群青色を押し花に   作:保泉

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少年時代のおわり

 

 

『生き返りたいか』

 

 おれにそう尋ねられたロジャーは、瞬きをひとつする。

 

「いや別に」

「即答かぁ」

 

 そして至極、興味なさそうな顔であっさりと断ってきた。うん、おれもそんな対応される気がとってもしてた。でもロジャーだってもうちょっとくらい、小指の先くらいは悩むかもしれないって思ったぞ。

 

「あの時はもう少し楽しみたいと言ったのに」

「そりゃあな、おれだって未練はある。でもよ、今回はなんか違うだろ」

「違う?」

 

 違うって何だ、自由に動けるようになるのはロジャーの望むことじゃあないのか?

 

 首を傾げて続きの言葉を促すと、ロジャーはおれを抱えて膝に乗せた。気づかないうちに夜風に冷えていたのか、アルコールで増したロジャーの体温が背中にじんわりと移っていく。ぬくい。

 

「ああ。お前のそれは()()()するんだろ。じゃあ生き返るのは、今のおれを否定するっつーことだ。お前みたいに生まれ変わるとかそーいうんじゃねェ」

 

 不意打ちのロジャーの言葉に身体が僅かに跳ねて反応する。……はあ、これじゃあ肯定しているのも同様じゃないか。深く気にして無さそうなのがロジャーらしいけど。もっと早い段階で気づいていただろうに、こんなタイミングで言うなよ。

 

「知ってたの」

「お前の歳であの柔らかい剣は流石に無い」

「う」

「レイリーも多分気づいてンぞ」

「そんな!?」

 

 何それ、すごく恥ずかしい。別に彼等の前でわざと子どものように振る舞ったことはないけど、今のおれは子どもだからいいよねと思いっきりはしゃぎましたが?

 

 ふざけ合うおれとロジャーを見るあの温かい目は、どういう意味だったんですかレイリー。

 

 反射的に顔を覆おうとした手をはた、と止めた。今はおれの羞恥の話をしているんじゃあない。ぶんぶんと頭を横に振る。今だけ吹き飛べおれの羞恥心。

 おれはそっと手を伸ばした。目標はニンマリと笑っているロジャーの頬、それを両手の平で挟んで彼のゴーグルに隠れた目をおれは覗き込む。

 

「本当に、いいのか」

「いい。あのとき、あの場所でおれは処刑された。それがおれの『真実』なんだ」

 

 ──これは、覆せないな。

 

 柔らかく細められたロジャーの目を見て悟る。今、揺らいでまだ定まっていなかったおれ達の未来は、確定した。

 

「ワンチャンくらいあるかなって思ってた」

「ねェな!」

「うん……そっか。ない、かぁ」

 

 何処までも明るいロジャーの声を耳で受けて、おれは彼に背を向けて目を瞑る。

 

 もし、もしもだが……おれがロジャーが死ぬ前に出会っていて、レクイエムが使えていたのなら。ロジャーはきっと、病を治すという上書きを受け入れてくれたかもしれない。それはただの治療の一種だからだ。

 

 でも、おれはその時に出会えなかった。この世に生まれてさえいなかった。死後に幽霊としてしか巡り会うことができなかった。

 

 シャンクスの負傷を防げた。

 タイガーさんと友だちになれた。

 オトヒメ王妃の夢を応援できた。

 トムさんを攫って匿うことができた。

 

 でも、ゴール・D・ロジャーの運命()()は、おれには変えることができないものだった。

 

 掴んだ胸元の服が皺になり、ブチッという糸が千切れる音がする。

 

 悲しい。

 寂しい。

 

 湧き出る感情が声から漏れそうになって、口を押える。──あと、どれくらいロジャーはこの世にいるつもりなんだろう。

 

 知り合い全てに会ったら? 世界の全てを巡ったら? ……息子の成長を見守ったら?

