気がつけば異世界
ある日、唐突に前世以前の記憶を思い出して、フラフラと歩いていた俺は体勢を崩してよろめき、膝をついた。
ガンガン痛む頭をおさえてフラつきながら起き上がると、視界の前方に血だらけで死にかけのすげぇ背が高い人を見つけた。
え、マジでデカくない。ジョースター家以上なんだけど、身長何メートル?
胸に手を当てればまだ心臓は動いているが、放置すればすぐに止まってしまうだろう。まだ生きているのならこのまま見捨てるのも何なので、おれのスタンドであるピクテルにキャンバスの中へ入れてもらう。
おれのスタンド『ピクテル・ピナコテカ』は描いた絵を物質として取り出したり、逆に収納することが出来る。他にもキャンバスの中を部屋として利用したり、対象をキャンバスに封じることもできる。
今回は対象をキャンバスに入れることで、キャンバスから俺の生命力を分け与えられるから、病院に着くまでは命がもつはずだ。
さあて、このあたりの病院は……なさそうだな。
落ち着いて周りを見渡せば、雪と瓦礫ばかりが広がるなんとも言えないこの廃墟感。前世以前を思い出す前の俺の記憶がなくて、ここが何処かもわからないんだけど、なに、こんなところで子供が暮らしていたのか……よく命が無事だったな。
今の俺のサイズはざっと見積もって十歳未満、服も汚れてるわボロボロで穴空いてるわでまともに暮らしていたとは、まあ到底思えない。腕とか足とか痣だらけだし、やたら腹が減っているし。
俺にとっては栄養にならないけど、後でちょっと食べ物を描いて出そう。あー、下手すると消化器官が弱っているだろうから、具無しのスープくらいにしておかなきゃ駄目か。
立ち上がろうにもフラつく身体に、俺が想定したより体力がないと判断する。
よし、ピクテル。医者のいそうな人気のあるところまで移動よろしく。ピクテルは指で丸を作ってから、俺をもう一つのキャンバスに放り込んだ。
* * *
ピクテルが俺を外に出したのは、さっきまでとは違い綺麗な石造りの建物が並んだ、人通りのない路地裏だった。
清潔な衣服を身につけた十九歳の慣れたサイズの俺である。よし、これなら動きやすい。本体がボコボコなので痣などは残っているが、綺麗な包帯を巻いているから病院に行っても大丈夫だろう。
「すみません、病院はどちらに行けばいいでしょうか」
「ああ、病院なら……!? 君! 今呼んでくるからそこでじっとしておきなさい!」
「え、いや、違うんです! 自分で行けるんで大丈夫です!」
路地裏から出て通りすがりのおじさんに道を聞いたら、目を丸くして慌てだし、医者を呼びに走り出されそうになった。咄嗟におじさんの腕を掴んで止める。
「そんな包帯でぐるぐる巻きの姿で馬鹿なことを言うんじゃない!」
「本当に大丈夫なので! おじさん落ち着いて!」
俺もだけどメインの患者は俺じゃないんだ!
ほぼミイラ状態だからそう思われても仕方ないんだけど、ちょ、おじさん力強いな!?
どうにか納得してもらって病院への道のりを聞き出し、たどり着いた病院で対応可能な症状について受付の人に尋ねた。
何度も手当てされそうになって断りながら、お医者さんに鉛玉の摘出が可能と聞いたので、救命の処置をしてほしいと頼む。
今から患者を出すから何処に出せばいいかと俺が聞けば、半信半疑ながらも手術室へ案内してくれた。
そこにポンと出される半死半生のデカい人。お医者さん達は目を剥いたが急いで救命処置を始めた。血液型を聞かれたけど、俺も彼も何型か知らない。そう伝えれば痛ましそうな顔をされて、処置しながら検査すると言っていた。
S型って初めて聞いたんだけど、この世界って他に何型があるの?
