群青色を押し花に   作:保泉

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本当に欲しいものは

 あれから、海軍が追いかける余裕ができないうちにと、フールシャウト島から離れた海域までおれ達とタイヨウの海賊団は移動した。

 

 日差しも暖かく波も穏やかで偉大なる航路(グランドライン)としては過ごしやすい天気のなか。甲板に集まった面々は重苦しい雰囲気を醸し出していた。

 

「──というわけで、あの島の住人は元奴隷の子どもを人質にとられていたってワケ」

「……コアラが」

 

 まあ、おれが村で聞き出した裏話を伝えたからだけど。とりあえず経緯くらいは知っておいたほうがいいだろうと思っての行動だったが、より落ち込ませてしまった。

 

「それがどうした!」

 

 おれの言葉に激高したアーロンが近くの木箱を殴り壊して中に収められていたロープなどが甲板に散らばった。おいこら、まだ中身が入っているやつじゃんか。

 

 いやいや、船に乗ってからタイヨウの海賊団にアーロンが居るって気付いたときは驚いた。若いからかチンピラ感がスゴイ。あ、もしかして、ナミの村に行く前の時期なのか。ちょっとこれからの様子を見ておいた方がいいかな?

 

「人間がおれ達を裏切り! 罠にはめた事に変わりはねェ!」

「まあ、そうだな」

 

 アーロンの言葉にソルが頷く。おれも頷く。それはそうだな。

 原因はなんであれ、やられた方にとっては違いは無い。

 

「……認めんのか」

「事実だろ。裏切る側にどういう事情があったとしても、裏切られた側がどう受け止めるかはソイツの自由だ」

 

 同意が来るとは思っていなかったのか、アーロンは唖然とした顔でソルを凝視している。

 

「おれはその子が心配だなァ。身内が恩人を裏切ったなんて知ればどう思うか」

「……ニュ~、あの子はとてもイイコだ。きっとすごく傷つくよな……」

「そうだな……」

 

 子どもの気持ちを想像したのか、しょんぼりとしているタイヨウの海賊団の面々。ほぼ全ての船員が気に病んでいる様子から、その子どもとはとても仲良くしていたらしい。

 よっぽど良い子だったんだな、人間嫌いの魚人や人魚達がこんなに心を配るとは。

 

 おれは空気を変えるべく手を叩いて注目を集め、タイガーさんの今後について告げた。

 

「あらかた傷は治して弾の破片も取り除いたつもりだけど、精密検査をしたわけじゃないからまだ残っているかもしれない。

 なるべく早く信頼できる病院で検査した方がいいよ」

「お前らなら、リュウグウ王国か?」

 

 おれとソルの言葉に返ってきたのは気まずげな沈黙だった。渋い顔をする彼らにどうしたことかと首を傾げる。

 

 聞き出してみると、二つほど問題があるとのことだった。

 ひとつめ、タイガーさんが世界政府から執拗に狙われていること。居場所を突き止められたらリュウグウ王国に圧力がかかるらしい。

 ふたつめ、そもそも治療費がない。

 

「船が沈められてなけりゃな、財宝はあったんだが」

「取るものも取らずに出航したからのう……実は素寒貧なんじゃ」

「わあ、切実」

 

 食料は海で捕れば何とかなるらしい。リュウグウ王国はそもそも海底にあるから、魚人達の食べ物は魚であるし、人魚達の食べ物は貝類や海藻らしい。

 うーん、魚人達が差別されてるのって、種族の基礎的な生存能力が高いからじゃなかろうか。この世界は海が九割を占めるのに、彼らが支配していない事に違和感がありすぎる。

 フィールドの九割が有利エリアなんだぞ。どんな人間でも船を沈めてしまえば死ぬ、それだけでどうとでも……いや、彼らはそれをしないことを選んだのか。

 

 友好を選んだリュウグウ王国を、拒絶して唾を吐きかけている人間、という構図か。

 世界政府がある限り解決は不可能だろこれ。今回みたいに寄り添える可能性を潰していくのだろうし。

 

「……おれを少しでも信用してもらえるなら、治療費のツケも頼める知人を紹介するけど」

 

 再び暗い顔を並べている彼らに、おれはある提案をする。

 間違いなく魚人差別などしない知り合いだと胸をはって紹介できると豪語すれば、そこまで言うのならとタイガーさんは頷いた。

 

「で、一体何処なんだ?」

「エレジア」

 

 

***

 

 

「ヘーマ君よ!」

「ウタちゃんは……え、今回は一緒じゃないんですか。いいえ、よくお一人でもいらっしゃいました!」

「おい誰か王宮に連絡しろ!」

「さあ、船旅は疲れたでしょう。こちらへどうぞ、紅茶とケーキを用意します!」

「お連れの方達もどうぞ!」

 

 おれの予想通り盛大に歓迎してくれたエレジア国民に、目を白黒させているタイヨウの海賊団の皆。裏の意味はないからそのまま受け取っても大丈夫だよ?

