群青色を押し花に   作:保泉

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カードの確認
旧知の仲とはいえ


 

 

 

「お、あれだな」

「あれだねぇ……」

 

 エレジアを出発し空を旅すること一週間、ようやくモビー・ディック号が見えてきた。

 

「随分船がデカくなってんな! 何人いるんだ?」

「おれが出発する前は971人だったよ」

「わっはっはっは! そりゃすげェ人数だ!」

 

 叱られる未来を想像し気落ちするおれの隣で、ソルは久し振りに見るクジラデザインの船に随分嬉しそうだ。聞くところによると十年以上前はここまで船は大きくなかったらしい。本船と二番船は併走しているから、船員はかなりいるもんなぁ。

 

「もう夜だし、コッソリ戻るにはどうすれば……」

「ん、コッソリはもう無理だと思うぜ」

「へ……あ」

 

 できる限り説教の人数を減らしたいおれがしょうもない画策をしていると、こちらに向かって飛んでくる青い光を見つけた。

 バサッと羽ばたく音を立てて、夜空に青色の炎が揺らめいた。

 

「ようやく帰ったかい。おかえりヘーマ」

「ただいまお父様!」

 

 おれはチェーロ・リベルタ号を止めてピーコをスケッチブックにしまう。ぶんぶんと手を振るおれに向かって、お父様は優しく目を細めた。

 そしてその目がおれから横に動いたことで、新しい友だちを紹介するべくおれはベシッとソルの背中を軽く叩いた。

 

「えっとね、コイツは旅友だちのソル! 手配書で見たよね?」

「よろしくな!」

「やっぱり行動を共にしてたのかよい。ああ、よろしく」

 

 同時期に子供が初頭手配されたとあって関連性に気がついていたのか、お父様は特に驚くことなく納得している。んー……なんか反応なさ過ぎて違和感があるような。

 

 まずはモビー・ディック号に降りることにしたおれとソルは、トントンと軽く音を立てて甲板に着地した。

 あー、定期的にキャンバスの中に避難しているとはいえ、やっぱり座りっぱなしは体が痛くなるな。もうちょっと動き回れる程度に大きくしようか、でも重量の問題があるしなぁ。

 

 移動手段の改良について思案しつつぐぐっとのびをするおれを、お父様がまじまじと見つめている。なんでしょう?

 

「ところで随分かわいらしい格好だねい」

「あ……」

 

 お父様に指摘されて、おれは自分の格好を見下ろした。

 視界にちらつく腰までの波打つロングヘアと踝まで覆う長さの裾、そして左耳上に付けた白薔薇の髪飾りの存在を思い出し──そしてその場に膝から崩れ落ちた。

 

「おれは、おれはすっかりこの格好に慣らされて……!」

「ああ……」

 

 四つん這いで打ちひしがれるおれに経緯を察したのか、お父様がニコニコしているピクテルに生温い目を向けているのが見聞色で見えた。そうです、そいつが原因です。

 マズイ、完全にこの格好に違和感を持たなくなってた。このままだとフリルいっぱいな服を着せられてしまうかもしれない、それだけは断固として拒否しよう。おれも着たい服をスケッチブックに描いておかなくては、ピクテルセレクトだと今後も同じ事態になる。

 

「長旅の後だ、休ませてやりてェのは山々だが、先にオヤジのところに連れていくよい。いいな?」

「はぁい」

 

 おれが返事をするなりお父様はひょいと甲板と仲良くしているおれを抱え上げた。え、なんだ?

 

「──無事でよかったよい」

 

 嬉しそうに、安心したようにお父様は柔らかく笑う。

 

「……ぅあ、ひぐっ」

 

 こみ上げる衝動を抑え込もうとして、失敗する。そんなこと、そんな顔で言われたら、おれは。

 

「ヘーマ?」

「う、あああぁ~~!!」

 

 突然声を上げ泣き出したおれに、お父様が目を見開くのが見えた。

 

「うああぁぁあ~~!!」

「どうした、ヘーマ」

「なんだガキの声がすると思ったら! ヘーマ帰ってきたのか!」

「ヘーマどうした? なんでお前泣いてんだ?」

 

