群青色を押し花に   作:保泉

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好き勝手の代償
再び光の下へ


 

 

「待たんかアーロン! 動くなと言っとるじゃろうが!?」

 

「あー、またドクターが叫んでるよ」

「そのうち血管が切れそうで怖い」

 

 昼も過ぎたココヤシ村に、ここ最近恒例となった怒鳴り声が響いた。その声の主と原因の主を思い浮かべて、村人たちは顔を見合わせて苦笑いする。

 

「もう元気だって言ってんだろうが。包帯も取れてるだろ」

「それを判断するのは医者じゃバカタレェ!! ええか、あの小僧の治療があるとはいえ! 圧倒的に血が足りておらんのじゃぞ! 二・三週間は安静にしろと何度言えばわかる!」

「へいへい」

「聞けぇぇえい!!」

「まーまー、じいさんそんなに興奮するなって。アーロンだってそれは分かってるさ、ちょっと散歩するくらい良いだろう?」

「ゼー……ゼー……むむ」

 

 聞く耳を持たないアーロンに顔を赤くして怒鳴り続けるドクターが心配になり、アラディンは仲裁するため口を挟んだ。船医であるアラディンの言葉は受け止めるべきと考えたのか、ドクターは「三十分で戻るんじゃぞ!」と診療所へ帰っていった。

 

 その姿を見送って「やさしい村だな」と微笑むアラディンに、歩みを止めないままアーロンも「まあな」と返す。

 この村に来てから一番彼が驚いたのは、人間と魚人の距離の近さだった。太陽の降り注ぐ地上であるというのに、まるで魚人同士、人間同士であるかのように挨拶を交わし、気にかけ、笑いあう。

 

 まさにリュウグウ王国王妃、オトヒメの理想がそこにあった。

 

 あの人間嫌いのアーロンですら命を賭して守ろうとしたやさしいものは、知人たるアラディン達にも向けられていて。タイヨウの海賊団の面々が島の守護に張りきったのは言うまでもない。

 

 七武海会議の最中にヘーマから衝撃の連絡を受けたジンベエは、マリンフォードの港に待機していたアラディン達をココヤシ村へ向かわせた。現地の不正を疑われている海兵によってアーロン達や村人達が被害を受けないようにするためである。

 だがアラディン達がココヤシ村のあるコノミ諸島に到着したときには、既に村人を威嚇する海軍の軍艦がいたため、彼らはネズミのような印象の将校等海兵達を蹴散らして、本部の軍艦が到着するのを待った。

 数日もしないうちに現れた軍艦で、本部大佐が先にいた海兵達を拘束し連行していくのを見送り、以降はコノミ諸島の周囲を見守りつつ、休養中のアーロン達に代わって漁をして魚を納品していた。

 

 ゆっくりとした進みで二人が歩き着いた先は、襲撃があった浜辺だ。今はもういつも通りの色の砂浜の上にアーロンはドカリと座って胡坐をかき、じっと目の前の景色を見つめていた。

 

 ヘーマ達が去り、不安で沈み込む村の空気が一変したのは、ジンベエから届いた金獅子のシキ捕縛の連絡が来てからのこと。連れ去られた二人の無事と、元凶たるシキが海軍に引き渡された報告で、村に歓声が上がった。

 

 そして、アーロンが毎日必ず浜辺に座り込むようになったのは、その日からだった。

 

「もうそんな時間か」

「おう、ゲンゾウ。見回りお疲れさん」

「お疲れさま。ほら茶だ受け取れ」

「ありがとよ」

 

 村の方向から歩いてきた駐在員のゲンゾウは、盆に載せた三つの湯飲みの一つをアラディンに渡した。残りをお盆ごとアーロンに渡して、自分も彼の横に腰を下ろす。地面に置かれた盆から自分の湯飲みを手に取り、すずっと音を立ててお茶を飲んだ。

 

 昨日まではある程度時間が経過すると、なかなか診療所に戻ってこないアーロンに業を煮やして、ドクターが怒りながら迎えにくるのだが……今日は違った。

 

「……来た」

 

 青い空にポツンと浮かぶ灰色のような点を見つけ、アーロンはその場に立ち上がった。

 

 

 

 

「あっ、見えてきた!」

「ナミちゃん、あまり身を乗り出したら危ないよ」

「大丈夫よ!」

 

