朝霧翠。幼馴染の姉ちゃんで、俺自身も翠ねぇって呼ぶくらいには距離の近い女の人。そして俺の好きな人だ。
翠ねぇのことが好きになったのはなぜか。見た目はかなりいいけど性格が終わってるから好きになる要素あんまりないって言われても無理もない。ただ、小さい頃から弟みたいに扱われつつしっかり異性としての距離を保たれて、それでも他の男に比べて無防備になってくれる面白い美人なお姉さんが身近にいたら、そりゃ好きになるのも無理もないって思わないか? 茜のこと好きになったら厄介な姉と兄に殺されるし。
「連絡先を交換した!!!??」
「う、うん」
そんな厄介な姉と兄を持つ茜は、十六夜からの「お兄さんと連絡先交換しちゃった」という恥ずかしがりながらの報告に目をひん剥いて驚いていた。あまりにもびっくりしすぎて昼休みの食堂に茜の声が響き渡り、「あぁ、噂のやばいやつらの妹か」と一瞬集まった視線がすぐさま散っていく。そろそろあの二人に妹離れしてもらわないと、茜がどんどん孤立しそうなんだよな……。
「冗談で言ったつもりだったけどよ、マジで狙ってんのかもな」
「そ、そうかな? えへへ……」
「いや、それはない。私の友だちに手を出すなんてこと、蒼にぃなら絶対しないもん」
「一歩間違えりゃ友だち関係終わらせちまうかもしんねぇしなぁ。でもさ、それすら飛び越えて十六夜がタイプだった……ごめん、ありえねぇわ。蒼にぃが茜中心でものを考えないなんてありえねぇ」
「でも! いきなり連絡先交換してくれたってことは少し期待してもいいんじゃないですか!」
蒼にぃと連絡先を交換できたのがよっぽど嬉しかったのか、前のめりになって同意を求めてくる十六夜を茜が鬱陶しそうに押さえつけ、うーんと唸り始める。
実際、蒼にぃに恋人ができたことはなさそうだった。別に言うほどのことでもないからって理由で俺たちに言ってなかっただけかもしれないけど、少なくとも俺たち側から見て恋人がいそうな雰囲気は一切なかった。それは多分、茜のことが大事で茜のための時間を取っておきたいからで、茜中心に物事を考える人だからだと思う。茜茜うっせぇな俺が茜に恋してるみたいじゃねぇか。
「しかも、お姉さんも説得してくれるって言ってたし!」
「翠ねぇを? あの人のブラコンすげぇから、確かにそういう色恋的な意味っぽいな……」
「……まぁ、もしそうなら応援するけど、やめといた方がいいと思う」
言って、ぶすーっと茜がわかりやすく機嫌を損ねる。こういうの見ると、いっつも翠ねぇと蒼にぃがシスコンだ鬱陶しいだ言ってるけど、茜も大概だよなと思わされる。だってこれって友だちに蒼にぃが取られるのが嫌って言ってるようにしか見えねぇし。
同じことを感じたのか、十六夜はにまーっと憎たらしく笑みを深めて、茜をいじり始めた。
「あれー? 私にお兄さん取られるのが嫌なんだ? 茜ちゃんお兄ちゃんのことが大好きなんだねー?」
「いや、普通に蒼にぃがカスだからやめといた方がいいって思っただけだけど」
「夕凪。こういうので慌てて否定してこない子っているんだね」
「『なっ、そ、そんなことないもん!』っていう反応期待してたならご生憎様。蒼にぃがカスなのは事実だからな」
あの人普段大学サボってバイトしてるかパチンコスロット打ってるか、パチンコスロットで負けて日雇いのバイト増やしてるかしかしてないからな。昨日の十六夜への対応見てそんな人だとは誰も思わないだろうなぁ。完璧な時は外面完璧だし。
「でもいい人だったよ? あれっしょ? 身内のことは悪く言っちゃうみたいな」
「むしろ身内だから優しく言ってる方だと思う」
「俺も身内みたいなもんだから優しく言ってるけど、他人なら話題に出さないレベルでゴミだって思うぜ」
「……そうは見えなかったけどなぁ」
根っからの極悪人ってわけじゃない。ただゴミなんだよあの人。いい人ではあるけど一緒にいて幸せになれる未来が見えない。酒とパチンコスロットとタバコっていう成人後は待ったら終わりのもの全部やってるからな。蒼にぃの友だちに会った時、「俺らもそうだけど、こいつが特に終わってるゴミだよな」って言ってたし。ゴミの上に終わってるって底辺どころの騒ぎじゃないだろ。
「本当にやめといた方がいいよ。まーじでカスなんだから! タバコは吸うしパチンコスロット打つしお酒は飲むし!」
「んー、私は別に嫌だって感じないけど。全部完璧な人っていないと思うし、それにそれくらい依存してるものがあるなら、私に依存してくれるかもって思っちゃったり?」
「クソ可愛いな十六夜。茜、女の子として負けてるぞ」
「翠ねぇと蒼にぃに言った」
「待て、言ったって言ったか? 言うっていう脅しじゃなくて?」
茜が見せてきたスマホの画面には、翠ねぇと蒼にぃに『虎鉄から女の子らしくないって言われた』とチクっている証拠画面が映し出されており、すぐに俺のスマホが俺の今の心を表すかのごとく震えた。見れば、要約すると『殺す』というメッセージが翠ねぇと蒼にぃの両方から飛んできていた。