数時間の手術の結果、どうにかデカい人は命を取り留めたらしい。手術代はピクテルが出した偽札で支払った。細切れに破かなければ偽物ってバレないから大丈夫大丈夫。
デカい人が起きる前に俺はさっさと立ち去ることを決めた。知り合いでもないし、良心が痛むから拾っただけだし。どういう性格しているかもわからないから、とんずらするに限る。
まかり間違ってもディオ系だったら面倒臭いし。
そそくさと病院から出て、路地裏で元のサイズの身体に戻った。手ごろなサイズの肩掛けカバンとウエストポーチを取り出し、装備する。
ポーチにはお金──この世界ではベリーというらしい──を入れて、カバンには画材が入っている。食料についてはピクテルのスケッチブックに詰め込み済みだ。
港で次の街への定期船が出ているそうだから、とりあえず乗り込んでしまえばこっちのものである。乗船料を支払い、俺はこの世界初の街を後にすることにした。
うわー、俺帆船なんて初めて乗るよ。次の町では何か美味しいものを食べたいなぁ。
* * *
共用の船室にこもっているのも勿体ないので、デッキに出て潮風を浴びることにした。荷物をスケッチブックに入れておけば盗られる心配がないうえ、手ぶらで楽だ。
進行方向に向かって吹く風は、旗をバタバタとなびかせている。手すりの近くの木箱にのって海をのぞき込んでいると、後ろから笑い声が聞こえてきた。
「おう、坊主。あんまり覗き込むと落ちちまうぞ。それくらいにしとけよー」
「はーい」
声をかけてきたのはこの定期船の船員たちだった。半笑いでこっちを見ているのは、俺みたいな行動をする子供がよくいるのだろう。
落ちて彼らの笑い話に追加されないように、登っていた箱からぴょんと飛び降りた。
ガシ。
「えっ」
バサッ。
「えぇー!?」
「ぼ、ぼうずー!?」
まさに一瞬の犯行だった。箱から降りた俺の背後から、大きな鳥が飛んで近づき、宙に浮いていた俺の両肩を掴んだかと思うと、そのまま飛び去って行った。
船員たちの驚愕の声が後方から聞こえてきたが、連れ去られている俺が一番驚いている。マジでどうしよう。見る見るうちに離れていく定期船に、俺の顔は青ざめているに違いない。
これどうやって逃げればいいんだろうか。身をよじって逃げようにも、がっしりと肩を掴まれて出来そうにない。ピクテルに回収してもらおうにも、あの定期船には盛大に連れ去られる姿を目撃されているから、何食わぬ顔で戻ることも出来ないいま、抜け出しても大海原に放り出されるだけた。
島か船のどちらかが見えるまで、このまま現状維持かぁ……流石に今までの人生で鳥に浚われるのは初めてだなぁ。強制空の旅に半笑いしながら、俺はせっかくの眺めを楽しむことにした。
* * *
鳥に浚われて空の旅をしていたら、別の鳥がやってきて俺を奪っていった。なに、俺って餌として魅力的なの?そんなに美味しそうに見えるの?
連れ攫われ二回目は流石に心が辛い。食料として取り合われるのは勘弁してもらいたい。
「坊主、意識はあるかよい」
「鳥がしゃべった!?」
「まあ、今のおれは鳥だけどよい……元気そうだねい」
青く燃えているように見える鳥が声をかけてきた。えっ、この世界って動物が話すんですか。もしかして出版社や対象年齢が変わってパプワくんとかアンパンマンとかそうゆうやつ?
でもアンパンマンの世界で銃殺されかけていた人間は解釈違いなんだけども。
「とりあえずおれ達の船に降ろすから、おとなしくしておくんだよい」
違った俺の救世主だった。ありがとう鳥の方。船ということは文化的な生活をしているのだろう、巣とか言われたら断っていたかもしれない。俺を掴んだまま飛ぶ青い鳥が進む方向に、船が浮かぶのが見える。
おお、クジラモチーフが可愛い……待って、船の帆に厳ついイメージのマークが見えるんだけどちょっと待って。これってあれだよね。ジョリーロジャーってやつ、じゃ。
「かいぞくせん……?」
「坊主が変なことしなけりゃ、なにもしねェよい」
鳥の方は否定してくれなかった!
捕食の危機と海賊船に乗船ってどっちが危険なんだろう。こんな空まで来てわざわざ助けてくれたんだから、俺に対する何かしらの要求があるのだろうか。
十歳未満の男児に求める要求とは一体なんぞ。年齢制限的なやつだったら、俺は乗船する全員の股間を潰すことも厭わないぞ。
「……物騒なこと考えているようだが、おれたちから危害を加えるつもりはねえよい」
「大人はいつもはじめはそう言うよ」
「──そうだな。坊主、降りたらジッとしておけ」
反射的に言い返せば、声に苦いものをにじませて青い鳥は急降下した。突然のフリーフォールはやめてぇ! 内臓がふわっとする感覚、俺嫌いなのに!
