群青色を押し花に   作:保泉

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今更ですが、名前のあるキャラの独自設定があります。ご注意ください。


底なし沼の誘い声

 

 

「あ」

 

 おれ達が丘の上に建つ屋敷の前に辿り着いたとき、門の前にはずらりと使用人達が並んで立っていた。

 彼等はおれ達を視認すると、一斉に頭をさげる。

 

「ようこそ当家へいらっしゃいました、ヘーマ様」

 

 態々呼び変えた言葉に、おれの口角があがる。なんだ、ちゃんと違うとわかっている人もいるのか。

 

「我ら使用人一同、仕える方を見間違うことはいたしません」

「そっか、よかった。ちょっと気まずくてさ」

 

 おれは純粋なあの子じゃないから、彼のホームであるこの町は居心地が悪かった。まるでアイドルのような扱いだった……我が弟ながら可愛がられ過ぎだろ。とてもわかる、可愛いよなおれの弟。

 

 そんな喜ぶ彼等に、実は中身がジジイになっているという無惨な現状はあまりにも伝えづらいため、あの子のように振る舞ってみた。だか、確実に彼等も感じているはずの違和感を、離れて過ぎた年月が覆い隠してしまっていた。

 だから、使用人の彼等が気付いたことがうれしい。

 

 まあ、それがおれにとってプラスになるのかというと、まったくならないのだけど。

 今のおれは、アメステーラ家の後継者であるレトイスの身体を奪った、とでも彼等に思われているんじゃあなかろうか。過程はどうあれ結果がこうなっているからなぁ……流石に身体は変わらないので毒殺はされないと願いたい。

 

 よし、少しでも悪感情を減らすために敬語は話さないことにしよう。あの子は誰にでも敬語だったから、きっと差異が目立つことだろう。それはそれであの子はそんな風に話さないと憤らせそうだけど。

 考えてもみろ、エース達の身体を知らない奴が勝手に動かしていると思えば……ありとあらゆる方法で排除しようとするだろ。

 

「大旦那様がお呼びです。お連れの方は申し訳ありませんが、ゲストルームにてお待ちください」

「おう、わかった」

 

 ソルはおれの肩をポンと軽く叩いて追い越し、先導する家政婦長のハリマに続いて屋敷の中に入っていく。レイリーにも同様に背中を叩かれた……わかってるよ、頑張るさ。

 

 先導する家令のルーガスの後をついていくと、案内されたのは屋敷の庭だった。もしかして、とおれが行き先に見当を付けたとき、予想していた通りのものがそこにあった。

 

 白い十字の石の彫刻、つまり墓標が並ぶ場所。そして、此方に背を向けて一番新しい墓標の前に立つ人物が一人。彼はたしか。

 

「──大叔父様」

「これはレトイスの母、ラトナが眠っている場所だ。本来なら父親もこの隣に眠るはずだったがな、あの子が全力で嫌がったため村の共同墓地に埋葬している」

 

 総白髪で口元に髭をたくわえたその人は振り返り、おれの目を見つめる。

 その途端、覚えた既視感におれは目を細めた。いま、おれの記憶の端で何が引っかかった? なんだ、どこかで会ったか?

 

 大叔父は、母は当然だが祖父母よりもうんと年上だと聞いている。それなのに、随分と若く見える人だった。六十を過ぎたかどうかという位じゃないだろうか。

 レトイスの記憶を掘り返しても年をとったように思えない、妙なほど生気が溢れているような……ははーん?

 

 もしかして、大叔父様も波紋使いだったりして。

 

 どう見ても別人だな、とまじまじとおれを見ることを止めて、大叔父は「手配書が出た時点で想定はしていた」と深く息を吐いた。

 

「レトイスは他者を害することができん子だ、それが海軍に襲撃など……選択肢にも出てこない。レトイスの影よ、お前の名前を教えてくれ」

「ヘーマ、といいます」

「何をしにこの島に、アメステーラ家に来た。お前には何ら関係もないこの家に」

「決着をつけに……だったんだけど、墓参りに変わったかな」

 

 父親が生きていたのなら、一発殴ろうと思っていた。レトイスは望みはしないだろうが、おれはやられたら相応にやり返すタイプなので。そして、父親のせいで島が荒廃していたら、原因を潰すつもりもあった。

 ──まさか父親が自殺して、全部予定が崩壊するとは思わなかったけど。

 

