群青色を押し花に   作:保泉

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海賊として
上を目指す覚悟


 

「久しぶりに食うメシはうめェな! おかわり!」

 

 嬉しそうにガツガツと料理を食べる『少年』に、おれは次の皿を差し出しながら苦笑する。

 

「はいどーぞ。もうちょっとよく噛んで食べろよ。消化に悪い」

「おう、気を付けはする」

「実質無視宣言すんなよ」

 

 にこやかに言えば許されるわけじゃねぇぞ。手元の皿から一口食べて、咀嚼しながらおれは目の前の男にじっとりした目を向けた。

 

 海賊王と行く世界旅行ツアーが決まったあと、一番近くの島におれ達は降り立った。

 運が良いのか悪いのか草原のみの無人島で、野生動物に襲われる心配はないが、目隠しになるようなものはない。船の影も全く見えなくてよかった、海賊王の姿を見られたら騒動になるのは目に見えているからな。

 そしてピクテルによって嵩張るからと十四歳程の少年の姿に変えられたロジャーに、おれは親鳥の如くせっせと食事を与えていた。

 いやだって、十年以上食べてないって言うし、腹の虫がぎゅーぎゅーと鳴っていたし……おれもちょっと心の休憩を入れたかったからな。

 

 スケッチブックの中に貯め込んだ調理済みの食料があってよかった、腹ペコ野郎の横で作る料理ほど焦る物はない。じっと横で出来上がるのを待たれるのは結構焦るものだ。

 しかし、やっぱりこの世界の男達はよく食べるなぁ……海賊が基準だけど。

 

「やっぱり海賊ってよく食べるのかな」

「む……ゴクン。いや、これくらい普通だろ。ヘーマは食が細ェな、ガキのときのシャンクスは倍は食ってたぜ?」

「本人に聞いたよそれ」

 

 今生の身体はなんか燃費がいいんだよなぁ。波紋法でエネルギーを補給しているからだろうか。そもそもの消化力は高くないので無理に食べるつもりはないけど。

 

 そして話の流れで知ってしまったが、シャンクスさんはなんとロジャー海賊団の見習いだったらしい。赤ん坊のときに拾われたようで、生まれてからロジャー海賊団が解散するまで海賊船で育ったそうだ。まさに生粋の海賊。

 他にもバギーという同い年の子どももいたってことだけど、その名前なんか覚えがあるなと思って特徴を聞いてみたら、鼻が大きくて赤いという所ですぐに察しがついた。

 あれだろ、なんかコミカルな感じのピエロっぽい海賊いたよな。やたらしぶとそうなイメージだけ覚えていたけど、海賊王のクルーなら納得するわ。

 

「あー、食った食った! ご馳走さん」

「ほんとにな。まさか調理済みの料理が全部なくなるとは……食料の買い出しにいかないとなァ」

「それはスマン」

「いいって、買い物につき合ってくれれば」

 

 旅のメンバーが増えれば買い出しの量が増えるのも当然だ。金策も考えないといけないが、最悪ロジャーにはピクテル製の食料を食べてもらおう。

 

「よし、腹も満たされたしよ……軽く手合わせするか!」

「え」

 

 食べ終わった後の皿の片付けをしていたおれにそんな声が掛けられる。

 ……ちょっと、ピクテルなんでおれの鍛練用の木刀を二本出したの。差し出されて思わず受け取っちゃったけど、これ拒否権ない感じ?

 なるほど、やらかした謝罪に頼みを聞いていると。ねぇ、本体にもそのこと伝えよう?

 

「初対面なんだ、互いにどれくらい動けるのかの確認は必要だろ?」

「それはわかるけど、なんでそんなに笑顔なのかな!?」

 

 あまりにも楽しそうにわくわくしているロジャーに、おれは手合わせの過酷さを察知して慄いた。コイツ実は結構戦闘狂だったりする?

 

「いやー、おれのガキ、エースに稽古付けるのを見てたけどな……ヘーマ、お前全然本気出してねェだろ」

「習い始めの素人に本気出せるわけないだろ」

「ああ、それはそうだ。お前はあの島でやり合う相手と環境に恵まれなかった。それに全力を出せるほど強い島じゃねェからな」

 

 手に取った木刀を握って振るう姿に隙は見あたらない。無防備に見えても見聞色できっちりこちらを捕捉しているのがわかる。

 あと強い島ってなんだ、島の耐久性を重視しなけりゃいけない事態ってなんだ。

 

「数ヶ月間の手加減で、いまのお前は無意識にレベルをガキ共に合わせちまってる。このままの意識で楽園に行ってみろ……すぐ死ぬぜ?」

「!!」

 

 たった一歩の踏み込みで、ロジャーはおれの近くに移動し薙ぎ払う。おれは反射で木刀を縦に構えてそれを防いだ。ちょ、いきなりすぎる……!