近づいたらかなり大きかった船のデッキに降ろされ、ペタンとその場で座り込んだ。怖かった、めっちゃ怖かった。バクバク鳴っている心臓あたりの服を掴み、必死に呼吸をしていると、両脇に手が差し込まれて軽々と俺は抱えられた。
見上げれば頭頂部以外を剃り落とした金髪のお兄さんが、抱えた俺をじいっと見ている。えっと。
「傷は痛むかよい」
「青い鳥と声が同じだ!」
「あの鳥はおれだよい。で、痛みは?」
「な、ない……いったぁ!?」
「バレバレなもんを隠すんじゃねェよい」
青い鳥の声が目の前のお兄さんから聞こえて驚いているうちに、腕を握られて怪我の状態を確認された。ねえ、隠した俺も悪かったけど負傷部分握らなくてもよくない?
木箱に腰掛けた上で、膝に俺を座らせて手際よく巻いた包帯を外していく姿が、俺を叱りつけるシーザーを彷彿とさせる。この逆らえない感じ、まさか医者なのかこの人……人でいいんだよな。鳥が本来の姿だったりするのかな。
あらためてあらわになった傷を確認すると、これはひどい。本来の肌の色よりも青くなったり赤くなったり紫だったりの部分の方が多い。俺が負傷に慣れていたから動けているが、思い出す前の俺にとっては辛かったに違いない。
じっと手を見ていたら、ぽすぽすと頭を撫でられる。
「あの鳥の進行方向におれたちがいてよかったな。あのままだと巣がある島の山に叩きつけられてたぞ」
「え」
「捕った獲物を雛に食べさせる為に、岩肌を使って肉を柔らかくするそうだよい」
「え」
いつの間にか傍にいた女形のような格好のお兄さんが、ニッと笑って俺の頭を撫でながら肝が冷えることを言う。
え、あのままつれさらわれていたら、おれそんなうんめいをたどっていたの……?
ピクテルでの避難が間に合わなかった時を思い浮かべて、俺は息をのんだ。
やめて、あの鳥の巣がある山は黒いんだとか言わないでください。詳細を語らないでください。
「たすけていただきありがとうございました。しつれいなたいおうしてすみませんでした」
「おー、お礼を言えてえらいよい。坊主にとっちゃ、捕食者が代わっただけに思えただろうしな」
「白い顔で震えてんな……脅かして悪かった」
我ながらか細い声になったと思うが、どうにかお礼を言えた。ううむ、どうも精神年齢がかなり下がっているような気がする。前世は人類の枠を超えて長生きしたのに、現在その片鱗はないに等しい。
はて、と首を傾けると軟膏を塗っている手を止めて動くんじゃねえよいと頭を掴まれた。手がデカい。女形のお兄さんは救急箱的なものを持ってきたようだ。お手数かけます。
「イゾウ、他の姿が見えねェ奴らはなにしてんだ」
「マルコが子供を連れてくるってんで、怯えさせないように顔の怖い奴らが自主的に部屋に戻った。残りはそこだ」
海賊なのにすごくハートフルだな。イゾウと呼ばれた女形のお兄さんが指さす方向を見れば、物陰からトーテムポールのように顔を縦に並べてこちらを覗いている集団がいた。
いや興味津々過ぎだろ。そっと手を振ってみると、やたら嬉しそうな顔でぶんぶんと手を振り返された。もはや隠れていない。
今までにない対応に心底俺は困っている。俺の知り合いは、たとえ俺が小さい姿でもこんな丁寧な扱いはしてこないぞ。
挙動不審な俺の手を取って、マルコと呼ばれた青い鳥の人は呆れた顔をしている。あ、今度はこっちの手の治療ですね。
「大の男どもがなにやってんだよい……」
「子供がこの船に乗るのは随分久し振りだからな、構いたくて仕方ねェんだろう」
前にも子供が乗っていたのかこの海賊船。やっぱりかなりハートフルだぞこの海賊船。ほぼ全身に軟膏を塗って包帯を巻き終わった後、俺は再びマルコさんに抱えられた。
「まずはオヤジ、この船の船長に挨拶しねェとな」
「船長さん」
「白ひげって聞いたことあるか?」
「ないです」
黒ひげなら前世でも世界史に出てきたけど。マルコさんとイゾウさんは、まあ子供だしな……とちょっと残念そうな顔をしている。二人とも船長さん大好きだな。
「すみません、何分記憶が数日前からしかなくて、有名な方なんでしょうか」
「は?」
流石に一般的な知識を習得しないとまずいなー、と考えながら素直に現状を伝えれば、マルコさんとイゾウさんが歩みを止めた。
……あれ、客観的に考えると、傷だらけの十歳未満の子供が記憶なくしているって聞いたらそりゃあ驚く。すみません、ちゃんとした子供じゃなくてすみません。記憶ないけどあるんです。
「何日前からはあるんだよい」
「二日前です」
「ほぼなんにもないじゃねェか……」
しまった、俺を抱えたままマルコさんが手で顔を覆ってしまった。イゾウさんも同じ状態だ。そうですよね、拾った傷だらけの子供が、記憶がなく保護者すら定かではないとか大変困りますよね。なんか、頼る先もなく放り出すような人たちに見えないし。
……あれ、海賊なんだよな?
