群青色を押し花に   作:保泉

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未来の家族

 

 

 

「えっと、とりあえず聞くけど、こちらを襲ってきた理由は?」

 

 お前ルフィくんのお兄さんじゃないのかとか、そういやファミリーネームが違った気がするとか、色々浮かぶ言葉を飲み込みつつ。

 じっとおれから目を離さないエース(仮)くんに、襲撃理由を聞いてみるが答えてくれない。

 なんというか、野生動物が全身で警戒しているような感じがする。

 

 ああ、なるほど。野生動物。おれは彼の襲撃理由が何か理解した。

 つまり、イノシシを追っていたのが彼で、おれに獲物を横取りされそうになったから襲ってきたと。

 

「このイノシシは君の獲物かな?」

「……ああ」

「ならおれたちは横取りするつもりはないよ。向かってきそうだったから対処したたけだし」

「えっ、食わねぇのムグ」

「はーいルフィくんお口閉じてね」

 

 後ろ手でルフィくんの口を塞ぐ。おれ達はちゃんと弁当を持ってきているでしょ、食い意地はらないの。

 だいたい、今からイノシシを食うために処理を始めても、血抜きやら肉を冷やすやらで夜か明日の朝になるっての。

 

 それに先程の一撃から察するに、目の前のエース(仮)くんは素のおれより力が強い。

 波紋で身体を全力強化してギリギリつり合ったおれじゃあ、ルフィくんを庇いながら彼を制圧するのは手間だ。

 楽勝で対応できるシャンクスさんは、何故か様子見しているし……ウタもいるから別にいいんだけど。

 

 おれ達はイノシシ肉を捕りに来たわけでも無し、引くことでいざこざを防ごうとしたのだが。

 

「……」

「うーん、警戒心」

 

 相変わらず睨み付けたままの少年に、おれは途方に暮れて頬を指で掻いた。ルフィくんの警戒心と足して二で割ったら丁度良くなりそうだな。

 

 しかし、この警戒した猫のような反応、何処かで──

 

 

 ──僕はジョナサン。こっちの彼が。

 ──ディオ、だ。

 

 

「あー……」

「ムーム?」

 

 浮かんだ懐かしい声に思わず声が漏れた。そういや彼等も最初はこんなんだったなと、口を緩ませたおれを更に顰めっ面になったエース(仮)くんがキツく睨む。

 馬鹿にした訳じゃあないから、そうツンツンするなって。

 

「施しは信じられないか。なら、交換条件といこう」

 

 見知らぬ人間を警戒するのは当然で、生きる為に必要な食糧を無償で譲るような人間を訝しむのも当然だ。

 なら、こちらの利益を付与した状態で提示してやればいい。

 

「そのイノシシを譲る代わりに──君、おれの絵のモデルになってくれないか?」

「……は?」

 

 彼の驚いた顔は、思いの外あどけなかった。

 

 

***

 

 

「なー、お前名前なんて言うんだ?」

「……」

「おれはルフィ。おれと友達になろう!」

「……」

「何処に住んでるんだ? おれは山の下のフーシャ村ってところだ」

 

 いや、ガン無視だなぁ。

 

 目の前のやり取りが目に入り、おれは鉛筆を動かす手を止めずに苦笑いを浮かべた。

 

 気絶したイノシシを逃げないように縄で木に繋いだ後、おれは条件に承諾した少年のスケッチを始めていた。

 

 丸太に座るエース(仮)くんに向かって、彼の隣に腰掛けたルフィくんが先程から話しかけているのだが、ピクリとも反応を返さない。

 まるでルフィくんが見えてないような徹底的なシカトっぷりに、どう対応すべきかおれは悩んでいる。

 

 原作では兄弟として描かれていた彼らは、どうやら最初から知り合いではなかったらしい。後々にそのエピソードが語られるのだろうな。

 それにしても、ルフィくんのメンタルはとても強いな、あれだけ無視をされているのに全然めげてない。

 

「いま絵を描いてるのはヘーマだ。おれと二つしか違わないけど海賊なんだ」

「!」

 

 ──お?