 騒ぐおれの声に気づいたみんなが集まってきている間も、おれは声を上げて泣いていた。まるで三歳未満の幼児のように、形にならない感情を音として発散するように。

 

「うえぁあああ~~!!」

「久々のギャン泣きじゃねェか」

「何処か痛ェのか?」

「アメ食うか?」

「バカ野郎、今渡しても喉に詰まるっての」

 

 おれの声を聞きつけて、わらわらと船内から白ひげ海賊団のみんなが姿を現している。わあわあ泣くおれをどうにかあやそうとポケットからアメを取り出した家族もいる。おれは彼らに返事もできず、ぼろぼろと涙を流していた。

 

 お父様は黙ったまま、おれの背中を撫で続けた。何度も宥めるように撫でられるうちに、少しだけ落ち着いてきたおれは泣き声を止めるためぎゅっと口をつぐんだ。

 

「んぐ、おれ、おれ……!」

「ああ、どうしたんだよい」

 

 それでもなお涙が溢れ、口がわななき、言葉がなめらかに出ない状態で、おれはお父様の肩にしがみつく。

 

「ぜんぶ、思い出した……!」

「!! ……そうか」

 

 そう、思い出したのは全部なんだ。今生のおれの記憶を全て取り戻し、記憶の穴は埋まってなくなった。目を覆う記憶も、幸せな記憶も思い出そうとすればすぐに浮かぶ。

 

「おれの、名前も思い出しててっ、ふぐっ、両親の顔も、わかる、ようになってっ!」

「ああ」

 

 失っていたおれの名前も、優しく美しかった儚げな母の顔も、ぶっきらぼうで無口だった父と慕っていた人の顔も、全部、もうわかる。

 

「でも……おれ、ヘーマでいたい!」

 

 でも、おれは。

 

「名前わかったけどっ、ひぐっ、まだヘーマでいちゃダメかなぁ……!」

 

 生まれたときにつけられた祝福された名前よりも、ヘーマという名前がいい。

 

「お父様の子どもの、ヘーマでいちゃ、ダメかなぁ……!」

 

 あなたがお父様となった名前がいい。

 あなたが息子と呼んでくれた名前がいい。

 

 嗚咽をもらしながら短く呼吸をする。そんなおれの後頭部に大きな手が添えられて、ぐっと押された。お父様の肩におれの顎があたる。

 

「良いに決まってンだろうが」

 

 お父様の声はいつも通りだった。いつも通りの会話のトーンで、おれの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 

「お前はおれの息子のヘーマだよい。仮にこの先でお前が名前を変えることがあったとしても、それは変わらねェさ」

 

 ぎゅっとお父様の肩に顔をうずめる。おれの涙を吸ってシャツが濃い色になっていくけど、止められそうになかった。

 

「前に言っただろう、お前のお父様はおれ以外いねェよい」

 

 

***

 

 

 ぴーぴーと泣く子どもを抱える父親と泣き止まない子どもに焦る男達を、少し離れた場所で両腕を組みながらソルは眺めていた。

 

「あー、泣き疲れて寝るコース入ったか?」

「前の時よりは体力あっから、それはねェだろうよ」

 

 二人の男がソルの傍まで歩み寄ってきた。片方の男には見覚えがある、おでんの家臣だかでニューゲートの船に残ったヤツだ。

 ソルの視線に気がついたのか、ワノ国の民族衣装キモノを着たソイツはソルを見下ろした。今の体は十四くらいのものだからしかたがないことだが、前はソルが見下ろしていたので少しばかり妙な気分だった。

 

「お前はヘーマの友だちか?」

「アイツが放置しちまって悪かったな」

 

 どうやら輪の外にいた子どもを気にかけて相手をしにきたらしい。相変わらずニューゲートのところのヤツは気の良い奴ばかりだなとソルは懐かしさに目を細めた。

 

「いいや気にしてねェよ。ヘーマがああやって泣ける場所なんだな、ここは」

 

 人目もはばからずに大泣きできるような、甘えても良いと確信できる相手。ヘーマは道中であれだけ不安に思っていたくせに、同時に大丈夫だとも理解していたのだろう。

 

 信頼する相手か、とソルは内心でヘーマを羨む心を抑える。今はヘーマの回復がメインだ、それまでは手合わせの相手には事欠かないだろうし、大人しくしているとしようとソルは決めた。

