群青色を押し花に   作:保泉

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引き渡し

 

 

 

「これってさ、もう気づいているなぁ」

「ぐまっ」

「はは、めっちゃビシバシくる……」

 

 トット・ムジカに抱えられながらジンベエさんと合流するべく、かなりスピード速めで移動していたが、海軍の船を目視できるようになった時点で前方からビシビシとプレッシャーを感じるようになった。

 おれは自分に起こる未来を想像してそっと天を仰ぐ。

 

 前に殴るって宣言されたけどさ、本気でおれを殴る気満々だな海軍の英雄。どうしてよ。確かに盃を交わして兄弟になってから、あの子はより海賊志望になったけど……うん、そもそもシャンクスさんが元凶だろう、おれ別に悪くないよね。ね?

 

 トラブルを見越して事前に電伝虫で行くとジンベエさんに連絡を入れているため、この距離でも海軍から先制攻撃をしてこないと思えば多少の威圧は……多少じゃないけど、まあ威圧だけで収まっているから良しとしよう。

 聞けばガープ中将って大砲の弾を人力で、かつそれ以上の速度で投げてくるみたいだし。どんな肩してるんだろう羨ましい。

 

「ヘーマ」

「やっ、久しぶりジンベエさん」

 

 海軍の軍艦の甲板におれ達が着陸すると、ムスッとした顔のジンベエさんがのっしのっしと足取り荒く近づいてきた。オウ、あからさまに不機嫌です。

 そのまま怒鳴ろうとしたのか彼は大きく口を開けたが、声を発することなくピクリと眉を跳ね上げた。ジンベエさんはそのままおれをじっと睨みつけるように見ていたけど、しばらくしてハァ~、と深くため息をついた。なんかいま、凄く言葉をのみ込んだな。なんかごめん。

 

「また無茶しおって」

 

 そっと丁寧な手つきで抱き上げられて、おれはジンベエさんの腕に座らせられる。あー、これは完璧におれの不調がバレていますね。

 続いてひんやりとした体温がペトリと額に当てられる。おーっと、熱があることもバレている。

 

「お前がヘーマか」

 

 掛けられた低い男の声におれはゆるりと視線を移した。声の主は短く刈り込んだ白髪と髭を蓄え、年齢を刻んだ肌と左目を囲むような傷、年齢の割には筋骨隆々な未だ現役と言える体躯。

 おれを睨みつける目は鋭く、とっくに戦闘者としての全盛期は過ぎているはずなのに、全く勝てるヴィジョンが浮かばない。

 シキとは別方向でおれとは相性が悪いな。本能強めの直感パワー系は押し切られるから、逃げる一手しか選べん。

 

「初めまして、ガープ中将。おれがヘーマです」

「そうか……仕方ない、いまはこれで勘弁してやるわい」

「むぎゅう!?」

「お、柔いの」

 

 ガープ中将のでかい右手でおれの両頬を挟まれ、そのままぐにぐにと揉まれる。ちょ、アンタは加減しているつもりだろうけど、めっちゃ痛いんだけど!?

 

「アアーッ!? ダメですガープ中将、白薔薇の顔が潰れます!」

「やめてください折角の美がーッ!!」

「あんた自分の力をいい加減自覚しろ!」

 

 おい待て海兵たちよ、それでいいのか上官を止める理由は。海賊の顔の形で上司の行動を止めて本当にいいのか。ガープ中将の腰に縋りついてまで止めるべきなのか、今一度よく考えてほしい。

 

「ガープ中将、そろそろやめてください」

「えー、わかった」

 

 片や部下に縋り付かれながら、片や冷静に止められて、ガープ中将はしぶしぶおれの顔から手を離す。赤くなっているだろうおれの頬にジンベエさんが手を当てた。あ、ひんやりする。

 そろそろ捕まえた海賊達を出していいかな。こちらからアクションしていかないと、どんどん勢いに引っ張られそうだ。

 

「ええと、金獅子一味の受け渡しを始めてもいい?」

「うむ。既にロープや手枷は準備している、次々出してもいいぞ」

 

 ガープ中将が指差した所には山のようなロープと木の手枷が。うん、数百人いるって伝えたからね、それぐらいになるよな。全員捕まえてから海軍の軍艦に全員乗れないかもしれないって気づいたんだけど、いや海軍が船団で来てくれてよかった。お陰で収容には足りるだろう。

 

「いてっ! ……は? か、海軍!?」

「よし縄を掛けろ!」

「ぐえっ!?」

 

