群青色を押し花に   作:保泉

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友に応える
造船の街


 

 

 沖まで送ってくれたアメステーラ家の彼等と別れ、シャボンディ諸島にレイリーを送り届けた数日後。

 

 グランドライン前半の海の上を飛びながら、おれとソルはデッキに置いたテーブルとイスについて昼ご飯のボリューム満点なキューバサンドをパクついていた。

 この世界にキューバはないため、もしかしたら別の名称にした方がいいかもしれない。頬を膨らませながらモグモグと食べるソルを見ながら、おれはそんなことをのんびり思う。

 

「……なんかあのニュース・クー、フラついてんな」

「んー? ……あ、本当だ」

 

 おれがソルの視線の先を辿ると、イオンオーデー号と同じ方向に飛んでいるカモメの姿を見つけた。確かに、なんか翼を動かすのがぎこちないように見える。

 

「そこのニュース・クー、こっち来て~!」

 

 イスから立ち、船の柵に寄りかかって声を張り上げると、こちらに気付いたニュース・クーはやはりフラフラとした飛び方で寄ってきた。やっぱり具合が悪そうだ。

 

 柵を止まり木にした彼もしくは彼女を観察すると、翼の付け根辺りが赤く染まっている。あー、怪我をしているのか。

 傷の状態を確認する限りは、どうも牙とか爪とかじゃなくて銃によるものみたい。ということは、海賊にでも襲われたんだろうか。

 

 とりあえず治しておくか。出版社が何処の島にあるのか知らないけど、たとえ近くだってこの傷じゃあ飛ぶのは辛いだろう。

 傷の付近に触れて波紋エネルギーを流す。傷が痛むのかおれが触れることを嫌そうだったニュース・クーは、次第に不思議そうな表情に変わっていった。

 おれの手が離れるとパタパタと翼を広げては畳んで首を傾げている。かわいい。

 

「まだ痛いところはある?」

 

 聞いたことでおれが治療したと気づいたのか、ぶんぶんと首を横に振ってから嬉しそうにニュース・クーは一鳴きした。かわいい。

 

 どうせだからちょっと休んでいきなよと、水の入ったコップと皿に盛った刺身を見せると、キリッとした顔でニュース・クーはテーブルに着いた。ちょろいな。

 パクパクと刺身を食べている彼もしくは彼女の横で、買ったばかりの新聞を広げる。新しい手配書も挟まれているが、正直言ってみんな悪人面だなぁとおれは吞気な感想を持った。海賊なんだから当然だろうけど。

 

 新しい手配書の面々は誰かを踏みつけることを快楽としはじめた、残忍さが顔に滲み出ている。つまり、強さよりも被害規模でつけられた賞金額だろうな。

 

 でもコイツら、おれより金額低いんだよな、とおれが今でも納得いかない自分の懸賞金額の高さになんともいえない表情を浮かべている横で、ニュース・クーは出された刺身を食べ終えたらしい。

 ごちそうさまでした、とばかりにおれに敬礼をすると元気よく飛び立って行った。仕事頑張れよ。

 

 飛び去る姿を見送って再び新聞に目を落とすと、そこに記載された文字におれは顔をしかめる。デザート代わりのヨーグルトを食べていたソルもおれの変化に気付き、食べる手を止めておれの手元を覗き込む。

 

 そして彼も同じように顔を顰めた。

 

『造船会社トムズワーカーズ社長有罪判決』

 

 

 

 

 偉大なる航路前半、造船の街ウォーターセブン。年々地盤沈下により島が沈み、海賊の増加で貿易が阻害され滅び行くこの街に、発展の希望として海列車が完全開通したのは先日のこと。

 だがお祭り騒ぎになるはずの出来事に水を差したのは、功労者である造船技師トムの有罪判決だった。

 

 造船会社トムズワーカーズの社員だったアイスバーグは、恩師であるトムから託されたものを達成しようと造船関連の仕事に日々没頭している中で、造船に関する資料を求めてトムズワーカーズの事務所だった橋の下倉庫を訪れていた。

