群青色を押し花に   作:保泉

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友との約束

 

 

 

「ふふ~ん、お土産の上等なお酒もスケッチブックから出してから仕舞ってあるし、料理やおつまみもバッチリ。宴会の準備は万全だな!」

「わっはっは、おれよりも楽しみにしてんなァ」

 

 イオンオーデー号の甲板に置かれたテーブルの上に、宴用に準備したものを入れたスケッチブックを広げて、ヘーマは楽しげに鼻歌を歌っていた。

 待ち遠しさに浮かれた姿を見ていたソルは、椅子に座って味見用のドライフルーツをつまみながら笑う。

 

「……待てよ、お酒が飲めないひともいるなら、やっぱりデザートも用意すべきか」

「おいおい、今から作ンのか?」

「流石に大人数用のデザート大量作成はしたことがないから、描く」

 

 足りないものを思いついたのかスケッチブックの白いページを開いて何やら描き込み始めた彼の向こうの空で、ソルはこちらに近づいてくる何かに気づいた。

 

「なあヘーマ。あのフクロウ、お前のじゃねェか?」

「え?」

 

 よくよく見れば、先日ヘーマが送り出したフクロウだと気づいたソルは、絵を描くことに夢中になっているヘーマの肩を指でトントンと突いた。

 顔を上げた少年も振り返って確認し、確かに自分のフクロウだと目を丸くする。

 

「本当だ、もう帰って来たのか。……もしかして、手紙でお断りされた? おれ、来るなって言われた?」

「まー、その時はその時だろ。向こうにも事情があるだろうしよ」

 

 やけに早いフクロウの帰りに、まさか来訪拒否されたのではとヘーマは顔色を悪くする。気にしすぎだとソルの宥める声にも反応が鈍く、落ちこむ少年の肩を青年はバシバシと叩いた。

 バサリと大きく翼を広げたフクロウは、イオンオーデー号の甲板に掴んでいた何かを放り投げる。

 

「ホー」

「なにこれ、布?」

 

 丸まったそれをヘーマはしゃがんで拾い、広げたそれは赤黒いシミが布の大半を染めていた。

 

「血だな。あっちでなんかあったか」

「……急ごう。多分、ゆっくり進んでる場合じゃない」

「おう」

 

 イオンオーデー号を空で停止し、スケッチブックから以前のものから改良したチェーロ・リベルタ二号を取り出す。前回の人力車に似た形ではなく、よりスピードの出やすい流線型のジェットコースターや小型飛行機に近い形のものだ。

 

「トットムジカ、かなり急ぎでお願いしていい?」

「ぐまっ!」

「ソル、ゴーグル外してこれを被って。あとこのコートも着て」

「おー、カッコいいヘルメットだな!」

 

 頼まれて張り切るトットムジカが前方の手すりを掴む。ヘーマが投げたオープンフェイスのパイロットヘルメットを受け取ったソルは、くるりと回して確認した後、現在付けているゴーグルを外して被る。

 

 前の座席にヘーマが、後ろの座席にソルが乗り込む動きを見守っていたトットムジカは、イオンオーデー号の横にチェーロ・リベルタ二号を移動させる。

 ピクテルがイオンオーデー号を仕舞い込んだ後、彼は手すりを掴んで急加速した。

 

「なァヘーマ」

「なに?」

「思ってたよりさみィな……」

「なんでコート着てないんだソルのおバカ!?」

 

 凍えたソルの回復のため、直ぐに止まることになったのはご愛嬌と言うことで。

 

 

 

 

「う……」

 

 とある部屋のなかでベルメールの意識は浮上した。彼女は目を閉じたまま、傍らに在る気配以外に人気の無いことを確認してから、薄らと瞼を開いて目だけで周囲を探る。

 シンプルな木造の一室は窓もなく、時折浮遊感を感じ取れることから陸ではないようだ。

 しばしそうやってある程度安全を確認し終わった後、ようやく彼女は枕元に伏せる小さな姿に視線を移した。

 

「ナミ……」

「すー……すー……」

 

 丸い座面の椅子に座り、ベッドマットレスを枕にした少女の寝顔は、目元が赤いこともあってとても痛ましい。小さな頭に手を伸ばしてひと撫でしてから、ベルメールは自分の腕を覆う白い包帯に気がついた。

 

(手当てされてる……)

 