 なんか今エース(仮)くんが反応したな。

 

「向こうにいる赤い髪の大人がシャンクスで、小さいのがウタだ」

「……ソイツらも海賊なのか」

「! にししっ、おう!」

 

 おお、質問までしてきた。先程まで微塵も反応しなかったのに。ルフィくんもようやく返ってきた反応に嬉しそうに笑っている。

 

 話題を向けられていることに気づいたのか、離れた場所で広げたシートにウタと座るシャンクスさんが片手を上げた。

 

 エース(仮)くんが絵のモデルを了承した時点で彼はこっちに歩いてきていたんだが、少年がまるで毛を逆立てた猫になったので、現在は離れた場所に居てもらっている。

 シャンクスさん本人はエース(仮)くんに興味津々なのか、ウタとのんびり座っているもののじっと此方を眺めているけど。

 

 なんかちょっと、視線に込められてる熱量が高いような気がするんだが、彼の何がシャンクスさんに引っかかっているんだろう。

 

 しかしエース(仮)くんが反応した部分って海賊だよなぁ。憧れの対象があるルフィくんはわかるけど、彼はどうして海賊に興味があるのだろうか。

 将来で海賊になっているのだから当然なのかもしれないけど、初対面の警戒している相手にほんの少しでも心を開く程に関心を寄せてるとは。

 案外、ルフィくんともそこで仲良くなったのかもなぁ。

 

 まあ、今は話題を見つけたってことで。

 

「おれは一人で旅をしているけど、シャンクスさんは海賊団の船長だよ。おれも母船はあるからたまに帰るけどね」

「船長……」

「海賊に興味があるのか? 海に出たいなら、航海術の知識と強さが必要だぞ。じゃないと近海のヌシに丸呑みされるだけだ」

「フーシャ村の向こうの海に、すげェデカイ魚がいるんだ! おれもヘーマと一緒に見た」

「……そんなのがいるのか」

 

 次第に興味の色が強くなる表情に、おれは内心でニヤリと笑う。うんうん、将来役に立つかもしれないと思えば言葉に耳を貸さないではいられまい。

 

「そうそう、おれはまだ手配書は出ていないけど、シャンクスさんはちゃんと賞金首なんだよ」

「そうなのか?」

 

 ついでにシャンクスさんへの警戒を軽減しようと話を向けると、何故かルフィくんが釣れた。知らんのかい。

 

「なんだ、ルフィくんも知らなかったの?」

「知らねェ」

「それで、アイツの金額は?」

「十億四千万」

「じゅっ……!?」

「じゅうおく、ってどのくらいだ?」

 

 バッとエース(仮)くんがシャンクスさんを振り返り、ルフィくんが首を捻っている。あー、まだその桁の数字はわからなかったか。

 

「えーと、この前フーシャ村で暴れた山賊の賞金額、八百万はわかる?」

「うん」

「その百倍でも八億だからシャンクスさんの方がまだ上だね」

「ヒャクバイ……!」

 

 そこでようやく掛けられた金額の大きさに気づいたのか、ルフィくんは目を丸くしてシャンクスさんを見た。

 

「彼ら赤髪海賊団の凄いところは、カタギに迷惑をかけずにその額に至っていること。

 一般市民に被害が多ければ多いほど、賞金額は上がりやすいんだ。まあ、弱い者いじめして上がった金額が、どれほど誇れるかは疑問だけど。

 ルフィくん、あの山賊は殺した人数を自慢していたんだろう?」

「うん、言ってた」

「これはおれの勝手な想像だけど、自分が強いと主張しないと不安なんだろうね。

 それに殺さずに事を済ますことも出来ないなんて小物だよ、見習っちゃだめだぞ?」

「元から見習うつもりはねェ!」

「……あはは、そうか」

 

 きっぱりと言い切る少年におれは笑みが漏れるが、少し顔を伏せたエース(仮)くんに気がついた。

 どうした、とおれが声を掛けると、彼はポツリと呟く。

 

「自分の強さを見せしめるのは、小物なのか」

「──少し違うな。自分に自信がある人間は、自分の価値の評価を他者に求めない。

 己は強いと理解していれば、他人からどれほど見くびられたとしても、強さは何も変わらないからだ」

 

 具体例をあげると、山賊に酒を掛けられたシャンクスさんかな。おれがそう言えばルフィくんはあっと声を上げ、エース(仮)くんは眉をひそめた。

 

「さっき例に出した賞金額八百万の山賊がな、初対面のシャンクスさんに酒をぶっかけたそうなんだよ。

 シャンクスさんの賞金額を知らなかったんだろうけど」

「随分と間抜けな奴らだな」

 

 エース(仮)くんの言葉に頷くしかない。山賊だから海賊について無知なんて、平和な東の海だからこその珍事かもしれないが。

 

「でもさ、シャンクスは全然怒らなかったんだ。ただ酒を掛けられただけだから、怒る事じゃないって」

「懐の深さの表れだよな。それで、ルフィくんが山賊にボコられた時は、友達を傷つけるのは許さないって怒ったんだろ?」

「ああ!」

 