 

「ありがとう。みんなも座って座って」

「一体この国で何したんだお前」

「すでにおれがやらかした前提になってる」

 

 港近くのステージ付きのカフェに誘導され、ソファーに腰を下ろして皆にも勧める。おれの隣に座ったソルが横目で見てくるけど、誓って変なことはしていないぞ。

 

「ヘーマ君はこの国の恩人なのだよ!」

「うおっ!?」

 

 ニョキッと生えたかのように現れた人影に真後ろに立たれたアラディンさんが驚いた。

 滑り込むように話に参加してきたのは、ウェーブのかかった長い髪にサングラスの男性、この国の国王であるゴードン様だった。

 

「お久しぶりですゴードン様」

「ああ、久し振りだ! 君が来ていると聞いて思わず走ってきてしまったよ!」

「随分早いと思ったら」

「ふふ、毎日の走り込みの成果がでたな!」

 

 まさか王宮から全力で走ってきたとか……冗談だよな? 今回まったく息を切らせてないんだけど。

 

「ええと、紹介します。タイヨウの海賊団お頭のフィッシャー・タイガー氏です」

「おお、彼があの」

「タイガーさん、こちらエレジア王国国王のゴードン様です」

「は?」

「「「ハァ!?」」」

 

 軽くゴードン様に紹介してからタイガーさんにも紹介すると、一斉に驚きの声があがった。わかる。おれはしみじみと頷いた。

 

「おま、ヘーマ何考えてんだ!?」

「国王に海賊会わせるとか、ありえねェだろ!」

「ここに来たのはゴードン様からだよ?」

「確かにそうだけどよ!?」

 

 海賊に常識を説かれているが、これについておれは別に悪くないよな?

 ゴードン様のフットワークが軽すぎて、タイガーさん達に事情を説明する暇がなかったからしょうがないだろ。

 

 でも懐かしいなぁ、一年前はおれもタイヨウの海賊団側の反応だった。うむ、結構度胸はついてきたのではないだろうか。

 

「お頭! 外に残している奴らが人間に囲まれてます!」

「!」

 

 しみじみと己の変化に思いを馳せているとき、カフェの扉からタイヨウの海賊団員が慌てて飛び込んできた。

 

「ああ、大丈夫だよ」

「何を根拠に大丈夫と言っとるんじゃ!?」

 

 ソファーから立ち上がろうとするジンベエさんを服の裾を掴んで止めると、ギロリと睨まれる。

 落ち着いてほしい、別に襲撃とか攻撃をされるワケじゃない。ただ──

 

「魚人や人魚に伝わる楽譜などはお持ちかな!」

「できれば楽器も見せていただければ!」

「腕が六本……! 素晴らしい、これなら難曲と謳われているあの曲さえも弾きこなせる!」

「なんでここの人間達こんなに押しが強いんだ!?」

「おれは音楽家じゃねェよ~~!」

 

 ──貴重な音楽の存在を察知したから、ワクワクして子どもみたいに群がってるんだろう。

 

「この国の住人、音楽に狂ってるだけだから危険は無いよ」

「いやウチの船員達が涙目になってンだが?」

「えっ」

「たすけてお頭ァ~~!!」

 

 タイガーさんが指差す方向に顔を向ければ、いったい何処から出しているのか、エレジア国民が魚人を彼らに勝る力で引きずっていく光景を見つけて、流石に止めた。

 

「怖かった……!」

「好奇心で爛々とした目が……!」

 

 警備員に連れられていく誘拐未遂犯を背景に、最早泣いている彼らを宥める。うん、怖かったな、すぐに止められなくてごめんな。

 

「我が国の国民がすまない。またとない機会につい」

「ゴードン様、実は止める気全くないですね?」

 