 仮面姿のピクテルがキャンバスに手を突っ込み、そこからポイッと一人だけ放り出す。上手く着地出来ず尻もちをついた男はいつの間にか海兵に囲まれていることに動揺し、その隙に男の背後にいた海兵が男を背面から押して倒し、後ろ手にして縛った。おお、ナイス確保。

 

「捕まえてから数日はたっておるのに、随分活きがいいのう」

「おれのキャンバスの中で眠らせていたからね、栄養は随時おれから送って……あ」

「ほー、お前さんから送って?」

「やっべ」

 

 お口が盛大に滑ったぜ。お父様にもバレてないのにうっかり。あっ、やめて、頬をつねるのはよして。自分の頬を手でガードすると、じっとりとした視線が降ってくる。

 

「まさかその体調の悪さは……それが原因じゃな? さっさと全員出さんかい」

「アイ」

 

 縛り終えたことを確認して次の一人を出し、縛った海賊が十人になった時点で別の船に移動させる。ほぼ流れ作業だな。ジンベエさんに睨まれながら次々作業すると、部下達は全員拘束が完了した。つまり残ったのは一人だけ。

 

 ガープ中将が一歩前に出る。おれと会った時と違って雰囲気が固い。そりゃそうだ、若造のおれと違いシキの危険度をガープ中将はよく知っているだろう。最大限の警戒を持って待機している彼の前で、ピクテルはキャンバスの中身を取り出した。

 

「……ジハハハハ! マジで来てたンだな、ガープ!」

「ふん、貴様こそ本当に捕まっとったんだな」

「あん? ……ははあ、おめェまーた擬態してンな」

 

 シキはガープ中将から視線をおれに移し、ニヤニヤと嗤う。おれはそれ以上言うなと内心で悲鳴を上げた。折角、噓じゃないが弱々しさをアピールして殴られるのを回避したのに、努力がパーになるだろうが。

 

「バカ野郎、海軍共にこの首安く見積もらせンじゃねェよ。またおれを脱獄させるつもりか?」

「アンタはその方が好都合だろうに、なんで言うんだよ……」

「どんな手を使ってようがタイマンでおれに勝ってンだ、それをちゃ~んと伝えねェとな」

「クソジジイ」

「ジハハハハハ!」

 

 シキが話す度に、海兵達のおれを見る視線が剣呑さを上乗せして塗り替えていく。はぁ……完全に反応を面白がられて遊ばれてるな。最初に海軍にシキを運良く捕らえられたって思わせられたことが裏目に出てるんだが。

 

「おい坊主、こっちにこい」

「えー」

「そんな嫌そうにすンなよ水臭ェ」

 

 手錠を掛けられた手で手招きするシキに、おれは嫌そうな顔をする。だってアンタと話す度おれが警戒されるんだ、嫌に思うって。仕方ないかとおれはため息をついてから、ジンベエさんの腕をペチペチと叩いた。

 

「下ろしてジンベエさん」

「……先程よりは顔色が良くなっとるの」

 

 ようやく自分に波紋エネルギーを回せるようになったからな、ご心配おかけしました。そっと甲板に下ろしてもらったおれは、胡坐をかいて座るシキの前に進む。なんだろ、毒を使って捕まえた文句だろうか。

 

「おめェのベイビーちゃんが盗ったおれの剣についてだが」

「アッ」

 

 気づいていない点を指摘されて、おれは声がひっくり返った。そういやシキが足に刺していた剣どこいった。おれがパッとピクテルを見ると、彼女はサッと視線を逸らして消えた。おい確信犯じゃねぇか。

 

「今返せって言ってるわけじゃねェ。おめェらで預かっておいてくれや……いずれ取りにいく」

 

 こんな海軍の前で言えば脱獄は難しくなるってのに、まあ。おじい様もロジャーもレイリーも……昔からの海賊達は、計画を立てはするが最後は自分の能力で押し通せると自らに対して強い自負を持っている。だからこそ覇気も強いのだろうけどな。

 正直なところ、ピクテルが手放すとは思えないし……預かるくらいはいいだろう。

 

「いいよ、それまでは預かってやる。取りに来たとき返り討ちになっても後悔するなよ」

「ジーッハッハッハッハッ! 待ってろ、必ず奪い返しに行ってやるからよ!」

 

 おれの返答にシキはひとしきり笑うとヒョイッと立ち上がった。動ける程度の海楼石の量にはしているけど、普通に歩くなこの爺。

 スタスタと歩く姿に、シキがどうやって脱獄したのか事情を知る海兵達の顔色が変わる。

 