 イオンオーデー号の甲板の先の手すりに身を乗り出し、額の上に日よけの手を添えてナミは明るい声を出した。リクライニングソファーにもたれかかったヘーマがその行為を嗜めたが、あまり効果がないようで少年は苦笑いをする。

 

 ヘーマが海軍の軍艦からキャンバスに逃げ込んで脱出した後、ある程度距離が離れた場所で彼はイオンオーデー号をスケッチブックから出した。船の中に乗り込み、キャンバス内の部屋に待機してもらっていたソル達を出した途端、即、長い腕が少年に絡みつき、困惑顔の彼はソルに抱えられて確保された。

 もちろん理由は、シキと戦いボロボロの身体だった彼が、無理を更に重ねていたことが判明したためだ。

 

 それから始まった三人による怒濤の説教を受けて、ヘーマは心底へとへとになった。ある程度無茶の理由を理解してくれるソルよりも、ヘーマを子どもとして見ている女性陣の詰め寄りがより彼をタジタジにさせた。

 特にナミは涙目で詰め寄ってきたため、子どもに甘い彼がすぐ両手を上げて降参をしたところ、次の瞬間少女が晴れやかな笑顔になったことを目撃して、ヘーマはうそ泣きだったと気づいて愕然とした。

 これが漫画のナミの幼少期、と心の中で少年はその幼いながらの演技力に戦慄する。悲しむ気持ちは本物であったからすっかり騙されたヘーマであった。

 

 それ以降、少年は自分の足で歩く許可をもらえていない。あるとすればトイレの時くらいで、入浴さえソルと一緒という厳重さだった。溺れる危険があるとかどうとか、女性陣二人に丸め込まれて文句を言えずにいるヘーマを、ソルは声を上げて笑って見ていた。

 

 一方、ココヤシ村の方では、空から近づく何かに気づいたクロオビ達や村人達が浜辺へ駆け込んできた。

 

「アーロンさん、あれ……!」

「そうだよな、間違いねェよな?」

「おい押すなって」

 

 口々に浮かぶ船を指さして喜びと不安の混ざった顔を浮かべる彼らに反応を返さず、アーロンは船から目を離さなかった。

 

「──みんなー!」

「ナミ……!」

 

 船からひょっこりとオレンジ色の髪が覗いたとき、村人達の目からポロリと涙が流れ出る。人づてでは完全に信じることができなかった二人の生存が、目に見えて確認できて安堵することができた。

 

「とーう!」

「「「……は!?」」」

 

 ──のもつかの間、まだ空に浮かぶ船から飛び降りたナミに、涙も引っ込み声もひっくり返った。

 

「あ、思ったより高……」

「あんのバカ娘……!」

「アーロンさん!」

 

 落下地点は海とはいえ、水面まではかなりの距離があることに今更気づいて、ナミの顔が青ざめた。少女の様子に気づいたアーロンは素早く海に入り落下予想地点まで泳いで移動する。即海に飛び込んだことで間に合い、どうにか少女を抱え込むことに成功した彼は、ナミのに怪我が無いことを確認してから「このバカ娘!」と怒鳴った。

 

「ひっ……」

「あの高さじゃ下手すりゃ死んでンだぞ! 折角助かったのにバカやってンじゃねぇ!」

「ごめんなさ……」

 

 アーロンは水しぶきで濡れてしまった小さな頭をそっと撫でる。涙目ではあるが顔色も良く元気そうな少女に、フッと笑いが漏れた。

 

「おかえりナミ」

「アーロンさん、ただいまぁ……!」

 

 ナミはガバッとアーロンの首に縋りついて泣き出した。『あの惨劇』のように赤に染まっていない、無理をした笑みを浮かべていない兄貴分に、彼女はようやく帰れたことを実感することができた。

 

「あー、耐えるって言ってたのに泣いちゃったか」

「ベルメール! いたっ、お前もさっさと降りてこんか!」

「ナミィィィ! ベルメールさぁああん!」

「ノジコ! あたっ、少し待て!」

 

 泣いている青い髪の少女──ノジコが海に飛び込もうとしているのを、背中の服を掴んで阻止しているゲンゾウが叫んだ。

 ノジコはナミとベルメールが攫われる現場にいなかった。慌てて家から出て行くベルメールの言いつけ通り、じっと家族の帰りを待っていたからだ。

 聞き分けの良い彼女がなりふり構わず妹と母親の元に行こうと暴れているのを、ゲンゾウは抑えきれないと判断してノジコを抱えた。

 グイグイと顔を押されて抵抗されているゲンゾウに気づいたヘーマは、ベルメールを急いで連れてった方が良さそうだと眉を下げて微笑む。

 

