群青色を押し花に   作:保泉

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縁を束ねて巻き付けた

 

 

 海賊って奴らは、誰も彼も昼から酒を飲むのが当たり前なんだろうか。

 

 デッキに広げた敷物代わりの布の上に座らせられ、目の前で楽しそうに飲み食いしている面々を見て、おじい様も午前中から飲んでいたなと納得した。

 まあ、酔いが回って他人に迷惑をかけないで、深酒で身体に悪影響がない限りは問題ないとは思うけど。

 

「ヘーマこれも美味しいよ、はい」

「ありがとうウタちゃん」

 

 さっきから左隣に座ったウタちゃんがおすすめの料理を取り分けてくれるんだが、その度に背筋がぞわってするのをどうにかしたい。

 大人げないぞ兄さん方、ウタちゃんまだ九歳だろうが。この歳から周りにいる男を排除してどうする。

 ……記憶にないけど、おれがなにか彼らの害虫センサーに引っかかることでもやらかしたのか?

 

 保護者として気持ちは分かるが大人げない圧力を、気にしないようにして料理をフォークで口に運ぶ。

 いやー、本当に料理が美味しい。おれとしてはサッチさんたちの料理の方が好きだが、ウチもここも海賊船で出てくるクオリティではないと思う。作り手の好みなのか肉料理が多めだけど。

 

「ウキ」

「モンスターもありがとう」

 

 右隣に座るお猿さんことモンスターもフルーツを分けてくれる。ウタちゃんの真似をしているのかな。

 ありがたいけど、いま皿に山になってる料理を先に食べないとだから、ごめんよちょっと待ってね。

 

 全部食べきれるかなぁ、と不安になりながらモグモグと咀嚼していると、ウタちゃんがまたもやおすすめを紹介してくれた。

 キラキラのお目々はとても可愛いけど、おれは早食いが得意ではないのでペースを落として欲しい。

 

「ウタ、そんなに次々渡しても食い切れてねェぞ。それにルゥみたいに丸くなったらどうすんだ」

「えっ!?」

「むぐ……ごめんね、ちょっとこのお皿分食べきるまで止めてもらえるかな」

 

 モンスターの隣に座る音楽家のパンチさんがウタちゃんとモンスターを止めた。口の中のものを飲み込んでウタちゃんに断ると、しょんぼりした顔をされてしまった。

 ごめんよ、でもこのペースだとおれがルゥさんのように丸くなる前に、胃の中身を戻してしまう可能性が高くてな……。

 彼女の気分に合わせて結んだ髪の毛が下がったのを見て、触角なのかと疑問を持った。

 

「ヘーマは食が細いな、ウタの方が食べてるじゃねェか」

「これでも食べるようになったんですが」

「全然足らねェよ。知り合いのガキなんてお前よりも二つ下だが倍は食うぞ」

 

 ウタちゃんの左隣に座る船医のホンゴウさんが、例えに出た子どもの身長を手で表す。うん、その身長は確かにおれより低いが、もしかしてそれはルフィのことでは?

 あの将来掃除機で吸い込むように食べる人間と、一般的なおれを比べないでほしい。

 

 ああ、もしかしてウタちゃんは食べる量の基準をルフィにしていたのか。そりゃあ、薦める速度は速くなるか。

 

 しかし参ったな……全部食べられる気がしない。

 胃の容量はすでにもう八分目は過ぎている。それなのにお皿の料理はようやく三分の一を食べ終わった程度、はたして頑張れるだろうか。

 

「ウタ、冷凍庫にアイスがあるから二人分だけ取ってこい」

「え、わかった」

 

 気付けば近くに料理人のルゥさんが来ていて、片手に骨付き肉を持ってかじりながらウタちゃんに話しかけていた。目の前の料理と格闘していたせいもあるだろうけど、近づいていることに全然気付かなかった……この存在感なのに。

 

 彼女が頷いてから船室内に駆けだしていったのを見計らって、ルゥさんはおれの前の皿を持った。

 

「あの」

「もう腹いっぱいなんだろ? 悪いな、なかなか止めてやれなくてよ」

 

 これはおれが食べるから気にすんな、と笑いながら去っていく後ろ姿に、気を遣わせてしまったなと落ち込む。作った本人の前で残すとか失礼すぎるのに、寛大だなルゥさん。

 

「おれたちはお前さんみたいな繊細なやつには縁がほぼなくてな、昔の自分たちも含めてガキはたらふく食べるもんだと思ってた。すまん、かえって迷惑をかけたみたいだ」

「そんなことは。とても美味しかったですし、残すことになって残念でたまらないくらいです!」

「……ハハッ、ウチの味を気に入ってもらえたならよかった」

 