 

 抑えきれない感情がぐるぐると頭の中、思考を圧迫して──おれは考えの全てをえいやと宙に放り投げた。

 やめた。

 

「ロジャー、次は何処に行こうか」

 

 ──我ながら、晴れやかな声を出せたと思う。

 

 おれがどんなに『いつか』を想定しても、コイツはその時が来たらあっさり別れて置いていくに決まっている。一ヶ月後か、一年後か、はたまた十年後か……そんないつか来るだろう終わりを考え続けるなんて、『今』がもったいない。

 

 おれが考えるべきは、ロジャーと何処に遊びに行くかってことだけでいい。

 

「んー、そうだな……空島なんてどうだ。貝とか面白ぇぞ」

「ダイヤル?」

「空島でしか食えねェ魚とかもある」

「行く」

「お前は本当わかりやすいヤツだよなー」

 

 空島特有の魚なんて、これはとてもスケッチしがいがあるな……!

 目に見えて機嫌の良くなったおれに、ロジャーはわははと歯を見せて笑って、決まりだなと言った。本物の空島かー、楽しみだなー!

 

 

 

 

「──それで、あの子は療養中なのね」

「うむ。タイヨウの海賊団がしばらく村に滞在し、結果的に保護されるという筋書きじゃもん」

 

 執務の合間に、王の私室で夫婦が午後のお茶を楽しんでいた。話の話題は二人の恩人でもある子どもの海賊についてで、この度盛大に世界を揺るがしかけた戦犯でもあった。

 少年はどうにか目的の海賊、金獅子のシキを撃破したのはいいものの、無事と言うわけではなかったらしく、アーロン達が根城にしている村で身体を休めるらしい。

 アラディンから電伝虫で報告を受けたネプチューンは、その内容の中でオトヒメが喜ぶだろうことを伝えていた。

 

「彼の村では、人間と魚人が当たり前のように笑いあっているらしい」

「……!」

「やさしい空気の村だと、穏やかな声で言っておった。……これでまた一歩、じゃもん」

「ええ……!」

 

 オトヒメは胸のあたりでぎゅっと手を握り締め、ささやかな、しかし希望の一歩を噛み締めていた。

 先の騒動で集まった署名は、一旦使用せず保管することになった。オトヒメ王妃殺害未遂事件の際に一部燃やされてしまったため、署名者本人へ返却することも検討された。だが、襲撃犯に署名を返す姿を見られる方が危険と判断し、王宮の宝物庫の奥深くに仕舞い込まれている。

 

「反対派の思想、わたくしはそれを人間に対する恐怖と憎悪のためだと考えていました。だからこそお互いを知ることができれば、わかり合えるのだと。でも、あの事件を起こした者はおそらく……」

「我等と人間の争いが継続することを望んでおる。同胞を傷つけることを厭わぬほどに」

 

 二人の顔が暗く沈む。

 リュウグウ王国には巨大なシャボンをもつ島が二つある。本島である魚人島、そして差す光の乏しい魚人街だ。魚人街は元は孤児院であったものが、王国の管理の手が次第に離れていき、今ではならず者の住む場所へ成り下がってしまっている。

 

 大海賊時代が始まってもう十年以上、その間王国は本島である魚人島の住人を守ることで手一杯で、そこから漏れて王国の手の届かない魚人街をジンベエやアーロン達が守っていた。

 その二人が魚人街から離れている今、あの島の統率者は別の者だろう。そもそも国に見放されていた彼らが、たとえ王族だとしても牙をむく行為をどうしても思い留まるだろうか。

 

「かといって魚人街の者全てを尋問するわけにもいかん。魚人街に巡回の兵を配備することくらいじゃもん」

「無理に変化を及ぼせば反発される……わかっています。わたくしはまず彼らと対話しなくてはいけなかった。一歩ずつ、です」

「うむ」

 

 彼女はこれまで失敗なんて何度も経験した。説得した誰かに、次の日には手の平を返されるなんて日常だった。けれどもオトヒメはこれからも諦めるつもりはない。

 

