群青色を押し花に   作:保泉

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はじまりの名前

 

「明日とんずらしようぜ」

「あん?」

 

 コーティングが完了する前日、おれはソルとレイリーにそう提案してみた。二人の何言ってんだコイツという辛辣な視線にめげずに、おれはその理由を説明する。

 

 このままではきっとネプチューン王達はおれ達の出港を見送りに来てくれるだろうが、それは避けたい。

 重傷だったオトヒメ王妃の回復はリュウグウ王国内で広まっていたけれど、襲撃犯が人間だということも同様に広まっていたからか、街を歩くおれ達への国民達の視線が厳しいものだったからだ。

 オトヒメ王妃はおれが助けたことを公表しましょうと提案してくれたけど、今それをやると本当の襲撃犯がおれだという噂が流されそうで止めてもらった。

 

 ただの白ひげ海賊団の一員と命の恩人では扱いの差がでることは当然、この国の国民達におれのマッチポンプを疑われたら、リュウグウ王国にずっと居るわけでもないおれでは対処できないし、評判が地に落ちるほど燃えるままに燃えるのはともかく、やがて真犯人だけが笑うことになるのは気にくわない。

 襲撃犯特定の初動の早さからして確実に犯人は王宮関係者だろうし、真実が何処で捻じ曲げられるかわからないなら、未発表の方がマシってものだろう。

 

 おれが制作したタイル製の絵画を見て、ネプチューン王達は飛び跳ねんばかりに喜んでくれた。今回の身内の裏切りとも言える事態に、表には出さずとも意気消沈しているというのに、それでもあんなに喜んでくれた彼らをこれ以上煩わせたくなかった。

 

 故に逃亡を選択したおれを、ロジャーとレイリーは仕方ないヤツだと笑ってぐしゃぐしゃと頭を撫でた。力強すぎて首が折れるかと思ったわ。

 世話になった人達、コーティングを請け負ってくれたデンさんとタイガーさんにもこっそり伝えた。ちょっと渋られたけど、納得してくれたらしい。

 

 そうして迎えた出航当日の早朝。港にはオトヒメ王妃がいた。どうしてなの。

 にっこり笑顔で手を振るオトヒメ王妃を目視して、おれはそっと両手で顔を覆った。

 

 どうも王宮に滞在していた際に見聞色でおれ達の小さな感情の発露を読み、コーティングが完成する今日が怪しいとみて待ち伏せしていたようだ。あっ、よく見ると港に置かれた木箱の影に護衛と思われる兵士達がいる。

 いやぁ……おれもう、この方に隠し事出来る気がしないんだけど。

 

「皆様が我が国に気を配っていただけたと理解しております。ですが、恩人に報いたい私の気持ちもどうかくみ取ってくださいまし。見送りひとつできないのは、とてもさみしいものですのよ」

 

 そんな風に少し眉を下げて言われたら、これ以上おれが突っぱねるのも良くないだろう。おれが受け入れたことを察したオトヒメ王妃は、顔をほころばせておれの両手を握った。

 

「またこの国にいらっしゃって。その時は私と一緒に食べ歩きをしましょう」

 

 明るい声音で告げられたそれは、次に来るときには堂々と人間が町を歩けるようにするという宣言であり。その道が険しいことを気付いているおれは、ただ微笑み返した。

 

「うん、また来ます。それまでどうかお元気で、オトヒメ様」

 

 オトヒメ様のみを見送人として、イオンオーデー号は出港し、おれの初めてのリュウグウ王国滞在が終了した。

 

 

 

***

 

 

「アーロンさん大変だ!」

「どうしたハチ」

「ニュ~、ジンベエさんから手紙がきたんだけどよ……」

 

 木箱や樽にどかりと座って、仕事終わりの酒を楽しんでいるアーロン達の元に、はっちゃんが慌てた様子で駆け寄ってきた。その手には封筒らしき白い紙がつままれて、差し出されたそれは既に封が空いていた。

 

「オトヒメ王妃が襲撃されただと!?」

「胸を撃たれたのか……」

「ヘーマがいたから助かったが、身体の弱い王妃だ、本来なら──死んでるぞ」

「奇跡的なほどタイミングが良かったな」

 

 書かれた手紙の内容に、気楽に構えていたアーロン達は思わず腰を浮かした。

 覗き込んだ手紙には王妃が重傷を負ったが無事であること、治療は偶々リュウグウ王国を訪れていたヘーマが執り行い、現在は完治していることが書いてあった。命に別状はないことに、一同は胸をなで下ろす。

