群青色を押し花に   作:保泉

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「それがおめェの本気だと? デカくなるならそりゃあ筋力は上がるだろうが……どうして今までやらなかった?」

 

 おれの変貌を驚きつつも黙って眺めていたシキは、ニマリと笑う。うっわ、悪い顔だな。

 

「なにか容易にできないデメリットがある……ってところだろう?」

「いや単純に忘れてただけなんだけど……」

「ドジっ子かよ!?」

 

 ツッコミをありがとう。ご指摘通り、当然デメリットはあるんだけどな、重めの。とぼけた顔で誤魔化しつつ、おれはシキの察しの良さが再び発揮されないように祈る。

 

 矢によるスタンドのレクイエム化は、強いスタンド使いでないと成功しない。ここでの強さとは単純なスタンド能力の優劣ではなく、精神力の強さが一番肝心なのだとおれは思う。

 

 おれは元々、スタンドを制御できずにいた。漫画のホリィのように高熱で倒れ、意識が朦朧として死に向かいながらも、どうにかコントロールできて命をつないだくらいだ。自分のスタンド使いとしての適性のなさは、身に染みて実感している。

 

 だからこそ、おれがスタンドをレクイエム化したとして、完璧な制御なんてできるわけがないことは、わかっていた。

 

 簡単にまとめると……おれ達がシキを倒すか、またはおれがスタンドの制御に失敗して『暴走して世界ごと自滅する』かの二択なんだけど、その。

 

 言わなきゃバレないから問題ない。

 

「なんかやべェこと考えなかったかおめェ」

「気のせいですね」

 

 不穏さに気づいたのか半目でおれを見た大海賊に、とびっきりのスマイルを贈ってやる。こうしている間にもジリジリと制限時間が短くなっていく予感に、おれは心の中で舌打ちした。あまり時間はなさそうだ。

 

 おれはピクテルに剣を渡し、代わりに黒い革製品を受け取った。

 

「得物を変えるのか……おい、それただのグローブじゃねェか」

「まあまあ」

 

 今生で散々振り回しておいて今更なんだが、実はあまり得意じゃないんだよな、剣。扱えるのはおれが才能に溢れているとかではなくて、単に人の人生より長く剣を触ってて、惰性で使い慣れただけで。手を傷つけないのはいいんだけど。

 

 おれが前世で一番長い時間をかけて修練したのは近接格闘だ。それはもう親友達と奧さんにボッコボコにされたとも。

 前の世界とこの世界を比べて、種族の違いによる身体能力を除けば武芸の技術はそう変わらない。あの世界で得た技能はけっして無駄にはならない、その点はおれが自信を持っていいところだ。

 

「遠距離攻撃だと、アンタはすぐ避けちゃうだろ?」

 

 遠距離戦でシキとやり合うのは無理だ。できなくはないが、決着に非常に時間がかかるだろう。タイムリミットを抱えたおれでは、その余裕は持ち合わせていない。

 

「だからこうして……」

「ぐっ!?」

「……はは、近づけば当たるみたいだな!」

 

 見よう見まねで空を蹴って近づいて、ようやく直接シキを殴れた。ガードされたけど。ただ、こうして殴ってみてわかったことがある。

 

 大海賊である金獅子のシキは、ロジャーが現役だった頃より大分弱体化している。

 

 おそらくこの十年間、まともに戦っていないのだろう。じゃないとおれの拙い加速程度でガードが遅れかけるはずがない。

 同じ条件のレイリーよりも勘が鈍っているっぽいのは、シャボンディ諸島で海軍の目を潜り抜けていた彼と、潜伏のため敵のいないこの島の安穏な暮らしの差かな。

 

 特に劣化しているのは攻撃関連だろう。あれほど器用に能力を使うシキだが、己の得物を足に付けたことで飛ぶ斬撃を足から飛ばす運用をしており、事前動作が大きいためハッキリ言って隙がデカイ。

 能力で攻撃している間は移動を止めているのは、おそらく遠距離固定砲台型にスタイルを無理矢理変更したんだろうな。

 

 本来はまず遠距離で敵勢力を削り、近距離では双剣で戦うという遠近対応できるオールマイティー型だったはずだ。自分の体を能力で操作するとしても、おそらくシキ自身の脚力での加速には到底及ばない遅さだろう。

 

 ……まあ、それでもおれはコテンパンにされたんだけど、いまは横に置いておいて、と。

 

 つまり仕掛けるべきなのは──超至近距離のインファイト。

 

「オラァッ! もういっぱぁーつ! オマケもどぉーぞッ!」

「チッ!」

「おっと逃げんな、よォッ!」

「この、しつけェな……!」

 

 距離を空けようとするシキに詰めながら、フックや蹴りを交えて乱打する。時折シキが振るう拳にピンポイントで自分の拳を合わせつつ、攻撃の手は止めない。

 

「さっきと違ってやけにイキイキしてんじゃねェか坊主、ええ!?」

「殴る蹴るの、ほーが、楽、なんだよねっ! アンタも毎回刃を立てる角度、計算して考えるの、面倒だろ!?」

「は? いやそんなのやってンのおめェだけだと思うぜ?」

 

 そこまで考えて剣を振ってる奴なんてほぼいねェよ、とおれの拳を捌きながら呆れた声を出すシキに、おれは多大なショックを受けた。そんな……まさかみんな感覚だけで剣振れんの?