 

「よーし、しっかり構えろよ。なに、安心しとけ。段々強くしてやるからよ」

「その段最初っから高くない!?」

 

 ロジャーの笑顔が魔王のソレに見えてきて、おれの顔が引き攣る。人相の悪さに拍車がかかっている。

 彼はまさにこの世界のラスボスというか、裏ボスと手合わせしておれが無事でいられる気がしない。つい力が入る木刀を握る手を脱力させながら、おれはゆっくり息を吸い始めた。

 

 

***

 

 

 おれが使う剣は相手をいなすものだ。この力のない身体では打ち合う剣は到底無理、一合で後ろに吹っ飛ばされるだろう。受け身からのカウンター型とも表現すればいいのか、守勢の剣はロジャーの剛剣にもどうにか食いつけていた。

 

「やっぱりお前は技術がとんでもねェな、こんな柔らけェ剣見たことねぇぞ! 純粋な剣でここまであしらわれるのは久々だぜ!」

「手加減していてよく言うよ!」

 

 こっちは覇気も波紋法も使って身体能力を強化しているというのに、ロジャーは剣しか使っていない。なのに嬉々として振るわれる剣は力強く、正面から受け止めてしまえばおれの手は痺れてしまうだろう。

 

「わははは! じゃあそろそろ覇気も使っていくからな!」

「だから、段階の段差が、高すぎるっての!」

 

 おれはもう泣きそうになってるんだぞこの野郎。白ひげ海賊団の家族もここまでしなかった。だってあれだろ、おじい様と手合わせしてるようなもんだろ、しかも全盛期の技量。

 おじい様は確か六十二歳だっけ──思考がズレたことに気付かれたのか、木刀が黒く染まり迫ってきた。スイマセン真面目にやる……軌道変えやがったホント見聞色面倒くせぇっ!?

 

「ふっ……!」

「んー、武装色はよし。そんで──」

「──後ろっ!」

「お、見聞色もそれなりだな。少なくともギアをちゃんと上げてりゃ、そこらの敵にはやられねェか」

「それはどうも!」

 

 一瞬で背後を取られ、おれの背中は冷や汗でビショビショだ。だが、まだなんとかなっている。容赦はないし怪我しても仕方ないって考えが透けて見えるが、全力で見聞色を使えばどうにか──

 

「こらこら、早とちりすンな──褒めてる訳じゃねェ」

「な……ぎっ!?」

 

 ギアを上げたのか速さを増した一撃に木刀を上に向かって弾かれる。無防備になった側面が狙いだと見て、武装色の覇気で防御したが、覇気の上からダメージが貫通した。

 押し負けたと理解する前に振ってくる次の一撃を、おれは飛び退いて避けた。

 

「お前に足りてねェのは実戦経験だ。命をかけた殺し合い、その経験がねェだろ?」

 

 おれは攻撃を受けた左上腕を押さえる。痛みは引かないが骨に異常はない。だけどロジャーの手にあるものが木刀でなければ、この腕は落とされていただろう。

 

「なまじ優秀だからこそ危機に陥った回数も少ねェ筈だ。ついでに言えば人を使うのも上手い、今まではヘーマが全力を出す前に誰かしら手を貸してくれたンだろうよ」

 

 ──短い時間で本当によく見ている。観察眼に舌を巻いた。

 確かにおれは単独で戦ったことはほとんどない。前世ではスタンドの性質上、真っ正面から戦うよりもサポートに特化していたし、それこそ本気で殴り合ったのなんてウェス相手くらいだ。

 その外はすべて鍛錬によるもの。命の天秤を引き合う戦いなんて、やったことがない。

 黙り込むおれに向かって、ロジャーは獰猛な笑みを見せた。うわあ。

 

「この機会に振り絞ってみな。気が優しいのは結構だが、それだけじゃあ海賊はやれねェよ」

 

 それからは、ただひたすらロジャーの剣を受け続けた。最早反撃する余裕なんかない、宣言通り徐々に強く鋭くなる攻撃に、おれは必死に食らいついていた。

 

 今のロジャーは少年の姿だ。当然肉体的全盛期には程遠く、小柄な分リーチもパワーも抑えられていてなお、この強さ。

 