 しかしアーロンは鋭い目を手紙に向けたまま、何やら思考をしているようだった。

 

「犯人は……人間だと広まってるそうだがフェイクだろう」

「フェイク? でっち上げたってことか?」

「本当に人間の仕業なら、王妃を助けたヘーマっていうこれ以上ない神輿を持ち上げないはずがない。この手紙にだって書くはず……つまり、下手人は国内にいる同胞だ」

 

 ヘーマはリュウグウ王国をナワバリとする白ひげ海賊団の一員であり、そこらの木っ端海賊とは違って身元はしっかりと保証されている。

 公表したところでナワバリだから守ったで済むところを、態々隠した理由は襲撃犯を隠したかったから。

 

「だとすると、オトヒメ王妃の思想の反対派……おい、アーロンさんそりゃあ……」

「ああ、魚人街の連中だろうよ」

 

 顔色を悪くするエイの魚人のクロオビに、アーロンは酒を一口啜って言い淀んだだろう結論を口にした。

 

「馬鹿な、あいつらは悪ガキだが、同胞を狙うほど阿呆じゃあないだろ。それにジンベエさんもいるんだ」

「そうだと良いんだがな、七武海になったアニキがあの魚人街を本当にまとめられるとは思えねえ。人間の下に就くなんざ、あいつらにとっちゃ裏切られたと感じても仕方ねえだろ。現におれ達はタイヨウの海賊団を抜けてんだ」

 

 尊敬を集めていても、いや集めていたからこそ慕う心は憎悪に変わる。タイガーが魚人街に戻れば話は別だろうが、彼はけっして入国しようとはしないだろう。

 そうなれば今魚人街をまとめている者たちの考えによっては、王族の襲撃を行うこともありえないというわけではないと、アーロンは考えていた。

 

「なんだ、昼間から飲んでるのか」

「おゥ、ゲンゾウじゃねぇか。仕事終わりなんだ、別に飲んでもいいだろう?」

「悪いとは言っとらんだろう。お疲れさま」

「ゲンゾウ! あんたも飲むか?」

「こっちは仕事中だ馬鹿者」

 

 少し暗い空気となった彼らに声をかけてきたのは、このココヤシ村の駐在員であるゲンゾウだった。人間が気安く声をかけてきたというのに、魚人達は笑顔で言葉を返して彼を集まりに誘った。

 

「まあ、茶なら飲むだろ?」

「あのなぁ」

「丁度焼きたての魚があるぜ、ほい」

「わかったわかった、頂こう」

 

 ゲンゾウは手招きしているキスの魚人のチュウの隣に腰掛けて、彼から串に刺さった香ばしい魚を受け取る。

 お茶を啜って焼き魚を一口咀嚼し、もう一度お茶を啜る。ゲンゾウがしっかり参加していることを確認してから、魚人たちは酒を手に再び騒ぎ始めた。

 

「お前達がこの島に来てから半年ほどになる」

「もうそのくらい経つのか」

 

 騒ぐ魚人達に人間の村人が何人も混ざっている光景を眺めて、ゲンゾウは感慨深く息を吐く。

 

 最初の切っ掛けは、村の子どもが誤って海に落ちたことだった。崖の端に咲いた花を摘もうとして足を踏み外し、子どもの小さな体躯は崖の向こうへ投げ出された。

 高さもあった崖から海面に落ちることは地面に落ちることと同意で、そのままであれば子どもの命は失われていただろう。

 

 しかし、偶々それを目撃したアーロンが落下地点まで泳ぎ、海面にぶつかる前に子どもを受け止め助けた。一番人間を憎んでいたアーロンが子どもを助けたことに魚人たちは驚いたが、一番驚いたのは助けた当人のアーロンである。

 彼が苦虫をかみつぶした顔で抱えた子どもを見下ろすと、助けられた子どもはきょとんとした顔でアーロンを見上げていた。

 

「魚人なんて初めて見たもんでな、最初は警戒していた。お前達には不快だったろう、すまんな」

「ビビりまくってたもんな、ゲンゾウも」

「あのな、お前達は自分達の身体の大きさを把握しておけ。そんな見上げるほど大きい体格のやつなどこの辺にはおらんわ」

 

 シャハハハと当時を思い出して笑うアーロンをゲンゾウがねめつけていると、村の奥から小柄な姿が駆け寄ってきていた。

 

「ゲンさーん! アーロンさんとはっちゃーん!」

 