 謝罪しているのに本音を隠せていないゴードン様に、おれは呆れた目を向ける。おれの視線に気付いたゴードン様は、ゴホンと咳払いをした。

 

「それで、今回の訪問は何かな? 私はてっきり彼らと来るのだと思っていたのだが。もうすぐ鎮魂祭だからね」

「ああ、実は別件で……」

 

 おれはタイガーさんの検査についてゴードン様に事情を話した。

 検査設備が整っているほど国の規模が大きい元首の知り合いは、おれにはゴードン様しかいない。頭金代わりに彼らが求める対価は音楽に関することであろうから、タイヨウの海賊団でも払えそうだと考えたんだ。

 現に、リュウグウ王国の音楽という餌に思いっきり釣られているから、おれの予想はまったく間違っていない。

 

「なるほど、医療機関に。わかった、私から話を通しておこう。検査代も立て替える」

「ありがとうございます」

「──ゴードン殿、すまない」

「気にしないでくれ。──ところでヘーマ君、このカフェにはグランドピアノがあるのだが」

「おっと?」

「私達が知らない曲があれば、一曲弾いてもらえないだろうか? 対価として支払期限を無期限にしよう」

「露骨な催促きた」

「これはたしかに音楽狂じゃわい」

 

 ただ、頭金の支払請求がおれに来るとは思っていなかったぞ?

 前々からおれから曲を引き出す機会を狙っていたな、ゴードン様。知らない曲と聞いたエレジア国民からの期待の圧が強い。見聞色使わなくてもわかるわ。

 

「わかりました、いいですよ弾きます」

「本当かい!? す、少し待ってくれ、いまマイクと録音用の音貝を設置するから!」

「国王様、マイクです」

「音貝です」

「放送室への接続は済んでおります」

 

 すっ、と部下の方に差し出されたマイクと音貝をせっせと設置するゴードン様。

 前より準備が早くなったというか、部下の方との連携力が増しているというか。

 

 準備を待つ間に、おれ側に身体を傾けたソルが、声を潜めて尋ねてきた。

 

「なに、ヘーマはピアノも得意なのか?」

「そこそこね」

「そこそこの反応じゃねェだろコレ、本当にお前は器用っつーか」

 

 まあ、楽しみにしてるぜと笑う彼に任せとけと返しておれはピアノの前に座った。

 

 さて、何を弾こう。前回弾いたのはモーツァルトのレクイエムだったか、ならそれ繋がりで初見でもテンポが楽しいトルコ行進曲にするかな。

 

 一呼吸をして、おれは鍵盤に添えた指に力を込めた。

 

 

***

 

 

 タイガーさんの検査の結果、やはり体内に細かい破片が残されていたようで、手術で取り除くことになった。

 全ての処置が完了した後、おれ達は皆タイヨウの海賊団の船でそれぞれ身体を休めている。

 

 いや、ゴードン様が宿を手配してくれるって言ったんだけど、リュウグウ王国の音楽に興味津々の国民が押しかけかねないと思って断った。

 暇なタイヨウの海賊団員が改装し、すっかり海軍らしさが抜けた船の甲板で、おれはソルと二人レジャーシートをひいて座りこむ。

 

「はい、お酒。とりあえずラム酒にしておいた。ホワイトラム、ゴールドラム、ダークラムのセットで瓶ごとな。薄める前だから水も置いとく」

「おう、ありがとな!」

 

 フールシャウト島を離れた日の夜にお酒を渡そうとしたけど、まだ警戒がいるだろう後回しでいいと言われてしまった。

 確かにあの中将さんが追ってきたとき、ソルが万全かどうかで勝敗が変わってしまうため、彼の言うとおりエレジアに着いてからとなった。

 

「あとつまみも……オーソドックスにチョコレートとナッツ、ドライフルーツでいい?」

「ああ」

「ついでにハムとチーズも。……やっぱり瓶より樽で出した方がいいよな。ロックがいいなら氷も出すからおれに言ってくれ。あとは……」

「まてまて、そこまででいい」

 

 あれこれ出そうとするおれをソルが肩を掴んで制止する。何故止める。

 

「カクテルもできるぞ?」

「わかった、わかったからこれ以上つまみと酒を出すな」

 