「父親はなんで自殺したんだ」

「あれはラトナにひどく執着していた。ラトナがいない今世に興味が失せたのだろう」

「うわあ」

 

 えげつないレベルで執着されてる。なんていうか、母が床に伏せているのに父親が領主代理にもならなかった意味がわかってしまった。

 そんな奴に権力を持たせたら、母の周りから全て人がいなくなってしまうだろ。もしかして、レトイスが排除されたこともこれが原因だったり……しそうだな。

 父親が我が子に嫉妬するということは、あり得るらしいし……それでも売り飛ばすって選択は選ばないと思うが。伴侶に嫌われるだろ。

 

 思いもよらない父親の正体に、おれが痛む頭に手を当てていると、ずっと表情を変えずにおれを観察していた大叔父が口を開いた。

 

「ヘーマ、お前はスタンド使いだな」

 

 聞こえた言葉に勢い良く顔を上げて、おれははく、と口を開閉する。いま、なんと?

 

「なぜ」

「スタンドを知っているのか、か?」

 

 その単語は、この世界では聞くはずがないものだ。それはおれの身内が、ジョセフが名づけたもの。あの世界でなければ想定すらしえないもの。覇気や悪魔の実があるこの世界で、思いつきもしないだろう才能だ。

 

「知っているとも。私もまたスタンド使いだからな」

 

 この人がスタンド使い、波紋使いではなくて?

 ならこのあり得ない若さは、なんのスタンド能力によるものなのだろうか。

 

「改めて名乗ろう。私の名前はフー・ファイターズ、初代領主ジョンセン・ジョースターの亡骸の中に巣くう、知性あるプランクトンだ」

 

 ──は?

 

 

***

 

 

「お前まだ食べるのか」

「うまいぞこのチョコ」

 

 ゲストルームに用意された菓子をつまんで食べるソルに、食べ過ぎじゃないかとレイリーが呆れた声を出した。

 ヘーマと別れて十数分しか経過していないが、普通にもてなされて寛ぐ二人は些か拍子抜けしていた。

 

「ヘーマの猫かぶりもすぐバレてたしよ、この屋敷にゃ随分と手練れが揃ってンな」

「確実に何かしらの荒事には対応出来るだろうな、穏やかな島の雰囲気には合わない程度には」

 

 ヘーマの中に二人の人格があることはとっくにソルとレイリーは気付いていた。ヘーマはそうだと明言はしないが隠そうともしなかった、そして片方が眠ったことはヘーマ本人からあの日白状されている。

 この島の住人の反応からして、可愛いヘーマが本来の人格なのだろう。ヘーマ以上に海賊が向かない、争いを拒む子どもだったことはありありと二人は理解できた。

 だからこそ彼と分断された後は真実を知るために尋問が来ると待っていたのだが……全然来ない。

 

「直ぐにこっちにも反応があると思ったンだがなァ……ん?」

 

 コンコン、と窓の外から叩く音に、ソルは顔をそちらに向ける。そこには赤毛で顎髭の初老の男が、窓から見える庭先に立っているのが見えた。

 

「なんだ、何か用か?」

「──やっぱりそうだ」

 

 窓を開けたソルを見て男はニヤリと笑い、見覚えのあるその表情にソルとレイリーは目をクワッと見開いた。

 

「元気そうだな、船長と副船長。なんで船長が生きてるのか聞いてもいいか?」

「あー! お前スペンサーか!?」

「今はウルンって名乗ってんだ、そう呼んでくれ」

 

 初老の男の以前の名前はスペンサー、ロジャー海賊団の船員の剣士だった。なんという奇縁だとソルが笑顔になる横で、ヘーマが頭を抱える姿が想像できたレイリーは、窓枠に歩み寄りつつ噴き出すことを耐えていた。

 

「お前はこの島にいたのか、ある意味海軍の近くにいるようなもンだろうに」

「まあ、おれは碌にこの屋敷の敷地から出ないからなァ。欲しいものは他の使用人達が買い出ししてくれるから、不自由はない」

「何ここで働いてンのか?」

「この屋敷の庭師だよ」

 

 ウルンは腰につけたベルトに挟まれた園芸用のはさみを二人に見せる。

 

「庭師ねェ……お前のことだ、刀で切ってないだろうな」

「一回やりかけてじいさん、先代の庭師にぶん殴られたわ」

「当たり前だろ」

「わはは、やろうとしたのか!」

 

 まあ入れ、と手招きする元船長に頷いて、後で掃除をしなければ、と証拠隠滅を考えつつウルンは窓枠に足をかけた。

 

