群青色を押し花に   作:保泉

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水深一万メートル

 

 

「うわあ……!」

 

 海の中を進む船から臨む景色に、おれは感嘆の声を上げた。

 魚の群れが蛇のように長い列を成しているもの、大きな鯨サイズの魚がゆったりと泳ぐ雄壮な姿、水面から差し込む光に照らされた高い高い縦縞の塔のようなヤルキマン・マングローブの根っこ。

 潜水艦に乗ったことも、スキューバダイビングの経験もないおれは、初めて見る海中の光景に目を輝かせていた。

 

「いつになくはしゃいでいるな、年相応ではあるが」

「アイツに初めてのモンを見せるとよ、いっつもあんな風にそわそわしてんだ。わはは、見覚えがあって可愛いだろ?」

「ふふ、懐かしい……こらヘーマ、あまりシャボンに近づかないように」

 

 後ろでソルとレイリーが何やら話している間に、そうっとシャボンに触れようと伸ばしたおれの手を、レイリーは掴んで止めた。

 

「触ったくらいでは割れやしないが、あまり近くにいるとシャボンの外から食いつかれるぞ」

「ん、わかった」

 

 おれはレイリーの忠告を素直に聞いて少し内側に寄った。

 イオンオーデー号の設計上、上部に気嚢が設置されているため全方向の視界を確保することができない。もし普通の船だったら空のように海を見ることが出来ただろう。

 今はもう海の中だから出来ないけど、透明な素材で気嚢を作ってみるのも良いかもしれないな。

 

「話していた通り、魚人島は海底一万メートルの場所にある島だ。道中は光が差さなくなるにつれて気温が下がる、コートを準備しておけ」

「うわっ……このくらいでいい?」

「寒がりか」

 

 もこもこの帽子と手袋に、ふわふわのボアが内側についたダッフルコート。

 ピクテルによって着膨れしたおれの姿を見て、レイリーは気が早いと帽子と手袋を外した。だよね、まだ暑いもの。

 

「魚人島に辿り着くまでに、七割の船が沈むと言われている。大半が海流に上手く乗れなかった故の激突と、海洋生物の襲撃だ」

「船の舵は大丈夫だと思うけど、海洋生物の襲撃はどう対処するの?」

「簡単だぜ、覇王色の覇気で威圧しとけ」

 

 カラリと笑いながら軽くソルは言ったが、その攻略法は一般的な海賊の皆さんじゃあ出来ないんじゃないかな。

 おれは改めて目の前の友人の規格外さを思い知った。もしかして白ひげ海賊団もこんな感じに進んでいるのかな、この航路。

 

「後はまあ、海底火山の活動にもよるが……運だな」

「運なんだ」

「わはは、航海はそういうもんだぜヘーマ。どんなに準備していても予測不能な何かが起きる! ……嫌か?」

「ううん、むしろ歓迎」

 

 予測不能ってことは、ソルもレイリーも体験したことがない出来事ってことだ。既知ばかりであろう船旅で、彼らも珍しい何かを体験できるのなら、それはとても良いことだと思う。

 それに今更安定した穏やかな生を望むなら、おれは母船を飛び出したりしてはいない。

 くいっと口の端が吊り上がる。

 

「とても楽しみだ」

「わっはっはっは! そうかそうか!」

「うわ止めっ!?」

 

 グシャグシャとソルに髪をかき混ぜるように撫でられておれは悲鳴を上げた。だから、かき混ぜるのは止めろって言ってるだろうが!

 

「さて、じゃれていないでちゃんとログポースを確認しろ。進路は大丈夫か?」

「うん。光が届かなくなってきたら針より南西に進むんだよね、大丈夫だ」

 

 おれは腕に付けたログポースを覗きこみこくりと首を縦に振る。おれ達は海流に乗って魚人島まで行くのだけど、道中で水は通れても船は通れない場所もある。

 比較的安全に船が通れるルートが、魚人島を指し示す指針から南西に向かうもので、このルートの先に海流の滝があるらしい。

 

 海流の滝かぁ、どんな感じなんだろうなぁ!

 

 わくわくそわそわと落ち着かない様子を隠そうとしないおれを、トットムジカが下から見上げてくる。

 トットムジカは元々楽譜だから海の中なんて初めてだろ。面白いかと聞いてみると、コクコクと何度も頷いた。そうだよな。

 

 この世界では、前の世界で良く居た生き物もちゃんといるけど、どうしようもなく違う外見のヤツも多い。サイズとか余分についているパーツとかもそうだが、そもそも種別が違うのもいる。

 具体的に言うと、シーモンキーは海中に生息できるサルではけしてなかった。

 

 今見える景色の中にもチラホラと前世の知識ではパーツがおかしいものがいる。ほらあそこにいるドジョウに牙がついたようなヤツとか……あいつこっち狙ってねぇ?

