出会いは落ちてくる
『──それで、セントポプラ行きとは全然違う船に乗ったってか』
「ハイ、そうなります……」
お父様の声と電伝虫の呆れた表情に、おれはしょんもりと落ち込んだ。
白ひげ海賊団が実家となってから半年後、おれは世界を回って絵を描く旅を始めた。
もちろん子ども一人だけの旅は非常に危険なので、おれの知識と身を守る手段、逃走手段がある程度身についたとテストを受けてからの決行だ。
おれはまだ白ひげ海賊団と認識されていないから、人攫いに気をつけておけば、公共の定期船を利用できる。一定の間隔でモビーディックに帰ること、定期的に電伝虫で連絡を入れることを条件に、おれはこの世界を旅している。
一度、無事に船まで帰ってこれて、おれもお父様たちもちょっと安心した矢先に──港で船を乗り間違えるというミスをした。
いやー、行き先が違うだけの定期船でよかった。漫画の最初に出てた眼鏡の少年、確か漁船と間違えて海賊船に乗ったんだろ?
おれもそれになる可能性があったと理解したときはゾッとしたもんな。
「乗ってしまったのはもうしょうがないから、これも縁だと思って観光を楽しんでくるつもり」
『開き直るしかねぇのはわかるが、もうちょっと反省しろよい』
「次回がないようにします!」
ほんとかねぃ、と疑わしそうに見てくる電伝虫に、おれのこころが傷ついた。
すでにお父様の中でおれの信用が低下している。アホやったおれが悪いんだけど、とてもつらい。
『それで、どこに向かう船だったんだ?』
「えっと、エレジアっていう音楽の都で有名な国だって」
演奏風景とかコンサート用の建物とか珍しい楽器とか描きがいのありそうな国だよ、とお父様に力説したら、余所見して転ぶなよい、と窘められた。
ねえ、おれ実はお父様たちの前で転んだことないよ。知ってる?
それから一月ほどの航海で、おれはエレジアに辿り着いた。船の中でも乗客の人たちにお願いして絵を描いていたけど、やっぱり街並みが歴史がある感じでとても良いね。
航海中に仲良くなった船員さんに挨拶しながら、ウキウキで船を降りると、音楽の街と有名なだけあって、色んな楽器の音がそこら中から聞こえてきた。
結構な音量で曲がバラバラにもかかわらず何故か不協和音になっていない。うわ、もしかして皆即興でアレンジし合っているとか……すごいな。
ほわー、と観光客感丸出しで歩いていると、くすくすと通りすがりのお姉さんが笑っていた。
おっといけない、童心にかえりすぎた。
まずは宿を確保してから探索に踏み切ってみよう。おれは手っ取り早く屋台のおっちゃんにおすすめの宿を訪ねることにした。
* * *
さて、本日でエレジア滞在一週間が過ぎた。
美味しいものを食べては絵を描き、綺麗な音楽を聴いては絵を描き、住民の人と仲良くなっては絵を描きと、ずっと絵を描いているおれは音楽が主体のこの国でもそこそこ目立っていた。
毎日どこかしらで絵を描いていればまあ、目にはとまる。
似顔絵描きの仕事をしてみたところ、楽器を弾いている姿を描いて欲しいという要望が多かったけど、とても楽しく懐も温かくなった。
初日に宿を聞いた屋台のおっちゃんが売っている、野菜とハムが挟まったハードパンのサンドイッチを持ってベンチに腰掛ける。
今おれがいる場所は国の中でも高低差があるエリアで、段々の土地が続く場所だ。見晴らしも良く街並みと青空と海がとても爽やかな景色。
サンドイッチを食べ終わったら絵を描こう、と手に持ったそれにかぶり付こうとしたとき、上の方からあっ、という人の声が聞こえた。
あ?
上を仰げば、背にした高い壁の端っこ、頂上のあたりに身体全体が見える女の子──落ちてらっしゃる!?