 手を振りながら元気に走る少女の名前はナミ、アーロンが助けた子どもだった。楽し気に走ってくる姿を見て、ゲンゾウはナミがアーロン達を怖がったことがないことを思い出す。

 

「そういえば助けられたとはいえ、ナミは全く驚かなかったな」

「……度胸のあるガキに縁があるからな」

 

 初対面の時から懐いてくるナミは、以前アーロン達が触れあったコアラやヘーマと違い、とても押しが強い。グイグイくる少女に戸惑っていたアーロンも、今では平静で対応できるようになった。

 

「もうお酒飲んでるの? 私も飲む!」

「シャハハハ、十年早いぜ小娘」

「あっ、こら、レディをつまみ上げるなー!」

 

 アーロンがジョッキに手を伸ばした悪戯娘の服をつまみ、ひょいと持ち上げるとナミはバタバタと手足を動かして抗議している。

 

「レディ? どこにいるんだ、小猿しかおれには見えねェなァ?」

「このやろー!!」

「シャハハハハ!」

 

 ニヤニヤと笑うアーロンにナミが拳を握って振りかぶるが当然届かず、より彼の笑いを誘った。楽しそうにじゃれあう姿を見て、ゲンゾウは少女のわんぱく度が上がった気がするな、とムキになって蹴りを当てようとしているナミにため息をついた。

 

「アーロンさん、あまり女の子をからかうじゃねェよ~」

「なによ、ベルメールさんは良いって言ったもん! お酒くらい、別にいいでしょ!」

「あのクソガキ子どもに何言っとんじゃあ!?」

「ど、どーどー! ゲンさんどーどー!」

 

 ナミの母親であるベルメールは、昔から悪ガキとして有名な女性だった。まだ幼い子どもに何を言っているんだと荒ぶるゲンゾウを、羽交い絞めにしたはっちゃんが慌てて宥めていた。

 

「ゴホン……それで、ナミ。何か用があったんじゃないのか」

「あっ、そうだ! ドクターのとこに運ばれた人が起きたの!」

「お~、今朝のヤツか」

「それでじじょーを聞き取りしたいけど、念のために誰か一緒にいてほしいって」

 

 漁の最中に遭難者を見つけたことを思い出して、ぽんとはっちゃんが手を打つ。酷く衰弱しているとはいえ、海賊であるかも知れない以上は警戒は必要だ。万が一のことを考えれば、老人であるドクターでは抑えることはできないだろう。

 

「チュッ、おれが行こう」

「頼んだ、チュウ」

「私も付いてく!」

 

 名乗りを上げたチュウが歩き出すと、ナミも小走りで後をついていった。

 

「そういやあの小娘、おれ達が集めたデータを漁って海図を描いてやがった」

「ふふ、ナミの夢は世界中の海の海図を描くことだからな」

「それでか……才能あるぜ、この歳であれだけ描けりゃ十分だ」

 

 

 

***

 

 

 

 魚人島を出港した後も、行きと同じく深海の航路は厳しいものだった。これ、三割の確率で魚人島に生きて辿り着いても、海面上に出れない船もいっぱいあるんだろうな。

 ソルとレイリーの知識を得られてなお、どうにか進めている状態なのだから、ノー知識で沈むのも当たり前のことなんだろう。

 

「そういえば、海面上に出たら次は何処に行くつもりなんだ?」

「おれも聞いてねェな」

「あ、そういえばそうだった」

 

 少し安定した海流に乗ったあとに、レイリーは折りたたみ椅子を広げてどっかりと座って聞いてきた。ありゃ、出港時のオトヒメ様ショックで吹き飛んでたわ。

 

「次は、完全におれの用事に付き合わせることになるんだけど」

「用事?」

「うん。次の目的地は、ナジュム島。北の海(ノース・ブルー)にある、おれの生まれた島だ」

 

 あの島には、きっとまだあの人がいる。でも、おれが恐れを抱くことはない。

 記憶が甦りみんなに鍛えてもらったおれの方が、ただの貴族であるあの人よりもずっと強いだろう。あの雪の島を根城にしていた海賊達だって、いまならきっと一蹴出来るはずだ。物理だけではなく覇王色の覇気でもぶつければ、手を触れることなく無力化することだってできる。

 

 おれはもう、誰にも支配されない。雁字搦めだった鎖はとっくに壊れていた。

 

 声を掛けることなく、静かな目でおれを見ていた友だちに、歯を見せて笑う。

 

「悪い島じゃないんだよ。町の皆に色々世話になっていたから、顔見せしておきたいんだ」

 

 

***

 

 

