群青色を押し花に   作:保泉

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期待と期待と

 

 

 

「ヘーマはさっきから何を描いてんだ」

「船の設計図」

 

 おれがダダンさん家の座卓の隅に、紙を広げて鉛筆で黙々と描き込んでいると、朝のトレーニングから帰ってきたばかりのエースがタオル片手に覗き込んできた。

 ドーン島に滞在中、おれ達はダダンさん達の家に居候している。手配書が出ているのにフーシャ村で過ごすのは、知り合いといえども配慮に欠けているだろうと、宿泊先を悩んでいたおれに彼女達は声を掛けてくれた。とてもありがたい。

 

 エースとルフィは自作のツリーハウスで生活しているのだが、頻繁に此方の家に顔を出しに来る。ニコニコでおれの隣に座りにくるので、その度に頭を撫でてしまう。だってかわいいだろ、おれの弟達。

 

「船を新しくすんのか?」

 

 覗き込む頭がもう一つ増え、ルフィが水の入ったコップを持ったまま聞いてきた。おれはそれにこくりと頷く。

 

「新しく作りもするけど、いまのやつの改良もするんだ。いまのやつは、おれの能力で浮かしているって前に説明したろ?」

「うん」

「おれが怪我や病気でなにかあったとき、ソルは移動手段を失うことになるからな。それを防ぎたいからちょっと発想を変えてみたんだ」

 

 おれが眠ったくらいじゃ、ピクテルは活動することができる。薬で眠らせられても平気だが、麻痺等の状態異常はどうなるのか不明だ。試そうにも、おれが動けなくなる程の薬じゃ後遺症が出る可能性が高いので、ソルやお父様に止められている。

 そんな折に、座ったままにならない広さの船の要望がソルから出たので、ソルでも動かせる物理的な船を作ることにした。

 

 アイデアの元になったのは、旅の途中で聞いたおじい様やソル達が戦った海賊の話。なんでも何隻もの船を宙に浮かすことができる能力者がいたらしい。

 海軍の軍艦を浮かして高いところから落下させる戦法をよく選んでいたらしいけど、恐ろしい使い方をするもんだ。本人がやっていたかは不明だが、この世界にまだ制空権の概念すらないだろうから、空に浮いたまま爆弾を投げるだけで殲滅は容易いだろう。

 制空権を取られているのに、それを打ち倒しはしないまでもやり過ごせたみんな凄すぎない?

 

 ──話が逸れた。まあ、この世界では物を浮かせる能力が存在すると知って、おれはひとつの案を思いついた。

 

 おれは、前世で死亡からの復活アイテムを作ったことがある。スタンド能力が開花した初期の暴走で、死にかけながらも二度と作り得ないアイテムを勢いで作れてしまった。これはおれのスタンド能力でおれが想像した『現象』を具現化できたということだ。

 見た目はただの神社で買える布製のお守りなのに、望んだ通り非現実的な機能を備えてしまった。

 おれの絵は対象を知り尽くさないと具現化できない、といった制限はない。じゃがいもの成分表なんて覚えているわけないし、料理の手順を覚えていることもない。常識から外れてさえいなければ、情報の補完がされて具現化できるということだ。

 

 つまり、空に浮かぶ機能というものはこの世界であり得ることであり、絵に描く対象を浮かぶ物という認識をおれが持って描けば、その機能を付与できるのではないか、という仮説を立ててみた。

 

「その結果がこれだ」

「スゲ~~! 浮かんでる~~~!!」

「船のおもちゃだよな、これ」

 

 宙に浮かび落ちる様子を見せないブリキの船のおもちゃに、ルフィの目がキラキラと輝いている。指先で軽くつつくエースも興味津々な顔をしていた。

 

「こうして仮定は実証されたから、いまは作る船の設計をしてるんだよ」

「最近本を買ってきて読んでると思えば、全部船の本か」

 

 おれの座る場所近くに積まれた本一冊取って、サボが好きそうな本だなとエースは顔をしかめた。それは帆船の操作方法について書かれた本だな。

 

「なぁなぁ、ヘーマ! これ借りていいか?」

「いいよー」

「ありがとう!」

 

 わくわくそわそわしているルフィが、船のおもちゃを両手で持っておれに聞いてきた。いいけど、遊ぶなら飛行機でも作れば良かったかな、この世界に飛行機があるのかわからないけど。