 

「そこのロジャーを見てみろ、あの馬鹿がそこまで考えてると思うか?」

「……確かに!」

「おいこらテメェら!」

 

 シキが指差した先にいた人物を見て思わず納得したおれに、ロジャーがシッケーだぞと文句を言ってきた。うるせぇ、自分から正体をバラすのは馬鹿だこの野郎。

 

 そんな風に視線を逸らしたおれに、シキが不穏な動きをした時──

 

「うお!?」

 

 その動きを阻害するように飛来する影があった。

 

「いまのは……てめェか」

 

 シキは自分の死角に佇み、次の矢をつがえたピクテルを顔だけで振り返り、睨む。彼がピクテルをどう認識していたのかは分からないが、少なくとも攻撃に加わるとは思わなかったのだろう。堂々と彼女はシキの背後へ移動していたのだから。

 

 おれのスタンド、ピクテル・ピナコテカの画力は本体であるおれの画力に準ずる。絵が下手であればスケッチブックから出せるもののクオリティが下がり、もし食べ物ならひどい味になるだろう。

 つまり、パワーは兎も角ピクテルの技量はおれの技量とイコール。その等号は絵を描く以外のものも同様である。

 

 故に、彼女は剣も銃も──そして弓も使える。手を保護する手袋を付けたピクテルは、シキの死角に回り込み矢を射ったのだった。

 ちなみに、これはスタンドの矢ではない。敵の未来をパワーアップか弱体化か死の三択にする度胸、おれにはちょっとないかな。

 

「卑怯だって言う?」

「ジハハハ、おれがんなこと言う奴なら最初に数で囲っ──だぁっ!?」

「あっ」

 

 ニヒルに笑っていたシキが慌てて屈むと、頭があった位置を矢が通り過ぎていた。いや殺意強いな。

 

 お前なんで今射ったの───棒立ちしているからチャンスだと思ったって? そっかー……ピクテルさんや、せめて話しているときはやめよう?

 あっ、また射った。

 

 おれより合理主義なピクテルにちょっと怯みつつ、おれは容赦の無い彼女の攻撃に体勢を崩したシキへ、踏み込みがてらのストレートをねじ込んだ。避けられたけど。

 

「容赦ねェなてめェら!?」

「味方の、作った隙はっ、有効活用しないとだろ!」

「全面的に同意だが、やられる方はごめんだなこりゃあ!」

 

 おれは拳を振るい、蹴りを入れては攻撃し、かつ防御する。シキも同様に拳と足の剣で攻撃するが、能力を使用する様子がない。

 

 まさか能力を使う余裕がない、ってのは早計だろう。おそらく──陽動。

 

 おれの左フックと同時に死角から射られたピクテルの矢が、鋭い音を立ててシキへと迫る。

 だが、その矢はシキに辿り着く前に、横から飛び出してきた雪の獅子にのみ込まれた。シキの能力だ。

 

 雪の獅子は勢いを止めることなく、矢を放った直後のピクテルに向かって空を駆ける。ピクテルは突進を回避しつつ、まっさらなキャンバスを取り出して雪の獅子の軌道をずらし、直撃を避けた。

 だけど、雪の獅子の攻撃はまだ続く。生物ではあり得ない急な軌道で再びピクテルを狙っている。

 回避後で速度の出ない彼女をかっ攫ったのは、いつの間にか出ていたクマのぬいぐるみバージョンのトット・ムジカだった。どうやら移動だけ手伝ってもらうことにしたらしい。

 

 ピクテル対雪の獅子となったことで、再びおれとシキの一対一の構図になった。

 

 おれに勝ち目があるとすれば、シキは自ら雪の獅子を操作しているのに対し、おれはピクテルの自由に任せられるという点。彼女の足りない速度をトット・ムジカが補った以上捕まることはないだろうし、おれは目の前の敵をどうにかしなきゃな。

 

「オラァッ!」

「ちったあ、動揺するかと思えば……ジハハハ、ここまで怯まねェのはいいな!」

 