「あー、娘さん泣いちゃってる。ソル、手ぇ出して。ほらレディ、お手をどうぞ」

「ん、こうか?」

「あらありがと」

 

 フワフワとした白い雲ゴーレムに乗ったソルが、ヘーマを右手に抱えたままベルメールに左手を差し伸べる。彼女がその手を取って白い雲に乗り移った後、それはゆっくりと浜辺に近づいていった。

 ナミを抱えたアーロンも泳いで浜辺に辿り着き、抱えた彼女を砂浜に下ろすと、ナミは一目散にノジコの元に駆けだしていった。わんわんと互いを抱きしめながら泣く娘達に、母親は二人まとめてそっと抱きしめる。

 

「ただいまノジコ」

「ただいまぁ~!」

「おかえり、ナミ、ベルメールさん……!」

 

 

 

 

 帰ってきた二人を村人やはっちゃん達が囲んでいる光景を前に、おれは一つ息を吐いた。どうにか彼女たちを村まで安全に連れてくることができた。ナミちゃんはルフィ達より一足先のグランドラインだったけど、他の島に寄らずに空を進んだからあまり詳しくは見てないだろう。……空島だけは体験させちゃったけど。

 

「ヘーマ、ソル」

「あれ、アーロンは向こうに混ざってなくていいの?」

「さっき言いたいことは言ったからな。で、なんでソルはヘーマを抱えてんだ?」

「あー、その」

「こいつ無茶しやがったからな、絶対安静なんだ」

「……何?」

 

 少し離れた場所にいたおれ達に、人の輪から抜けてきたアーロンが声を掛けてきた。まあ、当然疑問に思うよねおれの状態。どう伝えるか言いかねているとソルがあっさりバラしやがった。おま、それじゃアーロンが気に病むだろうが。

 無言でアーロンはおれの顔を見る。おれはにへらと笑って誤魔化すというか押し通す。難しい顔になったアーロンは、目をつぶってため息を吐いた。おれ、最近色んな人にため息つかれてる気がするな。

 

「頼んだ手前、おれから文句は言えねぇが……自分を追い込む癖は直しておけよ」

「わ、わ……!」

「ありがとうな、アイツらを取り戻してくれてよ」

「う、約束だったからね」

 

 ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように撫でられ、おれの頭がぐわんぐわんと横に振られる。もっと力控えめでお願いします、首折れるから。

 まったく、アーロンだって追い込み癖はおれと大差ないだろうに。おれは髪を整えながらじろりとアーロンを睨む。先ほどまでの神妙な顔は何処にいったのか、ニヤニヤしている彼が伸ばした手をおれはべしっと叩き落した。ま、いっか。お礼言われたし。今度スケッチさせてもらおうっと。

 撫でられたせいで体勢を崩したおれを抱えなおし、「ところで」とソルが話題を変えた。

 

「しばらくコイツの保養でこの村に厄介になりてェ、いいか?」

「拒否する奴はいねぇよ。好きなだけ滞在すればいい。おいアラディン!」

 

 げ、アラディンさんって船医じゃん。おれはアーロンが彼を呼んだ理由を察してムスッとした。多分、問答無用で診察受けさせる気だろう。呼ばれて近寄って来たアラディンさんは相変わらずの渋さでニヒルに笑った。……おれもこうなりたいなぁ。

 

「久しぶりだな二人とも。元気……そうじゃねぇな、主にヘーマ」

「なんですぐバレるの?」

「その顔色で何言ってやがる。ソル、そのまま村の診療所まで抱えていろ。おーい、ドクター! 急患だ!」

「げっ」

「あっ」

 

 呼ばれた人物におれの肩が小さくはねる。あの医者のじいさんはちょっと容赦ないというか……あれ、なんでアーロンも嫌そうな顔に?