 飲み込みが良いと、才能があると褒められ、知らず知らず伸びていたおれの鼻はこの手合わせでボッキリと折れた。

 子どもにしてはという、枕詞に気がついていなかった浮かれ具合に、ぎり、と奥歯から音が鳴る。

 

「──おいこらヘーマ、いつまでおれに手加減するつもりだ?」

「はァ!? するわけないだろ!」

「おれが気づかねェと思ってんのか。さっきから何度も見逃してんだろうが、急所への攻撃のスキをよ」

「!」

 

 手加減なんかしていないと噛みついた勢いは、すぐに失速した。自覚があったからだ。

 

「それともなんだ、おれはお前が手加減して勝てる相手か? だとすりゃ嘗められたもんだなァ、おい!!」

「ぐ、う……! そんなつもりは……」

「楽園でも、新世界でも……! 敵を嘗めた奴が生き残れる易しい海じゃねェ! たとえお前が手を止めても、敵は止めてはくれねェぞ!」

 

 目で見て判断するには遅すぎて、見聞色でしかロジャーの攻撃を察知できない。少しでも読み違えれば攻撃を受け止められず、いなせず、この身に一太刀入れられる焦燥は、少しずつおれの選択肢から甘さを削り取っていく。

 それでもおれはまだ、命を奪いかねない攻撃を選べない。

 

「いいか、いつかエース──お前の兄弟は必ずこの世界という脅威に晒される」

「そんなのわかってるよ!」

「わかってねェ! お前のはわかってるつもりになっているだけだ!」

 

 そんなおれを、ロジャーは容赦なく叩きのめしていく。おれのこの世界に対する憧れを、まやかしだと叩き込んでくる。

 

「アイツは生まれという理由だけで、全てから命を狙われる! 世界政府の冷酷さとネチっこさを甘く見るんじゃねェ!」

 

 甘くなんて見ているつもりは無い。妊婦狩りのことを、オハラという島のことを、非加盟国という見捨てられた人々のことを、家族にも、旅の合間にも聞いている。

 だがそれを実感しているかと問われれば、頷くことはできない。きっとおれにとってはまだ──他人事なのだ。

 

「強けりゃ生きる! 弱けりゃ死ぬ! それがこの海の大原則だ! お前があのガキ共を守りてェなら力がいるんだ、刃を押し退け世界を敵に回す力が!」

 

 なるべく穏やかな空気になるように生きてきた。争う相手には妥協点を見つけて収めてきた。力押しなんて苦手だったから、矛先をずらして問題を解決してきた。

 だが、ロジャーはそれではダメだと言う。

 

「こう言わなきゃわからねェか!? お前が今のまま、弱いままでいるなら弟達は──」

 

 甘ったれなおれに現実を突きつけ──

 

「世界に殺されるぞ!!」

 

 鋭く差し込まれたロジャーの言葉に、ドクンとおれの心臓が跳ねた。

 

 ころされる。

 だれが?

 おとうとが。

 なんで?

 よわいから。

 

『ヘーマあれ見ろ!』

『どうしたルフィ?』

『ミヤマだろあれ!』

『ミヤマ……?』

『……ウソだろ、ヘーマお前ミヤマ知らねェのか!?』

『今まで何をして来たんだ!?』

『エースとサボまで、ミヤマってなんだよ』

『クワガタっていう虫らしいよ』

 

 ただのこどもなのに?

 

 まだなにもしてないのに?

 

 ただ、いきてるだけなのに?

 

『しかたねェな……クワガタを知らねぇなんて男としてありえねェ。今日はクワガタ捕りに行くぞ』

『よし、そうと決まればまずは虫カゴ作らねェとな』

『まかせろヘーマ、おれがレクチャーしてやる!』

『お、おう……?』

『珍し、ヘーマが勢いに圧されてる』

『ウタはクワガタ捕ったことがあるの?』

『あるよ、シャンクス達が』

『ああ、なるほど』

 

 だいじなおとうとたちが。

 

『ヘーマ!』

 

 おれがよわいから──しぬ?