 一行はナジュム島の端で船を止めて上陸した。人目を避けたのは空を飛ぶ船というイオンオーデー号を隠したかったためだ。海沿いに町の方へ歩いて行くと、早朝にも関わらず籠を抱えて砂浜を歩く人の姿を見つけた。

 正面にいる彼らに気づいたその人物は不思議そうな顔をした後、目を見開いて視線がヘーマに固定された。

 

「レトイス坊ちゃん……?」

「お久しぶりです、フロリさん」

 

 フロリと呼ばれた女性は足早にヘーマへ近づいてしゃがみ込み、おそるおそる少年の頬に手を当てる。皮の固い彼女の手に、少年は目を閉じてすり寄った。

 

「……あたしが寝惚けているわけじゃないんだね」

「ちゃんと実体ですよ……わっ」

「よく、よく生きてたよ! こんなに大きくなってさぁ!」

 

 ヘーマはガバッと抱きつかれて、ふくよかな彼女の身体に包みこまれる。感激して涙声のフロリはひとしきりヘーマを抱えたままでいたが、パッと彼を手放した。

 

「朝はもう食べたのかい?」

「いえ、まだですが」

「ならウチの店で食べてきな。あたしは先に戻っているから、ゆっくり歩いておいで。いいかい、ちゃーんと来るんだよ!」

「えっと」

「なんだい前にも言ったろう、子どもが遠慮なんかするんじゃないよ」

 

 捲し立てるように言い放ったと思えば駆け足で戻っていく彼女を見送って、ヘーマは傍らに立つ友人達を見上げる。

 

「行っても良いかな」

「飯屋を探す手間が省けたぜ」

 

 

 

 

「あんた! 今すぐかまどに火を入れな!」

「おいおい帰るなりどうしたってんだ、フロリ」

 

 勢い良く店のドアを開け放って帰ってきた連れ合いに、店を掃除していた店主であるダグは困惑した。

 浜辺で貝を捕ってくると言って出ていったというのに、彼女が机の上に放り出した籠には何も入っておらず、ガタガタと手荒く鍋やフライパンを戸棚から取り出しては水を張ってコンロにかけている。

 

「おいダグ、今フロリが通りを爆走していたんだが、なにかあったのか?」

「いや、おれも何が何だか……」

「レトイス坊ちゃんだよ!」

 

 フロリの慌ただしい様子を見ていた箒を握ったままのダグに、店の外から八百屋の店主が顔を覗かせて尋ねる。

 あいにくダグはその質問の答えを持ってなかったため首を傾げていると、こちらをギッと睨んだフロリが苛立ちながら言い放った言葉に、二人の男はポカンと口を開けた。

 

「は……?」

「聞こえなかったのかい! レトイス坊ちゃんが、帰ってきたんだよ!」

 

 レトイスというのは、このナジュム島の領主一族の子どもだった。五年前に忌々しい事件に巻き込まれ、島に訪れる海軍をせっついても情報は何一つ手に入れられず、それ以降の消息が途絶えていた。

 そんな少年が帰ってきたと聞き、彼らはまず本物のレトイスなのかと疑ったことは当然だろう。

 

「フロリそれは本当に……」

「あたしがあの顔を見間違えると思ってんのかい!?」

「いやまあ、それはそうだろうけどよ」

 

 フロリの剣幕に男たちはたじろぐ。子どもの、というよりも領主一族の特徴の中に、皆美しい容姿をしているということがある。レトイスも例に漏れず整った容貌をしていたため、そっくりであれば偽物の可能性は確かに限りなく低い。

 

「ウチで朝飯を食べさせるんだから、ほら早く動いた!」

「いでっ! わ、わかったよ!」

 

 動こうとしない旦那にしびれを切らしたフロリが持っている麺棒でダンのお尻を叩いた。妻の暴挙に悲鳴を上げて、ダンは慌ててオーブン窯に向かう。

 夫妻の様子を店の入り口から覗き込んでいた街の住人たちは、顔を見合わせた後頷きあって作業中の彼女に声を掛ける。

 

「フロリ、今日はまだ仕入れに行ってないだろ? 待ってろ、ウチの野菜持ってくる!」

「ウチの肉もだ!」

「まだ生け簀にデカイ魚がいたはず」

 

 自宅や店に駆け出していく姿に、遠巻きに野次馬していた面々にも次第に事態が広まっていった。

 

「本当にレトイス坊が!」

「これは皆に知らせないと!」

 

 沸き立つ彼らに、店から顔を出したフロリが二ッと笑って発破をかける。

 