「大丈夫です!適当な島にでも送ってもらえれば、何とかなりますから」
お金の問題はピクテルで解決できるし、食料は貯めこめる。いざとなればピクテルにキャンバスにしまって貰えば、海だって渡ることができる。だから大丈夫──
「何年も内戦が続くような島でもか」
「人さらいがウヨウヨいる島もあるよい」
「なんでそんなに治安がわるいの!?」
えええ、と前世等に比べて世紀末な今世に驚いていると、二人はやっぱりか、みたいな顔をしている。どういうことだ。
「こりゃ記憶をなくす前も相当育ちがよさそうだよい。良心的な貴族の子息かもな」
「記憶の始まりはどこだったんだ?」
「知らない街の路地裏にいました。お金は持っていたのでそれで船に乗って……すぐに鳥に浚われたけど」
街の名前を伝えれば、二人は眉をひそめて悩ましい顔をした。相当建物は綺麗だったし、人の対応も優しかったから、傷だらけの子供がいるような街じゃないからかな。
すみません、本当の場所はまさに廃墟感が凄かったです。
「まさか
「ここは
「あ、なにやら凄く俺が大変なことになっていたことを察知しました」
驚いている箇所は移動距離についてだったようだ。ほうほう、俺がいた街が『のーすぶるー』で、今いるのが『ぐらんどらいん』の『しんせかい』だな。はっはっはっ、あれ、知ってる単語が出てきたぞ?
なんとまあ、既視感のある展開だなこりゃ。
「
「お、流石にそれは覚えていたか。長旅してきたなぁ、坊主」
「わあ……流石に予想外」
はい確定。おーけー、りょーかい、おかぴーと。
海賊で
俺、空島っていう所に行ったあたりまでしか読んでないんだよね。決着したかどうかもあやふやなくらいだ。それまでのキャラクターはボンヤリと覚えているから、お兄さん達ほど個性があれば記憶にあるはず。
つまりこのお兄さん達は、進んだだろう原作漫画のそのうち出てくるだろう人物ってことか。よかったー、俺が知らなくてもしょうがないね。
いや、問題はそこじゃない。
ねえ、子供ひとりで生きていくのに相当辛い可能性が高くないか。島が合わなくても移動すらままならないんじゃないかココ。島選びが重要だけど、その知識が一切ないってヤバくないか。
「どうしよう……」
「それをこれからオヤジに相談するから、あまり深刻な顔をするんじゃねえよい」
再び頭を撫でられる。わあ、とても慣れない。ついアイアンクローをかけられるかもと身構えるので、俺に対する誤解が広まっている気がする。違うんです、ボコられた記憶を身体が覚えているとかそういうやつじゃないんです。
心なしか抱く力が緩んだので、あっ、これは俺の拘束のためかと気づいた。まあ、組織のトップの所に連れていくのに無警戒はないよな。俺がこの船に来たのが完全な事故で、凶手の可能性が低いと認識されたから、多少は警戒が緩まったのかもしれない。
子供相手でも完全に緩めないの有能だわー、主人公の兄が所属する海賊って相当な実力者揃いだろ展開的に。
俺は真正面から戦うの苦手なんだよなぁ、いつもディオやジョナサンや美紀ちゃんにボコられて……いや待て、ボコるメンバーがあの世界の近接格闘能力上位だな?
