群青色を押し花に   作:保泉

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手札をばらまく

 

 

 もぐもぐと口の中に入った食べ物を咀嚼する。クラゲの酢の物のコリコリとした食感が久しぶりで楽しい。

 リュウグウ王国の食文化は和食に近いのか、お膳に徳利なんてこの世界で初めて見た。飲食店で箸や飯椀は普及しているようだから、おれが見たことがないだけかもしれないけど。

 

 目の前のお膳に盛られた料理の量は大盛りで、それをおれの口に運ぶ速度は相変わらず遅い。昔より量を食べられるようになったとはいえ、未だにおれの食事量は一般的な子どもよりも少ないからだ。元々ゆっくり食べることが長年の習慣であることも理由だろう。

 

 丁寧にゆったりと食べ進めるおれを見下ろす興味津々な視線を感じつつも流し、おれは口の中のものを飲み込んだ。

 

 

 電伝虫越しだというのに疲労困憊のネプチューン王を見かねて、興奮しきっているゴードン様を宥めた後。おれ達四人は王宮に招待された。

 

 なお宥める際に、リュウグウ王国としても話し合いが必要だからと、おれからひと月の時間を提案したところ、ゴードン様は思いの外あっさりと引いた。

 

 ごねられるかと身構えていたんだが、交流の可能性があるのならと施政者らしく態度を切り替えており、あのエレジアで引くことが出来る人だからこそ国王になっているのかな、と想像したくらいに穏やかな声だった。

 

 そうだった、エレジアの最後の良心だったわゴードン様って。

 

『ヘーマ君達を王宮に招待したいのだが……』

『あっ、今日はタイガーさんと宴する予定なので申し訳ありませんが、またの機会ということに』

『なるかバカタレ』

『いたっ!』

 

 その後、ネプチューン王から王宮に招待したいと言われたが、すでにタイガーさんと宴をする予定が入っていたので断ると、タイガーさんから頭にビシッとチョップを入れられた。痛い。

 

『宴か、ならばタイガーも招待するんじゃもん』

『……巻き込むンじゃねェ』

『あっ……ごめん』

 

 おれの回答に気を悪くするどころか、ネプチューン王は何故かウキウキしていた横で、タイガーさんが項垂れていた。

 

 国に迷惑をかけないように海の森で暮らしている彼をどうにか入国出来るようにしたいとネプチューン王は今まで色々考えていたが、ガタイの良いタイガーさんをこっそり入国させることができずやきもきしていたらしい。

 

 そこで、キャンバスで人を運べるおれの出番である。更にはおれが予定としてタイガーさんの名前を出したことで、ここぞとばかりに口実を作られてしまったらしい。おれはすっと彼に頭を下げて謝った。

 

 おれも嫌、そしてタイガーさんも嫌ならと尚更承知するわけにはいかないと首を横に振っていると、ジンベエさんがオトヒメ王妃になにやら耳打ちしていることに気が付く。

 おれがそれに気づいたと同時にオトヒメ王妃もハッとした顔をして、おれに向かってニッコリと笑った。おう……凄味が。

 

『是非王宮にいらっしゃって。私達の絵を描いてくださいませ』

『喜んでー!』

『『『エエーッ!?』』』

 

 居酒屋の店員の相槌の如く、晴れやかな笑顔でぐりんと手の平を返すおれに、その場にいたおれの悪癖を知らない人が驚愕していた。いや、王族を描く機会は逃せないだろ。

 

 

 そうして今にいたるのだが、本来落ち着いた雰囲気に包まれている筈の王宮の奥、王族達のプライベートエリアでは、人数は少ないというのにギャハハと下町の酒場のような笑い声が聞こえていた。

 

「そこでヘーマが『そんなもん怖くて海賊なんかやれるか』って啖呵を切ってな!」

「改めて考えても九歳のガキの啖呵じゃねぇよなァ」

「度胸がある子じゃな」

 

 この原因はきっとソルとレイリーだ。おじい様のご友人である時点で薄々気づいていたが、ネプチューン王は現役時代の彼らとも友好があったらしい。

 現在は何故かおれの話題で盛り上がっているみたいだから、あちらに絶対に近づきたくない。

 彼はソルの正体に気づきつつも黙っていてくれるようで、時たまチラリと視線を寄こされる事があった。黙秘しまーす。

 