 

「……おれも会いてェなァ」

 

 

***

 

 

 ひっく、ひっくとしゃくりあげながらとぼとぼ歩くおれの手をソルが引く。さっきからしゃくり泣きが止まらず、完全に感情の箍が外れてしまっているようだ。

 

「目ェ真っ赤にしちまって、あ、擦るんじゃねェよ……ピクテルがぬれタオル出してくれたぞ、目に当てとけ」

「う゛ん」

「スゲェ泣いた後だ、身体の水が足りねェだろうから、後でなんか飲んでおけよ」

「……世話が手馴れてるねい」

「小せェガキには慣れてるからな」

 

 幼児扱いされたことは遺憾だが、事実過ぎてなにも文句が言えない。

 ピクテルがおれの目元をぬれタオルで覆う。もちろん何も見えないが、見聞色を使わなくても手を引かれているため問題はない。

 

 お父様でなくてソルがおれの右手を引いているのは、お父様にくっついていると際限なくおれが泣くためだ。抱っこをイゾウさんに代わって判明した。

 あまりに泣きすぎて引きつけを起こしていたため、お父様が船内を先導しておれとソルが後を続く形となっている。

 なお、おれの精神安定のためソルに引かれていない方の腕には、シャンクスさん達から貰ったクマのぬいぐるみを抱えていることとする。

 

「オヤジ、ヘーマとそのダチを連れてきたよい」

『おう、入れ』

 

 部屋に入りソコに座るおじい様を見上げる。相変わらず大きい人だけど、白髪で長かった髪がなくなっている。剃ったのかな。帽子も外してバンダナを頭に巻いたおじい様は、おれに目を向けるとニッと笑った。

 

「おかえり」

「……う」

「待て泣くな、これ以上泣くなヘーマ。落ち着いてこれ飲め」

「……ず~~っ」

 

 おじい様を見てより目が潤んだおれに気付いたソルが、ピクテルが出したジュースのストローをおれの口に突っ込むファインプレーで止める。おれは素直にジュースをストローで啜って飲む。おいしい。

 

「……マルコ、しばらくおれの部屋に誰も立ち寄らねェように伝えてこい」

「わかったよい」

 

 おれとソルをじっと見下ろしていたおじい様がおじい様に声を掛けたのを聞いて、おれは顔を上げた。えっ、お父様行っちゃうの。

 縋るように見上げるおれの頭を撫でて、また戻ってくるよいと言ってお父様は部屋を出て行った。いっちゃった。

 

「……で、その姿はどういうこった、ロジャーよ」

 

 即行でバレてる。

 驚きのあまり涙が引っ込んだおれは、思わずソルの服の袖を掴んだ。ソルはおれをチラリと見た後、おじい様に向かってニンマリと破顔した。

 

「わっはっはっは! やっぱりバレるよなァ!」

「なにがあって死んだはずのテメェがおれの孫と旅してやがるんだ」

 

 あれっ、とおれは首を傾げた。おじい様は怪訝な顔はしているけど、一触即発というよりはむしろ仲が良いように見えるんだけど。えっ、どこが殺し合いする可能性が高いのか。

 

「おっと、眠いなら寝ちまえ」

 

 何かに気付いたような顔をしたソルがおれの目元を手で覆う。途端に微睡み薄れる意識に、なんかソルっておれが眠いのすぐ気付くよなぁと不思議に思う。

 思うだけでソルをまったく疑わないおれがそのことに気付くには、まだまだ時間が必要だった。

 

 

***

 

 

「おれの孫に何しやがった……!」

「まあ、落ち着け。ヘーマの口から話すには酷だろう」

 

 ソル──ロジャーは眠ったヘーマを横たわらせて彼の頭の下に丸めた毛布を差し込んだ。

 突然眠った孫の異常な姿にロジャーを睨みつけるニューゲートから漏れかけた覇王色の覇気を察知して、ロジャーは片手の平を向けて制止する。眠らせたのに起きちまうだろうが、と顔を顰めるロジャーにニューゲートは荒ぶる気を落ち着かせた。

 