 

 加速しようと尾びれを力強く動かす瞬間、おれはソイツに覇気を叩き込んだ。

 

 グルンと白目をむいたドジョウ(仮)はその場で腹を上にしてプカリと漂っている……魚なのに白目になるほど目の可動域が大きいのか。実は海獣なんだろうかコイツも。

 

「あー、強すぎだな。もっと弱くして怯ませるだけでいい」

「気絶させてもこの先はこっちの食料として確保出来ないからな、他の魚の餌にさせるのも可哀想だろう」

「餌? ……あ、喰われた」

 

 気絶しているドジョウ(仮)がさらに大きい魚に丸呑みされた。確かに怯ませてたら逃げるだけで喰われることはなかっただろうし、うん、これは調節が必要だな。

 

 そしてその後もおれ達は順調に巨大魚に襲われ続けた。

 

「お、シャチだ」

「シャチって角あったっけ」

 

「今度はサメだな」

「でかい」

 

「なにこれ、ウミヘビ?」

「脚あるからトカゲか?」

 

「このクラゲは毒があるタイプだな」

「クラゲに覇気が効かないんだけど!? ええい、ピクテルこいつキャンバスに仕舞ってこい!」

 

「んー、多分ウツボだろ」

「あ、前にビーム撃ったヤツだ」

「ぐま!」

「待て、ここでお前のビームはヤバイ」

 

「突撃魚が来るぞ!」

「回避~!! そしてくらえ!」

 

 ──明らかに頻度が多い気がするんだが、もしかしてこれが標準なのかこの航路。よく三割も無事でいられるな。

 

 襲われる原因の一つとして考えられるのは、イオンオーデー号の見た目が魚っぽいところもあるかもしれない。おかげさまで覇王色の威圧練習に事足りることになり、どれくらいの覇気を向ければ怯ませられるかの修行としては良かったのだけども。

 

 ソル曰く、おれは波紋で覇気を増幅できるから問題なかったが、覇王色の覇気持ちのヤツでも通常はここまで小まめに威圧して行かないらしい。

 確かに、武装色で遠距離攻撃可能な船員が居れば鉛玉の一発で仕留められるからな。元々砲弾一発くらいならシャボンも楽々耐えられるようなので、他の船はそうやって進んでいるんだろう。

 

 半ば作業のように威圧している間も船は海流に乗って進んでいく。

 船外は既に地上の光が届かなくなりつつあり、もう表層海流の下層部に到達したのだろう、かなり水温が下がっているためシャボン内の空気も冷えて肌寒くなっている。

 真っ暗とはいかないまでも視界が悪くなった景色を覗いていると、レイリーがぽんとおれの肩に手を置いた。

 

「そろそろ前に行くといい、滝が見えるぞ」

「本当!?」

 

 いそいそとトットムジカと共に船首近くに進む。轟音が耳に届く距離に辿り着けば、目の前に広がるのは深層海流へと潜り込む巨大な表層海流の滝だった。

 

「すごい」

「ぐま」

 

 初めて見る海の滝は想像よりもずっとダイナミックで、前世では決して見ることが出来ない光景だった。

 だって、こんなシャボンで覆われた船なんて存在しない。潜水艦でも有人でここまで潜り、かつこんな広い窓で景色を見る事なんて叶わない。

 

 この世界の住人はきっと生涯知らないだろう。海の奥底を目視で見られることが、どれ程希少なのかを。

 

 もっと見たい。

 この世界特有の、おれの知らないものを、もっと。

 

 ああ、これだから遠くに行くのを止められないんだ。

 

「このまま滝の流れに乗る。しっかり掴まってろよ!」

「わかった!」

 

 転落防止の柵に腕を巻き付けるようにしてしがみつき、危険な旅だというのにおれの目は期待で爛々としていた。

 

 

***

 

 

 降りた先の暗い深海でも魚達に襲われることは多かったが、運の良いことに海底火山は大人しかったので前半よりはスムーズに進んでいった気がする。襲撃に慣れたともいう。

 最後に海溝を下降して行くと、下から明るい光が差し込んできた。なんで光?