 ジンベエさんは今日の騒動の関係で後処理があるらしく宴に不参加だ。ソルはともかくレイリーとは初対面だし、タイガーさんは大丈夫かとチラ見していたら気づいた彼に苦笑いされてしまった。

 

「ミネラル水をどうぞ」

「ありがとうございます、フカボシ王子。いただきます」

「ケーキもあるよ、取りわけようか?」

「いいえリュウボシ王子、今はお料理だけで充分です」

「遠慮しないでね~」

「お気遣いありがとうございます、マンボシ王子」

 

 アルコールが入った大人同士が盛り上がる横で、何故か王子様方にせっせと世話をされるおれ。何故だ。

 

 何だろう、この雛にエサをあげている子どもみたいな構図。おれは人魚にとってヒヨコだったというのか?

 いや、チラ見した街の様子だとおれより小さい人魚はいたから、単純な体格とかそういうものではないのかもしれない。

 まさか、ピクテルがおれをオトヒメ王妃のお召し物に似た服に着替えさせたこととかが、何かしら影響していたりするのだろうか。実はこの服は幼い子供が着る服だったりして。

 

「お姉様、あのくだものもおいしいのですよ」

「そうなのですね。教えてくださりありがとうございます、しらほし姫」

 

 頬を染めてぱあっと笑うしらほし姫にお姉様と呼ばれて、絶対に顔に感情が出ないように努めたおれは、なかなかすごいと思う。うん、幼児にとって母親と似た格好の人はみんな女の人だよな、うん、わかっているから悲しくないぞ。

 

 一人ダメージを受けているおれの頭を、白魚の手がすっと髪をすくうように撫でる。ちらりと隣を見上げれば、慈愛の目でおれを見つめるオトヒメ王妃の姿。美人。

 

 時折、彼女はおれの頭を撫でてくるのだが、そのタイミングが相当ピンポイントなため、この方はかなり見聞色が強いのだとわかる。言葉のひとつひとつが全部バレてるわけじゃないんだろうけど、感情が全部モロバレしているみたいだ。

 お子様はそっちだとソル達にのけ者にされたときや、しらほし姫に性別を間違えられたときなど、おれが落ちこむとそっと白くて細い手が伸ばされ、おれの頭をさりさりと撫でる。

 

 女の人に頭を撫でられるのは久しぶりで、思わずおれがはにかんでいると、撫でる手が横から増えた。……やっぱり小動物扱いされている気がする。

 

「王子様方はお幾つなのでしょうか?」

「私達ですか?」

 

 おれを小動物扱い……つまり子ども扱いするほど年上なのかと年齢を聞いてみると、フカボシ王子は四つ上、リュウボシ王子は三つ上、マンボシ王子はひとつ下だった。

 ひとつ下のマンボシ王子でさえ、種族的な体格の差でどう見てもおれが年下に思われるだろう。うらやましい、おれも立派な体躯になりたい。

 

 袖を捲ってひょろっとした自身の白い腕を見る。ほんっとうに筋肉つかないんだよな、この身体。大人になってもこの感じだとすれば、前世とは違い相当体格がひょろひょろになりそうなんだが。今でさえルフィよりも腕細いんだぞおれ。

 

 ……もしかして、今生でピクテルの選ぶ服が女性よりになっているのはこのせいか。筋肉がつけば男っぽい服も着せてくれるのか。

 先が長すぎるので、せめてジェンダーレスな服を希望する。今おれが着ているようなフリフリはどうか止めて欲しい。控えめな装飾で頼む。

 

「あら、あまり今のような服は苦手なの?」

「ええ、まあ、おれ男なので」

「「「えっ」」」

「えっ?」

 

 王子達に一斉に驚いた顔をされた。……あっ、もしかして小動物扱いではなくて姫扱いだった……?