「何を知ってやがる」

「ヘーマの記憶が全て戻った。それで眠れなくなったコイツに暗示をかけた。死ぬような自傷行為も未遂だが何度もしていたからな」

「……そうか」

 

 ニューゲートは覇気を収めて横たわる孫の姿を眺める。

 小さな頭に詰まっているものは、最初からろくでもない記憶だとは予想がついていた。けれど、まさか命を絶ちたいと思うほどのものだとは。

 

「今はもう安定してっから、問題はねェ。さっきの父親とのやり取りでもう大丈夫だろう」

「そうか……ロジャー」

「ん?」

 

 酒瓶を床に置き、ニューゲートはロジャーに向かって頭を下げる。

 彼は『もし』を想像した。『もし』ヘーマの傍にロジャーがいなかったら、とっくにヘーマは命を絶っていただろう。そのことを自分たちは知らずにヘーマの帰りを待ち続け、そしていつか事実を知り……後悔にまみれていただろう。

 それに気付いたからこそ、ニューゲートは心からロジャーに感謝した。

 

「おれの孫を助けてくれて、ありがとう」

「よせよ、ニューゲート。おれはおれの借りをヘーマに返してるだけだ」

 

 お前に頭を下げられることじゃねェと手を顔の前で横に振るロジャーに、頭を上げたニューゲートは怪訝な顔をした。

 

「借り? ヘーマはもうすぐ十歳、テメェが死んでから生まれた子どもとなんの接点がある」

「あるさ、おれの息子の心を助けられた」

「は、息子?」

 

 初耳だと眉をひそめる白ひげにロジャーは言ってねェからなとカラカラと笑う。

 

「ああ。おれは死んでから彼女の傍にずっといた。幽霊としてな。彼女が命に替えて産んだあとは、息子の傍にいたんだ」

「幽霊なァ……もしやその身体はヘーマの力か」

「おう、ピクテルがおれを見つけてな、問答無用でキャンバスに放り込んでよ……おれが出てきたときにゃ、知らなかったヘーマはえらい驚いてたぜ」

「そりゃそうだろう」

 

 ヘーマが気付いているかロジャーにはわからないが、あのピクテルという存在は収集癖がある。興味を引いたものは手に入れようとするうえに、そのためにヘーマの指示を無視することもある。

 

 だが、ヘーマを害することだけはしない。彼が狂ったときもピクテルはいつも通り、いやむしろいつもより手厚くヘーマの補助をしていた。

 つまり、ピクテルはロジャーをヘーマの利益になるからこそ絵に閉じ込めたのだ。その目論見通りロジャーはヘーマをあれこれと面倒を見ているのだから、ピクテルの目利きは正しかったのだろう。

 

 ロジャーは彼らに自分が利用されているとは思わない。解放の選択をヘーマに先延ばしして貰ったのはロジャー自身だ。

 何も感覚を受け取ることができなかった十年以上の歳月、久し振りに感じた海風の心地良さは、ロジャーの記憶に懐かしさと鮮明なイメージを残している。

 使われると言うには配慮が篤く、環境に感謝することはあれど不満はほぼなかった。

 

 それにと、ロジャーは自身の息子を思いだす。

 

「ヘーマに会ってからの息子は楽しそうでよ。杯交わした兄弟と毎日わんぱくに動き回ってたんだ。……おれの噂を聞いて思い悩むことも少なくなっていた」

「……」

 

 ロジャーは成長するにつれ顔が曇っていくエースの姿をずっと見守っていた。自身の悪名なんざ慣れっこだったが、まだ幼いエースにとってそれは存在を否定されるようなものだった。

 親友のサボの前以外で笑わなくなったのはいつの頃だろうか、二人が出会ったのはエースが五つの頃であるからそのあたりだろう。

 だからこそ、初めてヘーマと笑っているエースを見たとき、ロジャーは衝撃を受けたのだ。息子がはにかむように誰かへ笑いかけることが、またできたことに。

 

「死んで何も出来ねェおれに代わって、あれこれ世話してくれた恩がある。それに息子はヘーマを兄として慕ってんだ。ならおれの息子みてェなモンだろ!」

「馬鹿言えおれの孫だ!」

「声がデケェ! 起きるっつってんだろ!」

 