 おれが首を傾げているとじいさんが年齢に見合わない速度で駆け足で来た。速い。でも、どうしてタイヨウの海賊団のメンバーを引き連れているんだろうか。

 

「なんじゃ今度は小僧もか!? アーロン共々診療所へ運び込め!」

「アイアイドクター! そらよっ!」

「おい、おれは自分でい『わっしょーい!』せめて普通に運べ!?」

 

 なんということでしょう。アーロンは胴上げのように宙に投げられつつ、まるで神輿のように担いで連れていかれた。本人が言う通り普通に運ぶんじゃダメなのか……もしかしたら本当にダメだったのかもしれない。普通じゃ抵抗したんだろうな、前に何度か。

 

「小僧は大人しくするな?」

「します」

 

 おれがあんな運び方されたら全部出ちゃう。下手すると魂も出ちゃう。ドクターの脅しのような問いかけにおれはこくりと頷いた。

 

 こうしてドクターに診察を受けたおれは、即日入院を言い渡されたのだった。くそう。

 

 

 

 

 入院するのはもう仕方ないと諦めているが、折角トラブルが収まったのに何もしないのも落ち着かない。だから宴をしようと提案したら「ダメだ」とアーロンに却下された。

 

「でもさ、みんなで飲み会しようって最初に来るときに準備してたんだよ、その時にもうエネルギー使って実体化させているからおれの負担はないよ!」

「ソル、本当か?」

「本当だ」

 

「人数多くても大丈夫なようにいっぱい準備したけど、足りなかったら村側で料理とか飲み物とか追加すればいけると思うし!」

「本当か?」

「本当だ」

 

「元々おれはそんなに食べられないから、体調が悪い人やあまり食欲がない人用に消化に良い食べ物も準備してるんだぞ。どんな参加メンバーであろうがオールマイティーに対応できる!」

「本当か?」

「本当だ」

「ねぇ、毎回ソルに確認取るのやめてくれない?」

「うるせぇ黙ってろ入院患者」

 

 おれが発言する度、ソルに正しいか尋ねるアーロンに文句を言ったら鼻で笑われた。なんてことだ、ここでもおれの発言の信用が全く無くなっている。これは早く体を治さないと、入院から逃げたいが為の言動として受け止められてしまうに違いない。事実だけど。

 

 本当はここで療養せずに早めにコルボ山に行きたかったんだけど。でもあの山のメイン食材は山の幸だ、食事のバランスを整えて摂取しようとすればこの村より遥かに労力がかかるから、療養にはけして向かない。まずソルからOKが出ないだろう。

 あいつ、自分が生前病に苦しんだからか、病人が出来ることと出来ないこと、やっていいこととやってはいけないことをおれよりも理解している。なにも見聞色を駆使してまで、おれの体調を把握しなくてもいいのに。

 

「ちゃんと宴の後は大人しくするからさ。ケーキも作ってきたから食べて欲しいんだよ」

「……」

「一度宴をした方が大人しく療養すると思うぜ」

「よしわかった。ドクターにはおれから説明しておく」

「あのなぁ、そろそろおれ泣くぞ! いいのか!?」

 

 バシバシと白いシーツを叩いて抗議すると、ホコリが立つからやめとけとソルに手を押さえられた。そのまま両手を拘束しつつ布団の中に収められる。おれのせいでソルの看護能力が上がってるのは気のせいでは無いなぁ。

 

 

 そんなこんなでどうにかアーロン達を押し切り、無事その日のうちに宴を開催することが出来た。元より戻って来た二人を労うため、食事を持ち寄って騒ぐことは決定していたらしい。なんでおれの提案断られたの?

 せっせとスケッチブックから準備していた料理を出していたら、その量にドン引きされたけど。どれくらい人数がいるのか分からなかったから、全力で用意しただけなのに。

 

 おれはノンアルコールカクテルをストローで啜りながら、抱えたトット・ムジカと夕焼けの赤が消えゆく村を屋根の上から見渡す。漫画とは違い、この宴はココヤシ村だけのものだ。シキの被害はこの村に限定されているため、アーロンが島全体を支配していたものと比べれば、当然規模は小さくなる。

 

 ──それでも。

 

「いいぞハチー!」

「おれだってあれくらいできらぁ!」

「おっ、飛び入り参加か? ほいこれ持って」

「よーし! あっ」

「あぶねぇっ!?」

「秒も保ってねェじゃねぇか!」

「ハチそいつを枡の代わりに回せー!」

「あいよ~」

「えっ、イヤー!?」

「わはははは! すげェぞハチー!」

「止めてー!? 目が回るー!!」

 

