「ところで、走り込みは終わったのかな二人とも」
「「はっ!」」
顔にしまったと浮かんでいる弟達。ああ、おれ達がトレーニングの邪魔をしてしまったのかね。レイリーさんが二人を鍛えていることは間違いなさそうだ。
「そうだ途中だった!」
「悪ぃヘーマ、終わったらすぐ戻るからダダンのところで待っていてくれ」
「うん、気を付けて」
おれの返事を聞くなり飛び跳ねるように駆け出す二人、おれはそれを手を振って見送る。みるみるうちに人影が小さくなっていく……もうおれは身体強化なしでは到底追いつけないな。二人とも、随分脚力が付いた。弟の成長はとても喜ばしいけど、やっぱり少し切ない。おれもムキムキになりたい。
しかし、うーん……これは人払いされちゃったかな。
弟達の姿が見えなくなってから、横に立つレイリーさんからものすごく見られている。おれもだが、特にソルを。ふふ、この展開に既視感がありすぎるぜ。
「さて……詳しく聞かせてもらおうか、ロジャー」
「わははは、お前がいるとは思わなかったぜレイリー!」
おっとこれはおじい様の時と同じ、既にバレてるパターン。これでソルの生前の知り合いは確定だな。でもソルはニコニコで楽しそうだけど、レイリーさんの笑顔がちょっと怖いのはどうして。
まさか、また殺し合いの危機だったりする?
「紹介するぜヘーマ、おれの相棒のレイリーだ!」
「昔、コイツの船の副船長をしていてね」
快活なソルの言葉を聞いておれはぱちくりと目を瞬かせた。海賊王の副船長。そりゃあ真っ正面からは敵わないと思うはずだ。
「どうしてこの島に……?」
「シャンクスから面白い子ども達に会った話を聞いたのさ。興味深い話と共に、な」
「目が怖い」
レイリーさんの目が力強すぎて怖い。視線に怯むおれの腕の中へ、トットムジカが身体を潜り込ませてきた……ふわふわセラピーはとても助かるのでそのままでお願いする。
ぬくもりに縋るようにクマのぬいぐるみを抱えたおれに、レイリーさんは驚いた様に目を見開いた。
「レイリー」
「……いや、すまなかった。初対面の態度ではなかったな」
「へ?」
膝をついてしゃがみ、おれと目線を合わせたレイリーさんは困ったように微笑んでいる。えっ、さっきと全然雰囲気が違う。
「シャンクスが悪い虫と言っていたから、つい気を尖らせてしまった」
「男親の嫌がらせかよ!」
そのせいか! シャンクスさんめ、おれが会ったことがない人に変なこと吹き込むのやめてもらえますぅ!? 下手したらおれ死ぬからね!
おれは憤りながらだんだんと地面を片足で蹴った。地団太を踏んだとも言う。
「今度、ウタに『父親を仕留める娘の言葉~思春期編~』を教えてやる……!」
「中々に陰湿な報復だな」
「それか『夜の街に消える──赤髪のシャンクス・女性遍歴まとめ』」
「年頃の娘に冷ややかな眼差しを贈られるヤツ……というか、なんでんなこと知ってんだ?」
「ヤソップさん達に聞いた」
つまりは真実味のある目撃談。セクシャルな方向に興味が薄いため、船番をすることが多くなる面々による、赤裸々な暴露である。酒の場って気が緩むものだけど、船長のそういう事情を子どもに話すのはどうかと思うよ。
家族の皆はそういう方向の話をおれに聞かせないようにしていたのに、うっかりウタが聞いても知らないぞ。
いや、落ち着けおれ。シャンクスさんへの仕返しの内容を煮詰めるよりも、レイリーさんの謝罪の返答をしなくては。
ちょっとおれの変貌に困惑しているレイリーさんに、おれはにっこりと笑顔を向ける。
「第一印象が悪かったら仕方ないですよ、おれはもう気にしてません。原因のシャンクスさんにはきっちりやり返しますので!」
「……程々に頼むよ」
苦笑いをするレイリーさんに右手を差し出すと、体格相応の大きな手がそれを掴んだ。
***
エースとルフィが丁度いなくなったので、先におれ達の事情、主にソルの現状についてレイリーさんに説明した。
「幽霊に肉体を与える……そんな能力があったとは」
あ、これはおれが悪魔の実を食べたと誤解されている。まあ、そう思わせていたほうが色々面倒が少なくなるだろうから、別に訂正しなくてもいいか。後でソルにも口止めをしておこう。
「これで悪魔の実の能力者じゃねェってんだから、世界にはまだまだ不思議なもんがあるっつーことだな!」
「……能力者じゃない?」
「口が軽いぞソルぅぅぅ!?」
「ひゅまん」
秒でおれの計画を破綻させた友達に、おれは思いっきり彼の左の頬をつねった。せめておれに許可をとれ、更に言うならおれ自身に説明させろ。おれはため息を一つついてから、レイリーさんにキャンバスから出したリンゴを手渡した。
「生まれつきの、おれだけの能力です。なのでカナヅチではなくちゃんと泳げますよ」
「おれも仕留めた海獣を回収しに海に潜っているのは見たぜ」
なんならひと潜りしてきましょうかとおれは海を指差して言う。もうこれは実際見て貰わないと信じられないならやるしかない。レイリーさんは目を瞠っていたが、ゆるゆると表情を緩めると、なるほどと楽しそうに笑った。なにがなるほどなんです?