 なんで生きているのかという点はぼやかしつつ、三人が会話を弾ませていると、ふと声を低くしたウルンが呟くように聞いた。

 

「なあ船長、レトイス様はどうなったんだ」

「そうだな、レトイスってガキが記憶を失う前のヘーマだとするなら、眠ってるらしいぜ。前はたまに起きていたらしいがな」

「レトイス様はあの坊主に眠らされているってことか」

 

 前は隠れ気味だった目が、今は露わになったことでわかりやすく、元仲間を睨みつける。

 

「お前がそう思うのもわかるが、実際は逆だろう」

 

 随分と気にかけていると、レイリーは愛嬌のわりにパーソナルスペースの広い船員の言葉に肩をすくめた。

 レトイスがこの島から出された時よりも前から交流があったのだろう。探し続けていただろう子どもの中身が変わっていたら、なにかされたと思うことが当然だ。

 

「ヘーマがレトイス少年に表に出ることを押しつけられてる、が正しい。……もう起きたくないと。それほどの経験をしていると聞く」

「可愛くお願いされて断れなかったらしい。困った弟だ、だそうだぜ」

 

 自分では大切なものを守れないというレトイスの判断は正しいだろうな、とソルもレイリーも同意だった。ヘーマの敵は、平和に育った少年が渡り合えるような易しいものではない。

 

「そうか……」

 

 ウルンは二人の意見を受け止め、吟味した。元船長達が人格の乗っ取りをよしとするような性格をしていないことは、彼もよくよく理解している。そんな二人があの坊主と行動を共にしていることが気になって、捕まえて尋問するべきだという若手の意見を押し止めて応対を申し出たのだから。

 まあ、もし元船長達本人だったら、ここの使用人達では逆立ちしても勝てないことが、止めた理由の大部分だったが。

 

「よし、ちょっと使用人達に情報連携してくるわ。アベロ……短気な奴だと坊主を襲撃しかねないからな」

「物騒だな! まあ、その心配はねェぞ全員返り討ちになる」

「定期的にコイツと私で訓練しているからな、新世界でも早々不覚をとることはないはずだぞ」

 

 ポンと膝を叩いて立ち上がったウルンの懸念を、元船長と元副船長は明るく笑って否定する。その内容が一瞬理解できず、ウルンの一時停止が解除されたとき、彼のこめかみにはたらりと汗が流れた。

 あの船長のしごきを受けてる、あのか細い坊主が?

 

「……あの手配書は船長に巻き込まれてついた金額じゃないのか?」

「そうだけど違うな。ヘーマ本人の実力だぜ、覇気も全部使えるし」

「マジかよ九歳のガキだろ」

「因みにアイツが慕ってる父親はニューゲートのとこのマルコだぜ。ほら、不死鳥の悪魔の実食ってたガキの」

「げ、後ろ盾ヤベェな」

 

 あの手配書が出たのは二年ほど前、つまりその当時には実力で三億の懸賞金がかけられても可笑しくないほどの強さを、持っていたということ。

 更には白ひげ海賊団の後ろ盾を持っていると聞いたウルンは、同僚を力尽くで気絶させてでも止めようと決意した。この家を滅ぼさないために。

 

 

***

 

 

 フー・ファイターズ、通称『F・F』と呼ばれるスタンド使い。

 

 漫画『ジョジョの奇妙な冒険』で承太郎の娘である徐倫の仲間になったスタンド使い。その正体はプッチによってスタンドのDISCを与えられた湿地帯に住むプランクトンだったはず。ちょっと記憶遠すぎてこれ以上思い出せない。

 

 どうも容姿も違うような気がするし……偶然名前が一致しただけだろうかとは思う。

 だがおれの直感は、目の前の存在はおれの想像する『F・F』で間違いは無いと告げていた。

 

 ここはあの世界の平行世界であり、巡った世界のように、存在が似通っていてもおかしくない、ということなのか?

