燃え朽ちた、家屋とも呼べぬような残骸が一帯に散らばっていた。
夜風にのって舞う灰はむせ返る程で。未だに燻る煙が鼻腔を焦がして、その目の前に広がる光景を現実と思い知らせている。
「これは……酷いな。一体何があったんだ……?」
そんなうちは居住区の変わり果てた姿に眉根を寄せ、呆然と呟くのは暗部が一人テンゾウである。
砂隠れの忍達がその仲間の説得により投降を始め、日没と同じくして戦争は一先ずの終結を迎えた。そうしてようやく一息をつけるか、そう思った矢先の事だった。
異様な黒炎が、里の一角から空へと放たれたのは。
ある者は地獄の底から響くような地鳴りを耳にしたといい、ある者は巨大な骸の姿を見たという。
砂隠れとの戦闘をきっかけに、他里が襲撃に来たのでは?
砂隠れの投降など形ばかりで、仕込んでいた術が発動されたのではないか?
戦禍によるプレッシャーに晒される中、そんな疑惑と恐慌が瞬く間に里民の間に広まった。その調査のため、現在の指揮をとるうちはイタチによりこうして暗部数名が急ぎ遣わされたという訳だ。
だが、聞いたところによると、数時間前にボロボロになった忍猫がうちはの危機を知らせに火影邸へと転がり込んできたらしい。その時は砂隠れとの戦闘真っ只中、まともに取り合える筈もなくその知らせは置き去りにされていたそうだ。
その情報を踏まえれば、うちは一族への襲撃は開戦と同時かそれより前のことだ。他里の介入の可能性は低いが、これが単なる事故や火災とも考え難かった。
(まさか、隊長がこれを見抜いていたとは言わないだろうけど……うちは一族を連れてこなかったのは正解だったね)
うちは一族の情の深さを思えば、この惨状を目にしてはどうなるか考えるだに恐ろしい。
そんな予感に背筋を寒くしながら、テンゾウは身元など調べようもない黒焦げの遺体を黙々と並べ続けた。
(……なんだ?)
ふと耳に届いた鳥の声に、テンゾウは視線を上げた。月明かりに照らされた鳥が上空を旋回しているのが見える。
生存者の存在は絶望的、この状況を目にした時から諦めていたと言っていいだろう。だが、なにかの予感に後押しされテンゾウは廃墟の中を駆け出した。
そして聞こえたヒュウ、ヒュウ、と鳴るか細い笛のような吐息の元を辿り、テンゾウは目を瞠った。
「……!」
燃え尽きた世界の中で、地面が、草が、そこに倒れ伏せる子ども達だけが。
何かに守られていたかのように、その一角だけが切り取られたように色を残していた。
「誰か!誰か、子どもがいるぞ!早く来てくれ!まだ息がある、急いで病院へ運ぶんだ!」
その背に浮かぶ赤と白に縁取られた紋様は、紛うことなくうちはの家紋で。
うちは一族の生き残りは、まだアカデミーに入るか入らぬか、そんな年頃の幼子二人だけだった。
「……」
にわかに喧騒に包まれた夜闇の中。
全てを見届けた黒鳥は、人知れずパシャリと弾けて消えていった。
96.生き残り
「お願い!早くこの子を診てちょうだい、火傷をして……!」
「煩い、そいつを黙らせろ!そんなちっぽけな火傷がなんだ、こっちは血が止まらないんだぞ!?」
「もう待てないわ……早く避難した方が……」
「輸血用の血が足りません、献血に協力してくださる方はどうぞこちらへ───!」
ざわめく声と声の合間に、赤ん坊の泣き声が耳をつんざく。忙しなく歩き回る医療忍者達の表情からは常の穏和さは鳴りを潜め、気のたった鋭い声が飛び交っている。
次第に鼻が効かなくなる程に漂う血臭は濃く、長蛇の列に苛立つ人々に漂う空気は酷く重く淀んでいて。
そんな荒れすさんだ空気をかき分けるように、ナルトは木ノ葉病院を駆け回っていた。
「なあ、綱手のばあちゃん見なかったか!?」
「途中から割り込むんじゃないよ!こっちがどれだけ待ってたと思ってるんだい!?」
「ちがッ……俺ってば、綱手のばあちゃんを探さねえといけねえんだってばよ!」
「綱手様?知らないよ」
「でもエロ仙人がここだって……」
「邪魔だぞ坊主!」
「なあ、誰か見た奴……」
「うるさい、並ぶならさっさと並べ!」
「誰か……」
「なんでお前みたいな化物がこんな所にいる?帰れ、帰れ!」
怪我人の列を通り、壁際を辿るように歩きながら、医療忍者達の顔を覗き込んでは怒鳴られ、逃げて。
みんな余裕なんてない。必死に生きようとしている。邪魔をしているって分かってる。
それでも、エロ仙人の言葉を鵜呑みにできるほど俺は馬鹿じゃいられなかった。
(三代目の爺ちゃんが、やべえ)
会場に降り立ってすぐ目に止まった、天守閣を覆うような巨大な結界。イタチの兄ちゃんとエロ仙人の言葉。
何よりあの香燐が治療したサクラちゃん達の命が危ないなんて思えなかった。
それでも、その言葉に逆らわなかったのは、エロ仙人の鋭い目が緊迫した状況を物語っていたからだ。
だけど。
たとえ綱手のばあちゃんを探し出せたとして、こんな状況でここから連れて行けるのか?