 笑顔で駆けだしていくルフィに手を振りながら見送って、おれは再び設計図に向き合った。

 

「勢いよく、外に飛び出していったが……なにするつもりなんだアイツ」

「………………なにする?」

 

 しかし、ポツリと呟かれたエースの呆れ声に、おれはピタリと鉛筆を動かす手を止めた。

 

 おれは、単にルフィは船のおもちゃで遊びたいのだろうとしか考えなかったが、エースにはそれが違和感と映った。それはつまり、普段のルフィならばしない行動をしているということ。

 

 ……ルフィなら、おもちゃを得たらその場で遊び始めるだろう。わざわざ家の外に行くということは、外でしか出来ない遊びをしにいったのだ。

 

 問題、宙に浮かぶ船のおもちゃでできる遊びとは?

 

「──まさか!?」

「おいヘーマ!?」

 

 おれは鉛筆を投げ出して立ち上がり、急いで外へと続くドアを開け放った──家の前にルフィの姿はない。嫌な予感ほど当たるとはこのことか、焦る気持ちを抑えて見聞色でルフィの覇気を探る。

 

 すぐに見つけることができた小さな覇気は、真っ直ぐにある場所に向かっていた。そう──海に面した崖の方向に。ああ、やっぱりか!

 

 覇気も波紋法も全て使い、全力でルフィを追いかける。まだ後ろ姿は見えない。ルフィの身体能力が上がったことをここまで恨んだことはないぞ、どれだけワクワクしながら進んだんだあの子は!

 森を抜け海が見えた頃には、ルフィは既に崖の端まで辿り着いていた。

 

「とうっ!」

「あ~~! おバカ~~~!!」

 

 躊躇無く崖の先に飛び出したルフィに、おれは腹の底から大声を出した。

 

「あああああ……!」

「くそっ!!」

 

 案の定、おもちゃの船はルフィの体重を支えきれず、重力に囚われて落下した彼の悲鳴が上がった。だろうな!

 

 おれはピクテルの出したキャンバスの上に跳び乗り、落ちていくルフィに向かってスピードを上げる。海面まであと数メートル、おれは必死に手を伸ばしてルフィのティーシャツの背をどうにか掴んだ。

 

 スピードはそのままで針路を海面と平行に変えて、弟の身体をキャンバスの上に引き上げてからおれはルフィの両頬を両手でむぎゅっと潰す。ま、間に合った……!

 

「おまっ、おまえっ…………なにしてんだ!?」

「ひゅみまひぇん」

「あ~……焦ったぁ……」

 

 飛べるかと思ってとはルフィの発言だが、何故最初に海に飛び込むことを思いついたのか。能力者だろうがお前は。

 怖かったのか涙目で縮こまるルフィの背を撫でて、体温の高さにホッと息を吐いた。ルフィから目を離しちゃいけないという、重要な大前提を忘れていたおれも悪い。

 

「試すならせめて水のないところでやれ。能力者という事実を忘れるな……」

「ごめんなさい」

 

 しょんぼりと落ちこんでいるルフィの頭を撫でてから、キャンバスを上昇させる。ふわふわと崖の上に戻ってくると、そこにはおれを追ってきたのかエースとマグラさん達がいた。騒ぎを聞きつけたのだろうな。

 

「ルフィ~~~~!! このアホ!!」

「痛ェ!?」

「ヘーマが助けなきゃどうなってたかわかってンのか!? 海に真っ逆さまだぞ!!」

 

 キャンバスから降ろしたルフィの頭にエースはゲンコツを落とした。ああ、うっすらだけど拳に覇気を纏っているな。だからか、ルフィに打撃が効いたのは。

 

 エースに頭をグリグリ絞められてルフィは兄の腕をタップしているが、エースはそれを無視している。もうちょっとしたら止めよう。

 

「まーまー、よく間に合ったなヘーマ」

「あはは……ルフィから目を離したおれも悪いんだけどさ、試しもせず海に突っ込むのは驚いた」

「そりはそーだろ」

 

 マグラさんとドグラさんにお疲れ様とばかりに肩を叩かれて、おれは眉尻を下げて力なく笑った。

 向こうのエースの仕置きが終了したらしく、絞められた頭をさするルフィとまだ少し怒りが残っているのか仏頂面のエースが此方に歩いてくる。これは心配しすぎて怒っているな。

 