 

「申し訳ない、その、格好が女性が身に纏うものだったのでつい!」

「結い上げ方も姫君のものだったから……えっと」

 

 衝撃に耐えかねてごめん寝状態になって落ちこむおれにアワアワと焦る王子達。なあ、ピクテル。服は兎も角、やっぱりこの長い髪やめない? 嫌? そっかぁ。

 

 おれのお膳の横でサラダをはむはむ食べている電伝虫の受話器を持ち上げて、プッシュボタンを素早く押す。

 プルルルル、と鳴き始めた電伝虫に気づいた大人組も、此方を向いたのか視線を感じる。

 もしもし、と安心する声が聞こえたところで、おれは心の叫びを口にした。

 

「どうしたら誰が見ても男だと思われるかなぁ!?」

『……まず服を変えたらどうだい』

「ですよね!!」

 

 電話口のお父様に呆れた声で正論を返され、おれはパタリと床に倒れた。それはわかっているんだよ、おれにとって実行する難易度が高すぎるだけで。

 

「その声はマルコじゃもん?」

『……おいヘーマ。今どこにいるよい』

「リュウグウ王国の王宮にある王族のプライベートエリアです」

 

 ぐでんと転がったまま投げやりに答えると、深々と息を吐く音が聞こえてきた。『オヤジを呼んでくる』と伝えた電伝虫が黙った後に、おれは電伝虫を抱えて大人達の集まる場所によろよろと移動した。

 

 ん~、なんか真っ直ぐ歩けないな、と統制が利かない身体にふわふわした思考で疑問に思う。

 フラフラとよろつくおれの足取りに、見かねたのかソルがおれを回収して膝に座らせる。くん、と鼻をひくつかせた後に、あちゃー、とソルが額に手を当てているが、どうしたのだろうか。

 

「酒の匂いがすんな、間違えて飲んだか」

「うー」

 

 さけ、お酒。飲んだ覚えはないけども、もしかして料理で使用されたアルコールに負けたとか?

 いやいや、そんなのいままで食べたことがあるけど、こんなになったことないぞ。

 

「あっ、このコップに入ってるの銘酒だよ兄上様!」

「えっ、そんな、そこの水差しの水を注いだのに!」

「水差し……? ワリィ、それさっきおれが酒を入れたヤツだ」

「何やってんだバカ」

 

 何かソル達が言っているようだけど、耳に水が入ったみたいにあまりよく聞こえない。唯一聞こえた寝とけ、との言葉の後に目元を隠されて、おれはすぐに眠りについた。

 

──それで今は寝ちまってんだ。

──酔って電話してきたのかよい。

──おれの孫がすまねェな、ネプチューン。

──迷惑にもなっておらんよ。こちらこそ子どもに酒を飲ませてしまってすまんな。

──まさか酒に弱ェとはなァ。

 

 なんかおれについて謝りあっている声が聞こえた気がした。

 

 

***

 

 

 おれが目を覚ますと、寝ていた場所は知らない部屋のベッドの上だった。

 どうやら昨日は寝落ちしたみたいだ、部屋まで誰かが運んでくれたらしい。天幕の張られたベッドは、人間用にわざわざ用意されたものだろう。普段は海水が満ちている筈のゲストルームは、どこも地上のように整えられていた。

 洗顔用なのか、サイドチェストに水の入った洗面器とタオルが置かれている。エレジアでも王宮に泊まったことなんておれはないからこれが標準なのかどうかもわからないけど、至れり尽くせりで大変ありがたい。

 

 パシャパシャと顔を洗った後、ピクテルによって服を着替えさせられる。昨日のオトヒメ王妃に似た服に加えて今日は髪型までセットされている……ハーフアップで花魁の如く蝶のように結われていた。かんざしはついていないけど。

 

 女官さんに案内されて、おれは朝食の場に移動するんだけど、ソルとレイリーは兵士さんに案内されていたんだが……違いに突っ込む勇気がおれにはなかった。伏せておいた方が良い事実ってあるよね。

 

 美味しい朝食を満喫した後は絵を描くことに集中した。

 ただ、絵を描くとしても湿度の高いリュウグウ王国では油絵の劣化が早くなる。普段は王宮内に海水が満ちているなら、長期保存するには地上以上に管理の手間がかかってしまうだろう。

 

 そんな喜ばれない絵を描いても、自己満足で終わるなら意味が無い。さらにアクリル絵の具の場合は、湿度が高くて硬化しない可能性もある。

 

 うんうんとなにか方法がないかと唸って、ふとおれはある美術館を思い出した。世界の名画を原寸大で再現した、陶器だけの美術館を。

 