 彼女は身体に巻かれた包帯の上に、薄緑色の病衣を着せられていた。ベルメールが着ていた服は血塗れだっただろうから、処分されたのかもしれない。

 あのシャツ気に入ってたのにと彼女が身じろぎしようとしたとき、ズキリと胴が痛んで呻いた。

 

(あたた……こりゃ肋骨やったかな、直ぐに逃げ出すことは難しそうだ)

 

 そっと痛む部位の包帯に指を滑らせる。海兵だったときに負傷はしたが、動けないほど痛めつけられたのは久々だ。それこそあの戦場から十年が経ち、かなり鈍っているなと易々と連れ去られた自身の体たらくに彼女はため息をついた。

 

「ん……」

「おはよ、ナミ」

「え、あ……ベルメールさん!」

 

 少し軋んだベッドに意識を揺すられたのか、眠っていたナミが目を覚ます。ベルメールが家にいるかのように愛娘に笑いかければ、少女は少しばかり呆然とした後に母親に縋りついた。

 

「よか、よかった……もう起きないかと思った~!」

「バカね、私は早々死ぬような女じゃないの。これくらいの怪我、現役時代に何度も乗り越えてきたわよ」

「だって、も、もう一日たってるのに全然……!」

「ああ、よしよし。心配かけてごめんね」

 

 目を涙で潤ませるナミの頭をベルメールはぐしゃぐしゃと撫でる。正直傷が痛くてたまらないが、そこは母親としての意地で彼女は我慢していた。

 

「ここは何処か聞いてる?」

「ぐすっ……今は船の中だって。今は本拠地に向かってるみたい」

「本拠地?」

 

 ナミが次第に落ち着いてきたことを見計らって、現在の場所について尋ねていると、ガチャッとドアノブが回った。

 

「メルヴィユという秘境だ」

「!!」

 

 勢いよくドアを開け放って現れたのは、葉巻を口の端でくわえ腕を組んだシキだった。彼の後ろにはピエロのような白い顔とフェイスペイントに、青いもこもことした髪の男が控えるように立っている。

 シキはベルメールと目が合うなりニヤリと笑った。

 

「おう、起きたようだなベイビーちゃん」

「シキ……!」

「そうツンケンするなよ、今はおれの仲間なんだ……そうだろうナミ?」

「……うん、シキ様」

 

 シキにちらりと視線を向けられただけで、ナミの肩は小さくはねる。それから頼りない視線でベルメールを見たと思えば口元を引き結び、おずおずと彼女はシキに言葉を返した。

 

(……なるほどね、私達は互いが人質ってわけか)

 

 娘の視線の動きに怯えつつも自分を守ろうとする意志を感じて、ベルメールは苦い顔をする。

 ナミを一人連れ去ったとして、素直に言うことを聞くとは限らない。だが、言うことを聞かないと身内に害があるかもしれないと思えば、人は容易く犯罪に手を染める。ベルメールの治療がされた筈だ、海賊にとっては彼女が生きていた方が都合が良いのだから。

 

「──ねぇ、どうしてこの子なの?」

「あん?」

「大人で優秀な人間じゃなくて、まだ子どものナミをスカウトするのはどうして?」

 

 ナミはまだ子どもだ。夢のために本を盗もうとするくらいには悪ガキで、ベルメール自身、娘の才能を感じつつも大海賊に求められるレベルのものではないと思っていた。

 そんな母親の疑問を、シキは鼻で笑って嘲笑する。

 

「何だ、わからねェか? ……ガキだからこそだろうが」

 

 シキは徐に二人がけのソファーに置いてあるクッションを手に取った。

 

「空を移動できるおれの敵は、強力な風のみだ。だからこそおれは優秀な気象予報士どもを雇い、研究チームを作ってる。専用の機械でデータを取って天候を予測するためにな」

 

 ふわりと浮くそれはクルクルと回りながら、ベルメールの元にゆっくりとした速度で飛んでいく。

 

「ウチの奴らにゃ悪ィが、極論、正確なデータさえ集められりゃあ天気の予測はそこまで優秀でなくても出来る。まあ、グランドライン以外の空ならと注釈はつくがな」

 

 胸元辺りに辿り着いたときにクッションは落下して、ベルメールはそれを受け止めた。

 

「そこでだ。データもなしに感覚だけで天候を予測できる程の才能なんざ耳にすれば……真贋を見に行くのも当然、その才を磨くのも当然だろうが」

「…………そう」

 

