『ダダン、しっかりしろ!』
『くそ、煙が……!』
三人がかりでどうにかブルージャムを倒せたまではよかったが、その戦いの中で燃えるゴミに突き飛ばされたダダンは全身に火傷を負ってしまった。
ぐったりとした様子で動けない彼女を立たせようと子ども達は身体を支えてみるが、体格差がありすぎる上に満身創痍な身体にかなりの負担がかかるのが目に見えているため、どうにも動かすことができなかった。
『……あたしを置いてけ』
『は!?』
ダダンはこのままでは三人共にお陀仏だと、動かない大人の身体を背負おうとする子ども達を止める。
『後から追い付く』
『ふざけんな! できるわけねェだろんなこと!』
諦めるなと叫んだその時。ざり、と何かを踏みしめる音が聞こえ、エースとサボは弾かれたように後ろを向く。
『──ここにいたか』
『誰だてめェ!』
『アンタは……』
いつの間近づいてきていたのか、十数歩先にサボが昨日会ったフードの男が立っていた。
『山の裾に避難していた人間達は全員無事だ』
『……え』
どうしてここに、と問いかける前に発せられた思わぬ言葉に、サボの声が小さく漏れた。
『今は皆船で休んでいる』
『……助けて、くれるのか?』
『ああ……後は君たちだけだ』
静かな声に虚偽は感じ取れない、そう判断したサボはフードの男に向けて頭を下げた。
『頼む、ダダンを助けてくれ!』
『おいサボ、コイツは』
『おれは一度助けられてる! それに、おれ達じゃあダダンを運んでやれねェ……安全な場所に辿り着く前に、ダダンの体力が持たねェよ!』
『……おれからも頼むおっさん!』
エースは辛そうな顔のダダンを見る。ダダンの火傷はエースを庇って受けたもので、素人目に見ても負傷範囲が広い。
彼女が心配だからこそ、サボの説得によりエースもフードの男に頭を下げた。
『元よりそのつもりだ……彼女達だ』
『了解した』
声を掛けられゆっくりと近づいてきていたもう一人の男は、フードの男の倍以上の背丈だった。デカイ、と思わず声を漏らしたエースを男は一瞥し、それからダダンへ視線を移した。
大きな男は体格に見合った大きな手でダダンをそっと抱えると、もう片方の手でサボとエースも抱える。
フードの男を見下ろせる高さに抱えられ、燃えているグレイターミナルの景色が見えた。
見渡す限り赤く燃える世界。遠くに見える大壁が炎に照らされて赤く染まっている。
夕日とは違う禍々しさを感じるのは、この赤が命を奪うものだと理解しているからだろうかと、サボは口を引き結んだ。
『まずは船まで案内する。手当が必要だろう』
ファンの男の先導に続く大きな男に揺られる間、サボとエースはじっと燃えるグレイターミナルを見つめていた。
***
『──これで終わりね、後は安静にしナッチャブルよ』
『ああ、ありがとよ』
やたら顔の大きい人間に手当てされ、ダダンはふぅと息を吐く。患部を冷やしてから薬を塗られ、包帯を巻かれたため痛みは大分軽減した。
纏わり付いて手当ての邪魔だとダダンから離された子ども達は、元気とはいかないまでも少し表情が穏やかになった彼女の様子に安堵する。
そして視線をダダンから赤く揺らめき黒い煙を吐き出す島へ移した。
『燃えてるな……』
『ああ……それに海から見ると、ドーン島ってこんななんだな』
彼らは港から離れて島の裏側に周り、島から少し離れた位置で船を移動させた。コルボ山の向こうの空が赤く見えることに気づいた子ども達は、はじめて船に乗った喜びもなく、眉を顰めて島を睨みつけていた。
『島から出るのは初めてか』
『ああ』
『君もか』
『……多分な』
明確に答えたサボとは異なり、エースは回答を濁した。記憶にない赤ん坊の頃、生まれた島からこのドーン島にやってきたことを彼は知っているが、膨らませたい話題では無い。
『そういや、グレイターミナルのやつらはどうなるんだ』
『彼らは我々の拠点に連れていく。豊かな島ではないが、食い扶持には困らないだろう』
『そうか……ならいい』
エースが話題を変えたことにフードの男は気づいたが、特に指摘することも無いと少年の問いに答える。想定より穏便な着地ができると知って、エースは詰めていた息を吐いた。
『君達はどうする』
『ん?』
『我々と共に来るか?』