思わず真顔になった俺に緊張していると思われたのか、またマルコさんが頭を撫でてきた。違うんです。
* * *
やたら天井が高く大きな船内をマルコさんに抱えられたまま進み、これまた大きな扉をくぐると、その先にいた人物に俺はポカンと子供のように口を開けることになった。いや子供なんだけどな。
大きい、本当に大きい。椅子に座っているのに見上げなくてはならず、地面から膝までだけで俺の身長より高い。長い波打った白髪と横に貫くような白い髭。俺を見つめる目は鋭く、本人が意図してなくても刺さるようだ。筋肉質な巨躯はそこらの人間では腕を振るうだけでひとたまりもないだろう。
これは初見の子供が泣くやつだ。俺は子供だけど子供じゃないので平気だが。デカすぎて驚き固まってるだけだ。
呆気に取られている俺の上から、クックッと笑う声が聞こえてきた。もー、反応見たさに黙っていたなマルコさんったらお茶目なお兄さん。
「はじめまして、船長さん。俺は……」
いつまでもこのままでいるのもあれなので、マルコさんの腕の中から挨拶しようとして、今生の名前を知らないことに気がついた。今まで名乗ることをしなかったから気がつかなかった。うっかり。
「坊主?」
「えっと、俺の名前がわからなくて……まあいいや、この度はマルコさんに助けられました。ありがとうございます」
「いやいやいやいや」
「もう少し深刻になれ坊主」
とりあえず横置きすることにして頭を下げれば、マルコさんとイゾウさんがビシッとツッコミを入れてくれた。わからないものは仕方ないし……。頭を上げると船長さんも眉を顰めている。部下がつれてきた子供が自分の名前もわからないってあからさまな厄介事だもんな。
「おい、どういう事態だ?」
「オヤジ、説明するよい」
ポンポンと背中を宥めるように叩かれながら、マルコさんは船長さんに俺の身の上を話し始めた。ねえ、俺は何歳に見られているの。
自己認識じゃあ八歳くらいだと思うんだけど、もしかしてこの世界ではかなり小さい方なのでは。どうも幼児扱いされている気がする。赤ん坊からやり直したこともある俺には、もはや効かない精神攻撃だけどな。ぐす。
「てなわけで、名前もわからないってことがさっき判明したんだよい」
「なにもかもさっぱりです」
「メソメソされるよりはいいが、もうちっと慌てろ。楽観的すぎる……で、どうするオヤジ」
「どうするもなにもな……ちび、テメェは海賊になる気はあんのか?」
「……? ないです」
絵を描くために世界は旅したいけど、海賊になるつもりはないかなぁ。公的機関とか犯罪者は入れないだろうから、まずそこら辺をきちんと描かないとね。うん、最低限スケッチだけでもしなくては。
「俺が船に乗ったのは、旅をしてその景色を絵に描きたいからです。海賊になったら入れない場所もあるだろうし、そこの絵が描けないのは嫌です」
「その言い方だと、海賊にならねえと入れない場所があれば、海賊になるってことか?」
「はい、そうですけど」
侵入も出来なくはないから、絶対というわけじゃあないけどさ。まあ、それが手っ取り早いなら考えなくもない。船長さんは小せぇのに腹が据わってんなと笑った。グラララだなんて笑い声初めて聞いた。特殊。
「ちび、適当な島までの乗船料代わりだ、おれの絵を描いてみろ」
「オヤジ」
「いいのっ!?」
「凄い乗り気……」
やったあ、船長さんの許可がでた!
この人は絶対今じゃないと描けない人だ、まずお願いすることすら難しい人だぞ。マルコさんに床に降ろしてもらって、いそいそとピクテルから鉛筆とスケッチブックを受け取り、さあ描こうとすれば肩を掴まれた。なにごと。
「そいつはなんだよい」
「え?」
「その仮面の奴だ。どこから現れた?」
マルコさんは怖い顔でピクテルを指さす。あ、しまった。つい前の癖で普通にピクテルから画材を受け取ってしまった。
というより、ピクテルが見えるってことは、マルコさんはスタンド使いだったのか。あの鳥の姿がスタンド能力なのかな?