 ソルにかなり頼った御礼なんだから、もっと出してもいいのに。残ったならしまっておけば品質は下がらないし。逆に熟成もされないけど。

 前世で美味かった高級酒だぞ、口に合わなかったら安いやつも出すという完璧な布陣だ。

 

「こりゃ、おれだけで飲むには勿体ねぇな。ちょっとメンバー集めてくるぜ」

 

 レジャーシートに広げられた酒とつまみを確認すると、ソルは腰をあげて船室へと入っていった。まあ、おれはまだ酒に付き合えないから、メンバーが増えた方がソルも楽しいだろうし、いいか。

 

 空に昇った月を眺めながら絵を描いていると、ガチャリと音がしておれは振り返る。

 

「よお、良い酒があるンだって?」

「タイガーさん」

 

 一番乗りで船室のドアから姿を現したのは、タイガーさんだった。ソルから聞いたと微笑む彼は、先程までソルが座っていた所と反対側のおれの隣にどっかりと腰を下ろした。

 ……珍しい。タイガーさんがおれに近づくなんて。

 おれの驚きを察知したのか、笑みを苦笑に変えたタイガーさんは、窓から漏れる灯りと街頭に照らされたエレジアの街に視線を移した。

 

「この国の人間は妙な奴らだな」

 

 まだ音楽が聞こえてきているなとおれの意識が街に寄っていたとき、ポツリと隣からそんな言葉を耳にした。

 

「あんな基準で魚人や人魚の価値を判断されたのは初めてだ。ちょっと鼻歌をしただけで囲まれてンのを見たぞ」

「音楽を前にすると理性が緩むみたいで」

「……まあ、蔑まれるよりは気分はマシだけどよ」

 

 元から音楽に関連するなら海賊ですら受け入れていた国だ。種族が違おうが貴重な音楽の知識がそこにあるなら、手段を選ばないことは身をもって経験している。

 スムーズに出航するため、リュウグウ王国の楽譜のひとつでも渡すように言うべきか──悩み出したおれに、タイガーさんはしっかりと目を合わせて、お前はどうして海賊をやってんだと聞いてきた。

 

「お前のピアノは学がねェおれでも解るほど素晴らしかった。このままここで、音楽家として生きる方法もあったんじゃねえのか」

 

 それは、おれのバックストーリーを知らなければ出てくる当然の疑問。それを、タイガーさんが聞いてきたことに、おれはどういう返答をするべきか思案し、口籠もった。

 

 別に、海賊になりたかったからだと曖昧に流してしまうのもひとつの手だ。正直に話しても気分の良い内容ではない、むしろ彼等の人間に対する感情へ余計な刺激を与えてしまうかもしれない。

 

 だけど。

 なんとなくだが、話してしまった方が良い気がした。この『ドリィ』と同じ目をするタイガーさんに。

 自分を苦しめる可能性がある相手を見る、怯えと敵意を混ぜた目の人に。

 

「──おれは奴隷だった」

「!?」

 

 信じられないものを見る目でおれを見下ろすタイガーさんを、微笑んで見上げた。

 

「と言ってもコアラちゃんと同じように天竜人の奴隷じゃない。父親に人買いに売られて、ヒューマンショップに輸送されてる途中で、その船が海賊の襲撃を受けて……その海賊にな」

 

 こぼれてくる感情は驚きと同感──そうか、タイガーさんも『同じ』なのかもしれない。

 あの少将さんも天竜人の所有物を回収していると言っていた。それは送り届けた子どもだけではなく、タイガーさんにもかかるのだろう。

 

「まあ、その海賊も別の海賊に殺されたんだけどな。どうにか逃げているところをお父様に拾われたんだ」

「そいつも海賊なのか」

「タイガーさんも知ってると思うよ。白ひげ海賊団第一隊長、不死鳥のマルコ」

「は」

「あの人がおれのお父様だ」

 

 リュウグウ王国は白ひげ海賊団の縄張りだから、きっと知っているだろう。

 

 おれの記憶の蓋は、もう完全に外れている。タイガーさんに出会ってからこのエレジアに来るまでの間に、少しずつ思い出していた。

 散々トラウマに翻弄されたこともあり、どんな記憶なのかと怯えてはいたけど、子どもにとっては耐えられない記憶でも、前世のおれ込みなら克服できた。

 まあ、その内容は成人指定が入るけども。

 

 だから……お母様のことも、父親だった人間のことも思い出している。それでも、もうおれにとってお父様はあの人だけだ。

 