劣悪な環境にいるのは目の前の子ども達も同じだ、望むなら連れていこうとフードの男は考えて、彼らを誘う。
『おれは行かねェ』
『あたしも部下達が待ってんだ、アジトに帰るよ』
『エース、ダダン……』
きっぱりと断ったエースとダダンに、サボは何かに動揺して目を揺らした。考えを振り払うように彼は目を伏せる。よく考えなくても、コルボ山には怪我をしたルフィが先に避難しており、サボ達の帰りを待っている。
ならば、兄として選ぶ選択肢はひとつだけだった。
『おれも──』
『サボ、お前はこのまま海に出ろ』
『は』
帰ると口に出すより、エースの強い目がサボに刺さる方が早かった。ポカンと口を開けたままのサボに、エースは腕を組んで言った。
『ゴア王国に残れば、また父親が連れ戻しにくるだろ。流石にあの火で死んだと思われてんだろうが、見つかればはじめからだ』
『それは……いや、そうだな』
確かにそうだとサボは顔を歪める。これからも中心街には足を運ぶとしたら、いずれまた父親の耳にサボの情報が届くだろう。
そうなれば次はコルボ山すら捜索範囲となり、兄弟やダダン達に危害が加えられる可能性が高い。
それに、正直なところ海に出ることに心が揺れた。兄弟はそんなサボに気付いていたのだ。
『ルフィにはおれから言っといてやる』
『……それルフィ泣くだろ』
『ピーピー泣くなら殴っておくからダイジョウブだ』
『どこがだよ』
ニヤリと笑うエースに、サボも表情を綻ばせた。
『……他にも子どもがいるのか』
『ん? ああ、海賊に剣で切りつけられたんで、先に逃がしてたんだ』
『その足止めで火に巻かれたのか』
『そうだけど、それがなんだ』
『いや……』
何か思案しているフードの男に二人が首を捻っていると、男はフッと小さく笑った。
『少年、我々の出発は三日後まで延ばせる。それまでに挨拶してくるといい』
『え』
『……いいのか』
治療道具の片付けをしていた顔の大きな人の驚いた顔を背景に、フードの男はサボに頷く。
『親しい者と未練なく別れられる者は少ない。できる機会があるのなら悩むな』
『……ありがとうございます』
男の気遣いに、サボは丁寧に礼を言った。驚きに固まっていた顔の大きな人は眉を一瞬だけひそめると、ニンマリと子ども達に笑顔を向ける。
『今日のところはこの船に泊まりなサッチャブル。ヴァナータ達の体力も限界のはず、休息を取らないと治る怪我も治らナブルわよ』
『わかった』
三人が甲板の眠るスペースに案内されその場から離れた後。周りに誰もいなくなってから、顔のデカイ人物──イワンコフは自分達のリーダーを睨めつけた。
『ドラゴン、どういうつもり? 本来は天竜人が来る前にこの島から離れる予定だったのに。
ヴァナータがあのボーイに特別配慮する理由はなに?』
『借りがあってな』
『借り? あのボーイに?』
『正確には彼らにだ……おれの個人的な事情に付き合わせる皆には悪いと思うが』
それきりドラゴンは沈黙した。借りの内容について話すつもりはないらしいと察し、イワンコフはわかったと渋々了承する。
『ついでに買い出しもしておくわ』
『すまんな』
こういう時は返事が早いのよね、とイワンコフは甲板に残るドラゴンに背を向けた。
翌日。ダダン一味の家に戻ってきたサボ達は、布団から飛び出したルフィに抱きつかれた。随分と寂しがってくれたらしい。
『行くなよ~~~!』
『やっぱりこうなったかー……』
『おいルフィ、泣くんじゃニーよ』
そしてサボが島を出る事を告げた途端、ルフィは泣きじゃくり、サボの服にしがみついた。前に見たことのある、予想通りの反応にサボは乾いた笑いを浮かべる。
『まーまー、この国に残っていたらまたサボは狙われるんだ。おめェは兄貴が死んでもいいのか?』
『いやだ!』
『なら泣いてニーでちゃんと送り出してやりよ』
肩を叩き宥めるマグラとドグラの説得により、ルフィはそっとサボの服を離した。
『ルフィ』
『ん』
『おれは一足先に海に出る。本来なら十七歳の予定だったから、七年前倒しだ』
涙で濡れたルフィの顔をハンカチで拭いながら、サボは柔らかい表情で弟に伝える。
『エースは七年後、ルフィは十年後に海に出るんだろ。大人になったら、また海のどこかで会おうぜ』