「ルフィの体重を支えるには、これは大きさが小さすぎるんだよ。もっとデカくないといけない」

「そっか~、デカイのができたら乗せてくれよ」

「おれも乗ってみてェ」

「よしきた、頑張って作るな!」

 

 これ、と回収した船のおもちゃを指させば、これで空は飛べないことは納得してくれたらしい。その代わり完成品に興味が移ったのか、ルフィは楽しそうに笑っているしエースも目が期待に輝いている。

 きらきらお目々の弟達の期待に応えられなきゃ兄の名折れ、ダダンさん家に戻ったおれは俄然張り切って紙に鉛筆をはしらせた。

 

 

 

「──そんな感じで設計図と向き合ってた筈なのに、どうしておれは小脇に抱えられてるの?」

「机に向かってばかりじゃ肩が凝るだろ。息抜きだ息抜き」

「それはソルの息抜きにおれが付き合うってことで?」

「おう!」

「迷い無く返事しやがったコイツ」

 

 お前、珍しくおれの隣に座って何か書いてると思ったら。

 

 ソルの小脇に抱えられたまま向かう先は、レイリーさんとその横に浮かぶチェーロ・リベルタ号……待って、ドーン島から出るってとても嫌な予感がするんだが。

 逃げようとした途端ソルの腕の力が強くなった。なんだろう、このゲームでボス相手に逃げ出して回り込まれてしまった感は。あとモツが出ちゃうから緩めてほしい、もう逃げないから。

 

 あれよあれよと連れてこられたのは、どうも見覚えのあるとある無人島……此処、ソルと最初に手合わせしたところじゃないか。

 

「またここでソルと手合わせするの?」

「おれじゃねェ、相棒とだな」

 

 ソルの目線を追ってみれば、レイリーさんと目が合ってニコリと微笑まれる。うへぇ、海軍の英雄クラスの人と手合わせすんの?

 おれはいつもソルと手合わせをしているけど、かなり手加減されてるからレイリーさん相手はどうなんだろう。……うっかりずんばらりんされたり、しないよね。

 

「ロジャーから君の実力は聞いている、私も君の柔らかい剣を体験したいと思ってね」

「……話を盛ってはいないよね、ソル」

「盛ってねェ。お前、いい加減に自分の力を把握しろってンだ」

「あいたっ。……把握してるんだけどなぁ」

 

 楽しそうなレイリーさんから目を逸らしてつぶやくと、ソルに指で額を小突かれた。別に自分の能力を過小評価しているわけじゃあない、おれの相手が格上だと理解しているだけで。

 そしておれが辟易しているのは、この世界じゃそういう奴ほど戦闘狂だと実感しているためだ。ロジャーって言うヤツなんだが。

 

「あ、次は真剣な。木刀使うなよ」

「は?」

「ピクテル、刀を一つ出してくれ」

 

 おれは文句を諦めてスケッチブックから木刀を取り出したが、ソルはおれの手からそれを取りあげ、ピクテルが出した刀を持たせた。

 待って、なんで出しちゃうのピクテル。え、手合わせをこの真剣でやれと?

 

「もう打撃には慣れたみてェだからよ、次は斬ることに慣らしてくぜ」

「は?」

 

 ソルの言葉におれはパカッと口を開けた。いや、全然慣れていないんだが?

 ようやく木刀で急所を狙えるようになったとはいえ、それは相手がお前だから絶対防ぐだろうと確信しているからなんだが?

 

「ふむ、そういうことか。なら私も腕の一、二本ほど切り落とすつもりでいこう。ヘーマ君もそのつもりで」

「は?」

「こら、覇王色は刀に込めろよ」

 

 顎を撫でていたレイリーさんが、何やら物騒な事を言っている気がする。腕の一、二本って、当然知らないだろうけどおれの弱点ってスタンド能力の起点の右手なんだけどな!?

 

 口に出せない苛立ちにより覇気が漏れていたのか、スパンと後頭部を叩かれる。わかってる、この流れは絶対にいいえと言えないやつ、むしろいいえと言っても始まるやつだ。ならおれが取れる選択肢は一つのみ。

 

「やってやらぁ!!」

「……ヤケクソに見えるがいいのかアレ?」

「問題ねぇさ。よーし、いつでもいいぞー」

 

 なにやら二人が会話しているようだったが、おれの耳には既に届いていなかった。レイリーさんは軽い冗談も含めて言っていたのだろうが……その言葉を実行した結果は、おれにとっての最大の地雷だ。

 