 

「んん~?」

「わはは、わからねェか」

「む、ソルは初見の時わかったの?」

「わからなかった!」

「威張るな」

 

 首をひねっているおれにソルが楽しそうに声をかける。おい、お前それ初見でわからなかった仲間がいるって笑いだな?

 何故か堂々とわからないと答えたソルの後頭部をレイリーが叩く。

 

「この光は陽樹イブという樹の影響なんだ。この樹はレッドラインの上に生えているのだが、根がこの一万メートルの深さまで届いていてね」

「そんで、この樹には幹の中で光を通すっつー性質がある」

「へー、だからこの深海まで光が届いているのか」

 

 次第に強くなる光におれは目を細める。深海の暗さに慣れた目には少々辛いが、光を見ることで安心感も覚えた。

 

 完全に海溝から抜けた先には、光に包まれた海があった。

 先程話に上がった陽樹イブの根と思わしき太い柱が並び立ち、魚や鯨の群れが悠々と泳ぐ。その間に山よりも大きな珊瑚を覆う巨大なシャボンが陽樹イブの根にくっついて佇んでいた。

 シャボン、つまり空気があるのか。

 

「そっか、この明るさなら植物──海藻かな、光合成もできるんだ」

「それもあるが、大半は陽樹イブからの供給らしい」

 

 空気まで送れるのかこの樹は。ハイスペック過ぎる。一度地上部分を見てみたいなぁ、これだけ太い根っこを持っているんだ、さぞ描きがいがあるだろう。

 レイリーに指示された通り魚人島のシャボンのゲートの方向へ船を進ませる。先ずは入国手続きがあるらしい。そうだな、この国に辿り着く大半は海賊だろうし……あれ、おれ断られない? 大丈夫なのこれ?

 

「白ひげ海賊団のヘーマ殿ですね」

 

 大丈夫だった。

 

 ゲートの近くに来た途端、すいっと人魚や魚人の兵士が船を囲んで、険しい顔がおれの顔を見るなりコロッと友好的なものに変わった。どうやらおじい様やお父様が手回ししていたらしい。

 

「過保護だな」

「いやこれは……やらかしたらわかってるな、という通告だね」

「ああ……次は本気のゲンコツが落ちるのは確実だな」

「お前達……」

 

 多分、おれ達がリュウグウ王国に迷惑を掛けるかもしれないから、とかが理由な気がする。根拠はおれとソルのモビー・ディック号での所業。

 

 レイリーの残念なものを見る目がおれ達に突き刺さって痛い。

 

「なーに、今回は杞憂に終わるよ。魚人島に迷惑をかける予定はないからね」

「まったくだ、おれ達は観光に来ただけだぜ?」

 

「「まあ、向こうから来たら話は別だが」」

「そこだろう懸念されてるのは」

 

 船が誘導されている時のおれ達の呟きに、レイリーは冷静に指摘した。いやぁ、その通りなんだけどな。

 

 ゲートを抜け魚人島内部に入ると、陸地と海の部分があるようで通常の島のように空があり、遠目だが岸辺にいくつもの船が停泊しているのが見えた。

 殆どが海賊旗を掲げているけど、魚人島の観光業は海賊相手が主なんだろう。あの道中は熟練の商船しか通れないだろうから、一般の観光客では旅費がとんでもなく高額になるだろうな。

 

 岸辺に近づくと此方に気付いた人魚の兵士が三人空中を泳いで寄ってきた。腰より若干下にシャボンの浮き輪をつけている。へぇ、これで移動できるんだ。

 

「話は伺っております。船の係留はこちらでお願いいたします」

「案内ありがとうございます」

 

 全員地面──近くで見たら珊瑚だった──の上に降り立つと、仮面のピクテルがイオンオーデー号をスケッチブックに仕舞い込む。突然消えた船に驚いていた兵士の人は、すぐに能力者の方でしたかと平静を取り戻していた。

 流石はグランドライン中間地点の国、悪魔の実には慣れているらしい。

 

 さて、ようやく着いたぞ魚人島。何処かに観光ガイドブックとかないかな、案内所とかあるならそこで聞けば貰えるだろうか!