 実際には、陶器はその性質上カビが発生し易いためつるりとしたタイルの方がいいだろうが、普通の油絵よりは遥かに耐水性がある。

 これだとおれは頷いて、ピクテルのスケッチブックに鉛筆を走らせた。

 

 

 

***

 

 

「全く、昼食も取らずに描き続けているとは」

「道理で見かけねェわけだぜ」

 

 王宮の廊下を歩くレイリーとソルは、朝食の後から姿が見えないヘーマを迎えに行くところだった。

 いつものようなデッサンではなく本気で描くからと人払いをしていたようで、兵士達が近づけなかったらしい。昼を大分過ぎても部屋から出てこないと心配を露わにして彼等はソル達に訴えてきた。

 

 時刻は既に夕方、せめて夕食だけは取らせないといけない。

 コンコンと部屋のドアをノックしても反応はなく、鍵も掛かっていなかったためソルはノブを回す。

 

 部屋の中は奥にベッドが、手前には椅子とテーブルが置かれている。その椅子に座って入り口に背を向けたまま、ヘーマはイーゼル(画架)に固定したスケッチブックに向かって手を動かしていた。

 

「ヘーマ、メシにしようぜ」

 

 ドアを開けた音にも、ソルの声かけにも反応しない。少年の耳に届いていないことを直に見て、すごい集中力だなとレイリーは賞賛と呆れを混ぜた声を出した。

 

「無理矢理止めるのはな、変なところに筆が当たれば本気で殴られそうだ」

「あいつ絵に関してだけは導火線短ェからな……お、そうだ」

 

 何かを思いついた顔をして、部屋のドアを閉めて完全に中に入ったソルは、ヘーマに向けて範囲を調整した覇王色の覇気を本気でぶつけた。

 拡散させず、対象を絞って放たれたそれはあまりの強力さに隣に立つレイリーにさえ影響を与え、ビリビリと空気が震えることを肌で感じる。

 

 これくらいすれば流石にヘーマも気づくか気絶するだろうと、荒っぽいが成功の見込みがあっての実行だったが。

 

 ──その思惑とは裏腹に、少年が振り返ることはなかった。

 

「ロジャー」

「……全力でぶつけたぜ。意識が飛んでもかまわねェくらいにな」

 

 レイリーはソルの手加減を疑ったが、ソルは険しい顔で否定する。

 手合わせでぶつけているものより数段上の、本気で全力の覇気をあてたというのに、ヘーマはまるでそこに見えない壁があるかのように、なにも反応を返さなかった。

 

 「まずいな」とレイリーが呟いた。子どもの絵を描くときの集中力の高さは知っていた。スケッチ中に声をかけても反応が遅いことはざらで、集中しているヘーマに弟達がぶつかって驚かす姿を何度も見かけた。

 

 だが、二人ともここまでとは思っていなかった。まさか自分の命が脅かされていても、絵を描くことを止めないとは。

 

「ニューゲートの船でしか描かない筈だな」

 

 この悪癖はヘーマ自身も気付いているのだろう。だからこそ、スケッチブックに鉛筆または水彩画くらいしか描かないようにしていた。本気の場合は完全に無防備になるために。

 

 ソルはずかずかと絵を描き続けるヘーマに近づき、少年の右腕を掴む。胴に腕をまわして抱え上げたあと、絵筆を取りあげられてようやくヘーマは自分以外の存在に気が付いた。

 

「あれ、ソル?」

「よお。昼飯に続いて夕飯も食いっぱぐれる気か?」

「え……あー、もう夕方かぁ」

 

 窓の外に見えるあかね色の景色に、ヘーマは時間の経過を理解したようだった。

 

「この筆はどうすりゃいいんだ」

「返してくれれば……はい、やめます。そこの水が入った容器に筆の先を突っ込んで」

 

 筆を握りしめる手に力が込められたことを察知し、早々に降参したヘーマは片付けを始めることにした。

 下に降ろしてもらい色の滲む水を見てため息をつくと、カシャカシャと筆先を洗い始めた。

 

「今すぐ洗わないと筆が固まっちゃうんだよ、だから先に──」

「わかった。終わったら飯食いにいくぜ」

 