「お前、俺にまったく遠慮ねぇよな……」
「虎鉄相手なら翠ねぇも蒼にぃも手加減してくれるし。っていうか虎鉄が悪いんでしょ」
「言いにくいが、こういう系で俺に飛んでくる罰は、茜の可愛いところを延々教えこまれて、更に俺が茜の可愛いところ100個くらい言わないと解放されないみたいな罰だぞ」
「さっきのは冗談って言ってくる」
茜がスマホを片手に立ち上がり、厄介な化け物を宥めにどこかへと去っていった。俺がそんなこと言わされてるって思ったら気持ち悪いもんな。さっきめちゃくちゃ嫌そうな顔してたし。俺と茜は周りから仲がいいだの本当は付き合ってるだの言われることが多いけど、マジでそんなことが考えられないくらい小さい頃から一緒にいたから、感覚的には妹に近い。
「夕凪。お姉さんと喋れるチャンスだったんじゃない? よかったの?」
「俺へ罰を与える時の翠ねぇと会話なんて成立するはずねぇだろ」
「やっぱお姉さんそういう人なんだ。なんでそんな人好きになったん?」
「俺が男だから。小さい頃から綺麗なお姉さんに適切な距離感で甘やかされたらそりゃそうなる」
「茜は?」
「妹みたいなもん。距離が近すぎて考えらんねぇ」
「ふーん」
翠ねぇはシスコンでありブラコンであり性格もまぁまぁ終わってるけど、それでも翠ねぇをフる男は見る目がないと思う。翠ねぇは美人だし頭いいしシスコンでありブラコンであるってのは愛情深いことの表れだし、ちゃんと付き合えればめちゃくちゃいい人だと思うんだけどなぁ。その『ちゃんと付き合えれば』がめちゃくちゃ難しいんだけどさ。
「それよりさ、お兄さんとデートしたいんだけど、どうすればいいと思う?」
「蒼にぃなら、『どうしてもこの前のお礼したいんですけど、今度のお休み空いてますか?』って聞けばデートしてくれんじゃね?」
「でもお礼お礼って鬱陶しいって思われない?」
「思われない。蒼にぃそのあたり寛容だし、人の厚意を鬱陶しいなんて絶対思わねぇよ」
「……いい人じゃん」
「そうだよ。いい人なんだけどなぁ」
それを超えてくるカス要素を持ってるからなぁ。緊張しながら蒼にぃに連絡を送っている十六夜を横目で見ながら、どうか夢を壊さないでやってくれと蒼にぃに静かに祈ってみた。
「おい蒼。いつになったら可愛い女の子が俺の目の前に現れて、一目惚れしましたって言ってくれると思う?」
「お前に協力的な催眠術師が現れたら」
「俺の実力じゃ無理みたいな言い方するなよ」
「そう言っただろ」
「蒼ちゃんだけに??? ッシャア!!」
大学構内喫煙所。俺は今、入学してから授業をサボってたらいつの間にかつるむようになっていた、この世のカップルが心底恨めしい男
スバルは顔が悪いわけじゃない。この世の男をイケメンかブスかに分けるならまぁブスかなっていうレベルの顔で、酒とパチンコスロットとタバコ三昧の日々を送ってるだけだ。なんだそりゃモテねぇわ。
「んでもさー、そうやって恨み言ばっか言ってるうちは一生できなさそうじゃね? 『女の子が目の前に現れて、一目惚れしましたって言ってくれる』って言ってる時点で受けに回ってる思考が見え見えだし、自分から行かねぇとできるもんもできねぇんじゃね?」
「ふっ、俺みたいなタイプに正論が効くと思うか?」
「だから彼女できねぇんだろ」
「うっせぇ蒼! お前も彼女いねぇだろうが!」
彼女作ったら姉ちゃんが修羅と化すからなぁ……。それに茜がピンチになったとき彼女がいたらすぐに駆け付けられないし。大事な人を増やしすぎると茜のための時間がどんどん削れて行くから、今は彼女がどうとかは考えられない。ありがたいことになぜか俺が普段通りに行動したら周りから女の子いなくなってくし。
「蒼ちゃんはちゃんとすりゃあモテそうなんだけどなぁ」
「俺を省いた理由を教えろ!」
「顔」
「なんてこと言いやがんだテメェ!! 喧嘩売ってんのか!!」
「スバルが教えろって言ったんじゃん!」
「誠一の勝ちに1万な」
始まった喧嘩に金を賭け、何の気なしにスマホを見てみると十六夜ちゃんから連絡がきていた。『すみません、十六夜です! あの、もしご迷惑じゃなければどうしてもお礼がしたいので、今度のお休み会えたりしませんか……?』と控えめで可愛らしいメッセージ。どうやら茜の前に周りから崩していこうという腹積もりらしい。いや、俺はこの前はっきり協力するって言ったし、もしかしたら作戦会議か?
それなら断る理由もない。『いいよ。土日のどっちか、十六夜ちゃんの都合つく方にしようか』と返して、さぁどっちが勝ったかと視線をバカ二人に戻せば二人が目の前におらず、もしかしてと隣を見ればバカ二人が俺を挟んでスマホを覗き込んでいた。
「おい蒼。十六夜ちゃんって誰だ?」
「妹の友だち」
「妹ちゃんって高校生じゃん? ヒュー!! やるじゃん蒼ちゃん!」
「蒼。少し話がある。もちろん聞いてくれるよなぁ?」
「アデュー」
スバルから明確な殺意を感じ取った俺は、すぐに逃げ出した。