「なあ、オヤジも仮面が見えるのか?」
「見えるぜ。イゾウは見えねェのか」
「ああ。突然宙にノートが現れたように見えただけだ」
船長さんもスタンド使いか。凄いな、一度に二人も会えるなんて。しかも人格がよさそうなんて奇跡だ。おお、と感嘆している俺を船長さんがじろりと見下ろす。圧が強い。
「ちび、てめェ悪魔の実の能力者か」
「違いますね……」
「じゃあその仮面の奴は何なんだよい」
「この子は、俺です。俺の分身みたいなもので……」
そこから俺はスタンドについて説明した。分身のため感覚を共有していること、今まで見える人はいなかったこと、自我があること、特殊な能力があることを伝えた。
最初は半信半疑だったが、スケッチブックからリンゴを取り出してみせたこと、試しに海に飛び込んでくると部屋から出ようとしたところを再び抱えられ、信じてもらえたようだった。海王類のエサになりてえのかと怒られたけど。
そっか、スタンド使いじゃあなくて悪魔の実の能力者か。そういえば動物に変身する悪魔の実もあったな。えーっと、トリトンさんだっけ、牛のやつ。……主役級以外名前が怪しいな。記憶が遠すぎるから仕方ない。
「満面の笑みで絵を描いてんなァ。楽しいか?」
「楽しい!」
「グラララ、ガキらしくていいじゃねェか」
船長さんの部屋にある椅子に座らせてもらい、スケッチブックに鉛筆を走らせる俺。マルコさんは別の仕事があるとかで、部屋にいるのは俺と船長さんとイゾウさんだ。たまに場所を移動しては描いていく俺に、イゾウさんは頬杖をついて笑っている。船長さんに至ってはお酒を飲み始めている。わあ、一升瓶が小瓶だあ。
「坊主、このリンゴは食べられるのか?」
「食べれるよ。本物のように描いたやつだから、味もそれと同じだよ。俺の生命力を使って出しているから、病人とか弱っている人に食べさせると、回復の補助になると思う」
俺産のリンゴの安全性を伝えたら、不意に二人とも黙り込んでしまった。イゾウさんがおもむろに俺を抱き上げ、スケッチブックと鉛筆を取りあげてしまった。あっ、なにするんだ。
「オヤジ、とりあえず坊主に飯を食わせてくる」
「ああ。ちび、しっかり食ってしっかり寝てからじゃねェと続きはなしだ」
「そんな!?」
イゾウさんにドナドナされて、船長さんの部屋の扉が閉められる。そんな殺生な、描きかけなのに止められるなんて生殺しだ。ベシベシとイゾウさんの肩に八つ当たりしていると、いてェからやめろと宥められた。
「坊主が平気そうな顔をしているから、ついついやらせすぎた。あの絵から物を取り出すのは、そのけがが回復するまではやめておけ」
「大丈夫なのに」
「この船の船医はマルコだ。アイツを怒らせると怖いぞ」
よし大人しくします。やっぱりマルコさんはお医者さんだったらしい。医者を怒らせていいことなんてない。そもそも固形物がまだダメそうな時点で、自主的に安静にしなくてはいけなかったのだろうけど、前世の吸血鬼の丈夫な体の感覚でいるのがダメなんだろうな。
俺は大人しくスケッチブックをピクテルに渡し、イゾウさんに寄りかかった。
……あー、やばい、力抜ける。しかも熱が出てる気がする。ぐったりした俺に気がついたイゾウさんが、なにやら声を掛けてきているようだけど、よく聞こえない。ごはんはしばらくお預けになるかも、と俺は吞気に意識が落ちるまで考えていた。
* * *
目を覚ました俺が見たのは、吊された点滴の袋と、見知らぬ天井だった。だるすぎて力が入らない体で、なんとか首を動かして周囲を確認すると、医務室のような場所だと認識した。
あの海賊達はぶっ倒れた俺を看病までしてくれたらしい。命の恩が積み重なっていくな。
ぼんやりと滴る点滴を眺めていると、ギィときしむ音がだんだん近づいてくる。足音だと理解したのは、ドアを開く音が聞こえてからだった。
「起きたのかよい」
ひょいとベッドに横たわる俺を覗き込んだのは、マルコさんだった。ぼんやりしたままの俺を気にせず、触診していく姿は手馴れている。脇に体温計を挟ませて、近くの椅子に座ったようだ。ギシリと木が歪む音がする。