 シキは満足そうに笑う。顔が凶悪なので威嚇されているようにしか思えなかったが。

 

 さて、あともう一押し手が必要だな。

 

 おれの意思を受けて、ピクテルがその場にピタリと停止する。当然、止まった彼女に襲いかかってくる雪の獅子をマタドールのようにひらりとよけて、ピクテルはスケッチブックを片手に雪の獅子へすれ違いざまに手を伸ばした。

 彼女が掴んだのは獅子の鬣、ピクテルに触れられて雪の獅子の大質量はするりと紙の中へ閉じ込められる。シキが動かしているとはいえ元はただの雪、スケッチブックに入れられる対象だ。

 

 そうして再びフリーとなった彼女は、シキへ矢を放った。

 

 彼女と同時におれもシキへ攻撃を繰り出せば、大海賊はピクテルの矢を体勢の傾きでよけつつ、おれの攻撃を腕で受け止めてみせた。

 

 ──だが直後、シキは顔を歪めた。これは苦痛によるものだろう。

 

 シキの背中には一本の矢が深々と突き刺さっていた。直前にピクテルが放ったものではない。一番最初に彼女がシキに向けて放った矢だ。

 これはピクテルがスケッチブックから作り出したもの、つまり自分で動くことができるゴーレムの矢だ。対象を追尾するような矢の試作品らしいが、今回はうまく動いたらしい。

 抜き取ろうとしたのか刺さる矢に手を伸ばそうとして、シキはさらに顔を顰めた。うわ凶悪。

 

「……毒か」

「あたり」

 

 小刻みに震える彼の手を見る限り、相当痺れを感じているだろう。何せ偉大なる航路の深海にいるクラゲの毒だからな、打ち込む量があれば船サイズの魚すら数秒で身動きが取れなくする代物だ。

 覇気で防御できるのはあくまで身体の表面、いかに高練度の覇気使いとはいえども内部構造は一般人とそう変わらないはず。……ちょっと巨人族はどうかわからないけど。

 ましてや毒矢を打ち込んだのは背中、手足のように解毒のために除去するのも容易ではない。

 

 すでにもう口も碌に動かせないのだろう、ただ此方を睨みつけてくるシキの背後からピクテルが忍び寄り、彼の腕に海楼石の手錠をかけた。……これでよし。

 がくりと浮力を失い落下するシキの身体を島雲ゴーレムが受け止め、ゆっくりと地表に下ろした。

 

 トントンと空を蹴りながらお父様とロジャーが居るところに向かうと、二人とも呆れた目を向けてきた。なにそれ遺憾。

 

「お前の本気はそっち方向なんだねい……」

「身体をデカくしたからてっきり真っ正面から行くのかと」

「やらないよ。一回失敗してるんだからまずは安全策を取るよ」

「そこで毒矢打ち込む選択肢が出るあたり、お前は立派な海賊だよい」

「そうだな!」

 

 えっ、本当? 海賊っぽい?

 よほどおれが嬉しそうな顔をしていたのか、お父様が困ったように笑った。そのままぐしぐしと頭を撫でられる。うん、これは褒められたんだよな? へへ。

 ほわほわしているおれの横で、お父様がチラリと島雲ゴーレム──正しくはそこに横たわったシキを見た。やべ、チアノーゼが出始めてる。

 

「で、シキはどうするんだよい」

「このままだと呼吸できなくなるから、こうする」

 

 しっかりと海楼石を組み込んだロープでぐるぐると縛ってから、ピクテルはウキウキしながらシキをキャンバスに入れ──筆を振るう。スタンドによる『上書き』だ。

 次に彼女が取り出したシキは、痙攣もなく顔色も良く、毒矢を受ける前の状態に戻っていた。

 

 まあ、正確に言えば元通りではない。

 

 違いは頭に刺さった舵輪が外れて、足首から先が失われて剣を義足としていた彼の足が、生身のものへ変わっているところかな。

 

 島雲ゴーレムに横たわりながら、存在する自らの足の指を見てシキは唖然としていた。幻覚か、と呟いたな今。大丈夫、本物ですよ。

 

「とりあえず足の先つけて頭の舵輪取ったけど、舵輪はあった方がよかった?」

「いや、正直助かる。手術でも取れねェし横向きにしか寝れなかったからな」

 

 にぎにぎと足の指を動かしながら、シキは神妙な顔をしていた。まあ、これは毒を消すついでのサービスのようなものだ。想定よりあのクラゲの毒が強くて殺しかけて、焦ったことは内緒にしよう。

 

「よし」

 

 続いておれはピクテルに頼み、寒い地域用の大きなテントに椅子や暖房器具などのセッティングをしたものを出して貰った。その中に縛られたままのシキを乗せた島雲ゴーレムを移動させて、何するつもりかと訝しんでいるお父様達を手招きして中に入る。