「レイリーはなんでここに? ゴア王国に何か用でもあったのか?」
「まあ、用はあった。お前の息子の顔を見るという用がな」
偶然この島に辿り着いたのではなく、元々この島を目指してたって事か。情報の出所がわかりやすいからいいけど、ガープ中将が定期的に来る島に海賊が来るなんてなぁ。それはおれも該当するんだけどな。
「シャンクスがな、この島で出会った少年達のことを楽しそうに話していてね。その時はいつか会えるだろうと動くつもりはなかった」
何を話したのか凄く気になる。初対面で威圧されたから特に。
「数ヶ月前、二人の子どもの手配書を見るまではな」
「「あー」」
バレたのそこかぁ。ロジャーをよく知る相手にはバレバレなのかもしれない。そうなると、おれはやっぱりガープ中将には会わない方がいいな。なんかこう、直接ソルに会わしちゃダメな気がする。
「写真があまりにもロジャーに似過ぎているものだから、子どもは二人いたのかと訝しんだよ」
「今のおれ位のガキを仕込む時間はなかったけどな」
「そんな余裕はなかった、それは私もよくわかっている……だからこそ先ずは場所が確定しているエースを見に来たのさ」
そうしたらお前も来て探す手間が省けた。
ニコリ、と笑うレイリーさんに背筋が伸びる。なんでとっとと会いに来ないと見聞色を使わずとも顔に書いてある。ソルを連れ回してるおれとしては、どうにもいたたまれない。
はたしてソルはどんな反応をとチラリと見上げれば、無邪気にニッコニコしている。わあ、とても嬉しそう。このクラスの威圧感を受け流すことに、とても慣れている感じがする。
「また会えて嬉しいぜ相棒」
「………………は~~~~」
なんだかとても言葉を飲み込んでから、レイリーさんはため息をついた。ソルに振り回される以前の関係が目に浮かぶようである。これは相当苦労しただろうなレイリーさん達。
「変わってねェな……ったく」
年上の余裕のある口調ではなく海賊らしい荒さのそれで、老人には見えない溌剌さでレイリーさんは破顔していた。
その後はエースとルフィが戻ってくるまで、おれは話しているレイリーさんとソルをスケッチしていた。おれは案の定夢中になって、スケッチブックを取り上げられてからようやく弟達に気付いたため、それはもう剥れられた。ごめんよ。
***
気がつけば、いつの間にかおれは暗闇に立っていた。
正確には暗闇ではなくて、暗さに目が慣れれば全方位に星が瞬く夜の空が広がっていた。頭上も足元も星しか見えないのに、おれは両足でしっかりとその場に立っていたが、どうしてなのかと思考に沈む前に前方に佇む存在に気付く。
──ああ。
「ここに居たのか」
「はい」
俺の声に小さなおれがふわりと笑った。
「静かなところだな……綺麗な星だ」
「うふふ、そうでしょう? ぼくもおきにいりなんですよ」
そう言って見上げる少年につられ、俺も目線を上に上げる。時折、遠くで流星が流れる以外、目に映る景色に変化は無い。音も無い空間では俺自身の呼吸音がよく聞こえてくる。
そして、少年の小さな吐息も。
俺は微笑む彼に視線を向けて、尋ねた。
「君は、起きるつもりはないのかい」
「おきていますよ?」
「今は俺が主体だろう。本来は君の身体だ、君が主体になろうとしていないから、俺が動かしているだけだ」
今生を生きるべきなのは前世の残骸である俺ではなくて、彼だ。俺は彼が閉じこもっている時に代わりに動かしていただけ、俺は彼であるし彼も俺なんだけど、人格のメインはまだ十年しか生きていない少年だ。
俺が浮上した当初こそ少年は殆ど反応しなかったが、時折俺ではなく彼が表に出てきていた。妙に羞恥を煽る子どもっぽい反応はそのためだ……よかった俺だけの影響じゃなくて。いい歳した野郎がやっていい態度ではなかった。
頑なに閉じ籠もっていた彼がそこまで回復できたのならと、説得の言葉を重ねる俺に、彼は困ったように微笑んだ。
「ぼくでは、あのこたちをまもれません」