「叩き起こしてでも知らせてやんな! 我らの天使が帰ってきたよ!」

 

 

 

 

 

「さあたんとおあがり!」

 

 どんとテーブルに置かれた料理の皿の数々に、よだれを垂らして目を輝かせているソルとは対照的に、ヘーマは困ったような顔を浮かべていた。いくらソルが食べるとはいっても、この量を平らげることは不可能だ。

 

「残ったら残ったで昼来た奴らに食わせるから、気にせず好きなだけ食べな」

「レトイス坊、リンゴはどうだ。あんたこれ好きだったろう」

「ウチの野菜も持ってきたからな! フロリ特製のキャロットスープのニンジンだぞ」

「ほらレトイス様、今日は食べきれないかもしれないけど、うちの店のクッキー詰めてきたから持っていってちょうだいね」

 

 入れ替わり立ち替わり町の住人達に囲まれるヘーマは、珍しい幼げな笑顔で彼らの贈り物を受け取っている。

 ひっきりなしに来訪者が来るため、ヘーマから離れて少しテーブルの端に寄ったソルとレイリーは、自分達のペースで食事を楽しんでいた。

 

「アンタ達がレトイス坊ちゃんの保護者かい」

 

 そんな彼等に声をかけるのは、料理を運び終えたフロリだった。ガタガタと椅子を引き寄せて座るとコップに入った水を渡してくる。

 礼を言って受け取った二人は、立てた手を顔の前で振ってフロリの言葉を否定した。

 

「いや違う。保護者というか、ダチだな」

「彼の保護者は別にいてな。お父様と慕っているようだ」

 

 年齢が祖父のくらいであるレイリーと、背丈のせいで四つ上に見えないソルは傍目には保護者に見えるだろうが、けしてそうではない。子どもに悪いことを教える近所の親父が一番近いことは黙っておく。

 

「……ああ、そりゃあいい。あんなクソ野郎よりはよっぽどいい父親だろうさ」

 

 吐き捨てるようなフロリの態度に、ソルとレイリーは視線を合わせた。どうやらヘーマの実の父の所業は島全体に広まっているらしい。

 

「アイツの父親は今どうしてんだ?」

「死んだよ。ラトナ様、レトイス坊ちゃんの母君が亡くなった日に首を吊ってね」

 

 

***

 

 

 両親が亡くなった後も屋敷で使用人達が働いていると聞いたおれ達は、町から離れて緩やかな丘の上に建つそこへ向かうことになった。

 いやまさかなぁ、病気だったお母様は薄々そうだろうなと思っていたけど、あの人まで死んでいるとは。てっきり家の財産が目当てだと想定していたのに。

 

 町の外に広がる農地は広く、野菜畑や果樹園、小規模だが畜産もやっている。起伏はなだらかだが土地は広いので屋敷までも遠いため、畑に仕事に行く町の人が荷馬車を出してくれるというので善意に甘えることにした。

 馬車の荷台に揺られながら、昼間の光に照らされる畑をぼんやりと眺める。このまま寝そうなほどの穏やかさだ。

 

「随分のんびりした島だな」

「海流の影響で、この島に来るときも出るときも、どっちも海軍基地を通るルートしかないんだ。だから海賊の被害はおれが聞いた限りでは無いらしいよ」

 

 四つの海の中でも治安の悪い北の海(ノース・ブルー)、それに比べてこの島はとても平和だった。観光地ではないが廃れているわけではない、消費と生産が島内で完結しているからこそ他の島に依存することなく、また他から何かが訪れる機会も少ない。

 ただ草原が広がるだけだったこの島を、領主であるアメステーラ家と町民は一丸となって開拓し盛り立てた。そんなナジュム島は、今では実りも豊富で穏やかな人達が住む居心地のよい場所となった。

 

 初代領主は随分と博識だったらしく、持てる知識を駆使して島に合う植物を選定し、植え付けて森を作り、水源のない島に池を作った。屋敷の近くの貯水池は最初に作られた池らしいと聞いている。

 

 農地エリアを過ぎたところで降ろして貰い、去っていく荷馬車をを手を振って見送る。大分影が小さくなったあたりで、「なあ」とソルは声を発した。

 

「レトイスってのは、お前の名前か」

「うん」

 

 町の皆に散々呼ばれていたというのに、今の今まで気を遣って黙っていたらしい。

 

「アメステーラ=“ジョースター”=レトイス。これがおれの、生まれたときに付けられた名前だ」

 

 

 

 

 

 

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