる体力はとうに尽きている。
選ばなくてはならない。
二人の子供の、どちらかを。
兄の青白い顔が、弟のヒュウヒュウと鳴る喉が、俺の胸を急き立てる。
迷う間にも火は回る。逃げ道を塞いでいく。
このままでは三人共、死ぬ。
選ばなくてはならない。
兄か弟、どちらかを。
俺が運命を変えてしまった兄か。
俺が変えた運命によって生まれた弟か。
───どちらかを、切り捨てなければ。
「………ふざけんじゃ、ねェよ………っ!!!」
俺の十分の一も生きてやしない子供だ。まだ何にも知らない、その手を血に染めたこともない、忍ですらないただの子供だった。
選べる筈がなかった。
拳を握りしめ、二人へと手を伸ばす。
その瞬間、背後でジジ、と瞬く音がした。
───起爆札だ。
それを認めると同時に、兄弟を庇うように覆いかぶさる。眩い光と音がして、身体中に鈍い衝撃が走った。
一瞬意識が飛び、頬に当たる地面の感触をぼんやりと感じた。痛む喉で深呼吸をすれば、血と共にか細い息が漏れた。
(結局……選択すらも、俺の手にはないのか)
遠くに小さく門が見える。あと少し、あと少しなのに、それが今は酷く遠い。
そのやるせなさに地面を殴るが、ちっぽけな窪みを作るだけで、痛むのは自分の拳だ。
……それで良かった。
力のない、弱い自分がどこまでも、憎くて、憎くて憎くて、仕方がなかった。
いつだって、誰よりも一番憎かったのは。
殺したい程に憎んでいたのは、無力な自分自身だった。
◆ ◆ ◆
意識が沈む。
底のない暗闇に呑まれていく。
どこか覚えのある感覚は、かつての死と良く似ていた。
これで全てが、無かったことになるのだろう。
それに心のどこかで安堵しながらも、チクリと胸を刺す痛みがあった。
あの弟は存在すらもが無かったことにされ、兄は弟や父がいたということも、志した忍への夢をも忘れる。
里で新たな関係性を築いた、一族の想いと努力は無かったものになり。
シスイは正史の通りに己の命を絶ち、イタチはこの俺の手で殺され。
そして、同じ歴史を繰り返し、この世界は平和な未来を手に入れる。
───それがきっと最善策の筈なのに。
俺が初めて作った黒焦げのオムライスを、泣きながら完食していた幼いナルトの姿が。
七班の写真の裏にそっとしまった、偶然にも俺とサクラの二人だけが映った写真が。
カカシの部屋の本棚、そこに堂々と積まれたイチャイチャパラダイス。その隣にらしくもなく立てかけられた教育指南本が。
イタチと七班で食べた一楽、その後に時折並ぶようになったうちはの家紋が。
微笑み合う砂の姉弟に、一族の歴史を誇らしげに語る香燐、カエル傘を傾ける自来也が。
彼らの顔が、走馬灯のように過ぎ去っていく。
俺の変えた運命は、決して苦しみだけを生んだ訳じゃない。
その一つ一つの思い出が、何にも代えがたい宝物だった。
(まだ、だ)
まだ終わっていない。それを全て、無かったことにしたくない。
この世界にはまだ可能性がある。諦めるには早すぎる。
生きたい。そう強く思った。
息のできない暗闇の中、ただ我武者羅に手を伸ばす。
藻掻いて、足掻いて。
どこまでも落ちていった。
そして、悪魔は俺に微笑んだ。
【うちはサスケ───お前を、待っていた】
その名を、俺は知っていた。
瞼をこじ開ける。
震える指先を強く握り込めば、ぼやける視界が少しだけ鮮明になった。
頬を伝い、地面にポツリと染みを作る。
涙を流す資格はない。
しかし、紅い紅い血潮であれば、流すことを許されるだろうか。
地獄の底で紅の六華が花開く。
贖罪の旅は、まだ終わってなどいなかった。