たたかっていたのはあなたでしたから、と少年のひそやかな声が俺の耳に届く。
今、混ざった部分まで完全に分かれているからこそ、俺は少年の言葉を否定できなかった。波紋法と剣術を駆使しての戦闘なんて出来るような、これらを使いこなす才を少年は持っていない。
「ぼくはきおくをわたすつもりはなかったのに、あなたがあけてしまうから、いろいろししょうがでていますし。
……ソルにも、たくさんめいわくをかけてしまいました」
「それは、ごめんなさい」
俺としては記憶の蓋を開けようとしたつもりはないのだが、結果的には俺が原因でそうなったのだろう。なにかやらかしたようですみません……。
しかし、ソルに迷惑をかけたってどういう、うわ……こ、これおれの自殺未遂止めて更に睡眠時間確保しつつ精神の均衡を保つために色々してもらってる、だと。もうソルに足向けて眠れないほど、とんでもなくお世話になってる。
流れてきた記憶に俺の顔が引きつった。えっ、これはもうソルから何か頼まれたら断れないじゃないか。
俺の謝罪に、いいんですと少年は首を横に振った。……やっぱりこの子天使ではないだろうか。本当に俺か疑いたくなるぞ。
「あなたがめざめてから、たくさんいいことがありました。おとうさまができて、おじいさまやかぞくができた。おいしいごはんもおやつもたべられました。
ともだちも、おとうとたちも、すきなひとだってできました」
「それは、まだちょっとしか体験していないだろう。君はまだ十を数えるかどうかの子どもなんだ、これからも──」
──それ以上、俺は言いつのることが出来なかった。
「いいえ──もう、じゅうぶんです」
少年の顔があまりにも、あまりにも幸せそうで……俺はただ、口をつぐんだ。
「ぼくは、このしあわせなきもちのまま、ねむりたいのです」
「眠る……」
「はい。だから、あなたにあとをまかせてもいいですか?
ぼくのたいせつなひとたちを、まかせてもいいですか?」
微笑んでいた少年は、ほんの少し不安そうな顔を浮かべて、俺を見上げた。
彼を無理矢理起こしたままにすることは、多分可能だった。彼を表に突き出して、サポート役に俺が収まることだってできた。
けれど。今の彼は得た幸せを失う恐怖に耐えられないだろう。ずっと不安定なままに生き続けるには、この少年の心は柔らかすぎた。
なら仕方ないな、と俺は口の端を吊り上げる。俺は少年の過去で、少年は俺の未来。偶然とはいえ同時に存在できたのなら、存在の長さ的に俺が兄なのではないだろうか。
「俺は双子のお兄ちゃんみたいなものだ。弟の願いは叶えてやるさ」
少年はパチパチと目を瞬かせると、ゆるりと目を蕩けさせた。
「ふふ、うふふ。おにいちゃんですか……そうですね、あなたはぼくよりさきにうまれていますから」
くふくふと笑う少年──弟は頬に両手をあてて嬉しそうだ。
次第に霞む視界を察知して、俺は前方に手を伸ばしてみるが──やはり少年の手は取れなかった。ちぇ、やっぱりダメか。俺の足掻きに綺麗なエメラルドが柔らかく細められる。
もう、と嗜める困ったような声を聞けるのも最後なのだろう。
「おやすみなさい、おにいさま」
それ以上何も出来ないまま、少年に〆の挨拶をされてしまった。……まったく、俺の弟は全員頑固だ。
「おやすみなさい……俺の可愛い弟」
急速に暗くなる意識の中、うふふ、と小さな笑い声が聞こえた気がした。
パチリと目を開けると、ダダンさん家の天井が見え、おれはガバッと起き上がる。どうやらおれが一番の寝ぼすけだったらしく、主のいない布団だけが畳まれずにいくつも残されていた。
あれ、誰も居ない。常に誰か待機しているアジトを空にするなんてなにがあったのかと首を傾げれば、枕元に伝言の紙があることに気付く。なになに、昨日の宴会でうっかり食料を全部食べてしまったから、全員で調達してくる、と。え、起こしてくれればおれが出したのに。
裏にも何か書いてあるようで捲ると、食料は出すなよと赤字で書いてあった。フリかな?