「最初は海賊になるつもりはなかった。お父様達もおれに強制はしなかった。でも、ある時裏社会で懸賞金をかけられてんのを知った」

「……」

「おれの本業は画家なんだ。母船から離れて、絵を描いて回る一人旅をしていたら、おれの絵の腕と……この容姿がお偉いさんの琴線に引っかかったらしい」

「そう、か」

 

 もし懸賞金がかけられていなければ、今のおれの状況はかなり変わっていただろう。

 

 修行期間も短くなり、ドーン島に行く時期もずれ……漫画通りにシャンクスさんは腕を失っていたかもしれない。

 エースやサボにも出会う時期がずれて、兄と呼ばれることもなかったかもしれない。

 そうなれば、ソルが……ロジャーがおれの旅に同行することもなかっただろう。

 ロジャーがいなければ補給にフールシャウト島にも寄らなかったから、いま目の前にいるタイガーさんも、あの怪我で命を落としていたはずだ。

 

 そう考えると、懸賞金をかけられたタイミングは結果的に上々だったのではないだろうか。

 

「どの道一カ所に留まれない以上、おれに堅気で生きる道は無い。

 白ひげ海賊団の船に居れば安全だけど、そうするとおれに針路を選ぶ自由はない」

 

 家族と一緒にのんびりと暮らす。その生活がどんなに貴重で幸福なのかを知っている。

 それでも、その幸福をはね除けてでも、選びたいものが今のおれにはある。

 

「おれは自由でいたい」

「そうか……そうだな」

 

 タイガーさんは、なにかを噛みしめるように本当にその通りだと同意した。

 

 ひやりとした風が身体を撫でる。月はすっかり空高く登っているから、気温も下がってきたのだろう。

 さて、ちょっと待たせすぎたかな。

 

「おれの身の上話はこれまで。……隠れさせて悪かったな、そろそろ呑み会を始めるぞ」

「──気付かないふりをするもんだろ、そこは」

「ははっ、バレバレすぎるんだよ」

 

 振り返らずに声を掛ければ、ギクッとした空気が背後に流れた。壁から縦に顔が並ぶほど人数がいるのに、気付かないわけがないだろ。

 まずソルが隠れるのを止めた後、ゾロゾロと気まずそうに現れる魚人達に、おれは明るく笑ってやった。

 

「ほら、酒がダメなヤツ以外はコップを持って!」

「お、おう」

「なんの酒だ?」

「ラム酒。原液だから好みで薄めてくれ」

 

 ポイポイ、とスケッチブックにしまってあるコップを取り出して投げ渡していく。慌てて受け取る彼ら全員に渡ったことを確認してから、おれは改めて隣に座ったソルに向きなおった。

 

「ソル、音頭お願い。酒飲めないおれよりはいいだろ」

「おーし! テメェら全員酒は持ったな!?」

「「「おうっ!」」」

 

 何名かがチラチラとおれに視線を向けているが、とりあえず無視しておく。まあ、お酒が入れば大分忘れるだろう。

 

「勝利とタイガーの完治祝いだ! 乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 

 コップを空に向かって突き上げて、ソルの音頭で一斉に酒を口にした。

 

「「「──なんだこの酒ッ!?」」」

「え、不味かった?」

「「「いやメチャクチャうめェ!!」」」

「……ならいいんじゃないのか?」

 

 噴き出しこそしなかったが、叫んだため酒が飛び散って思わず顔を顰める。つまみに掛かるだろうが馬鹿野郎共。

 

 口々にヤバいとか、舌が肥えちまうとか、他の酒が飲めなくなるとか言ってるけど、そんなに文句を垂れるならマジで回収するぞ。

 

「なら飲むの止めろ」

「「「飲みます」」」

「おう、どんと飲め」

 

 途端にかしこまった酒好き共に笑って、おれは自分用に用意したオレンジジュースを口にした。

 ワイワイと次第に馬鹿騒ぎを始める光景を肴に、ちびちびと手酌をして飲んでいるタイガーさんがおれを呼んだ。

 

「ヘーマ」

「んー?」

「ありがとうよ」

 

 視線は感じないから、タイガーさんはおれを見ていない。だからおれも彼を振り返ることなく。

 

「どういたしまして」

 

 受け止めるだけの言葉を返した。

 

 

 

 

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