「ネプチューン王、オトヒメ王妃、失礼します」

「どうしたのです左大臣」

「これを。先ずはご報告すべきと思いまして」

「うむ……うむ?」

 

 ノック音の後に入って来た左大臣は手に持っていた紙をネプチューンに広げて見せた。その紙を覗き込んでネプチューンは何度か瞬きをした後、ゴシゴシと目元を擦る。

 

「………………わし、老眼になったかもしれん」

「ご安心くだされ、正常です」

 

 

 

 

 

「なんで毎回ここに逃げ込んでくるかねェ」

「手伝う名目で休憩出来るのはここしかないんだよ」

「ははっ、ルーガスさん容赦ねェからな」

 

 剪定した枝を集めながら、ガーゼの貼られた顔を顰めるフットマンのアベロに庭師のウルンは笑い、枝切りばさみを持つ手を下げた。作業中のウルンの元にアベロが訪れるようになったのは最近のことで、それまでは何処か一歩引いた態度で近づいてこなかったというのに、随分と懐かれたものだとウルンは内心でにやついた。

 

 先日、元雇い主でもあるレトイス──現・白薔薇のヘーマに、一部の使用人があっけなく制圧された件で、家令であるルーガスは使用人の再教育を大旦那様に提案した。

 領地の管理業務が仕事のルーガスは忙しく、てっきり執事のウルペが担当するのかと思えば、ルーガス直々の再教育と判明した。それを聞いて先輩である使用人達が青ざめているのを疑問に思ったアベロは、その数十分後に丁寧だがあまりに容赦のない訓練を課されて、彼らが恐れた理由を実感した。

 

 そんな訓練の過酷さに息も絶え絶えな使用人達の横で、ウルンだけが鼻歌を唄いながら苦にもせずメニューを熟している姿を見つけて、執事のウルペがウルンを回収していった。その後別メニューとして礼儀作法等をみっちり仕込まれたウルンだった。

 

「なんで厳しくされてンのかわかるか?」

「……おれ達は主を私情で危険にさらしたからだろう」

「お、分かってンじゃねェか」

 

 からからと笑うウルンからアベロは目を逸らした。あの日、彼らは主に危険が迫っていると判断したから白薔薇を襲った。これは間違いではないが全てでもない。身体を奪われたレトイスを救うため、白薔薇を脅すという目的があったからだ。

 元がレトイスだからこそ身体能力は高くない筈だと、脅せば言うことを聞かせられるだろうと、アベロ達は三億の賞金首を相手に愚かにも思ってしまった。

 

「あの時、あの家には世界の上から数えた方が早いレベルの戦力が二人いた。身内を傷つけられることを嫌う性格の奴らがな。ヘーマ坊がなんなくお前らをシメたから問題なかったけどよ」

「そんなにか?」

「いやー、海軍大将とタイマンできる海賊に睨まれなくてよかったな?」

「は?」

 

(いや本当に。海賊王と冥王、さらに白ひげに目を付けられる──やっぱり考えたくねェな)

 

 思わぬ強い言葉に唖然とするアベロに笑って、ウルンは口に出さなかった言葉を内心で呟く。礼儀作法の教育中にウルペだけに話したが、聞かされた彼はとても頭が痛そうだったことを思い出した。流石に元船長については話せないので、副船長と白ひげについて話しただけだが、その二人だけでも恐ろしさは変わらない。

 なお、明らかに訓練がさらに厳しくなったと同僚の愚痴を聞いて、ウルンは笑って彼等を応援した。

 

 しばし呆然としていたアベロは眉間にぐっと皺をよせるとその場にスッと立ち上がり、抱えていた枝を放り投げて屋敷の方へ歩き出した。

 

「おい」

「訓練してくる」

「おー、頑張れよ」

 

 どうやらウルンの脅しがよっぽど効いたようだ、アベロが一目散に屋敷の裏口に向かって進む姿をウルンは手を振って見送った。

 そうして完全に青年の姿が見えなくなってから、ウルンは背の高い庭木の陰にいた人物に声を掛ける。

 