「足が治っているだと!?」

「おう、甘ちゃんなお人好しが治してくれてな。……で、おれはどこに行けばいいンだ?」

 

 自分の船のように船室に向かって歩き出すシキに、「コッチじゃ」とガープ中将はシキの襟首を掴んで引きずるように連れていった。シキがギャーギャー文句を言っても聞く耳を持っていない。

 気絶させたほうがよかったかな、そうすりゃ色々暴露されることもなかっただろうし。でもまあ、ソルのことは黙っていてくれるつもりらしいから良かった。

 

 ジンベエさんと合流するにあたり、一番問題になったのはソルをガープ中将に会わせるかどうかだった。

 

『多分、ガープはおれに気づくぜ』

『もっと小柄なときにおじい様が気づいたくらいだもんねぇ』

『で、あいつは真っ先に殴りかかってくる』

『即海兵全員に広まるねぇ……』

 

 ガープ中将には耐えるコマンドは存在しないのか? もしかしたら天竜人関連に全投入しているのかもしれないが、修行とか自らの怪我以外にも効くようにしていただきたい。

 

『あの子が隠し事できるときは、聞かれなかったか言うのを忘れてたとかなんだけど……ガープ中将も同じ感じ? うっかり言いそうなんだけど』

『やるな』

『やるだろうねい』

 

 為人を知る二人の言葉におれは顔を覆った。だめかぁ……ルフィはどうしても嘘がつけないからな、寧ろ隠し事も出来ないし全部顔に出る。祖父であるガープ中将も全部表に出るのであれば、ソルの存在を知ればどんな反応になるか。

 エースの事を思えばめちゃくちゃ怒りそうな気もするけど、その反応で海軍を越えて世界政府まで知られれば南の海で「二回目の妊婦狩り」もとい「子ども狩り」が、それ以外の海でも起きかねない。

 それを考慮すればガープ中将にソルを会わせるべきではない……が、おれは彼よりも前に伝えるべき相手がいる。

 

『先に、あの子に言うべきだ』

『……』

『世界新聞でニュースになればあの子も知ることになるけど、又聞き……まして政府に装飾された情報では正しく伝わらない。一番最初に話すことは出来なかったけど、世界に知られる前に伝えるべきだと思う』

 

 ソルは、ロジャーは黙ったままじっと自分の手元を見て、ひとつ小さく頷いた。だからこそ今日、おれはトット・ムジカと二人で此処に来た。お父様はもうモビーに向かって帰っている。残りはおれのキャンバス内でくつろいで貰って、今の様子を眺めているんじゃないかな。

 

 ぼんやりと前日の記憶を思い出していたおれだが、唐突に今は逃げ出すチャンスなのではと思い至った。このままガープ中将を待っていれば、元気になったおれが殴られる可能性は高くなる。それならば今のうちに逃亡すれば、回避出来るのではないだろうか。

 

 そう思った途端、おれの肩をジンベエさんがガシッと抱くように掴む。えっ、なんですか。

 

「──今逃げたら、『お前さんの友達』のところまで追いかけてくるじゃろうな」

「待ちます」

 

 真顔のジンベエさんからの忠告を素直に受け取ることにした。危なかったー、ココヤシ村まで付いてこられたらあの村にトムさん預けられなくなっちゃう。

 でも暇だ。このまま立って待っているのに嫌になった俺は、三脚の椅子とテーブル、ティーポットに三段のケーキスタンド等の準備をした。二つのカップに紅茶を注いでそれぞれの席の前に置くと、ジンベエさんから呆れた顔と視線を貰う。あれどうして?

 

「紅茶ダメだった?」

「そうじゃないわい。まったく相変わらずじゃのう……」

 

 ガタッと椅子を引いて諦めたような顔でジンベエさんは座った。

 

「軍艦でティータイムが始まったぞ……」

「何処から出たんだあのセット」

「あのケーキ美味そう」

「真面目にやれ馬鹿者!」

「痛っ、すみません!」

 

 周りで海兵達がどよめいているのに気づいて、おれはようやくジンベエさんの視線の意味に気づいた。あー、まだエネルギーが足りなくて頭が回っていないのかもしれない。

 そうか、ここ海軍の軍艦、つまり敵船だったな。まあ、剣を交わしている中でお茶しているわけじゃないし、別に問題ないのでは? 暇だし。

 