 最悪だ、とベルメールは歯を噛み締めた。この男は厄介なことに酔狂ではなく、本気でナミの才能を評価しているのだ。

 ナミは今後命の危険に曝されることはないだろう。むしろあの村では難しい、しっかりとした教育も受けさせる筈だ。ある程度の我が儘すら許容されるかもしれない、シキの求める才能を磨き、捧げ続けることをするならば。

 少女が飼い殺しの人生を許容できる限りは、鳥籠の中の自由を与えられる。

 

 命の危険はないだろう、だが、命の危険が無いだけだ。この子が本当に望むことは何一つ叶えられない、そうベルメールは確信を持っていた。

 

「まだ怪我も痛ェだろう、ゆっくり休んでおけ。食事は後で運ばせる」

「……わかったわ」

 

 表情を暗くしたベルメールの顔をジッと観察していた大海賊は、再びニヒルに笑うとサッサと部屋を出て行った。

 

「ベルメールさん……」

「おいで。一緒に寝ちゃおっか」

「……うん」

 

 娘を抱きしめ、ベルメールは村に残された仲間達を思う。きちんと手当できただろうか、まさか失われたものはないだろうかと悪い方に考え始める考えを彼女は振り払った。

 

(今は様子を見るしかない、問題は……本拠地から逃げる手段があるのかってこと)

 

 空から逃げる訓練なんてしたことないわよ、と海軍時代の教官にベルメールは心の中で文句を言った。

 

 

 

 

 

「この島のはずだけど……」

「こりゃ戦闘の跡だな」

 

 ココヤシ村がある諸島に辿り着いたおれ達が見たものは、砂浜に広がる黒い色と錆びた鉄の臭いだった。

 一人二人の量でこうはならない、かなりの人数がこの場にいたはずだ。怪我人も相応に出ているはず……もしかしたら、すでに死者も。

 

「相当血が出てる……村に急ごう。血の臭いを辿れば──」

「お前達何者だ!」

「──うん?」

 

 砂浜に降り立ってトットムジカにキャンバスの中に戻ってもらい、チェーロ・リベルタ二号をスケッチブックにしまっていると、木の陰に隠れていた誰かに声をかけられた。

 振り向いてみれば銃を構えた成人男性が、険しい顔でこっちを見ている。というかおれを見ているのだが。なんだかすごく警戒レベルが高いのに、ソルよりもおれが真っ先に噛みつかれるのは珍しい。

 

「この村に何の用で来た!」

「おれは知人に会いに。アーロンはいるかな」

「……アンタの名前は?」

「ヘーマだけど、それが一体……あ、ヘルメット被ったままだった」

 

 威嚇をするような男性の声の張りにおれは戸惑ったが、パイロットヘルメットを被ったままだったことをようやく思い出した。

 そうだよな、こんなゴツイもの被って夏の気候のこの島でロングコート着てる奴、警戒しないわけがなかったわ。ソルはもう脱いでゴーグルを付けてるし、おれの方が圧倒的に不審者だ。

 

「……はっ! あ、あんたがヘーマか!」

「わっ」

「頼む!」

 

 おれがヘルメットを脱いでみせれば村の男性はポカンと口を開けて呆けたが、直ぐに気を取り直してガシッとおれの手を掴んできた。

 

「アーロンさん達を助けてくれ!」

 

 ……ああ、やはり。

 おれは当たって欲しくない予感が的中したことを察した。

 

 

 

 

 

「ドクター、ドクター!」

「ちょ、静かに──」

「何じゃ騒がしい! ここで騒ぐなバカ者!」

 

 おれの手を掴んだままの男性に引っ張られて、集会場と思われる場所に一緒に駆けこむ。村医者を呼ぶ大声におれが焦って止める前に、それよりも大きな怒鳴り声が返ってきた。おい医者。

 

「ヘーマって子を連れてきた!」

「……なんじゃと?」

 

 サングラスをかけ帽子を被った老人の医者は、男性が引っ張るおれに気づいて眉を吊り上げた。

 

「一番重傷なのは?」

 

 布団が並ぶ集会場の中は、野戦病院のようだった。呻く声と噎せ返るような鉄の臭いが充満して、人手が足らず看護が間に合ってないのだろう、血で汚れた包帯が部屋の隅に山になっていた。

 

「……こっちだ」

「順番に治すから、あとでトリアージを教えて。ソルは外で力仕事手伝ってあげてよ」

「もとよりそのつもりだぜ。おい兄ちゃん、大鍋はこの村にあるか? 湯を大量に沸かせンぞ」

「あ、ああ!」

 