 大抵の書類は世界政府に持ち出されて、部屋の中はがらんとしている。そんな中、アイスバーグはダイニングだった部屋の一角に丸まった背中を見つけた。社長秘書だったココロという女性だ。

 

 彼女はトムが連行されてから毎日のように酒を飲んでおり、今日はここで飲む気分だったのだろう。日に日に増える酒の量に見かねて心配したアイスバーグの苦言も、彼女にはちっとも伝わらない。

 アイスバーグは吐きそうになるため息を飲み込む。自分は恩師から託されたものがある、弱音を言うのは全部やり切ってからだと資料の束を抱えなおした。

 

「本当にここなの?」

「間違いねェって」

「……呼び鈴、音が出ないけど」

「壊れてんな」

 

 資料室に向かう途中で、玄関の方から元気な声が聞こえてきた。声は若く、高く見積もっても成人しているかどうかだろう。

 そういえば先日から呼び鈴が壊れていたなと思い出し、廃業したことを知らない造船の依頼者だろうかと玄関に行く先を変更したアイスバーグは、彼らの次の言葉で足を止めた。

 

「ごめんくださーい、ココロさんいますかー!」

「自称美人秘書いるかー!」

「誰が自称らよ誰が!」

 

 酔っ払ったままココロが玄関にダッシュしている姿は非常に元気に見え、アグレッシブに動く彼女を久しぶりに見たアイスバーグは涙ぐむ。

 一時的だろうが、飲んでばかりいる彼女が来客で気張らしができるといいのだが、と自らは仕事に戻ろうとした彼をココロの叫び声が再度阻止した。

 

「どうしたココロさん!」

 

 まさか来客がならず者だったのではと焦り玄関に駆けつけた彼が見たものは、泡を吹いて倒れるココロの姿と、彼女を必死に介抱するまばゆいほど美しい少年、そして腹を抱えて笑い転げるゴーグルをつけた青年の三人だった。

 

「あのすみません、この女性の知人の方ですか!? なにか持病があるとか知りませんか!」

「持病があるなら治しちまえばいいだろうが」

「悪性の腫瘍とかだと下手すると悪化させちゃうんだよ!」

 

 どうやら突然倒れたココロを心配してくれているようだが、アイスバーグは背に流れる汗が服をじっとりと湿らせて行くのを感じていた。

 海列車を開通させるため奮闘していたトムが、笑いながら見ていた手配書。子どもながら億を超える懸賞金をかけられた彼らに、一体何をしたのかと怪訝に思った記憶が蘇る。

 

「すまねえな、ちょっと驚かせすぎてひっくり返っちまった」

 

 “若鬼”ソル 懸賞金五億ベリー

 

「おばあちゃんの心臓に悪いことをしたね……」

 

 “白薔薇”ヘーマ 懸賞金三億ベリー

 

 露わになっている口元だけで快活に笑う青年とは対照に、心配そうにココロを気遣う視線を向ける少年。

 共に初頭手配で億超えしている、異例の海賊がそこにいた。

 

 アイスバーグは止めていた息をゆっくりと吐き出し、持病は特にないと首を振って告げる。たとえ高額の賞金首だとしても特に焦る必要はない、今までも賞金首の海賊の客なんて大勢いたのだ、今回もその中の一例でしかない。

 焦りを気取られぬよう押し込めて、アイスバーグは彼らに問いかけた。

 

「ココロさんの知り合いか」

「おれだけな」

「死んだと思ってた奴が現れたら、そりゃひっくり返るよ」

 

 少年が「なんで初手で驚かそうとするんだ」と愚痴を言いつつ診察らしきことをしていると、ココロの腹部に手を当てて優美な眉を顰めている。

 どうしたと笑いを収めた青年が少年の横にしゃがみ込むと、「かなり肝臓にきてるみたい」と少年はココロから漂うアルコール臭に困ったような顔をした。

 