 正面に座っていたお頭さんことシャンクスさんが、ちょっと困ったような顔をしていたので首を横に振る。

 本当に残したくないんだあの料理。タッパーはこの世界にないんだろうか、あれば持って帰って夕食にしたかった。少々声が大きくなったが、お世辞を言っているつもりはない。

 

「そういや、エレジアに来たってことはヘーマも何か音楽をやっているのか?」

「弾けはしますけど、専門ではなくて嗜み程度です」

 

 そわっとしているパンチさんの問いにおれは困った顔をしているだろう。

 いやね、前世でおれってすごい長生きしたから、趣味に色々手を出してみたんだよね。その中でも特に音楽については、紳士の嗜みだからと特に推奨されていた──ジョナサンとディオによって。

 おれが今生でやたら丁寧な所作をしているのは、前世で仕込まれたのが一番大きいと思う。乱雑な動作も出来はするんだけど、二人の咎める視線を思い出して長続きさせることが出来ない。躾の結果が出すぎている。

 

 プロに聴かせるような腕ではない、でも音楽の都に何しに来ているんだと問われれば、あのアホらしい理由を話さないといけない。会ったばかりの人たちにそれは勘弁してもらいたい。

 

 苦笑いを浮かべるおれに、モンスターがヴァイオリンと弓を渡した。え、これを弾けと。いや出来るけどこれ誰の……パンチさんの?

 勝手に使って良いのかとちらりと視線を向けると、彼はニッと笑っていたので大丈夫らしい。諦めて弾くしかないみたい。

 

 うーん、軽く弾こうにもおれはこの世界の音楽に詳しくない。となると、前世の曲になるんだが……この場で上品なクラシックを弾いても興ざめだろう。

 なら、奔放に生きたカルメンを。

 

 有名な部分だけを弾いて構えを解けば、どこが嗜み程度だとパンチさんに小突かれた。あ、拍手ありがとうございます。

 

「その歳でその技術で嗜み程度って言われたらおれの立つ瀬がねェよ」

「技術だけなので。心を込めるのは苦手なんです」

 

 弾けるかどうかといえば、異音を奏でることなく弾ける。

 上手いかどうかといえば、長い時間を掛けて得た技術はあるので上手い。

 人を感動させられるかどうかは、出来ないと言える。

 

 どうも音が機械的で楽譜通りにしか弾けなくて、己の感情をのせて奏でる技術がおれは不得意だった。耳障りにならない作業用BGMとかはいける気がする。

 

「おれたちからすれば十分上手いんだが、そうなのか?」

「丁寧に弾こうとしすぎているのかもなァ。もうちょっと遊んでみろ」

「遊ぶ?」

「音がずれても恥ずかしいと思うな。アレンジだと言い張れ」

 

 首を傾げているシャンクスさんたちを尻目に、パンチさんは笑っておれにアドバイスした。

 

 あー、心当たりがある。嗜みとして習った楽器だから、丁寧に弾くことを何より重視していた。こんな風に海賊たちに混ざって弾くようなものではなく、それこそコンサートで楽団に混じって奏でるような、美しさを目的としたものを。

 つまり、身内でカラオケ大会しているノリで弾けはいいってこと、か?

 

「あーっ! みんなだけヘーマの音楽聴いてる!」

「お、ウタ。早かったな戻るの」

「ずるい!」

 

 二人分のアイスを持って戻ってきたウタちゃんが地団駄を踏むのを見て、シャンクスさんはだっはっはっと笑っている。娘の地団駄を見て大笑いするなよ父親。可愛いのはわかるけど、後々恨まれるぞ。

 

 気を逸らすべく明るいゲーム曲を弾いてみることにしたら、続々アンコールが来てせっかく持ってきてもらったアイスが大分溶けた。

 

 

* * *

 

 

 あらためて貰った溶けてないアイスをウタちゃんと一緒に食べ、まったりおしゃべりしながらみんなが飲み食いしているのを見ていると、おれのカバンから電伝虫の声が聞こえてきた。

 

 ……あっ、まずい。

 

「電伝虫の音、ってヘーマのカバンからか」

「持ち歩いてるのかお前」

「丁度宿を替えるところだったので……すみません、少し席を外します」

「ここで出りゃいいじゃねェか、移動していたら切れるぞ?」

 

 カバンから電伝虫を取り出して場から離れようとすれば、そっと肩を押さえられた。いつの間に後ろにいらっしゃったんでしょうか、帽子のお兄さんことライムジュースさん……。

 微かに怖いものを向けられている。そうだよね、おれが海軍とかに繋がりがあったら色々面倒なことになるから警戒するよね。

 でもおれはこの場から離れたいなぁ!

