俺、
自慢じゃないが、茜は大層可愛い。ふわふわしたショートボブにくりくりの大きなおめめ。は? お前それもの喋れんの? と思ってしまうくらい可愛らしい小さいお口(誇張)。思わず「この、可愛いやつめ!」とつんと指先で突きたくなるお鼻。それに加えてスタイルも完璧ときた。自慢じゃないって言ったけどやっぱり自慢。俺の妹は世界一可愛い。
そんな妹の様子が、最近おかしい。
時折まるで誰かに想いを馳せているかのようにぼーっとしだして、「どうした?」と聞けば慌てて「なんでもない!」と言って現実へ戻ってきたかと思えば、またぼーっとしだす。原因不明の病かと考えた俺は、同じくして妹を心配した姉ちゃんと緊急会議を開くことにした。姉ちゃんは有給を使って、俺は大学をサボって。
「さて、今から茜ちゃんの様子がおかしい件について会議を開きたいと思います」
「異議なし」
「よかった。これについて異議があったら可愛い弟を殺しちゃうところだった」
「本当に可愛いと思うなら殺害を考えないでくれ」
どうやら俺は気づかないうちに命を散らす瀬戸際に立たされていたらしい。俺の茜に対する愛が本物でよかった。
姉ちゃんは仕事を休んでいるのにも関わらずぴっちりとスーツを着て、普段かけていない眼鏡をかけてこの時のために購入したホワイトボードに『茜ちゃんの様子がおかしい件について』とペンを走らせる。この前、友だちが「お前の姉ちゃんって美人教師っぽくてなんか、イイよな」と言っていた気持ちが少しわかった瞬間だった。
「茜ちゃんに見られる症状としては、時折ぼーっとして可愛いこと」
「これ以上可愛すぎると犯罪になる可能性があるな……」
「確かに茜ちゃんの可愛さについては議論してしかるべきだけど、今回の論点はそこじゃないわ」
「失礼しました。姉ちゃん」
「いつも言ってるけど、私は弟と妹から呼ばれる『お姉ちゃん』という呼称にかなりの興奮を覚えるから、そうやって呼ぶように」
「失礼しました。姉ちゃん」
俺がもう一度『姉ちゃん』と言うと、姉ちゃんはホワイトボードに正の字を二画目まで書いた。あの正の字が完成すると俺の命はないということだろう。俺のこと可愛いとか言いつつ容易く命を握ってくるのなんなんだ? 姉ちゃんの愛情表現特殊すぎんだろ。そんなんだから美人なのに彼氏いねぇんだよミス・行き遅れが。
姉ちゃんが正の字を一画書き加えた。どうやら俺の心は覗かれているらしい。それなら、くらえ! 『大好きだよ、お姉ちゃん』。
正の字が一画書き加えられた。
「なぜ?」
「解釈違い」
「解釈違いで命の散り際になる俺の気持ちにもなってみろよ」
つまり、俺は姉ちゃんが満足する形で『お姉ちゃん』と呼ばなければならないということか。姉ちゃんの弟をやってきてもう20年は経つけど、いまだに姉ちゃんの性癖を掴み切れていない。せいぜいブラコンでシスコンで見た目と頭はいいくせに彼氏が一向にできない、いや、そもそも世の中の男が姉ちゃんに釣り合ってないだけだと思うんですけどね? 高嶺の花どころの騒ぎじゃないって言うか、多分恐れ多くて声もかけられないんじゃないかなって思うんだよ、俺は。
思考の途中で正の字が完成しそうになったから急ハンドル切って褒めたことが功を奏したのか、正の字は四画目までで止まっている。危なかった。家族会議が一転して俺へ死刑判決をくらわせる裁判になるところだった。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか。蒼は何だと思う? 今茜ちゃんの身に起きてること」
「風邪にしちゃ長いしな……症状が出始めてから3日と17時間37分だろ?」
「咳とかもないしね……。病院に連れて行こうとしても頑なに断ってくるし」
「参考として、ネットで調べてみるか」
「やめときなさい。なんか恋だとかなんだとか訳の分からない単語しか出てこないわ」
「なんだそれ、意味わかんねぇな」
まさか茜に限って恋なんてありえない。なにせ茜には好きな人ができたら(俺と姉ちゃんが見定めて、もしろくでもないやつならぶっ殺すから)報告しろって言ってるしな。茜が俺たちとの約束を破るなんてこと、天地がひっくり返ってもあり得ないし、天地がひっくり返ることもあり得ない。
「……!!」
「どうした、姉ちゃん」
正の字が一画書き加えられた。俺の命、ここまで!
