群青色を押し花に   作:保泉

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少しずつ未来へ進む

 

 

「これが魔王……」

「うーん、なんか違くない?」

「最終形態なのかも……と、すみませんゴードン様。封印完了しました」

「ああ、確かに見届けたよ」

 

 額縁がついたキャンバスを覗き込むのは、シャンクスさんと抱えられたウタだ。はじめは追いかけられたことが原因なのか怖がっていた彼女も、シャンクスさんが傍にいるとはいえ、絵に近づいても平気になったみたいだ。

 

 成り行きを見守っていたゴードン様に報告すると、彼は頷いて安心したように笑っている。

 

「そして、素晴らしい演奏だった。元は管弦楽曲だろう?」

「はは、そうですね……覚えていないので書き起こしはできませんからね?」

「それは残念だな…………そうか……」

 

 軽い口調で返答したら、なんかゴードン様と護衛の人達がすごく落ち込んだ。むしろ、ピアノソロの曲だけでも覚えていることを褒めてほしいくらいなんだけど。

 最後に弾いたのどれくらい前だと思う。国が興って終わるくらい昔だぞ。

 

「しかし、トットムジカを鎮めるのにレクイエムはいいかもしれないですね」

「沈めるのか?」

「ん? ……あっ、ちがっ、えっと、なだめるとか穏やかにとか、そういうやつ」

「ああ、凪か」

 

 思いも寄らないところをベックさんに尋ねられて焦った。この世界、日本語を話しているのに日本語が通じないことがたまにある。その度にここは異世界なのだと思い知るのだけど、まあ、それもこの世界の味わいだろう。

 凪、カームか。英単語が和訳されて使われると咄嗟にわからなくなるな。

 

「トットムジカがレクイエムを好んでいる、と言うことかな」

「好んでいるというか……あっ、じゃあ聞いてみましょうか」

「……聞く?」

 

 脱線しかけた話をゴードン様が元に戻す。

 そうか、本来レクイエムに鎮魂の意味はないんだっけ。死者の安息を願う儀式に使われる音楽だから、祈りを捧げる対象は神だけ。

 死者の魂をなだめて落ち着かせる鎮魂歌とは、祈る対象がまったく違う。

 

 今回、おれは前者の曲を後者の祈りを込めて弾いたが、どこがよかったのかは『本人』しかわからないよな。

 

 おれの傍に戻ってきたピクテルが、トットムジカのキャンバスに手を差し込む。

 

「──なあ、トットムジカ。お前どんな曲が好き?」

 

 絵から出された、猫サイズのトットムジカに尋ねる。返事はピクテル経由でしかわからないけども、アンケートは本人に聞くのが手っ取り早い。

 

 ふんふん、音楽はなんでも好きだけど、レクイエムというより鎮魂の祈りがある方が落ち着く、と。

 今のトットムジカは初見時の荒ぶっていたのがウソみたいに、まったりのほほんとそこに佇んでいるから、鎮まった後なんだろう。

 

 身振り手振りで感情豊かに伝える彼(?)に、おれはうんうんと頷きつつ話を促す。

 

 ほうほう、悲しみや怒りの感情や思いがトットムジカに集まるようになっていて、あまり集まり過ぎると暴走してしまうのか。

 

「おい」

「いだぁっ!?」

 

 聞き取りに集中していた為、後頭部に直撃したお父様のチョップは避けられなかった。あたまが、あたまが縦に分かれるかと思った……!

 見上げれば、ピクテルも痛そうに涙目で頭を抱えている。

 

「なにするのお父様! ピクテル出しているときに叩くなんて、女性の泣き顔見たいの!?」

「違ェよい!? 待て、ヘーマの痛みはピクテルにもいくのか!?」

「ピクテルはおれなんだから当たり前でしょ!」

 

 逆もまた然りだよ、と当たった箇所をさすりながら言えば、唖然としていたお父様が片手で顔を覆ってしまった。

 あっ、向こうで何故かベックさんも項垂れている。えっ、おれちゃんと言ったよね、感覚を共有してるって伝えたよね……?