 ニッコニコで話すルフィくんにおれの頬も緩む。この溢れ出るシャンクスさん大好きって感じがとても可愛い。

 おれが絵を描いていなければ撫で回しているところだ。

 

「おーい、そろそろ聞こえるところでおれの話をするのをやめてくれ。むず痒くて仕方ねェ」

「わざとー!」

「ヘーマこの野郎」

「ぐえ」

「あはは」

 

 シートを抱えてこちらに近づいていたシャンクスさんは、一瞬でおれの近くに現れてアームロックをかけてきた。友達を自慢したっていいだろうに。

 ベシベシと腕をタップすると、ようやくおれの首は解放された。苦しかった。

 ちょっとウタさん、笑わないで止めてくれてもいいんですけど?

 

 近くに現れたシャンクスさんにエース(仮)くんが再び緊張しているけど、最初よりはひどくはないっぽい。

 まあ、億越えの海賊を警戒するなとは言えないため、大丈夫だとだけ声を掛けておく。

 

「盛り上がっているようだが絵は描けたのか?」

「ん、まあね。そうだ、君の名前を聞いてもいいかな」

「……エースだ」

「よろしくエースくん。で、いっしょに昼飯食べない? ちょっと作りすぎたから消費に協力してほしいんだけど」

「…………別に、食えるもんなら貰う」

 

 物は試しで誘ってみれば、渋々ではあるがエース(確定)くんは頷いた。よしよし、いっぱいお食べ。

 

「よし、シャンクスさんそのシートここに広げてくれるかな、見晴らしが良いんだ。ウタはちょっとこの食器類を持っていてほしい、ルフィくんは──はい、まずこのおしぼりで手を拭こうね、エースくんも」

「おー」

「うん、このバスケットだね」

「わかった」

「……おう」

 

 ぱんぱんと手を叩いてみんなに行動を促す。シートの上にお弁当を広げれば、エースくんはおれをじっと凝視している。なに?

 

「そのメシ、何処から出したんだ」

「あ」

「ねぇ、前から聞きたかったんだけど、ヘーマってその力隠す気あるの?」

「日常的に使うのが癖になってんなァ」

 

 指摘におれが固まっていると、呆れた声のウタとシャンクスさんの指摘が突き刺さる。隠す気、隠す気は……あんまりないな?

 

 むしろバンバン使っても悪魔の実の能力者と誤解されるだけで、特にデメリットはない。マイノリティなのは前世とは変わらないけど、排除の対象になりにくいだけマシだ。

 おれももう、そこらの人さらいに誘拐されるほど弱いつもりはないし、いざとなれば空飛んで逃げられるし。

 

「じゃあこれから隠さないってことで」

「面倒になったんでしょ」

 

 ちょっとツッコミはやめてくれるかい、マイディア。

 

「えー、おれの能力で収納していたんだ。出来立てそのままで保存できるから便利だぞ」

「能力って、そんなの出来るやつがいんのか」

「ヘーマと同じ能力っていう意味なら違うが、他の能力ならあるぞ」

 

 悪魔の実について知っているか聞いてみると、案の定知らないとのことだった。やっぱり東の海では認知度が低いな、悪魔の実。

 実例としてルフィくんが腕を伸ばしてみせれば、エースくんはとても良い反応をしてくれた。こらシャンクスさん、笑いすぎ。

 

「その代わり、能力者は海に嫌われる。カナヅチになっちゃうんだ」

「それは海賊として致命的じゃねぇのか?」

「ものはやりようだよ。突き詰めるなら海に落ちなきゃいいし、水の中にお宝があるなら、泳げる仲間を集めればいい」

「へぇ、なるほど」

 

 モシャモシャとサンドイッチを食べながらエースくんの質問に答えていく。悪魔の実の能力は戦いを知らない人間を即戦力にする可能性がある。

 ルフィくんのゴムゴムの実のように、能力者自身の工夫が必要な場合もあるけど、常人には不可能な選択肢というものはやはり強い。

 

「ま、能力があっても無くても身体が資本ってことは変わらないよ。エースくんの戦い方は自己流だろ」

「ああ、前から狩りをしたりチンピラ襲撃したりしてるが、教わったことはねェよ」

 

 ううん、まさに野生児。

 

「じゃあどうだろう、モデルを引き続き受けてくれるなら、おれが身体の動かし方とか鍛え方、教えるよ?」

 

 素の身体能力が高いから動かし方を覚えるだけで、今回のイノシシを逃がすことなんかなくなるだろう。

 

「……なんで、おれに構うんだよ」

「お?」

「このメシもそうだ。おれは、お前には縁もゆかりもないだろ」

 