「めい、わくを」
「やめろやめろ、死にかけのガキ一人見捨てるようじゃオヤジに向ける顔がないよい。意識が戻ったのはよかったが、まだまだ瀕死の状態だ、安静にしろ」
俺の額に手を当てて、マルコさんは優しく笑う。つめたい。見た目からして筋肉が多そうなマルコさんは体温が高そうなのに、こんなに冷たく感じるということは、俺の熱が高いのだろう。
これは、マルコさんに拾われずにあの鳥の島まで行っていたら、激突死は避けられても俺死んでたな。もう足向けて眠れない。はふ、と熱い息を吐く。何か飲めそうかと聞かれ、少しだけ水を飲ませてもらった。ほんの一口だけだけど、口の中が冷たくて楽だ。
どうやら俺は二日も意識がなかったらしい。俺はもうマルコさんを崇めるしかない。イゾウさんがぐったりした俺を抱えてマルコさんの部屋に駆け込んだ後、マルコさんが俺に下した診断結果は極度の栄養失調と全身に渡る打撲からの炎症による発熱だった。悲しいほどに細かった手足からなんとなく想像はついていたが、記憶を思い出す前の俺は、随分ギリギリのところを生きていたらしい。
そこにあのデカい人に生命力を分け与えていれば、倒れるのも当たり前だな。
明日までは点滴が必要なこと、後で具無しのスープを持ってくること、それまでは大人しく寝ていろと言って、マルコさんは部屋から出て行った。扉の向こうに消えた姿に向かって、俺が力が入らなくて震える両手を合わせたのは言うまでもない。ありがたや。
マルコさんが戻ってくるまでの間に、イゾウさんが様子を見に来た。起きている俺にほっとした顔をして、額のタオルを絞り直してくれた。お兄ちゃん……。
無理をし過ぎたことを咎められて、すぐに気づけなかったことを謝られて、元気になったらおれの絵も描いてくれと笑顔で頭を撫でた後去っていった。お兄さま……。
はっ、なんて恐ろしい海賊なんだ白ひげ海賊団、俺の攻略が凄い勢いで進んでいく。これで船長さんまで来ていたら危なかった。
しばらくして、マルコさんが薄めのコンソメスープを持って戻ってきた。そっと俺を起き上がらせて背中にクッションをつめ、手に力が入らないと知るやいなや食べさせてくれた。
何でこの人、海賊やっているんだろう。こんな優しい人が海賊になるような、ろくでもない世界観だったっけ、ワンピースって。
苦い薬を飲んで、いい子だと撫でる手が優しい。ああくそ、元気になったらこの船を降りないといけないのか。海賊になる気はないと船長さんに言った自分を少し恨む。
──そうだ、恩を。彼らに恩を返さないといけない。命を二度救われた以上、それを返すまで好き勝手することを俺は認められない。まずは身体を治さなければと、訪れる眠気のままに目蓋を落とした。
* * *
意識が戻って五日後、熱も下がり全身の痣も消えて固形物の飲食の許可がでました。やった、スープやお粥だけでもおいしかったけど、やはりしっかりものを噛みたい。
身体と頭を洗った後の汚れた湯が入った桶を端に寄せて、俺はピクテルから服を受け取って着替える。襟付きのシャツにひざが隠れる長さのハーフパンツ、サスペンダー付き。足下はハイソックスと革靴って何で良家の子息風なんだよ。
いそいそとピクテルが俺の髪を整えたあたりで、コンコンと扉がノックされた。顔を覗かせたのはマルコさんだ。
「着替え終わったか……あー」
「とても微妙な反応」
「海賊船には合わねえな」
「同意ですけど、俺に拒否権はないので」
拒否すると全裸にされると告げれば、哀れなものを見る目を向けられた。ダサい格好や女装をさせられないだけマシなんです。
飯食うぞと背中を軽く押されて部屋を出る。この船の廊下を自分で歩くのは初めてだが、随分と天井と横幅が大きい船だと思う。船長さんがあの大きさだから、しようがないっちゃあそうなんだろうけど。
「あんまり上ばっか見てると転ぶよい」
「はい」
よそ見をして歩いている俺に気づいたマルコさんは、手のひらで俺の頭を支える。あの、俺は幼児じゃあないからね?マルコさんの腰くらいしかないけど、頭の重さで後ろに倒れるような年齢じゃあないからね?
