群青色を押し花に   作:保泉

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すべての者に夜は訪れる

 

 

 煌びやかなダンスホールに楽団の奏でる音色とウタの声が響く。伸びやかで美しい彼女の音を耳で楽しみながら、おれは彼女に向かう感情を観察していた。

 

 とうとう明日は白ひげ海賊団から迎えが来る日。事前の電伝虫の連絡では、日程がずれることはないらしい。赤髪海賊団もその日を出国日と定めている。

 ダンスホールにいるのはおれとウタとシャンクスさんで、それ以外のメンバーは今頃船で出航の準備を進めているだろう。

 

 今日ばかりはウタの傍からおれは離れているから、大勢の人間が入れ替わり立ち替わり彼女を取り囲んでいた。

 いまウタがやっているのは、将来を見据えた社交だ。音楽家同士の繋がりを作っておけば、彼女が海賊であってもその伝手は容易くは途絶えない。

 彼らはウタの歌声に魅了されてるからな。おれが邪魔する訳にはいかないし。

 

「それにしても、飴に群がるアリみたいだ」

「ははっ、随分と辛辣だなァヘーマ」

「あの少年、たぶんウタに惚れてる」

「よしシメとこう。どいつだ?」

「速攻で子どもの淡い恋心を摘もうとするなよ」

 

 バルコニーの近く、壁にもたれるように立つおれとシャンクスさんは、時折ウタの周囲を確認しながら雑談をしていた。

 

 当初は、ウタとおれだけに招待状が来た。おいおい、おれたちはまだ二桁もいってない年齢だぞ、と持ってきた使者に二人だけの登城を断固拒否した。

 無理だと言い続ける使者に、子どもだから保護者が必要だと言い張って強引にシャンクスさんを同行させたが、ゴードン様は人数が増えたことに何も言わずに歓迎してくれた。

 ……どうやら誰かの独断で子どもだけを連れ出そうとしたらしい。んもー、油断も隙もないったらありゃしない。

 シャンクスさんもそれに気がついたようで、にこやかだけどちょっと空気がピリッとして怖い。ウタのために抑えているけど、これ以上刺激しないでほしい。自殺志願者か。

 

「ウタと恋人になりたいなら、おれたちに認めさせる何かがねェとな」

「基準めちゃくちゃ厳しそうじゃん。あまりシャットアウトすると、逆に変なのに捕まるよ」

「えー、ウタがか?」

「世の中にはダメな男に庇護欲が湧く、仕事のできるお姉さまたちが一定数います」

「……あー、うん。なるほどなァ」

 

 おれの見る限り、ウタは結構世話好きだ。初めて会ったときから、彼女にせっせとお世話されているおれが言うんだから間違いない。

 世話を焼かれるといっても移動の際に手を引かれたり、食事のときに取り分けてくれたりとかであるけども……気づいてしまった。おれ、ウタに弟扱いされてる気がする。

 落ち込んでいるおれをしげしげと眺めながら、シャンクスさんは納得したのか何度も頷いた。ねぇ、いまおれのことをダメな男だと認識して納得したよね。泣くぞ。

 

 仕返しにそっと脇腹を抓ろうとしたが、筋肉過ぎて出来なかった。すげ、肉がまったくつまめない。さわさわとムキムキの脇腹を触っていると、くすぐってェから止めろと手首を握って止められた。

 

「君は弾かなくていいのかい?」

「国王様」

 

 じゃれ合うおれたちの所に、ゴードン様が近づいてきた。手には何冊かの楽譜を持っているようで、ウタに持ってきたのかな。

 

「おれくらいじゃ役者不足でしょう」

「そのようなことはない。徐々に君の色が増していく音を、私は好んでいるよ」

「ありがとうございます」

 

 微笑ましそうに慰められてしまって気まずい。なんだかおれが拗ねているように聞こえたのだろうか。でも客観的に見ても、求められてもいないのに弾くのは今の状況では空気が読めてなさ過ぎる。あいつらおれに声すら掛けないんだぜ、露骨過ぎることに。

 この場はこの国の音楽家たちがウタを諦めるためのもの。おれの横入りは不要な諍いを呼ぶだろうな。具体的にいうと、とんでもなくおれが恨まれて、嫌がらせをやり過ぎたヤツがお父様たちにシメられる。可哀想。

 

「おれの得意なのは絵描きなので、そちらであれば自信があります」

「ああ、話に聞いていたよ。当初はこの島の風景や人物を描いて回っていたそうだね。しまったな、私の絵も依頼しておくのだった」

「また来ます。その時に描かせてくださいね!」

「あ、ああ」

 

 国王様直々の依頼ゲット。またしてもレアな人物を描けるな。おれの勢いに困惑するゴードン様の横で、シャンクスさんが肩を震わせている。頑張って耐えてな。

 