 

 お父様たちに赤髪海賊団と知り合ってごはんをご馳走になったとか、知られたら怒られないかこれ。おれもそうだけど、赤髪海賊団に怒りが向いたりしないかこれ。

 別に怪我させられたりしていないから大丈夫、かな?

 

 観念して皿の間のスペースに鳴き続ける電伝虫を置き、受話器を取った。

 

 平常心、心頭滅却、がんばれおれ。

 

「はい、ヘーマです」

『──悪いな、忙しかったか?』

「ちょっと食事をしていたんだ。何かあった?」

 

 電伝虫から聞こえるお父様の声に安心するとともに、焦りが顔に出ないように努める。向こうに伝わらないよう、表情も制御しないといけないのが、電伝虫の辛いところだ。

 

 幸いなことにみんな黙っていてくれている。聞き耳を立てているともいう。お父様に気取られないように、かつ赤髪海賊団に白ひげ海賊団の情報が漏れないように、ファイトだおれ。

 

 いや難易度高すぎだろ。

 

『前の連絡の時に、あと一週間はエレジアに滞在するって話だったろう』

「うん、そのつもりだけど」

『迎えに行くからもう一週間程伸ばせるかねぃ?』

 

 迎えにって、おれをだよね。は、エレジアに来るってこと? みんなが?

 え、赤髪海賊団はいつまてエレジア滞在の予定なんだろう。被らないといいけど。

 

 内心どうやって回避しようとおれが焦っていると、じっとおれとお父様の会話を聞いていたシャンクスさんが、あっと声を上げた。

 ばっ、なんで声を出した!?

 

『……誰が近くにいるのかよい?』

「マルコの声かこれ!」

『──あ゛?』

 

 回答がわかったとばかりに明るい声を出すシャンクスさんとは対照的に、ひっくい声を出すお父様。

 残念ながらこれクイズじゃあないんですよねぇ……もしかしなくてもお知り合いですか。ふふ、おれ終わった。

 

『なんでヘーマの電伝虫から、てめェの声が聞こえんだよ赤髪……!』

「ひっさしぶりだなァ! ちょっと一緒に飯食ってんだ」

 

 お、わりと親しげだから大丈夫かも。不倶戴天ばりに敵対はしてなさそう。

 ちょっとほっとしながらも右隣に来たシャンクスさんを見上げるおれ。どうしよう、受話器を代わった方がいいのかな?

 そっと差し出せばシャンクスさんは受け取った。

 

『どんな経緯を辿ったらてめェとヘーマが知り合うんだよい』

「おれの娘が命を救われてな、恩人なんだ。そうか白ひげ海賊団だったか……」

 

 てっきり貴族の息子か商人の息子とかだと思ったのに、と落胆しているのはどういう意味かなシャンクスさん。

 え、おれまさかマジで誘拐されるところだった?

 

『おい、まさか』

「でもまあ、子どもだったら勧誘してもいいだろ? なァ、ヘーマ。ウチの船に乗らないか?」

「え?」

『よくねェよい! ウチのってわかってんだろい!』

 

 身構えていたおれにシャンクスさんは笑顔で勧誘してきた。あ、そういうこと。他の海賊団から引き抜くのは難しいってことな。まったく諦めてないみたいだけど。

 

 というか、なんでおれ?

 

 疑問が顔に広がっているだろうおれに、笑いながら背後にしゃがみ込んだライムジュースさんが耳を塞いだ。あっ、なにか機密でも話すんですね。

 

 目だけで周りを見ればウタちゃんもホンゴウさんから同じように耳を塞がれている。子どもに聞かせられない話なのかな。

 話から締め出されたからか彼女が不満そうな顔をしているので、しょうがないなとトントンと肩を指でつつく。

 

 ウタちゃんがこちらを向いたのを見計らって、ピクテルで黒いト音記号のモチーフがついた白のヘアピンを取り出した。

 目を輝かせたウタちゃんの赤い前髪をヘアピンでとめると、彼女はヘアピンを何度か触ってからにっこり笑う。うん、似合ってるな。

 上手く意識を逸らせたことと、自分の見立ての良さに満足していると、いつの間にか全員こちらを凝視していた。うわ、びっくりした。

 なんでそんな胡乱な目でおれは見られているのでしょう。

 

『──これでもヘーマを船に乗せる気かよい?』

「ちょっと考えるなァ……」

「おれが耳を塞がれている間に、何故か信用度が下がっている」

 

 いったい、何を話し合ったんだか。とても内容が気になるけど、きっと教えてはくれないだろうな。お父様の呆れた声と苦渋の顔をしているシャンクスさん……やっぱり教えてほしい。何話したの。

 

 向こうでウタちゃんがベックマンさんにヘアピンを見せているので、本人には気に入って貰えたみたいだけど。何がダメだったのか。

 