手に持ったものを放り出して、慌てて落下地点まで走る。途中で怖くなったのか強く目をつぶっている女の子を、どうにかひっくり返して受け止め、おれは反動で尻餅をついた。
あいたた、よし、女の子の身体はどこにもぶつけてないな、セーフ。……おれのサンドイッチはご臨終だけど。
ベンチの近くに中身が盛大に散らばったサンドイッチ(残骸)を見つけ、一口も食べられなかったことを嘆いた。さらばおれの昼飯、ごめんよおっちゃん。
「きみ……ねえ、お嬢さん。何処か痛いところはある?」
両腕で抱えた、もう安全だと気付いていない女の子に声を掛ける。いつまでも衝撃が来ないことに気付いたのか、うっすら目を開けた女の子に、おれは安心させるように笑いかけた。
「もう地面についているよ。なるべく気をつけたけど、どこか怪我していないかな」
「……」
「……あの?」
「ナイデス」
驚きが抜けないのか呆然としている女の子の顔の前で、ひらひらと手を振るとハッとした後に妙に片言で女の子は頷いた。わたわたと彼女が立ち上がり、おれも立ち上がって服に付いた土を払う。
「助けてくれたんだよね……ありがとう」
「無事で良かったよ。この辺は高低差が大きいから気をつけてね」
もじもじとお礼を言う女の子は、たぶん今のおれと同じくらいの年齢だろう。特徴的な赤と白のツートンカラーは自前だろうか。この世界はだいぶファンタジーだからあり得そうだな。
「あの、私は──」
「「「ウタァァァァァッ!!?」」」
絶叫と言っても良い、成人男性の叫び声が聞こえてきたと思ったら、上から何か大きな影が複数落ちてきた──なんで高所からの落下を選択する……そこに階段があるんだから使えよ。
おそらく女の子の身内の方だろうな、と当たりをつけて見守っていれば、全員無事に着地していた。この壁六メートルはあるんだけど、全然足が痛そうに見えない。ほんとなんなのこの世界の住人、頑丈すぎる。
「怪我は!?」
「意識はあるな、ホンゴウみてくれ!」
「え、ちょっと、私へいき──わぁ!?」
「足見せろ」
わらわらと女の子の傍に集まってきたので、後ろに下がってスペースをつくる。一人が女の子を抱えたと思えば片足を掴んで上にあげたため、おれは素早く顔を逸らした。
そこのお兄さんたち、スカートの女の子にそれは酷だぞ。
「なにすんのホンゴウさんのバカァッ!?」
「いだっ!?」
顔を逸らしているおれに気付いたのか、女の子が怪我の確認をしていた緑色の髪のお兄さんを殴ったらしい。
見えてないから正確な所は不明だが、周りのお兄さんたちが顔面……とつぶやいていたので、女の子は躊躇なく一番近い部分を攻撃したのだろう。
怪我はないから、と声を荒げてから、女の子はおれに向かって駆け寄ってくる。視線を戻すと女の子の顔が赤い。羞恥と怒りによるものだろう。
「あの、私はウタ! ……あなたは?」
「おれはヘーマ。あのお兄さんたちは身内の人?」
「うん。……あっ、強面もいるけど怖くないよ!」
「あは、そんなこと思ってないよ。仲良さそうだなって見てただけ」
確かに強面な人もいるけど、それは白ひげ海賊団でとっくに見慣れている。むしろうちの方が怖いんじゃないだろうか。まあ、さっきから『オマエダレダ、ウチノムスメトドンナカンケイダ』とばかりに圧力掛けられているけど。女の子──ウタちゃんには気付かれないようにしているあたり、とても器用だなとは思う。
「ウタ、その子は」
「落ちた私を助けてくれたの!」
「なに!?」
一番圧力を掛けていた赤い髪のお兄さんの問いに、ウタちゃんは元気に答える。その言葉を聞いて今度はおれを囲み始めたお兄さんたち……退路絶つのはやいなぁ……格好からして海賊みたいだけど、あまり民間に迷惑を掛けない方だといいなぁ。
「坊主、名前は……ヘーマだったか」
「そうですが、あの」
「おれたちの娘を助けてくれてありがとう」
赤い髪のお兄さんが頭を下げると、他のお兄さんたちも倣った。
囲まれながら背の高いお兄さんたちに頭を下げられると、大変威圧感があることに気付いていないあたりは、大雑把な人たちっぽいけど……身内思いの人たちってことはわかった。なら、まあ大丈夫だろ。
おれはお兄さんたちに頭を上げてください、と促す。
が、赤い髪のお兄さんがまったく動いてくれない。他のお兄さんは上げてくれたのに。
「ヘーマがいなかったらウタはそのまま落ちていた。そうなりゃこの高さだ、怪我だけじゃすまなかったかもしれない……」
「あっ、ダメだ。このお兄さん落ち込みすぎておれの話を聞いてない。あの、感謝は受け取りましたので頭を上げて貰ってもいいですか」
「ウタァ……」
「泣いた!? もしかして想像で!? お兄さん見て現実のお嬢さんの無事な姿を!」
おれが慌てて周りに助けを求めると、他のお兄さんたちはあー、と声を出すだけで放置している。
ねえ、このお兄さんに対して雑じゃない?