 ゴードン様がウタに楽譜を渡しに行くのを見送って、おれは近くにあった椅子に腰を降ろす。

 もう少ししたらウタの傍に移動しよう。彼女は休憩を全然していないし、ウタを取り巻いている奴らも促さない。欲望に忠実過ぎるだろ。

 九歳の子どもにもっと気を遣えよ、まったく。

 

「不機嫌そうだな」

「あいつら、ウタはもう二度とエレジアに来ないわけでもないのに、なにがっついてんだよ童貞かよ」

「……本当に不機嫌だな。どうしたんだ?」

 

 イライラとした顔を隠せないおれの横にシャンクスさんは座り、おれの頭に手を置いてぐりぐりと撫でる。そんな風に撫でられているうちに、ぽそりと本音が漏れた。

 

「おれだって、明日からしばらくウタに会えないのに」

「……」

「ずるい」

 

 滞在中、ウタはずっとレッスン漬けだった。ソレは彼女が望んだことでもあるけど、それでもあの詰め込まれた量は異様だった。

 一緒にレッスンを受けたおれだが、会話をした時間はとても少なくて、だからこそベックさんが友達1号になったくらいだ。

 

「なら、ここにいないであっちに混ざってこい」

「わっ!」

 

 服の襟を吊られておれの身体が宙に浮き、すぐに足は地面についた。椅子から無理矢理立ち上がらされたのか。

 シャンクスさんは優しげに笑ってウタがいる方向を指さしている。

 

 お父さんの顔だ、となんとなく思った。

 

「ほら休憩入ったみたいだぞ。休憩まであいつらにウタを独占させるつもりか?」

「……ん、いってくる」

 

 少しずつ人がはけていくのを見て、おれは頷きウタの所へ歩き出した。

 歌って喉が渇いているだろうから水でも持っていこうとして、テーブルの上にある水挿しに手を伸ばす。

 

 ──途端、背中にとてつもない悪寒が走った。

 

 バッと勢いよく振り向いた先にいたのは、ウタ。彼女は古い紙の束を持って歌い始めている。

 

 

 ──止めさせないと。

 

 

 ──アレを最後まで歌わせてはいけない。

 

 

「ダメだウタ、それ以上歌うなッ!!」

 

「──ヘーマ?」

 

 突然叫び、彼女に向かって走り出したおれに、ウタは驚いた顔で楽譜から視線を離す。

 

 結論から言えば、おれの制止は間に合わなかった。

 いつの間にか、ウタの背後には異形のナニカがスタンドのように佇んでいる。

 

 赤い顔でつばの広い暗い色の帽子、同色のマントを羽織って、腕がピアノの鍵盤のピエロのようなソレ。案山子みたいな印象のナニカがこの場に現れているというのに、注目は叫んだおれだけに集まっている。

 

 おれ以外に見えていない。そんなの、まるでスタンドみたいで。

 

「ウタ、早くこっちに来い!」

「ど、どうしたのヘーマ?」

「いいから!」

「わ、わかった」

 

 おれの剣幕にウタが慌てて走り出す。その背を追うように伸ばされる鍵盤の腕を、ピクテルが出した未使用のキャンバスが弾いた。

 何かが衝突した音にウタは背後を振り返り、鍵盤案山子を見て小さく悲鳴をあげている。ウタにも見えてるってことは、仮面状態のピクテルに似た存在だ。

 

 本体が死んだ後の、独立型のスタンドが一番近いか。ウタを狙ったということは、彼女の存在がコイツに何かしらのメリット又はデメリットを与えるのかもしれない。

 

 だとすると、シャンクスさんに任せてウタを逃がすのは悪手だ。仮定としてスタンドに近いとすれば、非スタンド使いにはコイツが見えないし攻撃が通じない。

 おれが足止めしたとしても、コイツが逃げに徹してウタの元に向かえば、見えないシャンクスさんたちに反撃する方法はない。

 

 なら今のおれが取れるのは。

 

「ゴードン様! 全エレジア国民を港から反対側に避難をお願いします!