 まだ見ぬ名所と美味しいものに期待を寄せて建物が集まっている場所に移動しようとしたおれに、誘導してくれた兵士の人が声をかけてきた。

 

「ヘーマ殿にある方から伝言を承っています。海の森で待つと」

「海の森?」

 

 ある方、はなんとなく予想がつくけれど、海の森とはどのエリアなんでしょうか。これはますます観光ガイドブックが必要だなとこの後の予定を立てていたおれの隣で、ソルが「ああ、あそこか」となにやら知っている様子を見せた。

 

「おれが場所を知ってるから大丈夫だ。早速行こうぜ」

 

 待っておれまず観光ガイドブックがほしいんだけど。あっ、でも魚人島の地図って売ってなかったりするのかな、そもそも本屋とかあるんだろうか。あったとしても輸入が難しそうだから高価かもしれないけど。

 

 海の森がどんなところなのか聞いてみても「そりゃ見ての楽しみだろ」と笑うだけでソルは教えてくれなかった。確かにそうなんだけど、こう、先に想像する楽しみとかもあるだろ。

 

「ヘーマ、私は街で待っているよ」

「レイリーは行かないの?」

 

 いざ動き出そうとしたとき、レイリーが待ったをかけてきた。えー、紹介しようと思ったのに。

 

「想像だが、知り合いはあまり姿を見せられないのだろう? 初対面の私がいると余計な気を使わせるだけだろうからな。なに、暇つぶしには事欠かないさ」

「そっか……若い女の人がいっぱいいるところか賭け事のところに迎えに行くね!」

「……」

「理解度高いな」

 

 ちゃんと見つけるよ、とおれが拳を握り締めるとレイリーはとても複雑な表情でおれを見返した。おれ何か変なこと言ったか?

 

 二手に分かれて魚人島の南東にあるらしい海の森へソルの先導で向かう。途中でソルがシャボンが出るという珊瑚を購入し、時折美味しそうな匂いに大元をチラ見しつつもソルはテクテクと迷いなく進んでいく。

 なお、おれはチョロチョロと何度も寄り道をするため、ソルに捕獲──もとい抱えられている。

 

「……なあ、あの店のお菓子とか手土産に良いと思わない?」

「後でな」

 

 完璧に黙殺されてこそいないが、全却下である。くそう。

 搬送されながら眺める島の内部は、魚人や人魚の他にも人間の姿が少なくない。大抵ゴツイ男だが、線の細い女性も見受けられる。海賊に女性がいないわけではないけど、白ひげ海賊団にはいないからおれには珍しく感じる。

 段々人気が少なくなり、もしかしてもうすぐ着くのかなとおれが考えていると、船を降りた場所付近……すなわち元の岸辺に出た。何故。

 

「戻ってきたけど南東に行くんじゃないの?」

「行くぞ?」

 

 どうやら魚人島を出て海を潜って行くらしい。島の中の南東じゃあなかったのか。さっき買ったシャボンはそのためかと聞けば、そうではなくバスに乗って行くようだ。

 あーなるほど、バス停に向かっていたんだな。バス、国の外でも定期的に巡回してるんだ。

 

 お魚バスというらしく、大きい魚が背中にシャボンを背負い、乗客はその中の座席に座るシステムだった。なにこれすごくファンタジー。これは後で再現できそうだから、時間が空いたらやってみようっと。

 

 街の空中を水路の道が整備されていて、高いところから観る街の景色を楽しんだ後、バスは魚人島の外に出て行った。

 バスの背に揺られることしばらく、珊瑚が群生している場所におれ達は辿り着いた。

 

 一際まばゆく降り注ぐ光と、照らされる緑の木々のような背の高い珊瑚。花畑のように広がるカラフルな珊瑚の合間にいくつもの廃船が転がっている上を、悠々と泳ぐクジラ達の群れ。

 あの背の高い珊瑚の中に入れば、きっと森のような木漏れ日が差し込むことだろう。なるほど、海の森とは納得の呼称だった。

 

「気に入ったか? お前ならこの景色を描きたがると思ってよ」

「あ!」

 

 美しさに見惚れているおれに背後から誰かが声をかけた。その懐かしい声に振り向けば、珊瑚の樹の後ろからひょっこりと見知った顔が現れておれは喜色を浮かべた。

 

「タイガーさん! 久しぶり!」

「ああ、久しぶりだ。ソルも元気そうだな」

「おうよ、お前もなタイガー!」

 

 はるばる会いに来た目的のひとつ、タイの魚人である友人がひらりと手をあげているのに合わせて、おれ達も手をぶんぶんと振りながら駆け寄った。

 

「……ところで二時間ほどスケッチしてもいいかな!」

「後にしろバカ野郎」

「相変わらずだなお前……」

 

 美しい珊瑚達を指差してうっかり欲望を口にしたら、スパンとソルに手の平で頭を叩かれた。冗談だって。

 

 

 

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