キャンバスの中の部屋、おれのアトリエ用ではなくソルの──ロジャーの絵の中。
おれは床に背を付けて倒れ込んだまま無言のシャンクスさんの上に重なるように乗り、貫くかと思うほど刺さる視線にダラダラと冷や汗を流していた。
「こ」
「……こ?」
「これには訳が……!」
「ああ、わかってるさ。だから早く話してくれるだろ?」
「アイ」
口調の柔らかさとは真逆の威圧的な声音に、元より誤魔化すつもりはまったくなかったが、おれは早々に白旗を上げることにした。
──この状況になる数十分前のこと。
おれが港近くのカフェでスケッチをしているとき、海賊船が近づいてくるとタイヨウの海賊団が騒ぎ始めた。
なんだろうと双眼鏡を覗いて見てみれば、海賊旗は赤髪海賊団のもの。敵が来たと海の中から攻め込もうとするタイヨウの海賊団員をおれが必死に止めたのは言うまでもない。
シャンクスさんの賞金額を伝え、どうにか敵対しないように言い聞かせるおれの説得の甲斐あって、タイガーさんはレッド・フォース号が港に着くまで静観することに同意してくれた。
一番効果があった説得の言葉が、ソルの『ヘーマの惚れた相手が乗ってる』だったのは納得いかないが。その後、みんなから微笑まし気に見られたのも納得いかないが!
そんなこんなで到着したレッド・フォース号の船内から、シャンクスさんが姿を見せたとき。
「シャンクスじゃねェか!」
晴れた空の下に響いたソルの明るい声に、おれは笑顔で固まった。
「────ロ」
「ピクテルゥゥゥッ!!」
言葉通り、信じられないものを見た顔のシャンクスさんの声を掻き消すため、おれは腹の底から叫んでピクテルを呼んだ。
彼女はおれの意を汲んでシャンクスさんの背後にキャンバス──ソルの絵画を出し、彼を中に押し込む。
おれもそれに続こうと絵画に近づき、入る直前に振り向いた。
その先にいるのは、ちょっと驚いた顔のソル。なに驚いてんだテメェ、とイラッとした。
「ソルも来い!!」
「おうよ!」
快活に返事をしてきたけど、お前のせいだからなこのスットンキョウが!?
絵画の中に入った直後、まだ入れられた体勢のまま床に背を付けているシャンクスさんと目が合い、そのまま彼の上に落下した。なんでまだ転がってんの?
硬い腹筋と胸筋に敗北感を覚えるおれの腰に、シャンクスさんの腕が回される。
あ、拘束されましたね……。
そして冒頭に戻るというわけだ。
「──おっと、踏むところだったぜ」
なにしてんだお前ら、とおれ達を避けて着地したソルが尋ねる。丁度よかった、先ずは答え合わせをした方が良いと思ってたところだ。
取りあえず起きてソファーに座ることを提案する。
シャンクスさんとローテーブルを挟んで対面におれとソルが座るフォーメーションだ。当たり前だけどシャンクスさんがソルを凝視してるわァ……ソルはソルでニッコニコしているけど。
「えーと、シャンクスさん気付いたよね?」
「ここに入るまでは薄々、この部屋を見て確信したな。……本当に、懐かしい」
「ピクテルに頼んで似せてもらったからな。そっくりだろう、オーロ・ジャクソン号のおれの部屋によ」
おれが問いかければシャンクスさんは部屋の中を見回した。額縁がはめられた絵の中は希望でカスタム可能なんだけど、ソルの部屋は生前のものがモデルだったのか。
「やっぱり……ロジャー船長なんだな」
「おう、デカくなったなシャンクス!」
潤む目で口を戦慄かせているシャンクスさんに、ソルはゴーグルを外してニヤリと歯を見せた。……うん、死んだ人間に再会できるなんて経験、そうそうあるもんじゃない。
ピクテルは見えてるっぽいんだよなぁ、幽霊とかそういうやつ。出来れば捕まえる前に相談してほしい……まて、他に捕まえてるやついないよな?