「一つ、考えられることがあるわ」
「ちなみに俺の命が助かる道はありますか」
「今度一日中私のことを『お姉ちゃん』って呼ぶ縛りでデートして」
「自分で縛りっつってんじゃねぇか。いいよ」
正の字が綺麗に消されて、俺の命は助かった。
姉ちゃんはそのままホワイトボードにペンを走らせる。
『約束:好きな人ができたら私たちに報告』
『現状:好きな人ができたという報告はない』
「ここで、考えらえるのが二つ」
ホワイトボードに向けていた体を俺の方へ向け、指を二本立てる姉ちゃんに首を傾げる。姉ちゃんの表情が『考えたくないことを考えてしまっている』ものだったからだ。よく見れば唇が震え、顔色も悪いように見える。一体何を書くんだと身構え始めると同時、姉ちゃんが再びホワイトボードにペンを走らせる。
『可能性1:私たちとの約束を破って秘密にしている』
「これはないわね。茜ちゃんはいい子すぎてもはや天使なところがあるから、私たちとの約束を破るなんてありえない」
やはり姉ちゃんも同じことを考えていたらしい。俺が神妙な面持ちで頷くと、姉ちゃんは笑いを堪えながらホワイトボードに向き直った。俺の面持ちが面白れぇって言いてぇのか?
『可能性2:茜ちゃんが自分の恋心に気づいていない』
「自分が何書いてるのかわかってんのか!!」
「わかってるわよ!!」
「いいや、わかってねぇよ!! 姉ちゃん、それは茜が誰かに恋してるってことになるんだぞ!!!」
正の字の一画目が登場した。今も判定生き残ってんのかよ!
「でも!! 乙女の私にはわかるの! あれは恋をしている女の子の目! 恋をしてなきゃあんな風にぼーっとしたりなんかしない!!」
「乙女の割には気づくのに3日かかってんじゃねぇか!!」
「彼氏がまったくできないわたしが3日目にしてようやく気付いたのが逆にリアルでしょ!!」
「くっ……!! なんて悲しい反論なんだ……!!」
確かに、恋についてド素人でクソザコでどうしようもない姉ちゃんが3日目にしてやっと気づいたっていうのはリアルだ。こういう風に会議を開いて冷静になって考えてみてから、「あれ? そういえば私にも似たような経験があったような……」っていう風に気付いたんだろう。ちなみに俺は姉ちゃんのそんな場面一回も見たことないけど。乙女力低すぎねぇか姉ちゃん。
「……わかった、とりあえずその可能性は認めよう。それで、どうする?」
「どうする? っていうのはどうやって相手を抹殺するかってことでいいのよね」
「待て。まずは見定めることが必要だろ。悪いやつだったら茜に文句言われた時『いや、でもあいつ悪いやつだったんだよ』で切り抜けられるけど、いいやつだったら言い訳ができない」
「それもそうね……よく考えれば殺人は法律違反だし」
相手を見定めるためには、まず相手が誰か知らないといけない。そのためには何をするべきか。
茜に恋心を自覚させる? バカ言うな。そんなことしたら茜が相手にアタックをしかける。すると茜は完璧美少女だから相手がすぐにオチてカップルが出来上がる。つまり恋心を自覚させる前に俺たちが相手に近づいて見定めないといけない。
「……茜ちゃんの友だちに話を聞くのが一番ね」
「でもどうやって? なぜか茜は俺たちを友だちと会わせてくれないから、一人も知らねぇぞ」
「この前『翠ねぇと蒼にぃは人として恥ずかしいからいや』って言われたけど、あれは照れ隠しっていうことで私の中で決着がついたし。なんでかしらね」
「はっ! きっと俺たちがモテてしまうと嫉妬するからじゃないか!?」
「それよ!!」
茜の可愛すぎる一面を知れて俺たちは満面の笑みを浮かべた。そうか、そういうことか。確かに俺はカッコいいし姉ちゃんは美人だからそう思うのも仕方ない。俺たちにとって一番大事なのは茜だって茜自身もわかってるだろうけど、嫉妬してしまうのも仕方ないしな。そういうもんだ、気持ちってのは。
ただ、茜がそう思っていたとしても茜が好きな相手を知るためには茜の友だちと知り合わなきゃいけない。でも茜が『会ってほしくない』って思ってるのに勝手に知り合うのはどうだろう。茜が嫌がるようなことはしたくないし、非常に難しい問題だ。
「……いや待て。別に友だちじゃなくてもよくないか?」
「それはつまり?」
「ほら、あいつ。
「確かに! そうと決まればすぐに聞きに行きましょう!」
「今は学校だから、校門前で待っとくか?」
「当り前よ。善は急げ!」
そして俺たちは家を飛び出し、バイクに跨って風になった。
--自分と同じ血が流れている家族というのは可愛いもので、何にも代えがたい大切なものだ。そんな家族のことを想うのは当然のこと。
これは、可愛すぎる妹を持つ俺と姉ちゃんが、妹のために人生を捧げる物語。