 聞き捨てならない言葉にニューゲートが声を荒げ、ヘーマの耳を押さえながらロジャーが怒鳴り返した。

 一触即発になりかけた部屋の外で、コンコンと扉をノックしてから、マルコは部屋の中に入ってきた。

 

「オヤジ、人払いしても大声だしちゃあ意味がないよい」

「フン、この死に損ないがクソみてェなこと言いやがるのが悪い!」

「……わははは、死に損ないっつーか、死んでんだけどな!」

「成仏出来てねェなら死に損ないだろう、アホンダラァ」

 

 カッカするニューゲートに呆れた目を向けていたマルコは、四皇たる彼と対等に言葉を交わす少年に目を移した。

 

「……あァ、やっぱりロジャーだったのかよい」

「お」

 

 気付いたマルコにロジャーは嬉しそうな顔をする。

 

「初対面で懐かしそうに声を掛けるんじゃねェよい、すぐばれるぞ」

「わはは、シャンクスには一発でバレたな! おれが名前を呼んだせいだけど」

「アンタ隠す気あんのかい」

 

 名前を隠す理由は余計な海軍からの干渉を避けるためだろうが、あまりに本人に隠す努力が見当たらない。

 マルコのツッコミを笑ってかわし、ロジャーは表情を切り替えた。部屋の中の空気がピリッと張り詰めていく。

 

「じゃあ話すぜ、おれがヘーマと出会ってから今までな」

 

 ピクテルに捕まってから共に旅をすることになり、無人島で手合わせしているときに少々煽りすぎて覇王色の覇気を目覚めさせたこと。

 食料の調達に立ち寄った島で、天竜人から逃げた奴隷を送り届けた海賊が海軍の罠に掛かり、その窮地を助けたこと。

 検査のためエレジアに助けた海賊団と共に向かい、その道中でヘーマが記憶を思いだしたらしいこと。

 一時は自害を何度も試みるほど、正気を失っていたこと。

 

 話が進むにつれニューゲートとマルコの眉間に皺が寄っていく。二人の険しい顔を見て無理もねェとロジャーは内心は同感だった。

 

「しばらくは心の療養のために家族のお前らの傍に居させる必要がある。

 ……かといってヘーマをこの船から出さねェのもオススメできん。この船の船員を家族だと認識してはいるが、無意識に後ずさってることがあっただろ?」

「……気付いてたのかよい」

「まあな、助けた海賊相手にそんな風になっててよ。アイツらが魚人や人魚だからかそのうち反応は収まっちゃいたが、ガタイの良い野郎が怖ェんだろ」

 

 ヘーマの持つ、身体の大きい人間の男に対する恐怖を取り除くには、長い年月がかかるだろう。

 旅の合間に、ロジャーはヘーマと手合わせを重ねることで武力という自信を付けさせようと試みているが、相手がロジャーしかいない状況のため強さの比較対象がなく、あまり有効になっていなかった。

 

「おれの見立てじゃあヘーマが完全に気を許してんのは、“おじい様”と“お父様”……それとウタの嬢ちゃんと弟たちだ」

「テメェの息子か」

「へェ、息子いたのかい」

「おれの息子とそのダチとガープの孫だな。こいつらに会えないとまた不安定になりかねん」

「──待った、いまとんでもねェ名前出てきた気がするよい」

 

 なんとなく流された単語に引っかかったマルコが片手で制止した。海軍の英雄の孫がなんだ、ヘーマの弟だとか聞こえた気がするとマルコは自身の耳を疑う。

 

「ガープの孫か? 聞き間違いじゃねェぞ、将来は海賊になりてェんだとさ」

「……グラララララ! 海軍の英雄の孫が海賊たァ、センゴクやつるはさぞ頭が痛ェことになるだろうよ!」

「わははは! ガープは孫を海兵にさせようとしてるらしいが、ありゃあガープの言うこと絶対聞かねェぞ!」

「中身はゲンコツガープそっくりなのかよい」

 

 そもそもガープという男は、どうして規律厳しい海軍に入れたのか謎な程の自由人だ。その孫なら自身が決めた道をけして違うまいと、三人の海賊達はそれぞれの表情で笑った。

 

「むぅ……」

「お、起きたか」

 