「──で、どういうことだヘーマ」
「声ひっく。ソルとの温度差がとんでもない」
「ヘーマ」
「言うから睨むなよぅ……」
声の温度差に心臓止まりそうなんだけど。あと向けられた覇気がビリビリきてる。今までで一番強いから本気出してきてんな。
シャンクスさんに冷たい反応をされたことは、皆無ではない。ウタ絡みはとくに。
けどこの選択肢間違えたら即詰む感覚、ここまで敵意を向けられたのは初だ。
──おれが悪いことはわかっているけど、やっぱり悲しくなる。
いや、これはもう……おれが消えた方が──
おれが手に力を込め始めたとき、ソルの軽い笑い声が部屋に響いた。
「わははは、そこまでにしとけ。そもそもヘーマに頼ってンのはおれの方だからな」
「船長」
「ヘーマは……少し寝てろ。まだ眠いンだろ?」
ソルに抱えられて目元を抑えられる。暗くなった視界と耳に届く心音に、おれの意識がぼんやりとしていく。
あれ、自分が思ってるよりも随分と眠気があったのか。なら──シャンクスさんへの説明はソルに任せて、ちょっとだけ寝てもいいかな。そっちの方がおれが話すよりも信じられるだろうし。
おれは目を閉じて沈む感覚に身を任せることにした。
***
「寝たのか……?」
ソルがヘーマの目を手で覆ってからそれほど経たないうちに、小さな寝息が聞こえてきた。
シャンクスは自身で覆っていた口の手をはなす。ソルからジェスチャーで声を抑えるように指示があったからだ。
「眠らせたんだ……暗示でな」
そうしないと一睡もしねェんだと、ソルは完全に意識を落としたヘーマの寝顔を見下ろした。眠っても美しい顔は、いまは人間味が不足してまるで等身大の人形のよう。
会ったばかりの頃はまだガキの寝顔だったのになと、ソルは子どもの頭をそっと撫でた。
「あらためて、だ。久しぶりだなシャンクス。見違えたぜ、いい覇気だ」
「ロジャー船長……おれも会えて本当に嬉しい。嬉しいが……本物の船長か? 何故生きてるんだ?」
おれはアンタの処刑を見たんだぜと、困惑するシャンクスに、ソルはガリガリと頭を掻いた。
「いや、間違いなくおれは死んでる。幽霊ってやつだ。ヘーマの能力で肉体を貰ってな。いまはダチ二人で世界旅行中だ」
「ヘーマはそんなことまでできるのか……いや、トットムジカという前例があったな」
ソルの言葉に、そういえばとシャンクスは一年前の出来事を思い出した。あの時も楽譜だけだったトットムジカに、小さな身体をキャンバスから出していた。
手配書について聞き出すつもりが、更に驚かせられるとはと、ヘーマの能力の規格外さにもはや呆れてくるシャンクスだった。
「……って、世界旅行?」
「おう、ヘーマがそう言ってたぜ。絶景と文化体験と美味いもんを食う旅だそうだ。
……まあ、これからも出来るかどうかはヘーマ次第だがな」
ソルは肩に寄りかからせていたヘーマを抱え、自らの膝の上に座らせる。それを見てシャンクスは先程暗示を掛けたとソルが言っていた事を思いだした。
「暗示を掛けないと眠れないって、一体何があったんだ?」
「全部の記憶が戻った、でわかるか?」
「!!」
「その反応だと、お前も知ってんだな」
「いいや、詳細は聞いてない。……おれがわかるのはろくでもねェ経験だとマルコが言ってたくらいだ」
そんだけ知ってりゃ十分だと、ソルはヘーマの身体を抱えなおした。
「いまのコイツはどうにか表面を取り繕っちゃあいるが、到底正気とは言えねェ。何かの刺激であっさり自分の首をかっきっちまう」
「……まさか既に」
「おう。何度か気絶させて止めた」
異常が起きたのは手配書が出た次の日だった。
船室でヘーマとソルとタイガーの三人で、これからのタイヨウの海賊団について相談していたとき、休憩がてら雑談をしていた時のこと。
ヘーマは机の上の果物かごの中にあったペティナイフをおもむろに手に取り、自分の首に突き刺そうとした。
ナイフを叩き落とし、ヘーマの肩を掴んで何やってんだと怒鳴るソルに対して、ヘーマはキョトンとした顔をした。
まるで先程の自分の行動の異常さに気付いていないように。
ソルとシャンクスの二人は勿論、当人のヘーマでさえ知らないことだが、現状は『中野平馬』の記憶を思い出したために陥ったことだった。
もはや仮定の話となるが、『中野平馬』の記憶が戻らなければ、あの雪の島でヘーマは海軍に保護されていた。ヘーマが姿を消した数分後に、海兵がその場に到着していたからだ。