必死になって治療を願う奴らを見かける度に、そんな考えが張り上げていた声を竦ませていった。
【フン……あんな老いぼれジジイ一人を助ける代わりに、こいつらを見捨てさせる気か?】
(……うるせーよ、化け狐)
そんな俺の迷いを見透かすように、腹の奥から低く響いてきた声に奥歯を噛みしめる。
さっきのおばちゃんの言葉は正しかった。俺は列に割り込みに来たんだ。
三代目の爺ちゃんはこの里を背負う火影だから、誰よりも早く助けなくちゃいけない。そう思う一方で、きっと爺ちゃんはそんなこと望まないっていうのも分かってた。
ここにもしサスケやサクラちゃん、カカシ先生、イルカ先生……みんなが並んでいたら。
そう考えたら、足が止まっていた。
俺の横をバタバタと慌ただしく医療忍者達が駆けていく。
その背を追うこともできずに唇を噛み、立ち尽くしていたナルトの肩に、ふと誰かの手が置かれた。
「ナルト君?どうしてここに……」
「シズネの姉ちゃん……!」
「どこか怪我でもしたんですか?見せてください、少しだったら……」
そこにいたのは、綱手の片腕であるシズネだった。
白衣に身を包んだシズネの額には汗が流れている。疲労感を隠せないその表情に一瞬口籠ったが、自来也の命令を思い出して、慌てて医療忍術を使おうとするシズネの腕を止めた。
「シズネの姉ちゃん、綱手のばあちゃんはどこにいるんだ!?俺ってば、綱手のばあちゃん連れてこいってエロ仙人に言われて……三代目の爺ちゃんが危ねえんだってばよ!」
「ッ……」
「姉ちゃん……?」
息を詰めたシズネの様子に、ナルトは怪訝そうに首を傾げる。
一瞬言い澱むように口ごもるも、すぐに顔を上げたシズネはナルトの腕を強く引いて、列に並ぶ者達の目を忍ばせるように物陰へと連れ込んだ。
そのままひっそりとした人気のない通路へと手を引かれていく。
どこに連れて行かれんだろう。
そんなことを思いながらも、シズネのその沈痛な面持ちに、先ほどとは打って変わって静まり返ったその空気に、口を開くことができなかった。
「……ここです」
やがてシズネが立ち止まったのは、病院の片隅にある小さな診察室だった。
もう使われずに長いのか、その窓ガラスは埃が積もっていて中が見えない。けれど、その扉越しにすすり泣く声が聞こえていた。
「ナルト君、覚えていますか?心の傷は、消すか、癒えるか。そのどちらかしかない。血への恐怖心が消えても次は別の形で……血やそれ以外の恐怖症として再発するリスクがある、ということを」
ギギと開いた錆びついた扉の奥に、震える身体を掻き抱くように蹲る綱手の姿が見えた。
目を見開くナルトにシズネは苦しげに顔を歪め、苦々しく言葉を紡いだ。
「綱手様の
里を襲った爆発音。それと共に、押し寄せるように怪我人が木ノ葉病院へと駆け込んできたのだとシズネは語った。
無論、みな我先にと綱手の治療を受けようとしたし、その伸ばされる手に綱手もまた応えていた。怪我人の優先度を定め、並ばせ、医療忍者を配置し。そうして指揮をとる傍らで、重傷者の治療を一手に引き受けていたそうだ。
だが、その治療の最中に突然、綱手は悲鳴と共に膝をついた。
『ぁ……ああああッ!!』
指先の震えは治まるどころか、全身へと及んだ。
ついに意識を失った綱手を運び出したものの、目醒めた綱手にシズネの声は届かなった。
血か、傷か、死か、それとも戦争か……何がきっかけとなったのかすら分からない。
それでも木ノ葉病院には怪我人が集まり続けている。綱手ばかりに気を割くわけにもいかず、シズネは綱手に代わり医療忍術を施し続けた。
チャクラが底をつきかけた為に一時休息を取り、綱手の様子を見に行こうとしていた所だったそうだ。
「ナルト君、お願いします。綱手様を助けてください!ナルト君の言葉なら、もしかすると……!」
「……やってみるってばよ」
ナルトの両肩を力強く掴んだシズネは、そう呻くように声を漏らす。
そんな期待にゴクリと唾を飲み込む。出来るかなんて分からなかったけど、それでもこのまま立ち去れる訳もなくシズネへ大きく頷いた。
部屋ヘと入れば、一歩進むごとに拒絶の気配が強まっていく。
「何の用だい?」
あと一歩で手が届くという所で、警告のように綱手が低く声を発した。
「綱手のばあちゃん……俺ってば、」
「ナルトか……どうせ、自来也にでもアタシを連れてこいって言われたんだろ?この規模じゃ戦争が始まったってところか。ジジイの命が危ないって?ハッ……見りゃ分かるでしょ。アタシはもう使いものにならないよ」