 

 グル、と腹の奥で何かが唸る。

 弟達が死ぬ? そんなこと──

 

 

「──認められるかァァッ!!」

 

 

 咆哮と連動して、まるで身体の奥底からグツグツと煮えたぎるものがあふれるようだった。

 

 感情の赴くままに湧き上がるそれを、おれは咄嗟に右手に持った木刀に『纏わせる』。

 

 地面を蹴り、腕を振り上げ──目を見開いてこちらを見ているロジャーに向けて、バリバリとやたらうるさい木刀を思いっきり振り下ろした。

 

 迎撃のために構えた彼はニヤリと笑って合わせるように木刀を振り上げ──

 

 木の打ち合う音がする筈の接触面から、何故か金属のぶつかるような音が鳴った。

 

「うわぁっ!?」

 

 拮抗できたのはほんの一瞬で、すぐに弾かれたおれの身体が宙に舞う。慌てて体勢を整えて着地するも靴の裏は地面を滑るだけで、しょうが無く強化した木刀を地面に突き刺し勢いを止めた。

 

 なんだ、いまのは。まるで磁石の反発のように木刀が弾かれた。

 

「わっはっはっは!!」

 

 呆気に取られているおれとは違い、ロジャーは歯を見せて楽しげに笑っている。

 

「闘争心を引き出すつもりが、別のもんを引き出しちまったなァ!」

「ロジャー、今のは」

「覇王色の覇気だ、知ってるか?」

「覇王色……おれに?」

 

 困惑するおれに、木刀を担いだロジャーが歩み寄ってくる。立ち上がるおれの全身を観察して、怪我はねェなと頷いていた。

おい、打撲をキチンとカウントしろ。

 

「まあ、なんにせよ、おれが言ったことは嘘や脅しじゃねェ」

「……ああ」

「これでもういい、なんてことはねェんだ。この海じゃ成長しねェ奴はただただ腐る。腐っていつか──過去のてめェから見て反吐が出るナニカになっちまう」

 

 おれを見据えるロジャーの目には陰りが一切ない。これは海賊王になった男の、純粋な心配からの忠告だった。

 

「ヘーマ、お前も海賊なら──上を見続ける覚悟を決めろ」

 

 ──まったく、どうやら海賊ってもんは慌ただしくしか生きられないらしい。

 

 よくよく考えてみれば、主人公であるルフィはトラブルに巻き込まれっぱなしだったんだ、エースやサボもきっとそうなるだろう。

 ウタだって人生の方向ががらりと変わりかけたんだ、ならおれは、それを支えられるように実力をつけなくてはいけない。

 

 昔、おれの代わりにディオがやってくれていたことを、自分でできるようにならなくては。

 

 男として、兄として。おれがアイツらに恥じない自分でいられるように。

 

「なァ、ロジャー」

「なんだ」

「覇王色の使い方、教えてくれ」

 

 晴れた空を背景にして、ロジャーは笑う。

 

「勿論だぜ、ダチの頼みとありゃあな」

 

 

***

 

 

「干し肉二十個に生肉ブロック四十キロ──ねぇ、本当に持てるのかい?」

「大丈夫大丈夫、なァ『ソル』」

「おうよ」

 

 物資の調達に立ち寄った村で、肉屋のおかみさんが心配そうにおれ達を見つめるなか、ロジャーこと『ソル』はゴツいパイロットゴーグルに隠れていない口元でニンマリと笑った。

 

 おれとロジャーが旅をするにあたって、話し合ってまず決めたのは次の二つだった。

 ひとつは顔を隠すこと。もうひとつは偽名を名乗ること。

 

 顔を隠す理由は若い頃のロジャーの容姿がエースに似ていたからだ。エースの方がずっと柔らかい顔立ちだけど。それを指摘するとロジャーは嬉しそうにニヤニヤしていたけどな。その後に続いたノロケはもう腹いっぱいだ。

 おれと行動するうちに再び手配書に載る可能性が高く、そんなロジャーに似ているとなればコルボ山で暮らすエース達に影響があるかもしれない。よし隠そうと二人で頷いた。

 偽名を名乗る理由は、単に目立つから。海賊王の名前が知れ渡った後の時代、ロジャーと我が子に名前を付ける親はほぼいないからだ。海賊王との関連性を邪推されれば、母子共に命を奪われる危険性を考えれば当然だろう。

 

「買うもんはこれで終わりか?」

「えー、野菜は買ったし卵も買った、牛乳と小麦粉に米もオッケーで……うん、一旦宿に荷物を置いてから、ご飯食べてコーンミールを買おうか」

「うし、じゃあ酒も買おうぜ!」

「却下」

「えっ!?」

 

 高いんだよ酒。その分食料に宛てたいから、趣向品はピクテル製のやつで手を打ってくれ。

 その代わり酒の種類は豊富だぞと伝えれば、ならいいかと彼は喜んだ。

 

「そ、そこの可憐なお嬢さん! いかがでしょう、私の店をご覧になっては!」

「……いえ、今回は良いです」

「ぶふっ!」

 

 一度荷物を置きに行こうと話しながら通りを歩いていれば、目をハートにした宝石店の店主がおれに声を掛けた内容を聞いて、ソルが噴き出した。こいつめ。

 