海軍に保護された子どもは安全な場所でゆっくりと心を癒し、身体の弱さから事務専門の海兵として一生を終えた筈だった。
ところがうっかり彼の記憶を得てしまった子どもは、心を癒やす間もなく庇護者の腕から飛び出て世界を動き回った。
自身の心が血を流していることにも、庇護者と離れて不安に押し潰されそうになっていることにも気付かずに、成人し長く生きた自分だから大丈夫だと錯覚したまま、騒動に飛び込んできた。
段々と封じ込められた記憶が戻るにつれて、無意識に自問自答を繰り返し、その度に愛する家族に捨てられた己は、不要なものだという認識を強めていく。
そして賞金首となり海軍に追われる立場となった。そうなると隠されている弟達の元に行くことは、彼等を危険に曝すことと同意となってしまう。
こうして大事な弟と会いにくくなったことで、どうにか保っていた精神の均衡が崩れたのだった。
「コイツが父親と慕う相手に会わせりゃ、ちったぁ収まるかもしれねェが、そこまで行くにゃかなりの時間が掛かる」
「さっきのおれの態度は」
「悪手だった。だからいま眠らせてんだ」
少ない情報のなかで、ソルはヘーマが父親と離れている状態が原因のひとつであると判断していた。そしてヘーマの精神の支えが父親であるマルコだけであり、仮にマルコに拒絶された時、ヘーマの心は修復不能になるだろうとも。
動揺のあまり厳しい態度を取ったシャンクスは、顔色を悪くする。
「それによ、白ひげがヘーマのこの状態に気付けば……コイツはもう二度とモビー・ディック号から下ろしてもらえねェだろう。
“自由でいたい”……それがヘーマの望みだろうともな」
「……」
「ヘーマの能力で肉体を持っちゃいるが、おれァ、とっくに死んだ人間だ。おれがごねてもさっさと放り出せば終わりにできた。
なのによォ、初対面の死人のわがままを、どれほど自分に負担が来るとわかってても、なんなく懐に入れるような男なんだ……本来のヘーマは」
「それは、おれもよーく知ってるさ船長」
シャンクスはこのエレジアで起こった一年前の騒動をソルに語った。
「あのときもヘーマの様子がおかしくなったことがある。過去の記憶に飲まれてマルコの声すら届かなくなっていた。
唯一、ウタ……おれの娘の声だけが届いた」
「ヘーマの惚れてる嬢ちゃんか。……なるほどなァ」
ソルは思案する。どうやったらヘーマを支える柱を増やすことができるかを。
「よしピクテル、その嬢ちゃんをここに連れてきてくれねェか!
おそらく現状突破のカギは、そこにあるはずだ」
存在をヘーマに依存するソルや敵船の船長であるシャンクスでは難しくても──ヘーマが想いを寄せる相手ならば。
***
「あ、起きた」
眠りから目覚めたら好きな子が覗き込んでいた気持ちを述べよ。
答え、とても可愛い。
「ウタ……?」
「久しぶり! まだ眠そうだね、夜更かししたんでしょ」
そう言ってウタはおれの頭を撫でる。なにこれ天国?
しばらくボンヤリしたまま撫でられる感覚を堪能していたが、ハッとして周囲を見た。そして向かいのソファーに座り、こちらを生温い目で見つめるソルとシャンクスさんに気付いた。
やめて、その目はやめて……!
ソファーに寝かされていたらしく、腕と腹筋に力を込めて起き上がろうとすると、ウタがサポートしてくれた。
「起きるの? はい」
「ありがとうウタ」
いいよ、具合が悪かったんでしょとおれを起こしてソファーに深く座らせた後、ウタは隣に座った。おれ具合が悪かったの?
まあ、すぐに眠ってしまったしそうなのかな……。
改めてウタを見ると、いつものウサギの耳のような髪型ではなくて、後頭部高めにお団子が作られている。
そしてそこに差し込まれた、おれが贈ったかんざし。
「使ってくれてるんだ」
「これ? もちろん。最近は自分で纏められるようになったんだ」
「うん、綺麗なお団子だ……うれしいな」
黒と紫のかんざしはウタにとって大人びたデザインだろう。だからずっと使ってほしい、せめてその意味を知るときまでは。
「ヘーマも髪を伸ばしてるなら、私とおそろいができるね!」
「……ウン、ソウダネ」
嬉しそうな彼女の言葉でおれは自分がどんな髪型をしているか思い出した。そうだった、いま腰までの長さがあるんだった。
おそろい、お揃いかぁ……おれもお団子にするって事だよな?