 

「シャンクスさん、おれ言わなかった?」

「あー、そういや言ってはいたが……現物見ねェと実感しないもんはあるだろ?」

 

 どうしても別々の存在に見えるからな、とはガシガシと頭を掻いているシャンクスさんの言。

 ふぅん、ピクテルが人間にそっくりなビジョンなのが影響しているのかな。みんな、スタンド使いに会ったのはおれが初めてのようだし、他に例があれば彼女はあくまで力の具現だと理解してもらえるのだろうけど。

 

 それに、おれが何かをするときはピクテルも同意しているから、共犯なんだけどな。あまり自由にさせると他人を勝手に絵に閉じ込めたりするから、まったく容赦はいらない。

 

「ピクテルは自我こそあるけど独立した生命じゃあなくて、おれでもあるんだ。だから、おれとの区別は不要だよ」

「んんー、難しいことを言うなァ」

「おれと別個に認識するからだって。おれはピクテルも含めておれなの!」

 

 なあピクテル、と振り返ろうとしたおれをピクテルがキャンバスに放り込む。

 ちょっと、いきなりなにすんだ。

 文句を口にする間もなくすぐに出されて、おれはピクテルと色違いの姿になっていた。

 

 もう一度言う。違うのは色だけだ。

 

 見た目の年齢も、波打つ長い髪も、ドレスに包まれた豊満な身体も、全てが一緒。

 お祖父様の時のように服装だけ揃えるのではなく、しっかりと女性の体でおれはイスに座っていた。

 

 ──なんでそうなる?

 

 ひ、久し振りにやってくれたなぁ、ピクテル……なんだこれ、お前こんなことも出来たの?  

 

 はー? 股の間に本当になにもないんだけど、ウソだろ?

 

 戦慄くおれに、ピクテルは着ぐるみの一種だと伝えてきた。あ、本当に性別が変わった訳じゃないのね。そこはよかった。

 

「な、な……!?」

「すごい! ヘーマがお姫様になってる!」

「……ウタが喜んでくれるならそれでいっか」

「いや、よくねェだろい」

 

 言葉もないゴードン様と驚き固まっているシャンクスさんとベックさんの横で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら興奮しているウタが可愛い。

 友だちに対して父性を芽生えさせているおれを、おれのやらかしにかなり慣れてきたお父様のツッコミが正気に戻した。

 ハッ、いろいろ衝撃過ぎて血迷ってた。

 

 なんでおれを女の姿に、とピクテルを咎めれば、殴られるのは嫌だと返ってきた。

 

 ピクテルお前……おれだって殴られるのは嫌だけど、見た目の性別を変えられるのも嫌だぞ? もっとおれの性別を重視してほしい。

 

「まあ、着ぐるみの種類が増えたと思えば……ダメだ、思えない!」

「戻しては……もらえなさそうだねい」

「おれもう疲れたし、ここで全裸になるのは嫌……」

「選択が究極だな」

 

 これ以上のストレスは御免です。腕をバッテンにして拒否するピクテルを見て、お父様とベックさんが哀れみの目を向けてくる。あー、ふて寝したい。

 こんな風におれが振り回されているのを見せるからかな、分身って信じてもらえないのって。ならもう、しょうがないか。

 

 だがピクテル。お前一週間絵を描くの禁止な。ショックを受けた顔のピクテルがやめてと懇願しているが、禁止を撤回するつもりはない。前世みたいに、勝手に誰かをキャンバスに入れられたら困る。

 

「まぁまぁ、あまり気にするなよ。普段とそんなに変わらないだろ?」

「大いに変わるだろ」

「そうか? ヘーマは元から女顔だろ」

「せいっ!」

「おっと」

 

 笑顔で揶揄ってきたシャンクスさんに手元にあった何かを掴んでぶん投げたけど、ひょいって感じで避けられた。くそが。

 

 内心で悪態をついていれば、壁にぶつかる鈍い音が響いて、あれ、と疑問が浮かんだ。そういえばおれは何を投げたんだろ。

 

 シャンクスさんの後方で、ふらふらと浮く藍色の帽子の……って。

 

「ご、ごめーん! トットムジカ本当にごめん!」

 

 壁の近くで、打ち付けた顔を両手で覆うトットムジカがいた。

 投げたのお前だったのね!? ちょっと衝動が抑えきれなくて、いやおれが悪かった!