顔を上げた綱手の涙は既に枯れていて、腫れぼったい瞼から覗く瞳はあの居酒屋での眼差し以上に荒々しく、けれど今にも崩れてしまいそうな脆さを感じた。
かける言葉を失ったナルトに綱手は小さく笑うと、ナルトの姿を隠すように片手を翳した。
「ご覧……手の震えが、止まらない。血なんて無いのに……これじゃ、賽を振ることもままならないじゃないか。だから、無理だって言ったんだよ」
「ばあちゃん……」
「無理だったんだよ。アタシには……乗り越えるなんてできっこなかった。自分を過信しちまうなんて、まったく耄碌したもんだよ。いっそあの時、記憶を消していればねぇ……」
「私が、私がそうさせたんです!あなたが忘れてしまったら、叔父が消えてしまうんじゃないかって……一人で抱えて生きるのが、怖かったんです……!」
震えを拳で握り潰した綱手の言葉に、後ろにいたシズネが堪えきれずにガクリと膝を折った。その懺悔にすら綱手は顔を変えることなく俯いたままだった。
自分自身を信じたこと、それこそが間違いだと。
そんな言葉に胸が苦しくなった。
(分かるってばよ……)
絶対に火影になるって、そう自分を信じてきた。
でも、サスケとの差を感じる時、里の奴らの冷たい視線を感じる時に、ふとした瞬間にひっそりと心の奥が不安に翳った。
本当に自分にできるのかなって、怖くて逃げたくなる。挫けそうになる。
だけど、俺は知ってるんだ。
俺はひとりじゃない。折れそうになる度に、支えてくれる手があるんだってことを。
『今はもうバケ狐じゃない……あいつは木ノ葉隠れの里の、うずまきナルトだ』
『お前が他人の存在を意識して、認められたいと願い一途に頑張るなら……いつか、里の皆もお前を認め、仲間だと思ってくれるようになるさ』
『ちっせえが……ま、三日でこれなら及第点ってとこかのぅ』
『ナルト、スゴイじゃない!あんたのこと見直したわ!』
『ま、頑張ったね。いい試合だったよ……おめでとう』
『あれって螺旋丸だろ?黄色い閃光の再来か!?』
『やるわね、あの子……!』
『俺はお前を信じている。どこまでいっても子供を信じてるのが親ってもんだからね』
『お前は里を守れ───火影になるんだろ?』
俺はみんなを信じる。俺のことを信じてくれた仲間を、師匠を、友を、里を、家族を信じてる。
だから、俺はみんなが認めてくれた俺自身を信じられる。だから、失敗したって、苦しくたって、何度だって立ち上がれるんだ。
「……ばあちゃんが自分を信じられねぇっていうなら、もういい」
空いたその一歩を詰めたナルトは、綱手の震える手に自分の手を重ねた。
綱手の握りしめた掌の中で、初代火影のペンダントが薄水色に輝いていた。
シズネから聞いた話によれば綱手にとっては弟や恋人、彼らを失った象徴とも言えるような形見だそうだ。
ギャンブルで手放すことだってできたのに、それを何十年も肌見放さずに守っていた。
どんなに消そうとしても消えない、決して朽ちることのない想いがそこにある。初代から受け継がれ、流れ続ける火の意志が宿っている。
だから、俺はばあちゃんを信じるんだ。
「婆ちゃんは克服できる。オレは螺旋丸をマスターする。そんでもって、オレはぜってーに火影になる───自分が信じられねーっていうなら、俺を信じろ。まっすぐ自分の言葉は曲げねェ、それが俺の忍道だ!」
一切の疑いも恐れもなく、ナルトはニッと笑った。
目を見開く綱手の指先から震えが治まろうとした、そんな時だ。
パチパチパチ。
そんな乾いた拍手が、小さな部屋に響いたのは。
「聞きたい事があっただけなんですけどね……まさか、こんなにキレイな夢物語を聞かされるとは思ってもいませんでしたよ。これだからガキは嫌いなんです」
そんな嘲笑を含んだ声に振り向けば、シズネの身体がゆっくりと倒れていく所だった。
赤い血溜まりが広がっていく。シズネの背に突き刺さるクナイが、綱手の絶叫に震えた気がした。
「ガキは全てが簡単だと思ってる。だからバカげた夢を平気に口にする。だから諦めない……そして、自分も、周りさえも巻き込んで死ぬんだ」
「だ、誰だってばよ!?」
暗部装束を纏った男が、扉を塞ぐように立っていた。
身構えるナルトに応えるようにフードが降ろされ、狐を模した仮面がゆっくりと外されていく。
丸いメガネの奥に潜んだ瞳は、酷く冷たく、そして綱手の瞳以上に空虚だった。
「はじめまして、うずまきナルト君。僕は薬師カブト───綱手様に命を救われた、その“お礼”に来たんだよ」
サスケ奪還編は胸熱でした……書けるか私(´-`)