「それで、おれに何か用ですかねルーガスさん。アベロは戻りましたけど」

「向こうにはウルペがいるから問題ない。これを見せてやろうと思ってな」

「うん?」

 

 木の陰から出てきたルーガスは目だけで笑いながらウルンに筒状に丸めた用紙を差し出した。案外揶揄うことが好きな飲み友達の様子に眉をひそめて、ウルンは受け取った用紙を広げた。

 

「……どっちが原因だ?」

「さあな」

 

 

 

 

「ココロさんまた酒飲んでんのか」

「ヒック……なんら、アイスバーグじゃないかい。これは祝い酒らからいいんらよ」

「祝い酒?」

 

 元トムワーカーズ社屋のソファーに座って、ココロが上機嫌で酒を飲んでいるのを資料を探しに来たアイスバーグが見かけた。また肝臓を悪くするぞと顔を顰めて彼が近づくと、ココロが飲むかとコップを掲げたので手の平を前に翳して断る。

 

「ああ、そう言えば孫が生まれたんだってな。おめでとう」

「ありがとう。それについてはもう飲んでいるんやよ、別件さね」

 

 祝い事に思い至ったアイスバーグが寿ぐが、ココロは首を横に振った。彼女は懐から手紙の束を取り出し、テーブルの上に丁寧に置く。

 

「意識がハッキリしたそうらよ」

「ト……、そうか!」

 

 ココロが伏せた内容を察して、アイスバーグは顔を明るくした。ヘーマ達がウォーターセブンを離れてしばらく経っているとはいえ、祝い事と断言できるほど回復していることにアイスバーグの目が潤む。

 

「なんれも、リハビリしながら自分の技術を教えるんらって張り切って、材木担いだらバランス崩して船の上から落ちて足捻って、身体を治すまで大人しくしろと村人達に叱られたってさ」

「なにしてんだあの人」

「休む気がないのも問題らよ、まったく」

 

 呆れた口調のココロだが、その口角は嬉しそうに上がっており、彼の人物の回復具合に喜びを抑えきれないようだった。もしかしたら、此処で彼女が飲んでいる理由はアイスバーグに伝えるためという名目の他に、あまりに嬉しさが隠せない彼女自身を事情を知らない周りに見せないためなのかもしれない。

 孫が生まれた時に盛大に喜んでいたという目撃情報があるので、そこまで気にしなくても良いと思うが、とアイスバーグはココロの許可を取ってテーブルの上の手紙を手に取った。

 

 ペラ、ペラと内容を読んでは便せんを捲っていると、彼は「えっ」と小さな声を漏らして手を止める。

 

「ココロさん、これも読んだのか?」

「なんら? えーと、“ヘーマ君は大分やらかしたらしいから、もうすぐ結果が出ると思う”……なんのらい?」

「読み飛ばしてんじゃねぇか」

 

 彼の美貌の少年が何かしたらしいということはわかっても、デンもその内容を伝えるつもりが無かったのか、手紙には詳しいことは記されていない。首を傾げる二人がその結果について知るのは翌日のことだった。

 

 

 

 

 新世界とある海域、ある島に停泊中の白ひげ海賊団の母船であるモビー・ディック号では、春島である午前の太陽のさわやかさとは違ってどんよりとした空気が漂っていた。

 

「上がるだろうとは思っちゃいたが……」

「これは流石に……」

「何考えてンだ海軍は」

 

 ニュース・クーからの新聞と一緒に挟み込まれていた新しい手配書の束。それらを確認していた船員が奇声を発して、その声に何事かと集まった者達も手配書を確認して悲鳴をあげる。

 ひとしきり言語化出来ていない声を発している彼等を五月蠅いと一喝したジョズだったが、内容を確認して彼は痛むこめかみを揉みほぐした。

 