 シャンクスさんは港で待機よろしく!」

「──わかった。そこにいるんだな?」

「いるよ、ウタが古い楽譜を歌った途端にね」

 

「そんな、まさか──TotMusicaが復活したのか!?」

「トットムジカ……?」

 

 ウタが狼狽するゴードン様の言葉を復唱したとき、鍵盤案山子は止まっていた腕を大きく振り上げる。おれがウタを抱えてその場から飛び退けば、誰もいなくなった床にソイツは腕を振り下ろした。

 ホールに響く轟音、破壊されひび割れる床に複数の悲鳴が上がる。

 

 クッソ、やっぱりスタンド同様に物理干渉可能かよ。

 

「ゴードン様、避難の指示を早く!」

「だが……!」

「貴方が真っ先に考えるべきは国民の安全だろ!」

 

 コイツの正体を知っているのか、ゴードン様が躊躇している姿に思わず怒鳴り返した。不敬罪待ったなしだが、後で謝って許してもらおう。

 先ずは避難してもらわないと、思いっきりぶん殴れもしない。何故かウタに執着していて、さっきからまったく動こうとしないが、せめてこの建物から人払いして貰わないと、コイツを釣りだすことも出来ない。

 物理干渉可能だから、建物壊して追ってきそうだし。

 

「ゴードンさん。おれ達がここにいるとヘーマが動けないみたいだ」

「あの子は子どもだろう!?」

「子どもでも──海賊だ。ヘーマはヘーマの出来ることをやろうとしてる。アンタのやるべきことはなんだ?」

「──わかった。島全体に放送を、魔王が蘇りかけている、速やかに北側に避難を!」

 

 シャンクスさん説得助力大変助かる。しかし何? この禍々しい案山子って魔王なの?

 この世界はいつからドラクエ系のファンタジーに……いや、そもそも悪魔の実がファンタジーだったわ、失念していた。

 

 先ほどまでの混乱はどこやら、素早く指示していく声にほっとする。暫定魔王から目を逸らせないから、声でしか判断できないが、ホールから人が次々と出て行くのがわかる。

 

「ヘーマ……」

「ごめんな、ウタ。これから結構怖い思いさせると思う」

「……うん」

 

 小さい声でおれを呼ぶウタを安心させるように、抱えた腕に力を込めた。

 

 理想は人払いと避難が完了したら、最低限でもこの建物から人払いが完了した後、おれはウタを抱えてコイツから逃げる。

 

 当然コイツは追ってくるだろうし、障害であるおれはめちゃくちゃ狙われるだろうけど……避難が完了するまで逃げ続けることになる。

 

「でも絶対、ウタを守るよ」

 

 おれへの攻撃がウタにも掠めるかもしれない。当たってしまって血を流すおれを見てしまうかもしれない。

 敵船の襲撃中、ウタは船室に閉じこもっていると聞いた。なら荒事にはそれほど慣れてないはず。

 

「だからしっかりおれに捕まっていてな?」

「うん、信じるよヘーマのこと」

 

 そう言ってギュッとおれの身体に腕を回すウタ。

 うん、なんというか、こそばゆい。ウタが嘘を言っていないのがわかるから、その向けられる信頼が心地良い。

 

 ここまでしてもらって、結果を出せないようじゃあ男が廃るよな。

 

 そろそろ向こうさんも痺れを切らしているようだし、建物からの人払いは終わっているみたいだし。

 

「じゃあシャンクスさん、あとでね!」

「おう、ウタを頼んだぞ」

 

 未だ残っていたシャンクスさんにウインクしてから、ピクテルが出したキャンバスに『乗って』おれとウタは空中に躍り出た。

 

 ところで、ホールから出た瞬間、とんでもない殺気と建物から突き抜けた斬撃のようなものが見えたんだけど、アレってシャンクスさんの仕業かな?

 

「ウタ、アイツ来てる!?」

「……来た! 追いかけて来てるよ!」

「よーしよし、予想通り!」

 

 魔王が追いかけて来たのを確認してから、キャンバスに座ったおれとウタを、ピクテルが覆い被さるようにしてキャンバスの縁を掴む。

 彼女は簡易的なシートベルトと防護壁代わりだ。まあ、ピクテルのダメージはおれにくるんだけどな。ウタに当たるよりいいだろ。

 

 街並みから離れるように高いところを飛ぶ。魔王より上に居れば、アイツはおれたちを攻撃しても下の建物に影響はないから大丈夫。

 さっきからビュンビュン腕が伸びてきているけど! 心なしか、伸びるスピードが速くなっているけど!

 大丈夫ったら大丈夫なんで!

 

 避難が完了すれば、魔王を港に誘導してシャンクスさんたちと叩ければ叩く。

 お父様に聞いたが、この世界には覇気という技能があって、自然系(ロギア)という身体が自然現象に変化するような悪魔の実の能力者でも、実体として攻撃することが出来るらしい。

 さっきのシャンクスさんの攻撃は、効かなかったのか避けたのかはわからない。

 でもあの腕にピクテル製の目印を付けて、同じくピクテル製の武器で攻撃すれば──通じるかもしれない。

 

「まあ、やってみるしかないよね。さぁさぁ、しばらく鬼ごっこに付き合ってもらうぞ!」

 

 ……って、うわちょい掠った! あぶねぇ!

 

 

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