せめておれもなにか調達してこようと外に出てみると、家から少し離れたところでソルとレイリーさんが何やら話しているのを見つけた。
おれに気付いた二人は軽く手を上げて挨拶をしてくる。同じようにおれも片手をあげた。
「おう、起きたか」
「おはよう二人とも。食料ないんだって? 非常時におれだけ寝かされてたんだけど、どうしてよ?」
「この体力馬鹿はともかく君は疲れていただろうからね、起こすのはやめておこうとなっていたよ」
「朝食の手伝いくらいはするのになぁ」
みんなが動いているのに休んでいるほど気まずいことはない。今から動いてもすれ違うだろうから、家の中でも片づけるとしますかね。くるりと方向転換したおれの両肩がガシリと掴まれた。……ん?
首だけ振り向けば真顔でおれを凝視する二人。え、本当になに?
「なにがあった」
「んん?」
「言っておくが私でも違和感に気付くぞ、昨日は合わなかった目が合うようになっている」
流石高練度の覇気使い、俺の変化を即座に察知してきたな。強引に口を割らせようとしているのか、昨日のおれでは耐えられなかった威圧をかけてくる二人。いや容赦なさすぎじゃない?
けれど今のおれには足りないな、と満面の笑みを向けて見せた。どや。
「ないしょ」
「……そうかよ」
おれの反応に一拍おいてから拗ねた顔をするソルに、正直に現状を言ってもよかったかなとちょっと思案する。
でも、昨日とは違うおれだと伝えるのは、なんかいやだ。それはまるで、可愛いあの子が欠けてしまったような捉え方になるだろう。あの子は眠っているだけで、おれはおれのまま何も変わっていないのだから。
『ソルにも、たくさんめいわくをかけてしまいました』
ちらっとおれの頭をよぎるのは、申し訳なさそうなあの子の顔で。──まあ、伝書鳩になるくらいならいいだろう。
「ソル」
「言う気になったか?」
「たくさん迷惑掛けてごめんなさい、だってさ」
ソルはクワッと目を見開くと、すぐに不貞腐れた顔をして、ガキが気にしすぎだと悪態をついた。あらら、また拗ねてる。
やっぱり彼はおれの中身に気付いていたらしい。旅の途中からおれに対する子ども扱いが半端なかったもんな。
しんみりとしたおれに向かって、ぬっと腕が伸びてきて頭を掴んだ。ん?
「おーっと、今のおれで鬱憤を解消しようとするな。お前の馬鹿力で繊細なおれの首がもげるだろ」
「許せ!」
「仕方ないな……と言うかぁ!? 普通に痛いわ!」
わしわしというかガシガシと頭を撫でられる。首もそうだが髪が引っ張られて頭皮が痛い。ハゲたらどうしてくれるんだ。
ギャーギャーと騒ぐおれとソルのやり取りを眺めていたレイリーさんは、どういうことかさっぱりわからないがと眉を顰めて前置きする。
「ヘーマ君に問題はないということかね」
「ま、そんな感じ」
「ふむ……いやはや、不思議なものだ。昨日とはまったく別人だな」
どうにかソルの手を外して一本背負いを決めてから、おれはソルの文句を聞き流してレイリーさんにバチンとウインクする。
「可愛いおれは特別希少なんだよ。ノーマルなおれをこれからもよろしく」
「……美人だとしても、男にウインクされるのは吐きそうだ」
「つれない」
心底嫌そうに顔を顰められた。さてはベックさん並に女好きだなレイリーさん?
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