「プラス二十億なんて跳ね上がり過ぎだ、アイツらは一体何をして世界政府に目をつけられてンだ?」

 

“白薔薇”ヘーマ DEAD OR ALIVE 二十三億ベリー

 

“若鬼”ソル DEAD OR ALIVE 二十五億ベリー

 

 ヘーマとソル、二人に新しく懸けられたのは、新世界の海賊団の船長でも早々見られない金額だった。

 

「ハハハ、おれらの額あっさり抜かれちまったなァ!」

「笑い事じゃねェぞイゾウ……!」

「笑うしかねェんだから仕方ねェだろ」

 

 大笑いしているイゾウやビスタとは対照的に、ジョズと同じように頭が痛そうなのはサッチだった。他の船員たちの反応もどちらかというと困惑したものが多い。

 

 ここまで大幅に金額を上げれば、その原因となった出来事についても世界の注目が集まる。金獅子は確かに白ひげと同じ海賊団出身ではあるが近年とんと活動の情報がなく、下手すれば死んでいるのではという噂さえ流れていた。

 秘密裏に海賊が悪行をなしてましてやそれを把握できずにいたなんて、通常なら世界政府は伏せておきたい汚点だ。それを公開してまで金額アップを決行した理由。

 

「考えられるとすれば、シキの警戒度がそのままヘーマ達にスライドしてる、ってところか」

「世界政府にとっちゃ、シキもヘーマも空からの急襲が可能な点は同じだ。たとえマリージョアでもそれは変わらねェ。中に侵入出来れば最悪、ヒットアンドアウェイのゲリラ戦をマリージョア内でされるとすりゃあ」

「おれら、めっちゃヘーマに仕込んだもんな……そういうの」

「「「ウワァ……」」」

 

 イゾウの言葉に状況を想像し、海賊達は身内ながらえげつない、とドン引きする。目が遠くなった面々を笑って見ていたビスタが、しゃがみ込んでいるサッチに気づいて声を掛けると、彼は小さく唸り声をあげた。

 

「おいサッチ、いつまで頭抱えて」

「──もっと小せェころに天竜人について教えたことがあってよ。どうあがいても狙われると思って」

(((ああ……)))

 

「そしたらアイツ、いざとなったら薬を盛るっつってて」

「……マリージョアに忍び込んで?」

 

 おう、という顔を覆ったままサッチの呟くような言葉に、海賊達は沈黙した。そんな馬鹿なとか、出来るはずがないとか身内でも言えない辺り、世界政府の警戒は正しいものだと彼らは納得できたからだ。

 

 今回、ヘーマは私情で大海賊に喧嘩を売った。そして誰もが不可能だと考えていた打倒を、見事に成功してみせた。前回の手配書の時もそうだった、海軍の行いが気に食わないからと躊躇なく喧嘩を売った。

 ヘーマは前例を作っていた。格上だろうが世界秩序だろうが、それが気に入らなければ乗り込んでくるという彼の方針を、世界政府に深く理解させる程にしっかりと。

 

「生け捕りのみも外れたからな、アチラさんようやく捕まえられないと気づいたか」

「でも何処で気づいてンだろうな、あいつの捕獲難易度の高さ」

 

 実は、勘がとても鋭い海軍の英雄の真っ正面から一瞬で逃亡した、というやらかしをヘーマがしていたのだが、その事実を知らない白ひげ海賊団員達は揃って首を横に捻っていた。

 

「でもよ、これ、どうなんだ」

「どうってなにがだ」

「隊長格よりも金額が高ェんだぞ、それが気ままに外に喧嘩を売ってンだ……そろそろ、ナワバリの奴らも不安がってるだろ」

「それは……」

 

 反論を口にしようとして、何も言えず彼らは口をつぐんだ。白ひげは大海賊だからこそ海賊団の規模も大きい。航海の資金はナワバリからのアガリがメインで、旗を貸して安心を与える対価で彼等は納めている。その安心が崩れるとすれば、今まで築き上げた信頼関係も崩してしまう。