 ──俺達、ジョセフじいちゃんのおじいちゃんの仇の子供なのに。

 

 俯くその姿に、おれは在りし日のドナテロを思い出した。心ない大人に吹き込まれた言葉に傷つき、震える声で告げたあの子を。

 

「……何言ってんだ。縁ならいま出来ただろう。一期一会ってやつだ」

 

 だからこそおれは、あえて軽い口調で伝えた。なんてことないと態度で伝えるために。

 間違っても憐れまれているなんて、エースくんに思わせないために。

 

「最初に襲ったこと気にしてんのか? そんなのよくあることだって。

 大体、おれの母船とシャンクスさんは敵船だぞ?」

「はぁっ!?」

「そうなのか!?」

「あったり前だろ、海賊なんだから。同じ船員以外は基本的に敵だよ」

 

 おれは基本面白がられて見逃されてるだけだぞ。だいぶ仲良くはなったと思うけどな。

 でも、おれが赤髪海賊団にとって許容できない不利を寄こすなら、この首はポンと飛ぶだろう。

 シャンクスさんは誰にでも気さくに話しかけてくるけど、敵対者には容赦はしない人だから。

 

「おれは、おれが仲良くしたいと思った奴の、立場がどうとか別に気にしないことにしたんだ。

 だから敵船だろうが友だちは友だちだ」

「! おれもそれがいいな!」

「だろ? そりゃあ敵船だから遭遇すれば戦うだろうけどな」

 

 話したのはあくまでおれの望む在り方であり、他者の海賊の在り方まで邪魔するつもりはない。

 

 しかし赤髪海賊団と戦争かぁ……そういえば聞いたことないけど、傘下の海賊団っているのだろうか。

 それによって対応も変わる上に、室町時代以前の個人戦なら兎も角、集団戦をするなら真っ先に狙うべきは狙撃手──ベックさんとヤソップさんだな。

 

 ベックさんの得物を見る限り、完全なオーダーメイド。この世界の銃といえども超長距離狙撃しかねない。

 ヤソップさんは、ハッキリ言って未知数。あの人、ルフィくんには見せるくせにおれに射撃を見せてくれない。技術を盗み覚えようとしたのがバレたのかも。

 

 思考がもし赤髪海賊団と戦争するならにズレていたおれに向かって、シャンクスさんはほぉー? と、ニヤついた。うげ、揶揄われる未来を察知。

 

「前の抗争になりそうな時、ヘーマが必死に止めたのになァ」

「う、その折は色々と申し訳なく……でも料理対決を煽ったのはシャンクスさんだろ」

「そっちの方が面白そうだったからな!」

「わぁ、良い笑顔」

 

 事実、子どもの癇癪につき合わせたようなものなので、言い返せねぇ。これ大人になっても言われるパターンじゃないか。人はそれを黒歴史という。

 生まれ変わっても出来るもんなんだな、黒歴史……。

 

 おれは流れを変えるためにシャンクスさんから目をそらして、エースくんの手を取った。

 

「つまりだな、おれはエースくんと仲良くなりたいんだ」

「なっ」

「おれもエースと友達になりたい!」

「ちょっ」

「ならわたしも! ねぇねぇ、音楽は好き?」

「っだァー!? いきなり近づいてくんな!?」

 

 ずいずいと頭がぶつかりそうなほど身を乗り出していく子どもたちに、エースくんはおれの手を振り払い、身体を仰け反って逃げようとする。

 

 おっと、それはさせないぞ?

 おれは後ろに下がる彼の背中に手を回し、まだ小柄な身体をがしりと捕まえた。

 

 波紋で強化した腕でエースくんの肩を抱いて、顔を覗き込むようにおれは笑う。

 そんなおれに倣ったのか、ルフィくんもエースくんの肩に手を伸ばそうとして叩き落とされている。そこは拒むんだ。

 ウタも笑いながらエースくんの手を握った……外しちゃだめかな?

 

 いやいや、落ち着けおれ。ここは畳みかけて押し切る時だぞ。

 

 エースくんが未来で白ひげ海賊団に加入するのかはわからないけど、もし入るなら──おれの弟になるってことだ。

 けっしておじではない。年が近いしおれより後に入るから弟である。

 

 なら少しばかり早く彼をかまっても誤差だろ、誤差。

 

「だからさ、あきらめろ。言っておくが……おれ達はしつこいぞ?」

「……!!」

 

 ニッと歯を見せて笑うおれ達に、エースくんは理解できないものを見る目で、眉間にシワを寄せてにらみ返していた。

 

 

 

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