 ダッシュでトットムジカの元に行き、打ったところを見せてもらう。より赤くなったオデコと痛むのか、彼はうるうると涙目になっている。

 

 ざ、罪悪感がすごい……! 小さくなったからか、小動物感がかなり増してるな。

 

「い、痛かったよな。悪かった。そうだ湿布、湿布貼るか? ピクテルから出せばお前にも効くから」

 

 彼が被っている帽子をずらして、額に小さめの湿布を貼る。貼り終わればトットムジカはふよっと浮いて、おれの頭をポカポカ叩き出した。

 あんまり痛くないけどおれが悪いので甘んじて受けよう、存分にやってくれ。

 

「それで、ヘーマ。ソイツはどういうことだ?」

「え」

「封印したんじゃねェのか」

 

 じゃれているおれ達に声をかけたのはお父様で、その指差す先にはトットムジカが浮いている。

 そういえば、みんなにピクテルの能力について詳しく説明してないことを思い出した。話すのは別に構わないんだけど、伝えすぎると誤解を生むというか、おれの安全が脅かされるというか。

 友だち以外に手の内を全部曝すのは嫌なので、とりあえず現状だけ話すことにする。

 

「封印したよ。今もしたままだけど」

「それで外に出せるのかよい、むしろ出して大丈夫なのか?」

「暴走モードは解除されてるからね、問題ない。トットムジカ、挨拶して」

「かなりフレンドリー」

 

 やぁ、とばかりに右腕を上げるトットムジカに、複雑な顔をする一同。

 港付近の破壊具合を見れば、キャンバスに退避した後も相当暴れたようだし、いまのマスコット感溢れる様子とのギャップは凄かろう。

 

「ヘーマ君、トットムジカは暴走していたのかい」

「そのようです。彼にはこの世界の悲しみや怒りの気持ちが集まるようになっています。ですが、集まりすぎると制御が利かなくなるそうです」

 

 だよね、とおれの右肩に乗っているトットムジカに聞くと、指で丸を作っている。 君、段々とおれに慣れてきたな?

 

「鎮魂の祈りを込めた音楽をトットムジカに捧げると、溜め込んだ気持ちが昇華されます」

「なるほど、それで君はレクイエムを弾いたのか。実際には、選曲はレクイエムには限らないと」

「重要なのは祈りを込めること、らしいです」

 

 鎮魂の気持ちが込められていれば、明るい曲でも構わないみたいだし、なら、いっそ行事として確立してしまえれば、遠い未来でもトットムジカを安定させることが出来るだろう。

 

「おれが死んだら封印は完全に解除されます。なので、ゴードン様にはおれがくたばる前に、年一回の鎮魂曲の祭典を作っていただきたい」

 

 これでも海賊なので、いつ死ぬかはわからない。殺されるつもりはないけど、万が一ということは否定は出来ない。

 

「おれはとりあえず、目指せ140代を掲げるので」

「目標デカいな」

「やればいけると思う!」

 

 たしかその位の年齢のおばあちゃんいたよね、お医者さんだっけか。その位長生きすれば、祭典の定着も確認出来るだろうしさ。

 

「そうか、そうだな。もはや我らにトットムジカを封じる術はない。なら共に歩むために出来ることをするべきか」

「国王様……」

 

 静かに決意を固めるゴードン様に、護衛の人達も思わず声を漏らしている。この方は、よくこんな意味分からん能力のガキの言葉を、真摯に受け止めるよね。

 守るために出来ることを精一杯努めようとする在り方は、おれとても好き。なら、もうちょっと頑張っちゃう。

 

「ゴードン様、これ差し上げます」

「楽譜? ……! これはまさか先ほどの!」

「ピアノソロだけで申し訳ないですが」

 

 レクイエムの楽譜を取り出し、手渡す。おれが内容を覚えているから、ピクテルも描いて出すことができた。

 目の前の楽譜を描くと内容のコピーは容易いけど、記憶の中のものを描くにはそのものに対する正確さが必要である。じゃないとただの白紙の束になるからな。

 