「んー、ここにいる全員分出すわけにもいかないしなぁ」

「出されてもあちらさんが困るだけじゃ、やめておいてやれ」

「はーい」

 

 確かに海賊から食べ物を貰ったら、毒が入っているかもって警戒して食べられないか。一部、ケーキを凝視している海兵がいるけど、昼前だしお腹が空いているのかな。

 

「食べる?」

「エッ、アッ、アノ自分は」

「はいあーん」

「あーん♡」

 

 ケーキを一口分だけフォークに掬って微笑んで差し出せば、戸惑っていた海兵も目をハートにして口を開けた。たわいも無いな。

 

「味はどうかな」

「美味しいです♡ 『ゴンッ!』」

「部下がすまない」

 

 上官らしき帽子を深々と被った将校が、おれの前にいた海兵の頭の上からゲンコツを勢いよく落とした。わあ、痛そう。

 意識が落ちたのか、グッタリしている海兵の手足を二人で分担して持って運んでいく。あの~、その持ち方は流石に可哀想なのでは。おれがおろおろしていると、「誘惑に屈したあの者が悪いのでお気になさらず」と運ばれる姿をチラリと見て、帽子の将校は言った。

 あー……よし、大人しくしていよう。ごめんな、見知らぬ若い海兵さん。

 

「お! 美味そうなもん食べとるのう、わしにもくれ」

「ガープ中将!?」

「いいけど……いいのか?」

 

 ガープ中将は勝手にティータイムを開催しているおれ達を咎めることなく、当たり前のように参加してきた。これは懐が広いのか欲望に忠実なのかよくわからんな。

 もう一つカップを取り出して紅茶を注ぎ、ガープ中将に差し出すと彼は「美味いな」と笑いながらミニタルトを口に放り込んだ後、グビグビと紅茶を飲んでいる。水のように飲むな、やけどするぞ。

 

「一つ聞いてもいいかな?」

「ん? 内容によるが」

「シキは処刑されるのかな」

 

 世界政府の公開処刑好きは知っている。その中に、世界政府にとって都合がわるい為、海賊とされた人達がいることも知っている。前回シキはインペルダウンに収監されたけど、今回はどうなるんだろうか。

 

「おそらく、より厳重にインペルダウンに収監されることになるじゃろう」

「へぇ、公開処刑しないんだ」

「十年以上前ならあり得たじゃろうな。じゃが潜伏して知名度も下がっとるから、わざわざ世界に知らしめる利点もない」

 

 それでも公開処刑しない理由にはならないんだよな、とおれはガープ中将の言葉に疑問を持った。

 インペルダウンは基本的に悪性の強い犯罪者を収監する場所だ。基本的に脱獄は不可能で、二度と日の目を見せないという世界政府の意思が強く感じられる。

 インペルダウンの中では罪の重さによって過酷な刑を科されるそうだが、高練度の覇気使いだったら牢を破壊して出てくることも出来るだろう。まあ、そんな手練れはまず海軍に捕まらないのかもしれないけど。

 

 ま、今回はともかく前回捕まったとき、どうしてシキは公開処刑されなかったのだろう。ロジャーで充分だと思った? いいや、ロジャーの処刑は想定外の大海賊時代を生み出した。その出鼻を挫くためにもシキの処刑はメリットしかないように思えるんだが……。

 

 ロジャーとシキの違いねぇ……ひとつずつ挙げればなんかわかるか?

 

 一つ目は「海賊王」の称号、世界一周をしたことで個人の私的な長距離航海を禁ずる世界政府に、彼は最も恨まれているだろう。

 二つ目は方向性の違い。ロジャーは自由を掲げてシキは支配を掲げる。これは支配の方が島々を襲撃して罪が重くなりそうなのに、どうしてかロジャーの方が重罪扱いになっている。

 三つ目は悪魔の実の能力者かどうか。シキはフワフワの実の能力者で、自身の能力を使いこなしている。

 

 悪魔の実は宿主が死亡したら世界の何処かに実るという、実の形となれば自陣営の戦力を強化することが……いや違うな。

 

 世界政府は悪魔の実の能力者が「自由に動ける状態」を防ぎたいのか。

 

 この世界で一番憎まれている天竜人達だって、海兵や役人が能力者となったとしても海軍や政府に失望し、敵対する可能性は常に考えているだろう。悪魔の実の能力は強力だが、海楼石で弱体化させる対処法は確立している。能力者を悪魔の実の生きた檻とするなら、収監した能力者はできる限り生きていることが望ましい。──できるなら、その強力な能力の使い方を知る者が誰もいなくなるまで。