 おれの腕を切り落とすヤツは、おれから絵を奪うヤツで。総じてソイツはろくでもないヤツだと知っている。

 それなら実行される前に、おれに危害が与えられる前に──すべて、ぶった切るのみ。

 

「ヘーマに覇気の基礎を仕込んだのは、ニューゲートのとこの奴らだぜ?」

 

 開始の合図は既にされている。ならここは先手必勝、溢れる殺意を手に持つ刀に全て込めていく。

 おれは刀を素早く振り、急所である胴と首、機動力の足を狙った斬撃を飛ばした。

 

「……ほう」

 

 レイリーさんは軽く目を開いたが、冷静におれの攻撃を捌いていった。

 ……いまのおれにできる限りの速度で飛ばし、さらに三連したというのにあっさり避けられたんだけど。掠ることすらできないのかと、明確すぎる実力差に冷や汗が出る。

 

「わははは、まだまだ狙いが甘ェな!」

 

 ソルの笑い声に顔をしかめたおれだが、色々込めて斬撃を飛ばしたからか、少し感情がスッキリした。

 しっかし、刀というか、真剣だと斬撃が飛ばしやすい気がする。やっぱり木刀だと刃ではない分物理的な太さにイメージが引きずられるのか、細く薄く覇気を飛ばすのに注意しなくてはいけなかったけど……これだと随分と楽だ。

 

「ヘーマ君」

「なんですか」

「覇気を覚えてどれくらいかな?」

「一年過ぎくら、い……」

 

 刀をまじまじと眺めているおれに、レイリーさんは穏やかな声音で問いかけてきた。その穏やかさにおれがつい正直に答えた直後、ビリ、とその場の空気がヒリつく。

 

「くっくっくっ……なるほどなるほど、ロジャーが面白がるわけだ」

「あっ、おれ今墓穴を掘ったな?」

 

 クツクツと喉で笑っているレイリーさんから恐ろしい程の覇気が漏れてきており、おれは正直に答えなきゃよかったと心底後悔している。こわい。

 

「さあ、構えるといい。久し振りに剣を持つが……期待に応えると約束しよう」

「う、わあ……」

 

 期待してないというか、おれがする期待とは真逆なので応えないで欲しいのですが。

 さあ、さあ、と容赦なく突き刺さる視線と覇気に根負けして構えた途端、鋭い覇気がおれに向かってきた。

 見聞色で見た軌道を僅かにずらすように刀の刃を添え、抵抗する力を土台に更に力を逸らして空いた隙間へ、おれの刀を差し込むように切り上げる。

 

 ──だが、しっかりバックステップで避けられてしまった。ううん、高練度の見聞色相手は本当に面倒だ、おれの剣だと読まれてしまって決定打が難しいな。

 しかし、レイリーさん本気でおれの腕切り落とすつもりだったんだけど、この人の中でおれの評価はいったいどうなってんだ。はやく暴落してほしい。

 

「お」

「誘導された、か」

「ソル、この人おっかないんだけど」

「レイリーだからな!」

「なんの説明にもなってねぇんだわ」

 

 そんな相棒を自慢できて嬉しいなんて顔をするな、レイリーさんがよりやる気を出してしまうだろうが。

 この後のおれに降りかかる苦難を想像して、逃げてしまいたくなった。でも、おれが逃げたら、一対一が一対二になりそうだからやらないけども。

 

「レイリー。ヘーマはその気になるまで時間がかかるからよ、どんどん攻めた方が面白ェぞ!」

「了解だ、船長」

「ソルの馬鹿野郎!!」

 

 鋭すぎるレイリーさんの剣を必死に捌きながら、おれは悲鳴のような罵倒をした。

 

 ──結果として、おれの四肢は無事だったし、刀の使い方にも慣れることができて、非常に有意義な手合わせだったとは認める。本気で二度とやりたくないが、度々させられそうな未来が容易に想像できるのが悲しい……やるしかないんだけど。

 

「いつかおれと全力で闘ってくれ」

 

 手合わせの後、ソルは戦意にギラギラと目を輝かせて言った。結局ソルは手合わせに参加することはなかったから、色々と消化不良なんだろう。

 彼はおれに期待しすぎだと思う。でもおれがソル達のレベルまで到達できると真っ直ぐに信じられてしまえば、試してみるかと腰を上げるしかない。

 

 恩もある友達の願いくらい、叶えてやりたいからな。

 

 

 

 

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