「流れ変わったな」
「アイツこういう残念なところあるんだよなァ、間が悪いっつーか」
やかましい黙れ外野ども。
「そうだ私、髪ゴム持ってるから結んであげる」
「うん」
お団子頭は確定らしい。後ろを向いてと指示を受けたので、大人しくウタに背を向ける。髪を持ち上げられる感触と、少し引っ張られる感覚にホントにやる気なのかと少し目を遠くした。
「ヘーマはいつドーン島を出たの?」
「半月前かなァ。ルフィのおじいさんが海兵でね、おじいさんの船が来てるから出たんだ」
「ルフィのおじいさんって海兵なの!?」
「そうそう、海軍の英雄って呼ばれてるんだって」
「そうなんだ、私見たことないや」
「仕事でいなかったらしいよ」
少し前に会ったばかりなのにもう懐かしく感じる。けど、これからあまり会うことはしない方がいいんだろう。
「……何かあったの?」
「へっ?」
後頭部高めに結んだところで、ウタは手を止めた。
「声が落ちこんでるし、ほら暗い顔してる。また一人でなんとかしようとしてない?」
「……そんなことは」
「あるの!」
勢いに押されてウタから身体を離そうと腰を引いたとき、彼女はおれの手を掴んだ。
──あんなものに触れたおれの手を。
「ウタ、放して……」
「やだ!」
反射で彼女の手を振り払いそうになるのを耐えて、ウタから放すように懇願する。思いの外弱々しい声が出たことにおれは苦い顔をする。
吐き気がする、視界が歪む。それを圧し殺して再度ウタに放してくれとおれは言う。
「お願い、放して……だめだから、はやく」
「なんでダメって言うの!?」
「だって」
野卑な笑い声。拘束される腕。息苦しさに──痛みと悍ましい感覚。
「ウタまでよごれちゃうから」
人として扱われなかったあの頃の記憶がフラッシュバックする。綺麗な彼女と自分を比べて少しでも妬む心を嫌悪する。
こんなおれじゃ、きっとまた────捨てられてしまう。
「ヘーマのどこが汚れてるの?」
落ちこむおれに彼女は不思議そうに目を瞬かせた。
「ヘーマの手、白くてすべすべで綺麗なのに。爪だってほら、優しいピンク色!」
片手だけでなくおれの両手を掴んだウタは、爪が見えるようにかざす。
「髪はサラサラでツヤツヤで、さわり心地がいいし、色は黒だけどちょっと青いよね。夜の空みたい」
結んだばかりの髪をほどき、指を櫛のようにして俺の髪をすく。
「目は緑に、こっちも青が入っているのかな。エメラルドグリーンって言うんだっけ。戦利品のネックレスでそっくりな色を見つけたの。後で見せてあげるね」
小さい子どもの手でおれの両頬を挟んで、すみれ色の目で俺の目を覗き込んでくる。
「あとヘーマの笑顔も。ふわっと優しく笑うから、私もルフィもエースもサボもあったかくなるって話してたんだよ」
目を見開いているおれの顔が、ウタの瞳に映っている。
「まだ気になることがあるの? うーん……お腹とか?」
「待って待って、ウタさん待って、それはいけない、裾を捲るのをまずやめよう!?」
「え、これスカートだったの? ……あ、ズボン履いてるなら別に良いでしょ」
「良くないよ!?」
急ハンドル切るのやめてほしい。唐突なカーブでさっきまでの情緒が完全に吹っ飛んだな。
くるぶしまでの上着を躊躇なく捲られて、止めようと動く前に実行されてしまった。
いやーっ!? おれの筋肉のない生っ白い腹が晒されてんだけど!? ウタだけじゃなくてソルやシャンクスさんにも、このお子様ぷにぷにボディが!
ちょっ、すべすべって言いながら撫でないで!? なんかウタ力がかなり強くなってない、全然抵抗が出来てないんだけど!?
「後はどこ? 足?」
「ソルたすけて!!」
「よっと」
「こら、ウタそろそろやめとけ、な?」
「え?」
ウタがおれのズボンを掴んだとき、悲鳴をあげておれはソルに助けを求めた。ソルはおれの脇の下に手を差し入れると、ひょいと抱えた。
ソルの腕の中で震えるおれは、羞恥に顔を真っ赤にしていることだろう。ウタもシャンクスさんに抱えられて、実質拘束されている。
一体何の暴挙なんだ……本人まったくわかってないけど。まさか赤髪海賊団では団員同士の脱がせ合いが普通なのか?