助けの手が来ないことを理解したので、ポケットからハンカチを取り出して赤い髪のお兄さんの目元に当てる。
……けっこうボロボロ泣いてるな、そんなに娘を亡くしていたかもしれないって想像が辛かったのか……まあ、辛いよな。
おれもお父様やおじい様たちがそんなことになったら……あ、泣く。これ以上想像したら泣く。ストップストップ。
「今回は間に合いました。次は気をつけてくださいね」
「ああ……」
「ほらひとりで泣いてないで、さっさと、お嬢さんを抱きしめる! 彼女が一番怖かったんですから」
赤い髪のお兄さんの頭を掴んで顔をウタちゃんに向ける。泣きそうになっている彼女に気付いたお兄さんは、目に留まらない速さで娘さんを抱きしめた。よしよし。
「ごわがっだよジャングズゥー!!」
「ごめんなヴダァー!!」
「お頭が悪いな、大の大人が泣き出して困ったろう」
「や、気持ちはわからなくもないので」
おいおい泣いている二人を見て、残りのお兄さんたちは笑っていたりおれに話しかけてきたりする。
たばこの香りがするお兄さんはシーザーとはまた別のプレーボーイの雰囲気……さぞかしモテそうだが同時に転がしてそうだ。
「ヘーマだっけか、いくつだ?」
「九歳です」
「おっ、ウタと同い年か」
しっかりしてんなぁ、とヘアバンドを付けたお兄さんが頭を撫でてくる。ウタちゃんがいるから子どもに慣れてるんだろうなぁ。ノリがウチの海賊団を彷彿とさせて妙に落ち着く。
さて、親子の交流を眺めて居続けるのもなんだし、おれは退散しようか。──まずはあのとっちらかったサンドイッチを片付けなくては。
風で飛んでいた包み紙を植え込みから見つけ、その中に地面に落ちた具材をひょいひょいと入れていると、おれの近くで黒い帽子のお兄さんがしゃがみ込んだ。
「なあ、もしかしてソレ、ウタを助けるときにダメにしちまったのか?」
「えっと」
「やっぱりか。おーい、お頭ァ、こいつ昼飯ダメにしたらしい」
「わっ!」
気にしなくて良いと伝える前に、帽子のお兄さんはおれを抱き上げた。これは子ども抱きに慣れてらっしゃる、というかなんでおれ抱っこされたの?
これお前の? とスケッチブックや衣服等が入ったカバンを指さされてうなずく。おれを右手に、カバンを左手に抱えて帽子のお兄さんはウタちゃんたちの所まで移動した。
「「「うわっ、絵面が誘拐犯」」」
「テメェら全員ブチのめされてェか!?」
全員にひどい感想を言われて怒鳴る帽子のお兄さん。ラフな格好と言えばいいが、どちらかというとヤンキーっぽいお兄さんと、ピクテル監修の貴族の子息のような格好のおれ。
これはもう、そう見えてもしょうがないとしか……。
「わるいわるい、で、昼飯がどうしたって?」
「そっちにサンドイッチがひっくり返っててよ、たぶんウタを助けるときに放り出したみてェ」
「あー、ホントだ」
「じゃあウチで飯食ってけ!」
「え」
目元が赤いままニカッと笑う赤い髪のお兄さん──お頭さん。
ゾロゾロとみんな高台を降りはじめておれは慌てて帽子のお兄さんの肩を叩く。いやおれ返事してない、オッケーもノーも伝えてないぞまだ。
サンドイッチも片付けてないんだけど。
「あの、降ろしてください」
「ダメだ。お前逃げるだろ」
「逃走防止なんですかこれ!?」
至極真面目に言われる。カバンという物質も取られているから確かに逃げ出せない。いや、ピクテルを使えばいけるがこの人たちに見られるわけには。
オロオロしているおれの頭を、たばこのお兄さんが軽くポスポスと叩く。
「諦めろ。あと出来れば大人しくしてくれ、誘拐の現行犯にしか見えねェ」
「坊主の顔が良すぎるからなァ、誰が抱えても問題があるってすげェな」
おおう、一切おれの意見を聞く気がないな! 流石主人公の憧れる人物たちだわ、強引すぎる。
頑なに内心でも彼らの名前を呼ぼうとしていないが、おれだって流石に気付いている。漫画の一話目に出てくればな、そりゃあ印象が強いってもんだ。
赤髪海賊団、漫画で一番最初に登場した海賊で、主人公の友人であり恩人。
前方を歩くお頭さんの赤い髪をじっと見つめた。彼の左目には三本並んだキズがあった。そして両腕が健在であるため、いまは漫画の第一話が始まる前だと思われる。
運ばれているうちに、彼らの目的地だろう港についた。そこに停泊しているのは一隻の船、マストの先に掲げられているのはジョリーロジャー。予想は外れることは、なかったらしい。
「海賊船……」
「強引で悪いな、みすみす恩人を逃すわけにはいかねェだろ?」
ウタちゃんを抱えたまま振り返り、楽しげに笑うお頭さん。恩人なら逃がして欲しいと思うのはおれだけだろうか。
別に、彼らが心底嫌だというわけではないのだけど。おれは実家が白ひげ海賊団なので、据わりが悪いというか。
「やっぱり誘拐犯で間違いないのでは」
「この島から連れ出してないからセーフだろ!」
「現時点でアウトです。……わかりました、ご相伴にあずかります」
悪びれもしない相手に拒否しても何も進まないし、おれは飯を食いっぱぐれてお腹が空いた。貸しの支払いに奢ってくれるというのだから、存分に飲み食いして清算してしまおう。
おれが白ひげ海賊団に縁があることは隠しておく。赤髪海賊団の立ち位置が分からない以上、もし敵対しているのなら碌なことにならないからな。そもそも別の海賊団なのだから、敵船ということには間違いない。
抱えられながら船に乗り込むウタちゃんと、抱えるお頭さんの姿を見つつ、吐きそうになった息を飲み込んだ。
ところで、赤髪海賊団にルフィと年の近い子どもっていたっけ? おれが覚えていないだけ?