『う゛ん……おれ会いにいくよ!』
コクコクと首を縦に振るルフィに笑って、サボはぎゅっと彼を抱きしめた。
『ところでエースは?』
『ちょっと用事があるから先に船のところへ行っとけってよ』
『用事?』
弟を抱えてサボが辺りを見回してみても、相棒たる兄弟の姿は見えない。水の入ったタライを持った山賊の一人がエースの不在を教えてくれたが、どこにいるのかはわからないようだった。
布団に横たわった状態で、ダダンがパチリと片目を開ける。
『お前はいいから早く荷造りしな。忘れ物があっても取りに来ることは難しいんだよ』
『おーいサボ、お前の荷物にヘーマ宛の服混じってんぞ』
『ああ、それは持ってくからそのままでいいよ』
『は、女物だぞ?』
『ここにあったらヘーマが着せられるだろ』
『あ~~……』
しっかり兄の不幸な未来を潰し、サボはルフィを布団に戻してから自分の荷物を纏めていった。
そうして更に翌日。ドーン島の真裏からややフーシャ村よりの場所に黒い船が泊まっていた。ドラゴンが待つ傍で、サボはマグラに最後の挨拶をする。
『じゃあな、マグラ。世話になった。ダダン達にもよろしく言っておいてくれ。じいさんにも』
『ああ、伝えておくよ。まーまー悪いな、お頭は流石に動けなくてよ』
『動かれた方が心配になるからいいよ……あ』
見送りに来たマグラとサボが話をしていると、森の奥からガサガサと何か近づいて来る音。
『──悪ィ、ちょっと運び出しに時間がかかった』
『エースその荷物は……』
『忘れモンだ、持っていけ』
なんだと身構えたサボ達の前に姿を現したのは、大きな荷物を背負ったエースだった。
『おいこれ……貯め込んでいたお宝全部じゃねェか! 半分はお前のだろ!?』
『いらねェ。これから兄弟が世話になるんだ、なら相応の礼が必要ってモンだ』
そう言いながらエースは地面に置いた荷物をサボの方へ押しつける。
『それに避難した奴らの食料代の足しにすることもできる。あの人数だ、漁や狩りだけじゃ間に合わねェだろ』
『そ、うだけどよ……』
『おれはまた貯め直すからいいんだ。サボ、コイツはお前が好きに使え』
サボは目を潤ませた。ここまで貯めるまでに二人で競い合った日々を思い出す。船を買うという目標のために1ベリーたりとも使わなかったというのに、エースはあっさりそれを差し出した。
ありがとう兄弟、とサボが震える声で告げれば、元気でな兄弟とエースは笑って言葉を贈った。
『エース、ルフィをよろしく頼む』
『……任せとけ』
こぶしを付け合う挨拶。この行為も大人になるまでお預けだ。こみ上げるものをこらえて、サボは兄弟に背を向けた。
『もういいのか』
『はい』
これ以上は覚悟が揺らぎそうになると告げるサボに、ドラゴンはそっと背中を押した。
***
「──それでおれはこの船に乗ってるんだ」
サボはヘーマにも挨拶できてよかったと笑う。こいつめ、可愛いこと言ってもう。
「がんばったな!」
「おわっ……うん」
ソルがわしわしとサボの頭を撫でる。ずるい、おれも撫でたい。
しかし、ゴア王国の問題の根深いところは、支配者層が丸ごと腐っている点だよなあ。天竜人に憧れてる時点で内部から変わり様がない。
これからもサボのような感性の子どもは生まれてくるだろうが、弟ほどアグレッシブな子は少ないどころか皆無だろう。
仮に王の首をすげ替えたとしても、貴族達は従わないだろうし、長年培った価値観を早々には変えられない。穏便に対応するとしたら、貴族の子ども達を親元から離して違う価値観の存在を教えるしかないだろう。
それ以外の方法は、多くの血が流れることになる。
「サボが決めた道ならいいさ。思うままに進めばいい」
おれなんか母船すら飛び出してるからな。海賊としておじい様と盃を交わしてないから、たまに新しい家族に怪訝な顔をされることにも慣れたし。
まあ、前にソルと手合わせしておじい様に怒られた後からそれも無くなったんだけど。やっぱり海賊的には強さとか覇気とかが重要なのかもしれない。
しかし、まあ、革命軍の人達に随分と弟達が世話になったみたいだ。これは治療だけじゃ足らないな、お礼。そもそも怪我をさせたのはおれだし、貴重な医薬品を使わせたし……あれ、全然お礼ができてないのでは?