 瀕死の患者を治した後は、何人か軽傷の患者を治して看護助手をして貰おう。全員治すけど血の臭いが籠もったままじゃあ、不衛生極まりない。

 ソルに頼んだからそれとなく外にいる村人達をまとめてくれるだろう、おれはおれのやるべきことをやらないと。

 

 ドクターと呼ばれた男性の後をついていくと、顔馴染みが並んで力なく横たわる光景を見た。怪我の度合いによって並べられているらしく、進むにつれて包帯の量と赤い滲みが多くなっていく。

 

「……やっぱりあんたが一番重傷か」

 

 部屋の一番奥、集会場の裏口に近い場所に横たわっていたのは、か細い呼吸で、身じろぎもしないボロボロの姿の友、アーロンだった。

 

 

 

 

「よし、これで最後かな。あとはお願いできる?」

「はい」

 

 最後の一人の治療が終わった後、身体の清拭や着替えを村人達に頼んで立ち上がる。治療している間に清掃が進んだのか、来た当初よりぐっと血の臭いが薄くなった……はず。いや、鼻が麻痺してるから分からねぇけど。

 

 おれは最初に治療したアーロンの布団の横に腰を下ろした。体中の骨がバキバキに折れていた彼は、相当な血も失っている。そうなると頑丈な魚人とはいえ、意識を取り戻すには時間がかかるようだ。

 

「ありがとうよ、村のモンを助けてくれて」

 

 首の後ろに背びれがあるため横向きの体勢で眠る彼を見ていると、ドクターが水の入ったコップを片手に近寄ってきた。その後ろには外で力仕事を手伝っていたソルも続いている。

 

「友だちを治すついでだ、みんな良くして貰ってるようだしな。まあ、礼は受け取っておくよ」

「ほら昼飯貰ったから食え」

「あんま食欲ないんだけどなぁ……」

「また胃が小さくなるぞ、一口でもいいからよ」

 

 コップを受け取って一口飲む。数時間かけて百人以上治療して、その間波紋法を使いっぱなしのためあまり空腹になっていない。ソルに押しつけられたサンドイッチにおれは渋々かぶりついた。

 

「それで、何があった。こいつらは魚人、偉大なる航路出身で東の海にゃ敵うヤツは早々いねェ。こんな一方的にやられるようなタマじゃねェぞ」

「……確かに、アーロン達の腕っ節は強い。海賊が来ても上陸前に海で沈めとるからな、今まで被害はでんかった」

 

 休憩に入ったおれの代わりに、ソルが事情を尋ねると、ドクターは口惜しげに話し出す。

 

「だが、今回ばかりは相手が悪すぎる。伝説が相手では手も足も出んわ」

「伝説?」

「金獅子のシキ、かの海賊王が生きていた時代、暴れ回った大海賊だ」

 

 聞き覚えのある名前におれは顔を顰めた。イオンオーデー号を作製するにあたって参考にした、フワフワの実の能力者。確かに空中戦になると、魚人達の強みである海を利用することが難しい。

 身体能力が高ければ空気を蹴って走ることもできるそうだが、素質はあっても学ぶ機会など彼らにはない──一方的に打ち負かされるのも無理はない。

 

 ソル、ロジャーともおじい様とも肩を並べた伝説は、海軍すら手を出しかねる相手だ。

 ただ、それを知っておれが疑問に思うことがひとつ。

 

「……その大海賊がどうしてここに?」

 

 東の海、海賊達の間に広まる通称は“最弱の海”。懸賞金アベレージがどの海よりも低いことが原因だ。

 そんなエリアに、しかもピンポイントでココヤシ村に現れる理由がわからない。

 

「……スカウトだとよ」

 

 思考にのめり込みつつあったおれの意識を引き戻したのは、眠っていた筈の男の声だった。

 

「アーロン! 目が覚めおったか!」

「痛いところはある?」

「ヘーマ、お前が治してくれたのか。どこも痛くねェよ、ありがとうな。……情けねえことに起き上がれそうにはねェが」

 

 アーロンは嬉々としたドクターに軽く手を上げて応え、おれの問いに目を細める。内心の荒ぶる気持ちは全く表に出していない。……ドクターを気遣ってだろう、それは以前のアーロンでは考えられないことだ。

 

「血が全然足りないからね、みんな。輸血するか増幅するかはそれぞれ希望をとるよ」

「早い方で頼む。……すぐに出るつもりだ」

 

 できれば輸血して身体が受けたショックが抜けるまで安静にしてほしかったが、そうもいかないらしい。「理由は」と続きを促してみると、アーロンは沈黙した。

 

 んー、これはおれ達を巻き込まないようにしているな。何度も促せば、「シキにある母親と子どもが攫われた」と諦めて理由を話してくれた。

 ……ん? 態々人攫いに、しかも二人だけ連れていったのか? 海賊が?