 

 悪魔の実の能力はスタンド能力に似ているとおれは思う。本体の認識がスタンド能力に変化も制限も与える点が、悪魔の実にも共通しているのだとしたら。

 誰も知らない能力の応用方法を個人で探究するには、少なく見積もって数年、下手しなくとも十数年個人の人生を消費する。一般的な発想を超えて独自の認識で磨かれた能力の数々を、次の宿主が知ることができれば。一から能力について試行錯誤するよりも圧倒的に使いこなすまでの時間を短縮出来るはずだ。

 今はまだ、シキの能力の使い方が広まっている。世界政府としては死なせるわけにはいかないのだろう。

 

「やだなー、あのクソジジイ脱獄してくるじゃん……対策考えなきゃ」

「海兵の前でよう言えたな」

「現実はよく認識しないと詰むんで」

 

 ジンベエさんの声もなんのその、おれは新たに白ひげ海賊団のナワバリとなった──実質おれのナワバリだが──メルヴィユの強化を練り始めたところで、グイっと襟首が引かれて身体が宙に浮いた。同時に、ぞわりと背中に冷たいものが奔る。

 

「あの、ガープ中将?」

「よし決めた」

 

 何をだ。くそ、おれの見聞色ではガープ中将の機嫌がやたら良いくらいしかわからねぇ。ニコニコしているから読まなくてもわかるわ、そんなもん。そして覚えた嫌な予感が消えない。

 

「白薔薇、お前さん海兵になれ!」

「考え直した方がいいよ!!?」

 

 思わずおれは全力で叫んだ。これは本当に考え直した方がいいぞ!? アンタおじい様とも旧知なら海賊白ひげが嫌がることが何かも知ってるだろ!

 叫んだおれに心底不思議そうな顔をしてガープ中将は首を傾げた。ひょっとして貴方、おれが海賊って事実を忘れていらっしゃるのでは?

 

「なぜじゃ、お前さんが海兵になればわしの孫も海兵の良さに気づくじゃろうが!」

「それはない」

「なんじゃと!?」

「ガープ中将、それは白ひげ海賊団を敵に回しますので諦めましょう」

「むう………いい案だと思ったんじゃが……」

 

 部下の人に止められて、ガープ中将は渋々摘まみ上げていたおれを下ろす。部下の人お疲れ様です。まあ、海賊の戦力を削って海軍の戦力増加になるからね、上手くいけばいい案だろうよ、上手くいけば。

 ガープ中将としてはルフィに海軍に対する興味を持ってもらいたいってことが一番の理由なんだろうけど、組織として興味を持つことはないんじゃないかなと兄として思うよ。

 まだ不満そうなガープ中将を見て、これは意識を反らす必要があるなとおれはスケッチブックを取り出した。えーと、お菓子のページはっと。

 

「ガープ中将、お菓子は何が好き?」

「ん? せんべいだ」

 

 噛み応えがあるものが好きなのかな、おれはスケッチブックから未開封のせんべいの袋を取り出して差し出す。

 

「これあげるのでおれを海兵にすることは諦めてください」

「ありがとう! 仕方ないのう、いまは諦めてやる」

 

 嬉しそうに受け取ったが、了承を得たのは今日だけだった。まあ、せんべい一袋で一生はむりだと思ったが、できれば永久に諦めていただきたい。やはりおれは今後もガープ中将から逃げ回ることになりそうだ。

 

「あ、わしもひとつ聞きたいんじゃが。お前さんの海楼石の手錠、ウチの手錠を付けたとたん消えて」

「さようなら!」

 

 おれはピクテルのキャンバス内に退避した。ピクテル、手錠回収しに行ってたんだな、助かるけどできれば教えて欲しかった。よーし、ある程度距離を離したらイオンオーデー号を出してみんなを出そうっと。

 こうして、おれのガープ中将初遭遇は割と無事に終了したのだった。よかった殴られなくて。

 

 

 

 

「──逃げたか」

「本当に受け渡しだけしにきておったな」

「ぶわっはっはっはっ! 逃げ足が早いのう!」

 

 唐突に消えたヘーマの姿に、ジンベエは深く探られたくなかったのかと理由をなんとなく察し、ガープはあっさり逃亡を選んだ判断と行動の早さに笑ってしまった。

 