「待て待てベルメール! 脱ぐな!」

「えー、傷が気になるっていうから見せようとしただけじゃない」

「慎みを持てと言っとるんだ!!」

「なにゲンさん、お腹くらいいいじゃない」

「……!」

「……ふーん? もしかして、期待しちゃった?」

「なんだ、けっこうムッツリかゲンゾウ?」

「やかましいわっ!!」

「うるさ」

「シャハハハハ!」

 

 こんな風に、人も、魚人も、人魚も区別なく、笑いあう光景は漫画には存在しなかった。

 

「頑張って、よかったなぁ……」

 

 おれはようやく心からそう思えた。こんな風に笑いあえる人達が、漫画のように傷つけあうことがなくて本当によかったと。

 

 何度も、何度も思う。もし、おれがモビー・ディック号から旅立っていなかったら、この光景は決して見ることはなかっただろう。

 白ひげ海賊団のみんなのように家族と共に過ごさず、独立してもないのに好き勝手に単独行動なんて我がままを通して……おれがまだ白ひげ海賊団の一員で居られるのは、おじい様が許しているからだ。

 今回の件で、流石に何かしらケジメを命じられると思っていたが……多分、子どもだからと目こぼしされた。まあ、結果的に世界情勢に影響を及ぼしすぎることなく、また白ひげ海賊団のナワバリが増えたからもあるかもしれないが、子どもだからという理由が一番だろう。

 

 まあ、『次』はないんだろうけど。

 

「よっと……いいとこ座ってんな」

 

 ギシギシと音を鳴らして木の梯子を上って来たソルは、おれの隣に腰を下ろした。すごく酒臭い。ちらりと見ると、彼の手には半分中身が入ったジョッキが握られている。存分に飲み歩いているようでなにより。

 

 そのまま二人で目下の賑やかさを眺めていると、ソルがゴクゴクとジョッキをあおった。お前一応まだ未成年の身体なんだから、と思わず内心で注意するぐらい良い飲みっぷりだった。中身なんだろう。

 

「──ぷはっ……最初に来た時も思ったが、いい村だな。正直、アイツらがここまで受け入れられるとは思ってなかった」

「おれもだよ。アーロン達が住み着くのもわかる」

 

 おれは漫画の結末を知っていたから、魚人島であのアーロンが取引抜きに仲良くしていると知って顔に出そうだったもんな。

 

「トムさんもすっかり打ち解けたし」

「ああ、まさかあっさり意識がはっきりするたぁな」

「ココロさん達に良い知らせが出来た」

「手紙でも送ってやろうぜ」

「うん。まあ、デンさん経由なら大丈夫だよな」

 

 アーロン達とトムさんを面会させたら、いきなりトムさんが流暢に喋りだしておれとソルはめっちゃ驚いて叫んだ。やっぱり同胞か、同族に囲まれたからトムさんの意識が定まったのかな。しばらく様子を見ていたけど、あのぼんやりしていたトムさんが嘘のように、会話の中で声が出ないほど大笑いしていたから本当に大丈夫なんだと思う。

 何はともあれ、ココヤシ村にトムさんを隠す為の難易度が下がって良かった。

 

 欠けたピースが戻ってきて、明日からの平穏な日々を祝う彼らは、屋根の上のおれ達に全く気づいていない。だから、この話をするなら今だった。

 

「──なあ、ソル」

「おう」

 

 振り向いた先のソルは、赤い顔の割に静かな目でおれを見下ろしていた。なんだよ、真面目な顔しちゃってさ。

 

「今はおれの身体を治すことが優先だし、治りきるまで出来ないとは思うけど」

 

 レクイエムとなったスタンドの制御は厳しく、さらに自分自身を上書きしかけたまま留めたダメージは相当大きい。波紋エネルギーを回しても、底抜けのバケツみたいにみるみる消費されてしまう。一体、回復までどれくらい掛かるのかおれ自身でも見通しが出来ず、わからない。

 でも、万全とまではいかなくても、ある程度身体が治ったならば。

 

「おれの奥の手で──ピクテル・ピナコテカ・レクイエムで」

 

 キャンバス内に限り、全てを塗り重ねられるこの能力で。

 

「お前に、おれに縛られることない自由な身体を渡すことができる」

 

 この世に魂でしか存在していないお前に、ピクテルの制御下から外れた完全な自由を。

 

「完全に生き返りたいか、ロジャー」

 

 

 

 

 

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