 暖かいテントの中へ全員入った後にテーブルの上へ何種類かのつまみとウイスキー等の酒類を出してから、おれは一つ息を吐く。

 

 そろそろ限界だ。

 

 

 

 

 ピクテルはヘーマを掴むとキャンバスにひょいっと入れて、塗った絵の具を布で拭い去る。次にヘーマが取り出されたときには、大きい姿ではなく元の十一歳の姿に戻っていた。

 子どもの姿にマルコがほうっと安堵の息を吐く。あのまま青年の姿から戻らないときはどうしようかと思っていたからだった。

 

「ろじゃー」

「うん?」

「あとよろしく」

 

 テントの中を眺めていたロジャーが振り向くと、少年のぼんやりした目と視線が合う。顔色が悪いと彼が気づいて声を放つ前に、ヘーマはパッと口を押さえた。

 

 途端、ゴポリとむせる少年の手の隙間から、赤い液体が伝っていく。

 

 その鉄臭さに近くに居たマルコは目を見開き、前屈みになる息子に駆け寄り肩を抱いた。

 

「やっぱり無茶やりやがったな!?」

「ゲホッ……あはは、ゴブッ」

「話すなとりあえず全部吐き出せ!」

 

 みるみるうちに赤く染まる白い胸元に、自分でもヤバいと思っているのかヘーマの顔が引きつる。

 どうにか吐ききったのか呼吸を整えている息子を抱え、テーブルの上にあったコップの水で口の中を濯がせて、用意されていた寝台にヘーマを座らせた。

 準備の良さからヘーマがこの状況を予測していたのは明らかで、マルコは息子を睨みつけた。へにゃりと眉を下げて力なく笑う少年に、彼は深く深く息を吐く。

 

 これまた用意されていた寝間着に手早く着替えさせると、布団と毛布の中に子どもを収めてから、彼は寝台の近くに椅子を引きずってから座った。

 完全に看病の体勢になったマルコの姿にひとつ頷いて、ロジャーはくるりと振り返った。その先にいた真顔のシキとバチッと視線がぶつかる。

 

「シキ」

「なんだ」

「とりあえず飲むか!」

「この状況で!?」

 

 死にかけている子どもの横で、まさかロジャーがそう言うと思っていなかったシキは仰天した。勿論、ロジャーもヘーマの具合が悪いことは気になっている。

 だが、折角ヘーマの気遣いで整えられた『最後の機会』だと、ロジャーはシキを椅子に座らせ、彼のテーブルの前にウイスキーの入ったコップを置く。

 

「わはは、お前と飲む機会があるとは思わなかったぜ」

「……バカ野郎、それはおれのセリフだろうが」

 

 ウキウキと縄を解くロジャーに、シキは目をつぶった。

 

 

 

 

 
















ピクテル・ピナコテカ・レクイエム

【破壊力 - E / スピード - C / 射程距離 - A / 持続力 - A / 精密動作性 - A / 成長性 - C】


 ヘーマのスタンド『ピクテル・ピナコテカ』がスタンドの矢で進化した姿。

 キャンバスの中に入れた存在の上書きができる。上書きする対象がなければ能力を発動できない。また、ザ・ワールド・オーバーヘブンのような「望む真実の上書き」のように、即座に事実を上書きすることはできない。
 例えば攻撃された対象をキャンバス入れて、怪我をしていない状態に上書きすることはできるので、手間がかかる劣化版ともいえる。

 元々スタンド制御が甘いヘーマにとってはコントロールの許容範囲を超えたスタンドであり、常に制御が不安定である。
 能力の行使には莫大なエネルギーが必要で、身体のエネルギー量が多く回復が早い吸血鬼、または多くのエネルギーを発生できる波紋法が使えなければ使用は不可能。
自身を対象とする場合は「上書きの状態に戻したい」のならより制御が難しくなり、長時間「上書きしかけたまま」となるため、制御的にもエネルギー的にも上限、いわばタイムリミットが存在する。
 もしタイムリミットを越えた場合はスタンドが暴走する。

 なお、完全に上書きすればこの問題は消えるが、レトイスとユーインの人格が消滅し、統合された「ヘーマ」という存在だけが残されることになるので、彼は今後もやるつもりはない。

 もしスタンド制御に失敗し暴走した場合は、ピクテルに存在を乗っ取られて本体としての人格や魂は吸収され消滅する。本体という枷を外された彼女は世界を好きなように切り取り、好きなように上書きしていく。
 ピクテルが気に入った存在はキャンバスに絵として永遠に閉じ込められ、最終的にはこの星の生き物全てが彼女のキャンバスに収められることになる。

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