「てっきりジンベエも連れていくと思っとったが、置いて行かれたなお前!」

「流石に付いていかんわい。ヘーマも仕事中だと判断したんじゃろう、相も変わらず根が真面目な奴じゃな」

 

 悪ガキ度合いが上がろうが、大海賊を打ち倒そうが、ジンベエの中のヘーマは出会った当初の、無邪気に熊のぬいぐるみを見せびらかせていた印象が強い。海賊としてやっていることも、被害を少なく収めようとするため、少年の素は育ちの良い貴族の子息そのものだ。

 ジンベエが少年にしばらく大人しくしているように祈っていると、海兵が電伝虫を抱えて小走りに近寄ってきた。

 

「お話中失礼します! ガープ中将、本部のセンゴク元帥から連絡です!」

「よし、変われ。……もしもし、わしガープ!」

『ガープ貴様、定期連絡しろとあれだけ言っただろうが!?』

 

 名乗った途端、電伝虫から怒鳴り声が聞こえてくる。その相手、同期のセンゴクの指摘にガープは手で耳を押さえて顔を顰めた。

 

「あー、うるさい。すまん忘れとった!」

『この……! …………ハァ、もういい。それで金獅子の件はどうなった。当初の予定では白薔薇と連携すると聞いていたが』

 

 ガープが勢いでマリンフォードから出港していった為、シキに遭遇してからの動きについて作戦を練ることができなかった。そのため、先行しているだろう白薔薇と情報共有をして事に当たると前回の報告で聞いていたセンゴクは、ガープに現状を訊ねた。

 

「ああ、それならさっき白薔薇から拘束した金獅子一味を全員受け取ったぞ」

『………………は?』

 

 だが、返って来た回答は耳を疑う内容であった為、センゴクは絶句する羽目になった。

 

(((そうなるよなぁ……)))

 

 繋がった先で固まってしまっただろう元帥を想像して、海兵達はうんうんと頷いた。報告するガープは耳を指でほじりながら、何を考えているのかわからない顔で伝えているのだが、そこを指摘する冷静さがあるほど、元帥はまだ事態を飲み込めていなかった。

 

「あの小僧、一人で一味全員捕まえてきおった」

『……まて、それは金獅子のシキ当人を含んでか?』

「言ったろう、全員だ」

 

 

 

 

(曲りなりも金獅子はロックス海賊団の残党、新世界でも有数の海賊だ。それを子どもが、まだ十一年しか生きていない少年が仕留めるだと!?)

 

「それは確かか?」

『シキ本人が認めていた。間違いないじゃろう』

 

 ガープという男についてセンゴクはよく知っている。感情の発露が正直で、冗談は言っても報告で虚偽を言うような人間ではない。シキ本人が嘘をついているなら別だが、プライドの高い男が子どもに負けたなどと冗談でも言うわけがない。

 つまり、真実なのだ。白薔薇が金獅子に勝ったという報告は。センゴクは前代未聞の出来事により谷が深く刻まれた眉間を、ぐにぐにと指で摘まんで揉み解した。

 

「ガープ、早く本部に戻れ。会議を開かねばならん」

『ちょっと寄り道するから無理じゃ!』

「貴様護送しているんだろうが!? いいからさっさと戻らんか!!」

『えー、わかった。写真は送っておく』

 

 相手の切電後、ガチャンと電伝虫の受話器を置く音が執務室内に響いた。

 

「ったく、ガープの奴は────おつるさん」

「会議の通達をしておくよ」

 

 通話を開始する直前に部屋に書類を届けに来たつるは、ソファーに足を組んで腰かけたまま頷いた。シキを単独撃破する海賊だ、新たに懸けるべき懸賞金の額を話し合わなくてはいけない。

 

「すまんな、書類を持ってきただけというのに」

「ついでに後で茶請けも持ってきてあげるよ。茶はあんたが入れな」

「ありがとう」

 

 つるが退室してパタンと扉が閉まり、元帥用の執務室に再び静寂が広がる。センゴクは胸元から鍵を取り出し、施錠されたデスクの引き出しを引き開けて、そこに収められていた書類の束を取り出した。

 そこに書かれたのは、「とある海賊団に潜入していた海兵」のデータと、消息を絶った島付近の海図。そして、その島を根城にしていた「元海兵の結成した海賊団」のデータに──”白薔薇のヘーマ”の手配書だった。

 そこに先ほどガープから届いた写真のコピーを一緒に挟み、再び引き出しの中に入れて鍵を掛ける。

 

「元気そうでよかった……ヘーマ君」

 

 

 

 

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