疑問を込めてシャンクスさんに視線を向けると、彼はぶんぶん首を横に振った。とても力強い否定。だよね。
おれもウタも落ち着いた事を確認してから元のソファーに戻されたけど、ガシリと再びウタに手を取られた。つい肩をビクつかせてしまった。脱がすのは勘弁してください。
「もっかい言うけど、ヘーマは全部綺麗なんだよっ」
そう言うウタの目は真剣で、彼女が本気でそう思っているというのはおれにもわかる。
でも、彼女は知らないから言えるんだと、おれの心の隅で声がする。こんなに褒めて貰っているのに、無垢さを持ったままのウタを羨む心があることで、やはりおれは自分が綺麗だと思えない。
本当は、お父様がこんな理由で拒絶なんてしないとわかっている。見知らぬ子どもを助けたあの人が、いまさらこんな理由で放り出すくらいなら、とっくの昔におれはモビー・ディック号から叩き出されているって。
でも信じきった相手から捨てられた経験が、最悪の事態を頭から離れさせない。
「もしいらないって、言われたら──」
「その時はウチに入ればいいよ!」
そんなおれの弱音を吹き飛ばすのは、やっぱり彼女だった。
思わず顔を上げたおれに笑って、ウタはおれの頬を軽くつまむ。
「私はヘーマのお父さんはそういうこと言わないと思うけど、もし本当に言われたら、ヘーマは赤髪海賊団に入ればいいんだよ」
「……え」
「今からでもいいよ! ヘーマは私のきょうだいなんだから、もう家族でしょ」
「私が酷いこと言う人から守ってあげる!」
──ああ。
この子につり合う人間になりたい。
ウタにつり合う男になりたい。
おれは漫画でウタの存在を知らない。ストーリーの先で出てくるのだろうけど、そのとき彼女の立ち位置を知らない。
もしかしたらルフィの、主人公のヒロインとして登場するのかもしれない。彼女は魅力的な女の子だ、今は恋愛に興味がないルフィだって、大きくなったら必ずその魅力に気付く。
でももう、おれは誰にも彼女を譲れない。彼女の隣に立つ人間を、おれ以外認められない。
──まあ、でも。
きょうだいだから家族だと言われるのは、ちょっといただけないかな。
こちらに笑顔を見せる彼女の頬に、右の掌を添える。なに、と疑問を顔に浮かべたウタにおれはニコリと笑みを向けた。
「おれもウタを守るよ。それで、もっともっといい男になるから──」
指先だけで輪郭をすべるように下へ。まだ幼さからの細い顎に指をかけて、親指で小さな下唇をなぞる。
ルフィやエースは勿論、サボだって将来いい男になる。赤髪海賊団だってこれからも船員は増えるだろう。シャンクスさんに認められる人間だ、いい男でないはずがない。
おれは君のきょうだいで終わるつもりは毛頭ない。欲しいのは隣に立つ権利だけだ。
「だから、余所見しないでね」
ウタの目に映るおれは、我ながら蕩けた顔で嬉しそうに笑っている。みるみる顔を赤くしていくウタに、おれはさらに笑みを深めた。
***
彼女はどうして目の前の彼が苦しそうな顔をしているのかわからなかった。
手を放してと言われても放さなかったのは子どもっぽい意地もあったが、直感でこの手を放したら彼は二度と自分に会わないと思ったから。
咄嗟に彼女は彼の綺麗なところをあげていった。何故か汚いと思い込んでいる彼に教えるように、彼女が彼の好きなところを一つずつあげていった。
でも。
こんなのは、知らない。
頭の中が全部彼になるような、顔に全部の熱が集まってくるような──目を離せない笑顔なんて。
「……狙い通り立ち直ったのはいいんだが、あの色気はちっと想定外だな。ガキが出せても向けてもいいもんじゃねェ」
「あれはヤバイだろ……あーあ、ウタのヤツ真っ赤になっちまってる」
「わははは、まあ、アイツおれのアドバイスをちゃんと実践したからな」
「子どもになに教えてんだ船長」
「レイリーが昔言ってたことをそのまま伝えただけだぜ?」
「レイリーさん……」