 空いている椅子に座って待ちの体勢になったソル達をジト目で見るヘーマの横で、ピクテルが描いている途中のスケッチブックをイーゼルごとキャンバスの中に仕舞い込む。

 

「まだ絵の具が乾いてないんじゃないか?」

「この湿度じゃ乾かないからな、絵を描く用に作ったキャンバス内で乾かすんだ」

「なんで最初からその部屋で描かねェんだ」

「ピクテルが自由行動してなにするかわからないから」

「「あー……」」

 

 二人の脳裏に浮かんだのは、昨日の王族誘拐事件。

 

「まさかソルから数十メートル離れても行動できるとは思わなかったんだ。今回は良い結果になったけど、次もそうとは限らない。コイツには、ロジャー誘拐の前科がある」

 

 確実に安全なキャンバス内で描かない理由は他者への気遣いだったらしい。

 顔を顰めて説明しているあたり、けして冗談で言っているわけではないようだった。

 

 ちなみにソル達は知らないが、ピクテルは過去で欲しいスタンドを手に入れるため、無力化している敵をわざと解放して分捕った前科もあったりする。

 

「とりあえず鍵を掛けずに絵を描くのは止めとけ。死ぬぞ」

「え?」

「コイツの本気の覇王色の覇気でピクリとも反応しなかったぞ」

「……え?」

 

 真顔な二人からの指摘に目を瞬かせていたヘーマだったが、徐々に問題の深刻さを理解したのか顔色が悪くなる。

 

「え、それおれ死ぬじゃん」

「死ぬな。だからいつでもトットムジカは出しとけよ」

「うん……そうする……」

 

 片付け終わったヘーマはピクテルがそっと差し出したトットムジカ(クマのぬいぐるみバージョン)を受け取り、ぎゅうと抱きしめた。

 気落ちしたヘーマを片腕で抱き上げ、夕飯はなんだろうなと明るい声を出しているソルの姿を見ながら、レイリーは少し遅れて歩く。

 

 ピクテルがロジャーを捕まえたのは、ヘーマの護衛のためという理由が確定だろう。

 ヘーマの持つ悪魔の実と同等の能力は、この海で生存する上でこれ以上無い万能性がある。

 他にも学習能力の高さやハモンという独自の覇気の技術もあるが、それらを駆使しても埋め切れない身体の弱さという明確な弱点は、彼一人の努力では到底対処できない。

 

 気落ちしてハモンが拙くなったからこそわかりやすい、本来の彼が持つ覇気の頼りなさは、覇気使いや人間以外の種族であれば殊更感じ取れるだろう。

 前日にあれだけ王子達にかまわれていたのは、食事中はハモンを使っていないためヘーマを弱々しく感じ、妹姫に重ねて庇護欲をくすぐられたのだろうなと、レイリーは見当づけた。

 

 ふと、レイリーは隣に浮かぶピクテルに視線が寄った。

 

 スケッチブックに色鉛筆を走らせている彼女の姿をレイリーもたまに見かける。どうやら仮面を付けた彼女は能力者以外に見えないようなので、レイリーが把握しているよりももっと絵を描いているのかもしれない。

 

 描き終わったのか、彼女はスケッチブックに右手を差し入れた。そこから取り出されたのは色とりどりの様々な種類の魚達で、空気の中を泳ぐ彼らは王宮の窓から飛び出して外を泳ぐ同じ種類の群れに紛れていく。

 

 そういえば、スケッチブックから出した生物は本物ではなく、動く人形のようなものだと聞いたことを彼は思い出した。シャボンディ諸島では鳥を、リュウグウ王国では魚を。訪れた先で、彼女の目となるものをばらまいている。

 

 ジッと見つめるレイリーの視線に気づいたピクテルはイタズラっぽく微笑み、人差し指を形良い唇の前に立て、しぃ、と聞こえない息を漏らした。

 麗しい美女のお願いにレイリーが笑みで目を細めて肯くと、彼女は左手を彼の右頬に添えて反対側にひとつキスを落とす。

 

 至近距離の絶世の美貌が離れ、楽しそうに先に行く三人の後を追うピクテルを見送り──レイリーは彼女が生身の人間でないことを実に残念に思うのだった。

 

 

 

 

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