「いいや、素晴らしい曲だった。ありがたく受け取ろう。作曲はヘーマ君が?」

「とんでもない。だれも知らない、才能ある音楽家の最後の作品です」

 

 おれの言葉に、ゴードン様は有名になる前に亡くなった、知り合いの音楽家の遺作だと受け取ったようだ。

 まあ、この世界では誰も知らないし、前の世界ではとっくの昔に亡くなっているから間違いではない。

 

 ──うん、これでやるべき事は全部終わったかな。

 トットムジカをピクテルがキャンバスに仕舞うのを確認して、おれも元の姿に戻してもらった。

 

「お父様」

「なんだ?」

「後よろしく」

 

 疲労を誤魔化して動いていたが、流石に体力が尽きた。一方的にお父様にお願いして、目をつぶったおれはその場にぶっ倒れるのだった。

 

 

***

 

 

「ったく、せめて椅子に座ってからにしろい」

 

 間一髪、崩れ落ちるヘーマを抱えたマルコは、完全に意識を失った息子にため息をついた。

 この数時間でヘーマが奮闘した内容を並べれば、よく今まで意識を保っていたと感嘆する。

 

「マルコ、おまえもウチの船に泊まっていけよ」

「…………しかたねぇか」

「嫌そう!?」

 

 顔を顰めながらも肯いたマルコに、シャンクスは衝撃を受ける。そんな父親の様子を気にとめず、ウタはヘーマを抱えたマルコに近づいた。

 

「おじさん」

「なんだよい」

「わたし、ヘーマと一緒に寝ていい?」

「エッ!?」

 

 お頭黙ってろと、シャンクスの口を物理的に抑えるベックマンをちらりと見てから、マルコはウタを見下ろす。

 

「おれも一緒になるが、それでもか」

「うん。……だって、明日にはヘーマもおじさんも別になっちゃうんでしょ」

 

 ウタは怖がりもせずにマルコを見上げて、必ずくる別れを口にした。マルコ達は白ひげ海賊団で、ウタは赤髪海賊団だ。時折針路が交差することはあっても、ずっと併走することはない。

 

「ヘーマはたくさん頑張ったから寝ちゃったけど、かまえって言ってたから」

「! ヘーマが、そう言ったのかよい」

「寂しいからかまえって。だから、明日になるまでは一緒にいたいの。

 そうすれば、少しは寂しくないでしょ?」

 

 少女の言葉にマルコは眠たげな目を見開いた。ヘーマという子どもは、あまり弱音を他者に漏らそうとしない。白ひげ海賊団の家族にさえも、相談することはあれど心の奥底の本音を告げることはない。

 いつでも自分で考え、決断し、実行する。そしてその決断には他者に何かを行動させるものは、ほとんど含まれていない。

 

 そんなヘーマが、わがままを言った。

 全てを自分の中で完結させていた子どもが、少女に気持ちを告げた。

 その変化を思って、マルコは目を細める。

 

「わかった、おれはかまわないよい」

「ほんと!?」

「ああ、そこの父親がいいと言ったらだけどな」

 

 ならば、とマルコは少女の希望を通すことにした。息子が希望しているのなら、子ども一人寝床に増えようがマルコには変わらない。

 だが、一人確実に文句を言い出す男を、ウタが説得できたらのことである。

 

 マルコの視線を辿ってウタが振り返ると、何やら唸って葛藤するシャンクスがいた。

 

「ヘーマは友だちだ……だがウタと一緒に寝るのは……マルコは信用できるが……ハッ! ならおれも」

「お断りだよい」

「いいじゃんかおれが一緒でもよォ!」

「お断りだよい」

「静かに寝るから!」

「お頭、諦めろ」

「うぐぐぐ……!」

 

 誰よりも子どものような態度をとるシャンクスに、断固としてマルコは拒否した。なんでわざわざデカイ野郎と一緒に寝なくてはいけないのか。

 それでもシャンクスは了承を出そうとしないので、ベックマンが呆れた声を出した。

 

「シャンクス……だめ?」

「………………イイヨォ」

「絞り出したな」

 

 最終的に、寂しそうな娘の顔に負けた父親だった。

 

 

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