「よし」
「……?」
意気込むおれに首を傾げる弟の頭をひと撫でして、おれはにっこりと笑った。
そして次の日の朝。保存の利くビスケットや干し肉等の食料品に、大袋いっぱいに入ったジャガイモとタマネギとニンジン。
各種香辛料や調味料と、飲料水が充填された巨大な樽に、昨日仕留めた海獣の解体した一部。早起きしてせっせと出すのは大変だったわ。
それらで出来た山を革命軍の彼らは唖然とした顔をしていた。
山の高さ? サボの話に出てきたデカイ人並である。おじい様サイズだよな、あの人も。
「どうぞ!」
「いやいやいや」
にこやかに手の平を上にしてから右手。食料の山に向ければ、彼らは綺麗に揃った動きで顔の前で手を縦に振ってきた。仲いいな。
「弟達がとても世話になったみたいで! おれの能力で出したから植えても芽は出ないのでしっかり全部食べちゃってください!」
「この兄弟はもう……」
イワンコフさんが頭を抱えている。聞けばサボは貯めていたお金を全部渡したらしい。まあ、船上で管理できないためトラブルを避けるためにはそれが一番無難である。
「まだ足りないなら追加しますか? えーと、すぐ食べれるようにパンと栄養補給に粉ミルクと……」
「待ったァ! 一度止まりなさい!」
「え?」
「もう出してる~~!!」
「わはは」
行動が早いと怒られた。なぜ。笑ってるだけのソルも怒られていたけど、よっぽど拙いとき以外はおれを止めないぞ、ソイツ。
眉間にシワが刻まれているリーダーさんが、おれを見下ろして言う。
「食糧支援はありがたいが、本当に貰っていいのか。金額も相当だろう」
「言ったでしょう、おれの能力で出したと。消費されたのはおれの生命力だけですよ」
「生命力?」
おっとリーダーさんとイワンコフさんの顔が怖くなったぞ。なに。
「寿命に影響は」
「これくらいならまあ、ありません」
一度じゃ無くて小分けに出したからな、波紋法で発生させたエネルギーで回復できる範囲だ。
あれ、二人の怖い顔が解除された……ああ~、もしかしなくても心配してくれたのか。すみません、お騒がせして申し訳ない。
「おれが食べても栄養にならないので、返されると困ります。遠慮無く貰ってください」
「ありがとう、これで目的地まで補給を減らせる」
「いえ、こちらこそ……弟をよろしくお願いします」
サボの選んだ道は厳しいものだ。この先革命軍はこの世界の権威の全てを敵に回し、そして秘密裏に賛同者を見つけていかなくてはならない。
そんな中で少しでも子どもとして大切にされますようにと願いを込め、おれは深々と頭を下げた。
***
「劇薬だな」
「ええ……勧誘したけれどあのボーイが断ってくれてよかったわ」
空を飛び鳥が引く車というとんでもない乗り物で去っていく兄に向かって、サボは姿が見えなくなってもその方向を眺め続けていた。
「瀕死の人間を完治させる治癒能力に、食料を生み出す能力……集団でさらに輝く才能ね。彼が組織に所属するだけで、どれ程の恩恵を受けることになるか。
でも、それは個人への依存を深めて組織の分裂と崩壊につながるわ。彼がリーダーならなおさら、彼無しでは存続できない脆いチームになる」
「彼は意識してか無意識にか、それを理解しているのだろう。彼の在り方は旅人だ、足を止めても定着はしない。
海賊と名乗っているが世界政府に従わない者という意味合いかもしれん」
イワンコフとドラゴンが潜めた声で話すのは、サボの兄である少年について。規格外の能力はまだ十に満たない年齢の彼を、容赦なく争いの中へと呼び込むだろう。
「賞金額三億ベリー。“
「これ、難易度が金額に合ってないわ。あのゴーグルボーイがプリティボーイの傍にいる限り不可能ッチャブルよ」
海賊であると知りながらも貴族のような佇まいの少年。怪我をさせられたこともあり、彼に害意を持った同胞がいた。
なにやら過激な嫌がらせをしようとしたらしいのだが、彼は行動した瞬間糸が切れるようにその場に崩れ落ちた。周りに数人の人間がいたにも関わらず、その者だけが意識を失わせられた。
ゴーグルの少年が彼を覇王色の覇気で気絶させたという事実に気づけたのは、見聞色に長けた者がとても怯えて報告してきたからだった。
末恐ろしいほど練り上げられた覇気の技量、噂の尾ひれだろうと考えていた『本部中将を圧倒した』という情報が、正確なものだと幹部達は理解する。
あれは触れてはならないものだ。巣穴に手を突っ込まなければ、被害が無いのであれば尚更のこと。
「それにしても、旅仲間……友だちと世界旅行、か」
「なんとも素朴で気楽な、そして素敵な言葉ね」
この世界の誰もが明日の生を疑わず、自由に旅もできる……その光景はあのボーイ達みたいなのかもしれないと、イワンコフは見えなくなった影の方向を見て目を細めた。