 

 いいや、そんなことはないと自分自身の思考をおれは否定する。

 

 平行世界というには、この世界とあの世界は違いが大きすぎる。人間以外の種族は勿論、人間すら生物の規格が異なっているのは、似通ったとは言い難い。

 

 それなのにスタンド使いという言葉が通じるということは、アメステーラの一族はこの世界のものじゃない。

 次元の壁を越えることさえも、あり得ないとは言い切れないものを、おれは既に知っている。

 

「まさか、スタンド能力による転移」

「……やはりな。お前はきっと私達が別の世界から来たことに気付くと思っていた。この世界の人々に馴染まぬ気配を持つお前なら。ならばお前もまた、異なる世界の存在なのだろう?」

 

 『F・F』は否定しなかった。むしろ肯定されたことで、おれの頭はより混乱することになったが。

 アメステーラの一族が、元はおれの認知するジョースターの一族だとは理解した。おれが、いやレトイスが波紋を使えるのもその才を受け継いでいたからだろう。

 

 おれになる前のレトイスは、波紋が使えていた。おそらく、売り飛ばされる前には既に拙くはあるだろうが治療も出来ただろう。

 あの地獄の二年間で、レトイスはほぼ食料を食べていない。波紋が使えていなければとっくに餓死しており、子どもが何も食べずに二年間を生き延びることなど出来やしない。

 食べなくとも死なず、すぐさま怪我も治るレトイスを、あの海賊達はきっと人間とみなしていなかった。執拗に殴られていたのはそのためだろう。

 

 それは今は置いておく。波紋使いであることはジョースターとしては不思議じゃない。

 

 でも、このディオに瓜二つの容姿はどうなる?

 ジョースターの一族なのに、ディオに似た容姿を持つなんて、そんなことが。

 

「家系図はあるか? 見せて欲しい」

「……ああ、あるとも。この世界にジェレドと私達が築いたものと、前の世界でのものだ」

「よく、前の世界のものがわかったな」

「ジェレドと一緒に盗み見たことがあってな、それを覚えていた」

 

 ついてこい、と言って歩き出した彼の後を追う。案内された場所は彼の執務室のようで、艶のある木のデスクと壁一面の本棚があった。そしてF・Fは机の引き出しからなにやら一冊の本を取り出した。

 

 見せられた冊子は手書きで内容を更新しているようで、所々インクが滲んでいる。一番最初のページに記載された名前は──

 

『ウンガロ・ジョースター』

 

「ああ……」

 

 本来の世界で、ウンガロがジョースターの姓を名乗ることはない。

 ディオの子ども達は保護されず、暴走するスタンド能力故に周囲との溝が深まった。それをプッチに利用され、徐倫への先兵となったからだ。

 

 ウンガロから伸びる二本の線の一つは長々と続いている。これが現在のアメステーラ家に繋がるものだろう。

 もう一つの線の先には、『ユーイン・ジョースター』の文字。

 

「──何故泣く?」

 

 訝しさを隠すこともなく眉を顰めたF・Fに応答することもなく、おれは、()は、ボロボロと涙を流した。

 

「ごめんなぁ」

 

 

***

 

 

 ──なんだ()()は。

 

 目の前にいる『ナニカ』に、F・Fは気圧され後ずさりした。

 

「お前達がいなくなっていたのに、俺は気付いてあげられなかった」

 

 あの日、親友であるジョンセンと共にこの世界に迷い込み、地球との常識の違いに翻弄され、人と出会い、無惨に別れてを何度も繰り返してこの島に辿り着いた。

 

 人としての寿命を全うしたジョンセンが眠りにつき、彼の遺言どおりその亡骸の中に住み着いて三百年近くが過ぎた。

 なのに、噂に聞く巨人族並に生きている自分が、幼い子どもである筈の()()に竦み、身動きが出来なくなっている。

 

「こんなに違う世界なんだ、話す言葉はわかっても常識がかけ離れたところがたくさんある」

 

 先ほどまでは確かに普通の人間の子どもの気配だった。大人しいレトイスとは違うが、活発でハキハキと話す子どもだった。

 

 一瞬で切り替わったそれは、暗く暗く、足を踏み入れれば抜け出せない、底なし沼のような闇がそこにいた。

 

 F・Fは、目の前で何故か涙を流すソレが毛を逆立て身体が震えるほどに恐ろしく。

 

「辛かったろう、憤ったことだろう。お前達はとてもやさしいから、目の前で消えゆく助けることが出来ない命に、無力感に苛まれたことだろう」

「お前、は」

「それでも、この世界で生きてくれて、俺はとても嬉しい」

 

 同時に清廉で美しく、こちらを見つめる眼差しは慈愛に満ちていて。

 

「F・F、ジョンセン。頑張ったなぁ」

 

 とても、とても──懐かしいのはどうしてか。

 

「──あ」

 

 彼の心の隙間の、この世界に一人残された寂しさをすくい上げられ……一粒の涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

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