 今のおれの格好は白が基調のゆったりとした足首までのワンピース状の服、男性物のガラベーヤである。ただ、耳の上に付けられた白バラのコサージュが、おれの性別の認識を偏らせていた。……ピクテルがこれだけはと譲らなかったからな。

 

「そうだ、この村のおすすめ料理ってあります?」

「それでしたら、食用サボテンのノパルを使用したサボテンステーキがおすすめです! タコスも美味しいですよ!」

 

 ふとどうせなら名物料理を尋ねてみれば、男性はハキハキと答えてくれた。ほほう、メキシコ料理に近いのか。ありがとうと微笑んでお礼を告げれば、恍惚とした表情で地面に崩れ落ちながらとんでもないですと返答がくる。どうしてそうなるの。

 

「……いつもこうなのか?」

「残念ながらこうだね」

「お前よく今まで一人旅できてンなァ……」

 

 流石に引き気味のソルに、おれは穏やかな笑顔を向ける。この世界の民衆は美形に弱すぎると思う。おれはちょっと笑っただけなんだぞ、ディオみたいに蠱惑的なものは一切含めてないのにこの反応。

 精神衛生上ではソルの存在は非常に心強かった。普通の反応万歳。

 

「ま、とりあえず早く飯食いに行こう。無性に辛いものが食べたい」

「おれはエールが飲みてェな」

 

 えっちらおっちら荷物を抱えて二人で宿に戻り、スケッチブックに買った物を仕分けて収納したあと、おれ達は酒場で思う存分食事を堪能した。久しぶりのサボテン料理美味しい。

 

 皿を空にしてコーヒーを飲みながら膨れた胃を休めていると、何やら酒場の外が騒がしい。感じ取れるものは歓喜と動揺と……諦観と罪悪感?

 

「あの、何かありました?」

「ひぇい!……ゴホン、なんでも行方不明だった子が帰ってきたそうで」

「へぇ、それは。見つかってよかったですね」

 

 隣のテーブルの皿を片付けにきた店員を捕まえて聞けば、声が裏返りながら教えてくれた。

 

「ええ、本当に。人さらいにあったのに、よく元気に戻ってきてくれた」

「まさか逃げ出してこれたのか?」

「……いえ、連れてきてくれた者がいるそうです」

 

 ……ふむ。なんだか気になる店員の反応に、おれはコーヒーがまだ残っているマグカップを机に置く。

 そして言い淀んだ店員に向け、おれはにっこりと笑顔を作った。

 

「なあ、店員さん」

「う、美しい……! はっ、なんでしょうか!」

「連れてきてくれたのは誰かな?」

「魚人の海賊です!」

「ふぅん、なんで言い淀んだのかな」

 

 指先で店員を呼び、おれの近くに来させる。フラフラと夢見るような顔で寄ってきた店員の顎に指をかけて、ずいと顔を近づけた。

 

「教えてくれる?」

「はわ……海軍との取り決めで、戻ってきた子を見逃す代わりに、海賊の拘束に見て見ぬ振りしろと通達が……!」

「そう、ありがとう」

 

 パッと指を離せば、お役に立てて光栄です、と店員は笑顔で鼻血を出しながら倒れた。たわいもない。

 

 そんなおれのやり取りを、対面の席に座ったソルがうわ、と引いた顔で見ている。

 

「ヘーマお前……」

「初めてやったけど上手くいくもんだな、誘惑」

「顔の良さのゴリ押しじゃねェか、何処が誘惑だ」

 

 結果が同じであれば別にいいだろ。再びマグカップを傾けながら、おれはどうしようかと思案する。

 海軍がわざわざ攫われた子を追いかけてきたということは、その子はマリージョアから逃げてきたのだろう。

 そして、親切にもその子を送り届けた海賊を、討伐するための囮として使われたと。なんとも合理的で情の無い作戦だ。有効なのは認めるけどな。

 

「……わざわざ故郷まで連れてきてくれるなんて、いい奴だよな」

「ん? そうだな」

「なあソル。おれさ、いい奴が馬鹿をみることは嫌いなんだよ」

 

 それが人として正しいことなら尚更。正義を名乗る奴が善意を踏みにじるのなら、それを助ける悪党がいたっていいだろ。

 窓の外から視線を外そうとしないおれに、ソルは喉で笑いながら、それで、と続きを促した。

 

「ここらでいっちょ、海軍相手に暴れてみようか」

 

 目だけで寄こした質問は、彼の不敵な笑みで返された。話が早いな、流石海賊。

 

 さあて、どうやって切り抜けようか。

 

 

 

 

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