 そうやって騒いでいたからか、眠っていたヘーマが身じろぎした。ロジャーの声かけにもそもそと起き上がり、寝ぼけ眼でついっと部屋のメンバーを見る。

 

「おさけのんでるの」

「オヤジだけな」

 

 意識が半覚醒なのかぼんやりとたどたどしい声にマルコが返せば、ヘーマはニューゲートの持つ大きな酒瓶を見てからロジャーの顔を見上げた。

 

「そるはおさけ」

「今日は止めとけ。疲れてんだろうが」

 

 ヘーマがスケッチブックから酒を取り出そうとしていることをロジャーは察知し、止めた。

 わかった、と承知したヘーマはクマのぬいぐるみを抱えたまま、よじよじとあぐらをかいたソルの足の間に座り、そのままロジャーの胸にもたれ掛かって目を閉じる。

 

 しばらくすると、すうすうと寝息が聞こえてきて、黙っていたマルコは睨めつけるようにロジャーを見た。

 

「なんでテメェの膝で寝るんだよい……!」

「まあ、習慣だな。こうやって抱えているとよく寝るんだコイツ」

 

 小柄な体がズレないように両腕で抱えて、悔しがるマルコに向かってロジャーは眉を下げて笑う。

 

 ヘーマがどうして父親であるマルコの元ではなくロジャーを選んだかと言えば、彼の弁明どおりそれが旅の間よくあったためである。

 

 二人旅の最初期、長年の人肌恋しさにスキンシップ過多だったロジャーは、何かと作業中のヘーマにくっついていた。

 そのためヘーマはロジャーの気配と彼からの接触にすっかり慣れており、精神が不安定なときもロジャーに抱えられていれば途中覚醒することなくヘーマは寝続けることができたのである。

 

 つまり、実力者であり自分に親しみを持ったロジャーの近くは安心できる場所だと、ヘーマはすっかり頭にすりこまれていた。もはやヘーマにとってロジャーは布団である。

 これほどヘーマが懐いたのは、ロジャーがあれこれ世話をやいた為でもあるのだが。

 

「ロジャー」

「なんだ」

「ヘーマのことを頼む」

 

 ニューゲートはロジャーに抱えられたあどけない寝顔の孫を見る。ロジャーがいつまで現世に残る気なのかはわからないが、二人の相性が良いこともあってそれは長くなるだろうと想像できる。

 重々しい声の旧知の頼みに、ロジャーは笑顔で快諾した。

 

「まかせろ、息子みてェなダチだからな!」

「おれの息子だよい!」

「おれの孫だって言ってんだろうがバカ野郎!!」

「いいじゃねェか、どうせシャンクスも父親になんだからよォ」

 

 但し、余計な一言を付け加えたため、二人の抗議を受けることとなり、ロジャーは拗ねたように反論する。

 ヘーマがウタと結ばれれば、その父親のシャンクスはヘーマの義父となる。それを指摘すればニューゲートはともかくマルコは嫌そうな顔をした。

 

「フン、それにはまずヘーマが嬢ちゃんを口説かねェと始まんねェだろうが」

「もう落としてんだよなァ」

「……本当か?」

「おう」

 

 ほう、告白できたんだねいとマルコは感心した。マルコは尻込みしていたヘーマのへたれ具合を一番知っているため、もし彼が相談してきたらきちんと回答するつもりだったが、上手くいったらしいと知って嬉しそうに口元を緩める。

 

「ウタの嬢ちゃんも杯を交わしてっから、兄弟で認識が固定されねェように急いでてな。本人に意味教えてねェけどかんざしも贈ってたぞ」

「やけに外堀を埋めるのがが早いねい」

「グラララ、じゃああの嬢ちゃんは嫁にくんのか」

「ああ、それなんだがよ」

 

 ロジャーは幽霊だったときにヘーマとシャンクスの会話を思い出す。

 

『婿に来るなら許可するぜ?』

 

「シャンクスとしては婿をとるつもりらしい」

 

「「あ゛?」」

 

「──なにごと!?」

「あ」

 

 ロジャーの言葉にそこらの海賊が震え上がる程の低い声と覇気が二人から漏れて、察知したヘーマが飛び起きた。

 

 

 

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