 

「そういや、ヘーマにはナワバリからの徴収、まださせたことねェな」

「……ハッ! あの顔の良さでゴリ押しして安心させるのはどうだ?」

「バッカ、違う意味でダメだろ。いいか、綺麗なヘーマの次に来るのは、ムサくてゴツくて粗野な野郎だぞ?」

「ヒデェ落差だ」

「それはダメだな」

「おれなら暴動を起こすわ」

 

 別の意味でナワバリの不満が溜まる。そう結論付けた彼等は大人しく船長の決定を待つことにした。

 

 

 

 一方、船長室ではニューゲートとマルコが手配書を手に難しい顔をしていた。金獅子を打破したことで二人の金額が上がることは予想が付いていたが、ここまで上がるとは想定していなかった。白ひげ海賊団の隊長格の船員ですら超えた金額に、よほどの理由に心当たりがなければ世界政府の頭を疑うことだろう。

 特にソル──ロジャーは何も手を出していないのに、金額が大幅に上がっている。そこから導き出せることは一つだ。

 

「シキの野郎が、ソルとロジャーの血の繋がりを断言したンだろうよ」

 

 元より疑われていたソルが、正しく海賊王の血筋だと旧知の海賊が認めた。下手な証明よりもよっぽど信の置ける証言に、海賊王の再来を潰したい海軍が金額に盛り込んだのだろう。これならばあり得ない金額アップにも説明がつく。

 

「あの野郎、ついでにヘーマの能力についてもバラしてンだろうねい」

「足の欠損を治したっていうやつか。そりゃあ海軍にとって都合が悪ィだろうな、ようやく戦う能力を奪っても振り出しに戻されるのは」

 

 手足の欠損により海賊を続けられない猛者は多い。義手や義足でどうにかなるなら良い方だが、利き手や軸足を失えば本来の力よりかなり劣化する。そのような相手が五体満足で復活する可能性は、海軍としても味方にならないのなら消しておきたいに違いない。

 

 あともう一つ思惑があるとしたら、ヘーマへの首輪の設置だろう。

 

「オヤジ、ヘーマは独立することを望んじゃいねェが、状況が変わった。このまま現状維持を選ぶ方が白ひげ海賊団として碌なことにならねェよい」

「……」

 

 ヘーマが常にモビー・ディック号に居るのなら、いくら少年の懸賞金額が上がろうが問題なかった。懸賞金額が低いままであれば、『子ども』が好きなだけ自由に動いてもよかった。

 だが此処まで懸賞金が上がってしまえば、放置するのは白ひげ海賊団の面子に関わってしまう。

 

「傘下としてももう無理だ、いまと同じように好き勝手喧嘩を売るなら何も変わらねェ。ナワバリを安定させる為にも、新たに隊を作ってアイツをそこに押し込むか、完全に白ひげ海賊団から独立させるか。どちらかだけだよい」

 

 自由を奪うか、自立させるか。ニューゲートに突きつけるマルコの中に、ヘーマを庇う選択はない。マルコは息子を一人前の海賊と認めたからこそ、第一隊長として組織の規範を揺るがす者に厳しくしなくてはいけなかった。

 そんな息子の思いを察した父親は──何故か唐突に噴き出した。

 

「オヤジ?」

「スマン、懐かしくてな……おでんの時も同じように頭を抱えたモンだ」

「……ははっ、何言ってンだオヤジ。おでんさんを止めてたのはおれ達だったろい。オヤジは笑って見てただけだろうが」

「そうだったか、あいにく記憶にねェな」

「おい」

 

 そういえば白ひげ海賊団には過去にも問題児がいた事を、二人は思い出し口元を緩めた。あの猪突猛進さに比べれば、ヘーマなんて可愛いものだ。くつくつと喉で笑った後、ニューゲートは船長としての命令を下した。

 

「ヘーマを呼べ。会ってから決める」

 

 

 

 

 

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