 チラリとアイスバーグを見てから「一応治療しておくけど、彼女の飲酒ペースが変わらなかったら同じことだからね」と、少年は真剣な目でココロに向きなおった。

 そうして始まったらしい治療はただ手を当てているようにしか見えず、困惑しているアイスバーグにゴーグルの青年は「まあ座れ」と自身が腰掛ける瓦礫の隣を指差す。

 休日とはいえ学びたいことは多岐にわたるアイスバーグは暇では無いのだが、気絶しているココロを見捨てて海賊達と一緒にさせるわけにはいかないため、彼は仕方なく瓦礫に腰を下ろした。

 

「確かトムの弟子だよな、今は何してんだ」

 

 問われた内容に、この青年は恩師とも知り合いなのだとアイスバーグは察する。そうなるとこの場所を訪れた理由にも見当が付くもの。彼らは新聞の記事を読んだからこの島までわざわざ来たのだろう。紙面だけではわからない今回の件と、残されたココロを心配して。

 

「ンマー、造船関連の仕事だ。別の会社だから下っ端からの再開だがな」

「……そうか、船造ってんのか」

 

 それならいい、と安心したようにゆるく口元を吊り上げる青年に、強張っていた身体が緩むのをアイスバーグは感じた。

 トムが連行されてから以降、トムズワーカーズは次々と契約先から切られて廃業となった。明確に犯罪者となったトムは話題に出すことも憚れるようで、会社を離れたアイスバーグも心無い陰口を耳にすることが多々あった。

 久方ぶりの、身内以外からの心からの心配が身に染みて、まるでゆっくり深呼吸をしたかのように、一種のリフレッシュができた気がする。

 

「あれぇ?」

「あ、起きました?」

 

 そんな時、丁度ココロの目が覚めたようだ。ぼんやりとした顔のまま、少年に介助されて身を起こしている。

 どうして自分が横たわっているのかがわからないのか、はてと首を傾げていた彼女だったが、ゴーグルの青年を見てクワッと目を見開いた。

 

「ここは死の国らね……」

「なんて?」

「死んだ奴がそこにいて、天使もいる。間違いない」

「おっとそうきたか」

 

 どうやら完全に誤解をしているらしい。自分も死んだと思い込んでいるココロの混乱具合に、アイスバーグは自分もいるし生きていると声を掛けようとした……が。

 

「会いに来てくれたのかい、ロジャー」

「……は?」

 

 ココロが発した言葉を理解する前に、アイスバーグは誰かに身体を突き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 トムさんの有罪が新聞記事に載り、おれ達は急いで彼らのいる島ウォーターセブンに向かった。幸い比較的近隣にいたため、数日でウォーターセブンに辿り着くことができた。

 

 到着早々、トムさんの会社であるトムズワーカーズの社屋に向かったのはいいんだけど、船の残骸がめちゃくちゃある場所の近くという廃墟感満載の場所だったから、何度もソルに確認してしまった。

 どうやら昔から、それこそロジャーが生きている時からこういう場所だったらしい。そうなんだ、ちょっと船の残骸が散乱しているところが海の森に似ているかもなぁ。

 

 それでソルの知り合いのトムさんの秘書をしていたというココロさんという方に会いに来たのだが、彼女はソルの正体を知るなり泡を吹いて気絶してしまった。

 お歳も随分数えているようなので、直ぐに生存を確認したよね。本当に気絶しただけでよかった。

 

 でも、気絶から回復したとたん、ロジャーの名を呼ぶもんだから、おれは咄嗟にココロさんの知り合いらしき男性も一緒にソルの絵画に押し込んだ。

 ……誘拐作業が手馴れてきた気がするが、気にしないことにする。

 

 まあ、周囲に人らしき覇気は感じなかったけど、盗聴ができる電伝虫が仕掛けられている可能性があるから仕方ないと思ってもらおう。うん。

 

 おれはお茶の準備をしながらも感じる背後に広がる緊張感に、向こうに戻りたくねえなとちょっと現実逃避を始めた。

 