 

「おれに懐いていたガキだ、シキはどう知ったのかアイツの才能に目をつけて、わざわざここまで来やがった! ……おれ達が生きているのは、ナミの人質として生かされたからだ。ベルメール、母親も言いなりにするためにか連れていかれた……」

 

 おれは開きそうになる口を意識して閉じた。

 待って、いま聞き捨てならない名前が出てきたんだけど。ナミって言ったよな、えっ、おれの聞き間違いじゃないよな。

 おい、おい……弟の未来の仲間が攫われてるんだけど? なにしてくれてんだ金獅子!?

 

「身内を攫われてのうのうと寝てなんざいられるか。おれは早くアイツらを、迎えに行かなきゃいけねェんだよ!」

 

 本来の世界なら人間を憎み、同胞以外を愛せなくなっていた筈の男が、人間を身内にカウントする。それは、どれ程の親愛を相手に向けて、また相手からも向けられていたのだろう。

 優しい世界がこの村にはあった。オトヒメ王妃の理想そのものが、この場所に実現していた。

 そんなやわらかいものをアーロンが許容できたことに、おれはとても嬉しく思った。

 

「そういう理由ならさ」

 

 だから、当然だったのだ。彼の内から響く愛に満ちる慟哭が、おれの針路を動かす一押しになったのは。

 

「おれが迎えに行ってくるよ」

 

 おつかいを承っただけのような軽い口調で、ニッコリと笑顔をアーロンに向ければ、彼は目を見張った後直ぐにおれを睨みつけた。

 

「……だめだ」

「おれの方が成功率高いもの。そうそう、戻ってきたら会って欲しい相手がいるんだ」

 

 当初の目的は、残念だが後回しにするしかない。これから海軍が来るだろうから、トムさんはまだキャンバスから出せないからね。流石に新聞にも掲載された事件の当事者だ、顔が知られているだろうから捕まってしまう。

 

「そいつは、手紙に書いてあった魚人か」

「偽名はトマさんね。エニエス・ロビーに忍び込んで連れ出してきたんだ……おれ、潜入は得意なんだぞ?」

「はあ!? あれは政府の機関だぞ!?」

「すごいだろ~! ……ね、ちゃんと帰ってくるよ、待ってて」

「おいヘーマ! 待て……うっ」

 

 おれが腰を上げて入り口に向かって歩き出すと、慌てて手を伸ばしたアーロンが体勢を崩して布団にダイブした。貧血で急に動くから……。

 

「アーロンさん! ……ぬわっ!」

「無理に動かないでくれ! ……ブヘッ!」

 

 いつの間にか目を覚ましていたのかチュウやクロオビが布団から起き上がってアーロンを支え……ようとして布団に突っ伏した。

 こら、みんなも血が足りてないんだから急に動いたらそうなるに決まってるだろ。

 

「まったく、怪我人は安静にしてないとダメだろ?」

「「「アンタのせいだよ!?」」」

「おお……」

 

 目が覚めた患者一同からツッコミをもらい、その勢いにおれはたじろいだ。大分聞き耳立ててたなみんな。

 

「コホン。第一さぁ、アーロン、金獅子の居場所わからないでしょ」

「それは……お前は知ってんのか」

「目星はついているさ。だから、ゆっくり身体を休めていなさい。ちゃーんと二人は連れ帰ってくる」

「おう、お前らはこの村で待っとけ」

 

 ちょっとした対策が功を奏して、海賊の居場所の特定はできている。フクロウの機転に救われた形だな。

 

「……ヘーマ、ソル」

「うん」

「なんだ?」

 

 震える身体を無理矢理起こし、布団に座り直したアーロンはおれ達に向かって頭を下げた。

 

「ガキのお前らに、恥を忍んで頼む……アイツらも助けてくれ……!」

「ああ」

 

 友が、男が頭を下げたんだ。

 

「「任せておけ」」

 

 なんとしても叶えてやる。

 

 

 

 

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