「えーと、話を戻すけど、おれを迎えにエレジアまで来るってこと?」

『あァ、楽園にある国に行く用のついでになるけどな』

「滞在するのは大丈夫。似顔絵描きで収入もあるし、待てるよ」

 

 無理矢理話を元に戻して、お父様の話の続きを進める。滞在費を稼ぎながら一月だって待てる。いざとなればバイトも出来るしね。

 

「ほー、ヘーマは画家なのか」

『知らないで勧誘していたのかよい』

「ならおれたちの絵も描いてくれよ。マルコたちが来るまでウチの船を宿にしていいから」

「いいんですか!?」

「おお……一気に食いついてきたな」

 

 ぱし、とシャンクスさんの手を取って念を押す。おい、とお父様が咎める声が聞こえている気がするけど、気にしないでおく。

 敵船である赤髪海賊団のメンバーを描くチャンス、これは絶対逃せないだろ。色鉛筆じゃなくて水彩画にしようか、油絵は湿気が多い船だと保管が大変だろうし、後でどちらがいいか聞いてみよう。

 

「二週間お世話になります!」

「あァ、よろしく!」

「目の色が変わるってこういうことなんだな」

「しっかりしてそうで案外チョロそうだ。よく誘拐されなかったな」

『回収したらしばらく外には出さねぇよい……』

「えっ」

 

 驚いて電伝虫のいる方に顔を向けた。興奮している間におれの外出禁止が決定されてる。その方がいいだろうな、ってどうして皆さん同意するのか。やめて、おれをお外に出して。

 

『赤髪、ヘーマから目を離すんじゃねェぞ。もしなにかあったら──わかってんだろい』

「無論だ。おれたちから何かすることはないし、ある程度守ってやるさ」

『ならいいよい──ヘーマ』

「はい」

 

 お父様の声が真剣な色を帯びたので、おれは背筋を伸ばす。まあ、前世の経験で勝手に姿勢を正しちゃうんだけどな!

 

『迎えに行くまでちゃんと自分の身を守れ。トラブルの予兆があれば赤髪に報告しろぃ。いいな?』

「はい、お父様」

 

 返事をすると電伝虫の通信が切れた。お父様が切ったようだ。

 きっとおじい様に報告するんだろうなぁ、そしておれは帰ったらみんなに叱られるんだろうなぁ……次、いつ旅に出られるかな。

 

 目を遠くしつつ、受話器を置いて隣を見上げると、ポカンとした顔のシャンクスさんと目が合った。

 

「ヘーマ、お前……マルコの息子なのか?」

「そうです」

 

 言ってなかったっけ、と今までの会話を思い浮かべて、言ってなかったなと納得した。当初の出来るだけ情報を抑えようとした方針が、無意識に続いていたのだろう。

 

「黙っていてすみません」

「気にするな、というかその警戒は必要なやつだ。これからもお前から言う必要はねェ」

「いいか、おれたちにも気をつけるんだぞ?」

「……? はい」

 

 両肩を掴まれてヤソップさんに言われる。随分と念押しされるのは、そんなにおれがダメそうに見えるんだろうか。

 今だってちゃんと警戒はしている。悪意や殺意を向けられたら、即座に反応と反撃は出来るように備えている。

 

 それ以外は力を抜いているだけだ……これ、おれの警戒の隠し方が上手くなりすぎているのかも。

 お父様たちにも隠せているのなら、反撃できる実例を見せれば外出禁止は解けるかもしれない。よしよし、帰った後の目標ができたな。

 

「ねえねえ、ヘーマ。しばらく船に泊まるんでしょ、案内したげる!」

「ほんと? お願いするよ」

 

 ウタちゃんに手を引かれながら何やら話している大人を放って、おれは船内ツアーに乗り出した。

 漫画に出ていた船を探検出来るなんて、ちょっとミーハー心が疼くな!

 

 

* * *

 

 

「──最初、妙に他人行儀だった理由はわかったけどよ」

「白ひげ海賊団一番隊隊長、不死鳥のマルコの息子……そりゃあ何処からでも狙われる理由にはなるわな」

「むしろ白ひげがよく船から出したもんだ……あんなぽやっとしたやつ、すぐに拐われるぞ」

「まったくだ」

「おれたちが実証しちまったしなァ」

「それにあの坊主、警戒の解除が早すぎるだろ……もうなにも構えてねェぞ」

「いやー、マルコも苦労してんな」

「まて、ウチも笑っていられねェぞお頭。ウタも同じようなもんだ、懐くスピードが過去一だった」

「ルフィも似たようなところがあるだろ、アイツは確実に食い物で釣れる」

「あー……。海賊のおれたちが言って、どこまで効果があるかだよなァ……ベック」

「無理だな」

「無理かァ……」

「いやそこで諦めるなよっ!」

 

 

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