 例えばだよ、自分達の会社の社長が、海賊王の船を造ったばかりに言いがかりのように逮捕されて、有罪が決まった。その後、ひょっこりと顔を出した死んだはずの張本人に二人がどう思うかって話だ。

 本人達でない分、ジョナサンとディオのときより気まずいかもしれない……おれが。

 

 おれは人数分のカップと紅茶ポット、クッキーを用意してローテーブルにトレイを置く。カップに紅茶を注いでから全員の前に置き、中央にクッキーの皿を置いてソルの隣に座った途端、突き刺さる視線。

 あっ、これおれが説明しないとダメな奴ですね。おれは諦めてニッコリと笑ってみせる。

 

「はじめましてココロさん、アイスバーグさん。おれはヘーマといいます。こう見えても海賊です。それでこっちが──」

 

 さて、説明すると言ってもどうしようかな。今まではロジャーのことを話す前に気付かれていたから、そういえばおれから説明したことがない。なんと言えばいいかがぶっちゃけわからん。

 やっぱり勢いか、とおれは笑みを浮かべたまま強引に要約してみた。

 

「幽霊の状態でいたのにおれに誘拐されたことが切っ掛けで、旅仲間になったロジャーことソルです」

「久しぶりだな!」

「ツッコミどころしかないからちょっと待ってくれるか」

「デスヨネー」

 

 勢いで押し通そうとしたけどやっぱりダメだった。アイスバーグさんに手の平を向けられて制止されたおれは、きゅっと口をつぐむ。黙りまーす。

 

 結局、アイスバーグさんの質問におれ達が答えるという形で情報を伝えることになった。

 

「海賊王は生きていたのか?」

「死んでます。ここに居るのは幽霊です」

「肉体を持っているように見えるのは?」

「おれの能力で具現化しました」

「悪魔の実の能力か?」

「似たようなものです」

 

 等々、時折答えにくい質問が混ざりながらも、どうにか二人に現状を納得していただけた。はぁ、疲れた。

 

「どうして海賊王が生きて、はいないのか……ンマー、ここにいるのかはわかった。──それで、アンタ達は今更何をしに来たんだ」

 

 細められた三白眼と唐突に低くなった声音に、アイスバーグさんの怒りが滲み出ていた。でもそれだけではなく「もう少し早ければ本人に会えたってのに」と続けられた言葉には悔しさも滲んでいて……会わせてあげられなかったことを悔やむ目の前の人が、いい人だなとおれは好感を持つ。

 この世界のこういう優しさを目の当たりにする度に、おれは世界が少しだけ好きになっていく気がするよ。

 

 アイスバーグさんに威圧を向けられたソルは動じることなく、でも笑顔を浮かべることもせずに真剣な表情をしている。

 

「確認しに来たのさ、トムはいま何処に居る」

「エニエスロビーらよ」

 

 おれ達の会話に参加せず黙ったまま紅茶を飲んでいたココロさんが、カップを置いて静かに言った。

 

「裁判で有罪が出たからって、直ぐ処刑とはならない。あいつらどうやら知りたいことがあるようらからね、しばらく尋問が続くらろうさ」

 

 ほうほう……つまりなるほど、トムさんが隠している何かを探るために、世界政府は彼を有罪に仕立てたのか。いやー、手段を選ばない世界政府らしい一手だな。

 投獄ではなく直ぐに死刑となったことも、拷問の結果死亡したとしても死刑囚なら何も問題ないってことだろう。

 

「じゃあ場所もわかったことだし、行こうかソル」

「おう。ココロ、驚かせて悪かったな」

「待て、一体何をするつもりだ」

 

 聞くべきことは聞いたおれ達は立ち上がり、止めようとしたのか反射的に腰を浮かせたアイスバーグさんが睨みつけてくる。おれはソルと視線を合わせてから、我ながら見惚れるような完璧な笑みをアイスバーグさんに向けた。

 

「ちょーっとトムさんを攫いにエニエスロビー、行ってくるね」

「土産を楽しみにしておけ」

 

 

 

 

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