肩が震えてるからあえてからかっているんだろうけど、このやろう。
そのあとは何事もなく食堂に着いた。これまた大きな扉を開けば、厳つい野郎共から一斉に向けられる視線に、びっくりして肩がはねた。こわ……。
「起きれるようになったのか坊主!」
「まだちいせェのに大変だったな。飯食いに来たのか?」
「いっぱい食ってデカくなれよ」
「マルコと並ぶと誘拐犯と被害者だな!」
「うるせェよい。おまえらも同じだろうが」
「そりゃあそうだ!」
わらわらと集まってきては声を掛けながら俺の頭を撫でていく。こ、子供好きな海賊……この船に来てから俺の中の海賊の定義が揺らぎ始めている。いや、主人公一行も同じようなもんだけど。こんな海賊もいるんだな、ということで納得するしかないのかもしれない。
「おいおい、おまえら坊主を構うのは食い終わってからにしろ。マルコ、坊主をこっちへ連れてこいよ」
構われ続けて逃げるタイミングを失った俺が困惑していると、料理が盛られた皿を持った男が声を掛けてきた。リーゼントがとても懐かしさと親しみやすさを感じる。マルコさんに促されて椅子に座ると、深皿に盛られたシチューが目の前に置かれた。見上げると先ほどのリーゼントの人。
「よう、坊主。おれはサッチってんだ。病み上がりなんだからよく噛んで食えよ」
「あ、ありがとうございます。……いただきます」
名乗り返さなくても特に気にされないあたり、名前がわからないってことは広まっているのかもしれない。
具沢山だが食べやすい大きさに揃えられ、ブラウンソースに浮かんでいる。手にしたスプーンで芋を掬い、口に運ぶ。モグモグと咀嚼しながら、俺はシチューの美味しさに感動していた。芋うまい。いや違うんだ、ソースの深さもそうなんだけど、噛める食べ物の美味さよ。
歯は大事にしようと決意しつつ再びスプーンをシチューに沈めようとしたとき、テーブルの上に水滴が落ちた。なんだ?
ぽたぽたと落ちる液体は、船の中であるからして雨じゃない。頬をつたう感触に指をそえれば、ぬれたそれにようやく俺は、自分が泣いていることに気づいた。
料理に感動して泣いた?
確かに美味しかったし続けて食べようとしたけど、料理漫画のごとく泣き出すような感性は俺にはない。
なら、なんで泣いている。
「そこまでおれの料理に感動してもらえるとは嬉しいねェ。うまいか?」
サッチさんに振り向いて美味しいと言おうとした口が震えている。これは、感情が溢れすぎて言語化できなくなっているのか。
今の記憶の大部分を持つ俺じゃあなくて、この世界で生きてきた『おれ』が、言葉にならない思いを抱えている。
「おいしいよ、とっても」
「そうか……!」
涙も流れっぱなしのぐしゃぐしゃな顔で、どうにか笑おうと戦慄く口角を吊り上げて、伝えたい言葉を震えた声で告げる。
そんなおれにサッチさんは、どんどん食えよと、おれの肩を軽く叩いた。
今のおれは前々世の普通の女でもなく、前世の吸血鬼の男でもなく。この世界に生きる一人の子供としてのおれだと、自覚し、理解したのはこのときだった。
「よがっだなァ、ぼうず……!」
「腹いっぱいぐっでいいんだからなァ……!」
「うおぉぉおん!」
「あ、はい。いただいています」
「……そこの汚ェ鳴き声のやつら、坊主の食べる邪魔だよい。食い終わってんならさっさと出ろ」
「あっちのバケモンは気にせず食べろ、な?」
「う、うん……」
顔面崩壊という言葉がよぎる表情の野郎共を、マルコさんとサッチさんがおれの正面に立って遮った。仲間をバケモンと言い切ったよこの人。
選択肢1『死にかけの男が起きるまで待つ』を選びませんでした。
『ハートの海賊団ルート』が消滅します。
選択肢2『船室から出ない』を選びませんでした。
『海兵ルート』が消滅します。
選択肢3『大鳥から逃げる』を選びませんでした。
『ドンキホーテ海賊団ルート』が消滅します。